All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

ただ、そんな経験も今の杏奈には、もう何の感情も湧いてこないのだ。一方で、真奈美はきゃっきゃと笑いながら玄関の方を指さした。「お客さんを迎えに行ってくるね!」彼女がそう言うと、浩と竜也が玄関から入ってきた。浩は嬉しそうに翔平に抱きついた。「おじいさん、お誕生日おめでとう!」「おお」さっきまで怒っていた翔平は、途端に満面の笑みを浮かべた。浩を嬉しそうに抱き上げると、隅々まで眺めては満足そうに目を細めた。そんな雰囲気の中、杏奈はソファに座ったまま、まるで自分だけが隔てられているかのように感じた。なんて仲睦まじい一家なのだろう。そこに居るのは自分の息子と夫のはずなのに、今の自分はまるで他人みたいだ。杏奈はそう思いつつ、心がじわじわと麻痺していくのを感じた。竜也は来ないと思っていた。でも、ただ自分とは一緒に来たくなかっただけらしい。浩は買ってきたプレゼントを取り出すと、ニコニコしながら翔平に手渡した。「僕からのプレゼントだよ。真奈美おばさんと一緒に選んだんだ」翔平はさっきまでの険しい顔から一転、満面の笑みで浩の頭を撫でた。「うちの浩くんは本当に可愛いな。君のママに似なくて本当によかった」浩はえっへんと胸を張った。「ママはあんなにどんくさいもん。僕、絶対似たくない。僕が賢いのは、パパの遺伝だよ」そして、少し考えてから真剣な顔で言った。「真奈美おばさんのおかげでもあるんだ」真奈美おばさんは毎日、色々なことを教えてくれるから。自分の欲しいものは、ちゃんと自分で手に入れろって教えてくれるんだ。今じゃ幼稚園で、自分を怒らせるやつがいたら、すぐに手を出すようにしてるんだ。そしたら、もう誰も自分にちょっかいを出さなくなったんだ。浩の言葉を聞いて、真奈美はぺろっと舌を出し、杏奈を一瞥した。「子供の言うことだから。お姉さん、気にしないでね?」杏奈は皮肉っぽく笑った。「ううん、本当に私が愚かなだけよ」こんなにも愚かだったから、あの親子の嘘を信じてしまったんだ。彼らの見せかけの優しさを、信じてしまった。椿は不機嫌そうな顔で、苛立ちを隠さずに言った。「もういい。ダイニングに行こう」そして真奈美に向き直ると、親しげに彼女の鼻をつついた。「あなたが大好きなスペアリブ、ちゃんと用意してあるわよ」そういうと椿
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第12話

杏奈が顔を上げると、そこにいたのは久保家の長男、久保圭太(くぼ けいた)だった。彼は全身黒い服で、目つきは鋭かったけど、にこやかに席についた。そして彼は杏奈をそっけなく一瞥し、眉をひそめて言った。「なんでこいつがいるんだ?」杏奈は唇を引き結び、何も言わなかった。圭太が小さい頃から自分のことを好きじゃないのは、杏奈も分かっていた。対照的に、真奈美は圭太に駆け寄って、親しげに腕を組んだ。「お父さんの誕生日だもん、姉さんも来るのは当たり前じゃない。お兄さん、私お腹すいちゃって先に食べ始めちゃったんだ。怒ってないよね?」すると、いつもは無愛想な圭太がふっと笑って、真奈美の鼻を指でちょんとつついた。目の前で仲睦まじい兄と妹の様子を見て、杏奈は胸はまた苦しくなった。自分は昔、圭太に憧れていた。若くして会社を立ち上げ、たった一人で久保家を支えてきたから。でも、なぜか自分にだけはいつもそっけなかった。もともと人を寄り付かない性格なんだと思っていた。でも、真奈美が来てからは、彼女とすごく仲良くできているのだ。そう思うと杏奈は力がぬけたように笑った。やっぱり、血縁関係があるからだろう。そう思っていると隣で、椿が笑顔で真奈美におかずを取り分けてあげながら、優しく尋ねた。「真奈美、あのダンスのコンクール、準備は順調?自信ありそう?」ダンス。その言葉が、小さな棘のように杏奈の胸にチクリと刺さった。真奈美がダンスのコンクールに出ることは、杏奈も知っていた。そのコンクールは、杏奈にとっても子供の頃からの夢だった。でも、彼女はもう踊ることができないのだ。真奈美はからっと笑って杏奈をちらりと見ると、悪びれもなく言った。「準備はだいたいオッケーかな。でも、まだちょっと自信ない部分もあるんだけどね」真奈美は笑顔で杏奈におかずを取り分けてあげながら言った。「ねえお姉さん、私に教えてくれない?アドバイスが欲しいの。もう踊れない体になっちゃったけど、技術はまだ残ってるでしょ?」杏奈はうつむいて、お皿に乗せられた魚を一瞥すると、無表情のままそれを横へ避けた。「私、海鮮アレルギーだから」杏奈は冷めた声で言った。「食べられないの」本当は、家族みんながそのことを知っていた。ただ、誰も気にも留めていなかっただけ。自分は子
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第13話

もし自分が、家庭のためにダンスの道を諦めなければ。もし自分が、こんな足にならなければ。今頃、舞台に立つのは真奈美ではなく、自分だったはずなのに。椿は、鼻で笑いながら嫌味っぽく言った。「彼女は強がって言ってるだけよ。あなたには敵わないんだから、気にすることないからね」「うん!真奈美おばさんはダンスが一番上手だもん」浩は無邪気に言った。「僕のママはただの主婦だから、ダンスしてるところなんて見たことないよ」浩はぱちぱちと瞬きをしながら翔平に尋ねた。「おじいさん、ママもダンス上手だったの?」「ただのまぐれさ。若さと運だけで賞を取っちゃったけど、どうってことないさ」翔平は浩の頭を撫でながら言った。それを聞いて杏奈は、爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。ダンスのために、どれだけたくさんのトゥシューズを履きつぶしたことか。血が滲むほど、足の指の皮が何度も剥けた。みんなその努力を見てきたはずなのに。それなのに、ただ運がよかっただけだなんて。必死の努力で掴んだ成功を、そんな軽々と一言で片付けられてしまった。杏奈は冷たく顔を上げた。この家族の本性が見えた気がした。「本当に運が良かったなら、こんな足にはなってないよ」しばらくして、彼女はふっと笑った。そして淡々とした口調で、竜也に視線を向けた。「そう思わない、竜也?」竜也の目に、一瞬気まずそうな色が浮かんだ。彼は固く唇を引き結び、その横顔はこわばっていた。竜也は眉をひそめ、不満げに言った。「杏奈、神経質になりすぎだ。真奈美はお前にアドバイスが欲しかっただけだろう。あんなことになるなんて、誰も予想してなかったんだ」その偽善的な態度に、杏奈は笑いそうになるのを必死でこらえた。この久保家という場所は、どこもかしこも薄汚いのだ。ここにいると、吐き気がしてくる。そう思うと、彼女はテーブルに手をついて立ち上がった。「ご馳走様」椿はさっと顔色を変え、怒鳴りつけた。「何その態度、ずいぶん偉くなったじゃないの?親にたてつくなんて。今まで久保家に育ててもらった恩を忘れたの!」真奈美も続いた。「お姉さん、そんなにひねくれないでよ。みんなで楽しくすればいいじゃない。どうしてそんなにトゲのある言い方するの?昔から全然変わってない!前にわざと私を水に突き落としたことだって、お母さんには言
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第14話

竜也だった。彼が追いかけてきたのだ。手首を掴む力は強く、まだ治りきっていない傷口がずきりと痛んだ。杏奈は無表情なまま、目を伏せて言った。「離して」竜也は一瞬、冷たい表情になったが、眉をひそめながら彼女に上着をかけてやった。「さっきは、お母さんが、お前が真奈美を突き飛ばした件でしつこく責めてこられるのを止めようと思ったんだ」その声は冷たく、どこか見下すような響きがあった。「あれは何と言ってもお前の母親と妹なんだから、少しは大人になれよ」目の前の女を見て、竜也は眉をひそめた。彼女はいつもわがままだ。だから、追いかけて機嫌をとるべきか迷ったが、結局こうして出てきた。薄着で寒そうな杏奈の姿を見ると、さすがに少し胸が痛んだ。ただ、こんなことをして、彼女を甘やかしすぎることにならないだろうか。「妹だって?」杏奈は、これほど滑稽なことはないとばかりに、ふっと笑った。妹が義理の兄と、あんなふうに馴れ馴れしくするかしら?自分の将来のために、姉を刑務所に送るような妹がいるのかしら?真奈美がこの件で一番得をした。彼女が何も知らなかったなんて、信じられるわけがない。「杏奈、一体何を怒ってるんだ」竜也は不満そうに眉をひそめ、冷たい表情で言った。「真奈美は、大人になってやっと家に帰ってこれたんだ。これまでたくさん苦労してきたんだから、お前もいちいち目くじらを立てるなよ」わざわざ自分がこうして機嫌を取りに来てやったのに、杏奈がまだ何が不満なのか、彼には理解できなかった。いったいいつまで、こんなことを続けるつもりなんだろう。竜也の心に渦巻く焦燥感が、彼の表情を一層冷たくさせた。竜也の表情が、自分以外の女性への思いやりに満ちているのを見て、杏奈は皮肉な気持ちになった。彼が真奈美を不憫に思うこと自体が妻である自分への残酷な仕打ちだとは思わないのだろうか。幸い。自分たちはもうすぐ離婚するのだから。もうすぐ、ここから去ることができる。そう思うと杏奈はふと微笑み、穏やかな口調で言った。「もう怒ってないから。あなたも早く中に戻って」「よしよし」竜也の眉間のしわが少し和らいだ。彼は薄い唇の端を上げ、彼女の頬にかかった髪を撫でてやろうと手を伸ばした。「怒ってないならいい。一緒に帰ろう、中川家へ」しかし、竜也の指は空
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第15話

竜也は眉をひそめた。心にぽっかりと穴が空いたようで、思わず杏奈を引き留めたくなった。その時、タイミングよく電話が鳴った。竜也は厳しい顔で電話に出た。相手が秘書だとわかると、険しい表情が少し和らいだ。電話に出ると、彼は尋ねた。「調べはついたか?鈴木グループの人間は、三日後のパーティーに出席するのか?」電話の向こうで、秘書ははっきりと答えた。「はい、社長。調査によりますと、鈴木グループの人間はパーティーに出席するとのことです」すると、竜也の顔に笑みが浮かび、ほっとしたように言った。「よし、鈴木家の者たちと繋がりができれば、中川グループは助かるぞ」……杏奈は家に帰ると、ぼんやりとソファに座っていた。彼女は弁護士に電話して離婚協議書の作成を依頼し、それでやっとほっと一息ついた。しかし翌朝早く、杏奈が協議書を持って中川家を訪れると、そこに竜也の姿はなかった。その代わり、中川家では真奈美が浩と楽しそうに笑い合っていた。杏奈の顔を見るなり、浩はソファから立ち上がった。「何しに来たんだよ!僕のこと、もういらないって言ってたじゃない?だったら中川家から出ていってよ!」彼は、昨晩杏奈に無視されたことに、まだ腹を立てていた。自分は実の息子なのに、こんなひどい仕打ちを受けるなんて。杏奈は言い返す気にもなれず、視線を落とし、淡々とした口調で言った。「たとえ私があなたを捨てたとしても、私があなたのママであることには変わりはないから」その言葉に浩は顔を真っ赤にして怒り、フンと鼻を鳴らした。「そんなママなんていらない!あなたなんかママじゃなかったら良かったんだ!」「竜也はどこ?」杏奈はそう言うと、ソファに腰を下ろした。手と足はほとんど治っていて、歩く時に少し痛むくらいで、基本的にはもう問題なかった。真奈美は浩をなだめながら言った。「お姉さん、彼に何の用?もしかして、仲直りしに来たの?竜也さんから聞いたよ。あなたが機嫌を損ねてるって。全部私のせいね」「彼が全部あなたに話したの?」杏奈は眉をひそめ、すぐに状況を察して冷たく笑った。あの人は、こんなことまで真奈美に話していたなんて。どうやら真奈美は、自分たちの関係の隅々にまで入り込んでいるようね。その言葉を聞くと、真奈美は慌てて手を振った。「誤解しないで、お姉さん。私
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第16話

杏奈は心が冷え切っていくのを感じて、フッと嘲笑った。こんな失望を味わうのは一度や二度ではなかったから、彼女も今ではすっかり慣れてしまっていた。そして、杏奈は諭すように言った。「浩、よく聞いて。きのうのことがあってもなくても、ママはパパと離婚するつもりよ」目の前で呆然としている浩の姿に、杏奈は少しだけ胸が痛んで、ため息を一つ漏らした。潤んだ瞳で見つめてくる浩の姿が、赤ちゃんの頃と重なって見えた。杏奈は、つい母親として言ってしまう。「あなたはアレルギー体質なんだから、食べ物には自分で気をつけなきゃだめよ」彼女の声は落ち着いていて、眉は三日月のようにしなやかだ。透き通るような白い肌は、まさに京美人といった風情だった。浩に言い聞かせているその表情はとても優しくて、女性らしい、しなやかな愛情があふれていた。「それとね」杏奈は少し間を置くと、無理に笑顔を作って言った。「これからは、ママはあなたのそばにいてあげられない。だから、自分のことは自分でちゃんと気をつけるのよ」浩は、信じられないというように目を見開いた。ママは自分のこと、捨てるつもりなの?そんなの、ありえない。ママは本当に心が狭いんだ。「僕の面倒を見るのはママの義務だろ!」浩はぷんぷん怒って言った。「ちゃんとしないなら、訴えてやるからな!そしたら、僕は真奈美おばさんの子になる!」杏奈は、笑ってしまいそうになるのを堪えながら、皮肉なものだと、つくづく思った。一体いつから、お腹を痛めて産んだこの子は、こんなふうになってしまったんだろう。自分が浩を思ってすることは全部「束縛」で、真奈美が彼を甘やかすことは「自由」だなんて。「好きにして」杏奈はそう言って笑うと、ソファから立ち上がった。体にフィットしたワンピースが、彼女の細い腰を際立たせていた。浩は悔しくて涙が出そうになったが、歯を食いしばって必死に堪えた。けれど、心の中はどんどん不安でいっぱいになっていくのだ。杏奈がドアを開けて出ていこうとするのを見て、彼は思わず後を追いかけそうになった。けれど、真奈美に腕を掴まれてしまった。真奈美はにこやかに笑いながら、浩の頭を撫でた。「大丈夫よ。あなたのママは、子供みたいに拗ねてるだけ。少し機嫌を取ってあげれば、すぐに元に戻るよ。でも、あなたのママって本
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第17話

確か前にパーティーに付き合うって約束していたんだった。杏奈はうつむいて、少し気まずそうに返事をすると、健吾の後についてヘアサロンに入った。杏奈はもう何年も、パーティーみたいな華やかな場所には来ていなかった。ヘアサロンに入ると、キラキラした綺麗なドレスが目に飛び込んできて、杏奈は思わず目が潤んだ。こんな素敵なドレスなんて、もうずいぶん着ていなかった。いかにも高級そうなヘアサロンの内装に、彼女は気後れしてしまった。杏奈はオシャレに疎いほうだけど、竜也と長年一緒にいたから、こういうヘアサロンの格は大体わかっているのだ。とてもじゃないけど、普通の人が来れるような場所じゃない。杏奈はためらいながら健吾に言った。「メイクは自分でできるし、ドレスもレンタルで十分よ。こんなところで買わなくても……」今の彼女の手持ちは、この間、昔のアクセサリーを売ってやっと工面した、なけなしのお金だけだった。健吾だって、ごく普通の人のはず。こんな高級な店、二人の有り金を合わせても足りるわけがないはずだから。健吾の表情が一瞬曇ったけど、すぐに人懐っこい笑顔に戻った。「心配いらないよ。ここは友達の店でさ、今日は宣伝の手伝いで来ただけなんだ」その言葉を聞いて、杏奈はやっと安心してスタイリストに案内され、メイクルームへと入っていった。杏奈の少し痩せた後ろ姿を見つめながら、健吾の瞳からすっと温度が消えた。その眼差しは、まるで氷のように冷え切っていた。杏奈、あの男のそばにいて、どれだけつらい思いをしてきたんだ?綺麗なドレスを前におどおどしていた杏奈の姿を思い出すと、途端に、健吾の全身から殺気にも似た怒りが溢れ出した。竜也……絶対に、あいつを許さない。杏奈はドレスを一枚選んで、メイク台の前に座った。担当のメイクはとても愛想が良くて、にこにこと目を細めながら杏奈に接してくれた。近くに来た時、胸の名札が目に入った。役職は【ディレクター】と書かれている。友達の店の手伝いって言ってたけど、ディレクター自らがメイクしてくれるなんて、そんなことありえるの?いろいろと腑に落ちなかったので、杏奈は思い切って尋ねてみた。「あの、私と一緒に来た人なんですけど、ここのオーナーとすごく仲が良いんですか?」ディレクターはにこやかな表情のまま
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第18話

すると、得意げな笑みは、ぴたりと真奈美の顔に張り付いたまま固まった。彼女はまるで喉を締められたかのようなか細い声で言った。「あなたは……彼女のメイクを?」ディレクターは、変わらず丁寧な笑みを浮かべて言った。「はい、そうです」ディレクターは、自分のことを知らないっていうの?そんなはずは……それに、ここは杏奈なんかが利用できるようなお店じゃないはずなのに。真奈美は声も出せず、震える指で杏奈を指さした。「人違いじゃないの?この人ここの会員じゃないはずよ」ディレクターはにこやかに答えた。「いえ、間違いございません。この方は、当店で最上級の会員でいらっしゃいます」最上級の、会員?真奈美は驚いて目を見開いた。ありえないわ。最上級の会員になるには、少なくとも数億円は使わないといけないはず。この女に、そんな大金があるわけないじゃない。杏奈自身も少し驚いた。思わずディレクターを見上げると、彼は自分に向かってこっそりとウィンクをしてきた。友達の顔を立てるのに、そんなことまでしてくれるの?健吾って、本当にただの一般人なのかな?でも、海外で苦労していた時の記憶はまだ新しい。もし健吾がお金持ちで地位もある人なら、自分と一緒に海外で貧しい生活なんてするはずがない。心に浮かんだ疑問を抑え、杏奈はディレクターに微笑みかけた。「急いでいるので、お願いできますか」怒りに燃える真奈美を気にも留めず、ディレクターはメイクを始めた。メイクをしながら、彼は杏奈の肌の美しさに感嘆の声を漏らしていた。「お客様は今まで見てきたどの芸能人よりもお綺麗ですよ。普段からもっとおしゃれをなさるべきです」ディレクターはそっとため息をついた。「うちのヘアサロンでたくさんのスターにメイクをしてきましたが、お客様はその中でも特にメイク映えする方です」鏡の中の自分を見つめながら、杏奈は少し胸が痛んだ。自分は子供の頃から容姿が際立っていた。平凡な顔立ちの久保家の中では、ひと際違っているように見えたのだ。だから小さい頃から、久保家の子供には見えないとよく言われていた。それもあっていつも目立たないように、ダンスの時だけ化粧をすることにしていた。普段はわざとダボっとした服を着て、いつも伏し目がちにしていた。自分を綺麗に見せないようにしてきた。
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第19話

杏奈は、なんだか笑えてきた。長年、内密に結婚してきた。それなのに、離婚する今になっても、竜也の妻が自分だと誰も知らない。お似合いだなんて、言われるわけもなかった。でも、もういい。もうすぐ離婚するのだから。杏奈は目に浮かんだ複雑な感情を隠し、呼吸を整えてから部屋を出た。健吾はソファに座って彼女を待っていた。彼もスーツに着替えていて、銀髪は後ろでまとめられている。ありふれたデザインのはずなのに、健吾が着ると不思議と気品が漂って見えた。杏奈は、思わず胸が高鳴るのを感じた。健吾の険しい表情も、落ちぶれた姿も見てきたけれど……こんな彼は、初めて見た。健吾は気だるげな様子で、長い脚を無造作に組んでいた。口元のタバコはもうすぐ燃え尽きそうだ。タバコの煙が彼の顔を覆い、その目元からはどこか人を寄せ付けない冷たさが漂っていた。杏奈が出てきてもドアの前に立ったままなのに気づくと、彼は眉を上げた。そしてタバコの火を消し、薄い唇の端を上げる。さっきまでの冷たい眼差しは、急に優しい微笑みに変わっていた。「ドレスは決まったのか?」健吾は優しく尋ねた。さっき彼がまとっていた険しい雰囲気は、まるで杏奈の気のせいだったかのようだ。杏奈が着ているドレスは涼しげなデザインで、白く透き通るような鎖骨が大胆にあらわになっていた。彼女は健吾の前まで歩いていく。彼の視線を受けて、杏奈は急にぎこちなくなった。そして彼女は小さく「うん」と頷いた。健吾が何も言わないので、彼女は探るように口を開いた。「似合わない?やっぱり、ちょっと派手すぎたかな」こんなデザインの服は、今まで着たことがなかった。ずっと母親として生きてきた彼女が、初めて自分らしくいられるような気がした。健吾の視線が、ドレスから覗く杏奈の腰の素肌に一瞬だけ留まったが、すぐに彼は何かを隠すように目を伏せ、喉仏が動いた。「すごく似合ってる」健吾は目を伏せて、心の底から湧き上がるざわめきを隠した。似合いすぎだ。誰にも見せず、自分だけのものとして隠しておきたい、と思うほどに。このドレスは、まるで彼女のために作られたかのようだった。杏奈はもともとクールな顔立ちをしている。だからこんなに華やかなドレスを着ると、かえってお互いの魅力を引き立てていた。まるで砂漠に咲
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第20話

「まさか……」健吾はまぶたを上げ、静かに支配人に目をやった。支配人はすぐに口をつぐむと、気まずそうに杏奈に笑いかけ、話を続けた。「お客様がちょうど百人目で、よろしければ、くじ引きでもいかがですか?」彼の笑顔は、どこかへりくだったような笑みで顔中に浮かんでいた。その場の空気は、なんとも気まずいものになった。その沈黙を破ったのは健吾だった。彼は杏奈に気品のある仕草で顎をくいっと上げると、その瞳に穏やかな笑みを浮かべた。「彼と一緒に行っておいで。あなたは運がいいから、信じてるよ」健吾がそう言うなら、暇を持て余すよりはいいだろうと、杏奈は素直に彼について行った。彼女と支配人が去っていく後ろ姿を見つめ、健吾は眉をひそめ、ふっと笑みを漏らした。なかなか、察しがいいな。健吾はうつむいて、スマホで二、三言メッセージを送ると、再びポケットにしまった。まもなく、パーティーにいる全員に主催者からメッセージが届いた。【あの方の隣に赤いドレスの女性がいる際は、何があろうと、初対面のふりをしてください】そのメッセージに、人々は顔を見合わせた。一体、何をなさるおつもりなのだろうか?……くじ引き会場はひどく簡素なもので、杏奈は少し驚いた。これほど格式高いパーティーの催しとは思えなかったからだ。まるで、あり合わせの物で作ったかのようだった。支配人は彼女に申し訳なさそうに微笑んだ。「ささやかなサプライズなものでして、少々簡素で申し訳ありません」杏奈は目を伏せ、手を伸ばすと、特等賞のくじを引き当てた。自分、いつからこんなに運が良くなったんだろう?彼女は不思議そうにくじに目をやると、支配人に微笑みかけた。「どうやら、運が良かったみたいですね。特等賞は何ですか?」支配人はにこやかに言った。「それはまだ内緒です。ご住所を伺えれば、後日こちらから直接お送りします」怪しすぎる。景品をその場で受け取れないなんて。でも、これほど大きなパーティーで、一文無しのような自分をわざわざ陥れる必要もないか。杏奈は少し躊躇したが、結局支配人に住所を伝えた。会場に戻ると、彼女は無意識のうちに健吾の姿を探していた。190センチ近い長身に銀髪の彼は人混みの中でもひときわ目立ち、今は誰かと話しているようだった。広い肩に引き締ま
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