All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話

そしてツイッターのホーム画面を開くと、999件を超えるフォロー、コメント、それにダイレクトメッセージの通知が届いていた。それには杏奈も少し状況が飲み込めずにいた。このアカウントは、杏奈が登録したばかりのものだったから。もともとは、まずアカウントを少しずつ育てて、作品を発表しながら自分のブランドを築いていこうと思っていた。でも、まだ一度も投稿していないのに、まさか金田服飾の公式アカウントからメンションされるなんて。杏奈がデザインしたドレスを気に入って、たくさんの人がフォローしてくれたみたい。コメント欄では、ファンたちが彼女への想いを伝えながら、早く次のデザイン画を描いてほしいと催促していた。それどころか、同業のファッションデザイナーからも、コラボしたいっていう連絡が来ていた。そこで、ようやく状況を飲み込んだ杏奈は、思わず心の中でガッツポーズをした。だって、自分の作品が誰かに愛されることほど、デザイナーにとって達成感を味わえるものはないのだから。彼女はいくつかのアトリエからの誘いを断って、簡単にお礼のメッセージを投稿すると、再び食事の準備を続けた。確かに、一緒に仕事をする人が増えれば、自分の活躍の場ももっと広がるだろう。でも、金田服飾はこんないい条件で自分を育ててくれているだから、少し芽が出たからといって、すぐに裏切るようなことはできないのだ。それに、まだまだ学ぶべきことはたくさんある。そう思って、出来上がった食事を渉に届けた後、杏奈は自分の寝室に戻って、またデザイン画を描き始めた。夢中で描き続けていると、いつの間にか夜になっていた。その時、竜也が突然、酔っぱらった様子で寝室のドアを押し開けた。杏奈がちょうど筆を置いた瞬間、振り返ると同時に、竜也が彼女の方へ倒れかかってきた。杏奈は、とっさに手を伸ばして彼を受け止めた。「真奈美……」竜也は杏奈の肩に顔をうずめ、酔いに任せて真奈美の名前を呼んだ。それを聞いて、杏奈の体は、こわばった。竜也が心の奥で想っているのが真奈美だと分かっていた。それでも、酔った勢いで名前を間違えられるのは彼女にとってもあまりにも受け入れ難い不意打ちだった。もう愛想つきているとは言え、この人は自分が8年間も本気で愛した人なのだ。どうにも気が収まらなかった杏奈は唇
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第52話

陽子が去った後、杏奈は湿布を貼った右手をぎゅっと握りしめた。ジンジンとした痛みで少し不快だったけど、以前に比べればずっと良くなっていた。今日の陽子の言葉で、彼女ははっとした。渉に頼まれて中川家に一時的に住むことは了承したが、でも一緒にいられるのはこの数ヶ月だけだ。自分の将来を犠牲にするなんて、絶対に受け入れられない。約束の3ヶ月まで、あと2ヶ月。離婚するには、1ヶ月の期間を置かなければいけない。だから、この1ヶ月の間に、竜也と一緒に役所へ行って離婚届を出さないといけない。そう思って、彼女は明日にも竜也に相談しようと決めた。どうせ竜也は真奈美のことが好きなんだ。こっちから身を引けば、彼に断る理由なんてないはずだ。翌日。まだ空が白み始めたばかりの頃、杏奈は竜也に布団から無理やり引きずり出された。目を開けると、怒りに燃える竜也の瞳が目に飛び込んできた。そして彼はまたしても杏奈の怪我をした手首を強く掴んでいた。すると激しい痛みを感じ彼女の顔は真っ青になり、額には汗がにじんだ。「杏奈、自分のやったことが分かってるのか!内密に結婚しようと言ったのはお前だろ。それを今になって公表するなんて、どういうつもりだ?離婚したいって騒いでたくせに、裏ではこんな卑劣な手を使うなんて、本当に性根が腐ってるな!」杏奈は、竜也が何を言っているのか理解できなかった。ただ、手首の傷がさらに痛んで、気を失いそうになった。「離して!」竜也は杏奈の手を荒々しく振り払うと、彼女はベッドに倒れ込み、手首を押さえながら竜也を見つめた。「朝っぱらから、一体何なのよ?」そう言われて、竜也もまた凄まじい形相で、杏奈を睨みつけた。「杏奈、この騒ぎが早く収まることを祈るんだな。さもないと、お前を絶対に許さないからな!」そう言い残し、竜也は部屋を出て行った。杏奈は手首を押さえながらベッドから降りた。ベッドサイドの棚から湿布を取り出して貼ると、ようやく傷の痛みが和らいできた。竜也に手首を掴まれたせいで、せっかく治りかけていた傷は、また元通りになってしまった。腹が立たないわけがなかった。でも、杏奈には分からなかった。どうして彼が朝から自分の部屋に怒鳴り込んできたのかが。杏奈が体を起こして階下へ行くと、陽子が降りてくる彼女を見つ
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第53話

「結婚の事実を知っているのは、あなたと竜也だけよ。あなたじゃないなら、一体誰だって言うの?竜也が中川グループの危機を見て見ぬふりをすると思う?自分まで叩かれるような馬鹿な真似、するわけないじゃない」陽子は言えば言うほど腹が立ってきたのか、再度手を振り上げて杏奈を叩こうとした。するとしゃがれた、厳しい声が響いた。「おやめ!」渉が杖をついて二階に立ち、階下の様子を険しい顔つきで見ていた。陽子は彼には逆らえず、しぶしぶ手を下ろした。渉は杏奈を見て、冷たく言った。「少し、こちらに来て」杏奈は渉の機嫌が悪いことに気づき、何も言わずに後をついて行ったのだが、後ろから、浩が陽子に甘える声が聞こえてきた。「おばあさん!あんな役立たずに、もう僕のママじゃなくなればいいのに!前にパパと真奈美おばさんが結婚するって言ってたよね?早く結婚させてよ!早く真奈美おばさんに僕のママになってほしいな」それ子供の愛らしい、希望に満ちた声だった。それを聞いて杏奈は力がぬけたように笑い、自分はなんてダメな母親なんだろう、とため息が出た。書斎。渉は椅子に座り、険しい顔で杏奈を見つめた。「杏奈、いくらなんでもこんなことをすべきではなかったな」この時渉の声には、まったく温かみがなかった。それを聞いて杏奈は悟った。彼も、自分がやったと決めつけているんだ。彼女は焦って説明した。「おじいさん、私がやったんじゃない……」「だけど君がひき逃げで服役していたのは、本当だろう?」杏奈は黙り込んだ。そのことは中川家では周知の事実だった。でも、自分がひき逃げ犯に仕立て上げられたのが竜也の仕業だと、祖父は知らなかった。けれど、彼女にそれを説明する術はなかった。渉はがっかりしたように、ため息をついた。「杏奈、俺は君と竜也に仲良くしてほしかった。君の身分が公になることも望んでいた。だが、このタイミングはまずい。君のやったことで、中川グループにどれほどの危機をもたらしたかわかっているのか?」杏奈は渉を見て、初めて気がついた。祖父がどんなに自分に優しくても、中川グループが傷つくようなことは許せないのだ。そして、彼の自分への信頼も、竜也と同じ程度のものだったのだ。胸が締めつけられるように痛くなり、目のふちがじんわりと熱くなっ
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第54話

渉の口調はとても厳しく、そう言い終わると彼はすぐに二階へ上がってしまった。彼の決意が固いことは、誰の目にも明らかだった。竜也たちが理解できないのはもちろん、杏奈にも渉の考えがさっぱり分からなかった。昼間は、自分が中川グループに迷惑をかけたと怒っていたはずなのに。どうして今になって、竜也との結婚を認めるようなことを言うんだろう?中川家にとっては、一刻も早く自分と竜也を離婚させるのが、一番いい解決策のはずだ。ネット上で、中川家と自分の関係をきっぱりと否定すれば、ネットでの炎上の矛先はすべて自分だけに向くのだから、中川グループの危機は解決できるのに。それなのに、祖父がこの簡単な方法を頑なに拒むのは、どうしてなんだろう?渉の言葉に、陽子はダイニングでかんしゃくを起こした。「この疫病神!お父さんがそこまであなたをかばうなんて、いったい何をしたのよ?」浩は、もうすぐ真奈美が母親になってくれると思っていた。それなのに、まさか渉が両親の離婚に反対するなんて。彼は椅子から飛び降りると、杏奈の前に駆け寄り、頬を膨らませて言った。「あなたが離婚しなくたって、僕は絶対にママなんて呼ばないから!あなたみたいな悪い女、ママだなんて認めない!」そう言うと、浩は走り去ってしまった。陽子はこの孫を目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた。孫が怒っているのを見ると、彼女も後を追ってなだめに行った。ダイニングには、とうとう竜也と杏奈の二人だけが残された。竜也の表情はずっと冷たいままだった。彼は目を伏せていたが、しばらくしてようやく顔を上げ、杏奈を一瞥した。その眼差しには、どこか暗く、複雑な感情が滲んでいた。杏奈がわけも分からず眉をひそめると、竜也が見下すような口調で話し始めた。「ひき逃げの件は、もう罰を受けたはずだ」彼の声は少し冷たかった。「だが、お前はもう何年も俺と一緒にいたんだ。それなりに尽くしてくれた情もある。だから、お前との関係を絶つつもりはない。それに、じいさんも反対している」そのあまりに見下したような口調に、杏奈は思わず眉をひそめた。そもそも濡れ衣なのに、まるで自分が本当に罪を犯したかのような言い方だった。そんな施しを受けるような状況に、彼女は心底嫌がった。そう感じた彼女は顔を上げて竜也を見つめた。その
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第55話

でも、竜也が手を回して偽証させたせいで、自分は刑務所に入ることになった。一度着せられた濡れ衣を、今さら晴らすなんて簡単なことじゃない。ずっと考えてみたけれど、良い方法はなにも思いつかなかった。そう思い巡らせながら、彼女は少し気分を変えようといっそベッドから出て、階下へ水を飲みに行った。水を飲んで戻る途中、裏庭の方から聞き覚えのある声がかすかに聞こえてきた。気になって、そっと近づいてみた。それは自分の慣れ親しんだ声だった。声色は優しかったが、その言葉の中身は彼女にとって背筋が凍えるようなものだった。「真奈美、杏奈のひき逃げ動画をネットに上げたのは俺だ。お前は関係ないから、自分を責めるな」それを聞いて、杏奈はその場で凍りついた。全身の血の気が引いていくのを感じた。静かな夜の中、スピーカーモードにされた竜也の通話がはっきりと聞こえてきた。そして電話の向こうから、真奈美が咎めるような声で言った。「あの人はいちおう私のお姉さんなのよ。彼女が18年間も私の人生を奪ったとしても、私は恨んでない。もしこのことをお姉さんが知ったら、私たち、もう敵同士になるしかないじゃない」すると、竜也の声のトーンが低くなった。「あいつはお前の代わりに18年間もお嬢様暮らしを楽しんだんだ。その分を返すのは当たり前だろ。お前が申し訳なく思う必要なんてない!お前は今やバレエ団のプリマなんだ。経歴に傷はつけられない。この罪を杏奈にしっかり着せておかないと、お前の未来が台無しになる。これは、あいつがお前にすべき当然の償いだ」竜也に慰められ、真奈美はため息をついた。そして甘えるような声で彼に言った。「それなら、私の代わりにお姉さんをちゃんと支えてあげてね」竜也の声は、途端に優しくなった。「心配するな。今回はあいつがあまりに聞き分けがないから、灸を据える意味もあって事を大きくしただけだ。とにかく、あいつのことはもう気にするな。コンクールに集中するんだ。お前が舞台で輝く姿を、楽しみにしているよ」……そのあと二人が何を話していたか、杏奈の耳には入ってこなかった。彼女は水の入ったコップを持ったまま、無意識に寝室へ戻った。そして、頭の中は、さっきの竜也と真奈美の会話でいっぱいだった。ネットの件は、やっぱり竜也の仕業だったんだ。彼は
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第56話

一方で健吾は、明るいオフィスで眉間を押さえて座っていて、その顔には、疲れの色がにじみ出ていた。そして彼はちょうど、秘書の後藤洋介(ごとう ようすけ)に杏奈の件を処理するよう指示したところだった。ところが、洋介はオフィスのドアを出る前に、慌てて引き返してきた。「社長、ネット上の杏奈さんに関する悪質な投稿が、すべて消えています」すると、健吾は目を開き、洋介の方を見た。洋介は心得たように、持っていたタブレットを彼に差し出した。健吾はそれを受け取ると、筋の通った指で画面を何度かスライドさせた。ネットからは、確かに杏奈に関する悪質な書き込みが一切なくなっていた。コメントの一つ残らず、きれいに削除されていた。これほど素早く、かつ手際の良いやり方は、あの竜也のやり方とは違う。洋介が、おずおずと口を開いた。「社長、杏奈さんを助けたのは、相当なやり手だと思われます。我々も日中、投稿の削除はしていましたが、相手の手口はもっと徹底的で、手際が良いです」健吾は洋介にタブレットを返しながら、ただ一言、静かに告げた。「調べろ」洋介は頷くと、オフィスを後にした。健吾はスマホを取り出し、待ち受け画面の杏奈の輝くような横顔を見つめた。これは先日、栖鳥山でこっそり撮った写真だった。「やっぱりあなたは人を惹きつけるな。でもこれからは、あなたは俺だけのものだ」……一方で、杏奈はうとうとしながら一夜を過ごし、翌朝目覚めたときには、顔がやつれていた。朝食の時、陽子と浩は彼女を見るなり、不機嫌な顔で食事もせずに家を出ていった。竜也も浮かない顔をしていた。特に杏奈の顔を見たときは一層機嫌が悪かった。昨夜、彼は人に頼んで、杏奈を助けて投稿を削除したのが誰なのか調べさせていた。しかし、一晩かけても無駄骨に終わってしまったのだ。そのせいで、今日はひどい疲労感を抱えたまま、出勤しなければならなかった。「杏奈、誰がお前を助けている?」竜也は、杏奈を睨みつけた。杏奈は彼をちらりと見ただけで、「何のこと?」と淡々と言った。「とぼけるな。ネット上のお前に関する動画も投稿も全部削除された。これは中川グループのやり方じゃないし、久保家とも関係ないはずだ。いったい誰がお前を助けているんだ?」杏奈は彼を見つめた。「私につい
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第57話

杏奈は首を横に振った。「おじいさん、昨日のこととは関係ない。あなたにだけは隠し事をしたくないんだ。実は、あなたがこの前入院される前から、私たちは離婚するつもりだった。この家で私に優しくしてくれたのは、あなただけだったから、あなたにだけは隠し事をしたくなかったの」渉はなおも引き止めようとしたが、杏奈はごちそうさまとだけ言って、その場を離れてしまった。執事の大輝がそばに寄ると、渉はため息をつき、ぽつりと漏らした。「あれは俺のことを、恨んでおるんだな」……ネットの世界では、情報はすぐに塗り替えられてしまうものだ。あれだけ盛り上がっていた杏奈への誹謗中傷が消え、少しだけ、穏やかな日常が戻ってきたように見えた。しかし、杏奈は指導してくれていたデザイナーの正人が、急に自分を冷たくあしらう様になったことに気づいていた。以前の正人は、自分のデザイン案をすごく熱心に見てくれて、わざわざ電話でアドバイスをくれるほどだった。それなのに今では、デザイン案を送っても、返ってくるのは【うん】という短い返事だけ。その後は、何の音沙汰もなかった。杏奈は正人が忙しいのだと思い、何も聞かずにいた。ここ数日で手首も少し回復してきた。彼女は病院で検査を受け、ついでに主任の西村学(にしむら がく)に退職の話をしようと決めた。実は退職については、以前にも学と話したことがあった。杏奈の手ではもう手術はできない。でも、医学の道には他の分野もあるじゃないかと彼は勧めていた。さらに何も辞めることまで考えなくてもいい、とまで言ってあげていたのだ。学は、そんなに急いで決断しなくてもいいと、考える時間を与えてくれていたので、杏奈もこれまで、たくさん考えた。そして失ったすべてを受け入れてこそ、新しい自分として生まれ変われるのだと気が付いた。それに外科医にとって手は命だから、自分はもう、この病院にいることはできないのだ。その頃、病院。杏奈が診察を終え、学の元へ向かおうとした時、病院のロビーで彼とばったり会った。杏奈の姿を見ると、学はぱっと顔を輝かせた。「中川先生、この前の件、考えてくれたかい?」学はストレートに尋ねた。杏奈は申し訳なさそうに彼を見た。「西村先生、申し訳ありません。長いこと考えたのですが、やはり病院を辞める決心をしまし
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第58話

竜也にとって学の言葉は、まるで青天の霹靂のようだった。まさか、杏奈がこれほど優秀な医師だったとは。竜也は思いもしなかった。ここに来て、杏奈の右手を奪ったことが、彼女の医師としての人生そのものを奪ったことだと、竜也はようやく気づいた。そう思うと竜也の目に複雑な感情がよぎった。杏奈には本来、もっと輝かしい未来があったはずなのに。片や真奈美はわざとらしく驚いて杏奈を見た。「お姉さん、そんなにすごかったんだね?どうして今まで黙ってたの?家族なんだから、あなたの成功は私たちの誇りでもあるのに」そう言って、彼女は悪意のこもった視線を隣の学に向けた。「それにしても、あなたが上司とそんなに仲良しだなんて、知らなかったわ」真奈美の言葉には、杏奈がそれほど有能ならどうして隠していたのか、という棘があった。つまり、何か汚い手を使って学に取り入ったから、彼も杏奈の肩を持つんだろう、とでも言いたげのようだった。真奈美の言葉を聞いて、竜也の心に芽生えかけていた罪悪感は一瞬で吹き飛んだ。「杏奈、自分が大したことないと認めるのはそんなに悔しいのか?いつからそんなに見栄を張るようになった?俺に見せつけるためにこんな芝居をしたって、俺がお前のことを見直すとでも思ったのか?バカなこと考えるなよ」その言葉に、杏奈は苦笑いした。「あなたに見せるために芝居をする気なんてないから。自意識過剰なこと言わないで」彼女はそう言うと、顔色が変わった竜也には目もくれず、学の方を向いた。「西村先生、行きましょう」学はこれが杏奈の個人的な問題だと察し、何も聞かずに彼女の後についてその場を離れた。杏奈の後ろ姿は、華奢だがピンと伸びた背筋が彼女の強い意志を物語っているようだった。その背中を見つめながら、竜也の胸にはぽっかりと穴が空いたような感覚が広がった。彼は思わず杏奈を呼び止めようとしたが、真奈美に腕を掴まれた。「どうしたの、竜也さん?」振り返ると、真奈美が可愛らしく微笑んでいた。竜也はふっと肩の力を抜いた。ずっと好きだった真奈美が、今こうして隣にいる。これ以上、杏奈に構うべきではないんだ。彼は目を伏せた。その涼しげな目元には冷たい光が宿っていた。「なんでもない」「竜也さん、お姉さんも見栄があるんだからあんなふうにきつく言ったらきっとす
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第59話

ほどなくして、二人は時間を決めると、電話を切った。だが、彼女が顔を上げたとたん、そこにいた竜也の漆黒な瞳と目が合った。「誰と晩ご飯を食べるつもりだ?」すると、杏奈の口元から笑みがすっと消え、彼女の感情のこもらない声で答えた。「あなたには関係ないでしょ」「あの若造だろ?杏奈、自分が今でも中川家の嫁だということを忘れるな。お前が仕組んで俺たちの関係をネットにばらまいたくせに、まだ外で恥をさらすつもりか?」杏奈は、竜也の言っていることがさっぱり分からなかった。ひき逃げの動画をネットに流したのは、まぎれもなく彼なのに。自分が中川家の嫁だってことがバレたのも、全部、竜也がまいた種じゃない。どの口が、自分を責めるっていうの?「ネットの件は誰がやったか、あなたはよく分かっているはずよ。私が恥だと思うなら、今すぐ役所に行って離婚でもすればいいでしょ!」それを聞いて、竜也は、杏奈が以前とは違うと感じた。前は、自分にこんな風に強く言い返すことなんてなかった。彼女はどうやらこの最近、ずいぶん変わってしまったようだ。真奈美の言った通りだ。こいつ、ついに本性を現しやがったんだな。そして少し離れたところから、真奈美が書類のようなものを持って歩いてきた。その目線には、明らかに杏奈を挑発しているものがあった。「お姉さん、さっき同僚の人があなたが辞めたって話してるのを聞いたわ。竜也さんと私があなたの見栄をバラしたからって、仕事まで辞めることはないのに。でも、同僚の人たちとは本当に仲が良かったのね。みんなあなたのこと褒めてたし、送別会を開いてあげたいって話してたわよ」それを聞いて竜也は、さっきの杏奈の電話が同僚との送別会の約束だったのだと気づいた。杏奈の右手が使いものにならなくなったのは自分のせいだ。そう思うと、彼の怒りはすっと引いていった。何はどうであれ、杏奈の手に怪我をさせたのは、紛れもなく自分なのだ。彼女が会社を辞めることになったのも、元はと言えば自分のせいだ。それくらいの償いはしてやるべきだろう。そう思って、彼はポケットからカードを取り出すと、杏奈に差し出した。「これで同僚たちに美味いものでもご馳走してやれ。金のことは気にするな」それを見た、真奈美は眉をひそめた。一方、杏奈は、まるで施しを与えるかの
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第60話

杏奈と健吾は焼き魚料理が自慢の店を選び、店の外に出されたテーブル席に座った。通りは多くの人で賑わい、あちこちの屋台から美味しそうな匂いが漂っていた。騒がしいけど、それがかえって杏奈にとっては久しぶりの安らぎを感じられるひと時のように思えた。「そういえば昔、海外にいた時、あなたも魚料理を作ってくれたわね。魚が好きなの?」杏奈は健吾に視線を向けた。健吾は、杏奈が昔の話を切り出すとは思わなかったので、少し意外そうに眉を上げた。再会してからというもの、彼女はずっと自分に対して壁を作っているように感じていたからだ。健吾はゆっくりと魚の骨を取り除き、その身を杏奈の皿に置いた。そして、魅惑的な色っぽい目で彼女を見つめながら、「好きだよ」と答えた。ただ、そう言う彼の視線は、魚ではなく杏奈に向けられていた。「今度、俺が作ってあげようか?」銀髪で、全身から気品が溢れる彼は、こんな庶民的な店には少し不釣り合いに見えた。そう感じた杏奈は微笑んで頷いた。「杏奈さん?!」杏奈が口に運んだ魚を飲み込むよりも早く、鋭い女の声が横から聞こえてきた。彼女が振り返ると、見覚えのある女が見知らぬ男の手を引いてこちらへ歩いてくるのが見えた。「やっぱりあなただったのね!」女は杏奈の隣にいる健吾を一瞬見て、言葉を詰まらせた。でも、すぐに軽蔑したような目で杏奈を睨みつけた。「真奈美さんの言った通りだわ。まだ離婚もしてないくせに、もう他の男とイチャイチャしてるなんて。本当に浮気性なんだから。浩くんにあなたみたいな母親がいるなんて、本当に可哀想!」実は、真奈美はこの女の義理の姉だった。8年前、真奈美が久保家に戻ってきたことで、杏奈が本当の娘ではないことが明らかになった。杏奈の婚約者だった荒井冬馬(あらい とうま)は、すぐに彼女との婚約を破棄して、真奈美と結婚したのだ。でも、真奈美と結婚してすぐに、冬馬は病気で亡くなってしまった。目の前の女は、冬馬の妹である荒井美咲(あらい みさき)だ。美咲は、杏奈が久保家の本当の娘ではないと知ってから、ずっと彼女に敵意を向けていた。美咲の言葉に、杏奈は冷たく眉をひそめた。「美咲、あなたももう大人でしょ。口を開く前に少しは考えたらどう?そんなデタラメを言いふらしていたら名誉毀損で訴えられてもおかしく
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