All Chapters of 幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる : Chapter 71 - Chapter 80

111 Chapters

71

「私も、お義姉様と一緒にお散歩したいです」「まあ、嬉しいですわ」レティーシャが喜ぶと、オリヴィアは嬉しそうに笑う。そんなオリヴィアを見る兄二人の『仕方がないな』と苦笑するような目はとても優しい。(仲の良いご兄弟だわ)この三人を見て、レティーシャは気づいたことがある。最初はこの『仲の良い』が羨ましいのだと思っていたが、いまは『きょうだい』が羨ましいのだと分かっている。(私とラシャータ様の関係は『異母姉妹』ではないのね。そして……)ロイとグレイブ、リイとカシムなど、ウィンスロープ邸には『親子』が何組かいるが、レティーシャと伯爵のような関係の人たちはいない。(私と伯爵様の関係も、親子ではないのね)自分が死んだことになっている理由も、方法も、レティーシャには分からない。でも、レティーシャを死んだことにして隠していた理由については察しがついている。 .レティーシャは伯爵邸から出ることを許されなかったが、月に一度、馬車に乗せられて伯爵と共にある場所に行っていた。レティーシャに場所は分からないので、『連れていかれた』というほうが正しい。(いつも、月のない夜だった)新月の夜は、分厚いマントを被り、フードで顔を隠してレティーシャは裏口に向かう。裏口には、ここに来る日はいなかったが、門番が一人いる。レティーシャのことを伯爵が何と言ったか分からないが、門番は見て見ぬふりをしてレティーシャを通す。家紋のついた馬車には、伯爵が乗っている。伯爵の部下がレティーシャの目を隠し、レティーシャは馬車に乗せられる。真っ暗な世界で、馬車の車輪の音をレティーシャは聞いていた。連れていかれるのは、いつも同じ古びた聖堂。廃墟のようなそこには、いつも目隠しをした人が幾人もいた。レティーシャは目隠しを外され、伯爵とあまり年の変わらない男の神官の説明に従って、聖女の力を使う。彼らはレティーシャのことを『聖女様』と呼び、伯爵と神官に金品を渡していた。(あれはいけないことだった)治癒力は国が管理しているから、レティーシャはそれが国王の指示だと思っていた。面倒だとか言って嫌がるラシャータの代わり、だと。でも、違った。公爵邸の図書館にあった何代か前の当主の手記にあったのは、聖女の護衛計画。聖女には王家が護衛兼見張りの者をつけている。そのことは公
last updateLast Updated : 2026-01-04
Read more

72

伯爵はレティーシャに対して誰にも見られないようにしろと言うだけだった。レティーシャの存在がバレたら縛り首だと分かっているくせに、子どもにその命綱を任せているのだから何かが足りないとレティーシャは思う。(私は、必死でした……誰にも死んでほしくなかった……)―― 万が一お前の姿が見られた場合、見た者の命はない。ラシャータを追いかけて伯爵邸に行った日、乳母の死んだ日、伯爵はレティーシャにそう言った。レティーシャは怖くて気をつけたが、子どもだった。誰かに見られてしまうこともあり、そのときは容赦なくその脅しが実行された。柄の悪い男たちに引き摺られていく使用人の姿に、レティーシャが泣いて助命を請うても、伯爵はそれを逆手に取って「お前の所為だ」とレティーシャを責め立てレティーシャを屈服させた。小屋に出るのを怖がり、食料が少なくてガリガリに痩せていくレティーシャに変化魔法を教えたのは精霊のドモだった。「色さえ変えちまえば分からないもんさ」と優しい言葉でレティーシャを立たせ、「飢え死にしたくなかったら死ぬ気で覚えろ」とスパルタで教えてくれた。何度も試して、伯爵からの使いが小屋にきたときレティーシャは練習の成果を試した。レティーシャを連れにくるのはいつも弱視の老人で、レティーシャは髪と目の色を変えて彼のあとについて伯爵が待つ場所に向かった。――― お前、なにを連れてきた!レティーシャだと分からなかった伯爵は、その老人を鞭で痛めつけた。レティーシャだと分からなかった伯爵のミスで老人のミスではないのだが、この老人は伯爵の仲間だったからこの冤罪にレティーシャは罪の意識を感じずにいられた。レティーシャは生きた。家事は乳母が教えてくれたから、ドモもいてくれたこともあって生きてこられた。レティーシャの料理は見様見真似であまり美味しくないが、それについては公爵邸できちんと学んでいるからいつかこの成果をドモに見せたいとレティーシャは思った。(そういえば、作り方を知っているキャロットケーキだけは及第点でしたわね。あれは乳母が作り方を教えてくれたのでしたっけ?)―― いつかあなたも好きな人に作ってあげて。キャロットケーキの味を思い出そうとしたレティーシャの頭に優しい声が響く。(……乳母?)「旦那様」グレイブの声にレティーシャの思考が中断した。見るとグレイブ
last updateLast Updated : 2026-02-24
Read more

73

マリアローゼット王妃に指示された場所にアレックスは向かった。そこには、いつも彼女の傍にいる腹心の侍女カリーナがいた。「王妃様が内宮の奥庭でお待ちです」内宮の奥庭。公爵で現王ファウストの甥であるアレックスでも、そこには大きな温室があるらしいとしか知らない場所。そこは、かつては王のための妃たちが大勢暮らしていた場所。いまは王とその家族の居住区で、ファウストは特に公私を分けたいタイプなのか、ここに入ることが許されるのは若い頃から王の傍にいた古参のみ。(オリヴィアのせいだな)この国が一夫一妻制になったのには、かつてこの場所で起きた血で血を洗う惨劇が原因だったと歴史書にある。歴史書に描かれた挿絵と、妹オリヴィアが開いた会議のせいで、アレックスには男の身勝手と不実を嘆く数多の女たちの怨嗟の声が聞こえた気がした。居心地の悪さは、男の身勝手に覚えがあるアレックスの自業自得である。「ハハハッ」笑い声がしてそちらを見ると、ガサガサッと音がして近衛騎士団長のロドリゴが姿を現した。古参の彼がここの出入りをしていても不思議ではない。実際に侍女カリーナは、呆れた顔をしているが驚いてはいない。ただ今回は王妃から「話したいことがある」と言われている。(ロドリゴのおっさんも、ということか)「何かおかしいですか、ロドリゴ殿?」「社交界でブイブイ言わせているお前さんが借りてきた猫のようだからおかしくてさ、女の幽霊の声でも聞こえたか?」「え、マジでいるのか?」「知るか。そっちの感覚は皆無……ああ、お前さんはそういう話が苦手だったよな。六歳のときにオネショしたのも……」「ロドリゴ様、王妃様がお待ちなのでお戯れもほどほどに」年寄りの昔話をアレックスが止めようとする前に、侍女カリーナがそれを止めた。ろくに話したことのない女性だが、いい人だとアレックスは思った。「はいはい。お先にどうぞ、ウィンスロープ公爵閣下」大仰な身振りでロドリゴが温室の扉を開ける。気障な仕草だが、イケオジと評判のロドリゴに似合うのでアレックスは文句が言えなかった。.「ようこそ、ウィンスロープ公爵」「ご招待ありがとうございます、王妃陛下」アレックスはマリアローゼットに礼をし、視線を彼女の後ろで優雅にお茶を飲んでいるファウストに向ける。「全ての黒幕は陛下でしたか
last updateLast Updated : 2026-01-05
Read more

74

「陛下、続きをお願いします。『三人目』のところからでございます」アレックスと侍女カリーナのやり取りに笑っていたファウストは、先ほどと同じように誰もいない空間を指す。「いるだろう?」「い…………た」『いるわけない』という言葉は、突然そこに仮面の男が現れたことで急停止した。「この男はディルという。この仮面は認識阻害が付与された魔道具でな、いつもこれを使って隠れている」「どうしてそんなことを?」「七割は本人の趣味で、残り三割は俺の代わりをしてもらうためだな」(七割の趣味はこのさい置いておいて、陛下の代わりというと……?)ディルが仮面を外すと、その下の顔はファウストにそっくりだった。変化で色は変えられるとしても、顔の形や体格まで『同じ』となると他人とは思えない。「私は先々代国王の庶子です」「先々代国王の、庶子……」歴史書によれば先々代国王の子は、正妃の間に生まれた王女が二人と、王子が二人。「いまは『ディル』と名乗っています。どうぞお見知りおきを」(叔父さんの顔で丁寧に頭を下げられると違和感だらけだな)「ディル、いつも通りの話し方でいい」「分かりました……それでは公爵、今回の件に関わるので私の生い立ちについて軽くお話ししても?」(なにか変わったか?)そんなことを思いながらアレックスが頷くと、ディルの唇がゆっくり動いた。「先々代国王は歴史的には賢君だけどの欲望に素直なタイプだったんだよね」(フランクになった)「女性が抱きたくなったら抱くって感じ。相手も一夜の関係であることに合意しているって、だから愛妾として召しあげる義務まではないって感じだったんだ。結局、僕みたいな庶子がたくさんいたんだけど、赤ちゃんの頃にほとんど殺されちゃった」フランクになった上に、あっけらかんと過去を話すディルにアレックスは「おおっ」と驚いた。「先々代国王のご正妃様は彼を王として尊敬し、夫として愛していた。前半だけなら問題なかった。彼もご正妃様のことは『王妃として』信用していたしね。でも、妻としては愛していなかった」(政略結婚にはよくある話。ましてや、王族)「夫を愛していたから、彼女は妻として愛されたいと思った。夫に自分一筋になってほしかったんだ。ないもの強請りだよ。愛しちゃったのは、そういう男じゃないんだ」先々代国王は側室も愛妾も迎えなかったが、王太子
last updateLast Updated : 2026-01-06
Read more

75

ティータリアはディルを養女にするとき「夫が晩年にヤンチャして作った庶子」と偽った。彼を『女児』としたのは、爵位を継承する可能性がある男児の場合は養子縁組のときに本人確認が必要だったからだ。当時は女性の継承権がなかったので、女児の場合は手続きに本人確認は不要。ティータリアは友人知人から「大変でしたね」と夫の不実を同情されながら、堂々とディルを養女として迎え入れた。亡くなった先代フレマン侯爵の名誉はあれだが、「あの人なら美味しい酒を墓前に供えれば大丈夫」とティータリアは太鼓判を押したらしい。先々代国王の晩年にできた子どもであるディル(ティルアンナ)は、フレマン侯爵よりも彼の四人の娘のほうが年が近かった。聡い彼女たちはディルの事情も理解し、外ではディルをちゃんと叔母扱いし、家の中ではディルを兄と思って慕っていた。「雨に濡れず、寒さもなく、空腹もない毎日。生きているという実感を僕は初めて得られた」(顔が、優しい……幸せな生活だったのだろう)「国王陛下とは、どうして?」「王家ルートで知られたわけじゃないよ。そうだったら僕の首はとっくに胴と離れていたさ」ハハハと、ディルは笑う。アレックスとしては、笑えない。「ファウストは昔からサフィにぞっこんで、男の勘で直ぐに男だってバレた」(男の勘、すごいな)「バレたときは困ったけれど、僕たちは親友になれた。そして、恋人だってできた」「え、どっち?」「アハハ、ファウストと同じ反応をしている。女性だよ、僕は生きるために女の振りをしていただけで異性愛者だ」「そう、ですか」「可愛い姉妹たちに、親友に、愛しい恋人。本当に幸せだったよ。サフィにあの王命が出るまでは、ね」ディルの言葉が切れた。その続きは、ファウストが肩を竦めて引き継いだ。「一時期は噂にもなったからお前も知っているかもしれないが、俺とサフィは恋仲だった」(オリーが言っていたことだな)「サフィの両親の侯爵夫妻からも婚約の許しを得て、父王に言うぞという矢先に父王はあの王命を出した。俺は撤回を求めたが、聖女不在の不安に取りつかれていた父王とその取り巻きたちは聞く耳を持たなかった」ファウストは唇を噛んだ。「俺も、多分心のどこかで、聖女がいないということが不安だったのだろう。結局はサフィの婚約を受け入れたのだからな」ドルマンとサフィニアの結婚は国
last updateLast Updated : 2026-01-07
Read more

76

「でも殿下たちは納得しているのか?」ファウストとマリアローゼットの間には四人の子どもがいる。アレックスにとっては従弟妹にあたる者たちだ。「ああ、それについてはアレックスに謝らないといけないな」「え? 俺?」「あの子たち、お前の従弟妹じゃないんだ」「え?」「ディルとマリアの子どもだから」「……全員?」「全員。ディルは俺の叔父だから、姉上の子どもであるお前とは近くもなく遠くもない血縁って感じではある」「……なるほ、ど?」「そうそう。この秘密は黙ったまま墓場まで持っていってくれ」「軽いな」(えっと、この場合の問題は……なんだ?)「このことを殿下たちは知っているのか?」真っ先に従弟妹たちの心配をしたアレックスにファウストは手を伸ばし、その髪をぐしゃぐしゃにかき回した。「優しいな、お前は」「ちょっと、やめてくれ」アレックスはファウストの手を払うと、髪を整えた。「あの子たちには話したから知っているよ。王太子には『内宮にいる父様は妙に上品でおかしいと思ってた』と言われたよ」「内宮にいる?」「言っただろう、ディルには俺の代わりをしてもらっているって。何を隠そう、内宮にいるときのファウスト王の実態はディルなんだ」「……あ、そう」なんだかいろいろ驚き過ぎて、驚きのバロメータが一周回ってゼロに落ち着いたような感じだった。「落ち着いているね」「まあ、俺の父親と母親が実は違ったとかではないし。家族全員が納得していればいいんじゃないか?」「お前のそういうところ、本当に好き」「ありがとう……で、おっさん。あんたにもこんな秘密があったりするのか?」アレックスの問いかけに、ロドリゴはニカッと笑う。「騎士団の今年の新人に俺の隠し子が三人いる」「マジか!」(独身貴族という言葉が似合うこのおっさんならあり得る話だ)「嘘だ」「あ、そう」(なんだ)「三人じゃなくて一人しかいない」(いるんじゃないか!)「え、誰?」「私の息子です」名乗り出たのはカリーナだった。そして気づいた。カリーナの目はレティーシャと同じピンク色だった。「あなたは、フレマン侯爵家の三女、カリーナ嬢ですか?」「はい。よくある名前なので偽名は使っておりません」「大胆……」「俺たちの中で一番肝が据わっているのはカリーナだな」.フレマン侯爵家が揃って姿を消
last updateLast Updated : 2026-02-24
Read more

77

「スッキリした顔をしているな」ディルの声に、ファウストは顔をあげた。「マリアは?」「ロージーはカリーナと一緒に部屋に戻った。スッキリした顔をしていたよ。ありがとね」「急にどうした?」「殿下たちのために秘密を公爵に話したんだろう? 僕が父親だから、ちゃんとお礼を言っておこうと思ってさ」「それなら俺もお礼を言うべきだな。ディルとマリアのおかげで、俺はあの父の血を王家から消すことができる」.ファウストの父である先代国王は凡庸な男だった。賢王と呼ばれた先々代国王が善政を敷き、彼の理想とする「百年の安寧が約束された国」を作り上げたからだ。政治も経済も外交も、先々代国王が死んでも全く問題がないように作られたシステム。そんなシステムの中で王座に座った先代国王の役割は『後継ぎを作ること』だけだった。先々代国王は、ある意味息子のことを思っていたのだとファイストは思う。特に才覚のない彼が問題なく国を治められるようにしたのだから。先代国王の正妃も、自分の失敗を踏まえて先々代国王が選び抜いた令嬢だった。特にこれといった特徴のない正妃は先代国王のプライドを刺激せず、ほどほどに愛情を求める点も先代国王には丁度良かった。(しかし、姉上と俺が生まれてしまった)二人の間に生まれた娘、アレックスの母親ヒルデガルドは幼い頃からカリスマ性があった。ヒルデガルド王女がいればこの国は安泰。さすが賢王の孫。ヒルデガルドの名声が、先代国王のプライドを刺激した。自分がいればこの国が安泰、などと言われたことがない。さすが賢王の息子、とも言われたことはない。幸いだったのは、ヒルデガルドが女児であったことだ。この当時は女児は王や貴族家の当主になれなかった。どれだけカリスマ性があっても王にはなれない。それが先代国王の安心材料となった。それから四年後、王妃が第二子を産んだ。待望の王子だったファウスト。先々代国王が遺したシステムの中で、先代国王が与えられていた役割『後継ぎを作ること』が達成すると同時に、ヒルデガルドと同じくカリスマ性のあるファウストを国は歓迎した。ファウスト王子がいればこの国は安泰。さすが賢王の孫。そしてファウストの容姿が先々代国王に似たため――『賢王の再来』と言われるファウストに先代国王は嫉妬した。.(俺が生まれて、自分が期待されていなかった
last updateLast Updated : 2026-01-08
Read more

78

フレマン侯爵家の四人の娘は並みの女ではない。長女のアンリエッタは隣国で皇太子妃をしている。失踪したフレマン侯爵家の唯一の手掛かりとして当時多くの者がアンリエッタ皇妃に詰め寄ったが、「知っていたらどうするってわけ?」と彼女は追い返している。隣国はこちらから戦争をしかけたら確実に負ける超大国である。三女のカリーナは推薦こそマリアローゼットの実家にしてもらったが、その先は平民から王妃の専属侍女にまで実力でのし上がった生粋のたたき上げ。侍女には「カリーナお姉様」といってカリーナを慕う者が多く、城内の情報操作はお手のものとカリーナは日々暗躍している。四女のローゼリアは当時は十歳の子どもだったが、二十七歳になったいまは美魔女の商会長コンスタンヌ・サフィールとして父侯爵の手足となって商会を完璧に運用している。なぜ二十七歳の彼女が美魔女かというと、十七年前にサフィール商会を立てるとき商会長として手続きをしたのは変装したアンリエッタ(当時二十五歳)。だからコンスタンヌ・サフィールの書類上の年齢は四十二歳なのだが、二年前から表立って活躍を始めた彼女は「当時と変わらない若さの美魔女」として評判なのである。 (サフィ……)サフィニアのことを本当に愛していたのだとファウストが痛感したのは、女性が抱けなくなったと気づいたとき。自分の意思でサフィニアと別れたものの、「サフィが結婚するまで」とか「サフィが子どもを産むまで」と、ファウストは未練がましく自分の結婚を先延ばしにしていた。当時は国も次の聖女に夢中だったから、王太子であるファウストに婚約者すらいないことは問題視されなかった。サフィニアがレティーシャ産んで、ようやく踏ん切りがついたと婚約者探しを始めた。王太子の婚約者は未来の王妃。多くの令嬢が積極的にファウストにアプローチし、手っ取り早く既成事実を作ってその座に就こうとする令嬢も多かった。最初は、なんとなくその気にならないという感じだった。国内外から妙齢の姫や貴族令嬢の釣書が届いたが、なんとなく違うなと前向きになれなかった。ズルズルと婚約者探しが長引いている間にサフィニアが亡くなった。その頃には、もしかして自分は女性に興味がないのかもしれないと思っていた。それはそれで拙いのだが、だからといって積極的に改善する気にもなれずにいたら、ディルが気づいた。そし
last updateLast Updated : 2026-01-09
Read more

79

「とても可愛らしいですね」侍女たちに誘われて犬の飼育場にきたレティーシャは生まれたばかりの子犬たちに目を輝かせた。彼らは狐狩りのときに活躍する猟犬らしいが、子犬の状態では可愛らしさしかない。「たくさん生まれたんですね」「今年は三匹が子犬を産みましたからね」ロシェットの指すほうには、茶色い犬二匹と白い犬。等間隔に間をあけて寝そべっている。この三匹が子犬たちの母親。「お父さん犬はどちらにいるのかしら?」あちらに、とロシェットがさした先には一匹の黒い犬。「閣下がお育てしたシャドウで、あの三匹は全員彼のお嫁さんです」「まあ」「見合いしたときシャドウの他に二匹用意したのですが、三匹ともシャドウにしか興味を示さず……シャドウも満更ではないようだったので三匹をお嫁さんにしたわけです」「犬は飼い主に似ると言いますものね」バサバサバサッと音がして、そちらを見るとアレックスが呆然と立っていた。何かの確認のためにこちらに来ていたようで、「書類が!」とロイが風に舞う紙を追いかけている。「アレックス様、書類が……」「書類などどうでもいい」ロイは「重要書類が!」と叫んでいるけれどいいのかと思いつつも、目の前のアレックスは深刻な顔をしていたから、レティーシャは決めた。『こちらのほうが重要』とロイのことは放っておくことにした。「俺がシャドウに似ているって?」「え?」「先ほどそう言っているのが聞こえたのだが……それは誤解というか、なんというか……」「自業自得」「そう、自業自得……え、自業自得って……ええ?」アレックスから『君が言ったのか?』というどこか絶望した目を向けられたので、レティーシャは首を横に振ってアレックスの後ろを指さした。「……オリー」「五人も六人も愛人がいそうっていうのは自業自得ではありませんか、お兄様」「増やすな……いや、増やすも何もゼロだから、愛人なんて一人もいないからな!」アレックスの剣幕を「はいはーい」とオリヴィアは軽くいなして、レティーシャにシャドウのどこがアレックスに似ているか尋ねる。「犬のメスは強い子を産みたいから強いオスを探すと聞いたことがあります。ですからシャドウもアレックス様に似て強いオスなのだと思いましたの」「他にはありませんの?」こてっと首を傾げると、オリヴィアがシャドウを指さす。「あの三匹を見て
last updateLast Updated : 2026-01-10
Read more

80

「それではドレスを新調しませんとね」「ドレス、ですか?」嫁いできた当時のレティーシャのワードローブにはドレス数枚しかかかっていなかったが、いまはたくさんかかっている。(アレックス様にご用達の服飾店に仕事を与えなければいけないと言われましたもの)「一緒に作りにいきましょう」「作りに、ですか?」レティーシャは知らないが、アレックスが購入したドレスは全て既製品。何でも似合ってしまって片っ端から注文したら、「もうこれ以上は必要ない」とパンクしそうなレティーシャに止められてしまって、オーダーメイドに至っていない。そのことをアレックスは「情けない。これだから釣った魚に餌をやらなかった男は」とオリヴィアにこき下ろされている。「キツネ狩りは春の園遊会と並ぶ国のビッグイベント。ウィンスロープ公爵夫人であるお義姉様が着飾らないで誰が着飾るのです?」オリヴィアの言葉にレティーシャが気圧されると、それを察したオリヴィアは雰囲気を和らげる。「ごめんなさい、お義姉様」「え……」「この世の誰よりもお美しい自慢のお義姉様を着飾って見せびらかしたいなんて、私ったら我侭だから」「そんなことはありませんわ。過分な賛辞はさておき、私のために言ってくれていることは分かります。でもドレス……ドレスは……」レティーシャにはドレスの選び方が分からない。でも、それを言う訳にはいけない。ラシャータは着道楽で、暇さえあればドレスを作っていたのだ。「王家主催のイベントは服装のルールが細かくてややこしいからな」(……なおさら、無理)「だから『作る』といっても服飾師任せになってしまう」(服飾師、まかせ?)「色も黒か赤になるし、どっちのデザインがいいか比べて選ぶしかないだろう」(それなら……)どちらかと聞かれて選ぶくらいなら、アレックスと服を選んだときとさほど変わらないのかもしれない。「それでしたら……」レティーシャが承諾すると、オリヴィアは手を叩いて喜ぶ。「それでは明日にでも」「明日ではなく三日後だ」オリヴィアが不貞腐れた顔をアレックスに向ける。「ドレスを作るのには時間がかかるのです、明日には行くべきですわ」「明日は王城の会議で仕事を休めない」「……なぜお兄様がいなくてはいけないのです? 色のことといい、あまり煩く口出しされるとドン引きしますわ」「俺が金を出ん
last updateLast Updated : 2026-01-11
Read more
PREV
1
...
678910
...
12
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status