「ここのエアコン、効きすぎてないか?」と昌成が気遣うように尋ねた。 知枝は首を振り、冗談めかして「きっと誰かが陰で私の悪口でも言ってるんですよ」と笑ってみせた。 そのままふたりでホールへ戻ると、壁に掛かったテレビがちょうど、間宮グループが今週金曜に新エネルギー車ブランドを立ち上げると伝えていた。 本来なら記者発表会で前面に立つのは蛍のはずだったが、今の騒ぎを避けるために、急きょ車両デザインの主任技師に差し替えられたらしい。 昌成は、知枝の身に起きたことをおおよそ聞いているだけに、画面を見つめる目に苛立ちが滲んだ。 「たかが新エネルギー車ひとつだろうが」 鼻でふんと笑い、「ここ数年、新エネルギー車メーカーなんて国内で腐るほど立ち上がったが、まともに残ってるところなんてほぼ皆無だろ。決算だって見られたもんじゃない」と吐き捨てる。 「間宮グループに野心はあっても、肝心のトップが人を見る目ゼロじゃ話にならん。才能もない人間を宝物みたいに扱ってりゃ、沈むのは当然だ」と続けた。 「そうだ」 何か思い出したように顔を上げ、「この前、ある国有の自動車メーカーから共同開発の話が来ててな。興味があるなら、そのプロジェクト、お前に任せてみてもいい」と言った。 「人型機械骨格の方は、まだまだ時間がかかる。いくつか別の案件も回して手を慣らした方がいいし、新エネルギー車のバッテリーの問題は、軽量化した駆動ユニットと本質的には同じだ。 ついでに、国内の新エネルギー車づくりの現場の空気も肌で感じておけ」と、どこか感慨深げに続ける。「世界中がこれからそっちの方向に進んでいくんだ」 「はい」と知枝は素直にうなずき、「先生の言うとおりにします」と答えた。 きょうの午後はずっとラボにこもっていて、それがここ何年かの中でもいちばん肩の力を抜いていられた時間だった。 機械と向き合っているときが一番性に合っていると分かってはいても、今はまだ研究だけに全てを注ぎ込める状況ではないことも、痛いほど理解している。 岸元家の件は、まだ片付いていない。 蛍は彼女の居場所をそのまま乗っ取るように表舞台のど真ん中に座り、今や一番の注目を浴びている。 ひとつひとつ、まだ清算できていないものばかりで、落ち着いていられるはずがなかっ
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