All Chapters of 幽霊聖女は騎士公爵の愛で生きる : Chapter 101 - Chapter 110

111 Chapters

101

「お待ちください、フレマン侯爵夫人」アレックスを押しのけて、オリヴィアがカテリーナに対峙する。「フレマン侯爵夫人、安心してくださいませ」オリヴィアは堂々とした佇まいだった。「オリヴィア嬢、“安心”とは何を担保に?」カテリーナの厳しい視線をものともせず、オリヴィアはパンッと胸を自信満々に叩いた。「お兄様はご自分が浮気したら去勢してもいいと仰っており、念書も書かせてあります」(去勢!?)思わず、レティーシャは隣のアレックスを見る。アレックスは項垂れていた。「オリー、ちょっと待て……」「止めないでくださいませ、お兄様。それとも、なんです……去勢宣言は嘘だったと」「いや、嘘ではないが……」「大丈夫ですわ、お兄様」(オリヴィア様は、アレックス様が浮気をなさるような方ではないと信じて……)「必要な道具もすでに準備してございます」(……信じて、いない)浮気するような人間なのかと、レティーシャは思わず責める目でアレックスを見てしまった。「それならいいわ。オリヴィア嬢、使い方を教えてくださいませ」夫人自ら去勢するのかとその場の全員が思っていると、アレックスが立ち上がって抗議した。「お待ちください。そもそも、なぜ浮気前提なのです」「お兄様、ご自分の胸に手をお当てになって」オリヴィアの容赦ない言葉にアレックスは態勢を崩しかけたが、アレックスも自分の胸を自信ありげにパンッと叩いてみせた。「私はレティーシャだけを愛しています。他の女性? はっ! 私はレティーシャしかいりません」(……アレックス様)「それですから、その器具はロドリゴ殿に使ってください」「おい!」アレックスにびしっと指さされたロドリゴが抗議する。「俺だってカリーナと関係を持ってからはカリーナだけだ」「関係を持ってから、でしょう? 俺はレティーシャと再会してから、レティーシャ一筋です! レティーシャだけです。レティーシャ以外はどうでもいい。例えば、あのラシャータならあの魔石で爆散しても一向に構わない!」「構えよ! ……って、あの魔石。でっかいだけじゃなくそんなに魔力が入っているのか?」「レティーシャの魔力がパンパンに入っていますからね。取り扱い要注意の超危険物です」「嘘だろ」「まさか、城内で保管しているのですか?」「ああ」「発動したら、この城くらい木っ端みじん
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102

「ラシャータ様が……」「ラシャータ……ねえ」アレックスが首を傾げる。「それなら……レティーシャは俺があの女と結婚してもいいってこと?」「それは……」「"それは”?」「……嫌です」「俺も嫌だ。結婚したいって思ったたった一人の女の子が、生きて、こうして俺の目の前にいるのだからな」(……え?)「結婚したいって……たった、一人?」「そう。ラシャータになんて求婚していないよ。『婚約しろ』って先王に命じられて、『はい』って言うしかなかっただけ。俺が結婚してって言ったのはレティーシャだけだ」(……プロポーズ、なんて)「覚えて……いません……」「当然だ、レティーシャはそのときまだ一歳だったからな」「それは……」「でも、俺は覚えている。結婚してくださいって、俺、すっごく真面目に申し込んだ」自分で言ったことが何か思い出を引き起こしたのか、アレックスが笑った。その笑顔が幸せそうで……。(アレックス様の幸せな思い出……覚えていないけれど、私はそこにいた……)「改めて、プロポーズしよう」「え?」アレックスはベッドの傍らに片膝をつくと、レティーシャの手を取り口づける。「ピンクの目をした可愛いレティーシャ、俺と結婚してください」「……はい」「ぃよっし」アレックスがガッツポーズをする。その姿はいつもの落ち着いている大人の男の人ではなく『男の子』。アレックスの言った“ずっと”がレティーシャの胸に沁みた。.「それでは、邪魔される前に一緒にうちに帰ろう。式はおいおい挙げるとして、早く籍を……」「待て待て、アレックス。それはやめろ」「……なんです、陛下?」ファウストの声に、レティーシャとアレックスは同時に戸口のほうを見る。ファウストは呆れた顔をしていた。「レティーシャは俺の娘だ。王女だ。そんな、今すぐベッドに雪崩こむような結婚は認めん。婚約期間を設け、城から嫁に出す」「我慢できるわけないでしょう」「我慢しろ」「参考までに、期間は?」「……二年」「無理。よく考えてください」アレックスは自信満々に自分の胸を叩いた。「二年も待ったら、俺は二十七歳ですよ。遅すぎます。俺はウィンスロープ、公爵です。今すぐにでも跡取りが必要です」「……お前、手のひら返しが過ぎるだろう」唖然とするファウストだったが、その後ろでは女性陣が満足気に頷いて
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103

「父上、のんびりしていて宜しいのですか?」カリストロの声にファウストは机から顔を上げ、窓の外を見た。明るかった。「また徹夜したんですか? 体に悪いですよ」「大丈夫さ。王様をやめたからだろう、最近はとても体調がいい」.あのキツネ狩りのあと、ファウストは退位した。聖女を産むことを期待されたサフィニアとの浮気をし、聖女が生まれる機会を奪ったという理由だった。後ろ指さされる退位理由だが、ファウスト本人は満足している。いまはお気楽な隠居生活だと、毎日机にかじりついて趣味の魔導具作りを楽しんでいる。「きちんと寝て、食事もちゃんと摂らないと異母姉上に叱られますよ」「レティーシャに叱るように、お前が言いつけるのだろう?」先日、レティーシャは長く婚約者だったアレックスのもとに嫁いだ。嫁にいったレティーシャを思うと胸に寂しさが湧くが、嫁ぎ先は通りを渡ってすぐの目の前のウィンスロープ邸。公爵家だけど、元王様で当主の叔父であるファウストの訪問は全く問題ない。せいぜい『また来たのか』という顔をされるだけである。アレックスからしてみたら嫌な義父である。「父上をダシにすれば、異母姉上はすぐに城に来てくれますからね」カリストロの顔は、いまから期待に満ち溢れていた。あのキツネ狩りのとき、レティーシャに向けた忌避感は演技である。レティーシャがファウストの娘ということが真っ赤な嘘だと知らされていたこともあるが、カリストロには私生児に対する忌避感など欠片もない。親友のルトヴィスも私生児だし、表向きが違うだけでカリストロ自身もその弟妹たちも皆私生児である。しかし、その裏話は王族しか知らない。だからこそレティーシャが王女として認められ、王族として内宮で暮らすようになったとき、城の者たちはレティーシャとカリストロたちの仲が険悪になることを危惧していた。カリストロたちに同情票が集まったのは、レティーシャの容姿のせいである。あの「見た目しか聖女じゃない」と言われるラシャータによく似ている容姿のせいで、非道な性格だと思い込まれ、レティーシャ王女の入城には細心の注意が払われた。持ってくる荷物が鞄一つだけというのも、ウィンスロープ公爵邸から追い出されたのに違いないという想像に繋がった。キツネ狩りの会場で見せたアレックスの溺愛っぷりは、信じたくないという貴族令嬢たちの熱
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104

「ディル。俺は出かけるからあとはよろしく」ファウストはそう言うと、ディルの入ってきた扉から部屋を出た。隠し扉が閉じると通路に灯りが自動的に灯る。歩きながら、ファウストは魔導具を使って姿を変えた。.突きありの扉を開けると、木の香りがする建物の中だった。窓の外に見えるのは、人が行き交う職人街。ここは、レアルト通りに最近できた『ファウ工房』。魔道具職人『ファウ・ルスト』こと、ファウストが趣味で作った魔導具が並ぶアトリエ。王家の証である金色の髪はミルクティ色に変え、瞳もピンク色。鏡に映る顔の造形は元もままだが、サフィニアと同じ色になった自分に満足してファウストは扉に向かう。ファウストが扉を開けると、工房の前を走っていた子どもたちがファウストに気づいて笑顔になる。「ルストさん、こんにちは」「やあ、ルーク。今日は元気だね、風邪は治ったのかい」「うん、治ったよ!」元気になったことを見せつけるかのように、ルークは思いきり手を振り、元気いっぱいに駆けだしていく。それを数人の子どもたちが追いかけ、賑やかな声はレアルト通りの喧騒に溶けていった。ご近所さんともいい関係を築いており、行き交う街の人々が「こんにちは、ルストさん」「元気ですか、ルストさん」とファウストに声をかけていく。(まさか自分が、ね)―― 王子様でなければ、将来は何になりたかったのですか?王様をやめて持て余した暇は、全てあの庭の手入れに使っていた。しかし、もともとは政務の間にやっていたこと。あまる時間をどう使うか、王様時代は考えられなかった贅沢なことを思っていると、紅茶と茶請けの菓子を持ってやってきたレティーシャにそう聞かれた。同じ質問を昔サフィニアにもされて、母娘だなとファウストは思った。王子様でなければ。サフィニアに聞かれた当時は「賢王の再来」ともてはやされ、自分以外の王位継承者なんていない状態だったから、国王以外の道を考えたことはなかった。(分からないものだ)父王が死んだら王位を継いで、自分も死ぬまで王様をやる。そう思っていた未来だったのに、実際は成人して間もない王太子に王位を譲り、五体満足の健康体で元気に楽しく隠居生活を送っている。(未来は、変えられる).「そろそろかねえ」「そろそろだろうなあ」ぞろぞろと街の住民がファウ工房の前に集まってきた。ファウ
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105

街の住民は、ここにいる『レティ』と『ルト』がウィンスロープ公爵夫妻であることは当然知らない。ただ、アレックスは仕事の日は見回りと称してここに来るので、町の住民はルトは騎士だと知ってはいる。品の良さも相まって、二人のことをどこかの貴族だとは思っているようだが、だからと言って貴族に対する畏怖の念みたいなものは感じられない。「皆さん、お店の中にどうぞ」ぞろぞろと店の中に入っていく人たちの中、軽く足を引きずる老婆にレティーシャが気づいた。「アンお婆さん。足をどうかしたのですか?」「石畳に躓いて転んでしまったのよ」「私も躓きそうになったことがありますわ。お大事にしてくださいね」労わるようにレティーシャが老婆に触れると、老婆は「ありがとう」と笑う。「レティちゃんのおかげで痛みが引いた気がするわ」「それはよかったです」ファウストには、レティーシャが聖女の力を使ったかは分からない。―― 隣国では「未病」というそうです。体のちょっとした不調を直せば、大病を予防できるかもしれない。体にいい料理。健康のための習慣。「お年をとるとケガが治りにくいので気をつけてくださいね。ジャガイモやお魚の料理がおすすめですわ。あとゆで卵と……隣国からヨーグルトという牛の乳を加工した食材が入っているので、酸味が大丈夫ならぜひ食べてみてください」食べてみるわという老婆にレティーシャは優しく微笑む。店に入ってく老婆の足取りは先ほどより軽い。「俺、風邪が治ったよ! この店の卵リゾットのおかげ! これ、母ちゃんが持ってけって」「ルーク君、元気になってよかったわね。お母さんにありがとうと伝えて頂戴ね。また喉の調子がおかしいなと思ったら、柑橘類とか食べるといいですよ。風邪の予防になりますからね」正しい知識と指導で人を助けたいというレティーシャの願いで始まったのが目の前の飲食店。―― 初代聖女は、レティーシャのような人物だったのだろうね。ウィンスロープ公爵家はもちろんのこと、フレマン侯爵もそう言いながら喜んで協力している。そのフレマン侯爵は、その頭脳をいかして国防にかなりの力を入れている。.嫁入り前の前夜、レティーシャは聖女から解放してくれたことの感謝をファウストに告げにきた。(神の、罰……)過ぎた力は、人の欲望を刺激し、満足を覚えない人間は、さらにもっと要求する
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【外伝】1

「ん……」レティーシャは目を開けたが、まだゆらゆらと眠気が紗のように薄く被さっていることを感じた。(今日は……何日?)レティーシャは起きる気にならず、布団に頬を擦り寄せる。目を閉じて、レティーシャはアレックスと結婚した日に思いを馳せる。 *その日、王都の朝は、いつになく早く目を覚ましていた。 夜明け前から、城下の通りには人々が集まっていた。石畳の上には色とりどりの花弁が撒かれ、窓辺には王家の紋章を染め抜いた布が揺れている。国の新たな歴史の一ページを迎えるからだ。王国随一の騎士にして若き公爵、アレックス・ウィンスロープと、彼が救い出した(ことになっている)秘された王女(ということになっている)レティーシャの婚礼。 華やかに彩られた通りの向こうに見える王城の尖塔は、朝日を受けて金色に輝き、まるで天が祝福の光を降らせているかのようだった。城門前の広場には、農民から商人、職人、兵士、貴族に至るまで、身分を超えた無数の人々が押し寄せていた。誰もが晴れやかな顔で、今日は無礼講だと言わんばかりに、身分差を忘れ、同じ喜びを胸に抱いていた。「王女様がご結婚……いろいろあったが、幸せになっていただきたい」 「ウィンスロープ公爵ならば、きっと幸せになさるさ。ほら、あの御顔を見ろよ」城で行われる結婚式に臨む、アレックス・ウィンスロープ公爵。その端正な顔に浮かべた、いつもより柔らかく甘やかな表情に、沿道の女性たちは感嘆の声を漏らす。「レティーシャ王女が愛おしくて堪らないと言っているようなお顔ね」 「公爵閣下がレティーシャ王女を溺愛なさっていることは、国中の誰もが知っていることさ」そんな声が、風に乗って広場を満たしていった。 王城の大聖堂では、婚礼の準備が粛々と進められていた。 高い天井には聖獣を描いたフレスコ画が広がり、ステンドグラスから差し込む光が、虹のような色彩を床に落としている。祭壇には白百合と青薔薇が飾られ、王家の伝統を象徴する金の燭台が静かに炎を揺らしていた。「長かった」花婿の控室で、アレックスは長く深いため息をついた。そんなアレックスに、弟のケヴィンが苦笑する。この国では、王族が貴族に嫁入りするとき、花婿が「王女の相手に相応しいこと」を示すため、家からパレードをしてその姿を見せる。ただ今回、ウィンスロープ邸は通り挟
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【外伝】2

 *大聖堂の重厚な扉がゆっくりと開く。そして花婿であるアレックスが大聖堂に向かって歩いてくる威風堂々たる姿を、参列者たちは目にした。銀糸を織り込んだ漆黒の礼装は、アレックスが公爵であり、飾られた勲章たちは王国最強の騎士であることを示すもの。肩には騎士団長の証である白銀のマントがかかり、腰には剣が佩かれている。その姿は凛々しく、堂々としていて、英雄譚の挿絵から抜け出してきたかのようだった。しかし、アレックスの表情には戦場で見せる冷たさはなく、柔らかな光が宿っている。今日のアレックスは王国の守護者ではなく、一人の男として愛する女性を迎えにきている。万が一スタンピードなどが起きても、今日だけは絶対に行かないと言い張っていた。翌日には行くのかというケヴィンの問いについては、回答を拒否している。 大聖堂の奥から、静かに鐘が鳴り響く。白いヴェールをまとったレティーシャ王女が、オリヴィアに導かれて姿を現した。これは本来は筆頭侍女の仕事なのだが、オリヴィアが私がやると言い張った。純白のドレスは、王家に伝わる古い意匠をもとに仕立てられたもの。胸元には、王家の象徴である蒼玉が輝いている。金糸で織られたレースが光を受けて淡く輝き、歩みを進めるたびに裾が波のように揺れた。その美しさは、誰もが息を呑むほどだった。 レティーシャは気品を備えながらも、柔らかく、浮かべた温かな微笑みには心惹かれる。「聖女……」誰かの小さなつぶやきは、ただのタイミングなのか、それとも神様の悪戯か、大聖堂内で大きく響いた。聖堂内がざわめく。ほんの数年前まで信仰するように聖女と聖女を生み出すスフィア伯爵家を重用していた国だが、いまでは「聖女」は禁忌。スフィア伯爵家は王女を隠匿していた家、最後の当主となったドルマンは娘を聖女と騙った罪で投獄されている。咎める目線が、誰だと犯人探しをし始めたとき、レティーシャが足音を大きく鳴らして一歩進む。作法としては相応しくない。でも、目は集まる。目が集まると、レティーシャはふわりと笑う。その微笑みに、場は和む。花嫁で、被害者であるレティーシャ王女が気にしていないなら。そんな空気が聖堂内に満ちた。アレックスはレティーシャのその姿を見た瞬間、わずかに目を見開き、胸に手を当てた。戦場で幾度も死線を越えてきた男が、ただ一人の女性
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【外伝】3

王女の婚礼を祝う宴の始まりが近づく頃、王城の外では、夜風が静かに吹き抜けていた。 昼間の喧騒が嘘のように、城下の通りは穏やかな灯火に包まれている。祝福の歌声は遠くから、微かに聞こえてくる優しい音だ。 だが、レティーシャの胸の内は、祝宴の余韻とは別の鼓動で満たされていた。今夜、レティーシャはアレックス・ウィンスロープに嫁ぐ。レティーシャの嫁入りは二度目。しかも、相手はどちらもアレックス。(でも、気持ちが違う……全然……)一回目は、ラシャータの替え玉。偽物の花嫁。(今度は、本当に妻になる)レティーシャとして、アレックスのもとに嫁ぐのだ。王家の伝統により、王女は婚礼の式典が終わると、夫となる男の家へ移る。これは王女が王籍を失って臣下となる政治的な意味があった。王城の正門前、ウィンスロープ公爵家の騎士たちが整然と並んできた。その先頭、婚礼の式典のときに比べるとマントをまとっていなかったりと綺羅びやかさが減ったが、まだ十分にキラキラしているアレックスが立っていた。レティーシャが階段の一番上に立つと、ウィンスロープ騎士団の騎士団長が黙って剣を構えると、他の騎士が続いて一斉に剣を構える。その迫力と、凛々しい雰囲気にレティーシャが息を呑む。少しだけ、怖気づく。「レティーシャ様」レティーシャの隣で、騎士のレダが優しく促すように声をかける。レティーシャが王女になったとき、レダは本人の希望とレティーシャの願いで、レティーシャの騎士として特例で近衛騎士となった。(近衛の制服もとても似合っていたけれど)レダは以前の、ウィンスロープ騎士団の制服を着ている。「レダ卿はこちらのほうがお似合いですね」「ありがとうございます」末永く仕えることをレダは誓いかけたが、婚礼の日の「末永く」の誓いは花嫁と花婿の特権だと思い口を噤んだ。「レティーシャ」「アレックス様?」いつの間に階段の上まで、とレティーシャが驚く間もなく、アレックスがレティーシャを横抱きする。「アレックス様!」「行くぞ」レティーシャを抱いたままなど思わせない軽い足取りで、アレックスはリズムよく階段を降りていく。そして、そのまま騎士たちの作った花道を歩いていく。「降ろしてください」「いいじゃないか。君はまだ、“お姫様”だからな」鼻歌を歌うかのような楽しげな顔で、アレックス
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【外伝】4

レティーシャはアレックスの腕に抱かれながら、城のほうを振り返る。レティーシャは、胸の奥に広がる不思議な感覚を味わった。王女という立場は、レティーシャにとって実体のない仮初の立場だったけれど、レティーシャの胸に寂しさのようなものを感じた。「レティーシャ。君が王女となるときにも言ったが、レティーシャはレティーシャだ」「アレックス様……」「俺にとって君は、初めて会ったときからずっと“ピンクの目をした可愛い子”だ」アレックスが顔を下げて、腕の中のレティーシャの目に口づけを落とす。「そして今日から、ピンクの目をした可愛い妻……」アレックスが突然笑い出し、レティーシャは首を傾げた。アレックスの目が、柔らかく微笑む。「“初恋は実らない”? 馬鹿言うな、ちゃんと実ったぞ」 二人は城の門に立つ。夜の街は静かで、遠くに見える街の灯火が星空のように見えた。その光景は、まるで二人の未来を照らす道のようだった。目の前には、ウィンスロープ公爵邸の大門。高い鉄門には篝火が灯され、刻まれたウィンスロープ公爵邸家の紋章が浮かぶ。通りには騎士たちが並び、その先で門番たちが並んで立って頭を下げていた。 「歓迎してもらえているみたいです」「“みたい”ではない。誰もが心の底から歓迎している」アレックスが長い脚で通りを渡り、ウィンスロープ公爵邸の門をくぐる。「すごい……」ウィンスロープ公爵邸の広大な庭園は、レティーシャの記憶では色とりどりの花が咲いていたが今では白一色。夜露に濡れた花々が月光を受けて輝いていた。「……なんて、美しいのかしら」レティーシャが思わず呟くと、アレックスは微笑んだ。「君を迎えるために、庭師たちが心を込めて整えたんだ。 この邸は、今日から君の“家”になる」アレックスのその言葉に、レティーシャの胸は温かく満たされた。屋敷の正面玄関には、執事長のグレイブや家政婦長のソフィアを先頭に、使用人が整列して深々と頭を下げた。 レティーシャはアレックスの腕から地面に降ろされる。「おかえりなさいませ、レティーシャ様。ウィンスロープ公爵家一同、今日という日を心からお待ちしておりました」執事長のグレイブの声は落ち着いていて、いつものようにレティーシャに安心感を与えた。レティーシャは微笑み返し、丁寧に頭を下げた。「出迎え、ありがと……」
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【外伝】5

夜はすでに深く、屋敷は静まり返っていた。遠くの庭で揺れる葉の音だけが、かすかな気配として窓辺に触れている。使用人たちの足音は、もうどこにもない。暖炉の火だけが小さく揺れる、緊張に息をひそめている様な夜の時間。 レティーシャは部屋の中央で立ち尽くしていた。湯あみをすませ、どの香油をつけるかと言われて、ウィンスロープ公爵領特産の花からとれる香油にした。夜着は、立場上は義母であるローゼマリア王妃が用意してくれた夜着を用意してもらった。着替えも終わり、髪もほどいてもらった。(次に、どうしていいのか分からない)嫁ぐ淑女の嗜みとして、閨教育は受けてある。でも、夫となる男性の行為を受け入れ、身を任せることしか先生は教えてくれなかった。(教えてもらっていないから途方にくれるなんて、子どもみたい……でも、子どもじゃない)レティーシャが目を向けたのは、廊下へと続く扉とは違う扉。夫となったアレックスの部屋とをつなぐ扉。(……夫……旦那、様)アレックスが夫になったことを実感するたび、レティーシャの鼓動が一つ跳ねる。扉の向こうに、アレックスがいると思うだけで、指先が震える。 コンコン扉が静かに叩かれた。レティーシャの体が、ビクッと震えた。「レティーシャ」低く、柔らかな声。「……はい」返事はした。(扉を、開けるべきなのかしら)それなのに、レティーシャの足が動かない。「開けても?」「はい……」一瞬の間。そして、扉がゆっくり開く。「こんばんは、俺の奥さん」アレックスが入ってきた。さっきまでの礼装ではなく、普段よりずっと軽い服に見えた。だからだろうか、永遠の愛を誓い合った昼間よりレティーシャには近く感じた。アレックスはレティーシャを見ると、少しだけ目を細めた。「……緊張しているな」「し、していません」即答してしまい、レティーシャは自分で驚く。アレックスはくすっと笑った。「嘘をつくときは、もう少しゆっくり話すといい。焦っていると……嘘だと、丸わかりだ」(それって、つまり……)アレックスの近づいてくる姿に、大きく聞こえる足音に、レティーシャの呼吸が浅くなる。逃げたいわけではない。けれど、胸がいっぱいで、どう振る舞えばいいのか分からない。目の前に立ったアレックスが、そっと手を取る。指先が触れただけで、アレックスの体
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