All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話

浩は真奈美のそばに駆け寄ると、小さな手で彼女の手をぎゅっと握って離さなかった。「離婚したら、真奈美おばさんが僕のママになってよ!足が不自由で、刑務所に入ってた人なんてママじゃない!真奈美おばさんは綺麗でダンスも上手だし、ママになってくれたら、みんなに自慢できるもん!」そして、浩は杏奈を軽蔑したように見ると、言った。「それに、ひいおじいさんが倒れたのも、全部あなたのせいなんだからな!あなたは疫病神だ!」濡れ衣は着せようと思えば、いくらでも口実は作れるものだ。そう思いながら、杏奈の心は冷え切っていった。しかし、浩はさらにぺらぺらと喋り続けた。「それに、あなたのダンス、真奈美おばさんより全然へただよ。みんなはあなたのことダンスの天才だって言うけど、僕、信じないからな!」そう言って、浩は竜也を見上げた。「パパ、僕の言ってること、合ってるよね?」竜也はそこでようやく、真奈美に視線を移した。彼女の可愛らしい顔を見ると、竜也の眼差しはたちまち和らいだ。だがまたすぐに、その目の色が少し冷たくなると、彼は目を伏せて言った。「君の言う通りだ」杏奈は、彼の優しい眼差しを黙って見つめながら、心の中で皮肉に思った。やはり、初恋の人というだけあって、その分相手が踊るダンスが素敵に見えるのも当然なのだろう。以前も、彼らが久保家に帰るたび、竜也は無意識に真奈美の姿を探していた。その様子を見て、自分はどうしても焼きもちを焼かずにはいられなかった。だけど、そのことを口にすると、竜也は冷たい顔でこう言った。「真奈美はお前の妹だろう。妹にまでやきもちを焼くなんて、大人げないことはやめろ」それ以来、自分はその話に触れることができなくなった。今思えば、あの竜也は、図星を指されて逆ギレしただけだったのかもしれない。一方で、竜也の返事を聞いた陽子は、笑顔をほころばせた。「竜也、あなたの言いたいことお母さんにはちゃんと分かるわよ。もしかして……」すると、真奈美は焦ったように、その場で足踏みをしながら甘えて言った。「おばさん!」そして、そう言いながらも、彼女の目は止めどなく竜也をちらちらと見ていた。だが、竜也は眉をひそめ、黙り込んだ。8年間恋焦がれていたことが、まさに実現しようとしている今、彼は逆に躊躇してしまった。自分は確か、杏奈を懲らしめ
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第32話

けれど、男性の話も終わらないうちに、横から浩が馬鹿にしたような鋭い声をあげた。「この人が名医だなんて、ありえないよ!家では料理もまともにできないのに、名医なわけないじゃん!ろくに勉強もしてないくせに、どうせパパのコネでお医者さんになっただけなんだから。お礼を言うならパパにしてよ!」子供の無邪気な声はナイフのように鋭く、杏奈の胸に深く刺さった。彼女はまさか浩がそんなことを言うなんて、思ってもみなかった。そもそも彼女が今の地位に立てたのも、すべて自分の努力の賜物で、竜也の力なんて、少しも借りていないのに。そう思って杏奈は冷たい目で浩を見つめると、心の中で言い返した。「私が医師になれたのは、自分の実力よ。あなたが私の仕事ぶりを見たこともないくせに?」浩からどんなに馬鹿にされても我慢できたが、自分の専門分野まで汚されるのだけは許せなかった。一方で、浩も杏奈の冷たい表情を見て、彼女が本気で怒っていることに気づき、一瞬怖気づいた。しかし、すぐにまた自分が杏奈に恐れをなしたことに対して嫌悪感を覚えた。こんな学もない女に、医師になんてなれるはずがないと思ったからだ。ママってほんと見栄っ張りなんだから。どうして真奈美おばさんみたいに素直で優しくなれないのかな。「あなたはいつもパパのお金と権力しか目に入らないじゃない。ろくに学校も行っていないのに、お医者さんになれるわけがないでしょ?まさか、自分が真奈美おばさんみたいに、頭がよくて勉強もよくできると思ってる?」それを聞いて、隣で、陽子も冷たい視線を杏奈に投げかけた。「役立たずが。竜也が病院でお膳立てしてやったからって、本当に医師になったつもり?本当に嫌気がさしてしまうよ!」竜也もまた眉をひそめ、杏奈に冷たく言い放った。「もうやめろ!これ以上恥をかかせないでくれ。お前がコネで入ったことを、みんなに言いふらされたいのか?」そう言って、竜也はイライラしていた。家の中なら杏奈が騒いでも許せたが、外で恥をかかされるのまでは我慢できなかった。竜也の言葉は、杏奈がコネを使ったと直接位置づけてしまった。それを言われ、杏奈の心はさらに冷え切り、うつむいて力なく笑うしかなかった。杏奈に感謝していた男性はこの様子を見て、彼女の家庭の事情に首を突っ込みたくないと思い、適当な理由をつけてその
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第33話

しかし、杏奈はこの人たちに構っている暇はなかった。彼女は起き上がると、病室へ駆け込んだ。とても信じられなかった。この間会ったときは、渉はあんなに元気だったのに。どうして急に病気になんてなったんだろう?一方で、病室にいた渉はすでに目を覚ましていた。杏奈が入ってくるのを見ると、渉は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、彼女に手を差し伸べた。「杏奈か、来たんだな。こっちへおいで、話があるんだ」杏奈は涙ぐみながら歩み寄り、ベッドのそばに座って渉を見つめた。「おじいさん、なんでも言って、ちゃんと聞いてるから」ベッドに横たわる渉は顔色が悪く、目を覚ましたばかりのせいか、その目は虚ろで、ひどくやつれていた。渉は笑って言った。「自分の体のことは、自分が一番よく分かっている。そんな悲しい顔をするな。今すぐ死ぬわけじゃないんだから」「おじいさん、ただ体調を崩しただけなんだから、きっと治るよ」そう言われて、渉は微笑んだだけで、その話にはもう触れなかった。「杏奈、ここ数年、君は竜也と浩くんの世話をよくやってくれた。だが、屋敷に顔を見せることもめっきり減ってしまったな。俺は病院にいたくないんだ。しばらく屋敷に戻って、俺のそばに付き添ってもらえないかな?俺はせめて死ぬ前に、もう少し君の顔が見たいんだ。君と竜也たちが幸せなら、俺はそれで満足だからな」幸せ?その言葉が、杏奈の胸に冷たく突き刺さった。彼女は皮肉に感じながらうつむいた。渉はきっと、竜也が自分に何をしたのか、まだ知らないのだろう。杏奈は喉がカラカラに乾いていた。渉のやつれた顔を見ていると、どうしても「離婚したい」という言葉を口にできなかった。しばらくして、彼女は無理に笑みを作った。「わかった、おじいさん」もういい。どうせ、あと3ヶ月でここを離れるのだから。渉は、中川家で唯一、自分に優しくしてくれた人だ。もう少しだけ我慢して、彼のそばにいてあげよう。これで、ここ数年来、世話になった恩に報いることができたと言えるだろう。杏奈は渉の布団をかけ直し、優しい声で言った。「おじいさん、私、ずっとそばに付き添っているからね」その時、竜也がドアを開けて入ってきた。その瞬間彼の目には杏奈の穏やかな表情が映った。白い肌に薄紅色の唇、光を浴びてその姿はまるで慈悲深い神聖なる存在の
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第34話

健吾は、杏奈が外出先から帰って来るのを見ると、少し眉を上げた。すると、さっきまでの冷たい雰囲気は、一気に消え去った。彼は杏奈に視線を向け、その色っぽい瞳の奥に潜む独占欲を隠しながら、何気ないふりをして彼女を見つめた。「どこに行ってたんだ?」杏奈もちょうど、健吾にお礼を言おうと思っていたところだったから、彼女はすぐに健吾を部屋に招き入れた。「健吾さん、この数日間、泊めてくれてありがとう。明日、中川家の屋敷に戻ることにしたの。だから、もうここから引っ越すね」杏奈がそう言った途端、その場の空気が一気に冷え込んだように感じた。「へぇ、屋敷に?」健吾は、ゆっくりとその言葉を繰り返した。気のせいだろうか、杏奈はたった今、なぜか目の前の男から殺気にも似た険しいオーラを感じ、彼女は少し眉をひそめた。だが、次の瞬間、顔を上げて杏奈を見る健吾の瞳は波ひとつない湖面のように穏やかで、恐ろしさのかけらもなかった。むしろ、潤んだ光をたたえた色っぽい目は、彼女を見つめる時だけ、どこか意味深な色を帯びていた。「お礼なんていらないよ。ここはもともと友達が誰かに貸そうとしてたんだ。むしろあなたが住んでくれて助かったくらいだ」健吾は淡々とした口調で言った。彼の声はとても心地よい響きなのに、どこか冷たさが感じられた。それを聞いて、杏奈が「うん」と頷き、何か言いかけたが、健吾の言葉に遮られた。彼は部屋をぐるりと見渡した。「この部屋、あなたに残しておくよ。また、いつか中川家を出たくなったら、いつでも泊まれるようにね」そう言われて、いつも自分のことを考えてくれる健吾の気遣いに、杏奈の胸は、じんと熱くなった。「でも、ここはお友達の部屋でしょ。あなたが勝手にそんなことを決めたら、まずいんじゃ……」「もともと借り手がいなくて困ってた部屋なんだ。あなたが住んでくれたほうが、こっちが助かってお礼を言いたいくらいさ」健吾はソファに深くもたれかかり、ゆったりと足を組んだ。そしてその色っぽい目を少し上げて、杏奈を見た。「荷造り、手伝おうか?」一方で、健吾の向かいに座っていた杏奈は顔を上げると、彼の揶揄うかのような視線と目が合った。その瞬間彼女はまるで何かに狙いを定められたかのようなぞくっとする感覚を覚えた。すると、彼女は慌てて言った。
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第35話

すると、リビングの空気は、一瞬しんとした。杏奈は引き続き黙々と荷物をまとめていると、健吾が画用紙を一枚取り出して机の上に広げた。杏奈の方を向いた彼の目にはもうさっきまでの険しさはなく、伏し目がちになった目線には、かすかに優しさがにじんでいるように見えた。そして、健吾は片方の眉を上げて、杏奈にその目線を送りながら言った。「もう諦めるなんて、あなたらしくないだろ?やってみたらどうだ?」杏奈は彼の方を見た。書斎の真ん中に立つ男に、天井の白いライトの光が降り注いでいる。その光が、彼の彫りの深い顔に陰影を作っていた。杏奈は健吾を見上げながら、言葉にできない気持ちで胸がいっぱいになった。もしかして、彼は自分を励ましてくれているの?彼女は一瞬ためらったが、結局机の前に座ると、絵筆をとって画用紙に線を一本引いてみた。すると、手首がズキッと痛んで、額にじっとりと冷や汗がにじんだ。彼女はその痛みで、いやでも刑務所での出来事を思い出してしまうのだった。そしてあの夜のことを思い出すと、杏奈の手はさらに震え始めた。刑務所では、達筆というだけで妬まれた。ある日、同じ監房の人が、仲間を引き連れて自分を床に押さえつけ、何度も殴る蹴るなどの暴行を加えたのだ。さらに、彼女らは看守に見つかるのを恐れて、布団で自分の頭を押さえつけ、声も出せないようにした。そして最後には、割れた鏡の破片で、自分の手足の腱を切り裂いたんだ。それは、一生忘れることのできない痛みだった。そして、こんな苦しみを自分に与えたのは、夫と息子だった。あの親子は今まで自分の絵に見向きもしなかったうえに……真奈美の将来のために自分の人生をとことんめちゃめちゃにしたのだった。そう思うと、杏奈の手の震えは、ますますひどくなった。もう無理だと絵筆を置こうとした、その時。温かい大きな手が、そっと彼女の手に重ねられた。すると、男の力強く安定したリードで、絵筆の線はだんだん滑らかになっていくのだった。耳元では健吾の温かい息遣いを感じつつ、彼の体から漂う、さわやかな香りにも包まれたようだ。「怖がるな」たったひと言だったけど、健吾の口から発せられたその言葉は、はっきりとしていて力強かった。その声で、杏奈は辛い記憶から我に返った。声は優しいのに、その言葉には有
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第36話

杏奈が次に目を覚ました時、そこは見慣れているはずなのに、どこか知らない場所のように感じられて、現実なのか夢なのか区別がつかなかった。足首からは、ズキズキとした消えない痛みが伝わってくる。「杏奈様、これからは足の怪我をしっかり治すことに専念してくださいね。雨の日にもし痛みを感じるようであれば、足を温めて、あまり歩き回らないようにしてください。でないと、完治するのは無理でしょうね」そう話しているのは医師の声のようだった。彼女が体を起こすと、自分が屋敷の寝室にいることに気づいた。医師にお礼を言い終わって、まだぼーっとしていると、すぐに竜也がドアを開けて入ってきた。竜也の表情は冷たく、辺りを凍り付かせる雰囲気を纏っていた。そして杏奈を見るなり、彼の目にはあからさまな嫌悪感が浮かんだ。彼は杏奈のベッドに歩み寄ると、いきなりその手首を掴み、鼻で笑いながら言った。「杏奈、たいしたもんだな」杏奈は眉をひそめ、その手を振り払った。「なんなのよ、いきなり」「俺が?」竜也はせせら笑い、その黒く鋭い瞳は怒りに燃えていた。「帰ってきてもノックもせず、わざと雨の中に立って風邪をひくなんて。どうせおじいさんの前で可哀想なふりをして、真奈美を叱ってもらおうって魂胆だろ?杏奈、お前って本当に根性悪いな」病気のせいで、杏奈の顔は血の気がなく、真っ青だった。竜也の言葉を聞いて、彼女はようやく状況を理解した。そして、ただただ皮肉に感じた。なるほど、彼は真奈美のために怒鳴り込んできたというわけね。そう思っていると、浩が、竜也の言葉に続いた。彼は杏奈を睨みつけて、まるで母親ではなく、憎い敵でも見ているかのようだった。「この意地悪!どうして真奈美おばさんのことばっかりいじめるんだよ!ママなんて、また刑務所にでも入っちゃえばいいんだ!」杏奈は指先をきゅっと丸め、心の底から湧き上がる怒りを抑えた。そして冷たく笑い、静かに二人に向かって口を開いた。「ノックはしたわよ。聞こえなかったの?」その言葉に、浩は一瞬言葉に詰まり、ちらりと竜也の方を見た。彼に特に変化がないのを見て、ホッとしたようだった。確かに彼は、先ほどノックの音は聞こえていたのだが、でも、わざとドアを開けなかった。それは、パパの代わりに、ママをこらしめてやろうと思ったのだ
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第37話

竜也の自信に満ちた言葉を聞いて、杏奈は鼻で笑った。確かに彼女はかつて竜也を愛していて、彼の言うことすべてを信じていた。だから、彼のもとを去るなんて考えたこともなかった。でも今は違う。夫だと思っていた彼は、ただ自分を意のままに操ろうとしているだけだったのだ。そう気づいた今、彼女の離婚の意思は固かった。だから竜也と別れる決心も揺るがなかった。渉が何か言いかけたが、ふと視線を上げると、階段のところに立つ杏奈に気がついた。すると、彼の表情は一瞬で和らぎ、階段にいる杏奈に優しく声をかけた。「杏奈、起きたのか。こっちへ来て座って」杏奈は水を飲みに下に降りてきただけだったけど、渉に呼ばれたので、そばへ行くことにした。階段を降りてソファに座るまで、彼女は竜也のことなどまるでいないかのように、一度も視線を向けなかった。それに気が付いた竜也は眉をひそめ、心に言いようのない焦りがこみ上げてきた。杏奈の冷たい態度から、彼女が本気で出て行くつもりなのだと感じ取ったのだ。「杏奈、体の調子はどうだね?少しは良くなったかい?」おでこに貼っていた熱さまシートはもうはがしてあった。杏奈は自分のおでこにそっと触れると、渉を安心させるようににっこりと笑った。「おじいさん、心配しないで。もう大丈夫」「そうか、それなら良かった」渉は杏奈の肩をぽんと叩き、しわの刻まれた顔に満面の笑みを浮かべた。「俺という年寄りの最期に付き合うとでも思ってしばらくはこの屋敷でゆっくりしててくれよ」「おじいさん、そんなこと言わないで」杏奈は不満そうに言った。「ちゃんと先生の言うことを聞いて治療すれば、きっと希望はある。心配しないで、それまで私もしばらくはこの屋敷にいるから。どこにも行かないし、ちゃんとおじいさんのお世話をするつもりだから」それを聞いて渉は、満足そうに杏奈を見つめた。さすがは、自分が見込んだ孫の嫁だ。本当に優しくて、よくできた子だよ。杏奈の言葉を聞いて、竜也も心にあった焦りは一瞬で消え去った。そして彼は、あざけるように杏奈を一瞥した。この女は、本当に計算高い。口では祖父のために残ると言っているけれど、本当はこの中川家の屋敷に居続けたいだけなのだろう。結局のところ、彼女は中川家がもたらす富や権力を手放したくないし、何より自分から
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第38話

だから、これだけは何があっても諦めるわけにはいかない。杏奈は絵が好きで、大学時代には服のデザインを少し勉強したこともあった。少し考えてから、震える手で、画用紙になんとか滑らかな線を描こうと努力した。手を怪我していたせいで、描くペースはとても遅かった。たったワンピースのデザインを描くだけで、2時間もかかってしまった。その間、彼女はずっと絵に集中していて、浩が帰ってきたことにも気づかなかった。浩は学校から帰ってきた。本当は杏奈の顔なんて見たくなかったけど、彼女の寝室を通りかかったとき、なぜか足がそちらへ向かってしまったのだ。この数日、杏奈はずっと渉のそばで看病していて、浩とは一言も話していなかった。浩はそんな彼女の態度にイライラして、ますます杏奈は意地悪で、自分の母親にふさわしくないと思うようになっていた。そう思って、寝室の開いているドアの前に立つと、窓際に座って、絵筆を握る杏奈の穏やかな姿が浩の目に入った。近づいて覗き込んでみると画用紙には、よろよろした線で、なんとなくワンピースの形が描かれていた。それを見て、浩はあざ笑うように鼻を鳴らした。「こんな下手くそな絵、よく人に見せられるね?」浩はまだ幼かったが、その言い方はきつく、まったく遠慮がなかった。突然の声に驚いた杏奈は、眉をひそめて彼を見た。すると、浩は彼女を見下すような言葉を続けた。「あなたは芸術の才能なんてこれっぽっちもないんだから、絵なんてわかるわけないじゃん。真奈美おばさんの方がよっぽどわかってるし、彼女の絵の方がきっとママのより百倍もうまいはずだ!あなたは専業主婦なんだから、料理だけしてればいいんだよ。お腹すいたから、今すぐ何か作って!」浩は、これで杏奈に許してあげるチャンスを与えたつもりだった。彼女がご飯を作ってくれさえすれば、自分は許してやろうと思ったのだ。この女は自分とパパから離れられないんだから、きっとこの機会に機嫌を取りに来るはずだと、浩は思った。しかし、浩の予想は外れた。杏奈は彼を一瞥しただけで、また筆を手に取り、ゆっくりと紙に線を走らせ続けた。杏奈が自分を無視するのを見て、浩はカッとなった。彼は怒りにまかせて杏奈の筆を掴んで放り投げた。「僕の話、聞こえなかったの?お腹すいたって言ってるんだ!ご飯作って
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第39話

健吾からは、この数日デザイン画は描いたかと訊かれていた。それを見た杏奈は、さっき暖炉に投げ込まれて燃え尽きた絵のことを思い出した。でも、あの絵に未練はなかった。長い時間をかけて描いたのに、どうしても自分のイメージを形にできなかったから。あの絵には魂がこもっていなかったし、筆の運びもひどいものだった。杏奈は自分の右手を見つめ、自信をなくしていた。このまま絵を描き続けていけるのだろうか。彼女は健吾に返信した。【インスピレーションが湧かなくて、描いてないの】これでやり取りは終わりだと思ったのに、次の瞬間、健吾から電話がかかってきた。スマホから聞こえてくる彼の声は、低くて魅力的で、とても心地よかった。「杏奈さん、インスピレーションが湧かないのか?それとも、描くのが怖いのかな?」そう言われて、杏奈の指先がかすかに震えた。まるで、健吾に自分の心の中をすべて見透かされてしまったかのようで、今にも、彼が目の前にいて、本心を偽ろうとする自分を見抜いているみたいだった。「インスピレーションも湧かないし、描こうとしても手が動かないの」そう感じた、彼女は正直に答えた。手の傷は大したことじゃない。でも、絵筆を握るたびに、刑務所での出来事を思い出してしまうのだ。すると、電話の向こうは一瞬沈黙が続いた後、健吾はこう提案してきた。「傷はいつか治る。でも、諦めてしまえば、本当に未来はなくなってしまうよ」そう言って、健吾は杏奈を慰めてくれていた。「そうだ、明日は晴れるみたいだから。京市の栖鳥山は夕日が有名なんだ。一緒に、見に行かない?もしかしたら、何かひらめくかもしれないじゃない。どうかな?」彼の声はとても優しく、少し様子をうかがうような響きがあった。杏奈はうなずき、彼に住所を送ってほしいと伝えた。健吾に屋敷まで迎えに来てもらうのは、少し面倒なことになりそうだった。それを聞いて、彼は2秒ほど黙ってから、「わかった」とだけ言った。電話を切った健吾は、重厚な革張りのソファに、暗い顔で座っていた。個室の中は、音一つないほど静まり返っていた。皆、電話をかける健吾の顔色が変わっていくのを見ていた。そして電話が切れた途端、彼の表情は一気に冷たくなり、そして凄まじい殺気を醸し出していた。その場の誰もが、この男
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第40話

杏奈は陽子に突き飛ばされてよろめいた。足の傷に鋭い痛みが走り、危うく倒れるところだった。幸い彼女はとっさに隣の椅子に捕まったから、倒れるのを免れた。そして、陽子の言葉が耳に入ったが、杏奈は無視することにした。このところ、この女は何かとにつけて自分に嫌がらせをしていた。家に来た当初から「疫病神」だと言い、祖父が重い病気になったのは自分のせいだと責めてたうえ、ことあるごとに邪魔ばかりしてきた。エレベーターを使うのを禁じたり、屋敷の中をうろつかないように言いつけたり。何か物がなくなれば、真っ先に自分を疑ったりもした。こんな人と口論しても、気分が悪くなるだけだ。そう思って、杏奈は体勢を立て直すと、渉の隣へ歩いていった。「おじいさん、だしの効いたお味噌汁はどう?午後に私が作ったんだ。先生も、あっさりしたもんがいいって言ってたし」杏奈はそう言いながら、スープを運んできた。だしの効いたお味噌汁は優しい香りが漂ってきて、渉の食欲をそそった。彼は陽子には目もくれず、にこやかに杏奈を見た。「やっぱり杏奈は優しいな。俺が味噌汁が好きなのをちゃんと知っておる」そう言って渉は一口すすると、しきりにおいしいと褒めた。「おじいさん、お口に合ってよかったわ。またいつでも作るからね」杏奈の料理の腕は努力の賜物だ。この数年、竜也と浩の世話をしてきたが、二人はとても舌が肥えていた。だから彼女は、一流ホテルのシェフにしばらく料理を習ったのだ。ただ、今の杏奈の手は少し問題があって、あまり無理はできない。渉は彼女の手首の傷跡を見ると、笑いながら首を横に振った。「飲みたくなったら俺から言う。その時は使用人に頼めばいいさ。君の手は無理できないからな」そう言われて、杏奈は胸がじんと熱くなった。中川家で、自分の手の怪我を気にかけてくれる人がいるなんて渉くらいしかいないだろう。陽子はその様子をそばで見ていて、怒りで気が遠くなりそうだった。杏奈って本当、なかなかやり手じゃない。​渉にこびへつらうのがうまいもんだね。「杏奈、聞いているの?おじいさんをこんな席に座らせるなんてどういうつもり?」杏奈が何か言う前に、渉が沈んだ声で口を開いた。「この席に座ると言ったのは俺だ。上座は料理を取りにくいからな。あなたが座りたければ自分
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