「それに、会社の金がどうこうなんて話、私は一度もしていません……」知枝はいったん言葉を切り、唇の端にかすかな苦笑を浮かべた。「沢原さんは健司からあれだけお金を受け取ってきたんですから、そのお金がどこから出ているのか、誰より分かっていたはずです。あの人のためにここまで身を投げ出すなんて、私には夢にも思えませんでした」話を聞き終えた三郎の胸の内で、ようやく合点がいった。知枝は正妻として当然の権利を守ろうとしただけだ。尻ぬぐいをさせる相手を探していたのはむしろ蛍のほうで、わざと火種をまき、典子を利用して自分の代わりに矢面に立たせたのである。典子も薄々それに気づきながら、どうしても認めようとしないのが見て取れた。「そ、そんなはずないわ!」典子はきっぱりと言い切る。「蛍が私をだますはずない!健司をここまで追い詰めたのは、全部知枝が仕組んだことよ!お父さん、知枝の言い分だけ信じちゃだめ!この女は……」「黙れ!」三郎が一喝した。「典子、お前、本当にどうかしてるぞ!知枝はお前の嫁だろ。それを信じもせずに、赤の他人の女を信じる気か!」典子は食い下がるように叫んだ。「お義父さん、健司をめちゃくちゃにしたのは知枝よ!」「もういい!」三郎の怒りは頂点に達し、目の前の親子三人に対して心の底から失望していた。「健司が会社の金に手をつけていた件を見つけたのは安雄だ。あいつは帰国したばかりで、鉄舟重工を急きょ引き継いだんだ。過去の帳簿を洗い直しておかなきゃ、安心して会社を任されるはずがないだろう。知枝は周家の人間とはいえ、鉄舟重工の帳簿に触れる権限なんかない。健司がどんなバカな真似をしていたか、知るはずがないじゃないか!」……典子は言葉を失い、反論のひと言も出てこなかった。隣にいた健司が、ゆっくりと口を開いた。「おじいさん、蛍も、俺の金がどこから出てるかなんて知らない」その言い訳を聞いた三郎は、怒りのあまり乾いた笑いを漏らした。「この状況になってもまだ、知枝の目の前でよその女を庇うつもりなのか?」「俺は、事実を言っただけだ」さきほど三郎が述べた説明は、そのまま「知枝には何の落ち度もなく、嘘をついて金を巻き上げたのは蛍だ」と皆に宣言したも同然だった。健司は、それ以上蛍に新しい罪をかぶせるような真似を、黙って見過ごすこ
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