All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 331 - Chapter 340

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第331話

「この状況で、まさか無事に帰れるなんて思ってないよな?」そして亮は顔つきを、急に険しくして続けた。「今日、もしこの契約書にサインしなければ、お前も、お前の可愛い彼女も、どっちも助からないぞ!」すると健吾はモニターに映る、嵐の中で震える杏奈を見つめ、思わず拳を握りしめた。もしあの契約書にサインすれば、橋本グループ全体が巻き添えになる。それが世間にバレたら、自分も両親もただじゃ済まないだろう。でもサインしなければ、自分だけは助かるかもしれない。だけど、杏奈はどうなるんだ?だだっ広いホールは静まり返っていた。そんな中、バークと亮の悪意に満ちた笑い声が、悪魔のように耳障りに響いていた。その頃、遠いN市にいる杏奈は、深い絶望の淵にいた。車を乗り間違えて、知らない悪い人たちにここに縛り付けられてしまった。おまけに、体には爆弾まで取り付けられているなんて、自分の命も、ここまでかもしれない。でも、死にたくない。仕事だってやっと軌道に乗り始めたところだし、自分の人生、これからなのに。それに、健吾が帰ってくるのを待たないと。彼が別れ際に言ったことに、まだ返事をしていない。冷たい風が吹きつける中、杏奈はお腹の爆弾に目をやった。タイマーは、残り10分と表示されている。手首は細いワイヤーで車椅子に縛り付けられている。ふと、指先が車椅子の操作ボタンに触れた。動く。彼女は車椅子を動かして、廃ビルの壁際へ移動し、少しでも冷たい風を避けようとした。一方、その頃。部屋にいる人たちは、みんな健吾に注目していた。だから、モニターから杏奈の姿が消えたことに誰も気づかなかった。すると、再びモニターに目をやった亮は、信じられないという顔をした。女はどこだ?さっきまでそこに縛り付けていたのに。ほんの一瞬で消えるなんて、ありえるか?しかし監視カメラは、さっきまで杏奈がいた場所を映しているだけ。そこにはもう、誰もいなかった。一方、健吾も亮の視線の変化に気づき、モニターの方へ顔を向けた。だが、健吾が見ようとした瞬間、モニターの電源は切られてしまった。亮はわざと何でもないふりをして、冷たく健吾を脅した。「見せるのはこのくらいで十分だろ。お前が契約書にサインしたら、お前の可愛い彼女はもちろん返してやるさ」そう言われ、健吾は少
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第332話

しかし10分後に煌びやかな建物は、大勢の地元警察に包囲された。一方、健吾は包囲網の外から、中の銃声を聞きながら硝煙を眺めているのだった。周辺にいた人たちは、とっくに避難させられていた。運転手が健吾に尋ねた。「社長、あの契約書は……」健吾は手に持っていたペンをくるくると回した。あれは亮が用意したペンだ。しかし、健吾がサインの時にすり替えたペンには、熱で消える特殊なインクが使われていた。今、銃撃戦の舞台となっているあの建物と同じように。ある一定の温度になると、書かれた文字は跡形もなく消え、二度と現れることはないのだ。「問題ない。探している物は引き続き探せ。石井は今回、もう逃げられないだろうから」運転手は頷いた。それから健吾は警察が優勢なのを確認すると車に乗り込んだ。もうここのことは彼には関係ない。そして、車に乗ると、健吾はすぐに父親の茂に電話をかけた。その頃、茂と妻の香織は病院にいた。杏奈が、空の診察を受けているところだった。「心配しないで、彼女はもう大丈夫だ」彼らがN市に来たのは、実は偶然だった。香織は友人に誘われてN市に来ていて、ついでに杏奈の様子を見に行こうと思ったのだ。しかし杏奈のアトリエに着いた途端、彼女がナンバープレートのない車に乗り込むのを見かけたから、怪しいと思って後をつけたのだった。幸いなことに、茂は若い頃に色々経験しており、爆弾処理の心得があった。杏奈の体に付けられた爆弾はとても簡易なものだった。犯人たちは、彼女を殺すつもりはなかったようだ。それで、廃墟の壁の裏で杏奈を見つけた時、彼女はまだ針金の拘束から必死に逃れようとしていた。一方、父親から杏奈が無事だと聞いても、健吾は完全に安心することはできなかった。今すぐにでもN市へ飛んで帰りたい気持ちだった。「そっちの件は、どうなった?」「おおむね順調だ」健吾は亮の件を父親に話した。茂はしばらく黙っていたが、やがて息子に言った。「石井が死んだことは、忘れずに澪ちゃんに伝えてやれよ」健吾の声が冷たくなった。「あなたたちが言えばいいだろ」「あの子の兄は君を守って死んだんだ。これは君が言うべきことだ」そう言われ、健吾は黙り込んだ。しばらくして、彼はやっと「わかった」と答えた。そして電
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第333話

克哉は心配そうに、そう言った。それを言われ杏奈は、耳が熱くなるのを感じた。なんだか、子供に言い聞かせるみたいだ。まさか真昼間から、大人が犯人にだまされるなんて、思ってもみなかった。その時、空が検査結果を持ってやってきた。「杏奈が無事でよかった。もし何かあったら、ただじゃおかないからな!」空はそう言って克哉を睨みつけた。克哉も自分が悪いと分かっていたので、何も言い返さなかった。杏奈は慌てて言った。「お兄さん、彼を責めないで。私が、あの人を信じちゃったから」「杏奈、こいつを庇うな。彼の迎えが遅れたから、付け込まれたんだろう?」「でも……」「もういい」空は薬局からもらってきた薬を机に置いた。「杏奈、君は手術したばかりなんだ。もっと気をつけないと。今回は大事に至らなくてよかったけど、万が一また傷ついたら一生残ることになるんだぞ」そう言われ、杏奈は手足を少し動かしてみたが、少し痛んだけど、どうやら大事には至らなかったようで、彼女もほっとして「わかったわ」と言った。それから、空は杏奈に風邪薬を手渡した。「念のため、風邪薬を飲んでおけ」杏奈は素直に薬を飲んだ。その頃、豪も駆けつけ、杏奈の様子を聞くと、すぐに茂と一緒に出ていった。香織はずっと杏奈のそばに座っていた。すると杏奈のスマホが鳴った。健吾からだ。それに気づいた空は、冷たい顔で視線をそらした。杏奈はとっさに香織の方を見た。「健吾からでしょ?早く出てあげて。あの子、すごく心配してたのよ」香織は期待に満ちた目で杏奈を見つめた。一方、空が口を挟んだ。「橋本さん、今日は妹を助けていただいてありがとうございます。少し外で話せませんか?」それを聞いて香織も、杏奈の兄たちは一筋縄ではいかないと感じた。それに、自分たち橋本家の人間が現れたことを快く思っていないようだ。彼女は眉を上げた。どうやら、息子はまだ義兄たちを味方にできていないらしい。「ええ、行きましょう」香織は立ち上がると、杏奈にそっと声をかけた。「健吾とゆっくり話して」そのからかうような口調に、杏奈は顔が熱くなった。こうして病室には、杏奈と克哉だけが残された。彼女は健吾からの電話に出た。電話口の健吾は、開口一番に謝った。「すまない、俺のせいで巻き込んでしまった
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第334話

克哉は杏奈に言った。橋本家はもともと敵が多いんだ。それに、今は健吾本人もいろんなところから狙われてる。だから彼は危険な男なんだ。こうして、橋本家の人たちが兄たちに呼ばれていなくなった隙に、克哉は一生懸命、杏奈を説得した。「君が結婚生活に終止符を打ったばかりで、恋愛なんて考える余裕がないのは、俺だってわかってる。だから、彼のことはもう選択肢から外せばいい。考える必要なんてないんだ」しかし、杏奈は黙って克哉を見ていた。彼女の漆黒の瞳は落ち着いていて、克哉がこれだけ熱心に話しても、彼女が聞き入れたかどうか分からないようだった。こうして話し終えた克哉は、杏奈の返事を待っていた。すると杏奈は、不意に彼に尋ねた。「お兄さん、あなたは、あの白石さんとはどうなったの?」恋愛リアリティ番組が始まってから、克哉は番組の中で、何かと汐梨に近づこうとしていた。それで、もともと汐梨が克哉を誘惑してるって騒いでいたファンの大半は、もう黙ってしまった。かつてはあれほど彼女が克哉に媚びを売ってると散々叩いていたのに。例えば、【図々しく鈴木さんに近寄ってくるな】とかね。でも、いざ番組を見てみたら、汐梨にしつこく言い寄っているのは自分たちが応援する克哉の方だった。しかも、そのデレデレした顔が、なんとも情けなくて。他にも、【どうせヤラセでしょ。鈴木さんが白石みたいな女を相手にするわけない】とか。でも実際は、ゲームで克哉が足を引っ張る中、汐梨が賢さを発揮して彼をリードし、次々と拍手を獲得しているのだった。……すると、ファンたちは汐梨を叩きながらも、なぜか二人がお似合いだと感じ始めていた。そのせいで、自分はどうかしてしまったのかと思うファンも現れるようになったのだ。一方、克哉は杏奈にそう聞かれ、急に何かを思い出したかのように、頬を赤らめた。「まあ……ぼちぼちだ」「ぼちぼちってどういうこと?」汐梨の名前が出ると、克哉の思考もそっちへ飛んでしまった。彼は杏奈を説得していたこともそっちのけで、彼女の質問に素直に答えていた。「最近、汐梨さんが前ほど俺を避けてないんだ。これは大きな進歩だと思う。このまま頑張れば、絶対に彼女を射止められるはずだ!」こうして汐梨のことを話すとき、克哉の目はハートになっていた。まるで、もう汐
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第335話

「それに、あなたって恋愛リアリティ番組での振る舞いがイマイチだったじゃない。ちょっとドジに見えたし、白石さんみたいな賢い人は、そういうタイプを好きにならないかもよ。ちょっと前にも別のタレントさんと噂になってたし。あなたって昔は『スキャンダルがなく、私生活も真面目』ってキャラだったのに。白石さんからしたら、他に好きな人がいるのにリアリティ番組に出るなんて、浮気者だって思われてるかも……」杏奈がそう言うたびに、克哉の表情はどんどん暗くなっていった。特に、最近のスキャンダルの話になった時、克哉は明らかに焦っていた。「あのスキャンダルは、そもそも……」杏奈が起こしたひき逃げ事件のネットニュースを揉み消すためだった。しかし、妹の不思議そうな顔を見て、克哉は結局口をつぐんだ。まあいいか。杏奈に余計なプレッシャーはかけさせたくないしな。「何のため?」杏奈は尋ねた。克哉は、マネージャーのせいにすることにした。「石田さんの顔を立てるためだよ!」「でも私が知る限り、そのタレントさんって新人女優でしょ?あなたはもう大物俳優なのに、石田さんがそんなに有名じゃない新人のために、あなたをバーターにするなんてことある?」克哉は言った。「その子はうちの事務所の子なんだよ」杏奈は納得した。有名なタレントが、無名なタレントを引っ張ってあげる。芸能界ではよくある手口だ。克哉は杏奈を見た。「君がこんな話をするのは、ただ俺に仕返しをしたいだけじゃないだろうな?汐梨さんを諦めさせたいのか?」杏奈は素直にうなずいた。「冗談じゃない!」克哉は考えるまでもなく断った。杏奈は続けた。「じゃあ、もし豪さんが同じことを言ったらどうする?」豪は鈴木家の家長のような存在で、三人の弟たちはほとんど彼の言葉に逆らえなかった。「それでも無理だ!俺が好きになった人のことを、どうして他人に指図されなきゃいけないんだ?俺は高嶺の花だろうと、アタックしに行くって決めたんだ!文句あるか?」それを聞いて、杏奈はベッドに寄りかかって克哉を見ていたが、何も言わなかった。しばらくして、克哉がようやく手を振った。「わかった、わかったよ。君の恋愛に、俺はもう口出ししない。さっきの言葉は忘れてくれ!」克哉は馬鹿ではない。杏奈がここまで言うのは、
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第336話

橋本家の関係者?健吾から、ご親戚に天才デザイナーがいるなんて聞いたことなかったけど?そう思っていると、香織はにこやかに笑って、彼女を見た。「そのうち会うことになるわ」そう言われ、杏奈はそれ以上聞かなかった。今日は車椅子を使わなかった。少し歩くのは傷の回復に良いらしいけど、長く立ちっぱなしは良くない。だから、二人でしばらく見て回った後、香織は杏奈を近くの椅子に座らせた。「杏奈さん、ここで少し休んでいて。知り合いを見かけたから、挨拶してすぐ戻ってくるわね」「はい」それから、香織はその場を離れた。一方、残された杏奈は足首をさすりながら、展示台にあるティアラに目を向けた。正直なところ、あのティアラよりも、その隣にあるジュエリーセットの方が彼女は気に入っていた。丸くて艶のある真珠が複雑に編み込まれた髪飾りセット。洋風のロマンと、伝統の繊細な美意識を組み合わせたデザインは、とても独創的に見えた。するとカツ、カツ、とハイヒールの音が聞こえ、ふと見ると、背の高い綺麗な女性が展示台の前に立っていた。彼女はカメラを取り出して、ティアラの写真を何枚か撮った。その直後、女性は少し離れたところにいる香織のところへ歩いて行った。挨拶を交わすと、香織はとても嬉しそうにその女性を抱きしめた。「澪ちゃん、いつ帰ってきたの?戻ってくるなら、どうして一言も連絡をくれなかったのよ」「コンテストが終わったから、早めに帰国しました。昨日、健吾さんから話があるって連絡がありました」そう言って澪は人懐っこい笑顔を見せた。そして、そこまで言うと澪の頬がほんのり赤く染まった。健吾の方から連絡が来るなんて。彼女はすごく興奮して、すぐに飛行機のチケットを取って帰ってきたのだ。香織は澪のそんな様子を見て、痛ましげに目をそらした。「澪ちゃん、こっちへ来て。紹介したい人がいるの」そう言って香織は澪の手を引いて、杏奈の前に連れて行った。すると、杏奈も立ち上がった。香織は杏奈の手を取り、澪に紹介した。「澪ちゃん、こちらが鈴木杏奈さんよ」そして、からかうように付け加えた。「もしかしたら、もうすぐあなたの義理の姉になる人かもしれないわ」それを聞いて澪の表情がさっと変わった。口元の笑みは固まり、やがて唇は真一文字に引き結ばれた。
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第337話

もし澪が自分のことを好きじゃないとしても、それは相性の問題よね。一方、澪は帰国したばかりで、香織を食事に誘った。香織は彼女を可愛がっていたので、二つ返事で了承した。すると、澪は杏奈に視線を向けた。「鈴木さんもご一緒にどうですか?」杏奈の意向を尋ねる形ではあったけれど、その口調にはどこか冷たさがあった。まるで、空気を読んで断りなさいと言っているかのようだった。杏奈も、邪険に扱われているのに自分から近づいていくようなことはしたくなかったので、彼女は笑顔で首を横に振った。「私は遠慮しておきます。お二人で行ってきてください」しかし、「そんなのだめよ!」それを聞いて、香織がまず反対した。「私が誘ったのに、あなただけ置いていくわけにはいかないでしょ。三人で食事に行こうよ、女の子同士で」だが、杏奈は首を横に振った。「大丈夫です、おばさん。私も少し疲れましたし、帰って休みたいので、後でタクシーで帰りますから、お二人でどうぞ」香織は彼女の手足の怪我を思い出し、無理強いはできないと悟った。「それなら、うちの運転手に送らせるわ。あなた一人でタクシーに乗せるのは心配だから」杏奈は少し考えてから、その申し出を受け入れることにした。こうして彼女は橋本家の運転手の車に乗り、鈴木家へと向かった。この人は、本物の橋本家の運転手だ。そして、杏奈はまた健吾が橋本家の運転手だと偽って、長いこと自分を騙していたことを思うと、なんだかおかしくなってきた。たしかに、もし健吾が最初から正体を明かしていたら、自分は彼の助けを受け入れなかったかもしれない。助け、ね。杏奈はそこで改めて健吾が求めていた答えについて考えた。彼に対するこの気持ちは、感謝なのだろうか。それとも、ただ依存しているだけなのだろうか。……一方、レストラン。香織と澪は向かい合って座っていた。香織はずっと澪の様子をうかがっていた。先ほどの展示会で、澪が杏奈に見せた敵意には、彼女も気づいていた。澪がずっと自分の息子を想っていることは知っていた。でも、人の気持ちは無理強いできるものではない。息子が長年想い続けている女性は杏奈であって、澪ではなかったから。しかも、健吾は一度決めたら曲げない一途な性格だ。一人の人を好きになったら、簡単には心変わり
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第338話

香織から厳しく言われて、澪はうつむいたまま、何も言い返せなかった。それを見て、香織は表情を和らげると、澪の手を愛おしそうに握った。「澪ちゃん、あなたがそんなつもりじゃないのは分かってるわ。でもね、いつまでも健吾のことばかり見てちゃだめよ。いい男は世の中にたくさんいるんだから。うちの籍に入ったら、私がちゃんとした人を探してあげる。いいわね?」いいわけないじゃない。いい男なんてたくさんいるかもしれない。でも、健吾みたいな人は、他にどこにもいないんだから。ずっと昔から、健吾のことが好きだった。容姿も家柄も良くて、誰にも縛られない自由な人だけど、自分なりの正義感や価値観をしっかり持っている。澪にとって、自分の結婚する相手は健吾しか考えられなかった。でも、今ここで香織と揉めるわけにはいかないのだ。そう思って彼女は、なんとか愛想笑いをして言った。「分かりました、おばさん。でも、籍のことは、やっぱりこのままにしておきたいんです。兄との最後の絆まで、断ちたくはないですから」それを聞いて香織も、澪に実家との縁を切るように強制はできないと悟った。彼女からしてみれば、澪が気持ちの整理をつけてくれれば、それで十分だった。「大丈夫よ。籍を移さなくても、あなたはこれから先も、私たち橋本家のかけがえのない娘よ」そう言われ澪は、素直にうなずいた。一方、彼女が吹っ切れたのだと思い、香織は心から安堵した。澪と健吾が兄妹として仲良くやってくれれば、それで安心だった。「そう、おばさん。橋本グループのN市支社でデザイナーを募集してるって聞きました。私、応募してもいいでしょうか?」「もちろんだわ!うちの会社で働くのに、ためらうことなんてないじゃない。しかも、あなたは賞をとったばかりで、今いちばん注目されてるデザイナーなんだから。あなたが入ってくれれば、会社にとっても鬼に金棒よ」それを聞いて、澪は微笑んで言った。「じゃあ、今夜にでも履歴書を送ってみます」「履歴書なんて送らなくていいのよ。私がおじさんに話を通しておくから。すぐに手配させるわ」「ありがとうございます、おばさん」澪はその申し出を断らなかった。健吾がN市の支社を取り仕切るという話は、ずっと前から聞いていた。だから、この機会に橋本グループに入って、彼の隣に立つ資格
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第339話

彼は杏奈が座る椅子の両側に手をつき、体をぐっと近づけてきたから、杏奈は思わずのけぞると、背中は、椅子の背もたれにぴったりとくっついた。すると、二人の顔の距離がぐっと縮まるにつれ、健吾からふわりと香る、爽やかな匂いが鼻をかすめたのだった。そう感じて、杏奈の頬が、ぽっと赤く染まった。片や健吾はお構いなしに、じっと彼女の顔色をうかがった。そして包帯が巻かれた手首を掴んで傷の具合を確かめると、今度は杏奈の額にそっと手を当てた。その一連の仕草に、杏奈は反応する暇もなかった。それから健吾はぱっと手を離すと、にこやかに言った。「自分の体はちゃんと面倒を見られてるみたいだね」そう言われ、杏奈は、燃え上がるほど頬を赤らめた。彼女は慌てて健吾を押し返して言った。「ちょっと、離れてよ!」しかし健吾はぐっと杏奈の手首を掴むと、離れるどころか、さらに顔を近づけてきた。こうして、二人の距離は互いの息がかかるほど近づいたのだ。その瞬間、杏奈は緊張で頭が真っ白になった。「久しぶりなのにさ。あなたは俺に会いたくなかったのか?」すると、「ライン、してたじゃない?」彼の問いをはぐらかすように、彼女はか細い声で答えた。だが、健吾は、その答えに満足しなかった。彼は単刀直入に切り出した。「戻ってきたら、答えを聞かせてくれるって約束したよね。もう決まった?」そう言われ、杏奈の指先が微かに震えた。そしてその冷たい指先は、すぐに健吾の大きな手に包み込まれた。こうした健吾の強引なアプローチに、杏奈はたじたじになるしかなかった。「私……」実のところ、まだ気持ちの整理がついていなかったのだ。でも、健吾のことは、決して嫌いではなかった。健吾も急かすことはせず、辛抱強く自分の答えを待っているのを見て、杏奈の胸は、いつもよりずっと高鳴ったのだ。彼女は少し顔を上げて、この世のものとは思えないほど美しい健吾の顔を見つめて思った。正直、この顔を見ているだけで、心が奪われてしまいそうだ。それから杏奈は唇を開いた。「お試しでなら……もし、やっぱり合わないってなったら、その時は……」しかし、杏奈が言い終わる前に、健吾は唇を、彼女の言葉をすべて塞ぐように重ねたのだった。すると杏奈は驚きに目を見開き、その場で固まってしまったのだ。幸い、
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第340話

こうして、杏奈は健吾に抱き上げられたまま、車に乗せられてしまった。一方睦月と芹香は、ニヤニヤしながら彼女を見ていた。二人して、遠くから冗談めかしたように投げキッスをしてきたのだ。杏奈は恥ずかしさと気まずさで、自分を抱きかかえているこの元凶を、本気で殴りたくなった。そして車に乗ると、杏奈は真剣な顔つきで健吾のほうを向いた。「もう人前で、あんなことしないでよね!」「どんなことだ?」健吾はとぼけたように言った。「あなたを抱っこして下ろしただけじゃないか。足、怪我してるんだろ?」「足の怪我なんて、もうちょっと歩くくらい治っているのに!」杏奈はそう言ったものの、全く悪びれない健吾の顔を見て、これ以上言っても無駄な気がしてきた。すると彼女は諦めたかのように言った。「あの子たち、もともとあなたとの仲をいつもからかってくるのに。これじゃあ、格好のネタを提供してるようなものじゃない?」それを聞いて健吾は漆黒の瞳でじっと見つめると、センターコンソール越しに杏奈へと顔を近づけた。それには杏奈は思わず身構えて、少し体を引いた。「な、何するの?」すると、健吾は腕を伸ばして杏奈のシートベルトを締めて、そのまま大きな手で彼女の後頭部を押さえて引き寄せ、彼女の唇の端にキスを落とした。それから彼は言った。「忘れたのか?俺たちはもう付き合ってるんだ。あなたは俺の彼女なんだから、それでどうからかわれようと、それはもうただの事実なんだからな」杏奈ははっとした。確かにその通りだ。二人はもう付き合っているんだから、たとえ噂されたって、もはや浮ついた話ではないのだ。でも、このまま健吾に言い負かされるのはしゃくだった。杏奈は彼を押し返して、運転席に戻るように促した。「なんでそうやって、すぐにキスしてくるの?」杏奈がふと見せた恥じらいに、健吾は胸が熱くなった。そして、さらに嬉しそうに笑みを深めた。彼は、長年抑えてきた想いをぶつけるかのように、杏奈の手をぎゅっと握った。「分かってくれよ。俺はずっと、この日を待ち望んでたんだから」そう言われ、杏奈の顔が少し赤くなった。健吾のことを強引だとは思っていたけど、こんなにストレートな人だとは思わなかった。それから健吾は、彼女を趣のあるレストランへ連れて行った。そこは、京市にある翠
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