All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 641 - Chapter 650

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第641話

仕事がなくて気楽ではあった。でも杏奈がいないことで、健吾の心にはぽっかりと穴が開いていたようだった。彼はパソコンを開くと、素早くキーボードを叩いた。すると、画面には緑色の折れ線グラフが次々と表示された。これは裕一が手がけた、全ての事業の収益を示したものだ。思っていたよりも、かなり手広くやっているようだ。これほどの機密情報を見ることができたのは、逆に澪の協力のおかげだ。橋本グループの機密情報だと偽ったあの書類を裕一が信じ込み、容易く手を出してきたおかげで、逆に彼のパソコンに侵入するチャンスができたのだ。午前中、健吾はずっと裕一への対策を練るのに没頭していた。昼になり、洋介が用意した昼食を運んできた。すると健吾は、オフィスの外から漏れ聞こえてくる話し声を、かすかに耳にした。「午前中に京市からN市へ飛んだ飛行機、事故があったらしいわよ!」「聞いた話だと、機内に爆弾が仕掛けられていたみたいよ。空中で翼が吹き飛んで、コントロールを失った飛行機は、そのまま人のいない山に墜落したんだって。今、捜索隊が向かってるけど、残骸すら見つかるか怪しいものだわ」「飛行機に乗ってた人たち、たぶん誰も助からないでしょ……」「あんな高いところから落ちて、助かるわけないじゃない。一体どれだけの家族が不幸になったのかしら……」……健吾は、「墜落」や「事故」といった言葉をかすかに聞き取った。彼の胸は締め付けられ、食事を運んできた洋介に低い声で尋ねた。「外で話している墜落事故って、どういうことだ?」洋介はソファのそばに恭しく立った。「社長、本日午前8時に京市からN市へ向かっていた飛行機が、不慮の事故で墜落しました。このニュースは、もうネットで大きく報じられています」健吾は急いでパソコンを開き、ニュースを確認した。ニュースでは、まさにその事故を起こした飛行機について報道されていた。それを見た瞬間健吾は全身が凍り付いて、その瞬間、心臓が止まったかのように感じた。その飛行機は、まさしく杏奈が乗っていた便だったのだ。健吾は慌ててスマホを取り出し、杏奈に電話をかけた。すると、冷たい機械的な女性の声が、健吾の耳に流れ込んできた。「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません。しば
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第642話

健吾が目を覚ますと、消毒液のにおいが鼻をついた。耳元では、ピッ、ピッ、という機械音が聞こえる。一瞬ぼうっとしていたが、すぐに彼は勢いよく体を起こした。ベッドのそばに座っていた両親は、健吾の動きに驚いて、すぐに駆け寄ってきた。「健吾、大丈夫?本当に心配したのよ!」香織は声を詰まらせながら、健吾をぎゅっと抱きしめた。健吾は、丸一日眠り続けていたのだ。香織は、このまま目を覚まさないのではないかと心配でたまらなかった。気を失う前の記憶が少しずつ蘇ってくると、健吾は香織の腕をほどき、すがるような目で彼女をじっと見つめた。「お母さん、杏奈さんは?」香織は視線をそらしながら言った。「起きたばかりなんだから、もう少し休んで。先生を呼んで、もう一度診てもらうわ」そう言って、香織は病室を出て行った。健吾は腕の点滴を引っこ抜き、布団をめくりあげてベッドから降りようとした。しかし、茂が彼の前に立ちはだかった。「落ち着け」「落ち着く?落ち着いてられるか!」健吾は鼻で笑った。茂を見上げるその目は充血していた。「杏奈さんはあの飛行機に乗っていたんだ。俺は彼女を探しに行かないと」健吾の声は意外のことにも落ち着いていたが、茂はますます眉間にしわを寄せた。彼は自分の息子のことをよく知っていた。落ち着いていればいるほど、心の中では嵐が吹き荒れているのだ。このまま健吾を行かせてしまえば、何をしでかすか分からなかった。茂は健吾の肩に手を置いた。健吾はためらうことなく、容赦なくその手を振り払った。すると茂の手の甲が叩かれた勢いで赤くなった。この親不孝者が。「俺の考えが正しければ、彼女は無事なはずだ」その言葉を聞いて、健吾の動きがぴたりと止まった。健吾は顔を上げて茂を見た。「どういうことだ?」健吾がようやく落ち着いたのを見て、茂はスマホを取り出し、何かを探し出すと彼に手渡した。「人に頼んで航空会社の監視カメラの映像を取り寄せた。見てみろ」健吾は、待ちきれない様子でスマホを受け取った。監視カメラの映像は、フライトの10分前までは鮮明だった。健吾は、杏奈が小さなスーツケースを手に搭乗口で待っているのを確認できた。しかし、フライトの10分前、映像は突然真っ暗になった。その後、映像が戻
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第643話

香織は茂のそばまで来ると、怒ったように彼の頭をひっぱたいた。いい年をして妻に叩かれた茂は、そばにいた医師に視線を向けた。すると、医師はさっと視線をそらし、見て見ぬふりをした。茂は香織の手を握った。「大丈夫だ。健吾は分別のある子だよ」「健吾にもしものことがあったら、ただじゃおかないから!」香織はそう言って彼の手を振り払った。そこへ駆けつけてきた澪は、部屋に入るなりその言葉を耳にした。「おばさん、心配しないでください。今すぐ健吾さんのところへ行って、彼が馬鹿なことをしないように止めますから!」そう言うと、澪はまた慌てて病室を出て行った。やった。裕一が約束してくれたこと、ちゃんとやってくれたんだ。これで杏奈がいなくなれば、健吾のそばにいる女は自分だけになる。今度こそ、絶対に健吾を手に入れてみせる。それで澪が出て行ったのを見届けた後、香織は茂に視線を落として小声で尋ねた。「本当にこれでうまくいくのかしら?」茂は頷いた。「まあ、見てろ」……杏奈が意識を取り戻したとき、両手が血が通わずにしびれているのを感じた。鼻につくのは、嫌というほど嗅ぎ慣れた匂いだった。彼女がゆっくり目を開けると、向かいに座っている佑の姿が見えた。「杏奈さん、目が覚めましたか?」そこは飛行機の機内のようだった。佑は椅子を回転させ、杏奈と向き合うように座った。耳元では、機体が冷たい空気を切り裂く音が聞こえていた。佑は、杏奈が目を覚ましたら、きっと恐怖に満ちた目で大声で叫ぶだろうと思っていた。彼はそれを期待していたのに、杏奈は想像していたよりもずっと落ち着いていた。その目には確かに恐怖の色が浮かんでいた。でも表情は落ち着いていて、どうして自分を拉致したのかと大声で問い詰めることもなかった。彼女はただ、冷たい視線で佑を見つめるだけだった。「……怖くないのですか?」それを見て、場数を踏んできた佑でさえも、杏奈に好奇心をかき立てられた。「手がしびれてしまいました。ほどいてもらえませんか?」杏奈は、縛られた両手を少し動かしてみせた。今どき麻縄で手首を縛るなんて。手錠くらい用意できないのかしらと杏奈は密かに思った。縄で擦れて、手首の柔らかな皮膚が擦りむけているようだったから。だが、佑は杏奈の
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第644話

杏奈のこの冷静な様子を見て、​裕一の目には思わず感心したような色が浮かんだ。「杏奈さんは、俺が今まで会った中で一番特別な女性ですね」だけど、そんな彼の陰湿な目線で見られた杏奈は身の毛がよだつ思いだった。彼女は眉をひそめて尋ねた。「いったい、何がしたいのですか?」もし、自分を拉致したのが健吾への対抗のためだけなら、自分は……​だが、裕一はいたってリラックスした様子で座席にもたれかかり、伏し目がちに杏奈を何気なく見やった。杏奈が膝の上で無意識に拳を握りしめているのが目に入ると、彼の口元には思わず笑みが浮かんだ。「杏奈さん、怖がらなくても大丈夫ですよ。あなたに危害を加えるつもりはありません。ただ、純粋にあなたが好きなんです」それを聞いて杏奈は、ますます背筋が凍り付いた。なぜなら、​裕一の目は冗談を言っているようには見えなかったからだ。まさか、本当にこんな男に目をつけられてしまったというのか?でも、そんなこと、現実味がない。自分に全ての男を虜にするような魅力があるなんて、そこまで自信過剰じゃない。​裕一とは数回会っただけなのに、彼が本気で自分を好きになるなんてありえない。​だから、裕一の目的は、絶対に自分ではないはずだ。突然、飛行機が激しく二度揺れ、機内放送が乱気流に遭遇したと伝えた。杏奈は、明滅する機内で、見え隠れする​裕一の顔を見た。彼は相変わらず穏やかな表情を崩さずにいた。でも、空気中に漂う殺気は、これまで以上に濃くなったように感じられた。2時間後。飛行機は滑るように降下し、少し滑走した後に停止した。杏奈の手には、再び手錠がかけられた。手首の小さな傷口に冷たい手錠が当たり、神経に突き刺すような痛みが走る。彼女は思わず眉をひそめた。​裕一はそれに気づいたが、何も言わなかった。そこは見知らぬ場所だった。邸宅には英語で名前がつけられていて、内装も西洋風のスタイルだった。時刻は夜明け前。冷たい風が夜の闇を抜けて杏奈の体に当たり、彼女は思わず身震いした。そして心の中の恐怖は、この時、頂点に達していた。見知らぬ場所、おそらくは来たこともない街。その見知らぬすべてが彼女を不安にさせているのだった。おまけに、​裕一という危険人物は、まるで自分の庭を散歩するかのように悠々と前を歩いて
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第645話

杏奈はベッドの脇に座り込み、悲しみに沈んでいた。その頃、健吾は急いで​裕一を探し出そうとしていた。しかし、​裕一はすでに京市を離れていたことが分かった。すると、神経が張り詰めていた健吾は眉間にしわを寄せ、表情は凍りついたようだった。澪が健吾のもとを訪れた時、彼は大きな窓の前に立っていた。そして、厳しい表情で窓の外をじっと見つめているのだった。健吾が何を考えているのか、澪には分からなかった。でも、きっと杏奈のことで心を痛めているのだろうと、彼女は見当をつけた。「健吾さん」澪はわざとか弱いふりをして、声の調子を変えた。彼女は健吾の背後に立った。でも、あえて距離を置いて、それ以上は近づかなかった。今一番大切なのは、健吾に嫌われないことだ。ゆっくりと健吾の好意を得ていかないと、彼の心に近づくことはできないから。そう思って彼女は言った「健吾さん、お辛いでしょ。でも、鈴木さんはもう……あなたがそんな様子だと、彼女も悲しむわ」恋人を亡くした人にかける、ありきたりの慰めの言葉。澪は、そんな決まり文句を口にした。窓ガラスには、健吾の表情がぼんやりと映っていた。それは、冷たくて厳しい表情だった。そして彼は目に浮かんだ嫌悪感も、隠そうとはしなかった。澪が何か言いかけた、その時だった。健吾が振り返り、彼女の首に手をかけた。その声はまるで奈落の底から響いてきたかのようで、鋭くて、狂気に満ちていた。「柴田はどこだ?」その瞬間、澪は健吾の豹変ぶりに驚いた。首を絞められたが、彼女はどもりながら弁解した。「健吾さん、私……知らない……」そう言って澪はまだ、無実の振りを続けていた。すると、健吾は、さらに手に力を込めた。その息苦しさに澪は思わずその手にしがみついた。「俺は気が長くない。柴田の居場所を吐かないなら、吐かせる方法ならいくらでもある」一方澪は、健吾のその目つきに驚き、凍りついた。その眼差しから醸し出される恐ろしさに、彼女は思わず自分は本当にこのまま殺されるかもしれないとさえ感じたのだ。健吾から、これほどまでの殺気を感じたのは初めてだった。そう思って彼女は体を震わせた。「わ、私……本当に知らない……」​裕一から連絡があったのは、つい2日前のことだ。「約束を果します」とだけ言っていた
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第646話

こうなっては、政府も介入せざるを得なかった。政府はまずネットで国民の不安を鎮め、それから関連部署を派遣して航空会社と協力し、原因の調査にあたらせた。なにより健吾は、航空会社の助けを切実に必要としていた。こうして双方は、航空会社で顔を合わせることになった。健吾は航空局に対し、最近のフライトを調査してD国行きの便がなかったか調べてほしい、と要望した。警察は健吾に、なぜそんなことを聞くのかと尋ねた。健吾は淡々と自分の目的を説明した。彼の婚約者が行方不明になったこと、初歩調査では彼に恨みを持つ相手に拉致されたらしいこと。そして、婚約者は昨日、事故に遭った便に乗る予定だったことなどを話した。警察は健吾に聞いた。「どうして婚約者さんがその便に乗っていなかったと断言できるんですか?それに係員の話では、彼女は搭乗手続きを済ませ、機内に乗り込んだそうですよ」健吾は、警察にそれ以上の詳しい説明はしなかった。「もし俺を信じるなら、京市からD国へのフライトを調べてください。それから、D国の柴田​裕一という人物の調査もお願いします」そう言われ、警察は彼の言葉を半信半疑で聞いていた。こうして、健吾はなんとかそのフライト情報を手に入れた。ここにきて彼は、杏奈が裕一によってD国へ連れ去られたと、ほぼ確信していた。すると、健吾はためらうことなく、すぐに航空券を買ってD国へ飛んだ。ついでにコーリンに連絡を取り、D国での人探しを依頼した。茂は健吾のやり方について特に何も言わなかった。京市の面倒事はほとんど健吾が片付けてくれていたので、自分は後始末をするだけでよかった。一方で香織は、裕一が杏奈を拉致したこと、そして健吾がD国へ向かったことを知ると、心配で食事も喉を通らず、夜も眠れないほどだった。それを見かねた茂は彼女を慰めた。「心配ない。健吾はもう大人だよ」「どうして心配せずにいられるの!」香織はこめかみを押さえながら、力の抜けた声で言った。「健吾は15歳の時に外国で死にかけたのよ。柴田​は、彼の父親と同じくらい冷酷なんでしょ。健吾がまた……あの子が……」香織はそれ以上言葉にできず、ただ胸がざわついて落ち着かなかった。茂は妻の肩を抱き寄せた。「大丈夫だ。健吾はもう15歳の子供じゃない。自分の身は守れるし、杏奈さんも無事
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第647話

澪は振り払われた手を引っこめると、膝の上のスカートの裾をぎゅっと握りしめた。指先が白くなるほど力が入っていて、心の中はパニックになっていた。どういうこと?香織はどうしちゃったんだろう?どうして、自分にこんなに冷たいの?今の自分に残されているのは、香織の同情だけ。もしそれさえも失ったら、本当に何もなくなってしまう。そして茂も、澪の様子に気づいていた。彼は立ち上がった。その顔は香織と話していた時のような穏やかな表情ではない。固い表情には、威厳さえ感じられた。澪は、茂のことが少し怖かった。彼女は立ち上がり、「私……先に部屋に戻ります」と言った。そう言って2階へ上がろうとした澪を、茂が呼び止めた。「これでお前の最後のチャンスは、もうなくなったな」茂はそう言い残すと、家を出ていった。リビングに取り残された澪。エアコンは快適な温度のはずなのに、彼女は全身が凍えるような寒さを感じていた。……一方、健吾がD国に着いたのは、もう夜も更けた頃だった。空港を出るとすぐ、迎えに来ていたコーリンが目に入った。コーリンは生粋のD国人で、手入れされた金髪に緑色の瞳、彫りの深い整った顔立ちをしていた。彼の言葉は片言だった。「健吾、D国へようこそ」そう言ってコーリンは健吾を抱きしめようとしたが、ひらりとかわされてしまった。彼は気まずそうに鼻を掻いた。「相変わらず、つれないな」だが、健吾は彼に構うことなくスーツケースを引きながら外へ向かい、「頼んでおいた件はどうなった?」と尋ねた。真面目な話になると、コーリンはふざけた態度を改めた。「柴田が戻ってきているのは確かだ。オード州の山中に私有の邸宅があって、そこにいるらしい。戻ってきてから一度も姿を見せていないから、邸宅の中にいると俺は睨んでいる」「彼女は?」コーリンは、健吾が誰のことを言っているのか分かっていた。彼は少しがっかりしたようにうつむいた。「人を大勢動かして探させたんだが、鈴木さんは見つからなかった。俺の推測だが、彼女は柴田の邸宅にいる可能性が高い」それを聞いて、健吾の表情は、依然として冷たく険しいままだった。彼がスーツケースをコーリンが運転してきた車に放り込むと、一緒に車に乗り込んだ。「オード州へ向かえ」コーリンは驚いて言
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第648話

だけど、杏奈はホルのその言葉に逆にすこしぞっとした。なにせ、彼女は二日間も閉じ込められ、同じものばかり食べさせられて、外の光を見ることもできず、胸が苦しくて息が詰まりそうだった。これが裕一のやり方なのかもしれない。精神的に追い詰めるための……それから、ホルが去ると、寝室はまた静けさを取り戻した。杏奈は彼が持ってきた食事には手をつけなかった。ベッドの頭に寄りかかり、天井の照明を見つめていると、健吾との思い出が次々と頭に浮かんできた。健吾、助けに来てくれる?一方、ホルは、邸宅の裏庭で裕一を見つけた。裕一は、何も刻まれていない墓石の前に花束を置いた。その手つきは慣れたもので、目にはどこか懐かしむような色が宿っていた。「柴田様」「あっちの様子はどうだ?」「ご指示通り、この二日間、部屋から一歩も出さずに窓も塞いであります」「食事は?」「ここ二日、ハンバーガーとコーラをお出ししましたが、ちゃんと食べました」それを聞いて裕一は突然振り返ってホルに鋭い目線を向けた。「そんなものを食わせているのか?」ホルは裕一の視線に、思わず身震いした。「私たちも同じものを食べてますけど……」彼は少しどもってしまった。すると、裕一は足元から小石を拾い上げると、ホルの額めがけて投げつけた。「彼女はか弱い女だ。お前みたいなガサツな男と同じでいいわけがないだろう?A国の料理を用意して、丁重にもてなしておけ!」そう言う裕一の声は、どこか冷たかった。ホルは慌てて頷いた。彼は数秒ためらったが、結局我慢できずに裕一に尋ねた。「ですが柴田様、あの女は橋本社長の女ですよ。まさか、本気で惚れたわけじゃないでしょうね?」ホルの知る限り、裕一は女の色香に溺れるような男ではなかった。すると、裕一のさらに冷たい視線が彼に注がれ、ホルは慌てて口を閉じた。そして、杏奈の食事を準備するためにその場を去った。裕一は再び墓石に視線を戻した。口の端に浮かんだ笑みは、また氷のように冷たくなった。「惚れただと?そんなもの知るか。父さん、俺は橋本が一番大事にしている女の血を捧げる。そして橋本も道連れにして、あなたのもとへ送ってやる!」その憎しみに満ちた声が、庭の一角で響き渡り、冷たい風が裕一の服の裾を揺らし、彼の全身から放たれる殺
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第649話

「確かこの辺りに柴田が経営してる地下賭博場があったはずだ」そう言って健吾はコーリンに尋ねた。コーリンは頷いた。「ただ、そこでの取引はあまりに汚い。関わらない方がいい」「関わるつもりはない。人を探しているだけだ」健吾はそれ以上詳しい説明はせず、ただコーリンに地下賭博場へ案内するように頼んだ。コーリンは昔から健吾には逆らえず、彼を連れて行くしかなかった。地下賭博場は、よどんだ空気が漂っていた。甘ったるい煙の匂いが充満し、カジノや賭け試合のリング、それに色と権力が渦巻く裏取引の場が渾然一体となっていた。まさに吐き気を催すようなアンダーグラウンドな空間だった。そこへ健吾は眉をひそめながら奥へと進んでいった。やがて、ひときわ豪華な古風で重厚な扉の前にたどり着いた。そこに立つ二人のボディーガードは殺気に満ちた目をしていて、見るからにまともな警備会社の人間ではなさそうだった。二人は、近づいてくる健吾を警戒しながら睨みつけていた。「止まれ!お前ら、何者だ?」ボディーガードは流暢なD国語で、健吾とコーリンを険しい目つきで威嚇した。健吾もD国語で応じた。「フィーリアだ。柴田に用がある」二人のボディーガードは健吾の顔は知らなかったが、フィーリアという名前は聞いたことがあった。その男は裕一とは犬猿の仲だ。もし中に入れてしまったら、自分たちがただじゃ済まされないだろう。すると、彼らはためらうことなく銃を構えた。「さっさと失せろ。でなきゃ、頭に風穴を開けるぞ!」それを見たコーリンは健吾の隣に立ち、同じように険しい顔で二人を睨み返した。健吾は軽くコーリンの肩を叩いた。そして二人は視線を交わすと、同時に動いた。ボディーガードたちは二人の動きを捉えることもできず、首筋に鋭い痛みを感じたかと思うと、意識を失っていた。そして健吾は忌々しげに男を地面に転がし、そのまま扉を押し開けた。しかし、彼は中には入らなかった。それだけを済ませると、コーリンを連れて地下賭博場を後にした。ボディーガードが再び目を覚ましたとき、裕一がすでに無表情で二人の前に立っていた。二人は瞬時に冷や汗をかき、慌てて起き上がって裕一の前にひざまずいた。「柴田様……」「さっき、誰が来た?」裕一の声はひどく冷たく、そして
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第650話

そういうとホルは気まずそうに口ごもった。実は破壊された監視カメラなんだが、その最後の画面にはどれも、中指を立てた侮辱的な画像が残されていたのだ。こんな挑発的な行動は、まさに裕一の尊厳を踏みにじるようなものだった。だって知っての通り、ここは裕一の縄張りなんだ。この縄張りで裕一にケンカを売り、おまけに監視カメラにあんな侮辱的な画像をわざわざ残していくなんて。もし裕一がこの犯人を見つけたら、きっと八つ裂きだけでは済まされないくらいだろう。一方、裕一は、かつてないほどの危機感を覚えた。いったい誰だ?自分の縄張りでここまで好き放題やるやつは。まさか、健吾か?ありえない。たとえ健吾がD国まで追ってきたとしても、あいつは腕っぷしが強いだけで、それ以外は何もできないはずだ。ましてや、こんなハイテクなハッキングの手口は、健吾のやり方とは考えにくい。健吾をよく知っているつもりの裕一は、真っ先に彼を容疑者から外した。でも、もし本当にフィーリアだとしたら、あまりにも突飛な話だ。飛行機は墜落したんだ。フィーリアが生きているはずがない。すると彼の頭にふと奇妙な考えが浮かんだ。もしかして、別の敵もここまで追ってきたのか?裕一は敵が何人いようと恐れはしないが、今はまだ死にたくなかった。このまま死んだら、父親の宏に顔向けができない。だって宏は、健吾が成人した年に、彼の企てた陰謀によって死んだのだから。だから、裕一は宏の墓の前で誓った。必ず健吾に復讐を果たすと。健吾は手強い相手だ。裕一は長年身を潜め、やっとのことで彼の弱点を見つけ出した。そして今、計画は成功する寸前なんだ。誰であろうと、この計画を邪魔させるわけにはいかない。そう思って、裕一はホルに命じた。「フィーリアの家族に挨拶してこい。もし連中が空気を読まずに面倒を起こすようなら、フィーリアと同じ目に遭わせてやるからと伝えろ」フィーリアが生き返ったとは信じられない。そうなると、考えられることは一つしかない。フィーリアと親しかった誰かが、自分のために復讐しようとしているのだ。だが残念だな。自分はそんな簡単にやられる男じゃない。それからホルはアジトを出ると、数人の手下を連れて車で町を離れた。一方、健吾とコーリンはホテルの窓から、黒塗りの車が町
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