All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話

杏奈は、竜也の顔を見るたびに、さっき彼が不機嫌そうな顔で使用人に自分を物置に閉じ込めさせたことを思い出してしまうのだった。すると、彼女は顔から血の気が引き、恐怖に震えた。杏奈は数歩後ずさると、警戒心をあらわに竜也を睨んだ。「何をする気?」杏奈の怯えた様子を見て、竜也の胸にチクリと痛みが走った。どうやら、本当に彼女を怖がらせてしまったらしい。そう感じた竜也は口調を和らげ、杏奈に優しい眼差しを向けた。「さっきのことは俺が悪かった。もう二度と、お前を屋根裏に閉じ込めたりしない」だが、杏奈は彼の言葉を信じようとはしなかった。「出ていって!」しかし竜也は部屋を出ていくどころか、杏奈に向かって二歩、歩み寄った。「お前とは離婚しない。この中川家から出ていくことも許さない。あの男とのことなら、水に流してやる。これからもお前は俺の妻だ。よく考えてみろ。手足が不自由なお前が、この家を出て一体どこで暮らせるっていうんだ?」杏奈は鼻で笑った。「私がこんな体になったのが、一体誰のせいなのか、あなたがいちばん分かってるはずよ」それを聞いて竜也の顔がこわばった。まさか、こいつ……全部知っているのか?そう思うと彼の心に、一瞬の動揺が走った。「何を知っているっていうんだ?」「竜也、さっさと離婚届を出しにいこう。財産なんていらない。浩の親権も譲るわ。とにかくあなたと別れたいの!これからあなたと真奈美がどうなろうと、私の知ったことじゃない!」そう言われると竜也の心にあった動揺は、たちまち怒りへと変わった。これまでずっと杏奈を騙し通せてきたのに、彼女が一夜にして真相を知るはずがない。そうだ、こいつはただ嫉妬しているだけなんだ。竜也は冷たい顔で言った。「杏奈、何度言えばわかる。俺と真奈美はただのダチだ。そんなことをいつまでも棚に上げて、しつこいぞ。真奈美はずっと夫に一途なんだ。お前みたいに、外で平気で男を作る女と一緒にするな」そうか、彼のなかでは、自分はそういう女だったのね。「あなたがどう言おうと、私は絶対にあなたと離婚するから」そんな彼女の態度に竜也は完全に逆上した。「いいか、杏奈。離婚するもしないも、お前が決めることじゃない。それと、この中川家の屋敷から一歩でも外に出るな。もし破ったら、外にいるあ
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第72話

すると、電話の向こうの健吾は、拳を固く握りしめた。そして彼は凍てつくようなオーラを放ちながら、暗く沈んだその表情は恐ろしいほど険しかった。このまま放っておけって?自分が放っておくわけないだろう。「わかった」彼はどうにか感情を押し殺して答えた。「手の怪我、ちゃんと薬を塗って湿布も貼るんだぞ」「ええ、わかってるわ」「だが」健吾は言葉を飲み込もうとしたが、やはり堪えきれずに口を開いた。「もしあの男がこれ以上あなたを傷つけるようなら、俺は黙って見てるつもりはない」「あなたって……」杏奈が言い終わる前に、健吾は一方的に電話を切った。彼女は切られたスマホの画面を見つめながら、どうしようもない気持ちになった。でも、それ以上に心が温かくなるのを感じていた。健吾は、本当に優しい人だ。一方、電話を切った健吾は、険しい表情で席を立った。ちょうど用事を済ませた洋介が部屋に入ろうとして、二人は鉢合わせになった。「社長?」「車の鍵を持ってこい、今すぐ上田さんに会いに行くぞ!」洋介は一瞬戸惑ったが、慌てて健吾の後を追った。「しかし、もうこんな夜更けです。彼はもうお休みになっているのでは……」だが、その声は健吾の耳には届いていないようだった。もう一刻の猶予もない、そう健吾は直感的に思った。竜也には、必ず報いを受けさせてやらないと。……その頃、竜也も自分の部屋へ戻ろうとしていると、部屋の前で真奈美が待っていた。すると彼のこわばっていた表情が、瞬く間に和らいだ。「真奈美、俺を待ってたのか?」真奈美は頷くと、申し訳なさそうな顔で彼を見上げた。「謝りに来たの。さっき、お姉さんの知り合いの男の人から電話があって……うっかりお姉さんが屋根裏にいるって話しちゃって、きっとその人が警察に通報したのよ。全部、私のせいね」「知り合いの男」という言葉を聞いて、竜也の表情が険しくなった。だが、しょんぼりする真奈美の姿に、彼は胸が痛んだ。すると彼はそっと、真奈美の頭に手をやった。「お前のせいじゃない。杏奈の過ちを、お前が背負う必要はないんだ」「これから、どうするの?」真奈美が尋ねる。竜也は静かに言った。「杏奈が反省してくれれば、俺は許す。そして、また二人でやり直すつもりだ。でも、もしあいつが態度を
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第73話

一方で、浩はここ数日、あまり食欲がなかった。彼はもともと体が弱いから、病気になるたびに大ごとになるのだ。2日間、ほとんど何も食べていなかったせいか、彼は杏奈の作るお味噌汁が恋しくてたまらなかった。学校を休んでいた浩は、杏奈がまだ家にいることを知ると、いてもたってもいられなくなり、彼女の部屋を訪ねた。その時杏奈はカルトンを窓のそばに移動させていた。彼女の手首には湿布が貼られていて、筆を持つ手つきは少しぎこちないながらも、その動きは確かだった。そして、窓から差し込む太陽が、杏奈の体をやわらかな光で包み込んでいた。しばらく母親の顔を見ていなかったからだろうか。浩は彼女の姿を見た途端、胸にこみ上げてくる懐かしさを感じた。杏奈もドアの方の気配に気づき、そちらを振り返ると、浩が立っていた。同じ家に住んでいるというのに、自分の息子の顔を見るのは何日ぶりだろうか。浩は杏奈に会いたくないあまり、食事も自分の部屋でとる、と言ってきかなかったのだ。「何か用?」その声は、とても冷たかった。その瞬間浩は、目の前にいる女がまた別人のように感じた。彼は不満そうに唇をとがらせると、ふん、と顔を上げて杏奈をにらみつけた。「あなたが作ったお味噌汁が食べたい。今すぐ作ってこい!」そのあまりに偉そうな態度に、杏奈は眉をひそめた。「人にものを頼む態度がそれ?」杏奈のその様子を見て、浩はふと思い出した。そう言えば、昔から勉強から食事まで、自分が何か失敗するたびに杏奈に厳しく叱られてきたのだ。すると、浩は思わず、うつむいてしまった。そんな姿に、杏奈は少しだけ胸が痛んだ。浩は自分が育てた子だ。彼がどんな子か、彼女にはよく分かっていた。病気でほんの数日で痩せてしまった小さな顔を見ると、やはり不憫に思えて、杏奈は筆を置くと、もう6時間も貼りっぱなしだった湿布を剥がした。「作ってあげるよ」結局、彼女は浩のためにお味噌汁を作ってあげることにした。そして、浩は食事担当の使用人を呼び止めると、杏奈のお味噌汁の作り方を覚えておくように言いつけた。そうすれば、彼はこれからまた食べたくなった時に、わざわざ母親に頼まなくても済むからだ。使用人に作ってもらえばいい。それから杏奈がお味噌汁を運んで行くと、ちょうど二階から真奈美が下
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第74話

杏奈は手の甲にかかったお味噌汁を振り払うと、火傷したそこはみるみるうちに赤く腫れ上がった。竜也は、杏奈を睨みつけた。「杏奈!わがままも大概にしろ!真奈美はお前の妹だろうが。彼女はバレエ団のプリマなんだぞ。その手を火傷させて、彼女の人生をめちゃくちゃにするつもりか?」浩も怒りをあらわにして、杏奈に怒鳴りつけた。「真奈美おばさんに嫉妬してるんだろ!自分はもう踊れないからって、人を羨んでるんだ!意地悪!」「だって……」杏奈が何かを言う前に、竜也は真奈美を横抱き上げ部屋を出て行った。浩も椅子から飛び降りると、二人の後を追って出て行った。すぐに外から車のエンジン音が聞こえたから、彼らは病院に向かったのだろうと杏奈は思った。そして彼女はキッチンに戻ると、手の甲を冷水で冷やしてから、火傷の薬を塗った。竜也と浩にまで裏切られた今、彼女の心は不思議なほど静まり返っていた。胸の奥がズキリと痛んだけど、この痛みもきっとすぐに消えるだろう。そう思いながら寝室に戻ろうとしたとき、父親の翔平から電話がかかってきた。「1時間以内に久保家に戻ってこい。さもなければどうなるかわかっているな!」そう怒鳴り散らした後、彼は電話を一方的に切ったのだった。杏奈は戻りたくなかった。しかし、久保家とはけじめをつけなければならない。それに、2ヶ月後には祖母の命日も控えているので、いずれにせよ戻る必要があった。彼女は覚悟を決め、身支度を整えて久保家に向かった。実家のドアを開けると、そこには少し前に会ったばかりの美咲がいた。美咲と彼女の母親・荒井智子(あらい ともこ)がソファに座っており、その向かい側には両親が座っていた。そしてその場にいた全員が、険しい表情をしていた。杏奈がリビングに入ると、母親の椿が駆け寄ってきて、いきなり平手打ちをしようとしてきた。杏奈はとっさに身をかわした。「この恥知らずが、よくも避けたわね!外でとんでもないことをしでかして、あなたのせいで久保家の名誉は地に落ちたわ!」杏奈は眉間にしわを寄せた。「私が何かした?」「よくもまあ、しらばっくれるわね!」椿が再び手を振り上げると、今度は美咲が立ち上がり、目を真っ赤にして杏奈に突進してきた。「全部あなたのせいよ!この男たらし!あなたが誘惑したから
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第75話

「だから、私じゃないって言ってるでしょ!」杏奈がどんなに弁解しても、両親は彼女が人の彼氏を寝取ったと信じきっていた。杏奈は、自分がまだ久保家の娘だと思われていた、あの18年間をふと思い出した。あの頃は、両親もまだ優しかった。でも、真奈美が戻ってきてから全てが変わった。両親は自分に注いだ愛情を、真奈美への罪悪感の裏返しのように扱うようになったのだ。だからここ数年、自分への当たりはどんどんキツくなっていった。しまいには、自分の人格まで否定するようになった。杏奈はもう疲れた。一番身近な家族でさえ変わってしまうのなら、この家に寄せる想いはまったくなくなったのだ。彼女は冷たく目を伏せ、感情を押し殺した声で言った。「信じてくれないなら、もう縁を切ろう。私は今日限りで、久保家の人間ではなくなればいいでしょ」椿は鼻で笑った。「杏奈、あなたは真奈美の人生を18年も独り占めしたのよ。真奈美が帰ってきた時から、あなたはもう久保家の人間なんかじゃないわ。でも、その18年間に私たちがかけたお金と労力は全部返してもらうから。真奈美にも償いをしてもらわないと、この家からと縁を切るなんて絶対に許さない!」また、その言葉だ。確かに、自分は真奈美の人生を18年間、代わりに生きてきた。でも、取り違えられたとき、自分はまだ赤ん坊だったのだ。自分だってそんな事実を知らなかったんだから、仕方ないじゃない。8年前に冬馬は自分を捨て、真奈美と結婚した。そして今、竜也は真奈美のダンサーとしてのキャリアを守るため、自分の手足をめちゃくちゃにした。それだけじゃない。この8年間、両親からもひどい仕打ちを受けてきた。これでもまだ、償いが足りないというの?そして美咲も、杏奈を見下すように言った。「あなたは久保家本当の娘でもないのに、今まで真奈美さんの代わりに十数年もいい思いをしてきたじゃない。あげくの果てには、兄と結婚しようとしたんでしょ。もし真奈美さんが戻ってこなかったら、うちの家族はあなたに騙されっぱなしだったじゃない!それで今度は私の彼氏まで奪うつもりなの?どこまで厚かましいのよ!」美咲は言えば言うほど腹が立ってきて、母親に助けを求めて騒ぎ始めた。「もういい!」翔平はそう怒鳴ると、杏奈の腕を掴んでソファのそばまで引きずり、「美咲に謝れ!」と
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第76話

だから、たとえ竜也が杏奈にどんなひどいことをしても、離婚させるわけにはいかない。竜也は杏奈のそばに歩み寄り、彼女を見つめた。「美咲さんに謝れ」その一言に杏奈の冷え切った心はもはや何も感じられずにいた。彼女は鼻で笑いながら言った。「私は、何も悪いことなんてしてない」だから、謝るつもりなんて毛頭ないのだ。美咲はふんぞり返って杏奈を見下ろし、その瞳は悪意に満ちていた。「彼女に土下座して謝らせてもらわなきゃ!承知しないから!」「ふざけるのも大概にして!」杏奈が背を向けて立ち去ろうとした瞬間、竜也にぐいっと腕を掴まれた。「竜也、離して……」竜也は杏奈の言葉を遮ると、無理やりその場に跪かせた。こうして彼は厳しい表情で、杏奈の体を地面に強く押さえつけた。「謝れ!」杏奈が屈辱に耐えていると、隣に立つ真奈美からの挑発的な視線を感じた。それに気づくと杏奈は唇を固く結んだ。自分がやっていないことについては絶対に謝らないから。すると竜也は痺れを切らし、杏奈が怪我をしている足首を容赦なく踏みつけた。「きゃっ!」彼女は足首に、耐え難いほどの激痛が走るのを感じ、思わず悲鳴をあげた。そして、竜也は杏奈の耳元で、囁くように言った。「杏奈、お前が美咲さんの彼氏を誘惑していないことは分かってる。でも真奈美はまだ荒井家にいるんだ。姉として、彼女のことも考えて謝ってくれよ」杏奈は血の気を失った顔で俯いた。そして、まるで心臓を鋭い刃物で貫かれたような、そんな痛みを感じた。真奈美のためだけに、こんな風に濡れ衣を着せられて、彼から辱めを受けなければならないなんて。絶対に謝らない。やってもいないことで謝罪なんて、ありえない。竜也はさらに足に力を込める。杏奈は痛みで体が小刻みに震えた。「杏奈!」みるみるうちに青ざめていく杏奈の顔を見て、竜也は焦り始めた。なんで、こうも意地を張るんだ?「私が、悪かったわ」竜也が諦めて美咲をなだめようとした、その時だった。杏奈のか細い声が聞こえてきた。その声には何の感情もこもっておらず、まるで羽のように軽やかで、儚げだった。彼女が謝ったのだと気づき、竜也は安堵のため息を漏らした。竜也は顔を上げて美咲に言った。「これで満足だろ?」美咲はまだ何か言いたそうだったが、
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第77話

竜也は杏奈を病院へ運んだ。杏奈の足の怪我を診察した医師は、厳しい表情を浮かべた。「古傷に加えて新たな怪我も……入院して経過を見る必要がありますね。もし今回で完治しないと、後遺症が残るかもしれません」医師の言葉を聞いて、竜也はようやく自分の行いが、どれほど杏奈を傷つけたのかを思い知った。彼は冷たい表情を浮かべていたが、杏奈を見ると、無意識に声のトーンを和らげた。「すまない、杏奈。俺が悪かった。最高の医療チームを用意する。責任は俺が取る。もし治らなくても、一生お前の面倒は見るから」杏奈は竜也を見つめた。病室の青白い照明の下でも、彼の整った顔立ちは凛々しく映えていた。すっと通った鼻筋に、涼しげな目元。自分を見つめる瞳は水面のように優しく、心からの心配に満ちているようだった。まるで結婚したばかりの頃のように、自分を大切に扱ってくれた。でも、この男の化けの皮は剥がれた今、自分はもう彼に、何の期待も抱いていなくなっていた。一生面倒見てほしいなんて誰も頼んでないし、頼りにもしていないから。そう思って杏奈は感情のこもらない、少し冷たい声で言った。「もう帰って」竜也は眉をひそめた。「足が不自由なんだ。俺が残って看病する」「真奈美のために私の足を踏みつけたのに、彼女の顔を見に行かなくて平気なの?」杏奈は無表情で彼を見つめた。その漆黒な瞳には、何の感情も映っていなかった。竜也は口を開きかけたが、何も言い返せなかった。真奈美は今朝怪我をしたばかりだ。さっき久保家で、荒井家の母子は一旦収まったように見えたけど、智子は粘着質な性格だ。真奈美に八つ当たりしないとも限らない。なにより、杏奈はもう病院に連れてきたのだ。少しだけ真奈美の様子を見に行くだけなら、問題ないだろう。そう思って彼は杏奈に目を向けながら、一瞬の葛藤の色を浮かべたが、「お前がそんなに真奈美のことを心配してくれるなら、少し様子を見てくる。お前はゆっくり休んでろ。すぐに戻るから」と言った。そう言い終わると、病室を出て行った。彼の足取りは速く、あっという間に姿が見えなくなった。その姿に、杏奈は力がぬけたように笑った。好きな人に会いに行くんだから、走ってでも行きたくなるわよね。足の傷がまだズキズキと痛む。彼女はもう何も考えず、ベッドに横になり目を閉
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第78話

それを聞いて、杏奈は寂しそうに微笑んだ。浩は、自分が手塩にかけて育てた実の息子だ。かつてはあんなに可愛らしくて、自分にばかり甘えてきたあの子が、今ではこんなにも自分を煙たがるなんて。「安心してちょうだい。どうせいつか、彼女があなたのママになるんだから」無表情のまま、杏奈はぽつりと呟いた。そんな彼女の様子を見て、浩はなぜか胸騒ぎを覚えた。まるで何か、大切なものが失われていくような気がしたからだ。……真奈美は昨夜、智子に相当いびられたらしい。いつもはサバサバした男勝りの女が、子供みたいに泣いていた。だから竜也は、一晩中そんな彼女を慰めていた。そして考えれば考えるほど、悪いのは杏奈の方だと思えてきた。なんでわざわざ美咲を怒らせるような真似をしたんだろう?しかし、彼にはそんなことに構っている時間はなかった。今朝は大きな商談が控えていたのだ。翌朝早く、竜也は身支度を整えると、上田純一(うえだ じゅんいち)と約束していたHSレストランへと向かった。純一が手がけている海外プロジェクトは、もし契約できれば、今の中川グループにとってはまさに救いの神のようなものだった。だからこそ、竜也はこの会談を何としても成功させたかった。そして、待ち合わせていた場所に純一は約束の時間通りにやって来た。「すみません、お待たせしました」「いえ、俺も今来たところです。上田さん、どうぞおかけください」純一は席に着くと、すぐに本題を切り出した。50代くらいのその男は、にこやかに竜也を見ていたが、その笑顔は、なにやら意味深だ。「中川さん、ご用件は伺っております。ですが例の海外プロジェクトは、すでに別の提携先が決まってしまいまして。申し訳ありませんが」竜也はドキッとして、焦って聞き返した。「ですが上田さん、話はほとんど決まっていたはずです。あなたも以前は中川グループに興味を示してくれていました。それがどうして……」「より良い選択肢があれば、そちらを選ぶのは当然でしょう。中川さん、ビジネスの世界では利益が全てです。お分かりいただけますよね」より良い選択肢だと?この京市で、中川グループに勝る企業などあるはずがない。一体どこのどいつだ?そう思うと竜也の眼光が鋭くなり、その瞳には、険しい光が浮かんでいた。まさか、ま
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第79話

そう言われて健吾は、竜也を冷たく一瞥した。その漆黒の瞳は、底知れない冷たさを湛えている。「あなたの取引がどうしてダメになったか、知ってるか?」竜也は顔を曇らせた。「やはり、あなたの仕業か?」「今度は、契約が一つなくなるだけじゃ済まされないかもしれないよ」そう言って、健吾は中へ入っていくと、肩でわざと強く竜也を突き飛ばした。竜也は、その殺気だった眼差しに一瞬怯んだが、すぐに平静を取り戻し、静かに健吾の背中を見送った。すると、ちょうど中から出てきた純一が、健吾と握手を交わしていたのが見えた。これで竜也は、純一との取引を潰したのが健吾だと確信した。しかし、あんな若造に、一体どんな力があるというんだ?純一に中川グループとの大きな仕事を諦めさせるほどの力が。まさか……健吾は、橋本グループの社員なのか?……一方で、杏奈は数日間、入院していた。その間竜也は見舞いに一度も来ず、ただヘルパーをよこしただけだった。それでも、彼女は気にしなかった。この数日間、健吾から何度か誘われたが、杏奈は断っていた。一つは、健吾に自分の怪我や入院のことを知られたくなかったし、彼に心配をかけたくなかった。そしてもう一つは、健吾を巻き込みたくなかったからだ。竜也なら、何をしでかすか分からない。そして、何日かして足の怪我も少しよくなって、ベッドから降りられるまでには回復していた。そんな時、探偵から突然電話がかかってきた。「中川さん、ご依頼の件ですが。4ヶ月前にあなたがひき逃げの濡れ衣を着せられた件、進展がありました」杏奈は、それを聞くとすぐに松葉杖をついて病院を抜け出した。そして、探偵と待ち合わせたバーに着くと、杏奈は彼の向かいの席に腰を下ろした。探偵は30代くらいの男で、全身黒のラフな服装に、チャコールグレーのハンチング帽を目深にかぶっていた。「木下さん」杏奈は頷き、話を促した。探偵の木下直樹(きのした なおき)は、すぐに本題に入った。「中川さん、4ヶ月前、あなたは車で外出し、翌日ひき逃げの容疑で警察に拘留されました。調べによると、人をはねた車はあなたのもので、その日外出したのも事実です。車内から見つかった指紋もあなたのものだけでした。警察は多角的な捜査の結果、あなたを犯人と断定し、有罪判決が下
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第80話

健吾と知り合って長いけど、杏奈が彼からあんなことを言われたのは、これが初めてだった。今までの健吾は、いつも自分の気持ちを尊重して、プライベートなことには口出ししないようにしてくれていた。それなのに今回は、こんなにもはっきりと要求してきた。しかも、すごく真剣な口調で。杏奈は、少し戸惑った。でも、健吾が自分のことを心配してくれているんだと分かると、杏奈はただ微笑んだ。「心配しないで。きちんと離婚をするから。私のことは心配しないで」それでも健吾の険しい表情は変わらず、杏奈の目の前まで歩み寄った。彼は杏奈を見つめ、「離婚のことで、もし何か困っているなら、俺が力になるよ」と言った。「大丈夫だから!」杏奈は、強い拒絶の気持ちを込めて、思わずそう叫んでいた。健吾は、ただ黙って彼女を見ていた。「これは私の家の問題だから、口を出さないで」杏奈は彼から視線をそらし、静かな声で言った。自分と距離を置こうとする杏奈の態度に、健吾はさらに苛立ちを覚えた。彼が何かを言いかけたその時、竜也がドアを開けて入ってきた。そして、病室に健吾がいるのを見て、竜也の表情がさらに険しくなった。「なんであなたがここにいるんだ?」その声は大きく、怒りがこもっていた。杏奈は、竜也が健吾に何かするのではないかと心配になり、先に口を開いた。「私、体調が悪いからお見舞いに来てくれたのよ。何か文句ある?」杏奈がそこまで健吾を庇うとは思わなかったのか、竜也の表情はさらに曇った。「杏奈、俺がちょっと顔を見に来なかったからって、すぐこいつを呼びつけたってわけか?恥を知れよ!」「竜也、何を馬鹿なこと言ってるの?」竜也は、健吾に仕事を横取りされて元々腹を立てていた。その上、彼と杏奈が親しげにしているのを見て、怒りが一気に頂点に達したのだ。杏奈は健吾に視線を向けた。「健吾さん、もう帰って」健吾は杏奈の目を見て、その奥にある気遣いを読み取った。彼はぐっと拳を握りしめたが、少しだけ表情を和らげた。「それじゃ、ゆっくり休むんだぞ」そう言うと、健吾は竜也には目もくれず、病室を出ていった。すると、竜也は杏奈に顔を向けた。いつもは優しげなその顔は、今は凍てつくように冷たく、険しい表情をしていた。「杏奈、俺が言ったことを忘
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