「本社プレゼンをしてもらうわ」 ミレイユがそう告げた。 それは、ルミエール・ガトー展示会に進む前に設けられる、 ヴァロワ内部の正式な投資判断の場だった。 ホテルの小さなデスクに資料を広げ、私は一度、深く息を吸った。「今回のプレゼンは、商品説明じゃない」 晴紀が顔を上げる。「ヴァロワが見たいのは、味でも数字でもない。 ――なぜ、今この会社が世界で戦うのか」 タブレットを回し、簡潔な一枚を示す。「清晴堂は老舗だけど、勝ち続けてきた会社じゃない。 一度は、確実に沈みかけた」 指で流れをなぞる。「崩壊寸前で、それでも手を止めなかった職人たち。 伝統と技術を、守るんじゃなく―― 世界に出すと決めた人たちの話」 晴紀は、黙ったまま聞いていた。「これは挑戦の話よ。 美談でも、成功譚でもない」 視線を上げる。「覚悟を選び続けた人間の話」 一拍。「最後に話すのは、あなた。 社長として、何と戦う覚悟で、ここに立っているのか」 間を置いて、静かに言った。「それが言えたら――このプレゼンは通る」 晴紀はしばらく黙り、やがて静かに頷いた。「……任せてくれ。 そこは、俺の言葉で話す」 その横顔は、迷いを削ぎ落とした経営者の顔で、一瞬だけ眩しく見えた。***「神園いずみ様、本日はご搭乗ありがとうございます」 いずみは視線だけを向け、鷹揚にひとつ頷いた。 名を呼ぶ声は、過不足なく整っている。 特別扱いでも、親しみでもない。 ――そういう客としての距離。 続いて、隣の席に向き直る。「ルカ=ベルナール様も、ご搭乗ありがとうございます。 10月の機内誌でも拝見しました」 その名前に、いずみの視線がほんのわずかに動いた。 ――清晴堂の競合調査で、一度見た名前。 プリ・エクラ・シュクレ最年少受賞者。 毎年、欧州の菓子業界関係者が注目する若手登竜門で、「次の十年を変える一皿」に与えられる賞だ。 受賞から一年も経たずに独立し、すでに自分の店を構え、評価を固めつつある新進気鋭のパティシエ。 金髪に近い淡いブロンド。 整えすぎていない髪、無駄のないジャケット。 雑誌で見た印象より、ずっと静かな佇まいだった。「本日は、ルミエール・ガトー展示会へご参加予定と伺っております」 アテンダントがそう告げると、彼は小さく頷いた。
최신 업데이트 : 2026-01-21 더 보기