「ピッ、ピッ」スマホの通知音が二度続けて鳴った。知枝はスマホをしまい、顔を上げて蛍を見た。「今ね、リストを送ったわ。ここ五年間、健司があなたにいくらつぎ込んだかの明細よ。あの別荘は名義上こそあなただけど、実際にお金を出したのは健司よね。本来なら、あれも売って現金にして精算するのが筋でしょう?細かい出費を全部足すと、ざっと十億円になるの。健司が出したお金は全部、私たち夫婦の共有財産なんだから、そのうち半分は私の取り分よ。私の口座も一緒に送っておいたから、三日以内にその分を振り込んでちょうだいね」知枝は淡々と告げ、蛍はあっけにとられて言葉を失う。すぐに我に返った蛍は、思わず声を荒らげた。「知枝、あんた正気?どうかしてるんじゃないの?」その一声に、周囲の招待客たちの視線が一斉に向く。蛍は自分の失態に気づき、あわてて仕事用の作り笑いを貼りつけた。一瞬で表情を切り替える蛍を眺めながら、知枝は細い眉をわずかに上げ、勝ちを確信したような余裕の笑みを浮かべる。「沢原さんだって、こんな場所で自分が男から金を吸い上げる女だなんて知られたくないでしょう?」もともと知枝は、蛍から金を吐き出させるタイミングを慎重に見計らっていた。ところが運よく――というか、蛍のほうから自分で地雷を踏みに来てくれた。この懇親会に顔を出しているのは、国内の自動車メーカーの重役たちばかりだ。立ち上げたばかりの新ブランド「セキメイ」にとっては、業界の先輩たちに目をかけてもらえる絶好の場でもある。だからこそ、今ここでツケを回収するのは、これ以上ない好機だった。知枝は人畜無害を装うように目元を細めて微笑む。「沢原さん、もう間宮グループの社長の椅子に座っているんだから、お金に困っているはずないわよね?さっき自分で言ってたじゃない。お父さんはあなたを溺愛してるし、一番に頼りにしてるって。そのくらい肩代わりしてもらっても、文句なんて出ないでしょう?」「あんた……」蛍は歯を食いしばり、濃いメイクの下でその顔立ちがわずかに歪む。知枝に渡す金なんて、どこから湧いてくるっていうのよ。健司が彼女に注ぎ込んできた金は全部、宝石だのブランド品だのに化けて、人脈づくりの餌に消えたんだから。海外から帝都に戻ってきてからは、社交界で見栄を張るのに必死で、周り
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