All Chapters of 手遅れの愛、妻と子を失った社長: Chapter 691 - Chapter 700

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第691話

今日起きた一連の出来事を考えると、この先もまだ別の危険が潜んでいるかもしれない。迎えを寄こしてもらうのが一番だ。「BOSSがヘリを手配してくれた」健太は向かう途中もずっと遥真と連絡を取り合っていた。「あと五分くらいで着くはず。あそこに少し平らな場所がある。みんなをそこまで連れて行って待とう」幸いここは郊外だったため、ヘリの離着陸もしやすい。もしこれが街中だったら、別の移動手段を使うしかない。慎吾は少し胸をなで下ろし、口の中に異物がないことを確認すると、何度も何度も柚香と康平の名前を呼び、二人を目覚めさせようとした。すると十数秒後、二人はゆっくりと目を開けた。康平は意識を取り戻したが、柚香は一瞬だけ目を覚ましたあと、再び意識を失ってしまった。「健太、上着を持ってきて。社長に着せるんだ」慎吾は柚香の様子が康平よりずっと悪く、体温もひどく低いことに気づき、不安を隠せなかった。飛び込む前に脱いでいた健太の上着だけが乾いていて、ほかの皆の服はすべてびしょ濡れだった。健太が上着を取りに向かおうとした時、ヘリのローター音が聞こえてきた。間もなく、茂みの向こうの開けた場所から遥真が駆け寄ってきた。健太が口を開くより早く、遥真は切羽詰まった声で尋ねた。「柚香は!?」健太が手で指し示す。「向こうです」遥真はその方向へ目を向け、地面に倒れたまま意識を失っている柚香を見つけると、一目散に駆け寄った。「命に別状はありません。ただ、体力を消耗しすぎています。それに冷たい水の中に長時間いたせいで低体温気味です」慎吾が状況を説明する。「今は濡れた服を着替えさせる必要があります」「わかった。ありがとう」遥真は柚香をそっと横抱きにした。その瞬間、胸が締めつけられるように痛んだ。数分後。遥真は柚香たち全員をヘリに乗せた。持ってきていた着替えに柚香を着替えさせ、濡れた髪を丁寧に拭いてから、念のため同行させていた医者に診察を頼んだ。皆の視線は、遥真の腕の中で意識を失ったままの柚香へと向けられていた。顔色は真っ白で、目を閉じたまま動かない。その姿は、少し触れただけでも壊れてしまいそうなガラスの人形のようだ。康平の胸にはさまざまな感情が渦巻いていた。慎吾は彼が自分を責めていることに気づき、声をかける。「君の技術は、ああいう組
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第692話

柚香を陽翔に預けると、遥真は階段を下り、隣の離れへ向かった。そこでは恭介たちがすでに待っていた。遥真は椅子に腰を下ろすと、慎吾がすぐにここまでの経緯を報告した。康平も、自分なりの推測を口にする。一通り話を聞き終えた遥真の瞳には、冷え切った光だけが宿っていた。「捕まえたのか」その問いは恭介に向けられたものだった。「はい」恭介は険しい表情のままスマホを取り出し、大輔へ電話をかける。「連れてきてくれ」ほどなくして。大輔が、黒い服にサングラス姿の大柄な男を連れて入ってきた。その後ろには、凛音も続いている。「こいつが現場を仕切っていた男、相沢彰吾(あいざわ しょうご)」凛音はノートパソコンを手にしたまま部屋へ入り、すぐに説明を始めた。「連中はすべてこの男の指示で動いていた。今回の柚香を狙った件以外にも、さらに別プランも二つ用意している」彰吾は呆然としていた。自分がどうやって見つかったのかも分からないし、この連中がどうやって居場所まで突き止めたのかも理解できなかった。「黒幕は誰だ」遥真の声には、欠片ほどの温度もなかった。「知らない」彰吾はそう答えた。遥真は大輔に視線を送る。大輔は腰からナイフを抜くと、彰吾の腕をつかみ、そのまま突き刺そうとした。「ま、待ってくれ!」彰吾は一気に顔色を変え、低い声で早口に叫んだ。「神崎拓哉だ!俺たちにやれって指示したのはあいつだ!」「指を一本落とせ」遥真は抑えきれない殺気をまとい、真冬の水のように冷たい声で言い放った。「本当だ!本当に俺は嘘なんか言ってない!」彰吾は声を張り上げる。「信じられないなら調べればいい!」遥真は静かに目を上げた。まだ何も言っていないのに。彰吾は背筋が凍りつき、恐怖で心臓が早鐘を打つ。「拓哉の頭では、ここまで綿密な計画は立てられない」恭介が淡々と口を開く。「その指を残したいなら、黒幕を正直に話してくれ」「俺は……」彰吾が口を開きかける。「チャンスは一度だけだ。よく考えてから答えて」恭介が静かに釘を刺した。彰吾の表情に葛藤が浮かぶ。遥真たちは黙ったまま彼を見つめていた。張り詰めた空気に押し潰されそうになり、彰吾の額から冷や汗が流れる。それでも彼は嘘を選んだ。「神崎家の当主だ……柚香を始末したかった。でも自分の手は汚したくなかった
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第693話

「誰だ?」遥真が尋ねた。「黒崎承輝」凛音が答える。「大晦日の午後、承輝の秘書が現金六百万円を引き出していた。その後、夜十一時ごろに鞄を持って細い路地へ入り、その少し後には承輝本人も中へ入っていた」ここへ来る前、遥真は言っていた。今回の件で怪しい人物は三人だけ。拓海、拓哉、それに承輝。それ以外の人間も柚香を陥れたい気持ちはあったかもしれないが、ここまで露骨な真似をする度胸はない。「それと、二十分ほど前に彰吾は承輝の秘書と電話していた」と凛音は言った。「調べられることは全部調べた」その瞬間、彰吾の中に焦りが広がった。まさか、あれほど慎重に進めてきたことが、ほんの一、二分で暴かれるとは思ってもみなかった。それなら、これまで拓海に罪をなすりつけるために積み重ねてきた工作は、一体何だったというのか。「違う!」ここまで調べ上げられていても、彰吾はなお食い下がる。「誰かが俺のスマホを細工したんだ!俺は最初から承輝なんて奴は知らないし、その秘書とも面識なんてない!」凛音はノートパソコンの画面を彼へ向けた。そこには、彰吾と承輝の秘書が時間差で同じ細い路地へ入っていく映像が映っていた。そして出てきた時には、秘書が持っていた鞄はすでに彰吾の手に渡っていた。「こいつを連れて行って、啓介に引き渡せ」と遥真は恭介に指示した。「俺からの手土産だと伝えろ。こいつは俺を怒らせた。あとは好きにしてもらえばいい」「承知しました」恭介は大輔とともに、すぐ彰吾を連れて行こうとした。だが、その瞬間、彰吾は顔色を変えた。啓介?まさか、警察のあの藤堂啓介(とうどう けいすけ)なのか!?「遥真、君は本当に腰抜けだな!俺は君の女を殺そうとしたのに、君は俺に指一本触れられない!俺が出てきたら、今度こそ柚香を八つ裂きにしてやる!」彰吾は声を張り上げ、さっきまでとは比べものにならないほど取り乱して叫んだ。だが、遥真は微動だにしない。まるで聞こえていないかのようだ。慎吾は首をかしげた。「遥真さんの性格なら、警察に引き渡すとは思わなかったんですが」あれだけ社長に手を出した相手だ。遥真なら以前言っていた通り、誰にも気づかれない形で始末し、自分には一切疑いが及ばないようにするはずだと思っていた。なのに今回は……「警察に知り合いが
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第694話

出発する前、遥真は柚香のもとへ行き、もう一度その顔を見つめた。まだ血の気の戻らない彼女の顔を見た瞬間、胸が針で刺されるように痛んだ。大きく温かい手でそっと彼女の頬を包み、親指で優しくなでながら、それまでとはまるで違う優しい声で言った。「安心して。必ずけじめはつけるから」「パパ」陽翔はもう「遥真おじさん」とは呼ばなかった。遥真は柔らかく微笑む。「どうした?」陽翔は心配そうな表情で尋ねる。「危ないことをしに行くの?」「いや」「ママの具合って、そんなに悪いの?」「そこまでじゃないよ。二日も休めば治る」それは本当だった。柚香は危ない状態ではあったが、命に別状はなかった。「その間は熱が出ないか、ちゃんと見ていて。もし熱が出たら、すぐ医者に伝えるんだ」陽翔は素直にうなずいた。「うん」遥真は額にキスをして立ち上がる。そのとき、陽翔が慌てて彼の手をつかんだ。遥真は足を止め、優しく聞く。「どうした?」「これ、持っていって」陽翔は首から外したお守りを遥真の手に乗せた。それは柚香がお寺で授かってきた厄除けのお守りだった。「危ないことじゃなくても、無事に帰ってきてほしいから」陽翔は子どもとはいえ、何もわからないわけではない。きっと何か大事な用事があって行くのだと察していた。今までなら、ママの体調が悪いときは目を覚ますまでずっとベッドのそばにいた。なのに今回は、目覚めるのも待たずに出かけようとしている。「俺も持ってるよ」柚香は陽翔の分だけでなく、遥真の分も一緒に授かっていた。「二つあったほうが安心だから」陽翔はただ心配だった。こんなに急いで飛び出していくパパを見るのは初めてだった。「受け取ってくれなきゃ、行かせない」「ずいぶん強引になったな」遥真は少しでも陽翔を安心させようと、冗談めかして言う。「貸すだけだから。帰ってきたらちゃんと返してね!」遥真は手を伸ばし、陽翔の頭を優しくなでた。黒い瞳に宿る温もりは、陽翔と柚香だけに向けられたものだった。「わかった。ありがとう、陽翔」「早く帰ってきてね」陽翔は名残惜しそうにずっと遥真を見つめていた。「帰りが遅かったら、ママにパパの悪口言っちゃうから」遥真は手を下ろした。「行ってくる」陽翔は、その背中が見えなくなるまで見送った。その後、遥真
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第695話

「もし遥真たちが来ても、何があっても中に入れるな」承輝は念を押すように何度も言った。証拠がない以上、自分をどうこうできないとは思っている。だが、万一の事態に備えておく必要はある。秘書は終始素直にうなずく。「承知しました」承輝はさらに指示を続けた。「その間も彰吾への連絡は続けろ。それから蒼海市の連中にも探らせるんだ。もしあいつが遥真の手に落ちたとわかったら、すぐ始末しろ。絶対に俺を巻き込ませるな」「承知しました」数時間後。遥真は承輝のいる街へ到着した。こちらの人間が事前に情報を集めていたため、車で承輝のもとへ向かう途中、運転手が状況を報告する。「社長、このまま向かっても中には入れないと思います」康平が尋ねた。「どういうことだ?」「承輝のほうが急に警備を増やしたようです。滞在先にはボディガードが厳重に配置されています」運転手は一つずつ説明した。「三十分ほど前にこちらでも試しましたが、秘書以外は誰一人入れませんでした」「構わない」遥真はいつも、まずは穏便に、それでだめなら力づくというやり方だった。「とりあえず行ってみよう」運転手の言う通りだった。現地に着いて身分を明かしても、ボディガードは中へ通そうとしない。流暢な英語でこう告げる。「あなたが久瀬遥真であろうと誰であろうと関係ありません。入室はお断りです。承輝様から、この期間は重要な用事があるので来客は一切通すなと命じられています」「遥真社長は他の人とは違う。取り次いでくれ」康平が口を開く。だが、ボディガードは聞く耳を持たなかった。承輝の命令を忠実に守っているだけだった。「じゃあ、お宅の秘書は?」康平は切り口を変えた。「その人と話したい」ボディガードは冷たく返す。「秘書の行動について、あなた方にお答えする義務はありません」凛音はパソコンで調べると、小声で二人に告げた。「承輝の秘書なら、一時間前に出かけてる。何か用事らしい。その人を見つけて、中へ案内してもらうか?」遥真は何も言わなかった。康平は考え込む。「承輝が払っている給料を考えると、買収するのはかなり難しい」凛音は調べた情報をもとに続ける。「経歴も確認したが、この人は脅しもあまり通用しないタイプだね」つまり、懐柔も脅迫も通じにくい相手ということだ。「構わない。まずは会って話そう」
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第696話

康平は自分で用意した道具を使って、遥真に変装を施した。写真に写っていた秘書と見分けがつかない仕上がりになると、凛音は親指を立てた。「すごい」「まだ直したほうがいいところがないか見てみて」康平は自分の技術に絶対の自信を持っていた。「遥真の目つきがあまりにも鋭くなかったら、本物の承輝の秘書本人だって信じちゃうところだった」凛音は心から感心した。これは前から身につけたいと思っていたのに、どうしても習得できなかった技術だ。「そんな技術、普通に持ってていいレベルじゃないでしょ」こんな技術を悪用して犯罪でもされたら、本当の正体は誰にも分からない。康平は道具を片付けながら言った。「まあ、それは確かに」普通の人でも化粧で七割くらい似せることはできるが、ここまで本物そっくりに仕上げられる人間はほとんどいない。二人の反応を見て、遥真も今の自分の姿が少し気になった。画面の消えたスマホを手に取り、映り込んだ自分を見つめる。そこに映っていたのは以前とはまるで別人だった。顔の輪郭まで、康平が特殊な技術で承輝の秘書そっくりに作り変えている。「問題なければ、もう行こう」康平は時間を確認した。「早く片付けば、お嬢様が目を覚ます前に戻れるかもしれない」「分かった」遥真は車を降りた。出発前、凛音はある物を持っていった。入口に着くと、警備員たちは彼を見るなり、承輝の秘書だと思い込んで挨拶をした。顔認証を無事に通過して中へ入ると、警備員たちは康平と凛音を呼び止め、ぶっきらぼうな口調で言った。「また君たちか。この前も言っただろ。ここは君たちが来る場所じゃない」「その二人は通して」遥真は淡々と言った。「ですが、以前『誰も中に入れるな』とおっしゃっていましたよね?」警備員が不思議そうに尋ねる。「入れちゃいけないのは遥真だ」承輝の秘書の顔をしたまま、遥真は真顔で続けた。「承輝様があの二人に用事がある。通してくれ」「承知しました!」警備員たちはすぐに道を開けた。三人が中へ入ったあと、警備員二人は小声で話し始める。「今日の秘書さん、なんか前と少し違わないか?」「どこが?」「うまく言えないけど、目つきというか雰囲気というか……別人みたいな感じがする」「顔認証を通ってるんだから、偽物なわけないだろ。考えすぎだ」「それもそうか
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第697話

承輝は反射的に、一番前に立っている遥真へ視線を向けた。この時の彼は、目の前の「秘書」が本物の自分の秘書ではないことに、まだ気づいていなかった。「なんでこいつらを連れて来た」「けじめをつけに来ました」遥真は自分本来の声で答えた。承輝は眉をひそめた。遥真を見る目には、戸惑いと困惑が浮かぶ。なぜそんなことを言うのかも分からないし、声が変わっている理由も分からない。最初から最後まで、目の前の「秘書」が偽物だとは一度も疑わなかった。顔がまったく同じなのだから、普通なら変装など思いつきもしない。遥真は椅子に腰を下ろした。何もしなくても放たれる圧倒的な威圧感が、その場を支配する。「承輝さん、相沢彰吾という男を知ってますか?」承輝はさらに眉を寄せた。「君は一体何者だ」「顔じゃ見抜けなくても、この声まで分からないですか?」遥真は落ち着いた口調で言った。承輝の瞳が大きく揺れる。――遥真。彼はその顔を食い入るように見つめた。遥真なのに、なぜ自分の秘書の顔をしているのか。相手が敵だと悟ると、すぐにスマホを取り出して電話をかけようとした。だが、承輝がスマホを取り出す前に、凛音が車から持ってきた電波ジャマーの電源を入れていた。そのせいで部屋の中は完全に圏外になっている。何度かけても電話はつながらず、承輝は完全に焦り始めた。窓際へ走って窓を開け、助けを呼ぼうとした瞬間、康平が襟首をつかみ、そのまま力任せに引き戻した。「君たち、不法侵入だぞ」承輝は必死に気持ちを落ち着かせ、冷静さを装う。「君のボディーガードが中に通したんです。不法侵入になりますか?」遥真は目を上げる「さっきの質問、まだ答えてないですよね。相沢彰吾を知ってますか?」承輝は顔を強張らせた。「何を言ってるのか分からない」遥真は淡々と言う。「康平、腕を一本折れ」まるで世間話でもするような口調だった。だが承輝の背筋は一気に冷えた。彼は険しい顔で遥真をにらみつけ、威圧しようとする。「やれるものならやってみろ!」ボキッ――康平はためらいなく動いた。承輝の片腕があっさり折られる。「もう一度聞きます。相沢彰吾を知ってますか?」遥真は少しも焦らず、冷え切った黒い瞳で見つめる。「知らない!」承輝は絶対に認めるわけにはいかなかった。何も
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第698話

康平「はい」承輝「彰吾が俺の秘書と接触していたって、本当に確認が取れてるのか?」康平「決定的な証拠があります」「全部、拓海の仕業だ」承輝は目に険しい光を宿し、遥真を見ながら確信に満ちた口調で言った。「あいつが俺の秘書を買収して、全部俺になすりつけたんだ」康平は鼻で笑った。こんな出まかせまで平然と言えるとは。「信じられないなら、俺の秘書を呼び戻せばいい。君たちの目の前で直接話をさせる」承輝は真剣な顔で言った。「必要ありません」遥真は立ち上がり、承輝の前まで歩いていく。その長身と圧倒的な存在感だけで、十分な威圧感があった。「俺は事実確認をしに来たのではありません。柚香のために、けじめをつけに来ただけです」「そんなことをしても、柚香を陥れた本当の犯人を見逃すだけだ」承輝は必死に説得しようとする。「それじゃ、君の言う『けじめ』にはならない」「それは承輝さんが心配することじゃないです」遥真は淡々と言った。「俺が納得できれば、それで十分です」承輝は眉をひそめた。遥真は静かに続ける。「柚香は川の中に二十分近く沈められていたんです。承輝さんにも、少しは味わってもらいます」そう言うと、片手で承輝を軽々と持ち上げて浴室へ連れて行き、浴槽いっぱいに水を張ると、そのまま全身を押し込んだ。さらに康平に氷を持って来させ、浴槽へ放り込む。骨の髄まで凍えるような冷たさだった。承輝は必死にもがく。その結果、もう片方の腕まで折られた。「遥真!こんなことをして、報いが来るとは思わないのか!」もう逃げられないと悟った承輝は、怒りを抑えきれず叫んだ。遥真は冷たい目で、浴槽の中でもがき、息をしようとしても頭を押さえつけられて浮かび上がれない承輝を見下ろし、ごく自然な口調で言った。「彼女に手を出した奴には、たとえ俺が地獄の底まで落ちることになっても、必ず代償を払ってもらいます」「帰れたら絶対に君を……」捨て台詞を吐こうとした瞬間、また水の中へ押さえ込まれた。「本気で帰れると思ってるのですか?」遥真が淡々と言う。承輝の胸がドクンと沈んだ。どういう意味だ?まさか……殺すつもりなのか!?「承輝さんの財産は全部ゼロにしておきます」遥真は当たり前のように言った。「ここでせいぜい、人に追われて、誰にも助けてもらえず、逃げ続け
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第699話

遥真はそれ以上何も言わず、踵を返して外へ向かった。車に乗り込むと、凛音が不思議そうに尋ねた。「承輝の秘書が戻ってきたら、全部バレるんじゃない?」「今までのはただの前振り。本番は二時間後だ」遥真は腕時計に目をやった。「その頃には、承輝の秘書も戻ってきてるはずだ」実際、遥真の予想はほぼその通りになった。二時間後、承輝の秘書が屋敷へ戻ってきた。外に見張りが一人もいないのに、中からは騒がしい声が聞こえてきて、嫌な予感が胸をよぎった。すぐに屋敷の中へ駆け込んだ秘書は、そこで見るも無惨な姿になった承輝を目にした。折られた両腕以外にも、体中に大小さまざまな傷がある。秘書がこの連中を叱りつけようとした、その時。遥真が仕掛けた仕返しが、ようやく始まった。その頃、遥真たちはすでに空港に着いていた。「私はてっきり、あなたが自分で手を下すのかと思ってた」凛音が言うと、遥真は簡潔に答えた。「俺には家族も子供もいる」「でも、何かあったとしても、あなたなら簡単に対処できるでしょ」「それはそうだ。でも、俺は面倒事が嫌いなんだ」遥真は何をするにも慎重で抜かりがない。あんな面倒事に自分から深く関わるような真似はしない。「金で解決できることなら、わざわざ相手に弱みを握られるようなことをする必要はない」「さすが、遥真社長です」康平が一言こぼした。「今日のこと、君に影響はないか?」遥真が尋ねる。「何のことですか?」康平は目尻をわずかに上げ、いつもの軽い調子で答えた。「俺、今日はずっと慎吾と一緒にお嬢様を守ってたじゃないですか」たった一言。それだけで、遥真と凛音にはすべて伝わった。「関係する記録は全部消した」凛音はパソコンを閉じた。「誰にも調べられないよ」「本当に?痕跡は残ってない?」康平が聞く。「もちろん」そこについては、凛音にも自信があった。技術はすべて師匠から教わったものだが、この数年、師匠は表舞台から姿を消している。ある意味、今の彼女には対抗できる相手はいない。「うちの隊長もかなり腕がいいんだ。今度時間があったら紹介するよ」康平は、凛音の聞き慣れた自信満々な言葉を聞き、彼女と隊長のどちらが上なのか少し見てみたくなった。「その時に勝負してみればいい」凛音はあっさり頷いた。「いいよ」そんな雑談をしながら、一
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第700話

医者は軽くうなずくと、柚香に「しばらくは無理をさせないようにしてください」と伝え、部屋を後にした。部屋に残ったのは、柚香と慎吾、健太、そして陽翔だけだった。水の中で一緒に意識を失った康平のことを思い出すと、柚香はどうしても心配で落ち着かなかった。胸が締めつけられるような思いのまま、恐る恐る尋ねる。「康平は?無事なの?」「大丈夫です」慎吾が答えた。「遥真さんと一緒に出かけています」「何をしに?」柚香の不安は消えなかった。慎吾は薄く唇を結び、柚香を心配そうに見つめている陽翔へ一瞬視線を向ける。そして、口にしかけた言葉を別の言い方に変えた。「前に俺たちを足止めした連中と、少し話をつけに行ったんです」「パパに電話してくるね」陽翔は二人に話したいことがあるのを察したのか、自分がいると言いにくいだろうと思って自分から口を開いた。「慎吾おじさん、健太おじさん。ママを見ていてくれる?」「もちろん、任せて」二人が答えると、陽翔は短い足でちょこちょこと部屋を飛び出していった。陽翔が出ていくとすぐ、慎吾は柚香が気を失ってから起きるまでの出来事を、包み隠さずすべて話した。話を聞き終えた柚香は、まず健太へ向き直る。「ありがとう」「社長が陰で人をつけて守っていたことを責めないでいただければ、それで十分です」健太は余計なことは口にしなかった。柚香は黙ったままだった。もし遥真が密かに護衛をつけていなければ、今回、自分も康平も慎吾も、本当に承輝の手にかかって命を落としていたかもしれない。この国で、それも神崎家の縄張りとも言える場所で、承輝がここまで露骨な手段に出るとは思ってもいなかった。「遥真が何をしに行ったか知ってる?」「たぶん、承輝と『話し合い』に行ったんでしょう」こういう話になると、健太は遠回しな言い方をしない。「話が終わったら、柚香さんが受けた痛みを十倍にして返すつもりだと思います。社長ならそうする人ですから」「遥真まで巻き込まれたりしない?」遥真には広い人脈も力もある。それでも承輝は黒崎家の人間だ。紙に包んだ火は隠し通せない。もし本当に承輝の命に関わるようなことになれば、向こうも必ずこちらへ助けを求めてくるだろう。その時に調べが遥真へ及んでしまったら……「大丈夫です」健太はきっぱりと言い切った。それでも
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