All Chapters of 隠された愛 ~ 「もう少し」ってあとどれくらい?: Chapter 71 - Chapter 80

132 Chapters

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俺と李凱に同時に届いたのは位置情報付きの陽菜からのメッセージ。「行きましょう」という戸田刑事の合図で俺たちは部屋を出て地下駐車場に向かった。 大勢の移動は社員の目を引き、大勢の目が向いたことに李凱が顔をしかめた。「この社内にはシラカワのスパイがいるだろう? 警察が来ていることを知られてらどうする?」「それは……「ご安心ください」」黒崎妹が割り込む。「李社長が副社長室で大暴れしたため警察を呼んだと説明してあります」……合っている様な、合っていない様な……。「おい……俺の評判はどうなるんだ?」「異母妹の為、そんなものドブに捨てられなくてどうするんです」言い切った……思わず俺は兄である黒崎を見た。スッと視線を逸らす黒崎にいろいろ察した。 GPSの示したのは都内のホテル。戸田刑事の指示で覆面パトカーが周辺を包囲していくらしい。ホテルまであと少しというところで、李凱のスマホに陽菜から電話がかかってきた。李凱がスピーカーにする。陽菜と、男二人の声が聞こえた。 『李凱の女のストリップだ』 「……全員殺してやる」「ヒナに触れたら殺してやる」俺と李凱の口から同時に漏れた声と冷たい怒りが車内を満たした。 「藤嶋さん、李さん。警察の手前、そのような発言はお控えいただけると……「「そっちが耳を塞いでくれ」」」 私服の警官が封鎖している入口を通ってホテル内に入る。物々しい雰囲気にロビーにいた人たちの顔が好奇心に駆られたものになるのを横目に見ながら、俺たちは戸田刑事を先頭にフロントに向かった。このホテルのどこかに陽菜がいる。   *  「くそっ」ようやくここまで来たというのに!客のプライバシーを保護するためという理由で、ホテル側は警察による全室の確認を拒んだ。自分たちのホテルで行われている犯罪だと証明できない限りは許可できないと支配人は説明する。その言い分は確かに分かる。でも……くそっ! 「せめてこの男たちがホテルの名前でも言えば捜査令状がとれるのですが……」無茶を言うなと声を大にして言いたい。 どうにかできないか?だって陽菜は諦めていない。怖い思いをしているだろうに、男二人の目を盗んで李凱に電話をかけ、男たちから離れていまはバスルームにいる。あんなことをしてまで陽菜がバスルーム
last updateLast Updated : 2025-12-26
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70

『開かねえ、鍵をかけてやがる』『ふざけんな! 俺らを騙したのか?』ドアを蹴る暴力的な音に受付のスタッフの女性は顔色を青くしたが、俺たちを見て何かに気づいたように奥のスタッフルームに向かった。戻ってきた彼女の手には警察のものとは少し違う、警備員が来ている様な防具。「お使いください」「「ありがとう」」戸田刑事が「このホテルのスタッフは優秀ですね」と苦笑しているところを見るに、戸田刑事は俺と李凱に危険を理由にここで待機をさせたかったのだろう。でも、こんなヒナの悲鳴を聞いて、ここでジッとなんてしていられない。 「令状が取れました!」スタッフはすでに用意していたのか、15階の部屋番号を告げた。「男性二人に女性一人、お探しの情報に合っているのはこの部屋だけです。車椅子に座って眠っている女性を連れて男性がお二人でチェックインされました」戸田刑事は頷くと、ホテルのマネージャーに案内を頼んだとき……。  ガキンッさっきまでの重い音とは違う、少し軽い音、鍵が壊れる音にザッと血の気が下がった。『手こずらせやがって』『いやあっ』「陽菜っ!」 「ヒナッ!」 『このアマッ!』『なにやってんだ、開けろ!』『扉が開かねえんだよ』『ふざけんなっ! かしてみろ』 「……何かあったようですね」「陽菜がドアを押さえているのか?」「男二人の力相手にそれは無理でしょう。タオルかなにかを使ってドアを固定しているのではないでしょうか」戸田刑事が感心したような声を出したとき、エレベータが目的の部屋がある15階に着いた。 「こちらです」ホテルスタッフに先導される形で走っていたが、その男の足の遅さに焦れた李凱が彼の襟首をつかみ引き摺りながらスピードを上げた。『出てこい!! 女!!』スマホからは緊迫した状況が中継される。『いやあああっ!!』恐怖に満ちた引きつるような陽菜の悲鳴に目の前が真っ赤になる。 「急げ!!」俺はホテルスタッフの腕を取り、彼の手ごとマスターキーをリーダーに叩き付ける。戸田刑事は「私より前に出ないでください」と俺と李凱を制そうとしたが、スタッフを横に退けて俺と李凱が部屋になだれ込むのが早かった。 「助けて、蒼!!」「陽菜!!」 俺の声にバスルームの前にいた男二人の顔がこちらに向き、警察官の制服に気づくと顔色を青くした
last updateLast Updated : 2025-12-26
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71

「蒼……」陽菜の泣き声がピタリと止まった。「……蒼?」迷子の幼子を想像させる陽菜の声に俺のぐうっと喉が締めつけられると同時に、助けられたという安堵の思いが俺の体から力を奪う。この場にしゃがみ込んで泣きたくなった。「ああ、俺だよ」「蒼!」ガタンッとバスルームから大きな音が立ったと思ったら、ガタガタとドアノブが揺れた。壊れて、ぐらぐらのドアノブ。状況がどれだけ切羽詰まっていたのか、陽菜がどれほどの恐怖を感じていたかを垣間見えた。 「蒼っ!」扉がガタガタと揺れたあと、目の前の扉がどんどんと叩かれて揺れる。ぐらぐらになったドアノブが何度も大きく揺れる。「陽菜、落ち着いてくれ」「ドアを開けて、蒼。ここから出たいの」「もちろん、出すさ。でも、外からではこの扉が開かないんだ」俺の言葉に少し落ち着いたのか、陽菜はストッキングと肌着で扉とトイレを固定していると教えてくれた。 「カッターを用意します」「……お願いします」動揺している陽菜に刃物を持たせることに迷いはしたが、扉を壊せばその大きな音で陽菜を怖がらせてしまう。 「陽菜。いまドアの下からカッターを入れる」「分かった」カッターを差し入れると向こうから引っ張られた。カチカチと刃を出す音のあと、ジャッという音がした。扉が微かに揺れる。「ゆっくりでいいから、落ち着いて」……返事がない。ただジャクジャクと切る音だけが聞こえる。切る音が終わったとき、ドアがカタッと小さく揺れると同時に、どさっとバスルームで大きな音がした。「陽菜っ!」ドアを引いて空けて、目の前の光景にひゅうっと喉が絞まった。バスルームの床に座り込んでいる陽菜はバスタオル1枚だけの姿。ここまでの音声を聞いて想像はしていたが、現実の光景に、本当にギリギリだったのだと痛感した。バスルーム内はハンドソープやコップが落ちている。ドアと結ばれてただろう、トイレタンクにぶら下がる、だらんと伸びた肌着にゾッとする。これが千切れていたら……。扉が開いていたら……。「蒼……っ」陽菜の大きく開いた目に俺が映り、涙が浮かんだ。俺は急いでスーツの上着を脱いで、床に膝をついて陽菜の体を包む。強張っていた陽菜の体から力が抜けたと思ったら、全身がガタガタと震えはじめた。「蒼……蒼……」陽菜が泣きじゃくりながら俺の名を呼ぶ。
last updateLast Updated : 2026-01-01
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【幕間】初めてのとき①

なんで一人にしないでなんて言ってしまったんだろう。脱いだ蒼のスーツの上着が、蒼が履いている革靴の近くで丸まって、それを見ていたら体が蒼との距離が十センチも離れていないことに気づいた。私も蒼も肥満体形ではないけれど、成人二人で使うのは狭い場所。でもこの狭さが、安っぽくはないけれど高級感のないバスルームのシンプルな内装が、あのマンションを思い出させた。蒼と住んでいた青山のマンションではなくて、社会人二年目で引っ越した一人暮らしのマンション。そういえば、あのときもこんな風に、狭いなって距離でくっついていたんだっけ。   *    【 過去 】いつもの居酒屋でいつも通り十時まで飲んでいた。恋人同士になってからは短くてもそれまで二人きりで飲み食いしていた期間をカウントすれば蒼との仲はそれなりに長くて、そうなりたくて、関係をすすめると決めていた。連れてきたのは私の部屋。それなのに、これまでのやり取りから何となく藤嶋さんにお持ち帰りされた気分になった。玄関扉を開けて、二人で中に入ったときから思っていた。狭い。私も藤嶋さんも肥満体形ではないのに、成人二人が並んで立つには狭い玄関。 「ここにはずっと住んでいるのか?」「社会人二年目に引っ越してきました」「それより前は?」「大学の近くのアパートです」何か気になるのかな?「最後の彼氏は、大学四年のときだっけ?」「卒業、就職で忙しくて、仕事に慣れるのに忙しくて、慣れたら暴君な上司がきてかなり忙しかったんです」モテないみたいな言われ方をしたから、事実モテはしないけれど、忙しいから彼氏を作る余裕はなかったのだと主張する。「忙しくさせてよかった」なんで?「この部屋に来た男は俺だけってことだろう?」「……そんなことを気にしていたんですか?」過去を気にするタイプ?「陽菜に関しては」「え? 声に出てました?」「顔に出てた。それにしても、自分でも驚いてる。過去を気にしたことなんてなかったんだけど」 本気で不思議そうに首を捻る藤嶋さんを見ていたら、かつて彼が隣に侍らせていた女性を思い出した。モデルだと誰かが言っていて、あのときは藤嶋さんに対する想いはなかったから普通にしていたけれど、思い返してみると……胸がモヤッとする。「あの、やっぱり今日はやめましょう」「は? なんで?」「……
last updateLast Updated : 2026-01-01
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【幕間】初めてのとき②(※)

「んんっ」不慣れで拙い反応をする私に焦れたのか、藤嶋さんの舌が私に動き方を教えるように、リードするように舌を動かしはじめる。口内に溜まる二人分の唾液。くちゅくちゅと聞こえる厭らしい水音に、頭が茹りそうになる。 「ひうっ」耳に触れていた藤嶋さんの指が耳の穴に入り込むと、ぐちゃぐちゃという水音が脳で響く。それに合わせるように指が動いて、耳なのに、穴を圧迫される感触はまるでアレの疑似行為。 気づけば私の頭は枕の上。背中には柔らかいベッドの感触。 そして目の前には、私を見降ろす藤嶋さん。……いつの間に? 「赤だ」……赤?今日の私に赤いところなんて……っ!シャツのボタンがすべて外されていて、下着がお披露目されていた。いつの間にと驚きは増したが、予想以上にガン見している藤嶋さんに驚きは瞬く間に消えて、代わりに不安がダッシュでやってきた。どうしてだろう。この先、何があるか分かっているし、知ってもいるのに体が強張る。 「……怖い?」流石、髪の毛をちょっと切っただけでも分かる人はよく気づく。そう内心茶化してみるけど、頬を撫でる藤嶋さんの手が冷たくて、反射的に体が震える。 「これ以上はやっぱりやめたい?」これ以上……この先に進むことで、私と藤嶋さんの関係は確実に変わる。性行為が全てではないのだけれど、繋がることで生まれるものは確かにあって、繋がったことで一歩先に進み、その先で知れることもあれば、知りたくないことを知ることもあるだろう。「続けて、ほし……」「……ん」そう言うが早いか着ている自分のシャツの一番上のボタンを外す藤嶋さん。「抱くぞ」設定だけでなく、台詞も動きも少女漫画に出てくる人みたいで、流石――。 「感心した目で見てるけど、俺は普通に生身の人間。いまめちゃくちゃ興奮しているし、今すぐ陽菜をぐちゃぐちゃにして泣かせたいし、でも嫌われたくないから必死に我慢していて……それでも何か失敗するんじゃないかって、緊張している」 緊張?藤嶋蒼が?思わずジッと見ると、藤嶋さんはぷいっと顔を背けて着ていたシャツを脱ぎ始めた。その可愛い仕草と、細身に見えたのにあちこち盛り上がって筋肉質な体のギャップに……やられた。 「あぁ……んぅ……」あっという間に裸に剥かれ、その間はキスしかされていないのに、意識が朦朧とす
last updateLast Updated : 2026-01-02
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【幕間】初めてのとき③(※)

「違いますけれど……その、久しぶりで……それに……」想像以上に大きい。あれ?こんなに大きなものだっけ? 「んっ!」「なるほど、大学四年のときだったか……だから狭いのか……」多分、違うと思う。「力を抜いていて、ゆっくり慣らすから」こういうところに慣れを感じるけれど、ありがたくもある。痛いのが好きというマゾではない。 藤嶋さんは腰を動かし、角度を変えて中を探りながら、私が息をつめれば腰を引いて、痛みから気を逸らすようにキスをしてくれる。宥めるように大きく動く舌に捕まって、ちゅうっと吸われる感触にゾクリとすると、また少しだけ奥に進む。 少しずつ。丁寧に。優しく。痛くないように。 性行為は、やることは単純。体の機能と生理的反応を利用して、刺激して濡らして入りやすいようにして、入れたら刺激して射精を促す。生理的反応は感情に直結し、気持ちいいと感じることで受ける刺激が強くなり、気持ちよさがいっそう増える。「んっ……よく濡れてる」まるで褒めるように、それでいて嬉しそうに言われれば、体の奥がまた開き、それを待っていたかのように熱いものが押し進む。性行為は本能的なものだから本性が出やすいと聞いたことがある。私の反応を探る目にも、より強く感じるところを見つけ出す指にも、女性の体に慣れた雰囲気は私の想像していた藤嶋さんらしいもの。でも、たまに壊れ物を扱うような慎重な手つきになったり、私の快感を引き出せたと喜んでくれるところは熟練ぽくなく、むしろ不慣れで……。 「陽菜!?」この人の最初の女になりたかった。この人を最初の男にしたかった。 「どうした、痛いか? いったん抜くか?」泣いてる理由はそれじゃないけど……やめるじゃなくて、いったん抜くなんだ。少しだけ甘えの見え隠れする強引さに、可愛いなって胸が痺れ、繋がっている部分に力が籠った。「……っ」……可愛い。この可愛い人を、私だけのものに、過去が変えられないなら思い出せないくらいに、この人を私で一杯にしたい。「陽菜……?」熱を孕んだ藤嶋さんの声に、藤嶋さんにこんな声を出させているのは私だという誇らしさを感じる。胸がギュッと締めつけられると同時に快感に慣らされた体は濡れて藤嶋さんを締めつけ、藤嶋さんのうめき声に「もっと」と本能が疼く。性行為は本
last updateLast Updated : 2026-01-02
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インターホンの音に私と蒼の体が同時にビクッとする。私、何を思い出して……。 「誰か来たみたいだ。出てくる、一人で大丈夫か?」「……うん」この状況で初めの日を思い出している自分が恥ずかしくて俯いてしまったが、蒼はそれを我慢している思ったようで「すぐに戻る」と言ってバスルームを出ていった。……恥ずかしい。 「副社長」知らない女の人の声、誰だろう。「朝霧様のお着替えをお持ちいたしました」「どうやって?」「李支社長がなんかやったようです」まるで凱が犯罪でも犯したかのような口ぶりで話している……あの凱に嫌悪を示す女性は初めて。どんな人だろう。「陽菜、聞こえたと思うけれど着替え……陽菜?」鍵を閉めたから、バスルームの扉は開かない。さっきの状況と、服を渡すという理由を考えれば、私が鍵をかけると思っていなかったようで蒼は不思議そうな声を出した。「白川茉莉の子どもは、蒼の子どもなの?」扉の向こうにいるけれど、蒼が緊張するのを感じた。面と向かってはいないけれど、正面から問いただしたのはこれが初めて。蒼の子どもだと思っていたから、「そうだ」と言われるのが嫌だった。 「違う、俺の子じゃない」どうして、蒼が自分の子どもだと誤解させたままだったのか。なんで私には、秘密だよって、言ってくれれば……。はあ。過去に「こうしてくれていたら」と考えるとキリがない。あくまでも結果論でこの状況、選択が違えば過程や結果が変わり、違う今がある。この今だから出てくる「こうしてくれたら」は、過去の選択を責める言葉として酷く相手を傷つけ、そして最も意味がない。未来は分からないのだから、過去に、恐らく必死に考えてそれを選択した蒼に、「こうしてくれていたら」と言うのは違う。過去の蒼の選択で、いまの私は無事でいるのかもしれないから、蒼が間違ってもいなかったと知ってしまうと単純に責めることもできない。 蒼に、甘えられたと思えばいい。初めて抱かれたときに感じたように、蒼は甘えん坊なところがあるのだろう。 「私は……いろいろあったけど、いまの私は蒼が浮気したと誤解はしていないから……だから……」「陽菜、何をする気だ?」蒼の声に警戒が混じっている。 「白川茉莉を訴える」白川茉莉は、私が知っているだけでも明確に罪を犯しているのに、被害者全員が口を噤んだ
last updateLast Updated : 2026-01-03
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SNSは白川茉莉の得意な分野で、彼女はそれを武器として上手に使う。これ幸いと周りを煽り、好奇心を掻き立て、私を汚すだろう。 ただ……私、すでに結構汚れ役なんだよね。原因はあの夜のパーティーの画像や映像、煽るタグがつけられて拡散され、ネット上で私はかなりの『悪女』だ。 白川茉莉ファンや幼馴染恋愛推奨派からは蒼と白川茉莉の邪魔をするなと言われている。凱ファンは実に過激で、世界各国のスラングで罵られるという経験をしている。これが不快ではないと言ったら嘘だけど、事実も知らずいい加減だと思った。蒼と私は夫婦で、蒼と白川茉莉は不倫の関係。それは幼馴染のピュアな恋愛ではないし、【二人が結ばれるのをみんな待ってる】の“みんな”は主語は大きいが、蒼が大事に思人はいないため実はない。凱が絡んだコメントは完全に笑い話。私が凱を手に入れるためにしたあれやこれや(性的なものが九割以上)を見た・聞いたと好き放題に言っているが、私が凱の本当に異母妹だと知ったらどうするのだろう。どうもしないのだろうな、匿名だから。誤魔化すこともせず、好き放題っていた人は次に好き放題言える人の元へ行く。ネットなんてそんなもの。 「陽菜、考え直せ。あの男たちには余罪もあるし、公務執行妨害ですでに捕まっているから」「だめ、それでは白川茉莉にまでいかない」「白川茉莉に関わるな、また陽菜に何かあったら……」「何かはある」思いのほか強い言葉が出た。でも……分からせれば理解する、白川茉莉に対するそんな甘さが今回のことを起こした。いい加減自覚するべき。白川茉莉という人間は道理でどうにかなるものではない。 「藤嶋家には白川家との付き合いがあると思う。だから蒼にどうしてとは言わないわ」何百年続く絆か知らない。そんなの私には関係ない。それに……申しわけないけれど、関係なくしたのは蒼たちだ。翠さんですらどこかで、これは藤嶋家と白川家の問題なのだと、私をカウントせずに考えていた。「あなたたちは直面しようとしないけれど、白川茉莉には道理がきかない。野生の獣と同じ、白川茉莉は己の本能のまま行動している。痛い目に合わせて、覚えさせるしかないの。私に手を出してはいけないと、痛い目に合わせて私を恐れさせないといけないの」なによりも海を守るために。 「……蒼?」笑ってる? 「
last updateLast Updated : 2026-01-03
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蒼がどんな選択をしても、私には関係ない。海は私の息子だし、蒼がいなくても生きていく術はある。仕事はあるし、リモートとか、いまは働き方がたくさんあるのだから。 人手が必要なときだってなんとかなるだろう。多分、凱を頼るけれども。だって凱は海を目に入れても痛くないほど愛している……というか、「目に入れて持ち運びたい」と豪語している。頼めば喜んで海の面倒をみてくれるだろう。 「ねえ、蒼……」「子どもの……海の生まれたときのことを話して」蒼の声、震えている。私の気持ちも震えている。 蒼が海を拒否したら『気にしていない』「それでもかまわない』というつもりだった。実際に言ったと思う。でも、蒼がどんな選択をしようとも構わないというのは、強がりでしかなかったみたい。海に興味を示してくれた。そう思った。そして、胸がジンッと痺れた。 「体重は約七ポンド、三千グラムを超えて生まれたわ。健康だって言われて泣いたの」蒼は「そうか」と言ったあと、“ポンド”を気にした。「ポンド? イギリスにいたのか?」「うん。話せば長くなるんだけど、私と凱の父親はイギリス人で、クリストファー・アシュフォードというの」「イギリス人……日本、台湾の多国籍だな」蒼の妙な感心に笑ってしまった。 「海を産むと決めたとき、ごめんね、絶対に蒼に知らせるもんかって思った」「……うん」「どうせこの子も隠される。そう思ったら、逃げなきゃって思ったの」「それで李凱を頼ったのか」「お兄ちゃんだもん……私が困ったら、地球の裏側からだって助けにくるって言ってくれたの」「憎たらしいくらい男前だな」「自慢の兄よ」 私は凱のこと、アシュフォードのこと、いろいろ話した。 「日本に帰ってきた理由は? 出生届?」「うん」「子どものこと、俺に言うつもりはなかった?」「……うん。蒼には絶対教えないと思いながら産んだのだもの」「そうか……それなら、こうして話してくれている理由は?」「凱よ。凱はね、クリストファー・アシュフォードを恋しがっているの。もっと早くに会いたかったって……それを聞いてね、海もいつか凱みたいに『もっと早く会いたかった』と思うんじゃないかって思ったの」「……俺は、李凱に感謝すべきなのか?」そう言いつつも、声は心底嫌そうで……同類嫌悪?「それはご自由に
last updateLast Updated : 2026-01-04
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「夫婦じゃなくても母親と父親として海を育てることはできる」 ドンッと大きな音がして、バスルームが揺れる。 シャワーに残っていた水がバスタブに音を立てて落ちた。 「……ごめん」 「ううん」 ポタリ、ポタリと音を立てて水が落ちてくる。 まるで泣いているみたいだ。 「蒼」 返事はないけど、扉の外に蒼はいる。 「蒼?」 蒼は、私の“お願い”を断れない。 どんなお願いも、蒼は困ったような、時には悔しそうな顔をしても絶対に受け入れてくれる。 蒼は、優しい。 その優しさを、利用する。 ……ごめんね。 「そーう?」 「……………………分かった」 蒼の小さな声。 「ありがと」 私も、小さな声。 ポタリと水が落ちてきた。 まだ髪が濡れていたみたい。 「……っ」 持っていたタオルで口元を抑えて、私は嗚咽を殺した。 「長く話して体が冷えただろう、もう一度シャワーを浴びておいで」 蒼の優しさに甘えて、私はシャワーの下に立ってコックを捻る。 水量は最大。 ……蒼の泣く声を聞いてしまったら決心が鈍ってしまうから。 * 【約2年後 日本】 「海、お願いだからご飯を食べて」 「や」 「海」 「やーあ」 息子の海はいま2歳。 魔のイヤイヤ期の真っ最中。 魔のイヤイヤ期については噂で聞いていたけれど、2歳を過ぎてしばらくしてもその予兆はないから、覚悟はしていたけれど拍子抜けした。 でも、よく考えたら2歳は1年間ある。 イヤイヤ期は突然、本当に予兆もなくやってきた。 「イヤイヤ期の対処法について教えて」 海との会話は「いや」しかなくて、「いや」以外の音を聞きたくてAIにしがないことを尋ねる。 『多くの親にとって挑戦的な時期ですが、子どもが自立心や自己主張を発展させる大切な過程でもあります』 ……物は言いようよね。 これ、頑張れって根性論でしかない。 海のために、海による試練に打ち克たなくてはいけない……おおう。 「具体的な対処法を教えて」 『まずは冷静な態度を心がけてくださ……「あ、海、やだ、やめてー!」』 いや、無理だよ。 プラスチックの皿が宙を舞う姿に悲鳴があがらない人っている? 食パンでよかった。 スクランブルエッグだったらと思うと……だめ、考えたくない。 『次に選択肢を与えましょう』 「海、ご飯
last updateLast Updated : 2026-01-04
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