——分かっていた。 思い出してはいけない、と。 でも、身体は先に反応してしまう。 晴紀の手が、私の腰に添えられたまま離れない。 スーツ越しなのに、指の形がはっきり分かるほど、 その掌の熱が、じわりと身体の奥に滲んでくる。 支えられた腰が、 自分でも驚くほど、ふっと力を抜いてしまった。(……だめ、これ……) 胸の前には、晴紀の身体。 シャツ越しでも分かるほど、胸板が硬い。 呼吸が一度、深く上下して、 その振動が、逃げ場なく胸元に伝わってくる。 近い、と思うより先に、 彼の体温が、私の呼吸に重なった。 こんな距離で見つめられたら—— 体が、先に負ける。「……お前、寝てないだろ。限界までやりすぎだ」 声が低い。 腹の底で鳴る声で言われると、 腰を支える指の圧がさらに深くなって、 身体がつい、そっちへ寄ってしまいそうになる。「秋企画が……どうしても今日中に——」「分かってる。ずっと見てた。 だから言ってるんだよ……倒れるほどやるな、朱音」 朱音と呼ばれた瞬間、胸板の前で、呼吸だけがぶつかった。(こんな声……抗えなくなる……)「……晴紀……」 名前を呼ぶと、 彼の手が、腰からゆっくり上へ移動した。 背中のラインを確かめるように、スーツ越しに指先がそっと触れる。 その手が頬へ向かう。 触れてないのに、肌が先にざわつく。(触れられたら……もう、立てなくなる……) 指先が頬の前で止まる。 触れていないのに、そこだけ空気が張りつめた。 腰を支える掌の圧が、わずかに深くなる。 息をすれば、触れてしまいそうで、 どちらも、次の動きを選べずにいた。(キスされる……)(されたい……)(でも——今は) 目を上げると、晴紀は真っ直ぐ私を見ていた。 逃げ場を失うくらい、まっすぐで、苦しげで、どうしようもなく優しい瞳だった。 その視線を受け止めたまま、 数秒——いや、数秒以上の長さで息が止まる。(……この距離で、こんな風に見つめられたら) 胸が痛いほど高鳴って、 理性のほうが先に溶けてしまいそうだった。 限界みたいに、 静かに、ゆっくり。 晴紀が—— 先に視線をそらした。 切なそうに、苦しそうに、 自分を抑えるみたいに、ほんの一瞬だけ目を閉じて。「……くそ……」 小さく噛みしめるように
Last Updated : 2025-12-30 Read more