All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 581 - Chapter 590

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第581話

健吾は、杏奈の様子がおかしいと感じた。彼女の顔を見ると、少し青ざめていた。唇もまつ毛も震えていて、何かにひどく怯えているようだった。健吾はとっさに、​裕一のせいだと思った。彼は杏奈の冷たい手を握りしめた。「どうしてそんなに顔色が悪いんだ?何かあったのか?」杏奈は首を横に振った。「なんでもない」ただ、嫌な夢を見ただけ。健吾が今、こうして無事に目の前にいる。それだけで十分だと彼女は思った。そしてあの時、海外の街角でこの人を助けられたことを幸運に思った。しかし、健吾は引き下がらなかった。「教えてくれ、一体何があったんだ?誰かに脅されたのか?」「ううん、そんなことない」杏奈は不思議そうに健吾を見た。「誰が私を脅すっていうの?」杏奈の様子が嘘をついているようには見えなかったので、健吾も次第にほっと息をついた。「いや、ただ心配になっただけだ」​裕一のことは、杏奈には言えない。彼女には、日の当たる場所で生きていてほしいからだ。そう思って健吾はそっと杏奈を腕の中に抱きしめた。「仕事、終わったよ。一緒に買い物に行こうか」だが、杏奈は健吾の袖口を、指先が白くなるほど強く握った。「今はもう買い物の気分じゃないの。もし仕事が終わったなら、もう帰ろう」もうすぐ日が暮れる。杏奈は健吾には外にいてほしくなかった。心に残った恐怖は消えていないから、耳元で響く健吾の力強い心臓の音を聞いても、杏奈は安心することができず、むしろさらに不安が押し寄せてきた。何か、とんでもないことが起こりそうな気がしてならなかった。……一方浩は、竜也に家に連れ戻されてから、行動を制限されていた。竜也はボディーガードを二人つけて浩を四六時中監視し、勝手に外出できないようにした。浩はとても不満だったが、父親の威圧感に逆らう勇気はなかった。彼は机に突っ伏して、家庭教師が話す難しい話を聞き流しながら、頭の中では、杏奈との思い出を浮かべていた。かつて杏奈が、勉強中にジュースや果物を届けてくれたり、課題を減らしてくれたり、気分転換に外へ連れ出してくれたりしたことなど。そして、杏奈のご飯はとてもおいしかったから、毎日授業が終わると、晩ごはんが一番の楽しみだった。勉強がつまらなくて飽きてくると、杏奈はいつもちょっとしたゲーム
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第582話

一方、健吾と杏奈がN市へ帰ろうと決めた日、ひどい大雨で飛行機が欠航になってしまった。そんな時、茂から電話がかかってきた。大事な取引先が京市に来るので、数日滞在を伸ばして接待してほしいとのことだった。だが、健吾は、ためらうことなく断った。そして、以前茂と交わした条件を持ち出して、自分で交渉に来るようにと逆に要求した。すると茂は、香織がN市で交通事故に遭い、足を怪我して入院したため、そばを離れられないのだと打ち明けた。「いつのことだ?」そう言って健吾の表情がさっと険しくなり、声も思わず大きくなった。一方近くで荷物をまとめていた杏奈は、健吾のただならぬ声に何かを察した。手を止めて、そっと彼のそばに近寄った。「昨日の夜だ。もう遅い時間だったし、お母さんの怪我も大したことないからな。それに彼女はあなたを心配させたくないって、どうしても言わせてくれなかったんだ」「彼女が言うなと言ったら、本当に言わないのか?」「安心しろ。お母さんは足を少し怪我しただけだ。数日安静にしていれば治る」健吾は一瞬黙り込んでから尋ねた。「事故を起こした運転手は、どんな奴だったんだ?」「君が何を聞きたいかは分かっている」電話の向こうの茂は少し黙った。周りがざわついており、おそらく病院で、香織に隠れて電話をかけているのだろうと健吾は推測した。「事故の運転手は普通の会社員だ。出勤を急いで、ブレーキとアクセルを踏み間違えたらしい。それで歩道にいたお母さんに突っ込んできた。幸い、ちょうど別の車がルール違反のUターンをしてきてその車にぶつかったおかげで、お母さんはひどい怪我をせずに済んだんだ」「それなら、柴田の仕業じゃないみたいだな」そう言って健吾は杏奈に、水を一杯持ってきてくれるよう頼んだ。そして杏奈を席から外させた後で、彼は言った。「柴田は今、京市にいる。あいつはもう杏奈さんに近づいている。あなたを狙うなら、お母さんを標的にするはずだ。気をつけろよ」それを聞いて茂の声は、明らかに沈んだ。「分かった」健吾は少し考えてから言った。「お父さん、何か理由をつけて、澪を京市に呼び戻してくれ」「何をするつもりだ?」「澪が柴田と手を組んでいるなら、彼女を利用して柴田が何を企んでいるのか探れるはずだ」「分かった。君も京市では気をつけろよ」
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第583話

「心配しないで。私は大丈夫。足をちょっと擦りむいただけだから、数日で退院できるわ。茂にはあなたたちに言わないよう口止めしてたのに、彼はおしゃべりだから隠し通せなかったみたいね」「おばさん、そんなこと言わないでください。交通事故は大変なことです。ちゃんと健吾さんには知らせるべきですよ」杏奈は少し真剣な声で言った。香織は笑って、分かったと答えた。それから杏奈は香織と少し会話を交わした後、本当に大丈夫だと確認してから、健吾にスマホを渡した。健吾と話す時、香織はさっきとは打って変わって厳しい口調になった。「健吾!しっかり杏奈さんの面倒を見るのよ、分かった!?もし彼女を悲しませたりしたら、ただじゃおかないからね!」香織はどうやらそう言って、茂への怒りを健吾にぶつけているようだった。杏奈が香織に電話しているのを聞いて、茂はどこかに隠れたのだろうと健吾は察した。彼は一人で香織の怒りを受け止め、はいはいと素直に返事をしてから、ようやく電話を切った。杏奈は笑いながら健吾を見た。「さすがおばさんね。あなたがそんなにタジタジになってるの、初めて見たわ」「ほう?」健吾は真剣に思い出すふりをしながら言った。「そうかな?俺が毎回『もっと?』って聞くときも、かなりへりくだってると思うけど」すると杏奈は耳まで顔を赤らめながら、健吾の腕を思いっきり叩いた。「くだらないこと言ってないで。さっき片付けた荷物、持ってきて」「はいはい、わかった」それから杏奈は顔を近づけてきた健吾を押し退けてから、顔を真っ赤にしたまま寝室を出た。だが、階下へ行くと、使用人が慌ててやってきた。「鈴木さん、外に中川浩という子供が……鈴木さんの息子だと名乗って、会いに来ています」すると、杏奈は眉間にしわを寄せた。健吾から聞いたことがある。橋本家はいつも目立たないようにしていて、パーティーもめったに開かない。だから、この邸宅の場所を知っている人はほとんどいないはずだ。どうして浩がここを知っているの?それに、一体何しに来たんだろう?杏奈は中川家の人間を、たとえ自分の息子であっても、酷く拒んでいた。「運転手さんに頼んで、あの子を中川家まで送り返してもらって。中には入れないで」だが、使用人はためらいながら言った。「ですが、どうやら体調が
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第584話

しかし、杏奈は手を引っ込めなかったが、浩を見つめるその視線は淡々としていた。「どうしてここに来たの?」使用人の話だと、自分で来たみたいだけど。じゃあ、どうしてここの住所を知っていたの?それに浩は、中川家にとってたった一人の跡継ぎ。こんなに体調が悪いのに、家の人が何も知らずに一人でうろつかせるわけがない。そう思う杏奈の頭の中に、いくつもの疑問が渦巻いた。一方浩の瞳に、一瞬だけ動揺の色が浮かんだ。「この前、パパが書斎で、ママがここに住んでるって話を聞いたんだ。それでこっそり会いに来たの」そう言われ杏奈は、浩のその様子をじっと見つめた。さすがに何年も浩の面倒を見てきただけあって、些細な仕草からでも彼の本心が見え透いてしまうのだった。この子が服の裾を強く握る仕草を見ただけで、杏奈は嘘をついていると確信した。だが、杏奈は浩の嘘を指摘せず、代わりに彼に掴まれていた手を引き抜いた。「あなたは熱を出しているから、病院に送るように手配しておく。それからあなたのパパにも連絡するから、もう家出なんてしないで」そう言われ浩は、自分が熱を出しているのに杏奈が全く心配もせず、追い出そうとしていることが信じられなかった。彼は思わず、杏奈の手に強くすがりついた。「ママ、本当に僕のこと、もういらないの?どうして全然心配してくれないの?僕はママの息子だよ」そう言って浩の声は震えていた。そして熱で真っ赤になった小さな顔に、涙がぽたぽたと頬を伝った。その姿は、親に見放された哀れな子供そのものだった。もし他の人がこの光景を見たら、きっと浩のことを可哀想に思ったはずだ。しかし、杏奈の心は少しも動かなかった。彼女は、少しずつ自分の手を引き抜いた。浩はまだ子供だから、杏奈がその手を振り払うのはたやすいことだった。すると、「ママぁ、うわーん」浩はわっと泣き出した。そして杏奈が立ち上がって行こうとするのを見て、浩もソファから這いおりて、彼女を追いかけようとした。だけどその足取りはふらふらで、あまりに激しく泣くせいで息も絶え絶えになり、しゃっくりが止まらないでいたのだった。一方、健吾が支度を終えて階下に降りてきたとき、目にしたのはまさにこの光景だった。すると、浩が橋本家にいる。その事実だけで、健吾の眼差しは一瞬にして
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第585話

「パパの友達が連れてきてくれたの。ママに会わせてあげるって言われたから、来たんだよ」「その、パパの友達って誰なんだ?」「お名前は知らない。佑さんって呼んでる人だよ」佑。まさか、あの佑だったなんて。杏奈は、思わず目を見開いた。ここまで来ると、さすがの彼女も、ただならぬ違和感を感じた。健吾の話では、佑は敵らしい。その佑が、このところ何度も自分たちの前に姿を見せていた。そして今度は、真っ向から浩をここに送り込んできた。このやり方は、どう考えても健吾に対する挑発だ。いっぽう、健吾は少しも驚いていない様子だった。彼は浩がここに来た時点で、佑が連れてきたのだろうと見当がついていたのだ。そもそも橋本家の邸宅の場所を知る者は、京市でもごくわずかだ。それに、こんな無謀な方法で乗り込んでくるのは、佑をおいて他にいないだろう。浩はまだ子供だから、自分が利用されているとは思っていないけど、浩がはっきり佑の名前を口にしたからには、つまり、佑はわざと浩をよこして、自分に警告してきたわけだ。橋本家を潰したければ、やり方はいくらでもあるぞ。多分彼はそう言いたいのだろう。そう思うと健吾の表情が、みるみるうちに凍り付いていった。そして、浩の腕を掴む手の力もますます強まった。「いたい、いたいよぉ!離してよ、この意地悪!ママー、助けて!」健吾が我を忘れていることに気づいた杏奈は、急いで彼の手を握って、浩を助けた。「どうして佑さんが、ここの場所を知っているの?」健吾は杏奈に顔を向けると、すぐに気持ちを切り替えた。彼の瞳から冷たい光はすっと消え、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。そして、杏奈の質問には答えず、ただ彼女を安心させようとした。「心配いらないよ。俺が全部なんとかするから」それでも、杏奈の不安は拭えなかった。でも健吾は、もう身支度を終えて会社に行こうとしていた。浩を病院へ連れていく車はもう用意されていたが、健吾は、「お医者さんを家に呼べ」と言った。杏奈が彼に尋ねた。「この子、帰さないの?」健吾は杏奈の手を引いて、少し離れた場所に移動した。「浩くんは、おそらく彼の父がよこしてきたんだろう。あいつが何を企んでいるか分からないから、しばらくはここに置いておくほうがいい」「浩を連れてきたのは、
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第586話

一方浩は、使用人に連れられて離れへ行くことになると、泣きわめいて杏奈にそばにいさせてとせがんだ。杏奈はあまりのうるささに頭を痛めて、浩が今にも泣き崩れそうな顔を見ながら、使用人に彼を下ろすよう言った。そして自由になった浩は、よろよろと杏奈のところまで走っていくと、再び杏奈の足にぎゅっとしがみついた。「ママ、僕のこと許して、お願い。僕が悪かった。もうママなんかいらないなんて言わないから。僕のママはあなただけなんだ」浩はしゃくりあげながら泣いていた。その言葉は、とても健気だった。まだ中川家にいた頃なら、浩がこんなことを言ってくれたら、杏奈はきっと躊躇わず許してあげただろう。でも、今はもう無理なのだ。何もかも、もう手遅れなのだから。杏奈はしゃがみこみ、泣きじゃくって潤んだ浩の瞳と視線を合わせた。浩が生まれたばかりの時は、まだ目も開いていなくて、しわくちゃの塊みたいだった。正直、あの頃は可愛くないとさえ思ったものだ。でも、それから浩は日に日に変わっていった。肌は透き通るように白くて、目を開けるとキラキラした綺麗な瞳で、まるで天使が舞い降りてきたかのようだった。あの頃の杏奈は母性愛が溢れて、一日中、浩を抱きしめていた。腕が疲れても、下ろすのが惜しいくらいだった。そんな、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた実の息子が、何度も自分を傷つけたのだ。そしてその傷はかさぶたになっては剥がれ落ち、もう二度と消えない跡になって心に残ったのだった。辛い思い出を忘れて、この子を再び息子として受け入れることもできるのかもしれない。でも、そうすれば心に残るしこりは消えないし、自分が惨めに思えてくるだろう。そして、何より健吾に申し訳が立たない。だから、杏奈は浩の小さな手を握り、静かに言った。「今、私が言うことは、あなたにはまだ理解できないかもしれない。でもね、浩、世の中には『ごめん』の一言では済まされない過ちもあるの。だから、私はあなたを許すことができないの。忘れたの?あなたが望んでいたママは、もうちゃんといるでしょ?だから、私たちはもう何の関係もないのよ」浩にはその言葉の全部は理解できなかった。でも、「何の関係もない」という部分の意味だけは、はっきりと分かった。ママは、やっぱり自分を許してくれないんだ。「
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第587話

杏奈はまず絵里奈にプロジェクトの進捗を伝え、その上で今後のやりとりは、絵里奈と直接行いたい、とお願いをしたのだ。絵里奈からすぐに返信はなかったので、杏奈はメッセージを送った後、チャット画面を閉じた。杏奈にとって、健吾と佑は犬猿の仲なのだから、佑とこれ以上関わって、健吾を困らせたくなかった。だから、今回のプロジェクトで仮契約を交わしていなかったら、この提携自体をお断りしたいくらいだった。……一方、佑が絵里奈から連絡を受けたのは、ゴルフ場でプレーを楽しんでいる時だった。ホルは彼にそれを報告した。「鈴木さんのご意向では今後は柴田様とのやり取りは望まない、とのことです」すると佑はカップインさせ、口元に笑みを浮かべた。その笑みは穏やかなものではなく、ホルが見慣れた冷酷なものだった。これは、今にも誰かを消したいという雰囲気を醸し出している兆候だった。「なかなか面白い女だ」前に橋本グループのエレベーターで会った時は、あんなに恐怖に怯えながらも距離を取ろうとしていたのだ。あれは単に恥ずかしがっていただけか。それとも健吾に誤解されるのを恐れていたのか?あの二人の絆は、本当にそんなに固いものなのか?「高木さんには了承したと返信させろ。それと、すぐにA国に来るように伝えろ。残りのやり取りは彼女に杏奈さんとするように言っておけ」そう言われ、ホルは眉間にしわを寄せながら、承知した。そして絵里奈にメッセージを送った後、ホルはそれでも抑えきれずに尋ねた。「柴田様、では計画は……」「高木さんにやり取りさせたからって、俺の出番がなくなるとでも思ってる?」佑は、馬鹿なやつだ、と言わんばかりの視線をホルに向けた。するとホルは俯いた。そしてこのやり方は、まるで口説いているようじゃないかと思った。こちらから提携を持ちかけた上に、いちいち相手の顔色をうかがうなんて。その頃健吾もゴルフ場に到着していた。彼は佑を見かけると、まっすぐ近づいて行った。佑はクラブをしまうと、笑顔で健吾を見つめた。「橋本社長、やっと来たか。2時間も遅刻だぞ」今日は、彼が健吾を呼び出したのだ。浩を橋本家に送ったのだから、健吾が必ず来ると分かっていた。だから、2時間くらい待つのはどうってことなかった。実際待たされたことに、彼は腹を立てている様
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第588話

それから健吾が去った後、佑は怒りで今にも狂いだしそうになった。「橋本、勝負はまだついていない。いつかあなたをひざまずかせて、俺に許しを請わせてやるからな!」一方、ホルは、佑のスマホの画面が光ったのに気づき、彼に手渡した。佑はスマホに表示されたメッセージを見ると、その目つきを鋭くした。「千葉は大人しくN市にいないで、何しに京市に来たんだ?」そう呟きながら彼は、心底馬鹿にしたような顔つきになった。それを聞いてホルは少し考えた後、こう言った。「もしかしたら、橋本グループの機密情報が、橋本家の邸宅にあるのかもしれませんよ?」すると佑は何かを思いついたようで、その表情が次第に和らいでいった。……こうして一日が過ぎ、夜の帳が下りた。久保家は明かりがこうこうとして灯っていて、夜の闇に輝く月の光が、リビングの大きな窓から差し込み、室内の光と溶け合っていた。そしてこの時リビングでは、重苦しい空気が漂っていた。圭太はソファに座り、両手で額を押さえ、翔平は険しい表情で、椿は静かに涙を流しているのだった。「あの女め!N市で金持ちを捕まえた途端、手のひらを返しやがって。俺たちを陥れるつもりか?長年うちが育ててやらなければ、今頃どこかで野垂れ死にしていたかもしれないくせに!」そう言って翔平は、思いっきり鼻を鳴らした。「杏奈は、やはり恩知らずだ。前に、竜也と結婚していた頃もそうだった。こっちから久保グループを助けてくれと頼まなければ、彼女から動くことは絶対になかった。今や鈴木家の実の娘という立場に戻ったから、ますます私たちのことを見下しているに違いない!こんなことになるなら、とっとと彼女を家から追い出しておけばよかったのよ!真奈美は刑務所にいるし、会社はこんなことになって、これから私たちはどうやって暮らしていけばいいの……」そう言って椿は、おいおいと泣き始めた。ついこの間まで、久保グループは圭太のおかげで一時的に持ち直していたのだ。だから、椿がセレブな夫人仲間との集まりに出れば、いつも周りからちやほやされていた。「息子さんは優秀ね」「潰れかけの会社を立て直すなんて、大したものだわ」などと褒めそやされていたのだ……そんなお世辞の数々が、心地よく彼女の耳に響いていた。ところが今になって、久保グループの株価は急
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第589話

それを聞いた久保家の両親は、同時に圭太の方を見た。「杏奈が京市に戻ってきたって?」圭太は頷いた。「俺はあいつに会ったよ。橋本と一緒にいた。たぶん今は橋本家に住んでるんだと思う」それを聞いて椿は歯を食いしばった。「あの女、今じゃ鈴木家の娘として、橋本家の人間と付き合ってるらしいじゃない。とんだ成り上がりね!きっと彼らをそそのかして、うちに復讐するつもりよ!だからすこし痛い目に遭わせてやらなきゃ!」それを聞いて圭太は言った。「心配しないで、お母さん。俺にはちゃんと策がある」……一方浩の熱は、夜にはもう下がっていた。次の日には、だいぶ具合もよくなっていた。浩はずっと、使用人に母親に会わせてとお願いしていた。あまりにかわいそうだったので、使用人は聞きに行ってくれたんだ。すると誰かが来たが、やってきたのは健吾だった。浩は健吾のことを怖がっていた。だから彼の顔を見ると、すぐにベッドの反対側に回り込んで隠れてしまった。「あなたの顔なんか見たくない。ママに会いたいんだ」健吾は、小さな椅子を引きずってきて部屋の真ん中に座ると、目の前の小さな男の子を淡々と見つめた。「俺の顔を見たくないだと?俺の家に住んで、俺のものを食っておきながら、そんな口をきくのか?」「じゃあママを僕と一緒に行かせてよ!そしたら、あなたのものなんて食べない!」健吾は膝に手を置き、指先を軽くこすりながら、何気ない口調で言った。「初めてお前に会ったとき、お前は自分の父親と真奈美と一緒に、彼女のことを『泥棒猫』って罵ってたよな。そんなお前に、彼女の息子を名乗る資格が本当にあるのか?」そう言われて浩も、あの時パーティー会場で、パパと一緒にママを罵ったことを思い出した。あの頃のママはまだ少し痩せていて、会場の真ん中でみんなに見られて、孤立無援だった。そう思うと浩は少し後ろめたかった。でも、それでも強がって言った。「前は僕が悪かったよ。でも僕はママの息子なんだ。ちゃんと謝ったんだから、許してくれるはずだ」「どんなことでも謝れば許されるってもんじゃない」健吾は冷たく言い放った。「お前みたいな、小さいくせにママをいじめるようなガキが。血が繋がってるからって、彼女が何でもお前の思い通りになると思ってんのか?言っておくが、俺がいる限り、彼女をお前た
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第590話

そして澪は健吾が京市にいると知っていた。だから茂から、「京市にある資料を取ってきてほしい」と頼まれた時は大喜びで引き受けたのだ。あの杏奈は、自分のちっぽけなアトリエを大事にしているから、とっくにN市へ帰ったに違いない。そう澪は考えていた。この隙に、健吾を絶対にモノにしてやる。そのためなら、どんな手を使ったって構わない。それに、茂に頼まれた資料は、もしかしたら​裕一が欲しがっているものかもしれないし。だとしたら今回の京市行きは、まさに一石二鳥だ。そう思って澪は秘書課の社員に尋ねると、健吾が今朝から出社していて、会議中であることを知った。そこで、彼女は健吾が好きなコーヒーを買い、彼のオフィスで待つことにした。午前中の会議は、それほど長くはかからなかった。健吾は、すぐにオフィスへと戻ってきた。ブラインド越しにオフィス内の人影を見かけた健吾は、てっきり杏奈だと思って、口元に笑みを浮かべてドアを開けたが、ソファに座っている人物を見て、その表情が固まった。「誰の許しを得て入った?」澪は健吾のいつもの冷たい態度には慣れていた。それでも笑顔を崩さず、優しく返した。「健吾さん、おじさんに頼まれて資料を取りに来たの」健吾は彼女を無視した。まっすぐ自分のデスクへ向かうと、スマホを取り出して杏奈にメッセージを送った。買い物、まだか?一方、健吾に無視された澪は、自分から話しかけるしかなかった。「健吾さん、この間は本当にごめん。もう鈴木さんにちょっかいを出すような真似はしないから……これからは私を本当の妹だと思って、許してくれないかな?」しかし、杏奈からの返事はなかった。健吾は眉間にしわを寄せ、スマホを置いた。そして、顔を上げて澪を見た。最近はやたらと謝ってくる人間が多い。そういう奴らに限って、人を傷つけておきながら、口先だけで謝れば許されるとでも思っている。思い上がりも甚だしい。「資料を取ったら、とっとと帰れ。目障りだ」そう思って彼の口から出た言葉は、まさに辛辣だった。そう言われ、澪は歯を食いしばり、顔が一層青白くなった。それでも彼女は、健吾の瞳に浮かぶ嫌悪の色を見て見ぬふりをして立ち上がった。そしてデスクに歩み寄ると、声を潜めて言った。「健吾さん、本当に反省してるの。お願い、兄さんに免じ
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