「食べながら読んでいいわ。分からないところがあったら、私が説明するね」「うん」知枝はうつむきながら資料をめくり、美南が差し出すケーキを時折口に運んだ。読み終えるころには、腹もほどよく満たされている。「この資料は私が預かる。離婚が成立したら、父さんに渡すつもり」――あの夜、蛍が母の命日を嘲笑う言葉が、今も脳裏に焼きついている。いつか離婚したとしても、絶対に彼女を楽にはさせない。母が夢の中で言っていたように、あの不倫関係の男女は地獄に落ちるべきだ。一人たりとも逃がさない。知枝は資料をカバンに押し込み、美南の心配そうな視線を受け止めた。「大丈夫、心配しないで。私は平気だからね」美南はため息をついた。「分かった、信じるよ。でも、本当につらくなったら、絶対に私に隠さないでね」「分かってる」二人はその後、カフェの前で別れた。知枝は腕時計をちらりと見て、今から間宮グループへ向かえば、ちょうど父・間宮海斗(まみや かいと)と昼食を共にできる頃だろうと考えた。――思えば、実家に顔を出すのもずいぶん久しぶりだった。父には娘が一人──自分だけだ。それなのに、最近は顔を見せていない。きっと今日も、会えばまたあれこれと小言を言われるに違いない。でも不思議なことに、そんな父の小言が恋しく感じられる。結婚はすでに破綻している。それでも、私には帰る場所がまだ残っている。心の拠り所がある。知枝は父の好物の菓子を買い、期待に胸を膨らませながらオフィスの扉を開けた。「父さん、私……」言いかけた言葉が、視界に映る光景によって途切れた。――蛍。なぜ彼女が父と一緒に昼食を?「知枝、どうして連絡もせずに来たんだ?」海斗は少し慌てた様子で立ち上がり、知枝のもとへと歩み寄った。そして彼女は手に持った菓子を見つめ、にこやかに微笑んだ。「やっぱりうちの娘は気が利くな。父さんのことをちゃんと覚えててくれて」「彼女は、どうしてここにいるの?」知枝の視線は海斗を通り越し、冷たく蛍の顔を突き刺した。「私の記憶が確かなら、彼女は広報部の部長よね。社長室で昼食をとるほどの立場だったかしら?」「それは……」海斗は一瞬、言葉に詰まった。蛍はにっこりと笑って、先に口を開いた。「知枝さ
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