All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 41 - Chapter 50

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第41話

「ご立派な母親だな!」だけど、そんな竜也と陽子からの嘲笑や罵倒にも、杏奈は、ただ微笑んで何も言わなかった。この手は、この人たちのせいでほとんど動かなくなってしまっているんだから、この味噌汁を作るだけでも、ものすごく大変だったのに、これ以上ほかのおかずまで作っていたら、自分の手はもっと痛むことになるだろう。それに、自分はもう以前みたいに、この親子のために身を粉にして尽くすつもりなんてないから。杏奈が何も言わないのを見て、竜也も箸を置いて席を立った。陽子も、その後を追うように出て行った。その様子を見ていた渉は、ため息をついた。「杏奈、あんな奴らの言うことなんて気にするんじゃないよ。どいつもこいつも常識はずれなんだから」杏奈は、渉の言葉に思わず笑ってしまった。「大丈夫、おじいさん。さあ、冷めないうちに食べて。食べ終わったら、ゆっくり休んでね」渉は、ここ数日で少しやつれてしまった杏奈の顔を見つめ、初めてある考えが頭をよぎった。杏奈と竜也の仲をこれ以上取り持つのは、間違いなのかもしれない。……次の日の昼過ぎ。杏奈は服を着替えて家を出た。外は、じりじりと肌を焼くような暑さだった。シンプルなTシャツにジーンズといういでたちだったが、体にフィットしたデザインが彼女のスレンダーなスタイルを際立たせているのだ。長い髪をハイポニーに結び上げ、みずみずしくハリのある完璧な肌は、誰が見ても子供がいるようには思えないだろう。そして、待ち合わせの場所に着くと、杏奈はすぐに、車にもたれて立っている健吾を見つけた。なぜなら、彼が人混みの中でもひときわ目を引く存在だったからだ。そんな彼はシンプルなシャツにスラックス姿で、袖を少しだけまくり上げていた。日差しに照らされた腕からは、引き締まった筋肉の筋が見えた。広い肩幅に、引き締まった腰はまるでモデルのような体型だった。健吾は車のドアにもたれかかり、少し遠くの人混みを見ながら物思いにふけっていた。少し上を向いたその完璧な横顔は誰からも目を引いていた。そして、後ろからの視線に気づいたのか、健吾が振り向くと、ぽかんと見とれていた杏奈と目が合った。すると彼の口元が、ふっと緩んだ。その鋭い表情は、一瞬にして温かいものに変わった。「杏奈さん、来てくれたんだね」
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第42話

そう思いながら頭に浮かぶ疑問を抑え、杏奈はうつむいて、それ以上何も言わなかった。健吾の運転はとても丁寧だった。栖鳥山は観光地で、車で行けるのは中腹までだ。杏奈の足の怪我に配慮して、健吾は山頂まではロープウェイで登れるよう手配をしていた。そして、杏奈をロープウェイに乗せる時、健吾も真剣な目つきで気配りをしていた。山の上からの景色は素晴らしかったが、他に観光客はいなくて、終始二人きりだったから、辺りはがらんとしていた。それに気が付いた杏奈は眉をひそめた。「今日は週末だから、本当ならもっと人がいるはずなのに。どうして誰もいないのかしら?」それを聞いて、健吾はふと笑い、意味深にスマホに目をやると、何気ないふうに言った。「さあ、どうしてだろうね」そう言われたものの、杏奈もそれ以上は深く考えず、二人で山頂で座る場所を見つけるとそこに腰を下した。そして、太陽が向かいの山の向こうへと少しずつ沈んでいき、夕焼けが西の空を半分赤く染めていた。夕焼け雲が形を変えていく様子は、まるで二人のためにサイレントショーを演じているかのようだった。杏奈は、心も体もすっかりリラックスしていくのを感じ、なんだか気分がとても晴れやかになった。健吾はずっと杏奈を見ていて、彼女の変化に気づくと、その目に笑みを浮かべた。どうやら、ここを貸し切りにして杏奈を連れてきたのは正解だったようだ。隣からの視線に気づいて、杏奈が顔を向けると、彼の視線とぶつかった。「何を見ているの?」そう言われて健吾は、すこしも見ていたことがバレたという気まずい様子もなく、彼はむしろ落ち着いて頬杖をつきながら杏奈を見つめ続けた。その目を少し伏せた姿は、なんともまったりとした雰囲気だった。「綺麗だから、つい見とれてた」健吾の言い方はとても甘く、からかうようでもあり、冗談めかしていた。杏奈は彼の言葉にきょとんとして、口元を引きつらせながら彼を睨んだ。「馬鹿なこと言わないで」そんな杏奈をみて、健吾も上機嫌になった。彼は肩から下げていた鞄から、一枚の湿布を取り出した。「整形外科医の友人にあなたの症状を話したら、湿布を処方してくれたんだ。昔ながらの処方だけど、よく効くらしいから、試してみて」そう言って、健吾は有無を言わせず杏奈の怪我をした右手を取り、手首に湿布
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第43話

杏奈は竜也の様子から、彼が誰とやり取りをしているのかをすぐに察しがついた。無意識に胸がチクリと痛んだが、その痛みはすぐに消え去った。彼女は静かに視線をそらすと、薬の袋を手に二階へ上がっていった。竜也は杏奈が帰って来たのに気づくと、途端に冷たい表情になった。すると、彼は冷たく言った。「どこへ行っていた?」「別に」杏奈は素っ気なくそう返事して、階段を上がろうとした。竜也は彼女のそんな態度を見て、むっとした。祖父が後ろ盾になってから、彼女はどうやら随分と強気になったじゃないか。彼はすっくと立ち上がると、杏奈の行く手を阻んだ。何か言おうとした時、彼女が手に提げている袋に気づき、いぶかしげにそれを奪い取った。そして、中に入っていた湿布薬と、杏奈の手首にも湿布が貼られているのが目に入ると、竜也はあざ笑うように言った。「今日わざわざ出かけたのは、こんな湿布を買うためか?」杏奈はすぐさま薬の袋を奪い返すとそっけなく言った。「あなたには関係ないでしょ」竜也は、彼女の反抗的な態度にひどく腹を立てた。彼女が家に戻ることを許し、真奈美に謝るのもさせなかっただけでも、十分優しくしてやっているつもりだったのに。それなのに、なぜこの女が被害者みたいな顔をするんだ?こんな風に自分に逆らうなんて、いいご身分だ。竜也は鼻で笑うと、皮肉たっぷりに言った。「もう使いものにならない手なんだ。湿布を何枚貼ったって、無駄なことだろ!」どんな言葉が一番杏奈の心をえぐるのか、彼はよく分かっていた。手がダメになり、もう踊ることも、メスを握ることもできない。それが、杏奈にとって一番の苦しみだった。「無駄かどうかは、あなたが決めることじゃないわ。私にわざわざ絡んでくる暇があるなら、離婚のことでも真剣に考えたらどう?」そう言って彼女が竜也を避けようとした瞬間、彼はその腕を強く掴んだ。「離婚だと?杏奈、お前はずいぶんと裏表が激しいな。おじいさんの前では聞き分けのいい嫁のふりをしているくせに、俺の前では離婚ばかり口にしやがって。どうせおじいさんに気に入られようと、悲劇のヒロインを演じているんだろう。そうやって同情を買って、自分の都合のいいように事を運ぼうとしているのか?」杏奈は竜也と口論する気になれず、ただ腕を振り払おうとし
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第44話

それからの2、3日、杏奈は渉に付き添っている時以外、ずっと部屋にこもってデザイン画を描いていた。健吾がくれた湿布は驚くほど効果があった。たった2日貼っただけで、手首の痛みはだいぶ和らいだようだった。まだ絵筆を握る手は少し震えたけれど、練習を重ねるうちに、なんとかちゃんと描けるようになっていた。そして、デザイン画が完成すると、杏奈は健吾に連絡し、相手の住所を受け取ったあと、彼女は家を出て向かった。一方で、彼女が中川家を出た直後、一台のベントレーが中川家の前に停まった。真奈美が車から降りてきて、運転手に用意したプレゼントを車から降ろすよう指示した。彼女は中川家の門の前に立ち、目の前の豪華絢爛な門を見上げて、得意げに口の端を上げた。いつかきっと、自分がここに住めるようになるから。……杏奈が健吾から送られてきた場所に着くと、そこに立つ彼の姿が見えた。健吾は今日、爽やかなカジュアルウェアに身を包んでいた。黒髪が無造作に額にかかり、杏奈が来た瞬間、その色っぽい瞳は彼女を真っすぐ見つめた。杏奈は彼に歩み寄り、不思議そうに尋ねた。「どうしてここに?」「どうせ暇だったから。面接に付き合ってやろうと思って」杏奈は健吾を見つめ、心の中で首をかしげた。この人は仕事が忙しくないのかな?でも、健吾のことだから、彼女もあまり根掘り葉掘り聞くこともできなかった。そう思って、杏奈は彼の後について、会社の入り口を入った。そこは、金田ファッションストアという、京市でも指折りのハイブランドだ。この会社の本社に足を踏み入れた時、杏奈は思わず気後れした。自分は本格的に服飾デザインを学んだのはたったの1、2年。ブランクもあって、いきなりこんな大企業の面接を受けても、受かるかどうか自信がなかったから。だが、そんな不安を心の中で抱えながらも、杏奈の表情に怯みは出なかった。一方で、入り口を入るとすぐ、健吾は一本の電話に出た。そして、彼は杏奈に先に入るよう合図し、自分は後から行くと伝えた。杏奈はうなずくと、受付カウンターの方へ歩いて行った。「すみません、本日面接に伺いました中川杏奈と申します。金田社長はお手すきでしょうか」彼女は金田社長を訪ねるように、と健吾に言われていたのだ。だが、受付の女性は杏奈を値踏みするように見つ
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第45話

健吾が杏奈に聞くと、彼女は聞き返した。「今日が面接の約束で間違いないの?受付の人に今日は面接の約束がないって言われたんだけど」それを聞いて健吾は受付の方を見た。受付はパソコンの前で忙しそうにしていたが、健吾の視線に気づいて顔を上げた。そして、健吾の顔を見た途端、彼女の体から思わず力が抜けた。「橋、橋……」だが健吾は、杏奈に対するような辛抱強さを見せることなく、受付に向き直った。「本当に金田社長は今、面接の時間が取れないんですか?」受付は健吾のことを知っていた。社長の友人で、会社にとって絶対に手放してはいけない重要な人物だ。機嫌を損ねるわけにはいかない。「あ……時間はございます。どうぞ、上へお上がりください」受付は「橋本社長」と呼びかけたが、健吾に睨まれて言葉を飲み込んだ。こうして健吾は杏奈を連れて、ようやく会社の中へと入った。杏奈はどこかおかしいと感じていた。さっきの受付の健吾を見る目は、何かに怯えているようだったからだ。杏奈は探るように尋ねた。「あなたの友人って、ここの会社の社長なの?」そう聞かれて健吾は杏奈を見た。その色っぽい目の奥に、何かをごまかすような色をチラつかせて言った。「前に仕事で知り合っただけだ。友達ってわけじゃない」もし翼がこのセリフを聞いたら、卒倒するほど怒るだろう。だけど杏奈は何も知らないので、ただうなずいて、健吾の言葉を信じた。二人はそのままエレベーターに乗り、最上階へと向かった。エレベーターのドアが開くと、興奮した様子の翼が目の前に立っていた。彼の視線は杏奈に注がれ、その表情は驚きに変わった。そして健吾が軽く咳払いをすると、翼は我に返って視線を戻し、杏奈に話しかけた。「君が健吾さんから紹介された方だね?さあ、会議室へどうぞ」杏奈が想像していた面接とはまったく違った。翼は、専門的な質問をほとんどしなかったのだ。それどころか、いつから出勤できるかとしきりに尋ねてきた。杏奈は眉をひそめた。まるで、採用されることが、始めから決まっていたかのように思えたからだ。彼女はうつむき、翼の話を遮ると、この数日で描いたデザイン画を彼に見せた。すると、さっきまでどこか軽薄な態度だった翼は、デザイン画に目を通すと、途端に表情を輝かせた。彼は驚いたように杏
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第46話

こうして金田服飾設計株式会社から出てきた時、杏奈はまだ夢見心地のようだった。それは面接に来たはずなのに、まるで商談にでも参加させられたみたいだったから。もちろん、話を進めてくれたのは全部、健吾だったけど。最終的に、話は簡単なデザイン案件を翼が回してくれることに決まった。在宅で仕事を請け負い、手の怪我が治ったら出社すればいいらしい。そして彼女が出社したら、会社はすごいデザイナーを指導係につけてくれるそうだ。ほどなくして二人が会社のビルの前まで出た時、杏奈はふと立ち止まり、まっすぐな目で健吾を見つめて言った。「健吾さん、ありがとう」彼女も今日、こんなに話がうまく進んだのは、全部健吾の人脈のおかげだって分かってたから。一方で、彼女のあまりに真剣な様子に、健吾は少し驚いた。そしてすぐに何かを察した彼は少し屈んで杏奈の顔を覗き込んだ。その麗しいほど美しい顔が近づいてくるにつれ、色っぽい目には、どこか冗談まじりの色が浮かんでいた。「言ったでしょ、感謝の言葉は心の中にしまっておけばいいって。そのお礼は、いつかちゃんともらうから」それから杏奈が去った後、翼が出てきて、健吾の隣に立った。「あの中川さん、才能があるのは見て分かったよ。手の怪我も大したことないし、きつい仕事をさせなきゃいいだけだろ……あなたときたら、そんなに彼女が心配なのか?」杏奈が去った途端、健吾の顔からさっきまでの笑みが消え、そこには、ただ冷たい表情だけが残っていた。そして、翼の言葉を聞くと、彼は伏し目がちにちらりと翼を見た。だが、そのたった一瞥されただけで、翼は背筋が凍るようにぞっとしたのだった。本当のことを言っただけなのに。なんでこの男は急に怒ってるんだ?そう思っていると、健吾は淡々と返してきた。「彼女の手首の怪我が、たいしたことないって言いたいのか?」翼は困ったように言った。「いや、デザイン画を見たけど、すごい才能の持ち主だ。だから、これくらいの怪我は大した問題じゃないと思ったんだが」「彼女に関することは、どんな些細なことでも俺にとっては一大事なんだ」それを聞いて、翼は驚いて健吾を見た。すると健吾は目を伏せ、愛情のこもった声で言った。「彼女は今まで辛い思いをずっとしてきた。もうこれ以上、苦労はさせたくないんだ」……一
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第47話

「面接だと?手も足も使いものにならないお前に何ができる。もし採用されたとしても、一体何の仕事ができるって言うんだ?」竜也に見下され、杏奈は鼻で笑った。「どうして私の手がこんなことになったのか、あなたが一番よく知っているはずよね?」杏奈にそう言われて、竜也の内心はまた一瞬ドキッとしたのだった。彼女は何か知ってしまったのか?その時、横から子供の声が聞こえてきた。本来なら幼く愛らしい声なのだが、その言葉には隠しきれない皮肉がこもっていた。「まさか絵の仕事の面接にでも行ったんじゃないだろうね?あなたの描く下手くそな絵より、僕のほうがまだマシだよ。わざわざ恥をかきに行ったの?自分が役立たずだって早く気づいて、おとなしく専業主婦してればいいのに」そう言いながら、浩は真奈美と近くへ歩み寄ってきては、容赦なく杏奈をバカにしたように嘲笑った。だが、杏奈はここ最近浩のこういう言葉には、もうすっかり慣れてしまっていて、今やそんなことを言われても、杏奈の心は少しも揺らぐことはなく、ただ、どこかやりきれなさだけが残った。竜也と結婚したことも、浩を産んでしまったことも、全て間違いだったのだとやりきれない気持ちだった。一方で、真奈美はしゃがみ込んで浩の肩に手を置き、杏奈をかばうように言った。「浩くん、ママにそんなこと言っちゃだめ。ママは手と足に怪我をして、きっと自信をなくしているのよ。だからこうしてあがいているの。ママに同情してあげなきゃ」それを聞いて、浩は口を尖らせ、真奈美に甘えるように言った。「ママが自信をなくしてるからって、僕たち中川家の顔に泥を塗っていいわけないだろ!ただの専業主婦のくせに、外をうろついたりして、本当に恥ずかしいよ!」あんな意地悪なママに、自分は同情なんてするものかと浩は思ったのだ。そして、それを横で聞いていた竜也はただ真奈美に歩み寄り、手に持っていたキャラクターの水筒を差し出すだけだった。「喉が渇いていただろ?お前のために用意した温かい飲み物だ。ちょうど飲み頃の温度になっているはずだ」「ありがとう、竜也さん」真奈美ははにかみながら水筒を受け取ると、杏奈へと挑発的な視線をこっそりと投げかけた。それを見て、杏奈は心の中で冷ややかに笑った。竜也は真奈美の生理の時期まで覚えているなんて。義理の兄
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第48話

渉が突然姿を見せると、竜也の勢いは目に見えて弱まっていった。杏奈は、竜也の力が緩んだ隙に、さっと腕を引き抜いた。そして、彼から離れるように2、3歩後ろへ下がった。すると竜也の手の中が空っぽになるのを感じ、無意識に指を握りしめた。それはなにやら心まで、ぽっかりと穴が空いたかのようで、いつか杏奈も、今のように自分の元を去っていくような気がしたのだった。一方で、浩は渉が怒っているのを見て、数歩で彼の前に駆け寄り、杏奈の悪口を言い始めた。「ひいおじいさん、ママが男の人と遊びに行ったからママが悪いんだよ!普段はあんなに地味なのに急に化粧なんかしてるなんて、どう見たって男に会いに行ってるんだよ!パパを裏切ったんだ!こんなママ、僕はいらないから!」真奈美は、浩の言葉を聞くと、思わず杏奈の顔を見た。杏奈の顔は薄化粧だったけど、もともとの素顔がとても整っているので、透き通るような白い肌に、まるで絵に描いたような美しい顔立ちがさらに際立ったように見えた。そしてなによりもその涼しげな目は切れ長でどこか艶っぽいイメージさえあった。そんな彼女はテレビに出ている芸能人よりも、ずっと綺麗だった。その瞬間、真奈美は嫉妬の炎が胸に込み上げてくるのを感じた。こうなるくらいなら、杏奈を刑務所に入れている間、誰かに頼んで顔に傷でもつけさせておけばよかった。片や杏奈は浩の言葉を聞いても、その瞳は冷静なままで、心の中では嘲笑っていたが、特に反応は見せなかった。かつてどれほど息子を心から愛していたか、その分だけ今は大きな失望を感じていた。そう思って、彼女は黙ったまま何も話そうとしなかった。だが、浩の言葉を聞いた渉は、顔つきを険しくした。「なんだその口の利き方は!君は今まで何を教わってきたんだ!​今度このような自分の母親を侮辱するようなことを言ったら書斎で反省させてやるからな!」浩は、渉の突然の厳しい態度に、びくっとした。浩は中川家で一番小さな子供として、いつもみんなに可愛がられていた。特に渉は、いつもにこにこしていて、一度も彼に冷たい顔をしたことがなかったのだ。なのに今日は、杏奈のせいで、渉に怒鳴られてしまった。おまけに、書斎で反省しろまで言われた。浩は小さな顔をぷうっと膨らませて、不満げに渉へ叫んだ。「ひいおじいさんがママの味
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第49話

「鈴木家との取引は、絶対にモノにしないとダメだ。中川グループはもう、これ以上持ちこたえられないんだ」その一言で、杏奈は釘付けになった。彼女は、少し開いていた書斎のドアに、思わず目をやった。竜也は自分に背を向けてソファに座っていた。顔は見えないけど、すごくイライラしているのが、離れていてもわかるくらいだった。彼の声は氷のように冷たくて、怒りがこもっていた。「この間のパーティーで、せっかく鈴木家の人に会えたのに、でも……」そのことを思い出すと、竜也は胸のむかつきを抑えられなかった。あの時、杏奈が邪魔さえしなければ、鈴木家の人から取引を断られたり、会場から追い出されたりすることもなかったのに。しかし、彼がそう言い終わる前に、渉が厳しい口調でその言葉を遮った。「パーティーで何があったかなんて、俺は知ったことじゃない。お前が鈴木家を怒らせたのなら、自分でどうにかして関係を修復してこい」それを言われ、竜也はぐっと言葉を飲み込んだ。理不尽だと思ったけど、渉の前では何も言えなかった。杏奈はしばらく聞き耳を立てていたが、やがて自分の部屋に戻った。中川グループの危機がどんなに深刻でも、自分にできることは何もないのだから。それに、竜也は最低な男だけど、会社経営の手腕は確かだから、自分が心配するようなことでもないだろう。そして、自分には自分でやるべきことがあるんだから。金田服飾と契約を結んだからには、ぼーっとしてはいられない。これから先、このスキルで稼いでいかなければならないのだ。それから、しばらくの間、杏奈は中川家の屋敷で、渉の付き添いをしつつ、デザイン画を描いて過ごした。その間彼女は毎日のように健吾とラインでやりとりをしていた。こうしてやりとりをするうちに、杏奈は健吾も服飾デザインにかなり詳しいことに気づいた。彼は自分にデザイン画を送るように言っては、専門的な視点からアドバイスをしてきていたのだ。一方、社長の翼からも資料一式が送られた。中には初心者向けのデザイン教材と、今のファッション業界のトレンド情報が詰まっていた。そのあまりの待遇の良さに、杏奈は恐縮してしまうほどだった。なにせ、こんな教材はお金を積んでも手に入らないようなものばかりだったから。翼はさらに、あるデザイナーのラインアカウント
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第50話

すると、正人からすぐに返信が来た。杏奈のデザイン画は、金田服飾の次のシーズンのコンセプトにぴったりだということだった。認められた杏奈は嬉しかった。彼女はついに希望の光を見つけたように感じたからだ。一方、正人は杏奈のデザイン画を手に興奮し、翼のオフィスをノックもせずに勢いよく入っていった。「社長!この間紹介してくださったデザイナー、とんでもない才能の持ち主ですよ!いつから出社してくれるんですか?俺がしっかりサポートしていきますから!」そう言う彼はソファに健吾が座っているのに気づかず、一方的にまくしたて、杏奈を絶賛した。正人は金田服飾で最も腕の立つデザイナーで、世界でもトップクラスの実力者だった。その彼が認めるのだから、杏奈の才能がどれほどすぐれているかが証明されたようなものだ。彼の言葉を聞いて翼は軽く咳払いをし、正人にまだ人がいることを知らせた。彼は普段から社員と気さくに接しているし、正人も会社の大黒柱なので、二人の間もただの上司と部下というような堅苦しい上下関係ではないのだ。そこで正人は、ようやく健吾の存在に気がついた。彼はすぐに、健吾に丁寧な態度で挨拶をした。「橋本社長」健吾は相変わらずソファにゆったりと寄りかかっていたが、正人の言葉をきいて彼はゆっくりとまぶたを上げると、その目の奥には冷ややかな光が宿っていた。「杏奈さんのデザイン画を、俺にも見せろ」正人は慌てて杏奈のデザイン画を探し出し、健吾に差し出した。健吾はそれに目をやった。それはタイダイ染めのドレスだった。ビスチェタイプのデザインで、スカート部分にはレザーがさりげなくあしらわれ、爽やかさの中にワイルドな魅力も感じさせるものがあった。新人なのにこの大胆なデザイン。しかも、二つのテイストが見事に調和しているのだ。すると、健吾はさすが自分が見込んだだけのことはあるなとでもいうように、口の端に笑みを浮かべた。彼は正人にスマホを返した。「これだけ才能のあるデザイナーだ。会社としても、しっかり宣伝しないとな?」男はカップの縁をなぞりながら、落ち着いた声で言った。翼はすぐに健吾の意図を察した。「もちろん。すぐにツイッターで予告を流し、中川さんを大々的に宣伝させるよ」それを聞いて、健吾は軽く唇の片端を上げると、軽く頷いた。
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