All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 411 - Chapter 420

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第411話

すると、真奈美は浩の手を引くと、にこやかに杏奈に視線を向けた。「浩くんはね、今日N市に来たばかりなのよ。せっかくだから、本当の母親であるあなたに会わせてあげようと思ったんだけど。でも、もうその必要はなさそうね」杏奈は、その言葉にうなずいた。「ええ、もう来なくていいわ。もともとこっちだって来て欲しいと思ってないから」そう言われ、真奈美は杏奈の言葉に、ぐっと詰まった。一瞬体がこわばり、すぐに悔しげに杏奈を睨みつけた。しかし、杏奈はまったく動じなかった。その様子はまるで、どうでもいい相手と話しているかのようだった。今の杏奈は、もう昔とは違う。以前のおどおどした態度はすっかり消えて、自信に満ちている。血色もよく、服装だっておしゃれになった。なるほど、うしろ盾ができたから、あんなに強気なのね。真奈美は杏奈の前に立つと、その瞳を見つめて言った。「橋本社長に取り入ったからって、もう安泰だとでも思ってるの?それとも、橋本グループがずっと安泰でいられると本気で信じてるわけ?」だが杏奈は、ただ冷ややかに彼女を見つめるだけで、何も言わなかった。すると、真奈美は皮肉を込めて言った。「今の幸せを、せいぜい噛みしめておけばいいのよ。どうせ長くは続かないんだから」そう言い残すと、真奈美は浩を連れて店を出て行った。去り際に、浩は思わず振り返った。そして杏奈と、そばにいた女の子に視線を送った。そして心に残っていたわずかな名残惜しさも、すぐに怒りにかき消され、彼は結局、真奈美の後について行った。こうしてケーキ屋に、また静けさが戻ってきた。そばにいた乃々香は、杏奈の手をゆさぶった。「あの子、ほんとにお姉ちゃんの息子なの?」乃々香に呼ばれて、杏奈ははっと我に返った。彼女は乃々香に多くは語らなかった。「今はもう違うの。さ、ケーキ食べよっか」そう言って杏奈は、もう一度席についた。でも、頭の中では真奈美が最後に言った言葉がずっと響いていた。どうして彼女は、まず橋本グループの名前を出したんだろう。そのあとに、今の幸せを噛みしめろなんて言ってきた。まさか、健吾の身に何か起きるっていうの?そう思った瞬間、杏奈はぶんぶんと首を振った。そして、その怖い考えを頭から追い出した。真奈美ひとりの力で、橋本グループをどうこうできる
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第412話

杏奈は、真奈美が健吾の脅威にならないと分かっていた。でも念のため、彼に会ったときに、真奈美から言われたことを伝えておいた。「真奈美に、あなたをどうこうする力はないと思う。でも、彼女は何を考えているか分からないから、最近は人と会うとき、ちょっと気をつけてね」その時健吾と杏奈は、手を繋いで街を歩いていた。杏奈の言葉を聞くと、健吾は彼女をからかうような目つきで見た。「そんなに俺のことが心配なのか?」杏奈はもう、健吾のときおり繰り出す甘ったるい言葉にだんだん免疫ができてきた。だから、彼女は健吾の腕を軽く叩いて言った。「真面目に聞いてよ」健吾は繋いでいた手を離すと、代わりに杏奈の肩をぐっと抱き寄せた。そして顔を彼女の耳元に近づけ、そっと囁いた。「心配するな。俺のライバルたちは、そんなくだらない手は使わないよ」杏奈は彼に尋ねた。「じゃあ、手強い相手はたくさんいるの?」彼女はそう言って、目を丸くして健吾を見つめた。すると健吾は、さらに目を細めて笑った。「多くはないさ。今は父が会社の経営を見てるから、厄介な相手はだいたい父に任せてる」その答えには杏奈も、ただ微笑むしかなかった。今日、N市の博覧会でファッションショーが開催されることになっていた。健吾がチケットを2枚手に入れて、杏奈と一緒に行く予定だった。二人は会場の入り口に着いたが、まだ時間に余裕があったので、あたりを散策することにした。その会場の裏手には、山に囲まれた公園があって、杏奈がまだ本調子ではないことを考え、健吾はあまり遠くまで歩かないようにした。そして今日はいいお天気で、空は澄み渡っていて、日差しも穏やかだった。そこで、健吾は彼女に尋ねた。「疲れたか?」杏奈は首を横に振った。「大丈夫」そう答える彼女の額にうっすらと汗がにじんでいるのを見て、健吾はすっと階段を一段降り、少し腰をかがめた。「ほら、乗って。おんぶしてやる」「ううん、大丈夫。本当に疲れてないから」下までもうすぐだし、杏奈はまだ歩けると思った。「無理するな。まだ本調子じゃないんだろ」しかし周りに人がちらほらいるのが見えて、杏奈は恥ずかしくなった。彼女は一歩前に出て、健吾の手を引いた。「本当に平気だから、行こう」すると、健吾は軽く舌打ちをすると、い
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第413話

「俺を、そこらへんの役立たずで浅はかな男たちと一緒にするわけ?」杏奈は顔を傾けて健吾を見た。その瞳には、一瞬、驚きの色が浮かんだ。彼が怒っていたのは、そのことだったの?杏奈は健吾の肩に顔をうずめ、くぐもった声で言った。「そんなこと、言ってないわ」「あなたが痩せていようが太っていようが、俺の気持ちは変わらない。ただ、健康でいてくれればいいと思っただけだ」と健吾は言った。杏奈は、昔、浩を産んだ後のことを思い出した。あの時は竜也に嫌われたくなくて、必死にダイエットしたこともあったのだ。今思い返すと、胸が締め付けられるようだった。彼女は健吾を抱きしめる腕に力を込めて言った。「あなたって本当に優しいのね」それは、心からの言葉だった。……それからアトリエで1ヶ月間、休む間もなく働き続けた結果。橋本グループの社員服の注文は、無事に完了した。橋本グループから残金が振り込まれると、杏奈は太っ腹にも、社員全員にボーナスを出した。彼女は打ち上げの食事会を計画していた。すると、健吾と蒼真が突然やってきた。「今日は俺のおごりだ。アトリエ・シリンと蒼真の工場のスタッフも、みんなで食事に行こう」健吾が気前よくそう言った。それにはみんなも大喜びだった。蒼真の工場の全員が来たわけではない。手が空いていた数人が来ていたが、彼らはみな蒼真の大学の同級生だった。杏奈はサンプルを渡した後に工場を視察していたので、今日来た人たちのこともよく知っていた。彼らはみな同じ大学の出身で、健吾とも親しい間柄だった。そして、レストランに着くやいなや、彼らは健吾と杏奈をからかい始めた。「健吾は昔から女に興味がない堅物で有名だったからな。大学でも目立つ存在だったのに、恋愛沙汰は一切なし。一体誰がこの男を落とすんだって、俺たちみんなで噂してたんだよ。それが君のことを聞いて、ようやく納得したね。こいつは、とんでもなく理想が高かったってことか」蒼真の隣に座る藤本悠翔(ふじもと はると)という男が、面白がってそう言った。彼も健吾の大学のルームメイトだった。すると、健吾は悠翔を軽く蹴る真似をした。「堅物って言うな!」「なんだよ、昔は禁欲してたんじゃないのか」それを聞いて健吾は、もう一度蹴る真似をした。それで場の空気は、一気に和や
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第414話

健吾の声は低くて、すごく魅力的だった。杏奈に話しかけるとき、その口調には隠しきれない優しさがこもっていた。杏奈も、健吾の言うことはもっともだと思った。こうして彼の優しい声を聞いているうちに、彼女も心の中に湧いたイライラが少しずつおさまっていくのを感じた。杏奈が黙って落ち着いたのを見て、健吾は席に案内した。会場は、それほど大きくはなかった。会場のセットや衣装、どれをとっても、杏奈がこれまで見てきたショーより小規模だった。でも、杏奈はそこで思いがけない人物を見つけた。翼だ。翼が健吾の隣に座ったのを見て、杏奈は思わずたずねた。「このショーは、金田社長が主催されたんですか?」杏奈は、信じられないという顔で聞いた。翼はうなずいた。「まあ、少しだけ関わってるよ」杏奈は、翼の性格ならこんな小さなショーに関わるはずがないのに、と思った。それに、いつN市に来てたんだろう?杏奈が尋ねると、翼は2週間後のデザインコンテストのために来たと教えてくれた。それでようやく合点がいった。その2週間後のコンテストは、金田服飾が主催の一つだったのだ。一方、自分を挟んで二人が話し始めたのを見て、健吾は少し不機嫌になった。彼はすっと背筋を伸ばして、杏奈が翼を見るのをさえぎった。「こいつと話し込むことなんてないだろ?それに、コンテストの前は主催者と距離を置いたほうがいいからな」健吾の言うことにも一理あると思い、杏奈は翼と話すのをやめた。翼はそれが気に入らなかった。「健吾さん、どういうつもりだよ?あなたをこのショーに入れてやったのは俺なのに。前の取引先と少し話したっていいだろ?」杏奈は自分のアトリエを開いてから、時々翼から仕事をもらっていた。大きな仕事ではないけど、彼女のアトリエにとっては十分すぎる報酬だった。しかし、健吾は翼に目を向けることなく言った。「お前がいなくても、俺は入れた」まさに用が済んだらポイ捨て、という態度だ。それを聞いて、翼は健吾と話す気をなくし、また身を乗り出して杏奈の方を見た。「鈴木さんも今度のデザインコンテストに出るんだって?デザイン画はもう提出したのかい?」しかし、杏奈は言った。「金田社長、やっぱりあらぬ誤解を招かないように、距離を置いたほうがいいと思います」杏奈は、コ
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第415話

それを聞いて健吾はこらえきれず、声を出して笑った。そして彼は杏奈の顔を覗き込んだ。彼女に特に変わった様子はないのを確認すると、そっと話題を変えようと思った。ところが、健吾が口を開こうとした瞬間、杏奈が先に口を開いた。「昔、金田社長に無理を言って、私を雇わせたの?」そう言って杏奈は顔を上げて健吾を見た。いつもどおり澄みきった瞳からは、何の感情も読み取れなかった。すると、健吾は探るように口を開いた。「無理強いってわけでもないよ」「じゃあ、あの時の面接はただの形式で、金田社長に芝居をさせて、私に才能があるって思わせたの?」それを聞いて健吾は思わずヒヤッとして、慌てて説明した。「彼には、あなたを絶対に採用するようにって頼んだ。それと、あなたのプライドを傷つけないようにもね。でも、面接の時にあいつがあなたの才能を見出したのは本当なんだ」しかし杏奈は、健吾の言葉を聞き入れていなかったようだった。彼女は、あることを思い出していたから。「前に京市であったデザイナーのコンテストもそう。私が一位になって、橋本グループから賞金をもらったけど、あれもあなたの差し金?」「違う!」健吾は思わず背筋を伸ばした。「あなたの順位は審査員が決めたもので、俺は全く関与してない。ただ、特別ボーナスを追加しただけだ」これをはっきりさせておかないと、杏奈の性格では、後で蒸し返されるに違いない。「ほんと?」そう言って杏奈は健吾の顔にぐっと近づくと、疑うように目を細めて彼を見つめた。そして彼女が瞬きするたびに、細められた潤んだ瞳が一層きらめいたように見えて、健吾はごくりと喉を鳴らして言った。「もちろん、本当だ」彼は少し緊張しているようだった。健吾のこんな姿を見るのは珍しくて、杏奈はなんだかおかしくなった。「もしあのボーナスが私のために追加されたものなら、返した方がいいかしら?」健吾の表情が少し硬くなった。だが、ふと見た杏奈の瞳にいたずらっぽい光が宿っているのに気づき、思わず呆れて笑ってしまった。彼は杏奈の腰を抱き寄せると、その柔らかい肌を指先でなぞった。「もちろん返してもらうよ。でも、別の方法でね」杏奈はきょとんとした。まさか本当に返すなんて言われるとは。だが、彼女が反応する前に、健吾は身をかがめて彼女の唇を塞
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第416話

その晩、健吾があんなふうに騒いでくれたおかげで、杏奈の気持ちは少し楽になっていた。帰ったあと、自分のデザイン画をもう一度見直し、問題ないと判断してコンテストの応募先にメールで送信した。それを終えると、すぐにベッドに入った。次の日の朝早く、杏奈は注文しておいた布を持ってアトリエに行き、パターン室で早速作業を始めた。彼女の手首はまだ長時間の作業に耐えられないでいたから、この2週間は毎日少しずつしか進められなかったが、その分とても丁寧に作ることができた。お昼ご飯の時間になると、睦月が杏奈のところにやって来た。杏奈はご飯に誘われたんだと思って、手を止めて片付けを始めた。「行きましょう」「ううん、あなたに会いに来た人がいるんです」杏奈は不思議に思った。お昼のこんな忙しい時間に、誰が訪ねてくるんだろう?睦月が横にずれると、彼女の後ろから小さな姿が現れた。浩だった。その瞬間、大げさではなく、杏奈はお昼ご飯を食べる気が一気になくなってしまった。そして、目を向けると浩が着ているベストはしわくちゃで、柔らかい黒髪もパサついたように見えて、どうやら、ここ何日か、ちゃんとしてもらっていないようだった。もともと丸くてぷくぷくしていた顔も、たった1ヶ月でげっそりと痩せ細ってしまっていたのだから、あまり良い暮らしをしていないのが、見て取れた。「ママ」浩は小さな声で杏奈を呼んだ。そのか細い声は泣きそうで、まるですごく悲しいことがあったみたいだった。だが、杏奈は、彼の弱々しい姿を見ても表情一つ変えず、静かに見つめていた。たとえ、心の中で不憫に思っても、それを表には出さなかった。「私はあなたのママじゃない」杏奈の言葉を聞くと、浩の目はみるみるうちに赤くなり、涙が溢れそうになった。「あなたは僕のママだよ!ママじゃないなんて言わないで!」そう言って、浩は興奮した様子で、杏奈に駆け寄って抱きついた。半年ぶりに会う浩は、少し背が伸びていた。以前はまだ杏奈の腰にも届かなかったのに、今では彼女に抱きつくと、お腹のあたりに顔をうずめることができるくらいになっていた。そして、いきおいよくぶつかられ、杏奈はよろけて倒れそうになった。幸い、後ろにあったテーブルに支えられてなんとか持ちこたえた。杏奈は浩の腕を掴み、力
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第417話

すると電話の向こうは少し黙ってから、嬉しそうな声で言った。「杏奈か?」「ママ、僕帰りたくない!」その傍らで浩が言った。だが、杏奈は全く取り合わなかった。「それか、そっちの住所を教えて。私が彼を送っていくから」「浩を送ってきてくれるのか?」「タクシーを呼んであげるだけよ」それを言われ電話の向こうはまた黙り込んだ。それから、竜也の明らかにがっかりした声が聞こえてきた。「やっぱり、俺が迎えに行くよ」「早くして」そして、杏奈は苛立ちまぎれに電話を切り、スマホを浩に返した。浩はスマホを受け取らず、涙をいっぱいためて杏奈を見上げた。「ママ、本当に僕のこと、いらないの?」杏奈は冷たく言った。「あなたが先にママをいらないって言ったのよ。これは全部、あなた自身が選んだんじゃない」杏奈はスマホを浩の手に押し付けると、オフィスを出ていった。その間、睦月は一言も口を挟まなかった。オフィスを出た途端、杏奈に健吾から電話がかかってきた。「下りてきて。ご飯、連れてってあげるから」健吾の声を聞くと、杏奈の声は明らかにやわらかくなった。でも、後ろにくっついてきている息子のことを思い出して、少し困った顔になった。睦月はその様子を見て、浩の肩をポンと叩き、杏奈に言った。「デートに行ってきてくださいよ。この子は私に任せて、そのうち彼のお父さんが来たら、ちゃんとお渡ししますから」しかし、浩は睦月の手を振り払い、彼女から遠く離れた。一方、杏奈は感謝するように睦月を見た。「ありがとうございます、睦月さん!」睦月に礼を言うと、杏奈は階下へ向かった。浩が杏奈を追いかけようとすると、睦月に襟首を掴まれた。「どこ行くの?」「あなたになんか見てもらわなくていい!僕はママのところに行くんだ!」睦月は鼻で笑った。「昔、他の人と一緒になってママをいじめてたくせに、よく言うわ。困った時だけママに泣きつくなんて、あなたって本当にずる賢いわね」彼女に皮肉を言われ、浩は顔を赤らめた。それでも彼は意地を張って言い返した。「ママなんだから!僕が間違ったことをしても、許してくれるのは当然だ!」それを聞いて睦月は呆れたようにため息をついた。彼女はこんな子を産んだのが、杏奈の人生最大の失敗だと感じたから。「あなたは彼女をママな
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第418話

それから竜也が浩を迎えに来たが、そこに杏奈の姿はなかった。彼は眉間にしわを寄せ、「ママはどうした?」と聞いた。浩はうつむき、へこみ気味に答えた。「彼氏とご飯を食べに行っちゃった」「彼氏」という言葉を不意に聞いて、竜也の心に怒りの火が燃え上がった。彼はイライラしながら浩を睨みつけた。「彼氏だと?」そう言って竜也の疲れた顔が怒りに染まった。「なんだ?今度はまた新しいパパが欲しいのか?」彼は明らかに、浩を八つ当たりの対象にしていた。しかし、浩は父親が怖かった。こんな風に怒鳴られて、彼は首をすくめてすぐに目に涙をためるしかなかった。「そんなことない!」浩は意地になって言い返した。竜也は今度は別のことで彼を問い詰め始めた。「誰が一人で出てきていいと言った?一人で出かけちゃだめだと教えたはずだろ?」「パパは忙しいし、真奈美おばさんはいじめてくるし、ホテルにいたくなかったんだ!」「ホテルにいたくないなら、京市に帰れ!」そう言って、竜也は真奈美が浩をいじめていることには、一言も触れようとしなかった。それを聞いて、浩は目を赤くして泣き出した。「パパなんて大っ嫌いだ!もう二度と帰らないから!」そう言うと、浩は外へ駆け出した。それを見て竜也も激怒してしまい、後を追いかけた。一方、睦月はこの光景を見て、嘲るような表情を浮かべたが、何も言わなかった。芹香は杏奈のことをあまり知らなかった。浩が杏奈を「ママ」と呼ぶのを見て、彼女は信じられないといった様子で睦月のそばに寄った。「睦月さん、あの子本当に杏奈さんの子供ですか?あの男の人は元夫ですか?」そう聞かれ睦月は逆に芹香に聞き返した。「あのろくでなし親子のこと、本気で知りたい?」芹香は興味はあったが、陰で杏奈のことを話したくはなかったので、肩をすくめた。「どっちもろくでなしなら、知る必要もないですね」それを聞いて、睦月は笑いながら、午後の仕事もたくさんあるから早く昼休みに入るようにと促した。こうして二人は自分のデスクに戻り、昼休みに入った。一方、健吾が杏奈を連れて行ったのは、老舗のレストランだった。今回は高級店ではなく、N市の地元ならではの味が楽しめる店だ。健吾は個室ではなく、フロアの席を適当に予約したのだ。杏奈は、この感じがとても気に
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第419話

今回の主役は、汐梨という女優だった。真奈美はもちろん、納得がいかなかった。汐梨なんて、芸能界では全くの無名だ。この前も散々ネットで叩かれていたし、恋愛リアリティー番組で俳優の克哉とのゴシップを流して、ようやく少し注目された程度の存在だった。しかも、その注目のほとんどが悪い噂ばかりだ。そんな彼女が、どうして主役に選ばれるわけ?その知らせを聞いた日の夜、真奈美はさっそく竜也の腕に絡みつき、自分が主役になれるよう、甘い声でねだった。「竜也さん、私が本気で芸能界を目指してること、知ってるでしょ?私、昔はトップダンサーだったのに、女優になって初めての仕事が助演女優なんて……今後のキャリアに響くわ。私には助演女優くらいがお似合いなんだって、周りに思われちゃうじゃない」これまでなら、真奈美がこうしておねだりすれば、竜也は彼女のキャリアのために、きっと力を貸してくれたはずだ。でも最近の竜也は、会社の仕事に加えて浩の件でも頭を悩ませていて、てんてこ舞いだった。だから今は、真奈美の相手をする気力さえなかった。すると、彼はうんざりした顔で言った。「監督には監督の考えがある。俺が口を出してどうにかなる問題じゃない」このドラマの監督は、たしかに一筋縄ではいかない人物だった。スポンサーが撮影に口出ししようものなら、出資を取りやめさせることさえあるらしい。そんなことは真奈美も知っている。でも、それでも諦めきれなかったのだ。彼女は竜也にまとわりつき、もっともらしい理屈を並べ立てた。そして最後にこう付け加えた。「竜也さん、もう一つ相談があるの。私が芸能界でやっていく上で、結婚は足かせになるかもしれない。だから、結婚するのは少し待ってくれないかな?」その言葉に、竜也の眉間のしわが少し和らいだ。彼は真奈美に視線を落としたが、何も言わなかった。それを見て、真奈美は竜也が怒っているのかと思い、何か言おうとした時、彼は、「いいだろう」と答えた。それはあまりにあっけない返事だった。そして、真奈美にこれ以上追及されるのを恐れたのか、竜也は続けた。「監督の件は、俺から話してみる。お前はもう休め」そう言うと、彼は残りの仕事を片付けに書斎へ向かった。片や、承諾してもらえた真奈美は、すっかり上機嫌になった。やっぱり竜也は自分のことをち
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第420話

一方、健吾は杏奈に言ったことを冗談ではなく、本当に実行した。彼は早期退職していた父親を、橋本グループで働かせることにしたのだ。これには香織が大いに不満だった。「あなたのお父さん、もういい年なのに。今さら働かせるなんて」健吾はただ淡々と答えた。「お父さんもまだ50歳手前だ。一番の働き盛りだし、仕事はするべきだよ」だが、香織は、息子が恋愛のために仕事を疎かにするような人間だとは到底思えなかった。彼女は健吾に何か悩み事があるのだと感じた。そこで、香織は健吾を座らせると、ゆっくりと彼の話を聞くことにした。「健吾、お母さんに本当のことを話してちょうだい。何かあったの?」ビジネスの世界では辣腕を振るう健吾も、この時ばかりは途方に暮れた子供のようだった。彼はしばらくためらった後、香織に胸の内を明かし始めた。「お母さん、杏奈さんは俺のこと、いったいどう思ってるんだろう?」「え?」香織は少し考えて、ようやく健吾が何について話しているのかを理解した。そして、彼女はそのことがとても予想外に思えた。まさか自分の息子が、こんなにも純粋で、真剣な質問をしてくるなんて。「どうしたの?あの子と何かあったの?」健吾は顔を上げて香織を見ると、「別に何も」と答えた。きっと恥ずかしくなったのだろう。彼は話を続けるのをやめて、言い訳を見つけてその場を去ろうとした。それを見て香織はさっと手を伸ばして健吾を引き留めた。「せっかく恋愛で悩んでるんだから、話して。お母さんが相談に乗ってあげるから」そう言って面白がっているような香織の顔を見て、健吾はこんな話を彼女にするんじゃなかったと思った。絶対にからかわれるに決まっているだろうから。しかし、もう口にしてしまったのだから仕方がない。彼は少し考えると、隠すのをやめた。「中川親子がN市に来てるんだ。正直、ちょっと焦りを感じているよ」「何をそんなに焦る必要があるの?杏奈さんが自分を傷つけた男のところに戻ると思う?」香織は、それが心配するようなことだとは思わなかった。彼女は将来の姑になるかもしれない身として、杏奈のことについて少し調べていた。以前京市にいた頃から、香織は中川家のやり方が気に入らなかった。それに、杏奈もずいぶん苦労させられていたのだから、それでよりを戻すなん
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