All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 631 - Chapter 640

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第631話

そう言われ、男は杏奈の言葉にカッとなった。「女のお前に仕事の何がわかるっていうんだ?契約をなかったことにするだなんて、お前にそんな権限があるわけないだろう?」「これでも鈴木家の一人娘として兄さんたちに可愛がられているのよ、そんな私の言うことが無意味だと思う?」杏奈は男たちをじろりと見回し、ゆっくりと言った。「あなたたちのその格好からして、大した会社じゃないってことは分かるわ。うちの事業はね、そんじゃそこらの会社が簡単に手を出せるものじゃないの。ここにいる一人一人の顔は覚えたから。私の彼氏にしたこと、全部お返しさせてもらうわ」杏奈は彼らを冷たく一瞥すると、健吾へと視線を移した。彼はまだ眠っている。杏奈は屈んで健吾の肩を軽く叩き、小声で呼びかけた。「健吾さん?起きて」健吾はうつらうつらと目を開けた。杏奈の顔を見た瞬間、彼の口元に笑みが浮かんだ。「杏奈さん、来てくれたんだね……」「うん、迎えに来たの。一人で立てる?」「立てる!」健吾はテーブルに手をついて立ち上がった。彼のシャツについた赤ワインの染みを見て、杏奈の表情は一層険しくなった。健吾がふらついたので、杏奈は慌てて駆け寄ってその体を支えた。「私につかまって。家に帰るわよ」「うん」健吾は杏奈の肩に腕を回した。うつむいた拍子にソファの男たちが見えたのだろう、彼はにやりと笑って言った。「皆さん、これでおいとまします。提携の件、前向きにご検討くださいね」そう言って健吾の腰を支える杏奈の腕に、ぐっと力が入った。一方杏奈も健吾の視線の先へと目を向けた。すると男たちは一斉に身をすくめた。恐れているのは杏奈本人ではない。彼女のバックにいる鈴木家が怖いのだ。そして、杏奈の視線は、気絶した男に注がれた。「彼が目を覚まして通報するって言うなら、好きにさせて!」そう言い残すと、杏奈は健吾を支えながら階段を降りていった。健吾を助手席に座らせると、杏奈は彼のシャツのボタンに手をかけた。濡れた服を脱がそうとしたのだ。全てのボタンを外し終わったところで、健吾が大きな手で杏奈の細い手首を掴んだ。「なんで服を脱がすんだ?」彼の甘えるような声は、明らかに酔っ払い特有のものだった。今の杏奈は、健吾のことが不憫でならなかった。怒ってはいたが、子
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第632話

杏奈は、ベッドでぐっすり眠っている健吾にちらりと目をやり、スマホを持って部屋を出た。彼女の声はだんだん小さくなり、かすかに聞こえてくるだけだった。「お兄さん、ちょっと何人か調べてほしいんだけど」だが、寝室のドアが閉まると、健吾はぱっと目を開けた。彼はドアの方へ体を向け、意味深な笑みを浮かべた。今夜のこの状況は、、健吾が仕組んだものだった。竜也による意図的な攻撃のせいで、橋本グループが傾き始めていると世間に信じ込ませるために。でも、杏奈の行動は予想外だった。普段の杏奈は、まるでおとなしい子猫のようだ。たまにシャーッと威嚇しても、それはだいたい甘えているだけだったから。今夜のような気迫のある姿は、今まで一度も見たことがなかった。その反応を、彼はとても気に入った。一方、杏奈は豪との電話を終えると、用意してあった酔い覚めの薬を寝室に運んだ。そして部屋に入ると、ベッドで横になっている健吾はぱっちりした目でドアの方を見ているのだった。そして二人の視線が合うと、健吾は、口の端をくいっと上げて言った。「お腹すいた」彼の顔はまだ少し赤く、口調も甘えるようだった。こんなに酔ってるのに、お腹がすいて起きるなんてことあるの?やっぱり、夕食をまともに食べられなかったんだわ。あの人たち、本当に許せない。そう思って杏奈は心の中で悪態をつきながら、酔い覚めの薬を持ってベッドサイドへ歩み寄った。「まず、この酔い覚ましの薬を飲んで」健吾はベッドにもたれかかり、だるそうな様子だった。でも、その視線は杏奈の顔に釘付けになっていた。彼は、杏奈が優しい声で自分をなだめるように、薬を飲ませてくれるのを見ていた。そして、愛おしそうな眼差しで自分を見つめる杏奈の表情を、健吾はただ見ていた。杏奈が優しく手を引いて起こすのを、されるがままになっていた。そして、そのまま階下へと向かった。だが、彼のその受け身な態度は、杏奈がキッチンに入ろうとした瞬間に一変した。健吾は杏奈の手を掴むと、少し力を込めて、自分の膝の上に引き寄せた。「どこ行くんだ?」「もう遅いけど、あなたに温かいうどんでも作ろうと思って」杏奈はそう言った。使用人はもう寝ている時間だし、わざわざ起こすのも気が引けたから。だが、健吾は言った。「俺が
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第633話

「うん、ちょっとね」杏奈は健吾からうどんを受け取ろうとしたけど、彼はサッと身をかわした。「ほら、行くぞ。食べよう」豚汁をアレンジしたうどんには、シャキシャキのネギが乗っていた。杏奈は夜ご飯を済ませていたのに、すっかり食欲をそそられてしまった。そして食事を終えると、健吾の酔いがだいぶ覚めてきたのが、杏奈にははっきりと分かった。「早くお風呂に入って寝なよ。明日も仕事でしょ?」健吾は、杏奈に何か聞かれるだろうと思っていた。彼女にどう答えるか、もう考えていたのだ。でも杏奈は何も聞かず、ただ落ち着いた様子で、早く寝るように促すだけだった。まるで今夜は何もなかったかのような態度だ。健吾は何か言いかけたが、結局、口をつぐんだ。翌朝。健吾が目を覚ますと、隣はもぬけの殻だった。いつもは自分の方が先に起きるのに。杏奈がこんなに早起きだなんて、珍しいことだった。身支度を終えて階下に降りたが、杏奈の姿はない。使用人に聞くと書斎にいるとのことだったので、健吾はそちらへ向かった。今日の杏奈は、フォーマルな格好をしていた。白のジャケットにベージュのインナーを合わせ、ボトムスも同系色のパンツだ。髪はすっきりと後ろにまとめられ、顔には薄化粧が施されている。健吾は不思議に思った。いつもの杏奈もお洒落だけど、大抵はカジュアルな服装だ。それに、メイクも面倒なときはしないし、しても眉とリップくらいだった。今日みたいに、ここまでフォーマルな格好をするのは滅多にない。「今日はどこか行くの?」書斎に入りながら、彼は何気なく尋ねた。杏奈は健吾が入ってきたのに気づくと、さりげなく声をかけた。「起きたのね」彼女は手にしていたタブレットを置き、健吾の方へ歩み寄った。「今日は仕事関係の人と会う約束があるの。お昼頃には終わると思うから、そしたら連絡するね。一緒にお昼ご飯食べよう」杏奈は明るく微笑んだ。化粧をした顔が、一層美しく見える。「どんな仕事仲間なんだ?柴田か?」「もちろん違うわよ!あなたがPRaとの提携を無しにしてくれたじゃない。今さらあの人と連絡なんてとるわけないでしょ」健吾もそれは分かっていた。でも今は特殊な状況だから、杏奈の安全を確認しておかなければならない。「場所を送ってくれ。リアルタイムで共有だ
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第634話

大介の会社を後にした杏奈は、続けて数社の取引先を回った。そして先ほどと同じ手口で、他の会社にも次々と協力関係の解消を言い渡していった。権力で人をねじ伏せるっていうなら、やってやろうじゃない。ちょうど、今の彼女にもそれくらいの力はあるから。大事な人をいじめるなら、やり返すまでだ。杏奈はやるべきことを終えると、レストランでテイクアウトをしてから、橋本グループへと急いだ。今日、彼女は健吾の専用エレベーターではなく、一般社員用のエレベーターに乗った。そしてエレベーターの隅に立っていると、橋本グループの社員たちがひそひそ話しているのが聞こえてきた。「中川グループなんて、前はうちの会社に全然かなわなかったのに。あの中川社長も何を血迷ったのか、業界の会社にうちと協力するなって言いふらしてるらしいよ」「ほんとだよ。前はうちの社長に必死で提携をお願いしてたのに、今じゃ盾突いてくるなんてね」「たいしたことないとは思うけど、昨日社長がこの件でイライラしてたみたい。うちの上司なんて今もビクビクしてるし、部内で決まってた契約もいくつかダメになったから、すごく雰囲気が悪いんだ」「しばらくは、おとなしく仕事するしかないね。会社が持ちこたえてくれるといいけど。転職なんてしたくないし!」……どうやら、橋本グループの社員は、会社への愛着が強いようだ。それを聞きながら杏奈は最上階まで行くと、落ち着いた足取りで健吾のオフィスに向かった。その時、健吾はオフィスで、なんとゲームをしていた。入り口に立った杏奈の耳に、オフィスから聞こえてくる剣戟の音や勇ましいゲームの効果音が届いて、彼女はまるで夢見心地だった。今の健吾は、会社の危機を前にピリピリしているはずじゃないの?デスクの前で子供みたいにゲームに夢中になって、満足げに微笑んでいるあの人は、一体誰なんだろう?杏奈が入ってくるのを見て、健吾は慌ててゲームを中断した。チームメイトのことなどお構いなしに、立ち上がって彼女のそばに駆け寄る。「やっと来てくれた。ずっと待ってたんだ」健吾は杏奈の手からテイクアウトの袋を受け取ると、彼女を抱きしめた。杏奈の首筋に顔をうずめて深く息を吸い込むと、満足そうに手を引いてソファへと座らせた。「何してたの?」健吾がゲームをしていたのは分かっ
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第635話

「じゃあ、佑さんは?アトリエの上の階で働いてるって思ったら、PRaの偉い人だったりするし。あの人の正体、普通じゃないわよ。あなたたちは敵同士だって言ってたわよね。竜也があなたに何か仕掛けてきた時に、あの人まで手を出してきたら……あなたは前後から敵に挟まれることになるわ」そう言われ、健吾の手が、ぴたりと止まった。「柴田の正体が分かったのか?」杏奈は首を振った。「ただの憶測よ」最初に佑に会った時、彼は杏奈のアトリエの上の階にある会社の責任者だった。それに助けてもらったこともあるし、別に悪い人だとは思ってなかった。でも、そのあと京市で彼がPRaの責任者として話しかけてきた時、杏奈は何かおかしいって気づいた。あの人、色々な顔を持ちすぎてる。しかも、どれもただの役職じゃない。それに、健吾と敵対してるってことも考えると、佑はわざと自分に近づいてきたんじゃないかって。だったら、N市での責任者っていうのも、嘘だったのかも。それか、あれも本当で、自分のアトリエの上の会社も佑のものだったりして。とにかくあの人は謎だらけで、すごく危険な感じがする。けれど、健吾はそれほど心配していないようだった。ただ、杏奈が佑にちゃんと警戒心を抱いているのを見て、逆に安心した様子だった。健吾は杏奈の頬を優しくつまんで言った。「心配しなくていい。全部、俺の計算通りだ。柴田は中川を利用して俺を潰そうとしてるけど、俺はその流れに乗って、あいつをこの国から完全に追い出すチャンスを待ってるだけさ」そう言って彼の漆黒の瞳に、冷たい光が宿った。この時今までの、自信に満ちていた頃の健吾が戻ってきたようだった。それで杏奈もようやく分かった。健吾はすべてを知った上で、すでにあらゆる準備を整えているのだと。彼女ははっと健吾を見た。「昨日の夜、酔っぱらったのって、わざとだったの?」あの人たちの前でわざと弱いフリをして、橋本グループは社長自らが接待しないといけないくらい落ちぶれたって、そう見せかけるため?健吾はうなずいた。杏奈はカッとなった。「だったらなんで教えてくれなかったのよ!私はあなたが馬鹿にされてるんだと思って、今日、仕返ししてきちゃったじゃない!」彼女は不満そうに、健吾の腕を叩いた。健吾は少し意地悪そうに笑った。「昨日は酔っぱらっ
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第636話

健吾は相手の声を聞き、杏奈の方を見た。その目には戸惑いの色が浮かんでいて、「これが俺のためにしてくれた仕返しか?」と言っているようだった。杏奈は健吾に微笑みかけると、その腕の中から抜け出して食事を始めた。健吾はソファに背を預け、食事をする彼女を優しい目で見つめていた。その口元の笑みはずっと消えなかった。すると電話の向こうの声は、まだ続いていた。「橋本社長、お話にあった提携の件ですが、お受けいたします。ですので、鈴木さんに我々との提携を取り消さないよう、お願いできませんでしょうか?」「提携など必要ない」健吾は冷たくそう言い放つと、相手の反応を待たずに電話を切った。杏奈は、健吾がわざと弱みを見せているのだと分かっていた。だから、電話の相手にどう返事したかは気にしなかった。ただ、昨日の夜あれだけ心配したのに、彼はまるで芝居でも見るかのように、自分が慌ただしく動き回るのを見ていただけなんだと思うと……なんだか、面白くなかった。健吾がテーブルのスペアリブを取ろうとしたのを見て、杏奈は素早く彼が狙っていた一切れを横取りした。すると健吾の手がぴたりと止まった。横目で杏奈を見ると、彼女は顔全体で、「私、今すごく怒ってるの」と訴えているようだった。だけど、彼女はぷうっと頬を膨らませていたが、威圧感は全くなく、むしろ可愛らしさが増しているだけだった。健吾は、今度は隣のおかずに箸を伸ばした。しかし、お皿に届くか届かないかのところで、またもや杏奈に取られてしまった。それを見て彼の口元の笑みが、さらに深くなった。そして、今は素直に謝るべき時だということも分かっていた。そこで健吾はとても健気に、杏奈のお皿にスペアリブをもう一つ取ってあげた。「怒らないでくれ。あなたに何もかも黙っていた俺が悪かった。罰として、今日のお昼はご飯だけにするよ!」彼が本気でそう言うのを聞いて、杏奈はまた急に不憫に思えてきた。杏奈は横目で健吾を見た。すると彼は、本当に白ご飯だけを食べていた。彼女は言った。「わざとやってるでしょ?」すると健吾はすかさず言った。「心から反省している」そして彼は誠意を見せるために、頭を深々と下げて見せた。そして顔をあげるとその漆黒の澄んだ瞳には、真剣な思いが満ちていた。すると、杏奈は、何も言
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第637話

だが、杏奈は断った。「午後は用事があるの。睦月さんとオンラインで最近の仕事のことを話さないといけないから」彼女は今N市にいないけれど、だからといって仕事を全部睦月に任せっきりにするわけにはいかない。自分の責任は、きちんと果たさないといけないから。そう言われ、健吾は少しがっかりした様子だった。でも、彼はわがままを言って杏奈の仕事の邪魔をするような男ではない。「じゃあ、ここにいなよ。午後はあなたがここで仕事して、俺はゲームしてるから」「え……それは、まずいんじゃない?」自分が人のオフィスを占領して仕事をして、本来の主人にその横でゲームをさせるなんて。「別にいいだろ?どうせうちの会社は今暇だし、定時になったらタイムカード押して帰るだけだ!」この男は、本当にタイムカードを押して帰るんだろうか。でも、杏奈はもう断らなかった。健吾の席を借りて、睦月とオンライン会議を始めた。……一方、竜也は、鈴木グループが橋本グループとの提携を解消したと聞いた時、内心とても喜んでいた。彼は、豪も裕一のやり方を恐れているんだと思っていた。しかし今日、先日健吾と手を切ったいくつかの中小企業が、鈴木グループから圧力をかけられていると知った。竜也はすぐに、杏奈が裏で手を引いているに違いないと察した。「あいつは橋本にそこまで入れ込んでいるのか?あんなに公私混同を嫌う性格だったくせに、今では権力を振りかざして人を追い詰めることまで覚えたとはな」こうして竜也は憤然と書類を投げ捨て、独り言を呟いた。一方、彼の向かいに座っていた佑も、顔色が優れなかった。先日、佑も杏奈に連絡を取ろうとしたのだが、なんとブロックされていたのだ。これほどまでに無下に扱われたのは、ずいぶん久しぶりのことだった。彼のプライドはひどく傷つけられた。「彼女がそんなに橋本を助けたいというのなら、存分に助けさせてやろうじゃないですか!」そういう佑の声には、殺気がこもっていた。竜也は眉をひそめて彼を見た。「どういう意味ですか?」「あなたには関係ありません」佑の声は冷たかった。「あなたは橋本グループを潰すことだけに集中して、邪魔なものは俺がすべて排除してやります。足手まといな人間も含めます」すると竜也は直感的に、佑の言う「足手まといな人間」
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第638話

こうして橋本グループの株価は、たった1週間で何ポイントも下がってしまった。これは全部、竜也のせいだった。健吾が「頭を抱えている」ところに、竜也は招待状を送ってきた。金曜日に京市のある会場で開かれる、チャリティーパーティーだ。竜也はわざわざ自分で健吾に届けに来た。健吾のやつれた姿を見て、彼は内心喜んでいた。「橋本社長、俺を恨まないでくれよ。ビジネスの世界では競争はつきものだから。でも、チャンスはやる。このチャリティーパーティーには業界の大物がたくさん来る。あなたを助けてくれる人がいるかもしれないぞ」実際、竜也は橋本グループの地下駐車場で健吾を待ち伏せしていたのだ。その時、健吾と杏奈はちょうど時間ができて、南のお見舞いに行こうとしていたところだった。竜也が招待状を差し出した時、杏奈は思わず呆れた顔をした。それを見た竜也は、杏奈に言った。「杏奈、忠告してやる。この泥沼から手を引け。それはお前のためであって、橋本のためにもなる」もちろん、杏奈が嫌だと言っても、竜也は無理にでも彼女に決断をさせるつもりだった。だが杏奈は、竜也の存在そのものが邪魔だと感じた。離婚した相手なんてもう二度と関わるべきじゃないのに。それなのに彼は、いつも目の前に現れては、健吾と自分を引き離そうとしてくるのだから。今になって分かった。竜也はクズ男なだけじゃなくて、本当に気持ち悪いやつだ。「私のことに口出ししないで。招待状なんて持ってくる暇があったら、病院にでも行って診てもらえば?頭がおかしいんじゃないの!」そう言って杏奈は健吾と車に乗り、竜也とそれ以上関わらないようにした。彼女の、そんな必死に健吾をかばうような態度に、竜也の胸は嫉妬で燃え上がった。その嫉妬は彼を逆上させ、今にも怒りで爆発してしまいそうになった。一方、健吾は最初から最後まで何も言わず、杏奈に運転席へと押し込まれるがままだった。それから杏奈が助手席に座ると、彼は車を発進させた。それから、南のお見舞いに行く道中、健吾は口元の笑みを絶やさなかった。機嫌の悪い杏奈は、彼が笑っているのに気づいて、イライラした口調で言った。「あなたがこんなに我慢強い人だったなんてね。あんなに馬鹿にされても、全然怒らないんだから」健吾は杏奈に視線をやると、片手で彼女の手
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第639話

いや、寝不足ってわけじゃなくて、ゲームのやりすぎなんだ。健吾は笑って、「最近、ちょっと眠りが浅いです」と言った。南は心配そうに眉をひそめた。「お仕事のことで何か悩みでもあるの?若いからって無理はだめよ。ちゃんと体も大事にして」心配されて、健吾はにこりと頷いた。「はい、先生。気をつけます」それから、健吾は成一を相手しに行った。一方杏奈は南と女同士のおしゃべりを始めた。途中で南はちらっと健吾のほうを見てから、杏奈に視線を戻した。「杏奈ちゃん。私は会社のことには詳しくないんだけど、最近、お友達から耳にしたの。健吾さんは竜也に目をつけられているんじゃない?」杏奈は、南もそのことを知っていたなんて、と驚いた。だけど、心配させないように、彼女は言った。「大丈夫ですよ、先生。橋本家は家業がしっかりしているから、健吾さんは平気です」そして、こう付け加えた。「それに、私もついていますから!私が彼を支えます」南は、杏奈が今や鈴木家の令嬢であり、大きな力を持っていることを知っていた。南はため息をついた。「あなたたちが優秀なのは分かってるわ。でも、竜也がああやって動くからには、きっと周到に準備しているはず。やはり油断はしない方がいいわよ」杏奈は思わず笑ってしまった。「先生も、竜也のこと、ろくでもない人間だって思いますか?」「ふん!」南は鼻を鳴らした。「竜也が昔、あなたに何をしたか、私が知らないとでも?自分の妻にまであんなひどい仕打ちができる人が、まともな人間のはずないでしょ?」南がそんなふうに感情をあらわにするのは本当に珍しいことなのだ。杏奈はすこし驚きながらも笑顔で南の腕を組んだ。「竜也のやることなんて、本当に茶番のようなものだから、あんな人のことを、先生が気にすることはありませんよ」それを聞いて、南はすこしほっとしたように、愛情のこもった手つきで杏奈の頭を撫でた。それから二人は南の家でお昼ご飯を食べてから、帰ることにした。帰り道、健吾が杏奈に話しかけた。「成一さんは俺が今大変だって分かってて、さっきお金を渡そうとしてくれたんだ」杏奈は、彼の声に少し得意げな響きがあるのを感じた。「それで得意気になっているの?」「だって、成一さんが俺のことを気にかけてくれたのは、あなたの顔を立てているか
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第640話

健吾は杏奈に、何があったのかと尋ねた。杏奈は、睦月が帰国することになったと健吾に話した。「最近、アトリエの仕事が多くて。睦月さんがいなくなると、私が戻って彼女の分まで頑張らないと」そう言われ健吾は、裕一が今、京市にいることを考えていた。それに杏奈がN市に帰ったとしても、彼女の兄たちがそばにいれば安全だろうと思った。すると、健吾は頷いた。「いつ戻るんだ?」「明日」「明日、送るよ」そう言って、健吾は杏奈を腕の中に引き寄せて、抱きしめた。「こっちの用事が片付いたら、すぐにそっちに行くから」杏奈も、健吾の背中に腕を回した。彼女も健吾が今、硝煙のない戦いの真っ最中だということは分かっている。だから、彼の足手まといにはなりたくなかった。「うん。待ってるわ」その日のうちに健吾は杏奈の荷造りを手伝い、杏奈は翌日のN市行きの航空券を予約した。夜、杏奈は睦月のことを考えると、なかなか寝付けなかった。真夜中になっても、ベッドの上でぱっちりと目を開けていた。杏奈を抱きしめていた健吾は、その呼吸が浅いことに気づいた。目を開けると、暗闇の中、窓の外の明かりに照らされてキラキラと光る彼女の瞳が見えた。「眠れないのか?」頬に、熱い吐息がかかり、杏奈は寝返りを打って健吾の腕に抱きつき、心のうちを吐き出した。「睦月さんは、何かトラブルに巻き込まれているみたい」健吾は、長い指で杏奈の髪をすきながら尋ねた。「どんなトラブルなんだ?」杏奈は首を横に振ると、少しがっかりした様子で言った。「教えてくれないの。プライベートなことだから、私に知られたくないみたい」「人には誰だって秘密がある。言いたくないことには、それなりの理由があるのさ」健吾は杏奈を慰める。「あまり考えすぎるなよ」杏奈は少し黙ってから、重い口調で言った。「睦月さんとは、知り合ってからずっと一緒にやってきた。デザインコンペを探してくれたり、アトリエを立ち上げるのを手伝ってくれたり……それに今日電話をもらったとき、声のトーンがすごく真剣だった。不安なのが伝わってきたの。絶対に何か大変なことに巻き込まれているはず。それなのに、私には何もできない」それを聞いて健吾は腕を曲げ、杏奈をさらに強く抱きしめた。「誰だって、自分の弱いところを簡単に
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