All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 91 - Chapter 100

100 Chapters

第91話

そして中川家の屋敷へ戻ると、ちょうど門の前で、病院帰りの竜也と真奈美の姿が目に入った。杏奈の顔を見るなり、竜也の表情はみるみるうちに冷たくなっていった。「どの面下げて帰ってきたんだ?真奈美の足首を見てみろ、こんなに腫れ上がっているじゃないか!来週には大事なバレエのコンクールがあるんだぞ。お前は彼女の未来をめちゃくちゃにしたんだ、分かってるのか!」竜也は真奈美を抱きかかえていた。杏奈が彼女の足首に目をやると、確かに赤く腫れ上がっていた。怪我の完治には3ヶ月はかかると言われている。このブランクは、今の真奈美のキャリアにとって致命的なダメージとなるだろう。自分を罠にはめるために、この女も思い切ったことをするもんだ。「私がやったのか、それとも自作自演か。彼女自身が一番よく分かってるはずじゃないの」杏奈は真奈美を見つめ、少しも悪びれる様子なく、淡々と言い放った。いつもは強気な真奈美が、竜也の胸に顔をうずめ、まるで悲劇のヒロインのように震えているのだ。「お姉さん、私のことを妬んでるならまだしも、どうして私の人生までめちゃくちゃにするの?1週間後のコンクールがどれだけ大事か分かってるの?あれに出られなかったら、もう私はプリマの座にはいられないのよ!そんなに私のことが憎い?」そのか細い声とは裏腹に、口調ははっきりしている。その姿はまるで、荒地に咲く一輪の花のようで健気だった。杏奈は、彼女の演技力がまた一段と上がったことに呆れてしまった。これほどの演技力なら女優にならない方が勿体ないくらいだ。バレエ団のプリマ?笑わせる。ショート動画で悪女役でもやれば、そっちのほうがよっぽど天職なんじゃないかとさえ思えた。そんな真奈美の健気な姿に、竜也は胸が締め付けられる思いだった。そして彼が杏奈に向ける視線は、さらに冷たいものになった。「杏奈!真奈美はお前の妹だろうが。お前は18年間、本来彼女が送るはずだった幸せな暮らしを奪ってきた。それでも真奈美はお前を責めたりしなかったのに!お前はなんて根性の悪い女だ。彼女の人生をめちゃくちゃにする気か!よくもそんなことができたもんだな!」そう言って、竜也は杏奈を憎々しげに睨みつけると、真奈美を抱きかかえて屋敷の中へと入っていった。そして竜也が真奈美をなだめる声が、杏奈の耳にかすかに届い
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第92話

杏奈が油断した隙に、浩が積み木を投げつけてきた。彼女の肌はデリケートで、積み木が当たったせいで腕にはあっという間に小さないくつかのあざが浮かび上がった。杏奈が気づいて身をかわそうとした瞬間、陽子が彼女の髪を掴み、奥へと引きずり込んでいった。「今日は、真奈美に土下座して謝らせないと!」「そうだ!真奈美おばさんに謝れ!あなたは悪い人だ!あんまりだよ!」杏奈は、頭皮が剥がれそうなほどの痛みを感じていたが、身動きができず、そのまま真奈美の部屋まで引きずり込まれ、ようやく陽子に離してもらえた。この時杏奈は、痛みで目に涙が浮かんでいた。「さっさと真奈美に謝って!」だが陽子は彼女を顧みることなく、吐き捨てるように言った。地面に突き飛ばされた杏奈が顔を上げると、ヘッドボードにもたれる真奈美と、そのベッドの端に腰掛けている竜也が見えた。二人は憎しみのこもった目で、彼女を見下ろしていた。杏奈が黙っていると、陽子が足を振り上げて蹴りかかってきた。だが杏奈は身構えていた。陽子が蹴りかかってきた瞬間、さっと後ろへ下がったのだ。陽子の足は空を切り、勢い余って前のめりに倒れこんだ。「きゃあ!」彼女はバランスを崩し、床に倒れ込んでしまった。「おばあさん!」「お母さん!」竜也と浩は急いで駆け寄り、陽子を助け起こした。その間に杏奈は自力で立ち上がり、冷ややかな目つきで三人の様子を眺めていた。「杏奈!お前は、今度はお母さんにまで手を上げるのか!」竜也は、陽子に怪我がないことを確認すると、立ち上がって杏奈を睨みつけた。「彼女が蹴りかかってきたから、私は避けただけよ。それでも私が何かしたっていうわけ?」杏奈の声は氷のように冷たく、その目は竜也をまるで知らない人のように見つめていた。その視線に竜也の胸は締め付けられ、いら立ちがこみ上げてきた。「どう考えたってお前が悪いんだ。お母さんがお前を躾けて何が悪い?お前は中川家の嫁なんだぞ、それなら……」「へぇ、中川家の嫁なら、あなたたちに虐げられて当然だとでも言うつもり?」竜也が言い終わる前に、杏奈がその言葉を遮った。頬には赤い跡が残り、髪は先ほど陽子に掴まれたせいで乱れていて、その姿はひどく痛々しかった。しかし、瞳の奥に宿る強い光が、彼女を無様に見せなかった。
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第93話

浩は険しい顔で、杏奈を睨みつけた。「産んでくれなんて頼んでない!あなたの子になんてなりたくない!もし選べるなら、真奈美おばさんに産んでほしかった!」そう言って浩は起き上がると、泣きながらドアに向かって駆け出した。「浩くん!頭にこぶができてるわ、薬を塗らないと!」陽子は、可愛い孫を慌てて追いかけていった。竜也は杏奈の方を見た。その目には、ますます怒りの色が濃くなっていた。「杏奈、いつからそんな人間になったんだ?浩はまだ小さいんだ。あんな言い方をしたら傷つくと思わないのか?」「じゃあ、あの子は小さいから、ママなんていらないって言っても許されるの?一、二回なら子供の癇癪だって思えるけど、何度も言うなら本気だと思われても仕方ないでしょ。だったら、望み通りにしてあげればいいじゃない」杏奈は竜也を見ると、今度はベッドにいる真奈美に視線を移した。そして口元に笑みを残したまま言った。「あなたみたいにね。一度、中川家に泊まるだけならお客さん。でも、ずっと泊まり続けていれば、いずれは竜也の妻候にもなるんじゃない」「杏奈!」竜也は、杏奈の手首を掴んだ。「何を馬鹿なことを言っているんだ!」今夜の杏奈は明らかにおかしかった。まるで気が狂ったように、誰かれ構わず盾突くのだった。杏奈の言葉を聞いた真奈美は、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。「私のせいだ。浩くんが懐いてくれるから、そばにいただけなんだ。お姉さんがこんなに気にされていたなんて……すぐに帰るよ」そう言って彼女は布団をめくりあげ、ベッドから降りようとした。しかし足を動かした途端、痛みのあまり嗚咽を漏らした。その様子を見た竜也は胸を痛め、慌てて真奈美を止めに入った。「誰が帰っていいと言った?杏奈に中川家で指図する権利はないから、お前は好きなだけここにいればいい」「竜也さん、やめて。お姉さんに誤解されたままなんて嫌よ。いつものちょっとした喧嘩ならいいけど、これはあなたの結婚に関わる大事なことだもの。私もそんなわがまま言えないわ」真奈美は頑なにベッドから出ようとして、竜也も止められなかった。すると焦った彼は、思わず口走ってしまった。「だったら、彼女と離婚すればいいんだろ!」真奈美の怪我以上に大事なことなどなかった。彼女はダンサーなのだ。足の怪我が治らなけ
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第94話

こうしてまた渉が現れたことで、離婚の話はまたしても白紙に戻されてしまった。真奈美は、彼が杏奈と竜也を連れて行くのをただ見ていることしかできなかった。悔しさのあまり彼女はシーツを握りしめ、唇を噛みしめ、そのせいで唇の端からは、血が滲むほどだった。こいつ、ボケてんじゃないの。なんであんな性悪女に、いつまでもこだわってるわけ?もう少しで、自分の思い通りになったのに。こうなったら、もっと強い賭けにでないと。そう思っていると、スマホが鳴ったので、真奈美はすぐに電話に出た。すると、電話の向こうから聞こえてきたのは、焦った様子の男の声だった。「真奈美、誰かが亮太さんの家に行ったみたいだ」それを聞いて、真奈美の顔からさっと血の気が引いた。「彼らはもう京市を離れたんじゃなかったの?一体、誰が行ったの?」「亮太さんから電話があったんだ。誰かが家に来て、ひき逃げの件で話を聞きたいって。前に警察で話したのと同じことを説明して、なんとか追い返したらしいんだけど、今回はバレる危険性が高いようだ」それを言われ真奈美は、ぎゅっと拳を握りしめた。「そいつが誰なのか調べて。場合によっては始末して」「はい」電話を切った真奈美の愛らしい顔には、凶悪な光が宿っていた。誰であろうと、自分の邪魔はさせない。……一方、渉に連れられて、杏奈と竜也は書斎にいた。そして渉は、まず竜也に、杏奈へ謝罪するように命じた。しかし、竜也は首を縦に振らない。「おじいさん、俺と杏奈の結婚生活のことまで、心配してくれなくても大丈夫だ」「俺が口出ししなかったら、お前たちは離婚していただろう!中川グループの後継者として、お前の結婚生活がどれだけ注目されているか、分かっているのか?」渉は、それ以上はっきりとは言わなかった。しかし、竜也にはその意図が痛いほど分かった。今、中川グループは正念場を迎えている。CEOである自分の座を、多くの株主たちが狙っていた。前回、鈴木グループとの一件で、社内での自分の立場はすでに危うくなっている。そんな状況で、もし本当に杏奈と離婚し、真奈美と再婚でもしたら、プライベートでのスキャンダルは、自分の信用を失墜させるに違いない。中川家には、自分の他にも若い世代がいる。分家のいとこたちも、皆このポストを狙っているのだ
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第95話

「杏奈、君は久保家の実の娘ではないそうだが、本当の家族を探したいと思ったことはあるのかね?」杏奈は、渉がどうしてそんなことを聞くのか、その真意が分からなかった。しかし、彼女はこの老人に対して、すでに警戒心を抱いていた。杏奈は首を横に振った。「以前は考えたこともあったが、ずっと見つからなかったので、もう諦めた」渉は微笑んで言った。「人は大人になると、自分のルーツを知りたくなるものだ。俺には、君の家族を見つける手立てがある。もし俺を信じてくれるなら、協力してくれないかね」杏奈は自分の家族ともう連絡を取ったことは、誰にも話していなかった。健吾を除いては。渉が今それを尋ねてくるのは、本気で自分の家族探しを手伝おうとしているのか、それとも何か裏があるのか、杏奈には分からなかった。彼女は少し考えると、相手の出方を見ることにした。「もちろん。信じている」「よろしい。では、君の血液を少し採取して遺伝子バンクに登録させてもらおう。そうすれば、ご両親を見つけるのも早くなるだろう」杏奈はうなずいた。渉は、まるで前もって準備していたかのように、大輝に採血の担当者を連れてこさせた。杏奈は、おとなしく採血に応じた。彼女は採血の容器に【中川グループ】のロゴがあるのを見て、この医師が中川グループが投資する私立病院の医師だと気づいた。杏奈は、その病院の名前を静かに記憶に留めた。後で自分で調べて、祖父が何を企んでいるのかを突き止めようと思った。「今夜のことは、君が不満な思いをしたのを俺は分かっている。安心して、必ずこの埋め合わせはするから」杏奈は適当に返事をすると、部屋に戻った。しばらくして、竜也が彼女の部屋のドアをノックした。竜也は、同情しているようでもあり、不憫に思っているようでもある、複雑な表情で杏奈を見ていた。「今夜のことは、俺が悪かった。離婚するのはやめよう」彼の淡々とした声には、どこか哀れみをかけるような響きがあった。杏奈はフッと笑った。「おじいさんが、何かあなたに言ったの?」竜也は答えず、ただ早く休むようにとだけ言った。彼が背を向けた瞬間、杏奈は静かに言い放った。「今月末までに、必ず役所に行って離婚届を出すからね」竜也が何か言い返そうとしたが、杏奈はすでに部屋に戻り、内側からドアに鍵を
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第96話

この前のネットでの炎上から、まだそんなに時間は経っていなかった。ネットユーザーたちはすぐに思い出したようだ。【またこの人殺しか。なんでまたニュースになってるんだよ?】【バックに大物がついていれば何しても許されるってこと?京市の警察は早くこいつを捕まえろよ】【真奈美さんは来週コンクールがあるのに!彼女にこんなことするなんて、死ね!】……睦月は杏奈の向かいに座り、彼女の眉間にだんだんとしわが寄っていくのを見ていた。すると、睦月が先に口を開いた。「中川さん、ネットに書かれていることは、嘘ですよね?」杏奈はそこで初めて、彼女に視線を向けた。睦月は頬杖をつきながら、自分を見つめた。丸い瞳はまっすぐな光を宿していて、ネットの書き込みのせいで、自分に偏見を持っているようには見えなかった。杏奈は、少し驚いて、そして感動した。彼女はスマホを強く握りしめ、真剣な顔でうなずいた。「ひき逃げなんてしていません。昨日の夜、真奈美が足をくじいたのも私のせいではありません。はめられたんですよ」睦月は、ぱあっと笑顔になった。「やっぱり、あなたはそんな悪い人には見えなかったですよ」そう言って、睦月はタブレットを手に取って注文を始めた。杏奈はそんな彼女を見ながら、心の中の疑問を口にした。「こんな簡単な説明をしただけなのに、信じてくれるんですか?」「あなたを信じているんじゃなくて、私自身を信じているんです」睦月は注文を終えると、タブレットを杏奈に渡した。「私は好きなものを頼みました。次はあなたの番ですよ」杏奈は、睦月の瞳の中に嫌悪や軽蔑の色が全くないのを見た。その瞬間、彼女はなんだか泣きたくなってしまった。このところずっと、一番近しい人に裏切られ、家族からは信じてもらえず、気持ちをずっと押さえつけられてきたからだ。まさか出会ったばかりの人が、こんなにも優しくしてくれるなんて思ってもみなかった。睦月は、杏奈にこれまでの出来事を根掘り葉掘り聞くようなことはしなかった。それどころか、一緒にファッションデザインについての考えを語り合った。こうして話しているうちに、二人はファッションデザインに対する考え方や感じ方が、とてもよく似ていることに気づいた。「2か月後、我が国でファッションデザイナーのコンテストがあるんです
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第97話

杏奈は褒められ、少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。「そういえば、ここを離れるって言ってたけど、どうしてですか?」「会社から海外研修を命じられたんだ。だから、しばらくは国内に戻ってこれそうにない」「じゃあ、またデザインについて相談に乗ってもらえるんですか?」「もちろんさ」……ちゃんと話し合ったことで、杏奈と正人の間のわだかまりは完全に消えた。二人は出会った頃のような関係に戻り、ただ、そこには師弟関係というよりさらに親しい友達のような心地よさが増したようだった。こうして、ネットのことで沈んでいた杏奈の心は、一旦軽くなったようにも感じられた。正人と別れた後、彼女はタクシーで屋敷に戻ろうとした。すると突然、道の向かいにあるクラブの前に、一台の高級車が止まるのが目に入った。そして。助手席から、パリッとした黒いスーツを着た健吾が降りてきた。杏奈は思わず目を見開いた。あの高価なマイバッハに、ただの雇われの身である健吾が乗れるわけがない。彼女が驚いていると、今度は運転席から一人の女性が降りてきた。その女性も黒いスーツを着て、ピンヒールを履いている。髪はショートカットで、いかにもバリキャリ女子といった雰囲気だ。年は30代くらいだろうか。彼らは連れ立ってクラブの中へと入っていった。杏奈は目を丸くした。まさか健吾は、あの女に養われているの?一方で、クラブに入るなり、健吾はフロアに鳴り響く爆音に顔をしかめた。「なんで商談なのに、こんなうるさい場所を選ぶんだ」片や、橋本結衣(はしもと ゆい)は楽しそうにダンスフロアの方を見ていた。健吾の見張り役でなければ、自分もとっくに若者に混じって踊りに行っているところだろうと思った。「当たり前でしょ、大事な商談だからよ。今日この商談は私にとってもすごく重要なんだから。あなたがもし台無しにしたら、容赦しないからね!」健吾は結衣を冷たく一瞥した。「また、あの男の仕事か?」結衣は眉を上げただけで、健吾の言葉を否定はしなかった。二人は二階の個室へと向かっていった。そして一方で杏奈もしばらくためらったが、意を決してクラブの中へと入っていった。彼女は健吾が、何かのトラブルに巻き込まれているかもしれないと思ったからだ。でも、いざフロアに足を踏み入れると、けたた
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第98話

「逃がさないわよ。今日こそ、きっちりケジメをつけてやるから」美咲は杏奈の腕を掴み、二階の個室へと引きずっていった。二階は一階のホールと比べると、ずっと静かだった。美咲は力が強かった。そのうえ、隣の仲間も手伝っているので、杏奈はどんなにもがいても逃げられなかった。そしてある個室の前に着くと、美咲がドアを開けようとした瞬間、杏奈はその隙を狙って彼女の髪を掴み、思いっきり引っ張った。美咲は痛みのあまり、杏奈の手を離した。隣にいた人も、すかさず杏奈の髪を掴んだ。しかし杏奈はバッグから防犯スプレーを取り出し、彼女たちに向けて思い切り噴射した。女の子たちは一斉に悲鳴を上げ、目を押さえてその場にうずくまった。杏奈はその隙に逃げ出した。「このクソ女!卑怯者!」後ろから美咲の罵声が聞こえ、杏奈はさらに足を速めた。念のためバッグに護身用のグッズを入れておいてよかった。美咲はまだ若い女の子だ。しかし、子供の頃から甘やかされて育ち、金遣いも荒い。素性の知れない連中との付き合いも多かった。こんな場所で彼女と正面から張り合うなんて、杏奈にはできなかった。そして角を曲がって階下へ向かおうとした時、ふと視界の端に人影が映った。少し離れた個室から出てきた人だった。肩幅が広くて、ウエストはきゅっと引き締まっていて、ただ者じゃないオーラを漂わせていた。それは、彼女がずっと探し続けていた健吾だった。健吾は個室から出た途端、焼けつくような視線を感じた。振り向くと、そこにいた杏奈と目が合った。彼の目に一瞬喜びが浮かんだが、杏奈の手に握られた防犯スプレーを見て、その表情はすぐに曇った。健吾は早足で杏奈の前に歩み寄った。「なんでここにいるんだ?」杏奈は彼を見た。服装に乱れはない。でも、どこか女性ものの香水の匂いがした。彼女は唇を噛んだ。健吾の後をつけてきたとは、とても言えなかった。「ちょっと……中を覗いてみようと思って。あなたは?一人で来たの?それとも友達と?」そう問いかける杏奈は、健吾の顔をじっと見つめていた。彼のわずかな表情の変化から、本当のことを読み取ろうとしたのだ。残念ながら、健吾は少しも動揺を見せなかった。それどころか、彼は魅惑な目を伏せ、感情を隠してしまった。「仕事の打ち合わせでね」二人がま
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第99話

美咲は、健吾をなだめているように見えた。でもその目には侮蔑の色が浮かんでいた。健吾も見る目がない、杏奈みたいな女と親しくなるなんて、そう彼女は思ったのだった。そう言われて、杏奈に背を向けたまま、健吾の端正な顔は氷のようにこわばっていた。いつもは優しい色っぽい瞳からは笑みが消え、美咲たちを一瞥する目線は下僕でも見るような軽蔑に満ちたものだった。「ガキが学校もサボって、こんなところでイキがってんじゃねえよ。後で泣きついてきても知らねえぞ」健吾は淡々と呟いた。その逞しい体格からは、黙っていても凄まじいオーラが伝わってきた。そのオーラにチンピラたちは思わず萎縮していまいそうだった。「何をビビってんの?あの女はザコよ。こっちにはこれだけ人がいるんだから、男一人に負けるわけないでしょ?」美咲がそう言うと、数人が杏奈に襲いかかろうとした。健吾はゆっくりと袖のボタンを外し、首元を緩めた。その引き締まった肘より下の筋肉からは、血管がうっすらと浮かび上がり、その姿は、見るからにただならぬ気迫が漂っていた。こうして杏奈は健吾の後ろに立ち、彼が目の前の男たちをいとも簡単に叩きのめすのを見ていた。あっという間に、立っているのは美咲と、彼女を取り巻く女友達だけだった。そして彼女たちもその状況に押され誰一人たりとも、指一本動かすことができなくなっていたのだった。その時、隣の個室のドアが突然開き、結衣の姿より先に、声が飛んできた。「健吾、タバコ一本にしては長くない?」それを聞いて杏奈が顔を上げると、個室の入り口に見かけた姿があった。この女だわ。健吾のスポンサー。結衣も杏奈に気づいた。健吾が彼女を庇うように立っていて、足元にはチンピラが何人か転がっているようだ。結衣はまっすぐ杏奈の方へ歩いてきた。「はじめまして、橋本結衣と申します。健吾の……」と結衣が言いかけていると、健吾は眉間にしわを寄せ、警告するように彼女を見た。すると、彼女はにっこり笑って、杏奈にこう続けた。「雇い主です。彼は私の運転手ですよ」杏奈は首をかしげた。健吾がこの人の運転手だっていうなら、さっき来た時はどうして彼が運転してなくて、この人がハンドルを握っていたんだろう?「あなたのことは知っていますね。昨日のデザインコンクールの優勝者、それに、健
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第100話

「どこが変わったって?」杏奈は不思議そうな顔で、健吾のことを見つめた。健吾は少し腰をかがめると、その魅惑な色っぽい目で彼女の美しい顔をまじまじと見つめて言った。「杏奈さん、あなたは昔、もっと臆病だったのに、こんなところにも来れるようになったんだな?」また「杏奈さん」って……なぜだろう。健吾から「杏奈さん」と呼ばれるたび、杏奈は何とも言えない気持ちになった。彼の口から紡がれるその言葉には、どこか甘い響きがまとわりついているように感じてしまうのだ。しかも健吾は声も顔もいいから、少しもいやらしく聞こえないのだから余計惑わされてしまいそうだ。「私がこういうところに来たことないって、どうしてわかるの?」そう思いながら、杏奈は胸のざわつきを必死に抑えて、健吾の言葉をはぐらかした。確かに、自分はあまりこういうところに来たことはなかった。真奈美が久保家に来るまでは、ずっと「いい子」で通っていたのだ。たった一度だけこういうところに入ったのは、6年前、酔いつぶれた竜也を迎えに行った時のことだ。竜也の友人から電話があって、彼が酔いつぶれていると知らされたのだ。土砂降りの雨の中、自分は竜也を迎えに行った。その時、確か家に着いても竜也は財布を抱きしめて離さず、泣きながらわめいていた。「お前が望むものなら、なんでも叶えてやる。俺が生涯愛するのは、お前だけだ」当時彼女は、それが自分への愛の告白だと思い込み、どうしようもなく感動してしまった。でも今ならわかる。あの心のこもった愛の言葉は、別の女に向けられた虚ろな約束だけだったのだ。そして自分は、夫がその女に愛を誓うための、ただの生贄にすぎなかった。過去の記憶がふとよみがえり、杏奈はまた意識が遠のくのを感じた。その時、健吾が険しい顔で彼女の腕をつかみ、冷たい声で問いかけた。「この傷は、どうしたんだ?」その声で、杏奈はようやく我に返った。健吾の視線を追うと、自分の腕が見えた。白い肌に、いくつかの青紫の痣が痛々しく浮かんでいるのだった。これは昨日の夜、浩に投げつけられた積み木でできた痣だった。あの子は、かなり本気で投げてきたのだ。「うっかりぶつけちゃったの」杏奈が腕を引こうとしても、健吾は離してくれなかった。男の手のひらは熱く、そう感じた彼女は
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