霞月亭の個室では、すでに何度目かの乾杯が終わっていた。蓮は上座にゆったりと腰を下ろし、背もたれに身を預けながら、片手でテーブルの上のグラスを弄んでいた。周りの連中はすっかり酒が回り、調子づいた声がだんだん大きくなっていく。騒がしさに蓮はわずかに眉をひそめ、そろそろ腰を上げるかと思ったそのとき、個室の扉が開き、きちんと化粧を施した小さな顔がひょいと覗いた。蓮は表情ひとつ変えず、口元だけをうっすらと持ち上げた。蛍がようやく姿を見せたのだ。「こんばんは。セキメイの新エネルギー車を担当しております、沢原蛍と申します」蛍は控えめな笑みを浮かべて個室に入り、一人ひとりに名刺を差し出していく。ひと回りして、ようやく蓮の前にたどり着いた。「七瀬社長、お噂はかねがね伺っていました。こうしてお目にかかれて光栄です」蛍は両手で名刺を差し出し、深々と頭を下げる。「急に押しかけてしまってすみません。今夜の会計は、よろしければ私に──」「俺が金に困ってるように見えるか?」蓮はぼそりとそう言い、ちらりと名刺に目を落としただけで、受け取ろうともしなかった。手を差し出したままの蛍は行き場を失い、どうしていいか分からず固まってしまう。「違うんです、そういうつもりじゃなくて……せめてもの誠意をお見せできればと思って」「ここは俺の席だって分かってるよな。招かれもしないで入り込んで、場を壊しておいて」蓮は視線を上げ、まっすぐ蛍の目を捉えた。「で、どうやってケジメつける?」その一言に、周りの男たちが待ってましたとばかりに色めき立つ。「飲め!飲め!」蛍がまだ状況を飲み込めないうちに、焼酎の入った徳利が目の前にぐいと突き出された。「七瀬社長がわざわざ話を振ってくれたんだ、ちゃんと見せ場作らないとな?酒も飲めないようじゃ、仕事の話なんてできやしないだろ」男の一人が蛍の肩をぽんぽんと叩き、酒臭い息をかけながら笑った。「これは七瀬社長がくれたチャンスだぞ」「……分かりました」蛍は一瞬の迷いもなく徳利を掴むと、そのまま口元へと傾けた。この数年、彼女は数えきれないほどの会食をくぐり抜け、酒の席にも鍛えられてきたつもりだった。けれど、今のように焼酎を徳利の中身ごと一気にあおれば、さすがに喉が焼けつき、むせずにはいられない。喉から胃の奥へと、炎
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