All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 101 - Chapter 110

366 Chapters

第101話

健吾は、杏奈の眉間にしわが深くなっていくのに気づかなかった。「あのね、人生って、お金を稼ぐ額が全てじゃないと思うの」杏奈は突然、諭すような口調で話し始めた。すると、健吾は杏奈の腕の最後のあざに薬を塗り終え、ようやく顔を上げて彼女を見た。その魅力的な目には困惑の色が浮かんでおり、杏奈が何を言いたいのか分からずにいるようだった。「今の時代、物欲の強い人が多いのは分かるわ。特に京市みたいな華やかな場所にいると、目がくらんじゃう気持ちも理解できる。でも、物欲を抑えられずに良くないことをするのは、間違ってると思わない?」それを聞いて、健吾は、漆黒の瞳で杏奈の顔をじっと見つめた。「何が言いたいんだ?」杏奈は一度咳払いをした。健吾は何度も自分を助けてくれた友達なのだ。そんな彼が道を踏み外すのを、黙って見てはいられない、そう思って彼女は言った。「さっきの方って、あなたの本当の雇い主じゃないんでしょ?」健吾はドキッとして、黙り込んだ。その様子を見て、杏奈は彼が認めたのだと思った。確信を持つと、杏奈の心はずしりと重くなった。彼女は何かを決心したように、健吾に言った。「健吾さん、私きのうデザイナーの交流会で2000万円もらったの。そのお金でアトリエを開くから、お客さん集めを手伝ってほしいの。お給料は弾むわ。でも条件があるの。あの女とは別れて。あなたたち、釣り合わないわ」すると、健吾は少し首をかしげて杏奈の言葉の意味を考え、ようやく彼女が何か勘違いをしていることに気づいた。どうやら杏奈は、自分と結衣との関係を誤解しているらしい。「つまり……俺を養ってくれるってこと?」「な、何を言ってるの!これはお給料よ!」真剣な顔の杏奈を見て、健吾は思わず吹き出してしまった。「何がおかしいの?」杏奈は眉をひそめた。健吾はポケットから、あの黒いカードを取り出した。「このカードを見たから、俺とさっきの橋本社長が怪しい関係だと?」違うとでも言うの?だが、健吾は手の中の黒いカードを杏奈に差し出した。「もう一度よく見てみて」杏奈はいぶかしげにカードを受け取り、よく見つめた。それはブラックカードではなく、ただの黒いデザインのキャッシュカードだった。さっきは見間違えてしまったみたいだ。「これをブラックカードだ
Read more

第102話

翌日。【#バレエ団のプリマ、久保真奈美氏、引退か】という見出しの記事が、瞬く間にネットのトレンドになった。記事をクリックすると、真奈美が新しく投稿した動画が見られるようになっていた。動画の中の真奈美は顔色が悪く、笑ってはいるものの、その目には涙が浮かんでいるのだった。そして、その気丈に振る舞おうとする痛ましい姿が、見る人の同情を誘った。「ファンの皆さん、本当にごめんなさい。先日、足を捻挫してしまって、まだ腫れが引かないんです。だから、1週間後のコンクールには出場できなくなりました。がっかりさせてしまって、本当にごめんなさい。怪我を治したら、また皆さんのために踊りますね。心配してくださってそして応援も本当にありがとうございます」たった数言で、真奈美のやりきれない気持ちと健気さが見事に表現されていた。ファンたちは胸を痛め、なぜ怪我をしたのかと次々に質問した。すると、コメント欄では、杏奈にまつわる話題が上がったのだった。【どうせ、あの性悪なお姉さんのせいでしょ。きっと妹が成功を手に入れるのを見ていられなくて、自分が刑務所で怪我した腹いせにやったのよ。それで、私たちの愛する真奈美ちゃんの足が捻挫させられたんだわ】【真奈美ちゃんが本当に可哀想。なんであんなお姉さんがいるんだろうね】【あの女って、ひき逃げもしたらしいよ。なのに3ヶ月で出てきたんだって。中川グループの社長の女だから、やりたい放題だよね】【だから金持ちの家は怖いって言うのよ。人を殺したって、すぐ出てこられるんだから。刑務所のボスは?なんで彼女を始末してくれなかったのかしらね?】……真奈美はそんなネットのコメントをスクロールしながら見ているうちに、皮肉な笑みを浮かべた。数分後、彼女はまた投稿を更新した。【皆さん、憶測で話すのはやめてください。姉は濡れ衣を着せられただけなんです】そしてほんの数秒で、この投稿には千件以上のリツイートとコメントがついた。コメント欄は、意地悪な姉に足を怪我させられたのに、それでも姉を庇うなんて、真奈美を気の毒に思う声で溢れていた。こうして、ネット上の騒ぎは、一気に倍増した。ついに、見知らぬ番号から杏奈に電話をかけてくる始末に至った。その電話の相手は甲高い声で、彼女に死ねと怒鳴り散らしたのだ。その時になって
Read more

第103話

杏奈は竜也を見た。「ひき逃げ犯が私じゃないって、あなたは知ってるでしょ。あなたがちゃんと犯人探しをしてくれなかったから、こんな事態になったのよ。もし本当の犯人が公表されていたら、私や中川グループが迷惑を被ることなんてなかったのに」「杏奈、まだそんな言い逃れをするのか!」それを言われ、竜也は逆ギレした。真奈美のことを突き出せるわけがない。そんなことをしたら、彼女の人生が台無しになってしまう。そう思って、彼は腹立たしげに杏奈を見た。「もう起きてしまったことだろ。いまさらグチグチ言っても仕方ない。偽証した人間がそう簡単に見つかると思うか?」そう言い返したものの、後ろめたいのか、竜也は杏奈が何か言う前に、さっさと寝室を出て行った。杏奈は立ち上がって寝室のドアに鍵をかけると、再び画板を手に取り、絵を描き始めた。その頃、N市の空港の搭乗待合室では、サングラスをかけた男が、タブレットでトレンドニュースをチェックしていた。彼は黒のブロケードスーツを着こなし、金髪はヘアスプレーでふわりとセットされていて、サングラスで目元は隠れているものの、それでも整った顔立ちが際立っていた。そして、耳にはグレーのイヤホンがはめられていた。「世論は、力づくじゃ抑え込めない。今回は一旦放っておけ。俺が京市に行って、誰が杏奈を陥れたのか突き止めてからだ」……「分かってるって。俺を信じられないのか?世論を無理に抑えなくても、杏奈をこの状況から救い出す方法はいくらでもあるさ」……「じゃあな。フライトの時間だ。家で祝賀会の準備をしておけ。必ず杏奈を連れて、堂々と帰ってくるから」……そう言って、彼の節くれだった手が上がり、指先でイヤホンに軽く触れて通話を切った。それから、鈴木克哉(すずき かつや)はタブレットを閉じると、隣にいた秘書の山田充(やまだ みつる)に渡した。「相手の会社に伝えてくれ、彼らのタレントとの話題作りに協力しても構わないが、その代わり、条件が一つある」充はタブレットを受け取ると、社長の言葉を聞いて、思わず嫌な予感がした。やれやれ、また社長が何かとんでもないことをしでかすぞ。……それからわずか30分後。国民的俳優の克哉と、人気急上昇中の若手女優の熱愛報道が、あらゆるニュースサイトのトップを飾った。
Read more

第104話

そんな健吾が考え事をしていると、探偵の直樹から電話がかかってきた。「社長、ちょっと厄介なことになりました。あの交通事故の偽証をした山下という男ですが、どうやら真犯人と接触したようです。彼は引っ越しただけでなく、私も誰かに尾行されているみたいなんです」それを聞いて、健吾は少し眉をひそめた。「こっちから人を送る。でも、なんとしても証拠を手に入れてくれ」「わかりました、社長」電話を切ると、健吾は克哉の個人情報が書かれた資料をデスクに放り出し、オフィスを出た。……一方で、杏奈が午前中に終わらなかったデザイン画をなんとか描き終えると、外はもうすっかり暗くなっていた。改めてスマホを手に取ると、二人からメッセージが届いていることに気づいた。一人は、健吾から。「ネット上のあなたへの誹謗中傷は、誰かが手を回して止めてくれたみたいだ。心配するな。もし個人情報を晒されたりしたら、すぐに警察に連絡するんだ」それは、とても心がこもった気遣いのある文面だった。それを見て、杏奈の口元に、思わず笑みがこぼれた。健吾に簡単な返信をしてから、彼女は睦月とのトーク画面を開いた。睦月からは、ただ【大丈夫ですか?】という短いメッセージが来ていただけだった。杏奈がいつも通り大丈夫だと返信すると、すぐに睦月から通話がかかってきた。「ネットでのあなたへの攻撃、これ逆手にとって、あなたの力に変えられると思いますよ」睦月は思ったことをすぐ口にするタイプで、その声は少し興奮しているようだった。それを聞いて、杏奈は彼女がネットでの自分への誹謗中傷を見たことは察したが、どういう意味なのかをイマイチ理解できなかった。「どういうことですか?」「考えてみて、あなたはアトリエを開くんでしょう?今はネットでの評判は最悪だけど、でもその分ものすごく注目されていますよ。だから、いつか真相が分かって潔白が証明された時こそ、風評が変わってみんなから応援されるようになるんじゃないですか」そう言いながら、睦月はますます弾んだ声で続けた。「そうなったら、あなたもネットでちょっとした有名人になれるかもしれません。それでアカウントを作ってちゃんと運営すれば、絶対にアトリエにとっても有利になるはずですよ!」杏奈は、睦月の言うことにも一理あると思った。でも、今一番
Read more

第105話

しかし、杏奈は浩を呼び止めた。「相手を間違えたんじゃない?あなたの真奈美おばさんのご機嫌取りに行かないで、何しに私のところへ来てるの?」「真奈美おばさんなら、もう帰ったよ」それを言われ、杏奈は眉間にしわを寄せた。どうして?今朝のご飯のとき、竜也は真奈美の部屋に朝食を運んでいたじゃない。なのに、もう帰っちゃったわけ?杏奈が信じていないと思ったのか、浩は慌てて説明した。「真奈美おばさんは本当に帰ったんだ。ママ、探しに行かなくていいから」彼は、杏奈がまた真奈美に何かひどいことをするのではないかと恐れていたからだ。「ママ、この前のことは僕が悪かったんだ。あんなこと言うべきじゃなかった。許してくれる?」浩の態度の変わりようは、あまりにも奇妙だった。この子が自分をあれだけ嫌っていたのに、こんなに短い時間で彼自身の間違いに気づくはずがない。杏奈が訝しんでいると、浩はなんと口をへの字に曲げて泣き出した。「先生がね、ママに優しくできない子は神様から見放されてしまうんだって。ママ、本当にごめん。許してくれる?神様から見放されたくないよ」その言葉を聞いて、杏奈は、浩もまだ子供なのだと改めて思った。だが、彼女は許すとも許さないとも言わず、ただ黙っていた。しかし、浩はその答えを気にする様子もなく、杏奈に近づくと、持っていたものから片手を離し、彼女の手を握った。「ママ、来週、学校で学園祭があるんだ。先生がパパとママを招待してって言ってたから。一緒に来てくれる?昔みたいに一緒にゲームして、ごほうびのシールをもらおうよ」浩のそんな様子に、杏奈は思わず気が緩みそうになった。なんといっても、自分の手で育て上げた子だ。6年もの間一緒に過ごし、生活の面でも勉強の面でも、心を込めて面倒を見てきたのだ。これまで学校で保護者が参加するイベントがあるたびに、竜也は忙しくて来られず、いつも彼女が一人で浩に付き添っていた。学校の知育ゲームで家族の協力が必要だった時も、杏奈は竜也の分まで頑張って、浩を何度も優勝させてきた。その頃の浩は彼女を気遣い、小さな手で額の汗を拭いてくれたり、甘えた声でこう言ってくれたものだ。「ママ、お疲れさま」そんな昔の記憶がよみがえり、目の前で必死に懇願しようとする浩の顔を見つめて、杏奈は、断りの言葉を
Read more

第106話

一方で、京市の中心街に、ひときわ目を引く金色のビルが建っているのだ。それは、HSレストランよりも、さらに豪華な建物で、「ゴールデンミュージックホール」と呼ばれているのだ。そして今、ホールの前には高級車がずらりと並び、応援ボードを持ったファンが大勢詰めかけていた。多くの記者やカメラマンも、シャッターチャンスを狙って潜んでいるのだった。そこに、克哉を乗せた社用車が入ってくると、あちこちから甲高い歓声が響き渡った。「鈴木さん!鈴木さん!」「鈴木さん!こっち見てください!」「鈴木さん!ファンレターを受け取ってください!」……克哉はファンに笑顔で手を振ると、まっすぐホールの中へ入っていったが、「ファンレターを受け取ってきて、車の中にちゃんと保管しておいてくれ」と指示することを忘れなかった。秘書の充は頷くと、その場を離れた。片や、克哉が中の扉を開けると、まず耳に届いたのはゆったりとした優雅な音楽だった。ホールの中では、様々な業界のエレガントな人々が談笑しているのだ。これは、業界関係者が情報交換をするための交流会だ。トップ俳優であり、同時に業界の有力者でもある克哉がここに招かれるのは、ごく自然なことだった。そこには、華やかなドレスに身を包んだ真奈美が、二階のバルコニーで人と話していたが、階下のざわめきに気が付くと、ふっと口元を緩めた。待ちわびていた人が、ついに来たと思ったのだ。「ごめんなさい、少し席を外しますね」克哉があるプロデューサーと話していると、真奈美が近づいてくるのが視界の端に入った。杏奈のこともあり、克哉は久保家の人間についてはある程度知っていた。彼がそう言ってプロデューサーとの話を適当に切り上げると、タイミングよく真奈美が歩いてきた。「鈴木さん、こんな所でお会いできるなんて思いませんでした」と真奈美は愛想よく声をかけたが、克哉は彼女を無表情で見つめるだけ。馴れ馴れしい態度にも、まったく取り合わなかった。それには真奈美の笑顔も、少しこわばった。彼女はバレエ団のプリマだ。演技の経験はないけれど、画面映えするルックスで、人気若手女優に劣らないファンがついている。だから、克哉も自分のことを知っていると思っていたのだ。そう思って、真奈美はさらに続けた。「久保真奈美と申します。バレエを
Read more

第107話

……一方で、この前参加した、デザイナー交流会でもらった賞金が、やっと振り込まれたので、杏奈はキャッシュカードを持って、オークション会場に向かった。すると、会場の入り口を入ったとたん、少し先に健吾がいるのが目に入った。今日の彼は、黒の長袖にジーンズというラフな格好をしていた。銀色の髪が、照明の下できらきらと光っているのだった。そして、彼は誰かと話しているようで、少し伏し目がちに話す横顔は、冷たさを帯びていても完璧なフェイスラインで、思わず、見とれて目が離せなくなるほどだ。「あっちの動きをちゃんと見張っておけ」「はい、社長」その秘書らしき男性が「社長」と呼んで、顔を上げた途端、少し先にいた杏奈と目が合った。「杏奈さん?」杏奈はその人を見たが、声も顔もまったく見覚えがなかった。「私のこと、知ってるんですか?」洋介は気まずそうに目をそらすと、思わず健吾の方を見た。健吾も、杏奈が突然現れたことに驚いていた。彼は洋介を冷たく一瞥すると、洋介はすぐに杏奈の方に向き直った。「健……健吾さんからお話は聞いてます。すみません、私はこれで失礼します」そう言って、洋介は逃げるようにその場を走り去った。やばい、社長って呼んじゃった、そう思いながら彼はドギマギしてしまった。一方で杏奈は、彼の走り去る後ろ姿を見ながら眉をひそめた。どうにも様子がおかしい。そう感じた彼女は健吾を振り返り、探るような目で尋ねた。「今の人、あなたのこと社長って……」すると、健吾の深い湖のような瞳の奥で、一瞬だけ感情が揺らいだが、彼は、顔色ひとつ変えずに杏奈の問いに答えた。「あいつは俺の同僚なんだ。ふだん、お互いにふざけて『社長』って呼び合ってるんだよ」彼の態度はまるで、なにげない質問にでも答えているかのような落ち着きようだった。そう言われると、杏奈もうなずいて、これ以上は何も聞かなかった。男の人って、たまに訳の分からない子供っぽいことをするから。まあ、別にたいしたことじゃないかと思ったからだ。杏奈がそれ以上疑っている様子はなかったので、健吾もほっと胸をなでおろした。「どうしてここに?」杏奈は彼を見た。「このオークションに、亡くなった祖母が描いた絵が出てるの。だから、なんとか落札したくて。あなたは?なにか欲しいものでもある
Read more

第108話

「お姉さん」そう呼ばれて、真奈美の声に、杏奈は思わず振り返った。すると、真奈美は美咲を連れて二人の前にやって来た。そして、美咲がうつむきながら、気まずそうに隣にいる健吾に視線を送っていると、真奈美は杏奈の隣にいる健吾を一瞥し、嘲るように笑った。「お姉さん、忠告しておくけど。竜也さんと長年連れ添って、6歳の子どもまでいるのに。そんなふうに外で遊んでいたら、世間様に顔向けできないわよ!」そう言われて杏奈は笑った。「未亡人のくせに、ずっとうちの家に居座っているあなたの方がよっぽど恥知らずじゃない?私に説教なんて、良く言えたもんだね」そう何気なく言った一言だったが、真奈美はカッとなりかけた。まさか杏奈が口答えするなんて、彼女は思ってもみなかったからだ。以前の杏奈なら、何を言われても何をされても、ただ我慢していたのに。それが今では棘があるみたいに、なりふり構わず歯向かってくるなんて。真奈美がやり込められるのを見て、美咲は恥ずかしがってもいられなくなった。そして、杏奈を険しい目つきで睨みつけた。「自分がふしだらなことをしておきながら、よく真奈美さんのことを言えるわね!あなたの子が真奈美さんにべったりじゃなかったら、彼女だってあなたの家に行って面倒を見る必要もなかったのに。感謝もしないで、なんてひどい言い方なの?」それを聞いて、真奈美はわざとらしく美咲を引き止め、「美咲、そんな言い方はやめて」と言った。そして、そう言いながら彼女は杏奈に視線を向けた。「私はもう中川家から出て行ったから。前にお邪魔したのも浩くんが病気だったから、お手伝いに行っただけよ。お姉さん、安心して。私は冬馬のことしか思っていないから、あなたの家庭を壊す気なんてないわ」一方で、自分の兄にこんなにも一途な義姉を見て、美咲は胸が痛んだ。だからこそ、彼女の杏奈に向けられた目線はますます憎しみがこもっていった。それから、オークション会場が次第に賑わい始めたところで、美咲は豪華なホールを見回した後、再び杏奈に軽蔑の目線を送って言った。「しょせん成りすましのくせに。真奈美さんの立場を奪ったから今の生活ができるんじゃない。そうでなきゃ、あなたなんかがこんなオークション会場に入れるわけないでしょ。何を偉そうにしてるの?」それを聞いて、真奈美も何かを思いつい
Read more

第109話

「1000万円!」健吾はすぐさま値を吊り上げた。「1200万円」「こちらの方から1200万円です!他にはございませんか?」美咲は迷わず札を上げた。「1300万円!」彼女は健吾がただの雇われの身だと知っていた。だから、彼がオークションに参加しているだけでも驚きなのに、さらに入札までするなんて、よほどこのお茶セットが気に入って、貯金をはたいてでも手に入れたいのだろうと思った。もし自分がこのお茶セットを落札してプレゼントすれば、健吾はきっと自分のことを見直してくれるはず。そう考えを巡らせながら、美咲は札をさらに高く掲げて、健吾が声をあげる前に、彼女は叫んだ。「2000万円!」「こちらの方から2000万円です!さらに高値はございませんか?2000万円!他にございませんか……2000万円……」それを聞いて、健吾は眉をひそめ、それ以上札を上げなかった。杏奈は彼を見た。「もう入札しないの?予算オーバー?」健吾はうなずいた。「社長から、2000万円を超えたら手を引けと言われているので」「じゃあ、落札できなかったら、彼に怒られる?」健吾は首を横に振った。本当は、落札できなければ父にグチグチ言われるに決まっている。本気を出せばもっと値を吊り上げることもできた。でも、そんなことで杏奈に自分の素性がバレるのは嫌だった。割に合わない。それを聞いて、杏奈はほっとした。「では2000万円で、こちらの方が落札しました!」こうして、美咲はお茶セットを無事手に入れ、満面の笑みを浮かべた。彼女は健吾の横顔を見つめた。後でこのお茶セットをプレゼントしたら、彼はきっと驚くに違いない。ひょっとしたらこの男は自分に夢中になって、今夜にでも誘ってくるかもしれない、そう思ったのだ。次のオークション品は、杏奈の祖母の恵の絵だった。この絵の名前は『京市の春』だ。繊細な筆遣いで、そびえ立つビルや人々の行き交う大通りなど、春の京市の風景が描かれている。長さ2メートルほどの絵巻で、恵が半年もの歳月をかけて完成させた作品だった。「こちらの『京市の春』は、久保恵の傑作でございます。開始価格は200万円からです」「400万円」今度は杏奈が、真っ先に札を上げた。それに対し、会場の誰もが、この絵にはほとんど興味を示さ
Read more

第110話

そう言われて、杏奈は、手元の札を指先が白くなるほど強く握りしめた。真奈美の言葉は呪いのように、彼女の心に深く根付いたのだった。杏奈は自分で真奈美に何か借りがあるとは思っていないが、それでも、祖母が自分を可愛がったせいで、久保家の親戚に責められる光景がシコリとして彼女の記憶にずっと残っていたのだ。それを思い返すと、杏奈の意識は一瞬遠のいた。自分は久保家にいた頃の思い出も、祖母のことも、そしてこの絵さえも守ることはできないのだ。「2000万円、2000万円、あと一声ございませんか……」司会者がハンマーを振り下ろそうとしたその時、健吾がすっと札を上げた。「4000万円」そう言って、健吾は札を上げたまま、人差し指と中指を立てて、会場全体に向けてみせた。「これ以上、値を上げる者はいるか」と問いかけた。それは業界の人間なら誰もが知る、問答無用で競り落とすというサインだった。もともとこの絵に興味のなかった者たちも、突然、健吾という男に興味を惹かれた。このオークションは規模が小さくない。参加者は皆、それなりの資産家だ。そんな場所であえてあのサインを出す男は、ただ者ではないに違いない。こうして、多くの視線が、値踏みするように健吾に注がれた。しかし、その中に彼の顔を知る者は誰もいなかった。一方で、杏奈も驚いて健吾を見た。「何をしてるの?」さっき自分がこの絵を競り落としたいと言った時、健吾は何も言わなかった。つまり、彼の社長がこの絵を欲しがっているわけではないはずだ。それなのに健吾が突然値を吊り上げたのは、もしかして自分のためなのだろうか?杏奈は慌てて彼を制した。「健吾さん、やめて。私のためにそんなことしないで」会社のお金を私的なことに使ったら、健吾はクビになるかもしれないと彼女は心配したのだ。だが、健吾は彼女に口の端を上げてみせて言った。「心配しないで。加減はわかってるから」「4000万円で、落札します!」あのサインが出た以上、これ以上競り合う者はいない。司会者もそれを察して、力強くハンマーを叩きつけた。それを見て、後ろの席に座っていた美咲は、ひどく不機嫌な顔をしていた。健吾が杏奈のために落札したのは明らかだった。あの女、本当に恥知らずね。夫がいるくせに、外でも男を誑かしているなんて。しかも
Read more
PREV
1
...
910111213
...
37
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status