Todos los capítulos de 憎しみと愛~共犯者と綺麗になった私の七年越しの復讐計画~: Capítulo 31 - Capítulo 40

51 Capítulos

第31話 相談役の圧力と、背水の陣で始まる戦い

 静寂が、ほんの一拍で張りつめる。 いずみはまばたきもせず、手元の茶器を指でなぞった。「あなたが……判断したの?」「はい。 鬼塚氏と経営企画部長とは意見交換をしましたが—— 最終的に決断したのは、私です」 晴紀はわずかに息を整え、続けた。「季節導線の秋・冬のシーズン企画を含めた、ブランド刷新プロジェクトを……朱音さんに一任します」 会議室の空気が、ひとつ震えた。 いずみの目がかすかに細められる。「……あの人をね。 大丈夫かしら?」「必要だと判断しました」「……誤解されるわよ、いろんな人に」 いずみは淡々と言いながら、ゆっくり椅子の背へ体を預けた。「それは私が対応します」 晴紀は逃げずに告げる。「承認権限は……役員会ではなく、社長直下でお願いします」 空気がさらに冷えた。 いずみの指が、ほんのわずかに止まる。 視線だけを凍らせながら、静かに言葉を落とした。「つまり——私の意見は聞きたくないということ?」「違います。いずみさんの意見は必要です。 ただ——今回の案件はスピードと責任所在が最優先です。 そのために、私が全責任を負う形にしました」 火花が散るような静けさ。 相談役室全体が、いずみの呼吸で動いているようだった。「晴紀さん。 あなた、変わったのね。昔のあなたなら——」「昔なら、逃げていました」 いずみはそこで初めて、ほんのわずかに眉を動かした。「……潔いわね」「変わらなきゃ、会社が持たないからです。 ——清晴堂の未来のためです」 短い沈黙。 銀座の冬の光が、二人の間の空気を細く照らす。「分かったわ」 いずみは穏やかな声で言った。「あなたの好きにしなさい。 ただし——」 茶器を置く。 小さな硬い音。「失敗したら、全部あなたの責任よ。 支援も、人脈も、評判も……私の名前も守れない」 その一語で、晴紀の呼吸が一瞬止まった。 清晴堂の資金の流れ、揺らぐ取引先、その先にある崩落——全部が脳裏をかすめる。 いずみはその沈黙を確かめるように、静かに微笑んだ。「……覚悟しています」 晴紀が立ち上がり、深く一礼し、部屋を出る。 扉が閉まった後、数秒の沈黙。 いずみが指先で茶器に触れた瞬間—— パキン。 陶器の取っ手が折れ、 白い破片が静かに床へ落ちた。 いずみは微笑みを崩さ
last updateÚltima actualización : 2025-12-20
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第32話 夜だけは、あなたから逃れられない

 私は淡々と会釈し、タブレットを抱え直した。「今日から、戻ります。色々とご迷惑をおかけしましたが」 三人の目が、真剣すぎて少し戸惑う。「夏の導線の伸びが悪い、という話をしていました。心当たりが?」 鬼塚が静かに切り出す。「ええ。皆さん、理由はおわかりかと思います」 悠斗が眉を上げ、晴紀が目を見開く。 鬼塚の表情は変わらない。「挑戦と言いながら、味は伝統に寄せた。 伝統をうたうのに、ビジュアルは挑戦に振った。 どちらにも寄り切れず、印象が霧散した」 一瞬、三人の沈黙が落ちた。 私はタブレットを開いて説明した。「だから秋は、挑戦に全てをかける。 伝統の和菓子の技術を凝縮して、 和でも洋でもない新しい清晴堂を作る」 空気が変わるのが分かった。 半年間、ひたすら削った言葉と構造が、まっすぐ彼らに届いていく。 鬼塚が資料を見つめたまま言う。「……半年で、ここまで詰めるとは」「半年、これしか考えられなかったので」 自嘲のつもりだったけれど、 声が少しだけ震えたのを自分で感じた。「……朝倉さん」 名前を呼ばれて顔を上げると、 晴紀がまっすぐ私を見ていた。 ——その目は、ずるい。 優しさに逃げず、責任を負う光が宿っていた。 七年前にも、半年前にも無かった強さ。 胸の奥で、小さく熱が跳ねる。「プロジェクトは俺の直下で進める。 相談役の稟議は……全部、俺が受ける」 静かに落ちたその声が、会議室の温度を変えた。 鬼塚も悠斗も、驚きよりも安堵が先に浮かんでいた。(……本当に、変わったのね) 認めたくないのに、心が勝手に反応する。「やりましょう」 私は資料を閉じた。「秋は、ぶらさない」 晴紀の表情が、やわらかくほどける。 その一瞬だけで胸が痛むのが、自分でも嫌になる。(仕事よ。これは恋じゃない) そう何度も自分に言い聞かせながら、会議室を出た。 でも、扉を閉じる瞬間、 胸の奥に小さく残った熱だけは、無視できなかった。(……夜になったら、落ち着くはず) そう思ったけれど、 夜はもっと厄介だった。 私の変化を、一番鋭く見抜く人が待っていたから。*** 清晴堂を出た帰り道、 夜風が肌に触れるたび、胸の奥がざわついた。(……戻ったんだ、私) そう思うのに、安堵より先に、奥のほうが微かに疼く。
last updateÚltima actualización : 2025-12-21
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第33話 あなたは過去の私と似ている。だから——

 目が覚めた瞬間、腕が私の腰を逃がさないように巻きついていて、呼吸が少しだけ止まった。(……まだ抱いてるの?) Dは眠っているふりをしながら、指先だけがゆっくり私の背をなぞる。 昨夜の熱を思い出して、身体の奥がひりついた。「清晴堂の企画、楽しみなんでしょう」 背中越しの声に、胸が跳ねた。 答えない私に、Dが唇を首筋に落とす。「昨日のあなた、本当に綺麗だった」 その言い方が、甘いのに逃げ場がなくて、心がざわつく。「……違う。ただやり残したくないだけ」「そう? じゃあ、なんでそんなに震えてるの?」 指先で腰骨をゆっくり撫でられる。 反応した自分が悔しいのに、抗えない。「ねぇ朱音。 あなたは仕事の熱にも、私の手にも惹かれてる。 その両方を否定しなくていいわ」 囁かれた瞬間、胸の奥が溶けるようにほどけた。(……こんなの、ずるい) 支配に浸かりながら、でも心のどこかで清晴堂の光がちらつく。 どちらが本当の私なのか、まだ決められなかった。*** らしくもなく、追い詰めてしまった。 いつの間にか、朱音を失いたくないと思っている自分がいる。 本来、私はもっと冷静なはずだ。 距離を測り、関係をデザインし、 必要なら一歩退く側の人間。 なのに今朝の私は、 ひどく人間らしかった。(……いつから、こうなったのかしら) 私は目を閉じる。 浮かんでくるのは、六年前。  初めて彼女に復讐を持ち掛けた夜のことを、よく覚えている。 あのときの朱音は、 あまりにも私に似ていたからだ。 うまくいかずに、捨てられて。 大切にしてきた努力を一瞬で踏みにじられて。 誰にも必要とされていないと思い込んで、 悔しさと悲しさで泣いていた。 そして—— 私を捨てた男の顔が、浮かぶ。 篠宮 司。 有名ブランドの二代目で、 若くして広告の世界を掌握する才を持っていた。 誰もが振り返るほど魅力的で、 仕事では徹底的に冷静、 プライベートではふいに見せる優しさが甘い人だった。 私は、彼の特別だと思っていた。 彼の声ひとつで徹夜が苦にならなくて、 彼に褒められるたびに呼吸が軽くなって、 彼の横顔を見るたびに、 生き方さえ変えられる気がした。 でも、分かっていなかった。 司にとって私は—— 部品の
last updateÚltima actualización : 2025-12-22
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第34話 あなたを信じる。その覚悟は嵐を呼ぶ

 その日から、切迫した状況を理由に、清晴堂に常駐することになった。 割り当てられたのは、企画部フロアの端の空きデスク。 案内されたのは、島の一番外側。 壁に向いた細長いデスクが、ぽつんと一つだけ空いている。(……ここ、ね) 中核メンバーの島からは距離があり、話し声も、会議の気配も、どれも輪の外で交わされている。 歓迎ではない。 拒絶でもない。 ただ、外部者をそっと端に置くための距離。 バッグを置き、PCを立ち上げた。 キーボードの音がやけに大きく響く。(敵地じゃない。 でも——味方はひとりもいない) 席に荷物を置いた瞬間──胸の奥に、言葉にできない嫌な静けさが広がった。 提出した朝イチのスケジュール表は、昼になっても「確認中」のまま返ってこない。 その間に回した打ち合わせ依頼は、なぜかどれも「再調整で……」と先延ばしにされた。 商品部に至っては、担当が目を伏せながら、「今週は難しくて」と、曖昧な言葉で濁してくる。(……これはおかしい) 反対ではない。 拒否でもない。 なのに、奇妙な遅延だけが積み重なる。 意図的とも言えない、露骨でもない。 だが、確実に前へ進ませない力が働いていた。 企画部の若手が、ひそひそと囁く声も聞こえた。「……相談役、気にしてるんだって」「朝倉さんの案件、余計なことしない方が……」「神園家から支援出してもらえばいいのに、なんで……?」 耳に覚えのある苗字が混じるたび、胸の奥がじわりと熱を帯びた。(なるほど。こうやって空気だけで止められるわけね) タブレットを閉じ、立ち上がった。(……時間をかけてる場合じゃない。間に合わなくなる) 心臓が早くなる。 こういう微細な足止めは、放置すれば一週間で完全な詰まりに変わる。(あなた、約束したわよね? 晴紀) 企画書を抱え、迷いなく社長フロアへ向かった。*** ガラス張りの通路の先にある社長室。 ノックした音が、思った以上に強く響いた。「失礼します。リュエールの朝倉です」 晴紀は資料を並べていて、顔を上げた。 目が合った瞬間、彼がわずかに息を呑んだのがわかった。「どうした……?」「動かないのよ。プロジェクトが」 私は遠慮なく歩み寄り、企画書を机に置いた。 静かに置くつもりが、気づけば指先の力が強くなっていた。 ——思っ
last updateÚltima actualización : 2025-12-23
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第35話 あなたが本気を出した日──胸がざわめいた

「……朱音がそう言うなら、やるよ。  俺が動く。清晴堂のために」  声が低く、強かった。  逃げない顔だった。 「止まってる部門は全部、俺が行く。  スケジュールは社長直下で確定させる。  商品部も総務も、俺が押さえる」 「できるの?」 「やる。  これは俺が選んだ未来だ。  君を呼んだ以上、責任は全部俺が持つ」  その一言が落ちた瞬間、胸の奥にびりっと熱が走った。 (……どうして、そんな顔をするのよ)  昔の優しいだけの晴紀じゃない。  いま目の前にいるのは、ちゃんと前に出る覚悟を決めた社長だった。 「——じゃあ頼むわ」  短い言葉に込めた期待も、不安も、信頼も——  晴紀はまっすぐ受け取った。 「任せてくれ。  ……清晴堂は、ここで変わる」  その横顔が、あまりに真っ直ぐで。  私は思わず、一瞬だけ目をそらした。 「……ちょっと、見ててくれ」  晴紀はすぐに電話をかける。 「商品部の三浦さん? 社長の晴紀です。」  声のトーンが一瞬で変わる。  優しさの奥に、確固とした強さが乗っている。 「朝倉さんの企画、まだ確認中になってますよね。——今日中に返してください。」 (今日中……!) 「ええ、今日です。  理由がなければ、優先順位を一番に上げてください。  社長直下の指示です。」  淡々と言いながら、机の端をトントンと指で叩く癖が出ている。 「できない理由があれば、  僕が商品部長に直接行きます。」  相手の沈黙が、受話器越しにも伝わってきた。 「……はい。お願いします。」  電話を切ると、  晴紀は手に残った熱を振り払うように、軽く指を開いた。 「次は総務だな……いや、その前に——」  また別の番号を押す。 「総務の佐久間さん?  秋企画の工房調整、止まってるよね。  ——明日の10時に工房長と時間を押さえてください」 「え? 難しい?  じゃあ僕が直接かけなおす。  そう言って、ブロックしないように伝えて」  切れ味のある会話だった。  もう一本。 「広報? 秋ラインの先行露出、準備だけ進めて。  リスクは全部、僕が負う。  社長が言ったとそのまま伝えていい」  その一言に、胸の奥がじんわり熱を帯びる。  電話を切ると、晴紀は私を見た。  その目は、「あ
last updateÚltima actualización : 2025-12-24
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第36話 全社ミーティングで、愛しいあなたに決別を

 翌日、午前九時五十七分。  清晴堂のSlackに、ひときわ目立つ赤い通知が走った。 【至急】本日11:00  社長より本社ホールにて急務の全社ミーティング  ※店舗勤務者を除く本社・支店長・主要拠点責任者は必ず参加 「……全社?」 「今日の? 聞いてないぞ」 「ホールまで使うって何だよ」  フロアが一気にざわつく。 (動くつもりね、晴紀)  私は静かに画面を閉じた。  その五分後。  招集メールを見た悠斗が、社長室へ滑り込む。 「兄さん……全社員を集めて、何を宣言するつもりだ?」  晴紀はモニターを閉じ、短く息を吐いた。 「朱音が妨害されていた。  今日、全社に社長直下の最優先案件として通す。」  その言葉に、悠斗の視線が鋭く揺れる。  兄が変わったのは分かっていた。  だが、これは戻れない方の覚悟だ。 (これが吉と出るか、凶と出るか……  その答えは、もう走り出してからじゃないと分からない)  それでも。 「……決めたならいい。  できる限り支えるよ」 「頼む」  短い言葉で、十分だった。  二人は同時に壁の時計を見上げる。  十時二五分。 (もう後戻りはできない——) ***  ホールには主要部門が集まり、その他の社員は全国支店からオンライン参加している。  スクリーンに映る本社ホール。  晴紀が、全員を真っ直ぐに見た。 「急な招集、すまない。」  ざわ……と空気が波打つ。 「清晴堂は、これから止まっていた案件をすべて動かす。  秋冬ライン、およびブランド刷新は——  本日より社長直下の最優先プロジェクトとする」  ホールがざわつき、  オンラインの画面にも動揺の光が走る。  晴紀は、ひと呼吸置いて続けた。 「本企画の責任者はリュエールの朝倉朱音さん。  実績がある。腕がある。  ——だから彼女を選んだ」  言い切る声音は、いつもの穏やかさではなかった。 「企画・商品・総務・工房。  どの部門も、彼女の進行を最優先で支援してほしい。  遅延、忖度、派閥の都合——一切、許さない。」  空気が一瞬、冷える。 「もし理由の分からない足止めが出た場合、  判断はすべて
last updateÚltima actualización : 2025-12-25
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第37話 「私の七年を返して」と泣く扉の向こうで、会社の崩壊が始まる

 ホールから離れた相談役室。  扉が閉まるや否や、いずみは踵を返し、晴紀を睨みつけた。 「……なにを、あんなところで言ってくれたの?」  声は震え、今にも裂けそうだった。 「いずみ——」 「朱音さんを隣に置く?  最優先で支援しろ?  妨害を終わりにする?  ……あれ全部、私に向けた言葉でしょう!」  ヒールの音が床を叩く。  いつもの冷静さは欠片もない。 「みんなの前で……!  私の前で……!  あなたは誰を選んだかを宣言した!」  晴紀が何か言いかけるが、  その声は怒号でかき消された。 「どうしてよ!!  なんであの子なのよ!!  なんで私じゃないのよ!!」  いずみの両手が机を叩く。  乾いた音が、部屋に弾けた。 「七年よ!?  あなたを支えて!  家を守って!  清晴堂のために神園家を動かして!  全部、全部やってきたのに……!」  嗚咽が込み上げる。  涙が次々とこぼれ落ちる。 「なのに……あなたは……  あの子が戻ってきた瞬間……  全部、そっちへ向くのね……!」 「いずみ、それは——」 「黙って!!」  叫び声が壁を震わせる。 「あなた、優しいのよ……  優しいから、ずっと私に希望を残した……  たとえもう愛してなくても……  冷たく突き放したりしなかった……!」  いずみの指先は白くなるほど握りしめられていた。 「だから私は……  ずっと……ずっと……すがってた……  いつか戻ってくれるって……!」  崩れ落ちるように膝をつく。 「でも今日……あなたは……  みんなの前で、私の前で……  戻らないって言ったのよ……」  晴紀は唇を噛む。  その迷いまでもが、いずみを苛立たせた。 「……優しさで立ってないで!!  そんな顔やめて!!  私のこと……救わないで……!」  涙に濡れた瞳が、苦痛でゆがむ。 「お願い……  今ここで優しい言葉なんて……  かけないで……  そんなの……残酷すぎる……!」  そして——いずみは叫んだ。 「——出て行って!!  晴紀さんなんて……見たくない!!  これ以上……私を惨めにしないで……!!」  晴紀は息を呑む。  足が止まる。  喉が震える。 (ここで残れば……いずみは壊れる) (でも出て
last updateÚltima actualización : 2025-12-26
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第38話 弱っているのに倒れない背中を、支えたいと思ってしまった

 社長室の扉を閉めると、静寂が落ちた。  重く、冷たく、まるで廃墟の空気のように。  わずか十秒もしないうちに——  ノックもなく、扉が開いた。 「兄さん」  悠斗だった。  顔色は悪い。  けれど、怒りの表情ではない。 「……支援、全部止まるって。  神園家から連絡を受けた」  晴紀は、机に片手をついて立ったまま、力なく言った。 「俺が……言わせたようなものだ。  会議で、あんなふうに……はっきり言ったから」  椅子には座れなかった。  座ったら、崩れそうで。  晴紀は机に片手をつき、息を整えられないまま言った。  悠斗はしばらく何も言わなかった。  兄の言葉を否定も肯定もせず、眉間に皺を寄せて見つめる。 「……そうかもしれない」  ようやく絞り出すように言った。 「もっと上手いやり方は、あったかもしれない。  傷を浅くする選択肢も、探そうと思えば探せたかもしれない」  晴紀は拳をきつく握る。 「……でもな、兄さん」  悠斗は机にそっと手を添えた。  支えるというより、落ちていく人を止めるように。 「どっちみち、いつかは決断しなきゃいけなかったんだ。  今日じゃなくても、明日じゃなくても……遅かれ早かれ、同じところに辿り着いた」  その言葉に、晴紀の呼吸が一瞬止まる。 「支援がなくなるのは痛いけど——  支援に頼ったままじゃ、この会社は何も変わらない。  兄さんが今日やったことは、引き延ばされてた終わりにケリをつけただけだよ」 「……悠斗」 「兄さんが悪いわけじゃない。  ただ、今日がその日になっただけだ」  静かな肯定。  慰めじゃなく、現実を真正面から受け止めたうえでの支え。  晴紀の喉が、かすかに震えた。 「……じゃあ俺は……どうすれば……」  晴紀の声は、机の木目に沈み込むように弱かった。  悠斗は静かに兄の正面に立ち、短く息を吸った。 「兄さん。まず、ここから話す」  タブレットを開き、数字の欄を指で示す。 「清晴堂の手元資金——  三か月はもつ。  これは断言できる」  その言葉に、晴紀はかすかに肩の力を抜いた。  けれど、すぐに続けた言葉がその安堵を縫いとめる。 「でも逆に言えば、三か月しかない」 「……三か月で、何を?」 「三か月のあいだに、外部資
last updateÚltima actualización : 2025-12-27
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第39話 崩れそうで、崩れないあなたに

「……朱音。こんな時間に?」 「気になって。……様子を、見にきたの」  夜の社長室は、必要最低限の照明だけが落とされていた。  ブラインド越しに滲む街の灯りが、机の上の書類の角を鈍く光らせている。  未整理の資料、冷めきったコーヒー、外されたネクタイ。  ここ数日の張り詰めた時間が、そのまま置き去りにされたみたいだった。  彼は苦笑したように視線を下げた。 「大丈夫だよ。……いや、大丈夫にする」  その言い方が、逆に危うかった。  強がっている。  立とうとしている。  折れかけている——でも折れていない。  無理に背筋を伸ばした人間特有の、不自然な静けさ。  それが、胸の奥にじわりと沁みてきた。 「今日……全社がざわついているわ」 「だろうな。……当然だ」  晴紀は深く息を吐いた。 「神園家の支援は止まる。三か月後、現金が尽きる。  秋企画が外れたら……本当に終わる」  言葉にしない恐怖が、声の端で震えていた。 (……こんな顔、見たことない)  七年前、何度も衝突して、言い合って、それでも前に出ていた頃。  あのときの晴紀は、もっと強気で、もっと傲慢で、  失うことを恐れていなかった。  でも今、目の前にいるのは——  失うものの重さを知って、それでも立っている人だった。 「ごめん……私が、たきつけたから」 「違う」  即答だった。  迷いもなく、目をそらさず。 「君が悪いんじゃない。俺が選んだんだ。  支援に寄りかかった老舗を続けるか、  自分の足で立つ会社に変えるか」  言葉のひとつひとつが、決断の重みを帯びて落ちる。  そして、かすかな声で続けた。 「……もう、これ以上は逃げたくない」  胸が熱くなった。  弱いのに強くて、  揺れてるのに、決意だけは揺らさない。 (……やっぱり、引き寄せられる)  それは恋とか、情とか、  そんな単純な言葉では片づかない感覚だった。 「私も逃げない」  そっと言葉がこぼれた。 「秋企画、必ず成功させる。  あなたの未来を、私が形にする」  晴紀は、息を呑んだようだった。  ほんの一瞬、目の奥の揺れが吸い込まれて、  それから静かに、落ち着いた光に変わる。 「……ありがとう。朱音」  その声は、弱さと強さが混ざっていた。
last updateÚltima actualización : 2025-12-28
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第40話 《希望の赤》が割れる夜、あなたに抱きとめられた手が熱い

 二か月が経った。  清晴堂は——かろうじて生き返りかけていた。  不採算部門は痛みを伴いながらも閉じ、工房の動線が改善され、店舗の原価率が数字で見えるようになった。伝統派の抵抗は想像以上に強かったが、それを押し切ったのは、晴紀と悠斗の執念に近い踏ん張りだった。 (よくここまで……来た)  そして、秋企画《希望の赤》も、静かに、でも確実に灯を大きくしていた。  京都と東京を何十回も往復して、職人と五十以上の試作を重ねた。  琥珀糖に果実ジャムを内包し、  さらに中心で林檎の蜜煮の芯を揺らす構造など、  技術的には無理と言われて当然だった。  でも——秋の光をそのまま閉じ込めたような和菓子が、どうしても必要だった。  伝統の技で、洋菓子の果実感と透明の紅葉を三層で重ねる。  それが清晴堂の未来になると思った。だから反対されても、失敗しても、職人と一緒に前へ進んだ。  ある朝、  琥珀糖の外殻が澄み、  その内側で果実ジャムが瑞々しさを保ち、  中心の芯が揺れる――  三層すべてが狙い通りに噛み合った、その瞬間——  工房が、静かに沸いた。  その無謀な挑戦の物語ごと、《希望の赤》はSNSで火がつき、マーケティングの核になった。 (これは、いける……はず)  でも寝てない。  目の奥が痛い。  二日前なんて、職人に無理やり帰されるまで工房にいた。  ——そして、その朝。  駅の大型ビジョンいっぱいに《希望の赤》が映った瞬間、立ち止まった。  透き通る薄紅の琥珀糖がパリンと割れ、  無花果のジャムと林檎の蜜煮が、光を受けて滲む。    ——ほんの一瞬で、紅葉が散ったみたいだった。 「なにこれ……」 「和菓子でここまでやる?」 「この動画、バズるでしょ」  通勤客が次々スマホを向け、Xではもうタグが立ち上がっていた。  #希望の赤を割ってみた  #紅葉を閉じ込めた琥珀糖  ジャムの艶、薄膜の透明感、包丁のパリン。  映像映えが完璧すぎて、火がつく予感がした。  でも、それだけじゃない。 (Dが動いてくれた……)  影でDがインフルエンサー群に種をまき、「清晴堂・老舗の最後の挑戦」という物語ごと拡散させていた。  和菓子の美、職人の執念、老舗の瀬戸際というストーリー——  その全部が重なって、
last updateÚltima actualización : 2025-12-29
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