All Chapters of あざとい女に夫も息子も夢中!兄たちが出動!: Chapter 621 - Chapter 630

696 Chapters

第621話

だが、澪はとっくにその場を去り、自分の部屋に戻って荷物をまとめていた。健吾が問い詰めにくる前に、急いで橋本家を出ないと。その間、橋本家の寝室の優れた防音性のおかげで、杏奈は外の物音に気づくことはなかった。健吾が部屋に入ってきて、彼女はようやく彼が一度外に出ていたことに気がついた。「いつの間に外に出てたの?」杏奈は、手にしていたアルバムをもう半分以上めくっていた。アルバムを見るのがよほど楽しかったのか、彼女の瞳はきらきらと輝いていた。その笑顔は、まるで何も知らない少女のように、純真でとてもかわいらしかった。健吾は杏奈の隣に歩いていくと、そっと腰を下ろした。「そんなに楽しい?」彼は何気なくそう言うと、杏奈の手からアルバムを取ろうとした。でも、杏奈はそれを手で制した。杏奈は健吾が外で何をしていたのか、特に気にする様子もなく、人差し指でアルバムの端をぎゅっと掴んだ。「だめ!」杏奈は健吾の手をぱしんと叩くと、こてんと彼の肩に頭を乗せた。「すごく楽しい!あなたって、小さい頃すっごくかわいかったんだね」かわいい、か。自分に使う言葉じゃないだろ。そう思って、健吾は少し不機嫌そうな顔をした。杏奈はその表情に気づかず、ページをめくった。そして、くすくすと笑いながら、健吾にその写真を見せた。「これ見てよ。おばさんは女の子が欲しかったんじゃないかな?」健吾は写真に目を落とした。彼の表情は、もはや不機嫌どころではなくなり、一瞬にして険しく強張った。そこに写っているのは、5歳くらいの自分だった。健吾は子供の頃、まるで人形のように可愛らしかった。幼いながらも顔立ちがはっきりしていて、かわいさと格好よさをあわせ持っていた。香織は、そんな息子をおしゃれさせるのが大好きで、男の子の服だけでなく、女の子の服も着せていたのだ。この写真は、香織が彼にプリンセスのドレスを着せた時のものだった。頭にはウィッグまで被せられ、その上にはティアラがきらめいているのだ。その姿は、まるでテーマパークの小さなプリンセスそのものだ。かわいらしくて、不思議と似合っていた。杏奈は、この写真が最高にかわいいと思った。もし、将来自分と健吾の間に女の子が生まれたら、こんなふうにかわいくなるのかな、とまで想像してしまうくらいだった。う
Read more

第622話

そんなこんなで、杏奈は次の日、お昼近くまで起き上がれずにいた。昨日の夜は、ちょっと長かったから。そして健吾の変わりようの速さにも杏奈は呆れてしまった。昨日の夜、娘が欲しいって言ったらすごく嬉しそうだったのに、それでも彼はちゃんと避妊はしていた。その後、彼女が疲れてうとうとしていると、彼は耳元でそっと囁いた。「できることなら、二人でずっと子供は作らないでいよう。もうあなたに辛い思いはさせたくないんだ」その昨晩の健吾の優しさを思い出すと、杏奈はベッドに腰掛けたまま、思わず顔を赤らめた。彼は本当に、どんな時も自分を大切にしてくれるのだ。子供はいらないって言うのは、自分の体のことを心配してくれてるからだ。それに、浩のことで、自分が子供に対してトラウマを抱えているんじゃないかって思ってるだろう。でも、本当にトラウマを抱えているのは、健吾の方なのに。杏奈はもうすっかり、健吾と結婚して子供を持つことをごく自然に受け入れていて、むしろそれを期待していたから。あのアルバムの中の、天使みたいに可愛い赤ちゃんの写真を思い出すと、杏奈の「女の子が欲しい」という気持ちはますます膨らんでいった。その時、ふと彼女の顔から笑みが消えた。急いでベッドサイドの引き出しを開け、アルバムのあの写真を確認する。よかった、ちゃんとあった。健吾に捨てられてなくて。それから彼女が身支度を整えて、階段を下りると、家の中には、もう健吾の姿はなかった。そういえば昨日の夜、今日は大事な会議があるって言ってたっけ。そう思って杏奈は健吾にメッセージを送ったけど、すぐには返信がなかった。きっとまだ忙しいんだろう。澪ももう帰ったみたい。ダイニングに座って、がらんとした広い家の中を見渡すと、なんだか使用人の数も減っているような気がした。節子はどこだろう?家の外で何かしてるのかな?そう思いながら彼女は少し暇を持て余してしまった。PRaとのコラボが中止になった後、杏奈はすぐにそのことを睦月に伝えた。でも、睦月は想像していたほど落ち込んでいなかった。それどころか、ほっとしたように長いため息をついたくらいだった。アトリエはまた以前の日常に戻り、デザイナーたちもそれぞれの仕事に戻った。杏奈も、来月の海外コンペの準備に集中しなくてはならない
Read more

第623話

そう言われて杏奈は仕方なく、誘いを受けることにした。そして、智との電話を切った後。杏奈はスケッチブックに目を落としたけど、集中力が途切れてしまって、もうペンを進めることができなかった。そうこうしているうちに、健吾からメッセージの返信があった。健吾が休憩時間になったのを見計らって、杏奈は電話をかけた。智から食事に誘われたことを、健吾に全部話した。健吾は人づてに智のことを聞いていた。彼は筋の通った男らしいし、それに男性が好きだということも知っていたから、特に気にはしていなかった。それでも、彼はやっぱり面白くなかった。「で、いつ食事に行く約束なんだ?」「今日の夜って言われたから、うんって言っちゃった」「俺も一緒に行くよ」健吾は有無を言わせない口調で言った。杏奈はきょとんとして、「え?あなたも来るの?」と聞き返した。「あいつに金を払ったのは俺だぞ。俺が行っちゃだめだっていうのか?」健吾はふてぶてしく言い放った。杏奈は思わず笑ってしまった。「わかった、わかった。彼に言っておくわ。じゃあ、また後でね」電話を切ると、杏奈は智に健吾も一緒に行くことになったと連絡した。すると智からは、まったく問題ないと返事があった。食事の場所は、京市にある本格的な和食料理店に決まった。ところが、健吾は夜になって急用が入り、ドタキャンすることになった。杏奈は電話口からでも、彼の怒りがひしひしと伝わってきた。だけど杏奈はそれを怖いと思えず、むしろ微笑ましく感じた。「何かテイクアウトしようか?」彼女はそう言ってからかった。だけど、杏奈の冗談を、健吾は真に受けてしまった。本当にテイクアウトを頼んできたのだ。杏奈は呆れながらも、了承した。そして約束の時間に智はぎりぎりでやって来た。彼は息を切らしながら杏奈のテーブルまで走ってくると、膝に手をついて肩で息をしていた。「すみません、杏奈さん。途中、道が混んでて……遅れちゃいました!」今日の智は、シンプルな白Tシャツにジーンズ姿だった。色白の顔にはまだあどけなさが残っていて、とても爽やかな印象だ。杏奈は微笑んで言った。「大丈夫、私も来たばかりですから。とりあえず座って、お水でも飲んでください」杏奈は彼のグラスに水を注いであげた。そしてそんな
Read more

第624話

すると、智は小声で何かを呟いた。「そうとは限りませんけどね」だけど、杏奈は聞き取れなかったから聞き返した。「え、何ですか?」すると、智は顔を上げると、いつも通りの笑顔を見せた。杏奈も特に気にしなかった。それから食事が終わると、杏奈は健吾のためにテイクアウトした料理を手に、智に別れを告げて店を出た。そして、彼女が去った後、店から出てきた男が智のそばに歩み寄った。男は智の手を握って尋ねた。「こんなことをして、橋本に睨まれたらどうするんだ?彼は手強い相手だぞ」智はその男に振り向き、優しく愛情のこもった眼差しを向けた。「君と一緒になれるなら、これくらいの賭け、なんてことないさ」だが、男は心配そうに智を見つめた。「お腹いっぱいになった?まだ食べるなら、中に入ろうか?」「うん、いいね」二人はまた店の中へ戻っていった。一方、杏奈は健吾に電話して、もう仕事が終わったかと尋ねた。健吾はちょうど会議が終わったばかりで、疲れ切ってオフィスで眉間を押さえて座っていた。杏奈からの電話を受けると、彼は会社まで直接来るように言った。もう終業時間なので、残業している人はほとんどおらず、大半の社員はすでに帰宅していた。橋本グループには残業を強いるような社風はなかった。杏奈は着くと、まっすぐ最上階にある健吾のオフィスへと向かった。「お腹すいたでしょ?あなたの好きなものをいくつか選んできたの。途中で飲み物も買ってきたよ」杏奈が買ってきたのは、二杯のフレッシュジュースだった。一日の疲れが溜まっていた健吾だったが、杏奈の顔を見ると、その疲れも少しだけ和らぐ気がした。そして、健吾は杏奈のそばに寄り、ぎゅっと抱きしめて、彼女の肩に頭を乗せた。「疲れたの?」杏奈は微笑みながら、そんな彼の顔をそっと撫でた。健吾は甘えるように頷いて、「うん、疲れた」と呟いた。「あらあら、大変だったのね。さあ、何か食べて」杏奈は健吾の頬にキスをして、食べるように促した。こうして二人は甘い雰囲気に包まれた。健吾が食事を終えるのを見て、杏奈は尋ねた。「夜もまだ仕事?」「もう大丈夫だ。帰ろうか」健吾はテーブルを片付けると、杏奈を連れて会社を出た。家に帰ると、健吾は洋介からメッセージを受け取った。【社長、杉浦
Read more

第625話

だが、こうして一杯食わされたことで、気分はかなり悪かった。そこで、澪が橋本家から盗み出した資料を手に取り、佑の目は鋭く光った。「橋本、今度こそ、ただじゃおかないぞ!」それは橋本グループの機密情報で、会社の根幹に関わるものだった。佑は資料にざっと目を通すと、ホルを呼びつけた。「橋本グループにひと騒動起こしてこい。それから、中川社長にも伝えておけ。中川グループの栄光がかかっている、このチャンスをものにできるかな、とね」ホルはうなずき、部屋を出ていった。以前、佑に息子をさらわれた一件以来、竜也は彼に不信感を抱いていた。とはいえ、今は佑と協力関係にある。関わらないわけにはいかない。ホルから電話で用件を聞いたとき、竜也は自分の耳を疑った。「俺に橋本グループと手を切るように声明を出せ、だと?」佑のやつ、頭でも打ったのか?この広い京市で、中川グループがトップに君臨していられるのは、橋本グループが目立たないようにしているからに過ぎない。理由もなくそんな声明を出したところで、誰も聞く耳を持たないだろう。それどころか、敵を増やすだけで自滅行為だ。竜也はそんな割に合わないことをする気には、とてもなれなかった。だが、ホルは言った。「とにかく、中川社長はそうすればいいんです。周りがどう動くかは、声明を出せば分かります。橋本社長は中川社長の奥さんを奪った男ですよ。それに、昔中川グループが苦しい時に、彼も追い打ちをかけてきたじゃないですか。まさか今さら、彼を恐れているわけじゃないでしょう?」「あいつを恐れるわけないだろ!」竜也は、思わず言い返した。そして数秒黙り込んだ後、竜也はホルに言った。「どうすればいいかくらい、分かってる。俺を煽るな。俺たちはあくまで協力関係だ。お前らの言いなりになるつもりはない」そう言うと竜也は、相手の返事を待たずに一方的に電話を切った。ホルがこの一件を佑に報告すると、佑はただ静かに微笑んだ。「心配するな。あんなに嫉妬深い男は、恋敵を叩きのめすチャンスを逃すはずがない」ホルはうなずいた。一方、電話を切ると、竜也は書斎を後にした。会社へ向かおうとした時、息子の浩の部屋の前を通りかかった。浩は、この前のことがあってから、すっかり口数が少なくなっていた。以前のようなわんぱくさ
Read more

第626話

浩の言葉を聞いて、竜也は明らかにぽかんとしていた。「今、なんて言った?」浩は竜也の方を向いて、一語一句はっきりと口にした。「ママには、もう戻ってきてほしくないって言ったんだ」すると、竜也の口元から笑みが消え、その顔はみるみる曇っていった。「どうしてだ?」「だって、ママは今、すごく楽しそうだから」竜也は、そんな答えが返ってくるとは思ってもいなかった。彼の体は少しこわばった。すると、浩は説明を続けた。「ママが言ってたんだ。ごめんって謝っても、許してもらえないこともあるって。だから僕、考えたんだ。僕たち、昔ママにすごくひどいことをしたよね。ママを傷つけて、真奈美おばさんと一緒になってママをいじめて……ママこそが僕たちの一番大事な家族なのに。僕がもしママだったらって考えてみたんだ。大好きな人たちにあんなに傷つけられたら、僕だって絶対に許したくないと思う」浩の声はまだ幼いけれど、その言葉は一つ一つが竜也の胸に突き刺さった。それは、竜也が戻ってきてからずっと、向き合うことを避けてきた問題だった。あの頃の自分は、真奈美のためならと、たくさんの過ちを犯した。杏奈と結婚したのも、真奈美のためだった。杏奈を刑務所に送り込んだのも、大怪我を負っても治療させなかったのも、すべて真奈美のためだった。浩が実の母親である杏奈をないがしろにして真奈美に懐くのを、黙って見ていたのも、やはり真奈美のためだった。そんな自分のえこひいきが、杏奈を絶望の淵に突き落とした。だから彼女は今も、自分たちを許そうとしないのだ。「パパ、健吾さんの隣にいる時のママ、すごく楽しそうに笑ってたんだ。あんなに嬉しそうに笑うママ、僕、久しぶりに見たよ。だから、もう僕たちはママの邪魔をしちゃいけないと思うんだ」浩は、まるで吹っ切れたような顔をしていた。だが、それを聞いた竜也はまったく面白くなかった。「橋本家で何日か暮らしたからって、もう橋本の味方をするようになったのか?」竜也が真顔になると、とても怖い。恐怖を感じて、浩はそれ以上、何も言えなくなってしまった。しばらく沈黙が続いた後、やがて竜也は、静かにこう告げた。「余計なことは考えるな。君は今、勉強のことだけ考えていればいい。将来、この家を継ぐためにな」そう言うと、竜也は部屋を出て
Read more

第627話

杏奈は、うとうとしながら健吾の話を聞いていたけど、あまり頭に入ってこなかった。彼女が適当に「うん」と返事をしたので、健吾も彼女がちゃんと聞いていないことがわかっていた。すると、彼は優しく笑って杏奈の頭を撫でると、名残惜しそうに彼女の唇の端にキスをして、仕事へと出かけていった。杏奈は、そのまま午前10時までぐっすりと眠りこんでいた。目が覚めた杏奈は、はっと体を起こした。ぼんやりしていた頭がはっきりしてくると、彼女はまたぐったりとベッドに倒れ込んだ。「仕事に行かない生活になってまだ数日なのに、もうこんな時間まで寝ちゃうなんて、私ってば……」のんびりできて最高に気持ちいいけど、なんだかそわそわして落ち着かないのだ。そう感じて、杏奈は急いでベッドから出て身支度を整えると、書斎に向かいリモートワークを始めた。睦月から、アトリエの業績が最近すごく良くて、今月の利益は先月の倍になったという連絡があった。杏奈は喜んで、来月みんなにボーナスを出そうと睦月に相談した。睦月もそれに賛成した。しばらくアトリエの仕事について話した後、二人は来月のコンペの話に移った。「デザイン案の下書きはとっくにできているんですが、まだ納得できなくて、なかなか手直しができずにいるんです。でも、なるべく早く仕上げるようにします」すると睦月も理解したように言った。「インスピレーションって、いつでも湧いてくるものではないですし。でも、今回のコンペはアトリエの将来がかかっているので、本気で頑張ってください。絶対、何か賞を取って来れますようにね!」「わかりました!」睦月に励まされて気合が入った杏奈は、電話を切ると窓際へ移動した。そして、ずっと前に描いたデザイン案の初稿を眺め始めた。彼女はその下書きをじっと見つめていたが、なかなかペンを取ることができなかった。しっくりこない、やっぱり何かが違う。杏奈はイライラして頭をかきむしった。やっぱり、インスピレーションが湧いてこない。それから彼女は立ち上がると、スケッチブックと絵の道具を手に取って、階下へ降りていった。そして庭では庭師が水やりを終えたところだった。杏奈が道具を持って温室に入ろうとすると、庭師はちょうど帰るところだった。「鈴木さん、お花を摘まれますか?」杏奈は慌てて首を横に振っ
Read more

第628話

一方、竜也が業界で橋本グループと提携しないよう圧力をかけていると聞いた時、豪はまず、身の程知らずなことだと思った。しかし、そのせいで多くの企業が橋本グループとの取引を中止するに至り、彼は何かがおかしいと感じ始めた。竜也のどこに、業界で公然と橋本グループに喧嘩を売るほどの力があるというのか?豪は内密に調べてみた。竜也だけでなく、D国の大物実業家が竜也と長期的な協力関係を結んでいた。その男のことは知っていた。D国の表社会も裏社会も牛耳る人物で、ビジネスの拠点はD国にあるが、ここ数年はA国の大企業とも深いつながりを持っている。その男がもたらす利益は、橋本グループにも劣らない。「​柴田​裕一」豪はその名前を呟いた。すると、隣に座っていた啓太はその名前を聞いて、はっとした。「​柴田​裕一か、どこかで聞いた名前だな」一方、雫は今日の午後、特に予定がなかったので、豪のオフィスに気晴らしに来ていた。彼女もこの数日の竜也のやり口を聞いていたので、ミルクティーを飲みながら頷いた。「もし中川社長が柴田の指示で橋本社長に敵対しているなら、筋が通るわね」豪は、訝しげに雫を見た。「どういう意味だ?」雫は片眉を上げた。「あら?義理の弟のことが、急に心配になったのかしら?」そう言われたが、豪の表情は変わらなかった。「俺は杏奈のことが心配なだけだ」雫は笑った。素直じゃないんだから。「うちの親にも聞いたことがあるの。昔、橋本社長のお父さんが部下に裏切られて、その人を刑務所に入れたそうよ。でも、その部下は脱獄してD国に渡ったらしくて……その人の苗字は柴田だったの。昔その話に興味があって、祖父にしつこく聞いてみたの。そしたら、その部下の息子が​柴田​裕一っていう名前だって教えてくれたわ。それ以上のことは知らないけど」雫の実家のビジネスはD国とは取引がないため、裕一と接触する機会もなかった。ただ、噂によると、一筋縄ではいかない人物らしい。雫の話を聞き、豪は黙り込んだ。彼も橋本家に敵がいることは知っていたが、それが誰なのかまでは聞いていなかった。以前杏奈に健吾から離れるよう言ったのも、橋本家が表向きほど安泰ではないと知っていたからだ。その敵が今、表立って健吾を攻撃し始めた。となれば、健吾と京
Read more

第629話

健吾は相変わらず、おちゃらけた様子だった。一方豪は、単刀直入に切り出した。「柴田があなたを狙っているようだが、それは知っているんですか?」「俺のこと心配してくれてるんですか?」「俺が心配してるのは杏奈です。あなたたち橋本家のいざこざのせいで、彼女が少しでも傷つくようなことがあれば、ただではおかないですよ」電話の向こうで健吾は軽く笑い、「分かってますよ」と答えた。それから、健吾の声は真剣なものに変わった。場所を移動したのか、電話の向こうから聞こえていた雑音が消えた。「柴田の件は、全て計画通りに進んでいます。安心してください。杏奈さんは俺のそばにいれば安全です」健吾の自信に満ちた口ぶりに、豪も少し安心した。これまで健吾と深く関わることはなかった。でも、最近の付き合いから、彼の問題解決能力は信用できると思っていた。「何か手伝えることがあれば、いつでも言ってください」「ありがとうございます。その時は遠慮なく頼らせてもらいます」豪は健吾の計画を聞き終えると、電話を切った。オフィスに戻る前に、彼は秘書の修也を呼びつけた。「今進めている橋本グループとの提携だが、適当な理由をつけて断れ」修也は、不思議そうな顔で豪を見た。「社長、それは……」健吾は、杏奈の恋人ではなかったのか?橋本グループは今、業界から睨まれている。それなのに助けるどころか、とどめを刺すようなことをするなんて……豪は冷たい視線を送り、「俺の言うことが聞けないのか?」と言った。「承知いたしました」修也はそれ以上何も言えなかった。自分は雇われの身だ。社長の命令に従うしかない。……一方、杏奈はデザイン案をまとめ、コンペの指示通りにまず初稿を提出したあと、ドレス制作の準備に入った。最近、健吾は忙しいようで、彼女も邪魔をしないようにしていた。しかし会社にいるはずの健吾から、しょっちゅうメッセージが来た。何してるのか聞かれたり、出かけるときは必ず連絡するように言われたり。いつでも居場所を報告しろ、とも言われるようになった……あまりに連絡が多いので、本当に会社で忙しくしてるの、と杏奈は疑うほどだった。その日の夜。杏奈が健吾からの電話に出ると、彼の甘えたような声が聞こえてきた。「杏奈さん、俺……酔っちゃった。迎えに
Read more

第630話

「あのエリートの橋本も、ついに落ちぶれたもんだな!」「まったくだよな。中川社長が橋本グループとは手を組むなってお触れを出してから、いろんな提携がパーになったらしいじゃないか。今月の赤字だけで上半期の利益がほとんど吹っ飛んだそうだぞ」「見ろよ、橋本が、今じゃ俺たちに酒を注いで仕事をもらおうとするまで落ちぶれたってことさ」「橋本グループって昔はすごかったらしいな。まあ、控えめな一族なんて言われてたけど、あれは控えめなんかじゃなくて、実力がなかっただけなんだろ!」「橋本って、鈴木家のお嬢様と付き合ってるんだろ?でも、今朝聞いた話じゃ、鈴木グループも橋本グループとの契約を破棄したらしいぞ。これでもう、橋本グループは誰もが敬遠する企業になってしまったね」……そう言って、男たちはゲラゲラと笑い声を上げた。そしてドアの前に立っていた杏奈も、その会話をすべて聞いていた。橋本グループにいったい何があったの?まるで、みんなに潰されかかっているみたいじゃない?それに、どうして兄がこんな時に追い打ちをかけるようなことを……彼女にはそれが理解できなかった。でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。杏奈は勢いよくドアを開け放ち、ソファにふんぞり返っている男たちを睨みつけた。突然現れた杏奈に、男たちの視線が集まり、誰もが訝しげな顔をしていた。「誰だ、お前?」杏奈は、まるで虫ケラでも見るような目つきで男たちを一瞥すると、黙って健吾のそばへ歩み寄った。床には健吾の上着が落ちていて、そこにはいくつもの靴跡がついていた。足跡は一人分ではなかった。彼女は男たちの方へ向き直った。「あなたたちが、彼をいじめたの?」その声は、凍えるほど冷たかった。最初は相手も若い女一人だからと、なめてかかっていたが、杏奈が放つただならぬオーラに、彼らは思わず彼女の素性を探ろうとした。「橋本の彼女って、たしか鈴木家に最近引き取られたっていう……まさか、この女か?」誰かが小声で尋ねた。すると男たちの間に、沈黙が続いた。そこで、杏奈はもう一度尋ねた。「もう一度聞くわ。あなたたちが、彼をいじめたのね?」その声は、さらに冷え冷えとしていた。するとソファに座っていた男の一人が立ち上がり、杏奈を侮蔑的に一瞥した。「いじめてたからっ
Read more
PREV
1
...
6162636465
...
70
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status