隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい? のすべてのチャプター: チャプター 51 - チャプター 60

132 チャプター

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蒼さんは、昔から特別な感じだった。誰も寄せ付けないくせに、その孤高な雰囲気で周りの視線を独占していた。大人は雰囲気のある子どもだと賞賛し、子どもは怖くて近寄りがたいという雰囲気だった。誰も寄せ付けない蒼さんが受け入れたのが私。「白川大老のお孫さんですね」と蒼さんが話しかけてきた私を、周りのみんなは「流石」とか「羨ましい」と称賛した。お爺様の孫である私は蒼さんですら無視できない存在。そんな私をみんなが羨ましがっていることに、私は喜びを覚えた。お母様に蒼さんのお嫁さんになるのだと言われた。お嫁さんになれば、またあれを感じられる。その日を、私はずっと待っている。 それなのに、朝霧陽菜。朝霧陽菜を初めて見たとき、あの女は集団の中の一人で、何もかも周りに埋もれてしまう地味な女だったのに、なぜかあの女が朝霧陽菜だと分かった。派手さはなく、蒼さんの一夜の相手にもならなさそうな女なのに、蒼さんのお気に入りという言葉が急に重みを増した。この女は危険、そう思った。あの女に、蒼さんのような他者を圧倒するようなものはなかった。蒼さんが褒めていたといえば「ありがとうございます」と、従順に問題のない答えを返してきたから、危険と感じたのは、結婚を承諾してくれない蒼さんにイライラして必要以上に過敏になっているのかなって思った。だから「これからも蒼さんのために頑張ってね」って言ってあげたのに「  頑張ります」って……なんでか、すっごく不快だった。気分が悪かった。気持ち悪かった。 「気持ち悪いわけだわ」あのパーティーの夜から、朝霧陽菜に再会したあの日から私はずっと気分が悪い。あのパーティーであの女は、あの時一瞬見えたものを剝き出しにしていた。蒼さんと李凱。あの二人があの女の傍にいなければ、あの女は会場中の目線を独り占めしていただろう。邪魔だ。あの李凱の傍にいた蘇という女も気に入らないけれど、あの女みたいに分かりやすく敵意を向けてこない朝霧陽菜のほうが何百倍も気に食わない。あの女が賞賛を浴びるのは許せない。  * 秘密のアカウントでSNSサイトに入る。あの日のパーティーの朝霧陽菜の写真に【#李凱 #赤いドレスの女 # エロい #巨乳】と盛り上がりそうなハッシュタグをつける。投稿すれば、瞬く間に閲覧数が増えた。下劣なコメントがどんどん
last update最終更新日 : 2026-01-15
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「……これは?」会社に行くと、蘇さんが薄いファイルをいくつも持ってきた。さっと眺めたところ賃貸情報なのだけど? 「李社長と朝霧さんが同じホテル住まいで、その理由が朝霧さんの住むところが決まらないからだとか? いくら妹とはいえ、忙しい李社長の手を煩わせるのはいかがかと思いますわ」「それで……これ、ですか?」「ええ。あなたが忙しいから家が見つからないと李社長が仰っていましたから」蘇さんはなぜか勝ち誇った顔をする。 「忙しさを理由にする稚拙な手が李社長に通じると思ったのですか? それは李社長に探すようにと言われた物件情報です」聞けば、蘇さんは不動産関係者に知り合いが多いとのこと。凱、それを利用したのね。 「どこも問題ないと思いますよ。駅から徒歩三分、間取りは居間スペースとは別に独立している部屋が三つ以上、そして近くにスーパーマーケットと病院があるところ。ふふふ、こんな条件が難しいとでも?」難しかったから見つからなかったんだけど。……うわ、すごい。どの物件情報も私の希望通り。なるほど、「使えるものはなんでも使う」と凱が言っていたのはこれか。確かに、彼女、仕事はできる。 「どれにするか決めてください。忙しいからなんて言えないように、私が手続きしておきますわ。それにしても小児科のある病院なんてなにを企んでいるのやら。社長は朝霧さんのことを「妹」としか思っていないことをいい加減にお気づきになってはいかがですか?」蘇さん、そろそろ凱にいいように使われていることに気づいたら?なんか、蘇さんも蘇さんだけど、凱も凱だよね。 この前も、なぜか凱が藤嶋建設に行くときに蘇さんを連れていった。しかもご指名で。蘇さんの「私は李凱の彼女」気分を助長させるようなことをなぜするのだろうと思った。その理由は、翌日に藤嶋建設にいったときに知った。蘇さん、会社の顔と言える受付で、大勢が見ている前で、あの白川茉莉とガチンコ勝負を繰り広げていた。白川茉莉を非常識だと嘲笑い、良妻は仕事の邪魔をしないものだとか言ったとか。聞いたときは驚いたけど、蘇さんの口撃に白川茉莉が反論できなかったと聞いて気分が良かった。「ありがとう、蘇さん」いろいろな意味で。「~~~あなたっ、李社長の妹気分でいられるのは今だけなんだから!」おお、なんか負け犬の捨て台詞として定番と
last update最終更新日 : 2025-12-19
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「陽菜さん、いらっしゃい」「お久しぶりです、翠さん」帰国した日からずっと白金の屋敷で会おうと翠さんから誘われていたけれど、仕事を理由にして先延ばしにしていた。 「ようやく来てくれたということは、蒼が離婚に同意したということなのかしら?」……翠さんは何でもお見通しだ。「ごめんなさい。翠さんに会ってしまったら離婚の決心が崩れちゃいそうだったので」「それなら会社に押しかけて崩しちゃったほうがよかったわね」反応に困る言葉に曖昧に笑って返すと「困らせてしまったわね」と翠さんも苦笑した。 「ごめんなさい、陽菜さんを困らせたいわけではなかったの……二人がこうなってしまったのは……誰が悪かったのかしらね」「……翠さん?」そう言って笑う翠さんはとても、疲れてみえた。年齢と言ってしまえばそれまでかもしれないけれど、私の知っている翠さんはコロコロと軽やかに笑い、行動力があり、私にとって品のある遊びを教えてくれる明るい人だったのに……。「陽菜さん、蒼のことを……」憎んでいるか?恨んでいるか?もう、嫌いか?どの言葉も、蒼を大事にしている翠さんには続けたくない言葉なのだろう。 「蒼さんのことは……気持ちは複雑で、言葉にしにくいです」愛していたから、単純な感情ではない。「恨んだりはしていません。ただ……彼のことを……彼との時間を思い返すと……空しいんです。彼が私を大事にしてくれなかったわけではないし、優しかったです……でも、他にも大事な人がいた。私ではない人のほうに優しくしていた。その遣る瀬なさに私が耐えられなかっただけなんです」「……そう」そう言って笑う翠さんの顔に、お祖母様の顔が重なった。  お祖母様は息子である父のことを無責任だと嘆くことはあっても、そういう時は彼のことを許してやってほしいという目で私を見ている。子どもとして私が父に対して思うことがあるのを理解しつつも、お祖母様にとって父は『息子』だから……というところなのだろう。子どもだから甘やかすのかって、海を宿す前の私なら憤ったと思う。でも、いまは海がいるから。お祖母様の気持ちも、そしていま目の前にいる翠さんの気持ちも、何となく分かる。海はまだ何か不始末をしでかすことのない赤子だから、私の理解は「なんとなく」ではあるだろうけれど。どんなことをしでかそうと、二人にとって彼らは
last update最終更新日 : 2025-12-19
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お手伝いさんが女性を連れてきた。西山三奈子と名乗ったその女性は、私の親世代になるだろうか。上品だけど、どこか疲れた雰囲気がある。「三奈子さん、そんなに不安がらないで。大丈夫よ、蒼に怒られるのは私だけだから」「そんな、あの温和な蒼君が怒るだなんて」蒼が怒ることを信じられないという西山さんに私のほうが驚いた。私としては「怒ります、むしろ短気です」と言いたかった。……あの蒼を“温和”なんていう女性。蒼とはどのような関係だろう。 「実はね、蒼には異母兄がいるの」……蒼にも?「名前は蓮。蒼の四歳上で、彼は十八歳のときに西山家に養子にいったわ」養子……西山家ということは、彼女は……。「私は蓮の養母です」「蒼さんから異母兄さんがいたと聞いたことはありません」さっき翠さんは蒼のお兄さんは彼が十八歳のときに養子にいったと言った。つまりそれまで彼は藤嶋家で育ったということになる。四歳差だから、お兄さんが養子にいったとき蒼は十四歳。流石に「知らない」はないだろう。 「どうして教えてくれなかったのですか」二人は不仲だったなら敢えて教える必要はないと思ったのか。それなら、なぜ今になって彼の存在を私に教えているのか。 「陽菜さんは、蒼の母親が遠くにいることは知っているかしら?」「それは……まあ……」蒼の両親が別居状態であることは、藤嶋の社員なら誰でも知っている。妻が病気療養中であることから、蒼の父親はあの白川百合江を公然とパートナー扱いし、藤嶋がホストのパーティーでは彼女がホステス役を務めている。「息子の司と蒼の母親の香澄さんは政略結婚だったけれど、香澄さんは司を愛していた。司には幾人も愛人がいたけれど、公の場では香澄さんを妻として厚遇はしていたし、蒼という司の子どもの唯一の母親という矜持が彼女を支えていた」そんな女性のもとに、愛人の子がきた。「その日から香澄さんの精神状態は目に見えて悪くなり、私と夫は蒼と蓮が彼女に近づかないようにしていたわ」翠さんが言葉を切って、不自由な脚に触れた。 「司は家庭に興味がなく、妻への思いやりなど欠片もなかった。そして愛人の白川百合江のお願いを聞いて、彼女の娘である白川茉莉を蒼の婚約者にすると言ったわ。でも、それに香澄さんは反対したし、私も反対したわ」「翠さんも、ですか?」蒼の母親が反対した
last update最終更新日 : 2025-12-19
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「怪我で私は足が不自由になり、夫と共にバリアフリーに改装したこの屋敷で暮しはじめたの」翠さんが建物のほうを見る。「蒼と蓮も誘ったのだけど、学校もあるし、二人で大丈夫と言われたわ。あの子たちは優しいから、足が自由に動かない生活に私が慣れるのを邪魔したくないと思ったのでしょう……あのとき、強引にでもあの子たちを連れてくればと思わなかった日はないわ」翠さんは手を強く握った。 「私がいなくなった屋敷で、香澄さんはあの子たちを虐待していた。最初は蓮だけだったけれど、誰もそれに気づかなかった。高校生の男の子だから虐待されることはないだろうという先入観もあったし、なによりも蓮自身がそれを隠した。蓮は、香澄さんがああなったのは司の隠し子である自分のせいだと思っていたの」「隠していたなら……どうして、それが分かったのですか?」「蒼が、証言したの。私たちと、そして父親を呼び出して、自分たちが母親に虐待されていたこと……母親に、性的暴行をくわえられそうになったと言ったわ」!「母親に襲われたなんて、言いたくなかったでしょうに……ただの暴力ならば躾ですまされるかもしれない、自分たちは男だから理解してもらえないと、だから自らそれを明かしたのだとあのあと蒼は言っていたわ」恥部……。 「蒼のその行動は蓮を動かした。蓮は自分が香澄さんに虐待されていたことを話した。父親と勘違いされて行為に及ばれたから、香澄さんが蒼のことを『司』と呼んだとき危険だと感じ執事に監視させたみたい。限界だったのでしょうね。まるでコルクの栓が抜けたみたいに蓮は全てを話したわ」……蒼は、母親から……。 そんな母親がいるなんて、同じ子の母親として信じられない思いだけど、この世にはたくさん「あり得ない」が溢れている。蒼はそれを私に知られたくなかった。だから、養子にいった理由がそのキッカケになることを恐れて、お兄さんのことを私に話せず、「話せない」「話せない」が溜まっていってしまった。蒼……。 「蓮がうちにきても、蒼君は蓮に会いによくうちに来たわ。成長するにつれて会う頻度は減っていたし、蓮が就職して一人暮らしを始めるとうちには来なくなったけれど、それでも二人は数カ月に一度会っていたわ」「あの……そのお兄さんは、いまは……?」翠さんも西山さんもお兄さんのことを過去形で話していることがずっと気に
last update最終更新日 : 2025-12-20
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あの子は、蒼の子どもじゃない。あ……私、いま喜んでいる。あの蒼に似た子どもがいたから、蒼は白川茉莉と関係を持ったと思っていた。 でも、裏切ってはいないのではないかと思ったりもしていた。何かしらの手段で白川茉莉との関係を強要されたのではないか、とか……仕方がないという状況をそれなりに想像していた。だから、蒼にお兄さんがいて、あの子どもが蒼のお兄さんの子どもかもしれないという今、裏切りはなかったという可能性が高まって嬉しい。女として白川茉莉に負けたかなって思ってもいたから、そうじゃないかもしれないと気分も上がる。でも……それなら離婚はなしにしよう、とはやっぱり思えない。 やっぱり、それとこれは別。これを聞いても、知らなかった蒼のことを知って、それなりに事情を理解しても、離婚するという気持ちは変わらない。変わらなかったことに、ホッとしている。我慢させられたという屈辱はあった。この屈辱を海には味あわせない気持ちは変わらない。 おそらく、蒼はいまもあの子どもを守ろうとしているのだろう。経緯は分からないけれど、あの子どもの父親が西山蓮というなら、母親は白川茉莉なのだろう。あれだけ堂々と連れ歩いているのだから、あの子どもをどこかから攫ってきたとは考えにくい。子どもに対して母親が何をするのか。実母から虐待を受けていた蒼は白川茉莉に子どもを預けることを危惧した。でも、白川茉莉から親権を奪うことは難しい。私も調べたから、子どもがまだ幼い場合の親権争いは母親のほうが有利だということは知っている。 父親が勝つのは大抵は母親が子どもに適した環境を与えられない場合。白川家が背景にあることを考えれば環境を理由に子どもの親権は奪えないだろう。それに、なによりも父親が意識不明。二年も意識がないということは目覚めない可能性も高い。それでは親権争い、「祖母」や「叔父」でも争えるが、相手が白川茉莉では勝ち目はない。親権を奪えなくても、子どもの傍にいることにした。そのための条件が、恐らく、あの子どもを白川茉莉と蒼の子どもだという周囲の勘違いを蒼が否定しないこと。子どもの父親でないことを証明することはDNA鑑定があるから簡単なのに、それを蒼がしていないのだから当たらからずとも遠からずだろう。白川茉莉はその勘違いをさせておくために蒼を沈黙させる必要
last update最終更新日 : 2025-12-20
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キャメロットと打ち合わせしている会議室に行くと陽菜がいなかった。陽菜のサポートだと紹介された褐色の肌色をした女性に陽菜の所在を問うと、陽菜は別件で今日はこっちに来ないとのこと。様子を見にきたと言って顔を出しておきながら、陽菜がいないならとこの場を去るのはあからさま過ぎるのでしばらく会議室にいることにした。 始動してもう少しで一ヶ月、プロジェクトは順調に進んでいる。藤嶋は日本では有名企業だが、世界的に見れば知名度は低い。日本の知名度に奢って天狗になっていた藤嶋のメンバーはキャメロットのメンバーに最初は圧倒されていた。ここで例の『朝霧セラピー』の発動。陽菜の手助けで藤嶋のメンバーは自分の長所を改めて見直し、いまは自分が求められているところにそれをいかしてプロジェクトに取り組んでいる様子。自信を取り戻した彼らは陽菜を崇拝する目で見て、俺に「何で朝霧さんと別れたのか?」という疑問の目を向けることが増えた。あの目で見られると「別れていない」と言いたくなるが、「まだ別れていない」というだけでカウントダウンは残り少ない。陽菜には一ヶ月以内、遅くても四十日以内に離婚届を提出してほしいと言われている。遅くてもって、十日しか納期が伸びていないぞと文句は言いたくなるが、離婚届を俺に渡してから一年以上放置されていた陽菜の立場からしてみれば大した譲歩なのかもしれない。俺は、スーツの上から離婚届の入った封筒を押さえる。離婚届はすでに全項目記入済みで、いつでも渡せる。薄い紙切れ一枚入っただけのペラペラの封筒は軽いが、これを渡したら全てが終わりと思うと異様に重たい。 『ミスター・フジシマ。本日アサギリはおりませんが、このあと李がきますのでお話しなら……』『いや、進捗を確認したかっただけだから気にしないでくれ。そろそろ次の予定があるので失礼するよ、ミズ・トラオレ』社交的な笑みを心がけつつ、口の端が歪みそうになるのを必死に抑えて会議室を出る。後ろからついてくる黒崎の、次の予定なんてあったかと問う視線が痛い。でも、仕方がないだろう。李凱に会いたくないんだ。   *  「本当に陽菜さんと離婚するのかー?」副社長室に入って、二人きりになったところで黒崎が気安い口調で話しかけてくる。友人だが公私の区別に五月蠅い黒崎が会社でこんな口調になるのは珍し
last update最終更新日 : 2025-12-21
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今でこそこんな風に冷静に分析しているけど、赤ん坊の写真を見た直後は荒れた。「どうして」って、いま思えば陽菜に理不尽だと呆れられそうなことを思って、でもかけなしの理性がここで陽菜を問い詰めてはいけないと俺の衝動を抑えた。つまり、辛うじて俺は陽菜に何もせずにすんだ。 体調不良と言って青山のマンションに逃げた。そこのあった酒を全部飲んで、それでも足りないからデリバリーで注文して、いまの時代なんでも届くなって思いながら暴飲を重ねて二日酔い。胃をぐるぐるさせながら気分の悪さに耐えて、ただベッドに横になりながらあの赤ん坊の写真を思い浮かべた。 最初は、陽菜の裏切りだと、許せないと思った。俺を捨てたこと。李凱に抱かれたこと。そして、李凱の子どもを産んだこと。……完全に八つ当たりだ。許せない?それは違う。許さないという、ただ単に俺の我侭。陽菜にだって幸せを求める権利があり、そのために俺との別れを選んだのだから、陽菜はもう俺の赦しなんて求めていないのだ。陽菜が求めた幸せが、李凱との子どもだったというだけ。……俺は我侭だから、陽菜は寂しさで人肌を求めただけだと思おうとした。李凱が陽菜の傷心につけ込んだとか、あの李凱の見た目に陽菜がちょっと蹌踉めいたとか、自分に言い聞かせようとした。……馬鹿だな、陽菜のこと、分かっていたくせに。陽菜はそんなに弱い女じゃない。 ――― I love you, Kai. 陽菜は電話でそう言っていた。愛しているって……とても優しい顔と声で、李凱に「愛している」と言っていた。あれを見て、分かってしまった。陽菜は李凱を愛している。あの言葉を、表情を、感情を俺は疑うわけにはいかない。――― 愛しているわ、蒼。あの全てはかつて俺に与えられていたものだから。あの顔、あの声での「愛してる」を嘘だと言ったら、俺に与えられていたものも嘘になってしまう。あれを嘘にはしたくない。  結局、悪足掻きの初っ端で撃沈した。陽菜にふられただけなら“まだ”と足掻けたけれど……子どもじゃだめだ。だって俺は陽菜が子どもを欲しがっていたことを知っている。だから、孕ませようとしたんだ。例え俺を憎んでも、陽菜は俺の子どもを産んでくれる。子どもがいれば俺と陽菜が完全に切れることはない。そんな俺の悪辣な作戦を
last update最終更新日 : 2025-12-21
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『お前、なんでここにいる?』はあ?『ここは俺の部屋だ。俺がいて何が悪い』李凱は眉間に皺をよせ、部屋の中を見る。手前、奥、右、左、また奥……なんだ?『ヒナはどこだ?』『はあ?』唖然とした李凱の言葉に俺が驚くと、李凱の顔はめまぐるしく変化する。何語かも分からない言葉でまくしたてて、焦った様子で李凱は髪を掻き上げた。 『お前がヒナを拉致したんじゃないのか?』『なんだって?』驚いた。どうして俺が?李凱は何やら唾を吐き捨てるかのように毒づくと俺に詰め寄り、胸ぐらをつかむ。『拉致したのがお前なら、身の安全はともかく命の心配はなかったのに!』なんだって? 『”身の安全はともかく”? お前、俺が彼女に何かするとでも思っているのか?』俺の語気が荒くなる。もともと李凱のことは気に入らなかった。ささくれた感情は荒れやすい。喧嘩越しの李凱に俺の頭にも血が上り、視界が赤くなる。俺の目の熱に気づいた李凱は鼻で笑い、喧嘩に誘うような挑発的な笑みを向けた。 『ヒナを孕ませて手元におきかねねえだろ』「はっ」陽菜を孕ませる?コイツにだけは言われたくない!『俺と彼女の問題に部外者が口を出すな!』『口を、出すな?』李凱の顔が怒りで歪んだ。『口も手も出すつもりはなかったさ! お前がちゃんとヒナを幸せにしていれば、俺は……』 「こんなときに喧嘩はお止めなさい!」』祖母さん!どうしてここに……は? 部屋の入口を見れば祖母さんがいた。……それは分かるけど、なぜ第二秘書はバケツを持っている? 「頭を冷やさせて!」   *  『状況を整理します、いいですね?』黒崎の言葉に俺と李凱は渋々と頷いた。背中を水が伝い落ちる感触が気持ち悪い……ここまでする必要はあったか? いま、俺と李凱は全身ずぶ濡れの状態で絨毯の上に正座させられている。ずぶ濡れの原因は祖母さんが第二秘書にバケツで水をぶっかけるように指示したからなのだが……なぜバケツの水を二杯もかけられないといけないんだ?俺と李凱は一杯目で驚いて動きがとまったじゃないか。それなのに第二秘書は二杯目もぶっかけてきた。恐らく、一杯目のバケツの水が俺たちの頭に届かなかったの原因だ。頭を冷やさせろと祖母さんが言ったのに頭にかからなかったことを問題に思い、だから彼女は軌
last update最終更新日 : 2025-12-21
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うちの社員と変わらないスーツ姿だけれど、けんのある雰囲気の男たちが副社長室に入ってきた。一番先頭の男は祖母さんの前に立ち戸田と名乗った。「早急な対応をありがとうございます」「西山参事官から誘拐事件と伺っています」……西山?その名前に、嫌な予感が胸をかすめた。俺は祖母さんを見た。祖母さんが観念したように一度俯いたあと、顔をあげた。 「三奈子さんがご実家を通して警察に連絡してくれたの」「どうして……」「陽菜さんが攫われたときに三奈子さんも一緒にいたからよ」三奈子さんと陽菜が……会った。それは、つまり……。 「陽菜に、全部話したのか?」陽菜に……知られた?「……ごめんなさい。でも、全てを知った上で陽菜さんに判断してもらいたかったの。私たちの都合で陽菜さんを振り回してしまった。それは蒼も分かるでしょう? これ以上、陽菜さんを振り回したくない。あとで事情を知ったらと思ったら……でも、勝手にごめんなさい」祖母さんは、何を話したのかまでは言わない。だから、きっと、多分、全部。俺に、母と何があったのか……あれを、陽菜に……知られた。知られてしまった。 「ごめんなさい……」「……ああ」「まさか、彼女が陽菜さんに対して行動を起こすとは思わなかった」どうして陽菜のことが分かったのか、と祖母さんは悔しそうに杖の柄を掴んだ。祖母さんは白川茉莉の異常性をよく知っている。己の欲望のためなら、白川茉莉は手段を選ばない。 「“彼女”というのは、ミス・シラカワのことか?」……流暢な日本語。やはり李凱は日本語が分かっていたな。そんな素振りを感じたのは一度や二度ではない。「ええ、そうよ」李凱の言葉に祖母さんは一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。いまの段階では俺や李凱への怨恨の線も考えられるが、おそらく白川茉莉で間違いはないだろう。間違いないだろうけれど……煌はどうなる? 「失礼、白川さんというのは?」戸田刑事が会話に割り込み、李凱が俺を指さした。「白川茉莉。この男の自称婚約者だ」「おいっ」俺が抗議するような声を出すと、それに被せるように凱が俺を睨んだ。「黙ってろ! 俺が一番大事なのはヒナだ!」李凱の剣幕に、俺は思わず怯んだ。「ヒナさえ無事なら、他がどうなろうと関係ない!」陽菜が一番大事だと李凱は言い切った。いま、李凱
last update最終更新日 : 2025-12-22
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