All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話

竜也はその腕をぐいと掴むと、低い声で言った。「杏奈、いつまでそんなことを続けるつもりだ?」こんなパーティーに来られるなんて、きっと色んなコネを使ったんだろう。少し調べれば、自分が出席することも分かったはずだ。わざわざパーティーに来たのは、自分に会って仲直りするためじゃないのか?杏奈の服装を見て、竜也は喉を鳴らし、眉をひそめた。認めたくはなかったが、今日の杏奈は、とびきり綺麗だった。会場に入った瞬間、すぐに彼女の姿が目に飛び込んできたほどだ。おしゃれをするのは、好きな人に見てもらうためだ。こんなに綺麗にして、自分のためじゃなかったら、一体誰のためだっていうんだ?次の瞬間、杏奈は竜也の腕を激しく振り払った。彼女は冷静な表情だったが、その瞳の奥には苛立ちがありありと浮かんでいた。「私……」杏奈が口を開く前に、真奈美がやってきた。彼女は親しげに竜也の腕に絡みつき、冗談めかして言った。「竜也さん、さっきからたくさんの人に気づかれて、サインをねだられちゃった!私と一緒にいるとメディアに撮られて誤解されちゃうかもしれないから、気をつけてね!そしたら、私の熱狂的なファンに狙われちゃうかもよ!」言い終えると、真奈美はまるで今杏奈に気づいたかのように、気まずそうに腕を離した。「ごめんね、お姉さん。こんなの友達のスキンシップだから、誤解しないでね!」彼女は杏奈を一瞥し、そのドレスに目をやると、瞳の奥に冷たい嫉妬の色が浮かんだ。でもすぐに、さも寛大なふりをして言った。「お姉さん、パーティーに来たのは竜也さんのためでしょ?この間の離婚協議書、私、竜也さんに見せてもらったの。夫婦なんだから、乗り越えられないことなんてないわよね?」真奈美はにこやかに杏奈の手を取った。「せっかくパーティーに来たんだから、竜也さんに謝っちゃいなよ!私がちゃんと見ててあげるから、それでこの話は終わりってことにしようよ」そのわざとらしい演技に、杏奈は心の中で鼻で笑った。真奈美の手を振り払うと、次の瞬間、彼女が大げさに悲鳴をあげるのが聞こえた。真奈美は痛そうに手首を押さえ、顔をしかめて言った。「お姉さん、仲を取り持とうとしただけなのに、ひどい……まあ、怪我したのが手で済んでよかったけど」竜也はさっと顔をこわばらせ、真奈美の手首を確かめると、そ
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第22話

もしかしたら、本当にこの男の冷たさやえこひいきに目をつぶって、子どものために、彼とうまくやっていけたのかもしれない。でも、自分は知ってしまったのだ。そう思いながら杏奈は竜也を突き放そうとしたけど、彼はがっちりと彼女の手首を掴んで離さなかった。そこで真奈美もすかさず口を挟んだ。「お姉さん、いつも素性の知れないような人たちとばっかり付き合って。結婚してる身で、それはちょっとどうなの」その言葉は火に油を注ぎ、竜也の眉間の険しさがさらに増した。「彼だって、あなたみたいな素性の知れない友達がいるじゃない」杏奈はフンと鼻で笑い、彼女をちらりと見た。「あなたはどの立場に立ってものを言っているの?」それを聞いて、真奈美は顔を青くした。にらみ合いが続く中、低く、魅力的な男性の声が割って入った。「わからないのか?彼女があなたを相手にしたくないってのが」その声は冷たかった。杏奈が顔を上げると、そこにいたのは健吾だった。いつの間にか近づいていて、二メートルほど離れた場所から、笑っているのかいないのか分からない表情で自分たちを見つめている。今の会話を、どこまで聞かれていたのだろうか。家のゴタゴタを見られてしまって、杏奈はどうしていいか分からなくなった。竜也はようやく彼女を離すと、冷たい目を細め、警戒するように相手をじろじろと見た。目の前の男は、眩いなほどに整った顔立ちで、気品があり、ただ者ではないように見えた。特に、彼が放つクールな雰囲気は、無視できないものがあった。これほど目立つ容姿なのに、竜也の記憶にはなく、どこの家の者か見当もつかなかった。だが服装もごく普通のように見えたので、竜也は少し見下したような表情になった。「あなたこそどちら様?」健吾は、目の奥の殺気を悟られないように隠した。さっき、竜也が杏奈の手を掴んだのを見た瞬間、健吾は胸の内に残忍な殺意が湧き上がったのだ。今すぐにでも飛びかかって、竜也の首をへし折ってやりたい衝動に駆られた。しかし健吾は口の端を上げると、あくまで穏やかで人の良さそうな笑みを浮かべた。「俺は杏奈さんと長い付き合いの友達だ。あなたが、彼女の元夫なのか?」「長い付き合いの友達」か。その親し気な態度に他の三人は皆、心の中で驚いた。健吾の予想外の態度に、杏奈は思わず眉
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第23話

男の瞳の奥には、氷のような冷たさが宿っていた。杏奈は眉をひそめ、一歩後ろに下がった。「私が何をしようと、もうあなたには関係ないはずだけど?」杏奈は冷めた声で、淡々と口を開いた。次の瞬間、健吾が前に出て、彼女の腰にそっと手を回した。すると杏奈の心から、竜也と真奈美に会って込み上げてきた悔しさは、彼の手のぬくもりを感じた瞬間、すっと消えていった。杏奈の心は温かくなり、思わず泣きたくなった。これが、誰かに守ってもらえるってことなの?もう二十年以上生きてきたけど、こんなに安心したのは初めてだった。杏奈が顔を上げると、健吾と一瞬、視線が交わった。その切れ長で、吸い込まれそうなほど深いその目に、彼女は心を奪われそうになった。まるで心をくすぐるなにかに触れたような感覚だ。だが、二人のやりとりを見ていた竜也の目線はますます冷たくなっていった。その怒りは今にも実体化として現れそうになっていた。杏奈がわざと自分を怒らせようとしているのは分かっていた。それでも、彼の心の中では怒りの炎が燃え上がっていた。今回の彼女のやり方は、いくらなんでもやりすぎだ。こんな大きなパーティーで自分に見せつけるように芝居を打つなんて、後先を考えていないのか?やはり、今までこの女を甘やかしすぎたせいだ。「俺に関係ないだと?」竜也はふっと冷笑した。「俺と離婚して、こいつと一緒になれば幸せになれるとでも思っているのか?」彼は少し間を置いてから目を細め、軽蔑するような笑みを浮かべながら二人を値踏みするように見た。「こんな何の力もない男と一緒になって、お前はどうやって生きていくつもりだ?手足も不自由だというのに。中川家を離れたら、お前はどこにも行くところなんてないだろ」竜也は静かにそう言い放った。さすが八年も一緒にいた人だ。杏奈は思った。自分の弱いところをよく知っている。でも、その原因を作ったのは一体誰だと思ってるのかしら。杏奈は冷たく笑った。竜也が自分と健吾の関係を誤解しているのは分かっていたけど、説明するのも面倒だった。「それはあなたの心配することじゃない」彼女は冷たく言い放った。「中川社長、さっさと離婚協議書にサインして。そして、きれいさっぱりお別れしよう!」きれいさっぱり、お別れ。その言葉に、竜也は胸がえぐられる
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第24話

竜也が口を開くのを見て、剛は顔から笑みを消し、二人をちらりと見た。健吾の警告するような視線に気づくと、彼はまたにこりと笑った。そして、驚くほど下手に出た口調で言った。「橋本さん、いかがいたしましょうか」健吾は表情を変えず、腕の時計を撫でながら、そっけなく笑った。「あなたが主催者側なので、お任せしますよ」それを聞いて、剛は彼の意図を察し手を叩いてスタッフを呼んだ。「警備員を呼んで、この中川社長を外にお連れしろ」それを聞いて、竜也の顔色が一気に変わった。この男が、なぜ荒井家の人と知り合いなんだ?まさか、ただの一般人じゃないのか?しかし、彼の身なりを見る限り、どう見ても貧乏人にしか見えない。杏奈も少し呆然としていた。剛と健吾が、まさか友達だったなんて。健吾がどうして京市の名家の御曹司と友達になれるのだろう?話しぶりからして、長年の知り合いのようだ。ただ、剛の健吾に対する態度が少し奇妙だった。まるで、彼の言うことなら何でも聞く、というような様子だったのだ。これは、どうして?「ちょっと、なんで私たちを追い出すのよ!」杏奈が考えをまとめる前に、真奈美が腰に手を当て、大声で叫んだ。「私が誰だか知ってるの?私はプリマ……」だが、彼女の言葉は、駆けつけた警備員によって遮られた。目の前に立つ屈強な警備員を見て、真奈美は瞬時に黙り込んだ。この物々しい雰囲気に、竜也の顔はますます険しくなった。「権力のある友人が一人いるからって、何でも思い通りになると思ってるのか?」健吾はただ気だるそうに彼を見つめ、軽く唇の端を上げた。その様子を見て、竜也の瞳は氷のように冷たくなった。彼は杏奈に視線を移した。「お前はこんな奴が好きなのか?離婚もしてないうちから次を探すなんて、杏奈、男なしじゃいられないのか?それに探すにしても、俺よりマシな男を探すべきだろう?」竜也の言葉が終わるやいなや、健吾の瞳に冷たい光が宿った。その目は墨のように深く、強烈な圧を放っていた。健吾の気だるげな表情は完全に消え、杏奈を背後にかばった彼のその目元には、はっきりとした険しい影が浮かんだ。「あなたは……」竜也は伏し目がちに、相変わらず健吾を見ようともせず、彼越しに杏奈と視線を合わせた。「杏奈、中川家を離れたら、お前はただ手足が不自由な人間
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第25話

竜也はいらだちを隠さず、その場にいる人たちを見回して鼻を鳴らした。「荒井さん、俺だってあなたのお父さんに招待された大事な客です。荒井家とうちの中川家は対等なはずでしょう。それなのに、あんな男の一言で俺を追い出して、あなたのお父さんにどう説明するつもりですか?」それに、今日は鈴木家のあの方がいらっしゃるという話もある。まだあの方に会ってもいないのに、帰れるわけないだろう?剛は困ったような顔をした。中川家はここ数年で急成長した新興勢力だ。悪く言えば成り上がりで、何代も続く自分たちのような旧家は、もともと中川家を見下していた。だが、中川家は時代の波に乗り、その勢いはすさまじかった。中川家と提携した企業はどこも大儲けしたから、彼らも一目置かざるを得なかったのだ。もし本当に竜也を追い出して中川家を怒らせたら、父に許してもらえないだろう。でも……剛はおそるおそる健吾に視線を送った。この方の顔を立てないわけにはいかない……この方は、平気でとんでもないことをする人だからだ。「俺が説明してきます」と、唐突に男の声が割り込んできた。みんながそちらを見ると、金縁の眼鏡をかけた男が立っていた。どこか冷たい雰囲気で、表情は穏やかだった。竜也は眉をひそめた。「あなたは?」男は少し顎を上げて名乗った。「石田康弘(いしだ やすひろ)です」杏奈と健吾を除いて、その場にいた何人かの顔色が変わった。「まさか、鈴木グループの人じゃないか!」彼らが長いこと言い争っていたので、周りには自然と野次馬が集まっていた。康弘が名乗るのを聞いて、すぐに誰かが驚きの声をあげた。「鈴木グループ?あの鈴木家の鈴木グループ?」「他に鈴木グループなんてあるか?世界トップクラスの大富豪で、世界を動かせるほどの影響力があるんだぞ!なりすましがいるわけないだろ?」「特に鈴木家の子息は、四人とも業界のトップだ!」鈴木グループ。杏奈は、はっとした。自分の家族も、確か「鈴木」という苗字らしい。すぐに彼女は自嘲気味に笑った。でも、この大富豪の鈴木家とは何の関係もないだろう。自分には温かい家庭があればそれで充分。貧乏でもお金持ちでも、どっちでもいい。一方で、竜也の表情が険しくなった。彼は鈴木家のことを調べていた。この男こそ、自
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第26話

京市では最近、たいしたプロジェクトなんてなかったはずなのに。たかが投資説明会ごときに、どうしてあの人が側近までよこしてきたんだ?鈴木家は、何を考えているんだ?パーティー会場の外では、竜也と真奈美が警備員に外まで連れ出されていた。さっきの光景を思い出し、竜也は怒りで頭に血が上り、目に暗い影を落としていた。彼は真奈美を無視して、一人で車を運転して家に帰った。家に着くと、あの男のことを思い出して、腹が立って仕方がなかった。杏奈がわざと自分を怒らせるためにやったとしても、あの男は自分でさえ素性が読めないやつだ。あんな頭の悪い杏奈が、あんな男から何か利益を得ようなんてできるわけがない。そう思うと杏奈がそんな男と関わるのを、このまま黙って見ているわけにはいかないと思った。そして歯を食いしばりながら、竜也は杏奈に電話をかけた。……その頃、パーティーにはあまり長居せず、杏奈も帰路についた。車の中では、健吾が寒いだろうと気遣って、初秋にもかかわらず暖房をつけてくれていた。温かい風が、彼女の頬をほんのり赤く染めた。車内にはサイプレスのようなクールな香りが漂っていた。この香りは、健吾から香ってきたことがあるものだった。どこか、心をかき乱すような香りだった。二人とも黙っていて、車内の空気は少し重かった。しばらくして、健吾がゆっくりと口を開いた。「今日のあなた、とても綺麗だったよ」その甘い声は、語尾を少し上げながら、簡単な言葉をとても意味ありげに響かせた。杏奈は耳が熱くなるのを感じ、心がざわついた。「綺麗」なんて言葉、自分には縁がないと思っていた。これまで誰にも、綺麗だなんて言われたことがなかった。ダンスをしていた頃も、みんなが褒めてくれたのは踊りの技術だけだった。久保家でも言われたことはなく、結婚してからも、竜也に言われたことは一度もなかった。息子でさえ、自分のことを「鬼婆」としか言わない。杏奈は思わず健吾のほうに顔を向けた。彼の横顔の輪郭はシャープで、笑っていないときは冷たい雰囲気をまとい、どこか人を寄せ付けないオーラがあった。でも、笑うと、まるで人を惑わす妖精のようだった。杏奈の視線があまりにもストレートだったので、健吾も無視できず、彼女のほうへと顔を向けた。杏奈は油断したまま、
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第27話

竜也の言葉に、杏奈はきょとんとした。自分が竜也と結婚した時、彼の祖父の中川渉(なかがわ わたる)以外、中川家のみんなから冷たくあしらわれていた。竜也に迷惑をかけたくなくて、自分から内密に結婚することを提案し、結婚式も挙げなかった。渉は自分を不憫に思い、書斎に呼び出すと、中川家に代々伝わる翡翠のお守りを手渡した。あの時、渉はこう言った。「かわいそうに、辛かっただろう。これからは、この家で俺が君の味方になってやる。だから、絶対に竜也と離婚しないと約束してくるか?」渉は、中川家で唯一、自分に優しくしてくれた人だった。自分はとても感動して、二つ返事で承知した。そのお守りは、浩が生まれてすぐに、彼にあげた。半分開いた車の窓から風が吹き込んでくる。その音で、杏奈はぼんやりしていた意識を取り戻した。渉に約束した当初は、この結婚そのものが竜也の仕組んだ嘘だったなんて、知る由もなかった。こんなに傷つけられた今、果たされるかも分からない約束のために、これ以上傷つき続けるなんてできない。杏奈は力が抜けたように笑って、静かに言った。「おじいさんには、私から説明するから」すると電話の向こうは、一瞬黙り込んだ。やがて、竜也の嘲るような低い声が聞こえてきた。「やっぱり芝居だったんだな。お前にできるのは、せいぜいそんなことくらいだ」杏奈は眉をひそめたが、一瞬彼の言いたいことが理解できなかった。しばらくして、竜也は嫌悪感を隠さずに鼻で笑った。「どうせ、おじいさんの前で可哀想なフリをして、味方になってほしいだけだろ。まだ俺に未練があるんでしょ?中川家から離れたくないからわざわざおじいさんに説明しに行くなんて言い出すんだろうな。杏奈、お前のそんなやり方は、ますます俺をうんざりさせるだけだ!」男の氷のような声に、杏奈は苦笑いするしかなかった。どうせここを去るのだから、もう説明するのさえ億劫だった。彼女が黙っていると、竜也は冷たく脅してきた。「言ったはずだ。あの若い男と縁を切って、泣きついて戻ってくるなら、すべて水に流してやる。お前みたいな不自由な人間が中川家を離れたら、この京市で生きていけるわけないだろ!」彼はそういうと、電話を切った。杏奈はスマホから手を離すと、顔からすうっと血の気が引いていった。まさか竜也が権力を使
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第28話

「それじゃあ……杏奈さん、ありがとう」その言葉には、どこか甘い響きがあった。薄暗い明かりの中で健吾の瞳は墨のように深く、その奥ではすべてを奪い去ってしまいたいという欲望が渦巻いていた。杏奈、どうすればあなたを意のままにできるか、分かってきた気がするよ。一方で、彼のそんな眼差しにドッキとした、杏奈は目を伏せ、逃げるようにキッチンへと入った。健吾は後を追ってきて、ドアの枠に寄りかかりながら彼女の様子を眺めていた。そして、何気ない口調で「何か手伝うことはある?」と声をかけた。「ううん、大丈夫」杏奈は、料理をしている時に誰かがそばにいることに慣れていなかった。専業主婦になってからというもの、竜也はキッチンに立ったことがなかったし、使用人も雇っていなかった。だから、彼女はいつも自分は一人で料理をすることに慣れていた。「ふうん」と健吾は言った。彼の声は甘く、すぐそばまで近づいているのが分かった。杏奈はびくっとして、一瞬気を取られた隙に、包丁で指先を切ってしまった。「いっ……」杏奈は小さく声を漏らし、慌てて手を引っ込めた。人差し指からぷっくりと血が滲み出していた。「どうしたんだ?」健吾は飛んできて彼女の手を取り、眉間に深いしわを寄せた。杏奈の気のせいだろうか。さっきまで気だるげだった健吾から、今は刺すような険しいオーラが放たれているように感じた。「大丈夫よ。たいしたことないから」杏奈は気まずそうに笑って、手を引っ込めようとした。しかし健吾は彼女の手をぎゅっと握りしめ、「動くな」と低い声で言った。低い声だったが、有無を言わせない気迫がこもっていた。杏奈は動くのをやめた。健吾は彼女の手を引いてリビングに戻ると、手慣れた様子でテレビボードから救急箱を取り出した。杏奈はきょとんとした。この救急箱は大家が非常用に置いていったものだ。それなのに、どうして彼が場所を知っているのだろう?杏奈がはっとする間もなく、指先にひやりとした感触が走った。すぐに、消毒液がしみる軽い痛みが続いた。彼女は小さく息を吐いた。健吾は丁寧に傷を消毒して手当を終えると、顔を上げて言った。「リビングでゆっくりしてて。ご飯は俺が作るから」そう言うと、健吾はキッチンへと向かった。健吾の後ろ姿を見つめていると、ふ
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第29話

浩の視線を追って、竜也と真奈美が同時にこちらを見た。杏奈が来たのを見て、竜也は冷たい視線を向け、フンと鼻を鳴らした。結局、彼女は中川家の優雅な暮らしから離れられないんじゃないか。一方、真奈美はにっこりと笑い、杏奈に手招きをした。「お姉さん、戻ってくるって信じてたよ。​やっぱり家が一番よね!私もダンスをやってなかったら、専業主婦になりたいくらいだもん!」真奈美はにこにこしながら杏奈の腕を取り、ソファに座らせた。「この前の男、見るからにお金なさそうだったし。私に言わせれば、あんな三流の男を使って竜也さんの気を引くなんて、みっともないからやめたほうがいいよ」それを聞いて、杏奈は思わず眉間にしわを寄せ、何か言いかけた。でも、竜也の言葉に遮られてしまった。「間違いを認めたなら、大人しく家のことをやってろ。二度とあの若い男と関わるな」竜也は冷たい目つきをしていた。真奈美の言葉を聞いて、彼はさらに機嫌を損ね、冷ややかに杏奈を睨みつけた。これまで一度も考えたことがなかった。いつも従順だった杏奈が、まさか他の男を使って自分を挑発してくるなんて。きっと昨夜の脅しが効いたのだろう。だから杏奈は戻ってきたんだ。どうやら、杏奈はやはり自分から離れられないらしい。真奈美はまるで気の置けない友人のように、竜也の肩をポンと叩いた。「もう、お姉さんもちょっとすねてただけよ。女の子ってそんなものじゃない。こうして反省して戻ってきたんだから、そんな怖い顔しないでよ」真奈美に視線を移すと、竜也の冷たい目つきが少し和らぎ、表情も穏やかになった。「お前だけだよ、こいつを姉だと思うのは。こいつには姉としての自覚なんてこれっぽっちもないんだから」杏奈は黙って二人のやり取りを見ていた。心の中では嘲笑しながらも、吐き気がするほどムカムカした。そう思っていると浩の甲高い声が、杏奈の耳に突き刺さり、彼女の沈黙を破った。「なんで戻ってきたの?足も不自由だし、刑務所帰りなんでしょ。僕にこんなママがいるってバレたら、みんなに笑われちゃうよ!」浩の言葉が、音もなく杏奈の心を突き刺した。竜也に対しては、冷たくなることができた。でも、お腹を痛めて産んだ我が子である浩には、どうしても情が残ってしまう。これまでは自分に言い聞かせることができた。きっと真奈
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第30話

杏奈は心の中で冷たく笑った。甘やかす?一体なにを甘やかしてきたっていうんだ?竜也は嘘で自分を騙した。その嘘を、もはや自分でも信じ込んでしまったというの?そんなデタラメをよくも口にできるものだ。杏奈は、これ以上彼と無駄な話をしたくなかった。「あなたが行かないなら、私が一人でおじいさんと直接話してくるから」彼女はそう言うとまっすぐ渉の部屋へと向かった。浩は杏奈の後ろ姿を見つめた。その透き通った瞳は真っ赤だった。さっきから、ママは自分のことを見てくれない。本当に自分のこと、いらないのかな?ううん、違う。真奈美おばさんが言ってた。ママはただのわがままで、嫌なやつだって。パパと喧嘩ばっかりして。パパが大変な思いをして働いているのに、ママは自分のわがままばかり言って家出までしたんだ。本当は、自分とパパにもっと構ってほしいだけなんだ。本当に、めんどくさい人だ。だから自分から謝ったりなんかしない。絶対に思い通りにさせてやるもんか。竜也は、杏奈の潔い後ろ姿を見つめ、またもや言い知れぬ不安に襲われた。彼は苛立ちながらも、杏奈を追いかけようとした。その時、執事が慌てて階段のところまで走ってきて、竜也に叫んだ。「大変です、竜也様!大旦那様が気を失われました!」竜也は急いで階段を駆け上がった。杏奈の胸が締め付けられ、彼女も慌てて後を追った。数分後。一台の車が中川家を出て、急いで病院へと向かった。……救急治療室の前。杏奈、竜也と浩、そして真奈美が待っていた。そこへ、竜也の両親が慌てて駆けつけた。竜也の母親・中川陽子(なかがわ ようこ)は杏奈の顔を見るなり、何も言わずに歩み寄り、彼女の頬を張った。杏奈は反応できず、なすがままに平手打ちを受けた。「おじいさんはずっとお元気だったのに、あなたが帰ってきた途端に入院よ。この疫病神!あなたがおじいさんを倒れさせたようなものじゃない!」叩かれる杏奈を見て、竜也はわずかに眉をひそめた。「お母さん、おじいさんは急に倒れたんだ。杏奈のせいじゃない」彼は珍しく杏奈をかばった。ただ、その華奢な体がぽつんと立っているのが、哀れに見えたからだ。彼女は自分の妻なのだ。自分の妻が叩かれるのを黙って見ているわけにはいかない。陽子は、息子を睨みつけ
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