All Chapters of 手遅れの愛、妻と子を失った社長: Chapter 721 - Chapter 730

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第721話

「安心しろ。もし神崎家の中に本当にあいつと手を組んでいる人間がいるなら、俺が当主として絶対に見逃さない」拓海はすぐに答えた。「ただ、この件を調べるとなると少し厄介だ。そっちで誰か心当たりはあるか?」「拓哉おじさんです」柚香は、わざと煙幕を張った。拓海と涼介は同時に言葉を失った。まさか柚香の口から、拓哉の名前が出てくるとは思っていなかったのだ。「拓哉は君のことをあまりよく思っていないし、普段から愛想もないし、口も悪い」拓海は一つ一つ、拓哉の印象を悪くするようなことを並べた。「だが、あいつは昔から黒崎家とは仲が悪い。たぶん、あいつじゃないんじゃないか?」柚香は真顔で、もっともらしい嘘をついた。「だから、あくまで疑っているだけです。実際にそうなのか、拓海おじさんに調べてもらえないかなと思って」拓海は何か言いかけて、口をつぐんだ。どうやら少し困っているらしい。「もし難しいなら、無理にとは言いません。だって、拓哉おじさんとは実の兄弟ですもんね」柚香はわざとそう言った。拓海の注意を別のところへ向けるためだ。「拓海おじさんに拓哉おじさんを調べてもらうのは、確かにちょっと頼みづらいですよね」「心配するな。この件は俺が必ずきっちり調べてやる。もし拓哉がやったことなら、絶対に見逃さない」拓海は柚香に約束した。「ただ、こういうことは調べるのに少し時間がかかる。しばらく待ってくれ」「はい、大丈夫です」柚香はにこやかに答えた。そのあとも、何人かでしばらく話をした。さっきまでより、ずいぶん空気も和らいでいた。終盤になると、柚香もいくつか愛想のいい言葉を口にしたが、どれも本心から出たものではなかった。「もう遅いし、俺は涼介と先に帰る」拓海が立ち上がる。その立ち振る舞いには、年長者らしい落ち着きがあった。「何かあったら、いつでも俺たちに電話してくれ」柚香は頷いた。「はい」二人を見送ったあと、康平が柚香に親指を立てた。「まさかお嬢様も、相手を見て言葉を選ぶようになるとは思いませんでしたよ」康平は口元に笑みを浮かべながら、どこか感慨深そうだった。まるで、可愛がってきた妹分がいつの間にか大人になったのを見ているような気分だった。けれど、柚香の心は重かった。もし今回の件が、拓海と承輝が裏で手を組んで仕組んだことなら、事態はかなり厄
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第722話

拓哉のひねくれた性格じゃ、喧嘩にならないだけでも上出来だ。それが、協力するなんてありえない。「遥真のほうにも、同じように伝えるのか?」拓海は、自分でも気づかないうちに、遥真をかなり恐れるようになっていた。「本人に調べさせる」涼介は、あまり露骨に動けば逆に怪しまれると分かっていた。「それに、拓哉おじさんに情報を流したのが俺たちの手下だったっていうのも事実だ」拓海の気分は重かった。昨日のことがあったから、もう二度と柚香には会えないと思っていた。ところが、柚香は何事もなかったように元気で、それどころか拓哉のほうが痛い目を見ることになった。「ただ、今回の件で、これまでの計画は見直す必要がある」涼介は、ほとんどの場面で冷静さを保っていた。「柚香が拓哉に狙われても無事だったってことは、柚香の周りにいる人間の実力も、遥真の実力も、俺たちが想定していた以上ってことだ。最初の計画じゃ通用しない」「何か考えはあるのか?」拓海も頭を抱えていた。もともと、こういう綿密な計画を立てるのは得意じゃない。以前、安江に対処したときでさえ、かなり頭を使った。それなのに、今回の柚香は安江よりもずっと手強い。そのうえ、柚香の後ろには遥真という、とんでもない存在までいる。「最近、少し情報を掴んだ。久瀬家が柚香に対して、あまりいい感情を持っていないらしい」涼介が言った。「そこから攻められるかもしれない」「?」拓海は怪訝そうな顔をした。あれは久瀬家だぞ。遥真の一族だ。「具体的な計画は、俺が久瀬家と話をつけてから決める」涼介は、父親がいつも無茶なことを嫌うのを知っていた。「話がまとまりそうなら手を組む。無理そうなら、別の方法を考える」「このことは蓮司には知られるな」拓海はもう涼介に任せることにした。どうせ自分にも、これ以上いい案はない。「了解」拓海は言った。「じゃあ、任せる。好きにやれ。ただ、バレないようにな」「分かった」一方で、二人があれこれと策を巡らせている頃、柚香はここ最近の出来事について考えていた。今になって、柚香はこれまでのどの瞬間よりもはっきりと分かった。母が幼い頃から、自分にそういうことを学ばせようとしなかった理由が。まだ株を手に入れてもいないのに、ここまでひどいことをしてくるのだ。もし母が自分を後継者として育て、
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第723話

安江は黒崎家へ向かった。本来なら、この件に関わるつもりはなかった。よくある商売上の争いだと思っていたのだ。だが、まさかこれほど年月が経っても、承輝がここまでやりたい放題だとは思わなかった。安江が黒崎家にやって来たことに、常和は驚いていた。当時のことがあって以来、安江は二度と黒崎家を訪れることも、自分と関わることもないだろうと思っていたからだ。「まさか、まだここへ来る気があったとはな」常和は険しい顔でリビングのソファに座っていた。その隣には、湯気の立つお茶が一杯置かれている。「今回の件が私の許せる範囲を超えていなかったら、こんな気分の悪い場所に来るつもりなんてなかったわ」安江の言葉には、はっきりと棘があった。常和の顔が曇る。だが、言い返すことはできなかった。昔のことについては、確かに自分が安江たちに悪かったのだ。常和は胸の内に湧いた感情を押し込め、単刀直入に尋ねた。「それで、手短に話そう。何の用だ」「一つ目。承輝が帰国したら、警察に引き渡して。どんな罪に問われようと、口を出さないこと」安江は続けた。「二つ目。これから先、黒崎家の人間は誰一人として、どんな方法であろうと柚香の命を脅かしてはならない。株のことで異議があるなら、合法的な争いだけにして。人の命を傷つけない。それが大前提よ」「そんなことはできん」常和は思わず言い返した。安江の目は、あまりにも静かだった。その静けさに、常和はわずかに気圧されながら説明した。「承輝を警察に引き渡せばどうなるか、君も分かっているだろう。遥真が持っている証拠だけでも、死刑になるには十分だ」殺人の依頼。企業犯罪。細かなところまで、すべて遥真に調べ上げられている。「それが彼の受けるべき報いよ」安江は淡々と言った。「もし昨日、柚香に何かあって命を落としていたなら、それは確かに承輝が受けるべき報いだっただろう」常和は、もっともらしい言葉を口にした。「だが、柚香は今も無事に生きている。大した怪我をしたわけでもない。それなのに承輝に命で償わせるのは、少しやりすぎではないか」安江の口元に、冷たい笑みが浮かんだ。やはり常和は、昔と何も変わっていない。何よりも利益を優先する人間だ。ここ最近、柚香にしていたことを本気で優しさだと思わなくてよかった。「相談しているんじゃないわ。伝えて
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第724話

安江の言葉を聞いて、常和は迷った。「少し考える時間がほしい」常和は、はっきりと断ることはしなかった。気持ちはこれまでになく重く沈んでいた。「その間は黒崎家の者たちをきちんと見張っておく。柚香に危害を加えるようなことはさせない」安江は期限を示した。「一週間」「分かった」常和は承知した。安江はそれ以上そこに留まらず、立ち上がってその場をあとにした。一秒でも長くここにいるのが嫌だと言わんばかりだ。リビングの扉を出ようとしたその瞬間、常和が安江の背中を見つめながら口を開いた。「そんなふうに俺を脅して、ここで殺されるとは思わないのか?」「やってみれば?」安江はまったく動じなかった。そんな言葉など、少しも気にしていない。「私に手を出す度胸があるなら、やってみればいい。その瞬間には、黒崎家が私を殺そうとしたことを、世間中が知ることになるわ」常和は、結局諦めた。二十年以上前は、昭彦を利用して追い詰めたからこそ、安江を去らせることができた。だが今の彼女には昭彦への情などない。それどころか、あの親不孝な息子は自分から彼女に近づいていっている。そんな状況では、彼女をどうにかするのは難しいだろう。「常和様」安江を送り届けた執事が戻ってきた。「承輝側の人間に、それとなく釘を刺しておけ」常和は何度も考えた末、そう告げた。「俺は明日、奏汰のところへ行く」安江が帰る途中、ちょうど知らせを聞いて駆けつけてきた昭彦と鉢合わせた。昭彦は彼女の前まで来ると、少し心配そうな顔で呼びかけた。「安江……」だが安江は彼を一瞥することさえなく、慎吾と一緒にその場を離れた。二人が家に着いたときには、もう夜の十一時になっていた。柚香は安江が無事に帰ってきたのを見て、ようやくほっとした。「お母さん、何しに行ってたの?」「ちょっと人と話してきただけよ」安江は本当のことを話さなかった。柚香に心配や不安を抱かせたくなかったのだ。「もう遅いから、早く寝なさい。あと何日かしたら、また仕事に戻らないといけないんでしょ?」柚香は、安江が話したくないのだと察して、それ以上は聞かなかった。それから数日、柚香はほとんどの時間を家で過ごした。会社の経営や金融についてさらに詳しく学びながら、時々外へ出て人と会い、仕事の話をした。そうしているうちに、あっという間に2月
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第725話

「そうだ」修司が答えた。「いかにも、あの人たちが言いそうなことですね」柚香は一瞬驚いたものの、すぐに平静を取り戻した。「お手数ですが、伝えてください。財産も陽翔の親権も、私と遥真の間の問題です。あの人たちには関係ありません。遥真が私に渡したものは、結婚している間に築いた財産です。返してもらう権利なんてありません」修司は黙ったまま、何も言わなかった。眼鏡の奥の目に、一瞬だけ複雑な色が浮かぶ。「ほかに用がないのでしたら、もうこの話は終わりにしましょうか」柚香が淡々と言った。しばらく黙っていた修司が、口を開いた。「あるものと交換するというのはどうだ?」柚香は怪訝そうに彼を見た。こんなことを言うなんて、いかにも修司らしくない。「遥真が約束にこだわる理由は、君も知っているだろう。あいつが何年経っても過去を引きずっているのは、両親に自分たちが間違っていたと認めさせたいからだけじゃない。もう一つ、大きな理由がある」修司はゆっくりと話した。必要がなければ、柚香を敵に回したいわけではない。だが、どうしても手に入れたいものがある。だから、こうするしかなかった。柚香は思わず尋ねた。「何ですか?」修司は彼女を見た。まだ遥真のことを少し気にかけているのだと、分かっていた。「遥真は、あのときのことが両親によって意図的に仕組まれたものなのか、それともたまたま、あのタイミングで起きたことなのかを知らない」柚香は答えなかった。時也から聞かされた話が、頭をよぎる。「もし、あいつが君に渡した財産と陽翔の親権を久瀬家に返してくれるなら、その答えを教えよう」修司は続けた。「それと、なぜ千景がためらいもなく飛び降りたのかもな」柚香は顔を上げ、瞳の奥をわずかに曇らせた。「両親が亡くなって、会社も倒産して、精神的に追い詰められたから飛び降りたんじゃないんですか?」「もし、そんな簡単に心が折れる人間だったなら、あの頃、遥真に無視されてもわざわざ構いに行ったりしなかっただろう」修司は言った。「千景は、芯が強くて、明るくて、前向きな人間だった」その瞬間。柚香の胸に、ぞくりと冷たいものが走った。もし千景が飛び降りた理由が、時也から聞いた話とは違うのだとしたら、遥真は……「証拠もないのに、あなたの言っていることが本当かどうかなんて、私に分かるわけな
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第726話

修司の穏やかな顔に、わずかに感情の揺れが浮かんだ。「ほかに用がないなら帰ってください。ここはあなたを歓迎してませんから」柚香ははっきりと帰るよう告げた。「今回はちゃんと話し合った。でも、次もそうなるとは限らない」修司は釘を刺した。「お父さんとお母さんは、財産も陽翔の親権も、簡単には譲らないだろう」柚香は淡々としていた。「分かりました」修司は彼女をじっと見つめた。本当は強がっているだけなのではないか、確かめようとしている。柚香も目を逸らさず、まっすぐ彼を見返した。「黒崎家と神崎家は、どちらにも君を潰そうとしている人間がいる。そんな時に久瀬家まで敵に回しても、君には何の得もない」修司は続けた。「それでも、久瀬家が彼らと手を組むことが怖くないのか?」柚香の頭は驚くほど冷静だった。「雅人さんなら、そうするかもしれません。でも、あなたはしないでしょう」修司には、彼女が何を言いたいのか分からなかった。「あなたは、人と無駄に言葉を交わすような人じゃないですよね。それなのに今日は、同じことを何度も私に言ってます」柚香は、人を見る目が以前よりずっと鋭くなっていた。「それって、あなたにも何か気がかりなことがあるってことでしょう?」遥真から聞いたことがある。修司は、遥真以上にやり方が容赦ない男だと。一言で済むことなら二言目は口にしない。策略で片づけられることなら、なおさら時間をかけて話し合ったりはしない。そんな人が、こうして自分と長々と話している。あまりにも長くて、目の前にいるのが別人なのではないかと疑うほどだ。「気がかりはある。遥真から、君には手を出すなと言われてるんだ。もし君に手を出したら、何もかも投げ打ってでも、私からすべてを奪うと言われた」修司は隠さずに打ち明けた。「私には権力が必要なんだ。だから、あいつとぶつかりたくない」柚香は一瞬、言葉を失った。修司はさらに彼女の心に揺さぶりをかけた。「当時のことは、あいつにも非がある。でも、君を大切にしてきたことだって、胸を張って言えるものだろう。それを全部あいつに話しても、本当に平気なのか?」「じゃあ、あなたは千尋にしてきたことを、胸を張って言えるんですか?」柚香は答える代わりに、そう聞き返した。「柚香」修司の声が低くなった。穏やかだった顔からも、さっきまでの余裕が消えて
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第727話

三人はレストランで待ち合わせた。顔を合わせたときから柚香の様子がどこかおかしいのに気づき、凛音が先に口を開いた。「こんなに急いで私たちを呼び出して、何かあったの?」「修司さんが私のところに来て、いくつか話をしていったの」柚香はすぐには本題を口にしなかった。時也も凛音も、亡くなった千景とは深い付き合いがある。何の前置きもなく話せば、二人には受け止めきれないかもしれないと思ったのだ。「修司さんの言うことなら、無理に聞かなくていい」時也は二人と向かい合って座っていた。これから話すことが重い内容だとはまだ気づいていない。「このところ、あいつは権力を奪おうと必死になってる。柚香に何を言ったとしても、信じなくていいよ」柚香は唇を動かし、どう切り出すべきか迷った。凛音は、柚香の戸惑いと葛藤に気づいた。「何の話?」「千景のこと」柚香がその名前を口にすると、凛音は一瞬固まった。時也も言葉を失った。「修司さんが言うには、あのとき千景が迷いもなく飛び降りたのは、追い詰められていたからじゃない。雅人さんと話をしたからだって」二人が受け止める時間を少し置いてから、柚香は続けた。「その話の内容は、遥真に関係していたみたい」「それで?」凛音は静かな声で尋ねた。柚香は答えた。「あのときのことは、たぶん雅人さんが仕組んだんだと思う」修司の性格を考えれば、何もなければこんな話を持ち出すはずがない。それなのにわざわざ話して、しかも自分に答えまで示してきたということは、あのときの出来事には別の事情があったとしか思えなかった。いつも飄々としていた凛音の顔から、表情が消えた。瞳からも感情がすっと消え、何を考えているのか分からない。時也は思わず声をかけた。「凛音……」「大丈夫」凛音はそう答えたが、言葉も様子も明らかに普段とは違っていた。「その可能性は、私も前から考えてた。ただ、確かな証拠がなかっただけ」時也は黙り込んだ。あのとき、遥真が千景を埋葬したあと、すぐにあの件を徹底的に調べた。だが、どれだけ調べても手がかりは何一つ見つからなかった。凛音も周辺の監視カメラを片っ端から確認したが、結局何の進展もなかった。「修司さんは、具体的に何て言ってたの?」凛音が尋ねた。柚香は二人の会話を、一言も漏らさず伝えた。自分の伝え方で内容が変わり
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第728話

時也は平静を装って言った。「僕が何とか説得してみる」「私が話してくる」柚香が突然口を開いた。凛音と時也の視線が一斉に柚香へ向く。時也が尋ねた。「陽翔の親権と財産を、あいつに渡すつもりか?」「渡さない」柚香はきっぱりと拒んだ。財産にしても陽翔の親権にしても、自分と遥真の間の問題だ。部外者が口を挟むことではない。「別の方法で、情報と交換する」凛音と時也は眉をひそめた。そんなやり方でうまくいく可能性は低いと思ったのだ。「私は、どうして彼がこのことを知っているのか、それだけを聞く」短い間に、柚香はすでに腹を決めていた。「話を聞き終わったら、その内容を遥真に伝えて、調べてもらう」「遥真に言っちゃ駄目だ!」時也が思わず声を上げた。凛音は何も言わなかった。けれど、その表情は明らかに時也の意見に賛成していた。「遅かれ早かれ、遥真は知ることになる」柚香はあくまで冷静だった。「違うのは、私たちが教えるか、それとも修司さんと雅人さんが教えるかだけ」自分たちから話せば、遥真にはまだ気持ちを整理する時間がある。でも修司や雅人から知らされたら、あまりにも突然で、心の支えまで一気に崩れてしまうかもしれない。あの約束という心の支えは、今までずっと崩れずに残っている。遥真は今でも、自分が口にした約束をひどく大切にしている。言ったことは必ず守る。自分との約束だって、あとになって仕方なく、少しずつ内容を変えていったのだろう。「もし、千景が亡くなったのは自分のせいだって知ったら、遥真は一生自分を許せなくなる」時也は、遥真がここまで歩んできた姿をずっと見てきた。だからこそ、彼がどれだけ重いものを背負っているのか、よく分かっていた。「それどころか、また別の世界に自分を閉じ込めてしまうかもしれない」「じゃあ、閉じこもらせておけばいい」柚香は言った。凛音が柚香を見る。しばらくして、ようやく柚香の意図を理解した凛音の胸には、複雑な思いがじわじわと広がった。「柚香の言う通りにしよう」時也は眉間に深い皺を寄せた。「でも……」「修司さんと雅人さんがこれだけ長い間、何も言わなかったんだもの。きっと、とっておきの切り札として隠してる」凛音は冷静に考え、自分まで感情に引きずられないようにした。「遥真が別の選択を迫られたとき、雅人さんにこのことを持ち出さ
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第729話

柚香を見た瞬間、涼介の目にわずかな驚きが浮かんだ。だがすぐに、いつも通り気さくに声をかけた。「柚香ちゃん、こんなところで会うなんて偶然だな。友達と食事に来たのか?」「はい」柚香は礼儀正しい態度を崩さなかった。「修司さんと仕事の話ですか?」「いや、たまたま会ったから、一緒に軽く食事してるだけだ」涼介が説明する。柚香はそれ以上、深く聞かなかった。二人が話している間も、修司の視線はずっと柚香に向けられていた。眼鏡の奥の目には、隠すつもりもない観察の色が浮かんでいる。以前の修司は、柚香のことを遥真が家に置いているだけの飾りのような存在だと思っていた。顔が綺麗なこと以外、大して役に立つところもない、と。だが、涼介とこの食事を共にしたことで、柚香に対する見方は大きく変わった。「ちょっと時間あるか?」修司が柚香に尋ねた。涼介の眉間が、わずかに寄る。修司と柚香が?柚香は淡々と答えた。「ありますよ」「五分だけ話さないか?」「いいですよ」二人はそのまま修司の車に乗り込んだ。涼介はもう少し修司と話したかったが、今の状況ではこれ以上ここに残るのは得策ではないと思った。修司は閉まった車の窓越しに外を一度見て、涼介に目を向けてから柚香に話しかけた。「さっき、君の従兄が私と何を話していたか知ってる?」「手を組むんでしょう。私を潰すためですよね」柚香は率直に答えた。「遥真と結婚して何年も経つのに、あいつは君に、もう少し遠回しに話せって教えなかったの?」「お互い分かってることなのに、わざわざ遠回しに言う必要ありますか?」修司の目が、わずかに細くなる。そうだ。お互い分かっていることなら、わざわざ遠回しにする必要はない。それなのに、多くの人は次から次へと嘘を重ねて、本当のことを隠そうとする。「さっき君に話した件だけど、考えが変わった」修司は眼鏡を軽く押し上げ、相変わらず穏やかな声で言った。「君と条件を交渉するより、あの話を持って遥真と直接話したほうが、うまくいく可能性が高い」柚香は一瞬、言葉を失った。こんなに早く状況が変わるとは思っていなかった。それでも修司に動揺を悟られないよう、自然に答えた。「最初からそう考えておけばよかったんです」「今朝は少し失礼なことを言ってしまった。気にしないでくれ」
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第730話

「四十分で着く」遥真はすぐに答えた。柚香が会いたいと言っているのに、渋っている場合じゃない。柚香「それと」遥真「何?」「その間に修司さんから電話がかかってきても出ないで」柚香は考えられる可能性をすべて潰し、これ以上、遥真が刺激を受けることだけは避けたかった。「メッセージが来ても見ないで、返信もしないで。全部、会ってから話そう」「分かった」遥真はすぐに了承した。柚香は一瞬言葉に詰まり、しばらく黙ってから口を開いた。「どうしてって聞かないの?」「柚香がそうするなら、ちゃんと理由があるんだろ」遥真は、彼女が何の考えもなく行動するような人ではないと分かっていた。だから、何も疑わずに信じた。「会えば分かるだろ」柚香は小さく「うん」と答えた。遥真は優しい声で、彼女を安心させるようにいくつか言葉をかけた。電話をどうやって切ったのか、柚香自身よく分からなかった。頭の中は、これから遥真に会ったらどう話すか、その事実を知った遥真がどんな反応をするのか、そればかりでいっぱいだった。「さっき、遥真さんと何を話してたんですか?」康平はバックミラー越しに柚香の様子を見て、いつもと明らかに違うことに気づいた。こんな顔をする柚香を、今まで見たことがなかった。柚香は車のドアに寄りかかった。「何でもない」康平は助手席の慎吾と目を合わせた。二人とも、何かあったことは分かっていた。けれど、柚香が話したくないのなら、ボディーガードである自分たちがこれ以上聞くこともできない。柚香が家に着き、遥真を待っている頃には、修司を乗せた車もすでに遥真の家に到着していた。遥真から話を聞いていたため、外の警備員は修司を中へ通さなかった。「遥真に用がある」修司が言う。警備員は職務を忠実に果たした。「社長は不在です」修司の目に驚きが浮かんだ。「どこへ行った?」「社長の予定について、私どもがお答えすることはできません」警備員は表情を変えずに答えた。「急ぎの用でしたら、お電話ください」修司はすぐには立ち去らず、車の中でスマホを取り出して遥真に電話をかけた。一時間前までは家にいた。自分が来た途端にいなくなるなんて、おかしい。遥真に着信が入ったとき、遥真はもうすぐ柚香のところに着くところだった。電話に出ることも切ることもせず、ス
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