All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 81 - Chapter 90

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第81話

「へぇ、どうやってただじゃおかないようにするんだ?」竜也は健吾の前に歩み寄ると、鋭い視線で彼の顔を隅々まで見回した。「橋本グループの社員なんだろう?いくら橋本家がバックについていても、この京市でなら、あなたを潰すくらい簡単なことだ。今の仕事を続けたいなら、大人しくしていることだな」健吾はクスっと笑った。「奥さんのことをずいぶん大事に思っているんだね。だったら、どうして4ヶ月前のあの事故の罪を、彼女に被せたんだ?」竜也は息を呑んだ。どうして健吾がこのことを知っているのか、信じられなかった。だが、彼はそれを認めなかった。「何のことだか分からないな」「何のことか、あなたが一番よく分かってるはずだ。あなたみたいな卑劣な男に結婚する資格なんてないさ」健吾は氷のように冷たい声で、竜也を睨みつけた。「これはほんの始まりに過ぎないからな」そう言って、健吾は背を向けて立ち去った。彼の後ろ姿を見送りながら、竜也は全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。健吾が知っている。ということは、まさか杏奈も知ってしまったのか?杏奈がデリバリーを頼もうとしていたところに、竜也が病室へ戻ってきた。「もう退院手続きは済ませた。家に帰ろう」病室に戻ってきた竜也は、まるで別人のようだった。彼が杏奈に向ける眼差しには、罪悪感のようなものが滲んでいるように見えた。竜也が杏奈を抱き上げようと身を乗り出すと、彼女はさっと身を引いた。「一人で歩ける」杏奈は松葉杖をついて立ち上がると、竜也を避けるように歩き出した。彼女もちょうど、いつ中川家に戻るか考えていたところだった。どうしてもはっきりさせたかった。渉の狙いがいったい何だったのか。一方で杏奈が自分を避ける様子を見て、竜也は確信した。彼女は何かを知ってしまったに違いない、と。だが、健吾はすべてを話したわけではないだろう。もし全部知っていたら、こんなに冷静でいられるはずがない。ならば、これからしばらくの間、杏奈に優しく接していればいい。彼女は情に脆いから、きっと許してくれるはずだ。家に帰ると、竜也は嫌がる杏奈を無視して、無理やり彼女を自分の寝室へと抱えていった。「これからは、俺と同じ部屋で寝るんだ」「いや」杏奈は必死に抵抗し、足を引きずりながら部屋を出て行
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第82話

杏奈が反応するより早く、竜也は彼女をベッドに強く押し倒した。彼の瞳の奥で燃え盛る焦りと怒りの炎を見て、杏奈の心臓は凍りついた。彼は冗談を言っていない、本気なんだ。彼女は必死にもがいた。「竜也、あなたどうかしてるんじゃない!離して!」だが、竜也は杏奈の服のボタンに手をかけた瞬間彼の瞳から焦りの色は消え、代わりにねっとりとした欲望が浮かんでいた。そして、彼はもがく杏奈をものともせず、彼女の首筋に顔をうずめた。そんな状況に杏奈の目線はますます冷たくなり、頭も冴えわたった。多分それだけ追い詰められたんだろう、それがかえって彼女を驚くほど冷静にさせていた。彼女は、そっと服のポケットに手を入れた。ポケットの中には、鉛筆削り用の小さなカッターナイフが入っていた。過去に酷い目に遭わされて以来、護身用に何か尖ったものをポケットに忍ばせるのが杏奈の習慣になっていた。ガシャン。ドアの方から聞こえてきた物音が、彼女の動きを止めた。杏奈がそちらに目をやると、ドアの前でコップが割れ、白い牛乳が床に飛び散っていた。そこには、ひどく気まずそうな顔をした真奈美が立っていた。「真奈美」竜也の声は、明らかにうろたえていた。「ごめん、お邪魔だったみたいね!」そう声を上げると、真奈美は踵を返して走り去った。その瞬間彼女の瞳には、一抹の涙が流れたようだった。それを見た竜也は杏奈のことなどすっかり忘れ、真奈美を追いかけて部屋を飛び出していった。杏奈は慌てて体を起こすと、目じりの涙を拭い、自分の部屋に駆け込んで内側から鍵をかけた。今の竜也は、本当に恐ろしい。やるべきことを早く終わらせて、一刻も早くここから出ていかないと。そんなことを考えていると、突然スマホの着信音が鳴り響いた。翼からだった。「中川さん、3日後の午後にデザイナーの交流会があるんだ。うちの会社と国際デザイナー協会が共催するんだけど、国内外から有名なデザイナーが大勢集まるんだよ。君の名前で申し込んでおいたから、ぜひ参加してほしい」それはまるで、棚からぼたもちが落ちてきたような話だった。杏奈は一瞬きょとんとして、「本当ですか?」と聞き返した。「嘘なんか言わないよ。準備万端で来てくれ。当日は、池田さんと一緒に行動してもらうから」それを聞いて電話を切った後
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第83話

真奈美は抱きしめられて竜也の腕の中にうずくまっていたが、その顔つきはみるみるうちに冷酷なものへと変わっていった。彼女は竜也のことをよく分かっていた。下手に追い詰めれば、逆効果になるだけだ。まずは、邪魔な杏奈を始末しなければ。……次の日、杏奈の元へ凪から湿布が届いた。凪はさすが医師の家系なだけあって、彼女が調合した薬は効果が抜群だった。たった2日貼っただけで、足の痛みはかなり和らいだ。そしてこの2日間、杏奈はずっと竜也を避けていた。また彼が、前みたいに乱暴に振る舞うのではないかと怖かったからだ。幸いなことに、竜也は無理強いしてくる様子はなかった。逆にこの2日間は朝早くから夜遅くまで出かけており、家で顔を合わせることがあっても、彼の方から先に立ち去っていった。そのおかげで杏奈は、ほっと胸をなでおろした。そして3日目。杏奈は少し改まったパーティードレスに着替えて、出かける準備をした。階段の踊り場で、同じく出かけるところだった浩とばったり会った。浩はきちんとした子供用のスーツを着ており、ぷくぷくとした顔は血色が良く、元気そうだった。どうやら病気はすっかり良くなったようで、もうすぐ学校にもどるらしかった。しかし杏奈の姿を見ると、彼の目は一瞬輝いたが、すぐに顔をしかめた。「そんな格好して、またあの男に会いに行く気?」この2日間、真奈美がしょっちゅう浩の見舞いに来ては、杏奈が竜也を裏切っていると吹き込んでいたのだ。だから、浩もせっかく杏奈に対する態度も少しは和らいだのに、また母親のことを毛嫌いし始めていた。まさか浩にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。「HSレストランであるデザイナーの交流会に参加するの」「交流会だって?どうせ、真奈美おばさんの邪魔をしに行くつもりなんだろ!」「え?」怒りでぷんぷんしている浩を見て、杏奈は戸惑った。どうしてそこで真奈美の名前が出てくるのだろう?「今日、HSレストランでイベントがあって、真奈美おばさんがゲストで呼ばれてるんだ。あなたは、真奈美おばさんの邪魔をしに行くつもりなんだろ!」怒りで頰を真っ赤にしている目の前の小さな男の子を、杏奈は黙って見つめ、やがてため息を一つついて、「違うわ」と答えた。杏奈は浩が向けてくる敵意に、どうしようも
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第84話

車から降りた正人は、HSレストランの入り口に立っている杏奈たちの姿をすぐに見つけた。杏奈は、白い刺繍の入ったパーティードレスを身にまとっていた。それは彼女の細い腰を際立たせるデザインだ。薄化粧の顔は透明感にあふれ、息をのむほど美しかった。正人は一瞬、はっと息を呑んだが、すぐに冷たい表情に戻って彼女たちの方へ歩いていった。杏奈は正人の姿を見て、まるで救世主が現れたかのように思った。「池田さん、招待状をお持ちですか?社長が私に招待状を渡し忘れたみたいで。一緒に入るようにって言われてきたんですが」正人は招待状を取り出すと、ドアマンに渡した。杏奈はそれでほっと胸をなでおろした。しかし、正人の次の言葉に、彼女は不意をつかれた。「俺は、この女を知らない」そう言って正人は杏奈に一瞥もくれず、レストランの中へ入っていった。去っていく彼の後ろ姿を見ながら、杏奈は呆然と立ち尽くした。それで浩は、そんな杏奈をあざ笑った。「みっともねぇな!誰彼構わず知り合いのフリすれば入れてもらえると思ったのかよ?手足もまともに動かないくせに、いっちょまえにデザイナー交流会だなんてさ!うちの家の恥さらしめ!」浩はふんぞり返って杏奈を指さし、入り口の二人に言った。「さっさとこいつを追い出せよ!」するとドアマンも、軽蔑した目で杏奈を見るようになった。「そんな派手な格好して、中で男でも引っ掛けようって魂胆でしょうか?あなたのような女性はたくさん見てきたから、いい加減にしろよ!」「さっさとどきなさい!ここは大切なお客様をお迎えする場所です。余計な方にうろつかれると困ります!」杏奈は眉をひそめ、焦りながら翼に電話をかけようと考えた。しかし、彼女がスマホを取り出す前に、ドアの内側から翼の声が聞こえてきた。「何をしているんだ?」「金田社長!」二人のドアマンは、慌てて恭しく翼の方を見た。翼は杏奈に目を向け、笑顔で言った。「中川さん、来てたんだ。招待状を渡すの忘れちゃって。メッセージ送っても返事ないから、様子見に降りてきたんだ」杏奈はそこで初めてスマホに目をやり、確かに翼からいくつかメッセージが届いていることに気づいた。「すみません、スマホを見ていませんでした」「いえいえ、大丈夫。さあ、中へどうぞ」翼はこのHSレストラン
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第85話

きらびやかなホールには、トレイを持ったウェイターたちが行き交い、サイドテーブルには様々な軽食やスイーツが並んでいた。そこには世界中から集まった優秀なデザイナーたちが、二人、三人と集まって談笑している。みんな立ち居振る舞いが優雅で、それぞれが独自のスタイルを持っていた。杏奈はすぐに、会場にいる正人の姿を見つけた。今日の彼は白いスーツ姿で、ウエストのあたりにはグレーゴールドのスカーフがデザインとしてあしらわれていて、一歩動くたびに、そのスカーフが優雅に揺れていた。そして彼はちょうど、笑みを浮かべながら女性デザイナーと話しているところだった。杏奈は、正人が話し終えるのを見計らって近づいた。すると彼の表情が、途端に険しくなった。「どうやってここに入ったんだ?」杏奈の表情も、こわばった。「池田さん、私、何かあなたを怒らせるようなことをしましたか?」正人の態度は、あまりにも変わりすぎていた。せっかくの機会だ。今日こそはっきりと理由を聞いておきたかった。「フン」と正人は鼻で笑う。「あなたには社長がいるじゃないか。俺の機嫌を損ねたところで、痛くもかゆくもないだろう?」また、この嫌味な言い方だ。杏奈は眉をひそめた。「池田さん、あなたはデザインを教えてくれる、私の先生です。もし何か間違ったことをしているなら、指摘してください。すぐに直しますから。でも、そんな嫌味な言い方をする必要はないと思います」「ハッ」正人は鼻で笑うした。「自分が何をしでかしたかも分かっていない人間に、直せるわけがないだろう?」彼は杏奈を冷ややかに見下ろす。「社長には、あなたの担当を代えてもらうように言うつもりだ。あなたみたいなコネで入った人間を、俺は教えられないからな!」杏奈が何かを言いかけるも、正人はすでに背を向けて歩き出していた。去っていく彼の背中を見つめる杏奈の表情から、すっと熱が引いていき、彼女だって言われっぱなしでいるつもりはないのだ。向こうがその気なら、こちらも二度といい顔をしないから。ちょうどその頃、司会者がマイクを持ってステージに上がった。「本日は皆様のために、ささやかなゲームをご用意いたしました!会場の右手に画材がございます。今夜のパーティーをテーマに、ドレスをデザインしてください!優勝賞品は、金田服飾と橋本グループ様
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第86話

杏奈は少し驚いた。「えっ、そんなことまで分かりますか?すごいですね」女の子はにっこりと笑った。「私も同じようなケガをしたことがありますので、お気持ちがよく分かります」彼女は筆を置くと、杏奈ににっこりと手を差し出した。「松浦睦月(まつうら むつき)、M国から来たデザイナーです。実は、私のほうが初心者なんですけど」杏奈は驚いた表情のまま、睦月の手を握り返した。「M国の人ですか?でも、見た目は……」「見えないでしょう?祖父が京市の出身で、きっと隔世遺伝ですよ!」杏奈は思わず笑みをこぼした。こうして二人はデザイン画を描きながら、おしゃべりを楽しんだ。睦月の話から、杏奈は今日のこの交流会がどれだけ重要なのかを知ることになった。なんと金田服飾と橋本グループの共催で、多くの有名デザイナーが橋本家とのコネクション目当てで参加しているらしい。「橋本家……」杏奈は小声でつぶやいた。橋本家の名前は、彼女も聞いたことがあった。真奈美がまだ久保家に戻っていなかった頃、父は橋本家に取り入ろうと必死だった。当時、自分には冬馬との縁談があったのに、父はお構いなしに自分を橋本家に嫁がせようとしていたのだ。父の口から語られる橋本家は、謎に包まれた大富豪の一族だった。実家の会社はもちろん、あの中川グループさえも凌ぐほどだと。聞くところによると、橋本家の跡継ぎはかつて事業上のトラブルに巻き込まれ、しばらく海外を放浪していたらしい。彼が連れ戻されて以来、橋本グループはさらに目立たないようにしているという。それほどの大物が関わっているなら……杏奈は、今回のコンペの賞が、相当豪華なものなのだろうと察した。彼女は震える右手をしっかりと押さえ、いっそう真剣にデザイン画に向き合った。一方で、二階のバルコニー。健吾は、その視線を杏奈から離さずにいた。真剣な表情をしている彼女は光の加減で揺れる前髪の一筋一筋が、見る者の心を惹きつけてやまないのだ。その姿を見ていると、彼の眼差しは自然と和らいでいった。この前の病院で取られた冷たい態度も、許してやろうという気持ちになった。翼は健吾の隣で、びくびくしながら立っていた。「健吾さん、安心して。中川さんの担当を替える予定だから」「替える、だけか?」健吾は表情こそ変えなかった
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第87話

この有名な交流会に集まったのは、業界の有名人ばかりだった。杏奈の名前を知らない人も、ついさっき彼女と知り合ったばかりの人も、誰もがこの女をただの新人だと思っていた。だが、杏奈の作品がスクリーンに映し出されると、会場にいたすべてのデザイナーたちの目が、輝きを放った。杏奈がデザインしたのはドレス。伝統的な形に、彼女らしい独創的なデザインが加えられていて、柄もスタイルも非常に斬新だった。業界のベテランたちは、杏奈のデザイン画に「魂を揺るがす」何かを見て取った。「中川さんはあと数年経験を積めば、きっと世界で活躍するデザイナーになりますよ」「私だって、この作品に一票入れますよ。すごく大胆で、魂を揺るがす才能を感じます」「やっぱり、あなたはただの新人じゃないと思っていましたよ!このデザイン、大好きです。これからぜひ、色々と親睦を深めさせてください!」……こうして杏奈は、あっという間に称賛の声に包まれた。その言葉の一つ一つが、彼女の胸を優しく打つのを感じ、瞳には熱いものがこみ上げてきた。これまで中川家では、誰もが自分を役立たずだと罵ってきた。でも今、目の前にいる業界のプロたちが、惜しみない賛辞を贈ってくれているのだ。杏奈は、胸がいっぱいになった。そして、金田服飾と橋本グループが共同で用意した大賞が発表された。それは、賞金2000万円だった。どんなすごい賞なのだろうと期待していたデザイナーたちは、それがただのお金だと知って少し拍子抜けしたようだ。ここにいるような大物デザイナーたちにとって、お金は一番ありふれたものだったからだ。でも、賞品がお金だったことで、彼らはかえってほっとしていた。杏奈の才能は認めるものの、新人に負かされるのは、やはりベテランとしての面目が立たなかった。口には出さないものの、内心穏やかではない者もいた。だからもし賞品がもっと特別な、かけがえのないものだったら、彼らの心中はもっと荒れていただろう。幸い、賞品はただのお金だった。睦月は、杏奈の才能に対して賞が見合っていないと思った。「橋本グループが協賛しているというから、専属契約とか、そういう大きな賞だと思っていました。なのに、たったの2000万円だなんて……」だけど当の杏奈は嬉しそうだ。「2000万円なんて、すごいじゃないで
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第88話

真奈美は、赤いドレスを身にまとっていた。ウエストが引き締まったデザインは、ダンサーである彼女のしなやかな体のラインを、完璧に際立たせていた。真奈美は、杏奈が出てきた会場を一瞥すると、にこりと笑った。「ここはデザイナーの交流会だって聞いたけど、お姉さんも参加してたの?」睦月は杏奈に尋ねた。「あなたの妹ですか?」杏奈は彼女の方を向いた。「まだ、お用事があったんじゃなかったですか?先に行って、今度、お時間があるときに、食事でもご馳走しますので」睦月は笑顔で頷くと、「ええ。じゃあ、これで失礼します」と言ってその場を離れた。睦月が去った後、杏奈はようやく二人に視線を向けた。彼女の視線は、真奈美の腰に置かれた竜也の手に注がれた。そして、冷ややかに鼻で笑った。「交流会に参加しないで、まさかダンスでもしに来ればよかったのかしら?」竜也は、杏奈の視線に気づくと、真奈美の腰に回していた手をすぐに離した。なぜか、真奈美に気持ちを打ち明けられてからというもの、彼は杏奈を裏切っているような感覚にずっと陥っていたのだ。だからといって、真奈美を蔑ろにするわけにもいかなかった。だから杏奈のその言い方を聞いても、竜也は思わず眉をひそめるだけだった。「そんなに嫌味ったらしい言い方をする必要はないだろ?真奈美はお前の妹だぞ、敵じゃない」真奈美も、わざと傷ついたような顔をしてみせた。「お姉さん、あなたの足の怪我は私のせいじゃないわ。あなたがひき逃げをした罰でしょ?ダンスができなくなったからって、私に八つ当たりするのはやめてくれない?それに、私はただ心配してるだけ。だって、あなたはデザイナーなんてやったことないんだもの。いきなりこんな世界に飛び込んで、恥をかかないか心配だったの」すると会場からまだ立ち去っていない他のデザイナーたちが、その言葉を耳にした。その瞬間彼らが杏奈に向ける視線は、たちまち変わっていった。杏奈は竜也を見つめた。「ひき逃げの犯人が誰なのか、彼女に教えてあげて」竜也は視線をそらした。もちろん、ひき逃げ犯が真奈美であることは知っていた。しかし、真奈美はせっかくプリマになったのだ。こんなスキャンダルに巻き込めば、彼女のダンサー生命は絶たれてしまう。杏奈は違う。自分たちは夫婦だ。たとえ彼女が踊れなくな
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第89話

「杏奈!なんて根性の悪い女なんだ!真奈美はお前の妹だろうが。お前のせいで、彼女の一生が台無しになるんだぞ、分かってるのか!?」竜也は杏奈に構っている暇もなく、真奈美を抱きかかえて外へと飛び出していった。「あとで覚えてろ」とだけ言い残して。近くにいた、招待されたマスコミがこの様子を見ると、一斉にカメラを構えて駆け寄り、杏奈にフラッシュを浴びせかけた。「あなたのことは、知っていますよ。4ヶ月前にひき逃げ事件を起こした方で、もとは有望なダンサーだったそうですが、刑務所暮らしで手足を痛めて、もう踊れなくなったんです。だからといって、自分の妹の才能に嫉妬して、わざと傷つけたりするんですか?」「中川さん、4ヶ月前の事故の被害者遺族は、もう京市にはいらっしゃらないそうですね。あなたたちが圧力をかけて追い出したというのは、本当ですか?」「人を殺しておいて、よくもまあこんな派手な真似ができますね。久保家と中川家が後ろ盾にいるから、怖いものなしというわけですか?」……こんな会場に招待されるだけあって、記者たちの質問はどれも凄まじく鋭かった。杏奈は思わず後ずさるが、記者たちは獲物に食らいついたハゲタカのようにしつこく、あっという間に彼女を取り囲んでしまった。「人を殺したのは、私ではありません」杏奈は必死にそう訴えた。「警察はもう、あなたを有罪だと断定しています。彼らの判断が間違っているって、言うんですか?」杏奈は何も言い返せなかった。近くにいたデザイナーたちも、この騒ぎに足を止め、遠巻きに面白がって見物していたのだった。彼らはさっきまで、交流会で才能を披露した杏奈のことを、なかなか有望な新人だと評価していた。まさか、あんなに根性が悪くて嫉妬深い女だったなんて。人前で妹をいじめるわ、ひき逃げで刑務所に入った過去はあるわ、おまけに権力を使って被害者一家を京市から追い出したっていうじゃないか。こんな女が交流会に参加できたのも、どうせどこかの大物のコネがあったからなんだろうな。金田服飾の金田社長か、それとも橋本グループの橋本社長か?デザイナーたちはひそひそと囁き合い、杏奈を見る目はどんどん冷たいものになっていった。しばらくの間、杏奈は記者たちに囲まれ、マイクを体に押し付けられんばかりだった。そうして彼女は孤立
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第90話

そして翼はその場に残り、デザイナーたちと挨拶を続けたが、健吾は杏奈を連れてHSレストランを後にした。「どうしてここに?」二人の間にしばらく沈黙が続いたが、気まずさを避けるため、杏奈の方が先に口を開いた。健吾は翼の友達だけど、だからってこんな場所までわざわざ顔を出す必要はないはずだ。健吾は杏奈の問いには答えず、ただ彼女の方を振り向いた。「あなたに聞きたいことがあって来たんだ。この前、病院で言ってたこと、あれはどういう意味なんだ?」杏奈は、以前病院で健吾に言った言葉を思い出していた。「これは私の家の問題だから、口を出さないで」彼女は淡々と言った。「私の家の問題に、これ以上関わらないでほしいってこと。あなたに迷惑がかかるから」健吾はフンと鼻を鳴らした。杏奈が自分を避ける理由はなんとなく分かっていたが、それでもやはり面白くなかった。「旦那さんが俺たちの仲を誤解したら、あなたたちの家庭がうまくいかなくなる。そう思ってるんだろ?」健吾の口調は少し棘があったので、杏奈は思わずぎょっとした。「そんなわけじゃ……」「それとも、彼があなたのために偽証したやつらを始末したみたいに、俺まで京市から追い出すとでも心配してるのか?」杏奈は目を丸くして彼を見つめた。「あなたは……どうしてそれを?」健吾が自分の心配事を知っていたことに、彼女は驚いた。しかも、あのひき逃げ事件が偽証だったことまで知っているなんて。どうして彼は、自分のことをそんなによく知っているんだろう?二人は街灯の下に立っている。頭上からオレンジがかった光が降り注ぎ、うつむいた健吾の表情に影を落とした。「俺たちは、友達だと思ってたけどな」健吾の声は寂しそうで、その瞬間杏奈には、彼がしょんぼりした大きな犬のように見えた。そう感じて、彼女はなんだか気まずくて居たたまれなかった。「私は……」「昔、海外であなたに助けてもらったこと、ずっと覚えてるんだ。だから今度は俺があなたを助ける番だ。恩返しみたいなものだよ」健吾が昔の海外での話をするのは珍しかった。杏奈は眉をひそめて彼を見つめ、かける言葉が見つからなかった。「竜也の力がどれほどのものか、あなたも知っているでしょ。私のせいで、あなたの生活に影響が出てほしくないの」「彼に、俺の人生をど
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