朝から京都中の取引先を巡った。 粉問屋、和三盆の製糖所、老舗の小豆屋……十か所を回る頃には、冬の陽は傾いていた。 驚いたのは、どの取引先でも、晴紀の顔を見ると空気がふっと和らぐことだった。「晴坊、久しぶりやなあ。元気しとったか」「この前の白雪の出来、評判よかったで」「お父さん亡くなってから、大変やったやろ。よう戻ってきたわ」 みんな言い方は違うのに、どこか同じよかったが滲んでいた。 晴紀はそれを特別気取るわけでもなく、ただいつもの淡い笑みで頭を下げる。「ありがとうございます。……今日、どうしても、見せてもらいたいもんがあって」 誠実で、真面目で、必要なところでは言葉を噛みしめて返す。(こんな跡取りとしての顔なんて……知らなかった) 胸の奥に、認めたくない微かなざわめきが広がる。「どうだった? 企画案の参考になりそうだった?」。 歩きながら晴紀が横目で問う。「……そうね。伝統と格式。 でも、それだけじゃない何かが、たぶんある。 そこがつかめそう」「それはよかった」 軽く言われたその瞬間だった。 ふっと、晴紀の手が腰に触れた。「……っ」 どき、と心臓が跳ねる。「危ないよ。段差」 柔らかい声でそう言いながら、手はすっと離れていった。 淡泊なのに、距離感が近い。 昔の癖が、自然と出てしまっているのだと分かる。「……ありがとう」「うん」 歩き出した彼の横顔は、どこか懐かしい。「おなか、すいてるでしょ」「なんでわかるの」「そういう顔してるから」 迷いのない声。 あっさり、弱点を突いてくる。「……してない」「してるよ。お昼まだだし。 お茶しない? 近くにいい店があるんだ」 晴紀が言ういい店は、だいたい本当にいい店だった。 ほんの少しだけ、歩幅を合わせた。「……じゃあ、行く」 晴紀の表情が柔らかくゆるむ。 その瞬間、歩きながらふっと肩が触れ合った。 離れるべきなのに、体が思い出してしまう。 距離の取り方も、近づき方も── 何もかも、昔のまま。「こっち」 そう言って、晴紀が自然と手のひらで背を軽く誘導する。 触れたか触れていないか、ギリギリの温度。(……やめてよ。そういうの)(今さらそんな触れ方、しないでよ) 言葉にできない反射が胸の奥で波打つ。 本当なら、揺れてはいけない。
Última actualización : 2025-12-08 Leer más