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貴方は海で笑う夜、私は愛を葬った のすべてのチャプター: チャプター 371 - チャプター 380

466 チャプター

第371話

帰国する前に、思いがけない収穫があった。料理はすぐに運ばれてきた。洵は一人で静かに食事を始めた。澪と蓮の出現は、彼にこのレストランに留まる十分な理由を与えていた。蓮は澪を連れて、窓際の席に座った。そこからはC国の夜景が一望できる。息を呑むほど美しい夜景が、澪の視界いっぱいに広がった。しかし、澪は夜景の美しさに完全に心を奪われることはできなかった。C国は、彼女にとって少し特別な場所だ。従兄の温がここで働き、暮らしている。そして彼女の強力な協力者――林家の運転手であり、アシスタントであり、ボディガードであり、凄腕ハッカーでもある丞も、ここにいる。林家は一族全員でA国からC国へと移住し、彼女一人だけがA国に取り残された。だが、それは必然のことだった。なぜなら、彼女はもう「林」の苗字を名乗っていないのだから。澪はため息をつき、視線を夜景から戻した。その時、ふと視界の端に洵の姿が入った。洵が一人で優雅に料理を味わっているのを見て、澪はひどく驚いた。千雪はどこ?さっき千雪の姿が見えなかった時、澪はてっきり彼女が洗面所にでも行っているのだろうと思っていた。しかし、洵が千雪を待たずに一人で食事を始めるはずがない。バレンタインデーだというのに、洵と千雪はケンカでもしたのだろうか?澪は思い返した。大学時代も、結婚した後も、自分は一度も洵とケンカしたことがなかった。その点において、千雪は自分よりずっと強い。澪は自嘲気味に笑い、目の前の美味しい料理に意識を戻した。澪が視線を外した後、洵は静かにまぶたを上げ、窓際の席を見つめた。澪は食事をしながら、蓮と楽しそうに談笑している。洵の口の中で咀嚼されている極上の料理は、次第に何の味もしなくなっていった。それと時を同じくして、A国。綾川市。千雪はまだ自分のスタジオに残っていた。今日一日中、彼女はスマホを死に物狂いで握りしめていた。ニュースや広告の通知音が鳴るたびに、着信、ライン、メールをすべて確認し、メッセージを見落としていないか血眼になっていた。洵からの連絡を待っていたのだ。今日はバレンタインデーだ。洵が自分を誘わないはずがない。彼女はそう固く信じていた。C国。夜空は深く、夜景は人々を魅了する。クラウド・ナイン。
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第372話

澪は足を止めた。長いまつ毛がゆっくりと上を向くと、洵の息を呑むほど端正で威圧的な顔が彼女の瞳に映った。その顔は、ひどく真剣だった。しかし澪には、どうして洵が今このタイミングで、そんなことを真顔で言ってくるのか理解できなかった。洵が見せてくれた花火。彼女も覚えている。熱気球、ケーキ、そして花火のショー――それは確かに、極上のロマンチックに満ちた誕生日パーティーだった。あの時の澪は、突然の出来事に戸惑いながらも、心の底から感動していた。だが、あの時感動すればするほど、ときめけばときめくほど、有頂天になればなるほど……その後、騙されて裏切られた痛みは激しく、傷跡はより深く刻み込まれたのだ。澪は長い間沈黙した後、微かに微笑んだ。「勘違いしないで。あの花火は、私のために打ち上げたものじゃないでしょ?」あれは千雪のためだ。千雪が自分の予約した原石を横取りできるよう、自分を誤魔化し、そして施しとして与えた補償に過ぎない。澪は洵の手を振り払おうとした。しかし、洵の指は必死に彼女の腕に食い込んでおり、どうしても振り払えなかった。腕が痛むだけだった。「何するのよ!?」その時、蓮が姿を現した。すると洵は、自ら手を離した。洵は澪の雪のように白い腕に、くっきりと真っ赤な指の跡が残っているのを見て、自分がどれほど強く握りしめていたかに気づいた。謝罪の言葉が喉元まで出かかったが、それを口にする前に、蓮の声が響いた。「大丈夫?痛む?」蓮は澪の腕の赤い跡に、ふーふーと優しく息を吹きかけた。澪は少し痛みが和らいだ気がした。「心配しないで、大丈夫だから」そう言うと、澪は洵を一瞥し、背を向けて洗面所へと入っていった。洵は、去り際の澪に睨まれたような気がした。「篠原社長、元妻に付き纏うのはやめてくれないかな。見苦しいだよ」蓮の口から「元妻」という言葉を聞き、洵の耳にはそれが非常に不快に響いた。しかし洵は怒るどころか、フッと笑った。「確信しているのか……本当に『元妻』だと?」洵の淡々とした問いかけに、蓮は一瞬呆然とした。「どういう意味だ?」洵の唇の端が、氷のような冷笑を描いた。「万が一、俺と澪がまだ離婚していないとしたら?」その一言を言い残し、洵は悠然と自分の席へと戻っていった。
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第373話

洵は、その預かり物を業に突き返すつもりだった。それは業が愛生のために買ったプレゼントだからだ。洵は手元に残ったもう一つのギフトボックスを開けた。中に入っていたのは、洵の身分には到底似つかわしくない代物だった――ペアのキーホルダー。プラスチックのビーズで編まれたウサギの形をしており、オスメスのウサギがぎゅっと抱き合っているデザインだ。洵自身も、なぜこんなものを買ってしまったのか分からなかった。C国へ向かう途中、偶然通りかかった学校の正門前で、露店の商人がこれを売っていたのだ。一つ数百円と非常に安価で、学生たちが次々と買っていくのが見えた。その時、洵は一体何かに取り憑かれていたのだろう。自分でもペアのキーホルダーを一つ買い、わざわざ別の店に持ち込んでラッピングまでしてもらったのだ。ラッピング代の方が、キーホルダー本体の何十倍も高くついた。恋人もいないし、誰に贈るつもりもなかったというのに。彼の交友関係を考えれば、こんな安物を誰に贈っても眉をひそめられるだけだ。ただ一人を除いては……洵は、そのペアのキーホルダーを自分のテーブルの上に残したまま、レストランを後にした。深夜十二時を回り、バレンタインデーは終わりを告げた。千雪はスタジオで、そのまま朝を迎えていた。真っ暗なオフィスの中で、スマホの画面の光だけが、千雪の顔を幽霊のように青白く照らし出していた。母の百合代は彼女に言った。「女の子が自分からガツガツしちゃダメよ。自分から擦り寄っていくような女は、男に舐められるだけだから」と。千雪はその教えに従った。その通りに行動した。結果として、洵とバレンタインデーを過ごす機会を完全に逃してしまった。洵から連絡が来ることは、一度もなかった。千雪はスマホの連絡帳を開き、自らある人物に連絡を入れた。しかし、それは洵ではなかった。……最近、澪のビジネスは少しずつ軌道に乗り始めていた。個人オーダーをいくつかこなし、多少の利益が出たため、彼女はまず非常に安い中古車を購入した。彼女は一人で何人もの顧客にジュエリーを届けなければならず、車がないと非常に不便だったからだ。車を買うまでは、ほとんどの移動を蓮の運転に頼っていた。蓮自身は喜んで運転手を務めてくれていたが、澪はいつまでも彼を足代わりに使
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第374話

広々とした寝室は、不気味なほど静まり返っていた。澪は無言で立ち尽くし、駆も死人のように静かだった。駆は彼女が来たことに気づき、目に微かな光を宿した。しかし、深く落ち窪んだ眼窩のせいで、その目は異様な恐ろしさを帯びていた。澪はまず駆にコップ一杯の水を注ぎ、彼の口元へ持っていき飲ませた。カラカラに乾いていた喉が潤い、駆はようやく声を発した。「……あいつらに呼ばれて、僕を説得しに来たんだね……」「そうよ」澪は素直に認めた。彼に嘘をつく必要はない。「ハッ……」駆の喉の奥から、乾いた冷笑が漏れた。「夏目さんも、僕に月子と結婚しろって言うのかい?」駆の枯れ木のように痩せ細った顔が、恐ろしいほど陰惨に歪んだ。「僕は餓死してでも、あの女を娶る気はない……どうして?どうして夏目さんへの僕の執着は、夏目さんの心を動かせないんだ?」「二宮君を愛していないからよ」再び澪からその冷酷な言葉を突きつけられ、駆は怒りに任せてテーブルの上の物をなぎ払った。物がバラバラと音を立てて床に散らばった。澪には当たらなかったが、駆自身の体にいくつか当たった。「本当に残酷だ、夏目さん……どうして僕を好きになってくれないんだ?」「二宮君が、洵に勝てないからよ」その言葉に、駆の顔色が一変した。「やっぱり篠原のせいか!?今でも、あいつが好きなのか!?」駆は力を振り絞って、かすれた声で叫んだ。その問いに、澪は答えなかった。彼女は駆の前に立ち、彼を見下ろした。駆は弱々しく顔を上げていた。彼の目に映る澪の顔は、まるで別人のように冷酷だった。「洵は……篠原グループの実質的な支配者よ。圧倒的な権力を持っているわ……それに比べて、あなたには何があるの?二宮グループはあなたの手中にはないし、家族の誰もあなたの言うことなんて聞かない……挙句の果てに、今こうして自分の命さえ投げ出そうとしている……聞くけど、あなたみたいに臆病で無能な男を選ぶ女が、この世のどこにいるっていうの?」澪が言い終わるや否や、駆は激しく咳き込み始めた。ついには血まで吐き出した。しかし、澪の氷のような表情は微塵も揺らがなかった。「いいこと、二宮君。絶食なんて、私から見れば私への執着でも何でもない。ただの自己満足に過ぎないわ……本気で私を
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第375話

その時、悦子が満面の笑みでキッチンから出てきた。「やっぱり月子は賢くて気が利くわね。あなたの言う通り、夏目澪を呼んで駆を説得させたら、本当に効果があったわ。あなたこそ、私たち二宮家の福の神よ」月子も微笑みを返した。彼女がこんなに嬉しそうに笑っているのは、未来の姑に褒められたからではない。千雪が入れ知恵してくれた計画が、見事に成功しそうだったからだ。深夜。郊外の道は、不気味なほど静まり返っていた。澪が駆の家から車を出して間もなく、彼女は自分が尾行されていることに気づいた。彼女を尾行しているのは二台の車だった。彼女の中古車よりもはるかに性能が良く、乗っている人数も二人だけではないだろう。澪はハンドルをきつく握りしめた。手から滲み出た汗で、ハンドルが滑りそうだった。ウォーターフロント・マンション。この夜、千雪はずっと起きたまま、月子からの連絡を待ちわびていた。そして午前三時、ついに月子からラインが届いた。【仕留めたわ】その簡潔な知らせが、千雪に強烈な興奮剤を打ち込んだ。千雪は興奮のあまり、ますます眠れなくなってしまった。翌朝。篠原グループの社長室で、佐々木が業務報告を行っていた。「以上が、各プロジェクトの現在の進捗状況です」「分かった」報告を聞き終えた洵は、佐々木にいくつか指示を出した。佐々木が退出しようと身を翻した時、背後から洵の何気ない声が響いた。「澪は最近、何をしている?」佐々木は足を止め、困惑した表情で洵を振り返った。あの人が最近何をしているかなど、自分が知るはずがないではないか。しかし、洵にそんな言い訳は通用しない。洵は彼を見ていた。その視線が意味するものは明確だった――「二度は聞かせるな」「すぐに調べてまいります」佐々木が足早に出て行くと、洵は自分のスマホを手に取った。澪の近況など、なぜ佐々木に調べさせる必要があるのか。彼女に一本電話をかければ、すぐに分かることだ。だが、彼は電話をかけたくなかったのだ。しばらくして、佐々木が慌てた様子で戻ってきた。「どうした?」洵の方から尋ねた。「調べたところ……夏目さんが……夏目さんがどうやら、事件に巻き込まれたようで……」洵はガタッと椅子から立ち上がった。インペリアルブルーの高級車
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第376話

洵のまぶたが微かに上がった。この結果に、彼も驚くべきではなかった。M国であの日、澪に離婚判決を見せて以来、彼女は自分の存在を、彼女の人生から完全に切り離してしまったかのようだった。だからこそ、離婚判決を受け取ったその夜、澪はホテルを出て、駆と一緒になって騒ぎを起こしたのだ。そして今は……澪のそばには、蓮がいる。蓮は、洵が両腕の脇で拳をきつく握りしめているのを見逃さなかった。「篠原社長、怪我人を見舞うのであれば、患者本人の意思を尊重するのが当然でしょう。お引き取りを」洵はそれ以上一言も発することなく、背を向けて立ち去った。真冬だというのに、彼の体は走ってきたせいで汗ばんでいた。その結果が、門前払いだ。洵はこれまでの人生で初めて、自分が阿呆のように滑稽に思えた。病室では、澪がベッドに横たわっていた。何気なく視線を落とすと、窓から下の景色が見えた――洵が、インペリアルブルーの高級車に向かって大股で歩き去っていくところだった。蓮がドアを開けて入ってくると、澪がちょうど窓の外から視線を戻したところだった。「リンゴ、イチゴ、マンゴー、ブドウ……どれが食べたい?」「うーん……やっぱりリンゴかな!」蓮は洗ってあるリンゴを一つ手に取り、皮を剥こうとした。「自分でやるわ」澪は蓮に向かって手を伸ばした。「君の手、包帯ぐるぐる巻きじゃないか」蓮に指摘され、澪はようやく自分の、まるでちまきのようにグルグル巻きにされた両手を見て、苦笑した。「そうだったわね。私、今は怪我人だったわ」澪が入院したのと時を同じくして、千雪は月子と結託し、あるレセプションパーティーを主催した。このパーティーの招待客は、すべて澪の顧客たちだった。澪の現在の顧客は、エリザベス女王が出席したあの晩餐会で獲得した人々ばかりであり、月子のコネを使えば彼らに連絡を取るのは容易いことだった。パーティーの席で、千雪は招待客たちに向かってこう説明した。あの晩餐会で、自分は澪の罠にハマったのだと。自分がデザインした王冠を、澪がこっそりとオモチャの王冠にすり替えたのだと。もちろん、口で言うだけでは何の証拠もない。招待客たちも、彼女の言い分をすぐに信じるはずがなかった。「紳士淑女の皆様、どうかご安心ください……」マイクを握り、
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第377話

澪は技術の高さが自慢なんでしょう?両手が不自由な障害者になっても、まだアンティークジュエリーの修復ができるのか見ものだわ。千雪は自らX博物館にも連絡を入れ、最終的に「澪と二人で公開修復を行い、より優れた技術を見せた方を採用する」という条件を認めさせた。千雪は、澪が徹底的に打ち負かされる惨めな姿を、洵の目の前で見せつけてやるつもりだった。両手が使い物にならず、自分の力で生きていくことすらできなくなった女など、洵の性格からして二度と見向きもするはずがない。今度こそ、澪を二度と這い上がれないどん底に叩き落としてやる!レセプションパーティーの後、招待客のほぼ半分が千雪の新しい顧客となった。残りの半分も、アンティークジュエリーの修復対決が終われば、すべて自分が奪い取れると千雪は確信していた。その時が来れば、澪はすべてを失う。あの白石蓮という男についても、千雪はむしろ「澪が両手を失って障害者になれば、あいつが一生澪の排泄の世話までしてやればいい」とさえ思っていた。あいつらが永遠の愛を誓い合ってくれれば、澪はもう二度と私の洵に付き纏うことはないのだから。篠原グループ。佐々木は、洵の機嫌がすこぶる悪いことを察していたが、報告すべきことは報告しなければならなかった。「社長、例のチンピラどもの身元が割れました……奴らの手はすでに潰され、全員ブタ箱に放り込まれました……」洵は何も答えなかった。「それから、社長が手配されたあの整形外科医ですが……夏目さんに追い返されたそうです」デスクに座っていた洵が、バッとまぶたを上げた。佐々木の背筋がゾクッと凍りついた。洵のこんな恐ろしい目を見るのは、本当に久しぶりだった。「俺がいつ、整形外科医を手配した?」佐々木は口角をピクピクと引きつらせた。社長が指示したわけでもないのに、私が暇を持て余してわざわざ名医を探してくるとでも思っているのか?当然指示したんだよ、社長ご自分が!「……では、あの薬は……」「捨てろ」洵は冷たく一言だけ発した。「はい、ただちに」佐々木が退出しようとしたその時、再び洵に呼び止められた。「あいつに突き返されてから捨てろ」……はあ?突き返されると分かっていて、まだ送るつもりだか!?「はい、ただちに」佐々木は自ら薬を病院
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第378話

会場の照明は暗かったが、それでも洵は、千雪の瞳に光る涙をはっきりと見て取った。「……分かった」洵が立ち上がった。千雪もそれに続いた。二人は前後に並んで会場を後にした。特に親密なスキンシップがあったわけではないが、周囲の目には十分に親密な関係に映った。ウェイターが、洵と千雪のために個室の会議室を開けてくれた。だだっ広い会議室の中には、洵と千雪の二人だけだった。「洵、澪さんの手が怪我したこと、知ってる?」「ああ、知っている」洵は微かに眉をひそめた。「X博物館の人から聞いたのよ」「X博物館?」洵が怪訝そうな顔をするのを見て、千雪はわざとらしく困ったようにため息をついた。「澪さんがこの間引き受けた仕事で、X博物館のアンティークジュエリーを修復するプロジェクトなんだけど……でも彼女、今は手に怪我をしてるでしょ?それで博物館の人が私のところに来て、彼女の代わりに私に引き受けてほしいって頼んできたの。でも澪さんがどうしても納得しないから、博物館側も彼女に自ら身を引かせるために、私たち二人で公開修復対決をして、より優れた方を採用するって提案したのよ……」そこまで話すと、千雪はさも言いづらそうに俯いた。「洵……あなたから澪さんに、辞退するように説得してくれないかしら?」洵は片方の眉をピクリと上げた。「業界の皆さんの前で、澪さんに大恥をかかせたくないのよ……彼女の怪我、かなりひどいって聞いてるし。無理して見世物になって自業自得の恥をかくくらいなら、早めに棄権した方が本人のためでしょ?……私みたいな立場の人間が言っても、澪さんは絶対に聞き入れないと思うわ……でも、洵は違う。元夫なんだから、あなたが説得すれば、もしかしたら澪さんも聞き入れてくれるかもしれない……」千雪の口調は、真に迫るほど心の奥底から心配しているように聞こえた。最初、彼女は澪がこのまま修復プロジェクトを辞退するのではないかと危惧していた。もし澪が辞退すれば、彼女は世間に対して「澪は逃げた。私と正面から勝負するのが怖かったのだ」と言いふらすつもりだった。しかし、業界の大物たちの目の前で澪を完膚なきまでに叩き潰す方がずっと痛快だ。だから彼女は、X博物館の人間に「競争相手は千堂千雪だ」と意図的に澪へ伝えさせたのだ。案の定、澪は公開修復
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第379話

この悲痛な訴えには、もちろん演技も混じっていたが、千雪の真実の感情も確かに含まれていた。千雪には本当に分からなかったのだ。自分は洵の「最愛の初恋の人」という絶対的な称号を持っているのに、なぜ彼が離婚した途端、自分に対してますます冷たくなっていくのか。その疑問に対する答え……洵自身はとっくにその答えを知っていたが、ずっとそこから目を背け続けてきたのだ。会議室は静まり返った。洵と千雪は正面から向き合った。涙で顔をぐしゃぐしゃにした千雪に対し、洵はポケットからティッシュを取り出し、彼女の涙を拭ってやった。この紳士的で優しい気遣いに、千雪は泣き笑いの顔になり、心の中に少しだけ自信を取り戻した。「お前は、一度も信じたことがなかったのかもしれないけどな……」洵の清冽でどこか突き放すような声が、千雪の耳に届いた。「お前が帰国したあの日、空港へ迎えに行った時に俺が言った言葉は、すべて偽りない本心だ」洵は千雪の涙を拭ったティッシュを彼女の手に握らせると、背を向けて会議室を去っていった。会議室には、千雪一人が取り残された。千雪の笑顔はとっくに凍りつき、手に握らされたティッシュもすでに乾ききっていた。夜更け。第四病院。とっくに面会時間は過ぎていたが、洵には特権があった。彼は澪の病室のドアの前に立っていた。今回は、蓮が彼の行く手を阻むことはなかった。ノックをするべきか、しないべきか。洵はわずかにためらった。結局、ノックはしなかった。澪を起こしてしまうのを恐れたのだ。こんな時間なら、澪はとっくに寝ているはずだ。洵は、病院に着いてからようやく気づいた。たとえここに来たとしても、澪と言葉を交わすことすらできないのだと。なら、なぜ自分はここに来た?ただ、澪の顔を一目見るためだけに?洵は首を振り、ドアを押し開けて中へ入った。そこは設備の整った特別室で、環境は申し分なかった。洵が足を踏み入れた瞬間、彼は思いがけず澪の視線とぶつかった。「起きていたのか?」澪は洵を見て驚きを隠せなかった。「どうしてここに?」洵は微かに眉をひそめた。澪の口調からは、彼を歓迎する気配など微塵も感じられなかった。「お前の様子を見にきた……」洵は視線を落とし、澪の手を見た。澪の両手は分厚
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第380話

「どうして?」澪は即座に反問した。「お前の手が怪我をしているからだ……今のままでは、千雪と公開で勝負したところで勝ち目はない。恥をかくだけだ……」洵が言い終わる前に、澪は嘲りに満ちた声で彼を遮った。「たとえ私がここで大恥をかいたって、篠原社長には何の影響もないでしょう?」「どうしても俺をそういう人間だと思いたいのか」洵の顔色が一瞬にして変わった。「お前を止めようとするのは、俺自身の体面を保つためだと?」「そうじゃないの?」澪はそう問い返した後、わざとらしく「ああ、そうだったわね」と思い出したような顔をした。「そうね、千堂の邪魔になる私という障害物を排除するためでもあったわね。昔からそういうこと得意だもの」「澪!」洵はたまらず声を荒げた。彼は、そんなつもりで言ったのでは断じてなかった。X博物館の公開修復対決には、数多くの高名なジュエリーデザイナー、コレクター、そして古美術修復の巨匠たちが招待されている。全員が、業界の重鎮ばかりだ。澪の手の怪我がまだ治っていない今、その場に行っても最高のパフォーマンスを発揮できるはずがない。業界内に「技術が未熟だ」という最悪の印象を植え付け、競争相手にただ塩を送る結果になるだけだ。澪が今後、二度とジュエリーデザイナーとして生きていくつもりがないというなら話は別だが。そこまで考えて、洵はハッとした。その可能性も、決してゼロではないのだ。彼はこれまでに何度も、澪の卓越したジュエリー制作の技術をその目で見てきた。今さら彼女の才能を疑うつもりはない。しかし、澪の技術は両手の精密な操作があってこそ成り立つものだ。外科医や漫画家などと同じように、一度手に致命的な怪我を負ってしまえば、かつての栄光を取り戻すことは二度とできないかもしれない。だから、澪は別の道へ進むつもりなのだろうか?しかし、ジュエリーデザイナー以外に、澪に何ができるというのか?一つの肩書きが、突然洵の脳裏に浮かんだ――専業主婦だ。洵の記憶の中で、澪が最も長く、そして最も得意としていた仕事は、専業主婦だった。手を怪我してデザイナーとしてのキャリアが絶望的になったのなら、次善の策を選ぶのも当然だ。しかし……洵は痛いほど分かっていた。たとえ澪が再び専業主婦に戻ったとしても、彼
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