私は視線を落とし、深く息を吸った。 胸の奥ではまだ、先ほどの「戻ってきてほしい」が、静かに脈を打っている。(……だめ。揺れてる場合じゃない) 一度だけ、Dの横顔がよぎった。 あの冷静さ。 あの甘さ。 そして、私と、一緒に生きてみない?と尋ねた真っ直ぐな声。(私は……Dと未来を選びたかった)(そのはずなのに) なのに、今。 晴紀の言葉に心が動いたのは、嘘じゃない。「……ひとつだけ、確認させて」 声は落ち着いているのに、内側だけ熱い。「私が戻れば、あなたはいずみさんと真正面から衝突することになる。 炎上も、社内の圧力も、神園家の支援も──全部敵に回るわ」 晴紀は、一瞬も目を逸らさなかった。「分かってる。本当に」「いいえ。分かっていない人ほど、こういう時にそう言うのよ」 静かに刺す。 責めるためじゃない。 覚悟の厚さを測るためだ。「だから聞いているの。 逃げないって、今ここで誓える?」 短い沈黙ののち、晴紀は息を吸い、一言だけを選んだ。「逃げない。 俺が決めた。 君を呼ぶってことは──戦うってことだ」 声は低く、強く、震えがなかった。 その瞬間、胸の奥で何かがほどける音がした。(……そんな目、いつの間にできるようになったの) 七年前の優しすぎる彼ではない。 仕事と責任の重さを背中に背負い、 迷いながらも選ぶために立ち上がった男の目だった。 呼吸が浅くなる。 心が揺れたせいで、膝の奥がわずかに震える。(ああ……こういう人に、私は弱いんだ) その弱さを必死に押し戻しながら、紙カップを置いた。「……ひとつだけ、条件があるわ」 晴紀がわずかに身を前に乗り出す。「条件?」「私の企画には一切口を出さないこと。 いずみさんの圧力も全部あなたが受け止める。 私は、仕事だけに集中する」「分かった」 迷いのない即答。 ほんの一瞬、心がちくりと痛んだ。(……そんなにまっすぐ返されると、余計に揺れるじゃない) 目をそらしたいのに、そらせない。 晴紀の瞳は七年前とはまるで違う強度を帯びていた。(……期待しちゃだめなのに) 喉が、かすかに震えた。「──そして。恋愛はなしよ」 静かに線を引く。 これは絶対に必要なルールだ。「私はパートナーじゃない。 昔の感情を持ち出さないで。 ここで会う
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