そう言われ健吾の表情が、珍しくこわばった。「あなたたち、前に同じ人を好きになったことがあるんでしょ!それで、あなたが負けたから!」健吾は杏奈のぶっ飛んだ想像力に呆れつつ、「もちろん違う!」と反論した。だが、彼が歯を食いしばる様子は、杏奈の目には、図星を突かれて逆ギレしているようにしか見えなかった。やっぱり。彼女は自分の推測が当たったと思った。そして心のどこかで切なさがよぎった。でも杏奈は、まるで姉のように健吾の肩をぽんと叩いた。「人生は、思い通りにならないことだってあるわよ。元気出して」そう言われ健吾は、さらに強く奥歯を噛みしめた。腹が立ったからだ。大きな手で杏奈の腰を引き寄せ、自分の体に強く押し付けた。「俺が本気になったのは、あなたが最初で最後だ。逆に聞くが、あの男はいつあなたにアプローチしてきたんだ?」すると今度は杏奈は目を丸くして、健吾を見つめた。この人、本当に今まで誰とも付き合ったことないの?彼女はまつ毛を震わせ、はっと我に返って慌てて言った。「何、変なこと言ってるのよ。柴田さんが私を好きだったなんて、そんなわけないじゃない!っていうか私があなたに質問してるんだけど!」なのに、どうして話をすり替えられて、自分が責められてるの?杏奈は納得いかなかった。「俺があの男と同じ女を好きだったって言ったのは、あなただろ。俺が好きなのはあなただけだから、あなたに聞くのは当然じゃないか?それに、あなたの推理は間違ってる」健吾は少し身をかがめた。すると二人の顔の距離は、こぶし一つ分ほどしかないほど縮められ、その声も、どこか魅惑的なニュアンスを持っていた。「だってあなたは、俺の彼女なんだから、俺の勝ちだ」一方、杏奈はまんまと健吾のペースに乗せられてしまったと感じた。でも、健吾の言葉はとても甘く響いた。彼は自分だけを、ずっと好きだと言ってくれているのだ。そう思うと杏奈の心に、じんわりと甘い気持ちが広がった。彼女は目の前にある、非の打ち所がない美しい顔を見つめた。そして、その視線は薄紅色の唇へと落ちていくと、杏奈はすっと顔を寄せ、健吾の唇にキスをしてから言った。「ええ、あなたの勝ちよ」一方健吾は、彼女の綻んだような笑顔を見ていると、心にもやもやと渦巻いていた怒りが、一瞬で消え去るのを感じた。
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