All Chapters of ムラサキの闇と月華迷宮: Chapter 81 - Chapter 90

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第二章 三十五の蝶〜あたし、雪椿になる〜

 絶賛! あたしは今、夕月夜に抱っこされている。 「何故あたし、白猫になってるの?」 そんな疑問が脳裏をめぐるけれど、撫でられれば喉が自然に、ゴロゴロと鳴ってしまうのだ。うーそんな自分が歯痒いっ! 「どうした、雪椿。抱っこは好きであろうに。今日は暴れるねえ」 なんか夕月夜、先刻からあたしの事「雪椿」って呼ぶよね。 あたしは秋華! そんな名前じゃないし。 雪椿って、あの白銀の髪に、真っ白い着物の少女と同じ名前でしょうに。 どうして、そんな名前を──── 「あ、まさか……あの子も化け猫……?」 突然、腑に落ちる。 雪椿にかけられた呪術で、あたしはどうやら過去の世界に飛ばされたらしい。これは想像だけど、あたしは魂だけが飛ばされて、化け猫である「雪椿の過去の体」に「憑依した状態」なんじゃないかしら?  「それならば、納得できるわ」 これは声に出してみると 「にゃああぁぁ、にゃーあああああん」 と変換される。うーん、全然ヒトの言葉になってないよ〜っ!! もうーこれじゃあ、ただのカワイイ猫ちゃんじゃないよおぉぉ。 めちゃくちゃ困るんだけどっ。腕の中でジタジタしていると、夕月夜が神がかった美しい顔で、優しく告げたのだ。 「大丈夫だよ。君が怖いことから、どんな事をしても守るからね」 その笑みには、あまりにも清廉だ。 なんの毒気もなくて……あたしは思わず、呆気に取られてしまった。 ……何、この夕月夜? あたしが知っている夕月夜は、こんなに純粋そうな瞳で見つめたりしない。麗しいけれども、もっと苛烈だった。魔性の皇子みたいな、そんな雰囲気だったわ。 ここにいる夕月夜が光の皇子なら あたしが出逢ってきた彼は、闇の皇子。 どうして、変わってしまったんだろう? 喉をナデナデされながら、そんな疑問が駆け抜けていったの。 「大変です、夕月夜さまーっっっ!」 神社の玉砂利を踏みしめて、品のある着物を纏った女が、走ってやってきた。下仕(雑用をする)の女であろうか? その顔は切迫している。走ってきたのか、ゼイゼイと息を切らせていた。 「急いで、お屋敷にお帰りください」 「どうしたの。何かあったの?」 「桓武天皇の奥方様が、亡くなられました」 「え……っ!」 その言葉に、夕月夜の
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第二章 三十六の蝶〜鈴丸とのやさしい記憶〜

 ──『ここから先は、都の最後を見てもらうわ』 「また脳に響く声? もー! 一体、誰なのよ〜!」 まただ! 姿は見えないけれど、誰かがあたしに頭に語りかけている。 こんな精神の病気があるって聞いたけれど、そういうんじゃない感覚。妖術っぽいんだよね、この声って。 ──『いいから。長岡京の終焉を目に焼きつけて、秋華』 「長岡京の、終焉?」 ──『覚えていてあげて、あの忘れじの都の記憶を……』 その声が脳裏に響いたとき、あたしの体は、藤の花びらに攫われた。 激しい旋風が巻きおこり、夕月夜の腕の中にいたあたしの体は、ムラサキの渦の中に吸い込まれていく。 「ちょっ、今度はどの時代よおおおおおおおおっっっ」 絶叫したけれど、藤の花びらが視界を染めていく。 意識が遠のいていくような、花の渦に堕ちていったの──── ◇ 「川が氾濫した! みんな逃げろおおおおおおおっっ」 「洪水じゃ、もっと高い所へ!」 「逃げて! いや、水がああああああっ」 「こっちじゃ、はよう走れ────っっ!」 ……慟哭が聞こえる。 叫び声に弾かれて、あたしは眠りの淵より目醒めた。 「ここ、どこ?」 「雪椿、高いところへ逃げるよ!」 夕月夜だわ。 前に見た時よりも、年齢がすこし上な感じがする。 前の時代から、何年経ったのだろう。艶やかな銀の髪は、腰まで伸びていた。あたしは両手をサッと確認する。 「白い、もふもふの手だわ」 やっぱり、カラダは白猫のままだ。 この時代でもあたしは、雪椿の見た目なんだな。 彼女を通して、瞳に刻まれた「記憶」を見ているんだろうか? 「夕月夜、待って〜!」 「一緒に逃げようっ!」 「早く、もっと山の上の方へ!」 籠のスキマから、夕月夜を追いかけて走ってくる人影がある。あ、あの頃、神社でいっしょに遊んでいた子どもたちだ! おさない頃の面影があった。みんな洪水を避けるために、必死で疾走する。 「この道を登れば、きっと助かるからな!」 「父上、大丈夫ですか!?」 「ああ、みんな一緒だからな。大丈夫だ!」 夕月夜に抱えられた籐籠の中、スキマから見えた光景。 「こんな……水の都じゃないか……っ」 山の頂きから見た長岡京は、いちめん水に沈んでいた。 かつて麗しの都と謳
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第二章 三十七の蝶〜鮮血の果ての楽園〜

 「この都は、人と妖怪がともに暮らせるようにって……藤原種継さまが作ったんだ」 「父上?」 「だから、こんな景色になるなんてな」 まるで、初めから湖であったかのように、水没する長岡京。 その景色を呆然とみつめながら、夕月夜の父上とみられる男が、つぶやいた。 「呪われし都か。これから一体、どうすれば良いのか」 「しれた事。新しい都をつくればいいのよ」 「え……?」 背後から、禍々しき人の気配。 それは槍や刀、武器をもった人々の群れ。 夕月夜の腕の中から、チラリと視線を向ける。 「銀紫の牙、風河殿とお見受けしたが、ご本人であるか?」 赤錆色の甲冑に身を包んだ武士が、ゆっくりと近づいてきた。なんだろう妙な気配だ。あたしはザワザワと胸騒ぎを覚えて、キュッと夕月夜にしがみついた。 「ずっと探しておりました」 男は鋭い目つきで、スラリと刀を抜いた。 無精髭に鋭い目つき。体中から殺気がみなぎっている。……嫌な感じ。なんか、逃げた方がいいかも。 「探しておった? そなたに会った事などないが」 「この都には、妖怪などいらないのですよ。風河殿」 「……何を言って」 ザシュッッ──── 「きゃあああああああああああ」 「父上────────っ!」 左肩を袈裟懸けに斬られた! え、夕月夜の父上の肩から鮮血が……吹き出した。 「もう、長岡京は終わりじゃよ! 妖怪など、新しき都には不要な存在っ!」 「うおおおおおおおおおおおっっっ」 「いやああああああああああああああっっっ」 あちこちで悲鳴があがる。 鮮血と、紅い血飛沫。 なに……これ、此処は地獄……? 「ち、父上が。どうしてっ?」 「くっ……死なせるものかああああああ……っ」 あたしを抱きしめる夕月夜を、彼の父が必死でかばっている。どんなに刃がザシュザシュと音を立てて、この人を貫いても、夕月夜を守るために……! 「聞いたよ。この都は昔、妖怪と人の楽園にするために生まれたんだってな」 「そう……だっ、種継さまはそう約束してくれた……っ!」 風河という夕月夜の父が、敵の刀をガシン! っと、両手で受け止めた。 だが、力が強い。上からギリギリと押さえつけられている。 「だが、その結果がどうだ? 桓武天皇の親族は次々に
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第二章 三十八の蝶〜紅い夢〜

 「父上、母上────っ!!」 「おい、待ちやがれっ!」 武士の一人が刀を振り上げて、あたし達に向かってくる。 夕月夜の父上が、追いかける武士の背中にザシュ! っと、一太刀浴びせた。 「うおおおおおおおおおおおおおおっっっっ」 だが他の武士たちが、次々に父の体を、斬り裂いていく……っ! 「うっが……っ!」 「父上────────っ!」 逃げていく子ども達。 夕月夜だけが一人、ふりかえった。 血に染まる彼の父上は、刺さった刀をグッと握りしめる。まるで、その先に行かせまいとするように……! 「ゆう、づき……よ。生きろ……っ」 「父上……っ」 「どんな姿でも、いい。絶対に……しあわ……せに……っ!」 「そんな……」 その時。一陣の風のように、何かが夕月夜の体を攫っていった。 「若君、ふり返りませぬぞ。まずは生きねば、仇も討てますまい」 「君は、人狼の……っ」 「戒にございまする。風河さまの代わりに、この上は俺が、若君を守りましょうぞ」 漆黒の短い髪。前髪の一部分だけが紅く染まっていた。 戒と名乗ったその男は、あたしごと夕月夜を抱えて、ただただ疾走する。漆黒の着物に、緋色の帯。一度もふり返ることなく草を蹴った。それは、ものすごい速度で。 鮮血に塗れたあの地獄から、どんどん遠く離れていく。 あれは紅い夢。 もう二度と、見たくもない現実。 「どうして、それでも生きなきゃならないの……っ」 泣きじゃくる夕月夜の、涙の雫。 あたしの頬にポタポタと降りおちる。 まだ幼いだろうに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの? ただ『人と妖怪が、ともに生きられる世』を……そう願っただけであろうに。こんなのは嫌だ。いくら敵だからって、まだ小さな子どもが……こんな目にあっていいワケないよ! 「貴方はそれでも、あやかしの夢にございますれば」 「私が、夢?」 「そうです。残された妖怪と子ども達には、貴方が必要だ。新しい長になっていただかねば」 「長なんて、私には……なれないよっ」 「いいえ、貴方にしかなれません」 強くキッパリと、戒が言い放つ。 いつの間にか、長岡京を離れどこかの山奥に辿りついていた。生き残ったのは子ども達5人と、夕月夜の父上に仕えていたであろう妖怪達が、2
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第二章 三十九の蝶〜真紅の水蓮〜

 「ここで貴方は、あやかしに転生するのですよ。若君」 「あやかしに、私が?」 「さよう。このまま人の里に戻っても、何ひとつ取り返すことは、できますまい」 静かに荘厳に、人狼の戒は語りかける。 人狼は不老長寿の獣だと、聞いたことがあるわ。 この戒って男も、肌はプルップルで20代に見えるけれど、きっと数多の死線をくぐり抜けてきたんだろうな。戦い抜いてきた男の、説得力が感じられた。 「この真紅の水蓮を、食べるのです」 「真紅の、水蓮……?」 「これを食べれば『サトリ』と言う名の、妖怪へと転生できる」 片手にたずさえた、銀の布袋。 そこから現れたのはドクンドクンと脈打つ、まるで心臓のような水蓮の花であった。なんか……震えてる。キモッ!! 生きてるみたいで気持ち悪いよ〜!  こんなん食べたら、お腹壊すんじゃない? 「サトリって、どんな妖怪。強いの?」 「これは只のサトリではありませんぬ。千年、鬼に寄生して生きた『サトリ』の血を抜きだし、生成したモノ」 「えええええ、なんか怖いよ……っ!」 めっちゃ怖い。 夕月夜もイヤなのか、拒否反応を示した。 そりゃそうだ。戒はそれでもこの禍々しき、紅い水蓮を食べさせたいと告げる。 「この水蓮を食べて『サトリ』になりなされ」 藤の大樹の根元にて、戒は語りつづける。 背後にユラユラと揺れる花びらは、さながら紫の鈴のよう。花弁の舞い降るこの場所で、生き残ったあたし達は、静かに戒の話に耳をかたむけていた。 「これを食べれば記憶はそのままで、今よりはるか強靭な肉体を持った、貴方へと生まれ変わるはず」 「はず? 戒、君は食べた事あるの?』 「いえ、私はありませぬが。この水蓮を生成しておりました」 「君が作ったんだ! それは凄そうだけど……まだ私は人でありたいよ」 「しかし、今の体では、都を取り戻すなど……っ」 ヒュン──── 夕月夜と戒の間に、ザシュ! っと槍が地面に刺さる。 殺気を感じて、うしろを振り返る。 そこには、赤錆色の甲冑を纏った敵の大将が一人、刀をギリリと握りしめて立っていた。刃の切先は、まっすぐに夕月夜を指している。 「どうもこの隠れ里には、強い者しか入れないようですなあ〜。若君」 「なっ、貴様どうやってここまで!」 「こっそりと追いかけてきたのよ」 「他に追手
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第三章 一の蝶〜闇の王、転生〜

 「にゃ、にゃあぁぁぁあああああああああっっ」 あたしは精一杯の声を、絞りだした……っ! 生きてほしい! これ食べて、生きてほしいよ! もうどんな姿になってもいいよ、このまま死んじゃダメだよっ! 言葉にしたいけれど、それも叶わない。 声がぜんぶ猫になる。 だから彼の唇のすぐ近くまで、真紅の水蓮を運んだ。鼻先でズイッと前に押しだす。 ねえ、これ食べよ?  お願い、口に運んでよ──────っ! 「そっか……生きてほしい……って、こと?」 「にゃ、にゃあぁああぁ」 「わか……った」 夕月夜が、あたしの頭をふわふわと撫でる。 なんて、愛おしい瞳でみつめるのだろう。 ブルブルと震えながらも、ゆっくりと真紅の水蓮を握りしめた。よ、良かった……! そのまま仰向けになると、夕月夜は真紅の水蓮を口へと運ぶ。 ゴク、ゴクリ。 真紅の水蓮は、たまにブルッと揺れながらも、彼の口の中へと吸い込まれていった。 どうか、どうかお願い。 どんな姿でもいい、生き返って……! ドクン ドクン ドクンッ─────────── 夕月夜の背中がおおきく爆ぜる。 「か……っ!」 喉をかきむしり、震えている。 え、どうしよう。やっぱりヤバイ物だったのかな!? 顔色がみるみる紅く染まっていく、汗は滲み、のたうち、苦悶の表情が浮かんでいる。 「かっ、かは……っ!」 夕月夜は天空に手を突きだし、咆哮した……っ! 「ああああああああああああああああああああああああああああああ」 絶叫─────────── そのまま絶命するように、バウン……っと、地上に体が倒れていった。 しんと世界が静寂に包まれる。 「にゃ、にゃあぁ」 まさか、死んじゃった? 真紅の水蓮って、毒だったのかな。それとも体に合わなかったのかな。 「くっ、ふ……あはは……」 うつ伏せに眠る夕月夜から、ひそやかな笑い声が響いた。 「ははは……は」 笑ってる───────── えっと、真紅の水蓮が体に馴染んだのかな。 肩がふるふると小刻みに動いている。ってことは、生きてるって事だよね……? 「あはははははははははははははははははっ」 夕月夜がゴッ! っと勢いよく立ち上がる。 何、これ 何が起こったの……。 「そうか、これが転生か! いい。命の息吹がほとばしるようだ…
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第三章 二の蝶〜空のカケラと優しい夕月夜〜

 「さあ、はじめようか……血と煉獄の宴を……!」 刹那、突風が吹いて藤の大樹がユラリと、しなる。 あたしは銀の髪がふわっと舞い上がるのを、瞳に焼きつけた。 誕生させた。 夕月夜を、あたしが──── 何をしたか、を理解した。心臓の音がトクントクンと耳の底にまで響いているようだわ。すると突然、足元がフッと軽くなった。 「雪椿、君は命の恩人だね。父上と母上の仇だ。いっしょに戦おうね」 「にゃあっ」 嫌だ! って言ったのだけど、これ全然伝わってないんだよねえええぇ〜。 ────はあ、それにしても美しい。 夕月夜の眼前まで持ち上げられた、ただいま白猫のあたし。 彼の整った優美すぎる顔が、とっても近くにあったの。 白磁の肌、艶めく銀の長い髪、涼やかな瞳はあわい藤紫だ。 長い睫毛に、シュッとスジの通った鼻。 どれも吸い込まれそうなほどに、麗しい。 京の都で『傾国の美少年』とウワサが立ったのも納得がいったの。 「さあ、これから戒と、計画を立てねばな」 「そうですな。裏切った人間たちを滅ぼし」 「この世を、妖怪の楽園へ誘おうぞ……!」 藤の花びらが拍手のように、降りそそぐ。 そんな、そんな事のためにあたし……貴方を転生させたんじゃないよっ! 「にゃあああああああああああああああ」 あたしの哀を帯びた鳴き声が、藤の里に響いた。 猫なりに、大声で説得を試みたんだけど、ダメだわ。ぜんぜん通用しない。あたし、そんなつもりじゃなかった。ただただ、生きて欲しかったんだよ……っ! だって、夕月夜の父上と母上は、あんなに優しそうだったじゃない。妖怪たちの、あの哀しい死に様を想うと、あたしだって胸が焼けるように、チリチリと痛いけど。 でもだって、人の世を滅ぼすなんて。 きっと、父上も母上も望んでやしないよ! ────パリィィィン 何かが割れる音。 上空を見上げると、空にヒビが入っていた。パラパラ……と透明な、空の欠片が零れていく。 これは……夢? ────雪椿の記憶、どうだった? 脳裏にリンと響く、少女の声。 きっとこの幻影を見せた、彼女のしわざね。 「ねえ、あたしが見てきた世界は、夕月夜の過去の記憶なの?」 ────そうだよ 「貴方が、真紅の水蓮を……彼に食べさせたの」 ────うん。でもお姉ちゃん、
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第三章 三の蝶〜白藤の少女と、永遠の約束〜

 「花冠乱舞したよ。どうだった? 夕月夜の、記憶の森は」 目が醒めると、あたしは藤の大樹の下で寝転んでいた。 あたしを上から覗いているのは、雪椿……? 「ん……あたしって、戻ってきたの?」 「そう。あのまま夕月夜の記憶の底に、沈めてやろうかと思ってたけど。……気が変わったから」 見上げた空は、藤の花におおい尽くされていた。 紫の花びらが、はらりはらり。 あたしの顔に降りそそいでいる。 夢から醒めても、艶やかな藤の花。ここには「時」がないみたいだわ。 「キレイ……」 あたしの手のひらに、そっと舞い落ちる花びら。 風にそよぐ風雅な藤の花。なんて幻想的なんだろう。 先刻まで、あたしは白猫の雪椿で。 闇の王に転生した、夕月夜といっしょに生きていたのに。 ここは、あの時代じゃない。同じ場所なのに何だか変な気分だわ。ゆっくりと体を起こしながら、スッキリと冴えてきた頭で思案した。 「あたし、帰らなきゃ」 「帰るの? ツライ事があったんじゃないの?」 不思議そうな表情で、雪椿があたしの顔をのぞきこむ。  雪のように白い髪、真白き着物。 肩までのおさげ髪に藤のかんざしが、夢のように揺れていた。 「そうだけど、貴方って白い藤の花みたいね」 「白い藤? ああ、そう見えるのかな〜」 「白い藤の花言葉は、懐かしき想い出」 「懐かしき想い出?」 「貴方みたいだなあって思ったの。記憶を旅してみて」 花言葉を教えてくれたのは、水鏡さまだった──── 今、彼女はこの爛漫たる藤の咲く里の……どこにいるんだろう? 雪椿は、首をかしげて呟いた。 彼女のあわい藤色の瞳が、潤んで煌めいている。あたしの隣にタタっと駆けよると着物の袖をツンツンと引っぱった。 「お姉ちゃん。花言葉って、何?」 「ああ、今昔物語とかに出てくるんだ。花には一輪一輪、意味を持たせた言葉があるんだって」 「え、お花に、意味があるのおお!?」 ことのほか、大きな返事に仰天した。 「そ、そんなに驚くんだ。そうだね、たとえば紫苑って花には『遠くにある人を想う』とか、『追憶』って意味があるんだよ」 「そうなんだ、ただの花に……意味があるんだ……っ!」 ひたすら呟きながら、何やら感心している。 なんか、可愛い。 そういえば、ただ
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第三章 四の蝶〜そして百鬼夜行の宴へ〜

 雪椿に「またね」と手を振った。 まるで長く長くいっしょに戦った、友のように──── 「帰ろう。千年さまが待ってる!」 あたしは千本鳥居の奥をキッと睨んだ。 緋色に立ちならんだ鳥居。この奥の現し世に、あたしの好きな人がいる。 タンッと地面を蹴った。夢中で駆けて、駆けて、駆けて、駆けて! 永遠かと思うほどの疾走のあと。 真っ白な光──────── 「ああ、晴明神社だ……っ!」 この世とあの世のあわいを抜けて、懐かしいあの場所へ……っ! 「しゅ、秋華!?」 「え、千年さま……っ」 鳥居を抜けると、千年さまが立っていた。 「え、きゃああああああ───────っ!」 え、ちょっ、そこにいると、ぶつかるんだけどおおおおっっっ! 「おかえり、秋華」 急激に止まろうとして、ふらりと倒れそうになった所で。 千年さまに、ギュッと抱きしめられた。 「えっ……」 何年ぶりだろう……離れてから、そんなに経っていない筈なのにな。 夕月夜の記憶を巡るうち、4、5年は経過したような錯覚に陥っていたの。そんな事を思案しながらも、あたしの体は今、千年さまの腕の中にすっぽりと包まれていた。 「え、なんで。千年さま、ここに?」 「なんでって。秋華がこの千本鳥居の向こうに行ってしまって、そんなに経ってないぞ」 「そうなの?」 「ああ、でも心配した……っ」 千年さま、震えてる? あたしをギュウウウゥっと、強く抱きしめるけど、その指先が揺れている気がしたの。ここは千本鳥居を抜けた現し世。晴明神社の鳥居の前だわ。 ああ、帰ってきたんだ……! 千年さまはきっと、消えてしまったあたしを想って、胸を痛めていたのかもしれない。 「ひょっとして、待ってました……?」 「めっちゃ待ってた!」 「ん……でも、ここだとマズイかも」 よく考えたら、この恋は禁忌。 陰陽師と式神の恋は、禁止されているもの。晴明さまにバレたら、大変な事になってしまうわ! 「あれ、秋華ちゃん。帰ってきたんだ〜!」 「え、士道さまっ?」 「よかった〜! 一刻(2時間)ほど待ったんだよ〜今日に限って、晴明さまは遠方の依頼に出かけてて、明日まで戻らないし。勝手に追いかけるワケにも行かなくてさ〜っ」 急いで千年さまの腕をほどいて、士道さまと顔を合わせた。 ちょ、ちょっと頬が恥ず
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第三章 五の蝶〜唇でふさがれた言の葉〜

 「紀繭人さん……? あたし初めて見るんですけど」 ちょっと見慣れない顔なんだけど。一体、誰だろう? ここの陰陽師も式神も、台所を手伝っている者たちも、みな顔馴染みのはず。 こんな人、あたしは知らない──── 「そうですよね、初めまして! 昨日から入った『式神見習い』です」 「式神、見習い?」 「はい、いずれは晴明さまの式神になろうと思っています!」 「そ、そうなんですね。よろしくお願いしますっ!」 知らなかった、こんなに礼儀正しい妖怪がいるのね。 凛とした武士みたいな答え方だ。 ハキハキしてるし、背中はシャンと筋が通っている。 普通に人として働いてそうな雰囲気だけれど、妖怪もいろいろ。千差万別なのね。 ふむふむと感心していると、あたしの隣に立つ千年さまが、繭人さんの肩をポンとたたいた。 「そうだ、百鬼夜行いこう!」 「そうだ、京都行こうみたいなっ」 「もうノリとかいいんだよっ! だって行くしかねーし。晴明さまが今、いないからさ」 晴明神社の境内に、しん……と静寂が流れる。 冗談みたいなノリだったけど、実は絶体絶命だ。晴明さまと花蓮がいない夜なのに、夕月夜と戦わなきゃならない。しかも四神の結界が、一つ破れているのだ。 青龍が守護していた場所には、戦える式神が当番で入っている。 当番制とはいえ、そこの結界が崩れて魑魅魍魎がわんさか溢れかえっても、困るのだ。おそらく今、戦える式神は鬼童丸とあたし……くらいしかいない。 「そうだよね、戦える式神が少なすぎるもんね」 「この士道も、力になるけど?」 「無論、うれしい気持ちです! なれど、やっぱり苦戦すると思うんです」 「そうだね〜ねえ、見習いの繭人くん」 「はい」 士道さまは繭人さんの肩をガシッ! っと掴んで、いつになく真剣な顔で呟いた。 「今から支度をしてきてくれる? 夕暮れにはここを出るからさ」 「は、はい……っ!」 その言葉を耳にして千年さま、鬼童丸も覚悟を決めた。 「そうだな、夕刻にはここを出ようぜ!」 「千年さま、そうしましょう。心細いとは思いますが、皆で百鬼夜行を乗り越えましょうぞ!」 「おおっ!」 晴明さまがいないのは心細いけど。 ここで、散るわけにはいかない……! あたしは胸に手を添えて、自分の決意を胸のうちにしまう。すると
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