LOGIN突如警報が鳴った。おつかいから帰ってきたアレックスを出迎えていたときだった。
「タイミング、場所は厨房……不法侵入者はケヴィンだな」
正面玄関から入ればケヴィンに挨拶する者たちが次々と現れ、なにか食べられるようになるまで時間がかかる。それなら忍び込んで先に何か食べようとするのはケヴィンらしい。
ケヴィンらしいが……。
「旦那様、奥様がまだ厨房にいらっしゃいます」
「げっ!」本当に、「げっ!」のタイミング。レティーシャに会わせる前にケヴィンに事情を話すという計画が台なしである。
舌打ちして走り出したアレックスのあとを、グレイブは追う。徐々にひらくアレックスとの距離。愛用の武器であるメイスが重く感じた。
(年はとりたくないものだ)
遅れて厨房に駆け込むと、ケヴィンはレティーシャの専属侍女で護衛のロシェットに捕縛されていた。髪と目の色は違うが、やはり侵入者はケヴィンだった。
関節を固められて動けないケヴィンを呆れるように見下ろすアレックス。ケヴィンの口から「うー」とか「むー」としか聞こえないのは、その口にジャストフィットするサイズのリンゴが押し込んであるからだった。
レティーシャの姿を探すと無事……どころか、箱状の防御壁に包まれていた。
発生させたのはカシム。ガロンの姿がないことから、レティーシャの料理の先生役を弟子から奪ったのだと推察された。
後進に任せたならあまりしゃしゃり出てくるなと言いたいが、自分が同じ立場なら似たようなことをしたと自覚があるのでグレイブは黙っていた。
ここにカシムがおり、レティーシャを防御壁で包んだのはよい判断だった。この防御壁には万が一に備えて風魔法で遮音効果も付与されている。今回の場合はケヴィンだが、愚か者の愚かな発言を不用意にレティーシャに聞かせたくないというアレックスの配慮だった。
(本当に仕事はよくできる)
「ケヴィン、一言も話さないと約束するならリンゴをとってやる。特に彼女についてのことは、だ。『誰だ』も『どうして』「スッキリした顔をしているな」 「……ディル? マリアは?」「ロージーはカリーナと一緒に部屋に戻った。スッキリした顔をしていたよ……ありがとう」 「どうした?」「殿下たちのために秘密を公爵に話したんだろう? 僕が父親だから、ちゃんとお礼を言っておこうと思って」 「それなら俺もお礼を言うべきだな。ディルとマリアのおかげで、俺は父の血を王家から消すことができる」 ファウストの父である先代国王は凡庸な男だった。賢王と呼ばれた先々代国王が善政を敷き、彼の理想とする「百年の安寧が約束された国」を作り上げたからだ。政治も経済も外交も、先々代国王が死んでも全く問題がないように作られたシステム。システムの中で王座に座った先代国王の役割は『後継ぎを作ること』だけだった。先々代国王は、ある意味息子のことを思っていたのだとファイストは思う。特に才覚のない彼が問題なく国を治められるようにしたのだから。先代国王の正妃も、自身の失敗を踏まえて先々代国王が選び抜いた令嬢だった。特にこれといった特徴のない正妃は先代国王のプライドを刺激せず、ほどほどに愛情を求める点も先代国王には丁度良かった。 (しかし、姉上と俺が生まれてしまった)二人の間に生まれた娘、アレックスの母親ヒルデガルドは幼い頃からカリスマ性があった。ヒルデガルド王女がいればこの国は安泰。さすが賢王の孫。ヒルデガルドの名声が、先代国王のプライドを刺激した。自分がいればこの国が安泰、などと言われたことがない。さすが賢王の息子、とも言われたことはない。幸いだったのは、ヒルデガルドが女児であったことだ。この当時は女児は王や貴族家の当主になれなかった。どれだけカリスマ性があっても王にはなれない。それが先代国王の安心材料となった。それから四年後、王妃が第二子を産んだ。待望の王子。先々代国王が遺したシステムの中で彼が与えられていた役割『後継ぎを作ること』が達成すると同時に、ヒルデガルドと同じくカリスマ性のあるファウストを国は歓迎した。ファウスト王子がいればこの国は安泰。さすが賢王の孫。そしてファウストの容姿が先々代国王に似たため――『賢王の再来』と言われ
「雨に濡れず、寒さもなく、空腹もない毎日。生きているという実感を僕は初めて得られた。サフィにぞっこんだったファウストには男の勘とやらで直ぐに男だってバレたけど、おかげで僕たちは親友になれた。恋人だってできた。本当に幸せだったよ、サフィにあの王命が出るまで」ディルの言葉が切れた。その続きは、ファウストが肩を竦めて引き継いだ。「一時期は噂にもなったが俺とサフィは恋仲だった。サフィの両親の侯爵夫妻からも婚約の許しを得て、父王に言うぞという矢先に父王はあの王命を出した。俺は撤回を求めたが、聖女不在の不安に取りつかれていた父王とその取り巻きたちは聞く耳を持たなかった……俺も、多分どこかで聖女がいないということが不安だったのかもしれない。結局はサフィの婚約を受け入れたのだから」ドルマンとサフィニアの結婚は国の希望だった。王族の責務がある。ファウストはそんな言い訳をしながら、「どうか幸せになってほしい」とサフィニアに伝えて別れたという。「それなのにドルマンは平民の愛人を第一夫人として迎え、サフィを第二夫人にした。普通の貴族なら屈辱だと怒るところなのに、それでもサフィは笑っていた。いまはよくないカードばかりだけど、どこかで必ずいいカードが来るはずだって」「カード?」「サフィにとって人生はポーカーだったんだ。貴族として与えられたカードの中で最善を尽くす。貴族だから仕方ないと諦めることなど許されないって。そんなサフィが侮辱されたことに耐え切れず不幸を嘆いて自殺? あり得ない。ましてや聖女と言われる娘を道連れにして心中など絶対にあり得ない。だから俺はサフィを殺した奴もしくは奴らを探すことにした」当時を思い出したのか、怒りと悲しみで肩を震わすファウストの肩にディルが手をおいて宥めた。「サフィの気質は僕たちも知っている、フレマン家もファウストと同じ結論に達した。だから僕とファウスト、そして僕の恋人であるロージーは手を組んだんだ」そう言うとディルはマリアローゼットの肩を抱き寄せた。(……王妃陛下の、恋人?)王妃の不義密通は処刑もあり得る重い罪。それなのに二人は堂々とくっついている。「おっさん、これっ
「え? どうして?」 「この男はディルという。この仮面は認識阻害が付与された魔道具でな、いつもこれを使って隠れている」「どうしてそんなことを?」 「七割は本人の趣味で、残り三割は俺の代わりをしてもらうためだな」(七割の趣味はこのさい置いておいて、陛下の代わりというと……?)ディルが仮面を外すと、その下の顔はファウストにそっくりだった。変化で色は変えられるとしても、顔の形や体格まで『同じ』となると他人とは思えない。「私は先々代国王の庶子です」 「先々代国王の、庶子……」歴史書によれば先々代国王の子は、正妃の間に生まれた王女が二人と、王子が二人。「いまは『ディル』と名乗っています。どうぞお見知りおきを」(叔父さんの顔で丁寧に頭を下げられると違和感だらけだな)「ディル、いつも通りの話し方でいい」 「分かりました……それでは公爵、今回の件に関わるので私の生い立ちについて軽くお話ししても?」(なにか変わったか?)「先々代国王は歴史的には賢君だけどの欲望に素直なタイプでね、女性が欲しいから抱く、相手も一夜の関係であることに合意しているから愛妾として召しあげる義務まではない。結局、僕みたいな庶子がたくさん。みんな赤ちゃんの頃に殺されたから、生き残っていたとしてもどうなったことやら」フランクになった上に、あっけらかんと過去を話すディルにアレックスは「おおっ」と驚いた。「政略結婚だったけれど先々代国王のご正妃様は彼を王として尊敬し、夫として愛していた。前半だけならよかったんだ、彼もご正妃様のことは『王妃として』信用していたしね。でも夫を愛していた彼女は、妻として愛されたいと思った。夫に自分一筋になってほしかったんだ。ないもの強請りだよ、愛しちゃったのはそういう男じゃないんだから」王太子のスペアといえる第二王子が生まれると、先々代国王は正妃と夜を共にしなくなった。「ご正妃様は先々代国王のタイプではなかったんだよ」 「『タイプではない』……でいいのですか?」「いいんじゃない? そのあたりは人それぞ
マリアローゼット王妃に指示された場所に向かえば、そこにはいつも彼女の傍にいる腹心の侍女カリーナがいた。「王妃様が内宮の奥庭でお待ちです」内宮の奥庭。公爵で現王ファウストの甥であるアレックスでもそこには大きな温室があるらしいとしか知らないそこは、かつては王のための妃たちが大勢暮らしていた場所。いまは王とその家族の居住区で、ファウストは特に公私を分けたいタイプなのか、ここに入ることが許されるのは若い頃から王の傍にいた古参のみ。 (オリヴィアのせいだな)この国が一夫一妻制になったのには、かつてこの場所で起きた血で血を洗う惨劇が原因だったと歴史書にある。歴史書に描かれた挿絵と、妹オリヴィアが開いた会議のせいで、アレックスには男の身勝手と不実を嘆く数多の女たちの怨嗟の声が聞こえた気がした。居心地の悪さは男の身勝手には覚えがあるアレックスの自業自得である。「ハハハッ」笑い声がしてそちらを見ると、ガサガサッと音がして近衛騎士団長のロドリゴが姿を現した。古参の彼がここの出入りをしていても不思議ではない。実際に侍女カリーナは、呆れた顔をしているが驚いてはいない。ただ今回は王妃から「話したいことがある」と言われている。(ロドリゴのおっさんも、ということか)「何かおかしいですか、ロドリゴ殿?」 「社交界でブイブイ言わせているお前さんが借りてきた猫のようだからおかしくてさ、女の幽霊の声でも聞こえたか?」「え、マジでいるのか?」 「知るか。そっちの感覚は皆無……ああ、お前さんはそういう話が苦手だったよな。六歳のときにオネショしたのも……」「ロドリゴ様、王妃様がお待ちなのでお戯れもほどほどに」年寄りの昔話をアレックスが止めようとする前に、侍女カリーナがそれを止めた。禄に話したことのない女性だが、いい人だとアレックスは思った。「はいはい。お先にどうぞ、ウィンスロープ公爵閣下」大仰な身振りでロドリゴが温室の扉を開ける。気障な仕草だが、イケオジと評判のロドリゴに似合うのでアレックスは文句が言えなかった。 「よう
自分が死んだことになっている理由も方法もレティーシャには分からないが、死んだままにして隠されていた理由については分かっている。レティーシャは伯爵邸から出ることを許されなかったが、月に一度馬車に乗せられ伯爵と共にどこかにいっていた。場所は分からないので『連れていかれた』というほうが正しい。いつも月のない夜。その夜は小屋を出るときから分厚いマントを被りフードで顔を隠すように言われた。そして小屋に戻るまでフードをとってはいけない。伯爵に連れていかれた先にはけが人や病人がいつもいた。人数はときによって違ったが、彼らはレティーシャのことを『聖女様』と呼び、伯爵には彼らを治すようにと言われたためレティーシャは治癒力を使った。(あれはいけないことだった)治癒力は国が管理しているから、レティーシャはそれが国王の指示だと思っていた。面倒だとか言って嫌がるラシャータの代わりに、だから治癒力を使うときピンク色に戻ってしまう瞳を隠していたのだとばかり思っていた。でも違った。彼らはレティーシャを、レティーシャでもラシャータでもなく誰も存在を知らない『三人目の聖女』だと思っていた。公爵邸の図書館にあった何代か前の当主の手記に聖女の護衛計画があり、王家が聖女に護衛兼見張りの者をつけていることを知った。彼らがいるためラシャータが勝手に治癒力を使うことはできない。『三人目の聖女』、伯爵が自由にその治癒力を使える聖女。伯爵はそれを使って財産や権力を得ていた。財産のほうはレティーシャには分からないが、国王が一伯爵家に伺い立てていたことから権力のほうは想像できる。死から救う夢のような存在である聖女は、権力の象徴にもなり得る。夢と恐怖は表裏一体、聖女を使えば国を支配することもできる。野望ある者には禁断の果実だ。(禁断の果実……)当主の手記の端の方に【聖女は禍】とあった。数が多いうちは互いの抑止力になるが、聖女の数が減れば聖女を巡って戦争が起きる。聖女は禍、そういうことだ。それを昔のスフィア伯爵は察し、聖女を国に委ねた。聖女の数が減ってきた頃の話なので、禍を押しつけたともいえるが、その辺りのやり取りは手記にはなくレテ
「奥様、そろそろ旦那様がお帰りになります」 「分かりました」ロシェットに軽く化粧を直してもらって、レティーシャは玄関ホールに急いだ。午前中はウィンスロープで鼠が出る騒ぎになり、その報告でアレックスは登城していた。(公爵邸はお城の目の前だから、お城にも鼠の注意をしにいったのかしら。厨房だけじゃなくて備蓄倉庫も鼠に荒らされたって伯爵邸の使用人たちがよく言っていたもの) 玄関ホールにつくと誰かがレティーシャに気づき、道を開けてくれた。並ぶ使用人の間を抜けてグレイブの前に立つ。こうしてアレックスを出迎えることにも慣れてきたとレティーシャが想ったとき、アレックスが帰ってきた。「おかえりなさいませ、アレックス様」 「ただいま、奥さん。ケヴィンとオリヴィアは?」「お二人ともお部屋にいらっしゃいます。呼んでまいりますか?」 「いや、全然、いなくて構わないから」首を横に振るアレックスの頭の向こうに空が見えた。アレックスと共に行動しているロイがまだ来ないからか、玄関扉はまだ開いたままだったからだ。空はまだ明るい。(今日はいつもよりお帰りが早いですね)「どうかしたのか?」 「空が明るいから、お早いお帰りだと思いまして……あと、夕焼けがとてもきれいだと……」レティーシャは反射的に自分の目に手を当てた。―― 君……目の色……夕日……。(男性の声……誰? いいえ、最近聞いたような……伯爵様? ……ではない……とても優しい声、あれは……) 「どうした? 目が痛いのか?」 「……え?」アレックスの声に顔を見ると、心配そうなアレックスの目と目があう。赤色に光るアレックスの目に映っているから、いまは琥珀色に変化させている瞳がレティーシャのピンク色の目に見えた。「どこも痛くないなら、俺とデートしないか?」 「これから、ですか?」「ちょっとそこの庭まで。二人なら立派なデートですよ、奥さん」(庭……)いいのだろうか、とレティーシャは思った。最近、ウィンスロ







