Todos os capítulos de ムラサキの闇と月華迷宮: Capítulo 51 - Capítulo 60

85 Capítulos

第二章 三の蝶〜夜の青と片恋のカケラ〜

 「陰陽師と式神は、けして結ばれない」 そんな事、知らなかった。 あたしは、この想いをなんと呼ぶのか知らない。 いつか来るその日、妻と呼ばれる人がやってきて。あたしは一番近くにいて……想像するだけで、胸が焼かれるようだった。 「あんたさ、いつから惚れてたの」 花蓮の紅みがかった髪が、夜の青に染まっている。 ぶっきらぼうに、でも優しさを秘めた声が風に溶けていった。 「わからない。惚れてるって……あたしこれ、惚れてるんだ」 「気付いてなかったんだ、自分でも」 「全然」 花蓮はあきれたように「猫のくせに鈍いんだねえ」と、あたしの頭をこづく。そうして満天の星を仰ぎみると、いつか遠くの時を想うように呟いた。 「あたしもさ、人を愛したことがあるよ。だから少しわかる……その切なさも。どうしようもない想いもね」 「あたし知らなかったんだ。こんな強い想いが、自分の中にあることに」 「そう……」 「ねえ教えて花蓮。どうしたら、この想い……止められるの!?」 涙の止め方も分からないままに、花蓮に問いかける。 彼女は困ったように眉を下げると、自分の片足に頬杖をつく。夜風が、艶やかな彼女の髪を揺らした。 「そんなの、あたしが知るわけないよ」 「そっか」 「あたしだって止められなかった。どうなんだろうね。器用な人は……上手に自分を止められるのかな…」 そう呟いて、寂しげに微笑んだ。 そうか、あたしは。 あたし達は不器用なのか……! それすらも知らなかった。今宵、初めて知った想いだったから。 ふいに花蓮がスッと立ち上がる。砂をはらうと、見たこともない優しい瞳を、あたしに向けた。 「思いきり泣きなよ。あたしは誰にも言わないからさ」 フッ……と口の端を上げると地面を踏みしめて、そのままクルリと背中を向ける。晴明神社へと帰っていくのだろう。その優しさが、今はなんだか……ありがたかった。 ◇ それを人は『恋』と呼ぶらしい。 触れたくて。 ただただ傍にいたくて。 他の女子が傍にいると思うだけで、胸がキリリと痛む。こんな想いを……あたしは知らなかった。 陰陽師と式神。 考えてみれば恋をするような間柄ではないもの。 元々『戦友となってくれ』と言われて、契りを結んだのだし。こんな想いを抱える方が、きっと……おかしいんだ。 「そっか、もう朝……
last updateÚltima atualização : 2026-01-16
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第二章 四の蝶〜片恋とサケの笹焼き〜

 ジンジンと痛む心臓を抱えて、あたしは腰をおろした。 すると、晴明さまが漆黒の狩衣のすそを整えながら、部屋に入ってきたの。 「お〜桔梗」 「おじいさま! 今日の鮭の笹焼きおいしゅうございますわー」 「そうか、今日は千年が焼いたんじゃないかの」 「そうなの? え〜兄さまはお料理も上手なのね」 え、そうだったんだ。 確かにここの台所は当番制だ。料理が得意な式神が、順番に腕をふるう事になっている。でも、千年さまもお料理できるなんて初耳だわ。 「千年さまって、お料理できるんですのね」 「まあな。ここの養子に入る前、俺の本当の実家は子沢山でさ、うち兄弟いっぱいだったんだ〜だから俺もよく作ってたんだ」 「そうだったんですね」 意外だわ。 式神になって一年。 あたしは千年さまの事、すっかり知っているつもりでいたんだ。一年も一緒にいるのだから、想い出もそれなりに重ねてきたもの。彼の相棒として、謎の自信だけが、積み上がっていたのかもしれない。 あたしは気を取り直して、鮭の笹焼きを口にはこんだ。 ホロリと口の中で、魚の身がほどける…! 肉厚で、ふっくらとした焼き加減。素材の味を際立たせるような塩加減で、ごはんが進むわ〜。桜が咲いたように鮮やかな桜色の表面は、カリッと香ばしい。 あたしは思わず、感嘆の吐息をもらした。 「あ、鮭おいし……!」 「ありがとな! これ、試しに作ってみたら晴明さまも気に入ってくれてさ」 「そうなんじゃ。塩加減が絶妙でのう〜」 「じゃあ、晴明さまの為に、またいっぱい焼きまっす!!」 食卓に、にこやかな笑顔が満ちた。 ささくれだっていた自分の心も、わすかに綻んだ気がしたの。いいな、こんなに身がふっくらとした鮭を久方ぶりに食べた気がする。思わず尻尾が動き、床にタンタンと打ち付けた。 また一つ、千年さまの良いところを発見してしまったのだ。 それだけで優しい気持ちになれたの……。◆ 桔梗さまが瞳をキュルンとさせて、向かいに座っている晴明さまに懇願する。 「ねえ、おじいさま! 千年さまの陰陽師修行を見てみたいのですけど、ダメかしら?」 晴明さまは、蕪の汁物をすすりながら優しい瞳でうなずいた。「そうじゃな。まあ、見ておってもよいぞ」「やった〜うれしいわ」「ただし。邪魔にならぬよう、静かに見ると約束せい
last updateÚltima atualização : 2026-01-19
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第二章〜五の蝶〜どうか最後のワガママを〜

 千年さまは紺瑠璃色の狩衣をはためかせ、くるりと振りかえった。  「秋華、さあ修行をはじめようぜ!」 「あ、はい!」  あたしはスウッと深呼吸し、呼吸を整えて、境内の真ん中へと歩む。千年さまの正面に立つと、印を切る合図を待った。 「がんばって~、兄さま!」 桔梗さまは大きな楠の下にそのまま佇み、ぴょんぴょんしながら修行のはじまりを見守る。千年さまが睫毛をふせて精神を集中させると、錫杖を前に突きだしカッ! と瞳を開いた。  「オン・アビラウンケン!」  シャン……! 錫杖の音が響く。 その音色、印と共に、あたしの体がふわっと宙に舞い跳躍する。 楠の大きな枝にあたしは飛び移った。 体の重みで楠の枝が一瞬、ユラリと大きくたわむ。けれど、あたしは化け猫だもの、慣れたものだ。おおきく伸びをすると、なんなく太めの枝に座ることができた。そんなあたしを見て、桔梗さまがパアッと明るい歓声をあげる。  「凄いわ! しなやかな猫のよう」 「桔梗さま、あたし化け猫ですっ」  樹々を見下ろすと、子供のように目を煌めかせ、パチパチパチと拍手する桔梗さまの姿がみえる。はしゃぐ姿がまこと少女のようで愛らしい。 「オン・アビラウンケン」 千年さまが、ふたたび印を切る。 錆びた錫杖が弧を描き、あたしに向けてまっすぐに放たれた。シャラン……という音色と共に、あたしは枝を蹴りあげる。クルリと一回転して、地面へ降りたった。 「すご────い!」 声がする方に視線を向けると、桔梗さまが両手をひろげて走り寄ってきた! タン! と跳躍、そして突然の抱擁……っ! 「えっ!?」 「秋華ちゃん、カッコイイ────!」 「え、えええええっ!?」 ぎゅっと首に抱きつかれる。 そのまま後退し、ズザ──っと地面に倒れた。ブワッ……砂煙が舞い上がる。お腹の上の桔梗さまは、夢見るようにウットリと呟いた。 「凄いわ、化け猫って素敵!」 「え?」 「あたしも秋華ちゃんみたいに、式神になれたらいいのに」 「式神に?」 「そうよ、式神に生まれていたら。そうしたら……っ」 桔梗さまは何かいいかけて、その言の葉を飲み込んだ。そうして長い睫毛を伏せると下を向き、かすかな声で呟いた。 「何でも……ありませんわ」 「桔梗さま?」 どうしたのかしら。先刻まで元気の固まりだったのに、
last updateÚltima atualização : 2026-01-20
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第二章 六の蝶〜鬼と夢と夕月夜〜

 「足、動くんだ」 それは、にわかに信じ難いことだった。 あたしは、今突然に動きをみせた自らの右足に、そっと触れてみる。 動いた……? 夢の如くに。 こんなたった数回……印を切る修行をしただけで、式神の足を動かすなんて。 「残念! ほんの少ししか動きませんでしたわ」 「少しって……桔梗さま、ありえませんよ。たった数回の稽古でこんなっ!」 驚きすぎて、かける言葉がみつからない。千年さまは、残念がる桔梗さまの肩にふわりと手を置いて、語りかけた。 「桔梗これ、めっちゃ凄いことだぞ!」 「すごい〜?」 「ああ、俺がはじめて式神の体を操ったのは、修行をはじめて半年たった頃であったからな」 「半年、そんなに!」 「ああ、毎日毎日修行に明け暮れて、半年もたった頃、やーっっと右腕がピクリと動いたのだ」 そうだ、あたしと出逢う前 鬼童丸の体を借りてものすごい特訓をした! って耳にした事があったわ。その当時の記憶が鮮やかに思い起こされたのか、千年さまが熱っぽく語りはじめた。 「もー毎日毎日、この境内で修行してもさ、ぜんっっっっぜん動かなくて。永遠かと思ったぞ」 「そうなの……あたし才能あるのかな」 その時、漆黒の陰陽師。晴明さまが、口をひらいた。 「ある。おそらくは、千年よりもな」 「え──っ! 晴明さま、ひっっど!!」 千年さまが思わず、口を尖らせた。 「あははははははははははははは」 晴明神社の境内に、明るい声がこだまする。頬を赤らめた桔梗さまが、錫杖を抱きしめながら、ふいに疑問をなげかけた。 「女でも陰陽師になれますの? おじいさま」 「なれる」 それは初耳だ。あたしも知らなかったわ。 その言葉を聞くや、冗談めかして桔梗さまが錫杖を持ち、凛とかまえてみせる。 「では私も、嫁ぐのなんかやめて。陰陽師になろうかしら」 「えーそんな、桔梗さまっ」 「だって、女の陰陽師なんて面白そうだわ!」 その言葉を受けて、晴明さまが申し訳なさそうな表情を宿した。 「面白いかどうかは知らぬが、たしかに家系によっては、女が代々当主を勤める家もあるんじゃ。まあ厳密にいえば『陰陽師の家に』よるのだけどな」 「安倍の家は?」 「うちは男しか陰陽師になれぬ」 「真ですの」 「真じゃ。元々わしは賀茂家の養子として、陰陽師を継いじゃからな。賀茂
last updateÚltima atualização : 2026-01-21
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第二章 七の蝶〜禁忌の恋〜

 千年さまは、襖の戸をスッと開けた。 いつもより、憂いを帯びた表情をしている。彼は、あたしの肩にそっと優しく手を添えると、顔をゆっくり近付けた。吐く息が、かかりそうな程に──── 「秋華、式神のことだけどさ」 「式神の?」 「ああ、その……なんていうか」 「はい」 言い淀む千年さまの頬が、妙に紅く染まっていた。 なんだろう。いつもよりヒリヒリと、緊張した空気を感じる。 「俺、まだ結婚しねーからっ!」 「えっ……?」 「式神と陰陽師は結ばれないって、聞いたけどさ。俺には関係ねえ……っ!」 そう叫ぶと、あたしをギュッと抱き寄せる。 「ちょっ!」 どういう事──── 一瞬で、あたしは彼の腕の中にいた。 大きな手のひらが背中をくるんで。柔らかな体温が、あたしを包む。 「どうしたの、千年……さま?」 「俺、口下手だからさ……少しだけ。このままで、いいか?」 「それは……っ」 彼の頬が、あたしの頬に触れる。その熱が仄かに心地いい。あたしは両手を彼の首筋へと、まわした。 「……いいよ」 「ああ」 「このままで、いて……っ」 恥ずかしさと、彼のぬくもりで心臓が爆ぜそうだ。トクトクと鼓動が早い。かつて感じたことのない多幸感が、心いっぱいに満ちていく。今、あたしは体中で千年さまを感じていた。 これが禁忌の恋ならば 神様、あなたを捨ててもいい。 「秋華って、あったかいな」 「ん……あたし」 「どうした?」 「離れたくないの」 「そう……だな」 ────でも、離れなきゃだよね。 晴明さまたち、支度が終わるの待ってるから。はあ、どうしよう離れがたい。 っていうか無理。 このまま、永劫の時を千年さまとキュムキュムキュムキュムしていたいいいいぃぃぃぃ!!!!! 「秋華、もう支度って出来たー?」 花蓮の声だ! 二人ビクッ! と体が跳ねた。襖の向こうで彼女が待ってる。離れがたいけど行かなきゃならないや。あたしは彼の首筋に回した手を、そっと振りほどいた。 「ごめん、行かなきゃね」 「ああ」 「ありがと」 ほどいた右手を、千年さまが掴んだ。 「心は離さないから」 「えっ……」 あたしの瞳に映る、千年さまが美しい。 頬にぽっと火が灯ったみたいだ。これが恋の熱なんだろうか。千年さまは掴んだその手をスルリと離
last updateÚltima atualização : 2026-01-22
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第二章 八の章〜人外の恋と夕月夜〜

 「あたしの頬が紅いのは、走っているからだ」 今ならそう、言い訳できる。 まともに顔なんか、見れそうになかった。  頬にまだ、触れた彼の熱が……残っていたから。 こんな時に不謹慎だけど。火急の依頼があって、良かったわ。 そう、心のうちに安堵する。  牛車では遅いから、こうやって式神たちは、晴明さまよりも早く現場に向かう。先に戦う事が常となっていた。目指すは『糺の森』。先頭を花蓮、千年さま、あたしの順で、ただひたすらに地面を蹴っていた。 「大丈夫か、ついて来れるか? 秋華」 「平気です、急ぎましょう!」 「ああ」 千年さまが振り向いて、あたしを気遣ってくれた。 さっきまで、あたしを抱きしめていた彼は、糺の森へと疾走している。あたしも、その広い背中を追いかけた。彼の紺瑠璃の狩衣には、金糸銀糸の刺繍で白虎が描かれている。それがとても美しかったの。 この狩衣は、千年さまが安倍家の養子になる時に、誂えてもらったモノだ。その凝った刺繍には、彼への期待が滲んでいた。 晴明さまは、この人の可能性に賭けているのだ そう思うと、余計に胸がキュッと熱くなる。 あたしは……この人の剣になりたい。 女として寄り添えなくてもいい 戦うならば、誰より強い刀でありたい。 そう、強く強く、胸に刻んだの── ◆ 【第二章 九の蝶〜夕月夜と雪椿の章〜】 私が生まれたのは「長岡京」  今はもう滅びてしまった、忘れじの里だ。 私の名は、夕月夜 この名は、母が名付けたと聞く 今宵は、少し己のことでも語ってみようかと想う。どうか、寝物語に聞いてくれないか?  雪椿。お前は、私の片割れ。 私がまだ、私であるうちに……どうか、覚えておいて欲しいんだ 私が、此処にいたことを……! 心の片隅に、ほんの少しでいい この夕月夜が生きた証を、心に刻んでくれないか。 私という、命の物語を──── ◆ 私の母は、傾国の美女だった。 そのあまりの麗しさに、とある国が傾いたという。 ある国を束ねていた貴族が、母を妾として囲っていた。その貴族は一見紳士だけれども残虐で、夜はひどく暴力をふるっていたと聞く。母はある夜、耐えかねて屋敷を飛び出した。 |市女笠《いちめがさ
last updateÚltima atualização : 2026-01-23
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第二章 十の章〜白銀の人狼、風河〜

 「俺の名は、風河」 「風河?」 「ああ! 風の如く自由に、河の如くしなやかに生きる。そういう名前なんだってさ」 「そう、いい名前ね」 「だろう?」 「もう、服着てくださらない?」 母は、どこまでも冷たかった。 なれどその時、心の火は灯っていたという。 勇敢にも自分のために、全力で戦った父に対し、母は好意を抱いていた。 「あの、ありがとう……あたしの為に」 「ああ! 美人がいたら助けるって、決めてるからなー!」 「そ、そうなの?」 「そうなの!」 父は、手を差しのべた。 闇夜に浮かぶ白銀の髪、優しさを秘めた瞳、しっとりと濡れた頬。月明かりの蒼に彩られ、それら全てが一服の絵画のようであったと、母はのちに語っていた。 母は、ひとめ惚れをしたのだという 人、それを「恋」と呼んだ──── 「行く所がないなら、俺の里で暮らせばいいさ!」 「風河、あなたの里ってどこよ?」 「藤の花の里だ、来るか?」 「行ってあげても……いいけど」 二人、手を繋いだ。 「あ、着物はきてくださいね」 「はーい」 かくして、二人は藤の花の里についた。 だが、かの場所は『妖怪の隠れ里』。 里の長である長老は、人である母に厳しかった。 長老は里で一等、背が高い。 髪はサッパリと短い群青色、雪のように白き着物を纏い、帯と長い手甲は瑠璃の色をしている。長老とはいえ、その姿は、齢二十代にしか見えなかった。 藤の花の里に棲まう妖怪は、みな長寿だ。 年齢は謎だが、おそらく500年は生きていると思われた。彼は盲目となって久しいが、気配だけで道を歩く事ができると聞く。わずかな空気の揺れで、感情も読みとる事ができた。 ゆえにどんな妖怪も人間も、長老の前では裸に等しい。 どんな嘘も、鮮やかに見抜くことができた。彼はその匂いで、母が「人」であることを瞬時に見抜いたのだ。 「風河、その女は人だよな」 「うっわ! もうバレましたか〜」 「無論であろう。何故、この里に人を入れた? 人はこの里では忌むべき者」 ヒリついた、険しい視線が投げられる。 同時に、父は長老の部下たちにみるみる包囲された。おりしも場所は、長老の屋敷の庭。藤の大樹が咲きほこり、鯉の泳ぐ池には紫の花びらが水面に揺蕩っていた。その池を背に、父は
last updateÚltima atualização : 2026-01-24
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第二章 十一の章〜それは幻の都、まほろば奇譚〜

 父は、命を賭して戦った── 数多の瑕を負いそれでも斬って、斬って、斬って、走る。 たくさんの鮮血が流れ、それでも母、露草を抱きかかえて逃げたという。 藤の大樹の下、爛漫に花咲く道をちぎれるように疾走した。見上げる空には、ただただ藤のムラサキが揺れていて、まるで夢物語のようだったそうだ。 「お前を、幸せにする……っ!」 「風河、めちゃくちゃ血が出てるわよ」 「いいんだ。お前を守った、証だから……」 「花びらと血に染まったあの人は、この世の誰よりも美しかったのよ」 母はよく、寝物語にそんな事を語ってくれた。二人は藤の花の隠れ里を捨てて、京の京から離れた、長岡村にたどり着いたという。 「ここは……人の里か?」 「風河、もう血が止まってますわ」 「ああ、傷か? 俺は人狼だからよ。そりゃ止まるさ」 「こんなすぐに治りますの!?」 「そーゆーこと! さーて、人の世で働くかあ〜極上の美人に逃げられないよーになっ!」 「……もうっ……」 父は、人に化けたまま長岡村で働いた。 人狼は、人から見れば「体力お化け」 どんな仕事も、超人的な速さと体力で、難なくこなしたと聞く。気付けばあっという間に、人の世でいう「出世」というものを成し遂げていた。 そうしてある日、父は藤原種継さまに その才能を見出されたのだ── 「そなたか、人の何倍もの速さで仕事をこなすという男は」 「はっ! 俺、いや……風河と申しまするっ」 「そうか。そなた、その正体は妖怪であるという噂があるのだが、誠か?」 「え、は……妖怪!?」 藤原種継さまは、のちに「桓武天皇の片腕」と呼ばれる男である。彼は突き抜けて優秀な男で、すベてを見抜いていた。父が妖怪だという事も。その力が決して、侮れないという事も。 そこは平城京、藤原種継さまの屋敷。 父はいち平民、いち人狼でありながら 貴族のお屋敷に呼び出され、話を聞いたそうだ。 種継さまは広い部屋の板間に、厚畳を敷き、その上に座していた。白檀の香炉が焚かれ、かぐわしい薫りが部屋を満たしていたと聞く。父は正体がバレバレだった事を悟ると、おずおずと質問を投げかけてみた。 「あの、何ゆえ俺が妖怪って、わかったのでしょうか……?」 「ああ。お主、建築で
last updateÚltima atualização : 2026-01-25
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第二章 十二の章〜うたかたの都〜

 まだ京の都に「平城京」があった時代 私、夕月夜は生まれた──── 「風河〜見て! この子、雪のように肌が白いわ〜」 「誠だな。男の子なのにな〜きっと露草に似た、夢のような美丈夫に育つぞ」 「あははは、あんたはいつも上手いねえ」 父は出世した。 ここ長岡村に『あらたな都を誕生させる為』、都を建築する棟梁に選ばれたのだ。種継さまから与えられた家は、とても妖怪が住んでいるとは思えない。さながら貴族が住まうような、立派なお屋敷であった。十人は眠れそうなほど広い台所で、母はテキパキと野菜を洗っていた。 「露草御前さま〜野菜など、わたし達が洗いますのに!」 「いいのよ、蘭。少しくらい、皆のお手伝いもしたいからね〜」 「そんな、台所まで手伝って下さるなんて」 「子どもの世話だけしてると、体がなまってしまうわ」 「ほんに、お優しゅうございますね」 「ありがとう。さあ、蘭! 人も妖怪も、お腹いーっぱいになれるように。今日もたくさん差し入れを致しましょうね〜」 「はい!」 母は、春の陽だまりのような人であった。 人も妖怪も、どんな身分の者にも優しかった。 台所の仕事や洗濯まで『自分もやっていたから』と笑みを浮かべては、手伝っていた。下女達と仲良くなれるのも、実に楽しそうであったのだ。屋敷はいつも笑い声にあふれ、あたたかい優しさに満ちていた。 傾国の美女という容姿よりも 母は、その心が美しかったのだ。 あの人を想うと、やはり人が許せなくなる……!  滅んでしまえ……と、臓腑が焼ける! 今でも思いだす。 我が、忘れじの都 長岡京での、夢のような日々のことを──── 「さあ夕月夜、見てご覧〜。ここはもう平城京じゃない、新しい都なのよ」 「新しい、みやこ?」 「そう、長岡京っていうの」 「ながおかきょー!」 「そうよ。この都はね、父上が妖怪の里から、たっくさんの友を連れてきたの! ですから、工事がとっても早く進んだのよ〜」 「妖怪さん、力持ちー!」 長岡京が遷都された年 私は、6歳になっていた。 父は、藤の花の隠れ里に戻ると、人に化けられる妖怪たちを募った。 そうして、長岡京というを建築するために、屈強な妖怪たちの建築団をつくったのだ。募集して集まった者たちの中には、人並外れた怪力の『ただの人間』も混じっていた。
last updateÚltima atualização : 2026-01-26
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第二章 十三の章〜朝顔のゆくえ〜

 「暗殺? ……そんな筈がなかろう」 父は、眉をひそめる。 私はその頃、6歳で。まだこの世の何も、分かってはいなかった。 早馬の使者は蒼白の顔であったが、父の前にひざまずくと言葉を続けたのだ。その手に、文らしき物を握りしめて。 「誠にございます! 藤原種継さまは昨夜、建築工事現場の見廻り中に、弓矢で暗殺されておりました」 「弓矢で?」 「はい! 背中に刺さっておりました!」 父は、ぱくぱくと空虚に唇を動かすと、震えながら言の葉を紡いだ。 「莫迦な……種継さまは、ほんの数日前まで、ともに夢を語っておったぞ」 「はっ。どうも、大伴家持さまが犯人ではないか、と桓武天皇が申しておりました」 「犯人……!」 「今後は、種継さまの代わりに、他の者が風河さまの上役になるかと」 「俺は……どうすればいい?」  父は見たことのない、闇を孕んだ顔をしていた。 その額には、じんわりと汗が滲んでいる。私はこの時、幼くて。ただ、ぼんやりと椿餅を眺めていた。この世の何もわからずに。 母は何かを察したのか、私をサッと抱き上げた。 「さ〜夕月夜、椿餅を食べましょうね!」 「母上」 「大好物でしょう?」 「はい、でも……」 その時、瞳に映る父上の背中が、やけに小さかった事を覚えている。 この日を境に、運命の歯車は 大きく流転する事となったのだ────  ◇ 「やはり、暗殺らしい。すまんが、今から藤原種継さまの屋敷に行ってくる」 翌日の朝、朝の食事をささっと手早くすますと、父は身支度を整えながら母に告げた。烏帽子の紐を結える父は、いつもより険しい色を宿していた。 春の日差しはやわらかく、白い几帳の向こうに、しだれ梅が揺れていたのを覚えている。 私は母の膝に座り、ポヤポヤと甘えていた。 母は、父の決意を耳にすると、私をポンと床に置いて立ち上がった。 「あたしも行くよ!」 「夕月夜も〜!」 「夕月夜は留守番しておれ」 「嫌だー! 夕月夜もいくもんっ!」 私は、甘えた声で母にキュッと抱きついた。すると母は私をサッと抱っこして、牛車に乗せたのだ。ゆらゆら心地いい揺れに身を任せているうち、種継さまの屋敷についた。 屋敷の中は、バタついて殺気立っていた。 漆黒の烏帽子をかぶった貴族たちが、広間いっ
last updateÚltima atualização : 2026-01-27
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