そして、その全部が彼女一人の痛みと屈辱の上に築かれている。ここまであからさまに計算づくなのに、目を覚まさないわけがない。安雄の視線を追って個室のほうを見やり、知枝は自嘲気味に口元をゆがめた。「最初におじさんと手を組んだのは、間宮家を守りたかったのと、自分のための逃げ道を一本残しておきたかったからだよ。でも、その逃げ道も潰された。なら、この取引はもうナシでいい」自分が健司への訴えを取り下げなければ、三郎は必ず間宮グループへの報復に出て、彼女に譲歩を迫ってくるだろう。さっきまではそれが怖くて頭を抱えていたのに、今となってはどうでもいい。失うものなんて、もう残っていない。二度と戻れない間宮家なら、いっそきれいさっぱり捨ててしまえばいい。三郎には間宮グループをどう扱おうが勝手にさせればいい。もはやその行く末に口を出すつもりはないし、むしろ中途半端に手加減されるほうが迷惑だとさえ思っていた。安雄はちらりと知枝を見やる。照明に照らされたその瞳の奥には、「一緒に沈むならそれでいい」とでも言いたげな鋭さが澄んでいて、そこには諦めの色など微塵もなかった。昨日津雲家に戻ったとき、三郎に書斎へ呼ばれ、知枝が置いていった iPad を渡されて「お前はどう見る」と意見を求められた。あのファイルの数々に目を通して、ようやく安雄は、知枝という人間の力量を本当の意味で知ったのだ。「津雲家には事業も後継ぎも十分にある。跡継ぎに困らないって……そう言い切ったのは、あなたのほうでしょう」安雄はそれ以上余計なことは言わず、あの事故のあとで耳にした言葉を、そのままそっくり返しただけだ。そのとき三郎がどんな気持ちになったのか、何を考えたのかまで、深く詮索しようとは思わない。昨夜から今に至るまで、安雄の頭の中にあるのはただ一つ――知枝を手放さない、ということだけだった。視線を個室の扉から外し、「とりあえず行こうか。みんな、君を待ちくたびれてる」と何気なく声をかける。個室は廊下のいちばん奥にあり、この店で一番広い部屋だった。ドアを開けた途端、賑やかな笑い声がどっと押し寄せてくる。「津雲さん、遅いじゃないですか。ずっと待ってたんですよ!」「先輩、遅いですよ。お腹すきました」「安雄、俺にサプライズがあるって言ってただろ?」眼鏡をかけた
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