あの夜のことを陽菜がどう処理したのか分からない。陽菜につけた護衛からは、いつもと変わらない陽菜の様子の報告を受け続けた。別れの予感は杞憂だったのかと肩の力を抜きかけたとき、油断大敵と言わんばかりに突然その日はきた。 陽菜につけていた者から、李凱が青山のマンションにきたと連絡がきた。すでに李凱が部屋に入ったと聞けば、何のために李凱がマンションの来たかなど考える余裕などなくなった。とりあえず部屋にいき、陽菜を呼び出すという指示しかできなかった。しかし、何かができるわけない。拐そうとするなら護衛たちは力づくで止めただろうが、陽菜本人の意思だと言われれば護衛たちは引くしかない。陽菜はスーツケースを持って李凱とタクシーに乗ったと聞き、俺は黒崎に羽田空港に向かうように頼んだ。本来なら俺が行って引き留めるべきだったが、このときもタイミングが悪かった。煌が高熱を出したと、煌につけた使用人からの連絡をもらった直後で、俺は白川茉莉たちのいるお台場のマンションに行こうとしていたタイミングだった。白川茉莉は煌を人質にとるような真似を一切恥じていなかった。躊躇なく煌を利用した。このときも俺がマンションに来なければ煌を医者に診せないなどと言っていて、子どもの命がかかっているから仕方がないと思っていた。黒崎を空港に向かわせ、俺はお台場に向かった。このときも、俺は心のどこかで陽菜なら許してくれると思っていた。 「俺は、いつもそうだな」煙草を揉み消し、最後の紫煙を吐き出してベランダから部屋の中に戻る。この青山のマンションにはまだ陽菜のものが残っている。陽菜が持っていかなかったものたち。マンションの部屋は、俺が生活する中で徐々に変化してしまい、陽菜の痕跡はどんどん消えていっている。陽菜の匂いはすっかり消えてた。陽菜が好きな香りの洗剤を使い続けているけれど、陽菜がいないから同じ匂いにはならない。 陽菜の匂いのない寝室のサイドチェストを開ける。取り出したのは、あの日に陽菜が俺に残した離婚届。これを黒崎から渡されたとき、俺は衝動的に破ろうとしてしまった。だから、端が数センチ切れている。でも、端を数センチで止まったから、真っ二つにもなっていないし、これはまだ役所に受理される。陽菜の記入欄は、何度も粗探しをしたけれど、誤記が一つもなかった。少し震え
Dernière mise à jour : 2025-12-16 Read More