All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話

すると小山雄太(こやま ゆうた)と呼ばれた男の子は、美咲を恐れるように、さっと目をそらした。一方で美咲は、杏奈をさらにきつく睨みつけた。目の前の女のノーメイクの顔は、それでもはっとするほど美しく、確かにおしとやかで綺麗だった。「この意地汚い女!覚えておきなさいよ!」美咲は捨て台詞を吐くと、自分の彼氏の手を引いて去っていった。彼女にあんなふうに騒がれて、杏奈は健吾と顔を合わせるのが少し気まずくなった。自分の悲惨な結婚生活を健吾に知られてはいるものの、こんな個人的なごたごたを見られるのは、やはり恥ずかしかった。幸い、彼は何も聞いてこなかった。「食事、続けよう」杏奈は平然を装い、健吾に声をかけた。でも健吾は、彼女の顔をじっと見つめていた。きりっとした眉をわずかに寄せ、その目線は深かった。彼は何気ない口調で尋ねた。「杏奈さん、ご家族は見つかったの?」杏奈は一瞬きょとんとしたが、すぐに自分が本当の娘ではないことは、京市ではとっくに噂になっているのだから、今更隠すことでもないかと気が付いた。そう思うと、彼女はふっと笑って頷いた。「うん、見つかったよ」その少しクールで澄んだ声に、陶器のような白い肌、そして墨で描いたような眉と目、それは典型的な京美人といった顔立ちだった。そう気づいた健吾は視線をそらした。銀色の髪が目元にかかり、彼の美しさを一層引き立てていた。「どこの人なの?」と、健吾は淡々と尋ねた。「N市の人」杏奈は微笑んだ。「苗字は鈴木。あなたの実家もN市だったよね?」鈴木……N市に鈴木姓はたくさんいる。でも、N市の鈴木家といえば、ただ一つしかない。とてつもない権力を持つ、あの一族だ。まさか彼女が、あの鈴木家の人間だというのか?「おめでとう」健吾は瞳の奥の冷たい光を隠し、人懐っこい笑みを浮かべた。「N市には鈴木姓の人が多いからね……」杏奈は健吾に笑顔を向けた。「もう隠すことでもないから言うけど、家族とは連絡が取れてるの。2ヶ月後にはここを離れるつもり。実家は普通の一般家庭よ」あの鈴木家ではないのか?健吾は目を伏せた。杏奈の実の両親のことは調べたことがある。もし本当に普通の家庭なら、とっくに分かっていたはずだ。そうこうしているうちに二人は食事を終えると、少し街をぶらぶら歩いてから帰
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第62話

「おい、何してるんだ?」横からそんな怒鳴り声と共に、竜也は険しい顔つきでずかずかと歩いてくると、杏奈を引き離そうとした。一方で、健吾は冷たい目つきで杏奈を庇うようにして引くと、竜也の手をかわした。「杏奈さんが転びそうになったから、支えただけで、何か問題でも?」竜也は健吾を睨みつけた。またこの男か。杏奈のやつ、こいつを家に連れ込みやがって。「杏奈、たいしたもんだな!こいつを家に連れ込むなんて、お前は男が欲しいのか?」杏奈は眉をひそめた。「竜也、言葉には気をつけて。彼は私の友達よ。みんながみんなあなたみたいに汚い考え方をしてると思わないで!」それはここ最近、杏奈が竜也に言った言葉の中で、これが一番きつい一言だった。竜也の顔はますます険しくなり、今にも殴りかかってきそうなほどだった。「もう一度言ってみろ!」健吾は笑みを浮かべて竜也を見た。「奥さんを中傷する暇があるなら、会社に戻って経営を立て直した方がいいんじゃない?鈴木家はもう手を貸してくれないし、海外の案件も取れなかったら、あなたたち中川グループも、そう長くは持たないでしょうから」健吾の言葉に、竜也は胸がどきりとした。なぜこいつは、中川グループの内情にこんなに詳しいんだ?杏奈はカッとなっていたので、健吾の言っていることを理解する間がなかった。すると、健吾は振り返って彼女に言った。「杏奈さん、旦那さんはちょっと頭がおかしいんじゃない?俺たち、ただ食事をしただけなのに勘違いされるなんて。どうやら彼の中では、自分が他の女と食事するのもやましい関係だと思ってるんだろう」それを聞いて竜也は、拳を固く握りしめた。「じゃあ、俺はこれで」「気をつけてね。家に着いたら連絡して」健吾は車のドアを開ける手を止め、その魅惑的な目を細めて、優しい眼差しで杏奈を見つめた。「分かった」そして車は走り去った。一方で杏奈は竜也には目もくれず、背を向けて屋敷へと歩いて行った。竜也は怒りにまかせて、彼女を捕まえて問い詰めようとしたが、杏奈はさっと身をかわし、右手で竜也の手を振り払った。このところ竜也は、わざとやっているのかもしれない。彼が怒って自分を掴もうとするとき、その手はいつも的確に、怪我をしている自分の右手首を掴むのだ。「杏奈、中川グループ
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第63話

杏奈は鼻で笑った。あまりにも馬鹿馬鹿しいと思ったのだ。人間は誰かに罪を着せたいと思えば、理由なんていくらでも後付けできるものね。「竜也、誰が私を陥れたのか、もうあなたには頼らないわ。自分で調べるから。それに、今月中に必ずあなたと離婚してみせる!」そう言うと、杏奈は先に屋敷へと戻っていった。竜也は彼女の後ろ姿を見ながら、抑えきれない焦りを感じていた。こんな杏奈は見たことがなかった。あのか弱い性格の奥に、強い意志を秘めていることを感じて、彼は今回の彼女が本気だと思った。ダメだ。真奈美に傷がつくようなことは、絶対にあってはならない。そんなリスクは冒せない。竜也はスマホを取り出して、秘書の裕也に電話をかけた。「あのひき逃げ事件の工作、もう一度よく調べろ。少しでも怪しい点が見つからないようにするんだ!」……一方で、健吾は車の後部座席に座り、さっきのことを考えていた。まさか、杏奈のほうから「家に着いたら連絡して」なんて言われるとは。自分たちの関係も、少しずつ近づいているみたいだ。「社長、ご依頼の件ですが、順調に進んでおります」洋介はまたタクシー運転手から秘書役に戻り、健吾にハッキリとした口調で報告を始めた。すると健吾の眼差しが、少しずつ冷たくなっていった。「引き続き、監視を続けろ」……それから数日間、杏奈は右手を丁寧にケアして過ごした。デザイン画を描いていない時間は、いつも外出していた。彼女は探偵を雇って、例のひき逃げ事件について内密に調査を依頼していたのだ。しかし、探偵と別れた直後、中川家の屋敷から電話がかかってきた。「杏奈様、すぐにお戻りください!浩様が熱を出されて……」杏奈は一瞬ためらったが、考えた末、やはり家に戻ることにした。なにがあろうと、浩は自分の息子なのだ。十月十日お腹の中で育て、命がけで産んだ大切なわが子なのだから。しかし、彼女が家に戻ると、ちょうど慌てて駆けつけてきた真奈美と鉢合わせた。真奈美は周りに誰もいないのを確認すると、杏奈への嫌悪感を隠そうともしなかった。「あなた急いで帰って来たってしょうがないでしょ?浩くんはもう、すっかり私にべったりなのよ。病気になったって、会いたいのは私。じゃなきゃ竜也さんがわざわざ私を呼んでくることもないじゃない?
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第64話

そう言うと陽子は、使用人に命じて杏奈を浩の部屋から追い出した。使用人の力が強かったので、杏奈の腕には赤い跡が残った。そして、ドアの隙間から、部屋の中で陽子と真奈美が話す声が聞こえてきた。「真奈美、この子はいつもあなたに懐いているから。わざわざ来てもらって本当に助かったわ」「とんでもない。浩くんが懐いてくれるし、私も彼のことが大好きだから。彼が元気になってくれるなら、いつ呼んでもらっても構わないわよ」すると浩もなんとか体を起こすと、真奈美に抱きついた。「やっぱり真奈美おばさんが一番優しい。僕、真奈美おばさんが大好き!」その光景は、まるで彼らこそが本当の家族のようだった。そして、それ見ていた杏奈は、力がぬけたように笑うと、背を向けてその場を離れた。彼女からしてみれば、今の状況はただただ皮肉にしか感じられないのだった。そして背を向けたその時、階段の踊り場から上がってくる渉の姿が目に入った。「杏奈、俺から少し話がある」彼は、いつものように優し気な態度だった。杏奈は渉について書斎に入った。書斎に入ると、渉が尋ねてきた。「杏奈、この前、竜也と離婚したいと言っていたな。どうしてそう思うんだ?」杏奈は、彼の向かいにあるソファに腰掛けた。その優しい笑顔を見ていると、一瞬ぽっかんとした。あの日の書斎での、渉の高圧的な態度を、彼女は今でもはっきりと覚えていた。「おじいさん、どうしてそんなに私と竜也を離婚させたくないの?」これまでは、祖父が孫嫁である自分を気に入ってくれているから、離婚に反対しているのだと思っていた。でも今は、彼の本当の狙いが分からなくなっていた。自分は所詮、久保家とは血の繋りがない人間だ。それに、たとえ本当の家族が見つかったとしても、ごく普通の家庭だろう。そんな自分が竜也のそばにいても、彼にとって何の得もないはずなのに、どうして祖父は自分たちの結婚にこれほど固執するのだろう。渉はやつれた様子で、杏奈の言葉を聞くと、うつむいて何度か咳き込んだ。杏奈は唇を引き結び、彼に水を一杯注いであげた。渉はそれを飲むと、少し落ち着いたようだった。「杏奈、前にも言ったと思うが、君は素直で本当に良い子だ。竜也のそばにいれば、あいつももっとしっかりするだろう。俺は君が一番気に入っておる。だか
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第65話

竜也ですらあんなに自分勝手で冷たいんだ。ましてや、祖父なら……でも、彼の目的が何であれ、あと2ヶ月……祖母の命日が過ぎたら、絶対に出ていくと、彼女は心に誓った。一方で、浩が真奈美に懐いていたので、彼女は中川家に泊まることになった。そして、夜になっても浩は食事に降りてこなかったので、真奈美が自らお出しの効いた味噌汁を作って部屋に運ぶことにした。その様子を見ていた竜也は、彼女に優しい眼差しを向けた。「浩が病気の時に、お前に面倒を見てもらえて、本当に助かったよ」それを聞いて真奈美はにこやかに笑って、「水臭いこと言わないでよ。私はこれでも浩くんの叔母なんだから、ちゃんと面倒を見るのは当たり前でしょ」と答えた。それを聞いて竜也も、優しい目つきで真奈美を見つめた。そして、杏奈に目をやった途端、彼の表情は険しくなった。「真奈美は叔母でも、浩にこんなに尽くしてくれるのに、実の母親のお前は一日中何もしないで、自分の息子に顔も見せないでいるんだから。お前はなんて冷たい人間なんだ?」「別に彼の面倒をみる人がいないわけでもないんだから、私がいなくたって大したことじゃないでしょ」杏奈はそう言うと、くるりと背を向けて階段を上がっていった。「杏奈!」竜也が怒鳴ったが、杏奈は足を止めなかった。真奈美が彼をなだめた。「まあまあ、竜也さん。お姉さんも一日部屋にこもって疲れてるのよ。そんなに責めないであげて」その言葉を聞いて、竜也の表情はさらに冷たくなった。「俺が甘やかしすぎたんだ。長年、中川家という後ろ盾なしに、あいつが一人で生きていけるとでも思ってるのか?」彼の声はそれほど低くなかったから、杏奈にはすべて聞こえていた。だが彼女は心の中で嘲笑うだけだった。この男がいなければ、自分がここまで落ちぶれることもなかったはずなのに。でも、あと2ヶ月の辛抱だ。そうすれば、ここを離れられるんだから。一方で真奈美は、作ったお味噌汁を浩の部屋に運んだ。浩の熱は下がっていたが、まだぐったりとしていた。彼は寝室の床に敷かれた柔らかいラグの上に座り、しょんぼりしたままレゴブロックを手にしていた。「浩くん、ご飯よ」浩が顔を上げると、真奈美と竜也が入ってくるのが見えた。真奈美の顔を見て、浩は嬉しかったものの、心にはぽっかりと穴が空い
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第66話

翌朝。浩は病気で学校を休んだ。彼が起きたときには、もう朝食の時間は過ぎていた。使用人が食事を作ろうとすると、浩はぷくっと頬をふくらませた。「あなたたちが作るまずいご飯なんて食べたくない。ママを呼んできて。ママのご飯が食べたいんだ」食欲がないのは本当だが、一晩中何も食べていなかったのでお腹が空いていたのも事実だった。今、彼が食べたいのは、杏奈が作ったお味噌汁だけだった。だが、使用人が杏奈を呼びに行ったとき、彼女はちょうど出かける準備をしているところだった。「あの子のためにご飯を作る時間はないわ。あなたたちでしっかり面倒を見てあげて」「でも、私たちが作ったもの、浩様はお気に召さないようで……」「じゃあ、お腹を空かせておけばいいじゃない」杏奈は表情を一切変えず、バッグを手に取ると階下へ向かった。浩は杏奈が降りてくるのを見て、ソファにふんぞり返って座っていた。彼は彼女が宥めてくるのを待っていたのだ。しかし杏奈は彼に一瞥もくれず、玄関へと向かって行った。どうやら、出かけるつもりらしい。浩は少し焦った。「どこ行くの?」杏奈はぴたりと動きを止め、彼の方を振り返った。「ちょっと出かけてくる」「さっき、使用人にご飯を作ってって頼みに行かせたじゃない?専業主婦のくせに、今すぐ出かけなきゃいけない用事なんてあるわけないでしょ!早く作ってよ!前に作ってくれたあのお味噌汁が食べたいんだ!」その偉そうな態度に、杏奈は思わず眉をひそめた。どうしてだろう。これまで心を込めて浩を育ててきたのに、どうしてこんな子に育ってしまったのだろうか。「お味噌汁なら、使用人でも作れるじゃない。彼女たちに作ってもらったらいいでしょ」杏奈は彼の言葉を無視して、くるりと背を向けて家を出た。杏奈に無視されて、浩は怒りで目を真っ赤にし、泣き出しそうになった。彼はいつも自分を可愛がってくれていたママが、お味噌汁すら作ってくれないなんて信じられなかった。もしかして、本当に今すぐ出かけなきゃいけない、大事な用事があるんだろうか?再び閉ざされたドアを見つめながら、浩の心はなぜかざわついていた。なんだかママが本当に、どんどん自分から離れていってしまうような気がしたのだ。いや、そんなはずない。自分はママの実の息子だ。血の繋が
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第67話

そう言われても杏奈は、ドアの方に呆然と立ち尽くした。ここに来てもやはり、胸がズキズキと痛むのは感じるようだ。竜也が真奈美のためにしてきたこと全てが、彼女への特別な想いを表していることは分かっていた。でも、この光景を目の当たりにするのは、やはり大きな衝撃だった。真奈美も慌てて立ち上がり、杏奈の方を見た。「お姉さん、さっきちょっと貧血気味だったの。竜也さんは支えてくれただけだから、気にしないでね。それに、ただハグしただけじゃない。別にやましいことなんて何もないし。私と竜也さんは長年の親友なんだから、そんなに気にするほどのことでもないでしょ?」片や、竜也も杏奈に歩み寄り、彼女の持っていた荷物を受け取ろうとした。杏奈はさっと手を引っ込め、彼の手を避けた。「触らないで」「さっきのは誤解だって説明しただろ。そんなに目くじらたてるなよ」杏奈が怒っているのが分かり、竜也もわずかに眉をひそめた。そして杏奈はなんとかして笑顔を作ろうとしたが、その笑みはどこか悲しげだった。「誤解なんてしてないわ。どうせもうすぐ離婚するんだし。あなたが誰と付き合おうと、私には関係ないもの」竜也は、杏奈が腹いせに言っているだけだと思い、途端に不機嫌な顔になった。「杏奈、一体いつまで拗ねてるつもりだ?」そこへ真奈美も歩み寄ってきて、眉をひそめながら杏奈を見た。「お姉さん、誤解させたのは悪かったけど、そんなに意地を張らなくてもいいんじゃない?さっきも説明したでしょ。私と竜也さんは長年の親友なんだから、何かが起きるはずないじゃない。やきもちを焼く必要なんてないわよ」だが、真奈美の「何かが起きるはずない」という言葉を聞いた時、竜也の瞳に寂しそうな色が浮かんだのを、杏奈は見逃さなかった。「誤解されるようなことをしておいて、余計なこと考えるななんて言う方がおかしいでしょ?」杏奈は淡々と言った。この時、彼女の心はだいぶ落ち着きを取り戻していた。「もういい!」竜也が低い声で、杏奈の言葉を遮った。彼は冷たい目つきで杏奈を見た。「こっちが親切に説明してやってるのに、何が不満なんだ?今までお前に甘すぎたから、そんなにわがままになったんだな!」それを見て、真奈美が慌てて竜也をなだめた。「まあまあ、竜也さん。お姉さんもわざとじ
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第68話

その時から、二人は家を出て個別に暮らすようになったのだった。だから、竜也は、杏奈がこの屋根裏にどれほどのトラウマを抱えているか知っていた。それなのに、今また自ら彼女をそこに閉じ込めようとしているなんて。竜也が使用人を二人呼ぶと、彼らは杏奈を連れて行こうと身構えた。すると、杏奈の顔からさっと血の気が引いた。「やめて!竜也、行きたくない!あなたが誤解されるようなことをしたくせに、どうして私が閉じ込められないといけないの?」杏奈は、あの真っ暗な屋根裏が怖かった。彼女の顔は瞬く間に真っ青になり、目も赤く充血していた。その様子を見た竜也の胸がずきりと痛み、一瞬、不憫に思う気持ちがよぎった。だけど、その傍らから真奈美はため息をついた。「お姉さん、竜也さんはあなたを閉じ込めたいわけじゃないの。ただ反省してほしいだけ。最近、外の男のことで竜也さんと何度も揉めてたでしょ。そういうのはよくないわよ」あの男の話を出された途端、竜也の一瞬和らいだ心は再び固く閉ざされた。彼は冷え切った表情で言った。「杏奈、今回こそ自分の過ちを認めない限り、そこから出すつもりはないからな!」「離して!私に触らないで!」だが、彼女の訴えは聞き入れられず、体格のいい使用人二人が、杏奈の両脇を抱えて屋敷の最上階にある屋根裏へと引きずっていった。バタン。ドアが閉められると、闇が急速に彼女の全身を包み込んだ。そしてスマホも取り上げられてしまった。薄着のままの杏奈は床にうずくまった。そして一寸先も見えない暗闇に、彼女の恐怖がじわじわと募っていった。7年前にこの屋根裏で、陽子からされた数々の仕打ちを、自分は今でもはっきりと覚えていた。あの時、陽子は自分をここに閉じ込めただけでなく、この中に蛇まで放ったのだ。不気味な暗闇の中、蛇が舌を出すシューっという音を、今でも鮮明に思い出すことができた。そう思い返すと、涙がぽたぽたと床に落ちた。杏奈はドアに駆け寄り、力いっぱい叩いた。「ここから出して!竜也、私が悪かったから!お願い、ここから出して!お願いだから!」彼女は恐怖に駆られ、必死に懇願し続けた。しかし、外からは何の物音もしなかった。まるでこの世界に、たった一人取り残されたかのようだった。……一方で健吾はオフィスに戻った
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第69話

その問いかけに、健吾は険しい顔で黙り込んだ。すると電話の向こうから真奈美は楽しげな笑い声が響いた。「私たち、前に会ったことあるよね。いい男なのに、あんななろくでもない女を選ぶなんて、見る目がないわね」それを聞いて、健吾は怒りを露わにした。「彼女はどこだ?」その声は氷のように冷たかった。電話越しの真奈美は思わず身震いしたが、それでも笑って答えた。「お姉さんが悪いことしたから、竜也さんがお仕置きしてるの。暗い部屋で反省させてるんだけど、助けに来てあげたら?ヒーローみたいにさ。そしたらお姉さんも、きっとすぐにあなたに靡くんじゃない。だって、前に竜也さんにもそうやってくっついたんだから」そう言って、真奈美は電話を切った。一方で、スマホを握る健吾の手に、青筋が浮き出ていた。彼の顔は怒りでこわばり、目は充血していた。今すぐにでも中川家の屋敷に乗り込んで、竜也と真奈美の二人を叩きのめしてやりたかった。だが、それはできない。杏奈と竜也はまだ夫婦だ。今、自分が中川家の屋敷で騒ぎを起こせば、竜也に口実を与え、杏奈の評判を落とすことになってしまう。彼は必死に込み上げる怒りを抑え込んだ。そして、健吾はある番号に電話をかけた。「警察をお願いします。家庭内暴力です」……30分後、中川家の屋敷の周りにパトカーのサイレンが鳴り響いた。その頃、杏奈は暗闇の中でうずくまり、神経を極限まで張り詰めらせていた。そこに得体の知れない生き物の気配はなかったが、彼女は何かに狙われているような恐怖に包まれていた。こうして杏奈は泣きながら、ずっと震えていた。今にも精神が崩壊してしまいそうだった。突然、階段の方から慌ただしい足音が聞こえてきた。そして、屋根裏のドアがついに開かれた。ドアにもたれかかっていた杏奈は、ドアが開いた瞬間、支えを失って床に崩れ落ちた。すると、使用人が慌てて彼女を抱き起こした。「杏奈様、警察の方がいらっしゃっています。早く下に降りてください」光が目を刺した。杏奈は溺れる者が藁をも掴むように、這って外へ出ようとし、その弱った体を使用人が支えきれないほどだった。「杏奈様!」杏奈は階段のところまで這っていき、手すりを掴んで立ち上がろうとしたが、足の力が抜け、階段から転げ落ちそうになった。
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第70話

そして陽子も竜也をかばうようにして、警察に説明を始めた。「夫婦喧嘩なんてよくあることでしょう?お巡りさん、どうか大げさに捉えないでください。それにほら、この子の体を見てください。怪我一つないじゃないですか。ただの冗談ですって」「冗談にもほどがあります!」そんな言い訳を警察は聞き入れようとしなかった。彼らが杏奈を署へ連れて行こうとした、その時、渉が突然、持っていた杖で竜也の背中を殴りつけた。竜也は短く呻き、額からは一瞬で冷や汗が噴き出した。「この馬鹿者が!誰が杏奈にそんな真似をしろと言った!杏奈がうちに嫁いできて何年経つと思っているんだ。お前は彼女に指一本触れたことなどなかったはずだぞ。いくら杏奈が悪いからといって、屋根裏に閉じ込めるなんて!俺がどういう教育をしてきたか忘れたのか!」「おじいさん!」真奈美は声を上げ、慌てて竜也の前に駆け寄ってかばった。「おじいさん、どうか怒らないであげてください。竜也さんは、お姉さんが見知らぬ男性と親しくしているのを見て、カッとなってしまっただけなんです。だから……」見知らぬ男?陽子は目を剥いて杏奈を睨みつけた。「この浮気女が!よくもまあ!」彼女は杏奈のもとへずかずかと歩み寄ると、その頬を思いきり張り飛ばした。パァンッ。頬を打たれた衝撃で、杏奈は頭が真っ白になった。そして、口の中に血の味が広がり、耳の奥がキーンと鳴り響いた。陽子の一撃は容赦なかった。すると杏奈の頬は、みるみるうちに赤く腫れ上がっていった。その様子を見た竜也は、思わず一歩前に踏み出て、瞳の奥には、戸惑いと痛みが入り混じったような色が浮かんだ。しかし、そんな彼の腕を真奈美がぐっと掴んで引き留めた。「大丈夫?背中、見せて」すると竜也は足を止め、心配そうに自分を見上げる真奈美の顔を見ると、軽く首を横に振った。「平気だ」陽子が再び手を振り上げると、杏奈はとっさに後ろへ下がって身をかわした。「浮気なんてしていない。次手を上げたら、やり返すから」杏奈は淡々と言い放った。その隙に、警察が二人の間に割って入って陽子を制止した。陽子は杏奈をキッと睨みつけると、向き直って警察に食ってかかった。「お巡りさん、これはうちの家族の問題です。息子がこんな女に暴力を振るうわけがありません。それより、この女が浮
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