All Chapters of 幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる : Chapter 81 - Chapter 90

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81

窓から外を見れば空はまだ宵が明けたばかりの薄紫色。(ここに来たときも、あんな色の空でしたね)同じなのは空の色だけ。あとは全く違う。いまのレティーシャの周りはとても賑やかだ。それがレティーシャには夢のように嬉しい。 「キツネ狩りはこの早起きがつらいのよね」眠そうな声に隣を見れば、ガウン姿で椅子に座るオリヴィア。支度をする侍女たちに囲まれている。オリヴィアから見れば自分も同じだろうとレティーシャは思った。夜明け前から淑女たちの準備で屋敷内が騒がしくなるがキツネ狩り。眠気覚ましにお風呂に入り、朝食のサンドイッチを抓みながら女性はお喋りしながら準備を整える。「男性陣は準備に時間かからないものね。ケヴィン兄様は絶対まだ夢の中よ。昔から早起きが苦手なの。私は頑張ったわ」ピッカート伯爵夫妻と婚約者のソーンが王都に到着してから、オリヴィアはウィンスロープ邸とピッカート邸を一日に何往復もしている。婚約者か義姉か選べとアレックスは言っている。「アレク兄様は唐変木なのよ。女性は一番きれいな自分だけを大好きな人に見てもらいたいものなのに」「そのために早起きしてこちらに移動してきたオリヴィア様は素敵……」「きゃあっ!」「サリー! トレーをちゃんと持つなんて侍女の基本。基本中の基本よ!」ガシャンッと音がしてレティーシャがそちらを見ると、トレーを落とした臨時侍女サリーをトニアが叱っていた。このキツネ狩りに合わせてウィンスロープ邸は臨時で使用人を多めに雇った。ほとんど下男や下女だが、侍女が二名と侍従が一名増えた。彼ら三人は屋敷内の仕事がメインのためレティーシャも紹介された。「で、できません。だってこれ重……」「重くて当然! それは歴史ある由緒正しきトレー。ウィンスロープの長い歴史を乗せていたのだからね!」「心理的なものではなく、両手で持っても手が震え……」「その緊張感よし! さあ、もう一回よ! できなければ城には連れていけないからね!」見本とばかりにトニアはトレーを片手で持ち上げる。ヒョイッという音がしそうなほど軽快だ。「う、嘘っ!」「常識を捨てなさい。その目で見たもの、その耳で聞いたものだけを信じなさい」トニアはトレーをサリーに向け、サリーは震える両手で受け取ろうとしたが――。「重っ」「サリー!」振り出しに戻る。.「オリヴィ
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「王妃様にご挨拶申し上げます。私、ラ……」「まあまあ、堅苦しい挨拶はそのくらいにして」王妃の天幕に招かれたレティーシャ。「挨拶はそのくらいにして」と言われてしまったが、挨拶の基本である名乗りができていない。(いいのかしら……)「ウィンスロープ公爵夫人、どうぞこちらへ」「ありがとうございます」どうやらいいらしい。そう判断してレティーシャは王妃専属侍女に招かれて中に入る。彼女はお茶の準備を始めた。.「ウィンスロープでの生活はどうかしら?」マリアローゼット王妃の声はとても優しく、目の慈愛に満ちていて、レティーシャの体から緊張が抜けた。「とてもよくして頂いています」「幸せ?」「はい、とても」グスッと鼻をすする音がして、そちらを見ると先程の専属侍女がハンカチで鼻を抑えていた。「カリーナは秋の植物の花粉症なの。気になるかもしれないけれど、気にしないでね」「いいえ、花粉症は辛いものですから」「……申しわけありません」「侍女様、お気になさらないでくださいませ。先日読んだ本で、オーバサマという草からに出したお茶が……」「オーバサ……ううっ」「侍女様? 王妃様……」「……気にしないで頂戴」気になるが、王妃に「気にしないで」と言われたら気にするわけにいかない。レティーシャは気にしないことにした。「公爵夫人は、キツネ狩りのルールは知っているかしら?」レティーシャは頷く。狩場となるのは王家の森。ここで魔法で印をつけた幻影キツネを狩って得点を稼ぐ。狩猟時間は正午から日暮れまで。キツネの捕獲数と捕獲方法で点数が細かく分かれ、最終得点で順位を決定する。最高得点の男性は銀の騎士と呼ばれ、『銀尾の心』という銀色のキツネが赤色の星を加えた勲章が王妃から授与される。銀の騎士は勲章から星型の石を取り、最も心を寄せる女性に「あなたを守ると星に誓う」と宣言しながらそれを贈る。贈られた女性はその年の「薔薇」となり、三花と共に社交界で注目を浴びる。 「幻影キツネは無害なのですよね」「キツネの尾に宿る魔力を暴走させてしまうと銀尾症という病に罹るわ。命に係ることはないけれど、幻覚を引き起こされて人によっては黒歴史を作るから無害かどうかは判断に困るわね」「幻覚、ですか」「一番多いのは公開告白ね」「公開、告白?」「若い騎士がよく意中
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「ほ、本当にこっちですか? 狩場から離れていますよね!」サリーについて獣道を歩きながらレティーシャは不安に駆られていた。そのレティーシャの前を歩きながら、侍従っぽくない侍従の彼は不安そうな声をあげる。「ちょ、ちょっと! 侍女さん、ちょっと待って」「……なんです?」「本当にこっちに公爵閣下が? ここ、ギリギリ王家の森ですけれど本当にギリギリ、防御壁が見えるくらいギリギリですよ」「すぐそこです」「さっきも“すぐそこ”って言っていましたよね。それからもう三十分も歩いていますよ、三十分も! いつ着くんです? 何時何分何秒?」「…………行きますよ」侍従っぽくない侍従は幼子のように文句を言う。最初は彼の質問に答えていたサリーだったが、三歩歩くたびに質問を浴びせてくる彼の質問に答えるのはやめた。そして一人は賑やかに、三人は静かに森を歩き続けていると、遠くに小屋の灯りが見えた。(……やっぱり、そう、でしたのね……)小屋の外に停まっている見覚えのある馬車に、レティーシャは体を固くする。ロシェットに手を取られ、レティーシャはハッとする。(そうですわ。私がしっかりしなくては……).「ラシャータ、会いたかったぞ!」小屋に入るとスフィア伯爵がいた。小屋の前に停まっていたのは、スフィア伯爵がレティーシャをどこかに連れていくのに使っていた馬車だった。伯爵はレティーシャの体を上から下まで観察すると不快そうに眉間に皺をよせたが、ロシェットと城の侍従の制服を着た男がいることに気づいて表情を正す。「ラシャータ、やっと会えたな」「……はい」「久しぶりなんだ、二人で話したい……分かるな?」レティーシャは頷いて、ロシェットと侍従の彼を見る。「ロシェット、侍従さん。……ち、父と二人にしてくれるかしら」(お願い、ここから逃げて……)しかしレティーシャの願いは通じず、ロシェットは力強く首を横に振った。「奥様から離れることはできません」「わ、私も王妃陛下の許可なく離れることなどできません」「二人とも、お願い……」「まあまあ、いいではないか。時間もあまりないのだし」「……あ……そんな……」父伯爵が二人を見る目にレティーシャは恐れ慄いた。その目は瀕死のウィンストンを見下ろして笑っていたときと同じ、残忍な目をしていた。「この二人は関係ありません! 今すぐ
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「ふんっ、相変わらず愚図ね」ラシャータはレティーシャを一瞥すると、興味を失ったように目を父親に向けた。「お父様、私はいってきます。その愚図とこの三人をよろしくね」「ラシャータ様⁉」愚図と三人。レティーシャが『愚図』。ロシェット、侍従の彼、そして、サリーで『三人』になる。「お待ちくださいませ」サリーが慌ててラシャータを止める。「どうして私までも……」「だって、あなたの役目はその愚図をここまで呼んでくることだもの」ラシャータが可愛らしく首を傾げる。「これ以上役立つこともなさそうだし……ねえ?」何か役立つような情報があれば助けてやる。そう臭わせるラシャータの言葉にサリーの目が輝いた。「そこの偽者がつけているブレスレットはウィンスロープの家宝でございます」「家宝……」ラシャータの目が、興味をもったように輝く。「この家宝をウィンスロープ公爵夫人のみつけることが許されるもの。ラシャータ様がつけないなどあり得ません。この家宝を身に着けてこそ、ウィンスロープ公爵の寵愛を周りに知らしめることになるのです」サリーの言葉は、ソフィアの言葉そのままだった。ラシャータの目がレティーシャの腕についているものに向く。そして、眉間にしわが寄る。「あんなのがウィンスロープの家宝なわけないでしょう。見たことないわ」「あれが宝物庫から出てくるのをこの目でみました。妹のオリヴィア嬢らが家宝だと言っているのも聞きました。間違いありません」ラシャータの眉間にますます皺がよる。「……っていうか、あれってブレスレットというの?」「はい。ブレスレットです。三百年もの間、誰の目にも触れることなくウィンスロープ邸の奥で守られ続けた幻の家宝です。なにしろウィンスロープの生き字引である家政婦長さえも見たことがなかったそうですから。超貴重な家宝、家政婦長はそう言っていました……ね、そうよね!」サリーは必死な形相をロシェットに向けた。しかし、体を起こしたロシェットはぷいっと顔を背けた。「ちょっと! 答えなさいよ、死にたいの?」「ウィンスロープの者がそうペラペラと公爵家の話をするわけにはまいりません」ロシェットが毅然と答える。「私はアレックス・ウィンスロープ様を主としております。主と、主が唯一と決めた方にのみ私は忠誠を誓っております」ロシェットの凛とした答え
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「「……っ」」現れた端正な顔にラシャータ、サリー、父伯爵が息を飲んで驚く。レティーシャも驚いたが、アレックスの顔を見慣れていたため「ちょっとタイプの違うイケメン」くらいの感覚だった。(ロドリーゴエフスキー……異国の人かしら。でも顔立ちはこの国……ご先祖が移住者? でもこのお顔、前にどこかで……)「それで、私の推理は当たっていますか?」「さあ……」ラシャータの声が粘っこいものに変わり、目が好物を見つけた猫のようになる。「悪くないんじゃない? それに体も、こっちもとても素敵」「ラシャータ!?」父伯爵が驚いて声をあげた。それはそうだ、ルトヴィスの推理は父伯爵がサフィニア殺害の犯人だと仄めかすもので、「悪くない」とラシャータはそれを否定しなかった。「お前、一体何を……」「だってあの部屋、この愚図の母親になんて勿体ない部屋じゃない。スフィア邸で二番目に広くて、日あたりもいい部屋よ」ラシャータがルトヴィスにすり寄りながら膨れる。「第一夫人のお母様と私の部屋であるべきなのに。あの女が自殺しちゃうから閉鎖しちゃったじゃない。お母様も文句を言えばいいのに。唯一の夫人になったなら、あの部屋を使う権利はお母様にあるわ」「へえ、広くて日当たりもいい部屋ですか。そんな部屋で朝日が見られたら幸せですね」ルトヴィスの言葉にラシャータは笑う。「あの部屋からならよく見えると思うわ。ねえ、今度、一緒に見ない?」「それは素敵なお誘いですが、我々侍従は城から目を離してはいけないのですよ。城が見える、いい部屋はありませんか?」それは大変ね、とラシャータは考える。「それなら物置があるわ」「いや、物置でっていうのも……ほら、ねえ……」何かをにおわせるルトヴィスの言葉に、ラシャータはこれ見よがしに体を寄せながら嫣然と笑う。「大丈夫よ。物置といっても物は少ないし、中央には結構大きなベッドがあって……」「ラシャータ!!」「……え、なに?」ラシャータが驚いた顔で伯爵を見る。レティーシャも驚いた。伯爵がラシャータに声を荒げるなど初めて見たから。「お前はウィンスロープ公爵夫人なのだぞ! そんな男に構うな! さっさとそれから家宝のブレスレットをとって会場にいきなさい」ラシャータはしばし考え、仕方がないと言うようにルトヴィスに投げキスを送るとレティーシャに顔
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かくりと力が抜けたレティーシャを支えたロシェットは、ルトヴィスに目で合図を送った。ルトヴィスが目で頷くと、その場にそっとレティーシャを寝かせる。ロシェットは視線をラシャータに向けた。ラシャータは腕につけたものをうっとりと見つめている。(よしっ!)「ラシャータ様、最後の仕上げをして宜しいですか?」「……仕上げ?」怪訝そうにしながらも、ラシャータはそれをつけた腕をロシェットに向ける。「何をするの?」「ラシャータ様の腕に合うように調整いたします」自分用になるという表現に、ラシャータの顔が分かりやすく輝く。「いいわ。早くやりなさい」ラシャータの言葉にロシェットはにこりと笑い、腕輪のある箇所に指で触れる。そして小さなツマミを、指でしっかり抓む。「このピンを抜きますと」「“ピン”?」首を傾げるラシャータの前で、レティーシャはピンを抜いてみせた。「一体……」『安全装置ガ外レマシタ』「……え?」突然聞こえた硬質な音声にラシャータが驚いた声をあげる。「ラシャータ様、本当に装着してよろしいのですね」「なによ、それは……」「いいのですね?」「い、いいわよ。早くしなさい。私が薔薇になりそこなったら、あんた……」『本人ノ同意ヲ確認シマシタ。融着ハジメマス。ハイ、ピッタリクッツイテイキマスヨー』「え、なに?」金具の部分がじゅわりと溶けて、ラシャータは驚く。『問題ナシ』「あるわよ! なにこれ!」『回路確認ハジメマス。魔導回路一、正常。魔導回路二、正常。魔導回路三、正常。魔導回路四、五、六、トンデ、八モ正常。問題ナシ』(七は? 試作の段階で不要になったのかしら)ロシェットは首を傾げた。「ちょっと、七は?」(お?)『問題アリマセン。オ気ニナサラズ』(そう言われると、気になるのよね)「言いなさ……」『ハイ、収縮ハジメマス。ピッタリクッツイテ、イッキマスヨー』「はあ? ちょっと……やだ、痛い痛い痛い痛い!」ラシャータが悲鳴をあげて、その場にうずくまる。『浮腫ンデイルネー。健康的ナ食事ヲ心ガケテクダサイネー』「煩い!」『畏マリマシター。再開シマース』「えっ、嘘、嘘嘘嘘。痛い痛い痛い痛い!」(旦那様。腕にはまったと感知したら収縮が止まる予定では?)事前に説明を受けていたが、ロシェットも分からない事態になっていた。(
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「伯爵が転がっていたのも予想外だったが、投げ飛ばされたのか」アレックスは寝転がるスフィア伯爵の横にしゃがみ込むと、顔をのぞき込んでにこりと笑う。「ごきげんよう、スフィア伯爵」「……ウィンスロープ公爵……これはどういうことです?」「うちの侍女に投げ飛ばされたそうですよ。なにしたんです? 痴漢ですか?」伯爵が聞いたのはアレックスがここにいる理由だったが、アレックスは伯爵が寝転がっている理由を答えた。「私は、なにも……そこの女が突然……」「いえいえ、この状況で『被害者』になるのは些か無理があるでしょう。でも、まあ、俺もあなたが正直に話すなんて端から期待していないんで色々と小細工させてもらいました」アレックスは伯爵の体をわざと跨いでソファに近づき、そこに横たわるレティーシャに手を伸ばす。「必要だったからとはいえ、嫌な思いをさせてしまったな……ごめんな」苦しげな顔でアレックスはレティーシャの目尻の涙を拭った。そしてレティーシャの左手を取り、何もなくなったそこに唇を落とす。「悪い夢は終わりだ」アレックスのレティーシャを見る目。触れる手。その優しく甘い声を聞けば、アレックスがレティーシャを想っていることは分かる。分かるが……。「アレックス様、私ですわ! ラシャー…っ、痛い痛い痛い痛い!」ラシャータは痛みに悶えるのに忙しくて、それを見ても聞いてもいなかった。(うーわー)父親が投げ飛ばされても一切気にしない。見向きもしないで、サリーに腕についたやつを外すように命じつつけていたラシャータ。サリーに命令しつつも悲鳴をあげ続け、器用だなとロシェットは感心していた。「アレッ……クス、様ぁ……」それがいま、痛みに襲われつつもズリズリとアレックスに近づき、自分の存在をアピールしている。(ナイスガッツ。この人は嫌いだけど、このガッツは称賛するわ。見習わないけど)「スフィア嬢、なぜここに?」(白々しい棒読み)「スフィア嬢だなんてっ、ぇぇぇ、あああ、痛痛痛痛っ」(気にしてなーい)「は、あ……他人みたいにぃぃぃ、痛痛痛痛」「他人だからな」「ホホホッ、痛痛痛痛痛……ホホホホッ、御冗談を。あなたの妻ぁぁぁ痛痛痛痛痛……は、わ、わたくし、ラシャーァァ痛痛痛痛」(すごい……なんかこう……とにかく感心してしまうわ。私たち、この女の旦那様への想いを
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「痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛」「……旦那様、アレ、煩いです」ロシェットの文句に、アレックスは懐から時計を出した。あれに付与した魔法が起動してからの時間を確認した。「あと十分くらいだな」「長いですね」(レティーシャの苦しんだ時間を思えば短過ぎるほどだ……ん?)「ロシェット? どこにいく?」「毛布か薪を探して参ります。レティーシャ様が風邪でもひいたら大変ですわ」マイペースなロシェットは山小屋の家探しを開始した。.「ルトヴィス、ずっと黙っているがどうしたんだ?」アレックスの問いに、ルトヴィスがラシャータのつけているあれを指さす。「あれ、宝石がくっついたりしてますけど騎士団に入ったとき支給された式典用のあれですよね」ルトヴィスの問いにアレックスは頷く。「そうだ、金ピカのくっそ重いあの腕甲だ。今回分かったが実用性皆無すぎて三百年間は変わっていない」「なんであんなの『ウィンスロープの家宝』にしたんすか? もっと他にそれっぽいものはなかったんすか?」「うちの宝物庫にそんなんあるわけないだろ。剣や槍ばかりだ、レティーシャにはとても持たせられない。十代くらい前のご先祖様があれを残してくれていて助かった」「武器庫と宝物庫を間違えて放り込んだ可能性が仄かにありますよね。あと、あれで助かったという団長もアレですよね」「結果オーライだからいいだろ」ソフィアに叱られた甲斐はあった。アレックスはそう思った。「それでまとめる辺り、団長もやっぱりウィンスロープっすよね。それで、今あれは何をしているんです?」「絶対に外れないように腕にジャストフィットするように収縮する機能をつけた。レティーシャの腕をちゃんと測って、遊びの分も含めてそこを限界値にしたんだが……ラシャータのほうが太かったらしいな」「きつく絞まっているということは分かりましたが、あの魔道具は何をする道具なんです?」「回路のモデルにしたのは隣国のリ……なんとかってマッサージ機なんだが」「ああ、リンパマッサージ。浮腫みと判断されて、しっかりマッサージされてるんですね」「恐らく。まあ、肉を握りつぶされているようなものだろう」「製作者がそんな他人事で……それで、マッサージの時間は?」「確か、三十分くらい揉んで終わる設定だったはずだ」「『恐らく』や『確か』で付与しないでほしいっす」アレックス
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山小屋を出ると、夜の山の中だというのに大勢の人がいるのが見えた。騎士たちが張った規制線の向こうには、見物にきた貴族たちの姿も見える。 ワンワンワンワンッシャドウがアレックスに気づいて一目散に駆けてきた。臨戦態勢の騎士たちの興奮が移ったのか、普段は落ち着いているシャドウはアレックスの周りを飛び跳ねて吠えている。なだめてやりたいがアレックスの両手はふさがっている。レダが『私が』と両手を出してレティーシャを受け取る構えを見せたが、アレックスは気づかないふりをした。(レティーシャを馬車まで連れていったら撫でて……)「……ウィン?」腕の中からしたレティーシャの声に、アレックスが足を止めてレティーシャを見た。そしてショックを受ける。レティーシャはアレックスに抱かれながら『誰か』を探していた。「危ないっ!」「ウィン!」自分じゃない『誰か』を呼んで自分の腕から降りようとするレティーシャを、危ないことを言い訳にしてアレックスは抱え直す。「離してっ! ウィンがっ! ウィンが行っちゃうっ!」「レティーシャッ!」アレックスの大きな声にレティーシャはひくっと喉を鳴らし、恐怖に満ちた目でアレックスを見た。焦点の合っていない目。もしかしたらレティーシャはアレックスだと認識していないのかもとは思いつつも、そんな目を惚れた女性に向けられてアレックスはショックだった。 .「違う。私はレティーシャじゃない……ごめんなさい、ごめんなさい、伯爵様。殺さないで、殺さないで……ウィン……ウィン、ウィン……」恐怖の対象は自分ではなく伯爵。そのことにアレックスはホッとしたが、レティーシャのピンク色の瞳からポロポロと涙が流れはじめた。「どこにいるの、私のウィン……おねがい、ずっと私の傍にいて……」離してくれと抗う腕の力は弱まったが、抱きとめるアレックスの手も力を失う。(ああ、すごいな)アレックスは身を屈め、レティーシャの足を地面につかせる。『レティーシャのウィン』が見つかったらアレックスは戦うつもりだった。負ける気はないと言えるほど強気ではいけないかったけど、最近レティーシャが自分に見せる反応とか表情に少し期待をしていたのは否めなかった。(俺、レティーシャのこと、愛してるんだな)「行けよ」自分の幸せより、レティーシャの幸せのほうが大事。アレックスはそう
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90

目尻を舐められる感触に、レティーシャはハッとしてシャドウの首に埋めていた顔をあげた。「……シャドウ?」「ワフンッ」機嫌がよさそうにシャドウに顔が思わず緩み、レティーシャはその首を撫でる。「……ごめんなさい、間違えてしまいました」(シャドウがここにいるということは……)視線を巡らせたレティーシャはアレックスを見つけ、ケガもない様子にホッとした。伯爵たちに誘い出されたと分かったときに、アレックスのケガの話は嘘なのだろうとレティーシャは思ったが、やはり自分の目で無事な姿を見られるまで完全に安心できなかった。「レティーシャ」「……アレックス様」自分の名前が呼ばれたのに、レティーシャは胸が痛くなった。(嘘はもう終わりですね……残念だと思ってしまいますが、嘘をもうつかなくてもいいと思うとホッとしてもいます)「アレックス様、皆様、騙していて申しわけありませんでした。私の本当の名前はレティーシャと申します。レティーシャ・ス……」「レティーシャ」アレックスに言葉で遮られたのもあるが、アレックスに手を取られたことに驚いて口が動かなくなった。(温かい……それに……)「すっかり騙されてしまったよ」「アレックス様……」(なんで笑っていらっしゃるの? そんな……とってもお優しいお顔で……)自分がラシャータではないと知られたら、騙していたことが知られたら、嫌われるとレティーシャは思っていた。こんな優しい目で見られるとは、夢にも思っていなかった。(目を覚まされた頃の冷たい目……あんな目でまた見られると思っていたのに……)冷たい目には慣れている。嘘がバレたとき、冷たい目で見られても、当然だし、仕方がないと思っていた。それが怖いと思うようになったのは、アレックスとレアルト通りにいったとき。冷たい、迷惑だという感情の目をアレックスから向けられて怖くなった。一度知った優しさを失くすことは怖いことなのだ、レティーシャは知った。「レティーシャ様はとっても嘘がお上手です」「そうですわ。私たちもすっかり騙されてしまいました」(レダとロシェットも笑顔で……)「レティーシャ?」レティーシャはアレックスの手を離すと、まだ足元にいてくれたシャドウに抱きついた。熱い顔を、シャドウの毛に埋めた。シャドウの毛は短くて硬くて、アレックスのほうがウィンに似て
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