All Chapters of 知らないまま、愛してた: Chapter 111 - Chapter 120

164 Chapters

112

玲子さんが私を見る。その憎しみに満ちた目を”怖い”と思うのは、あの夜があるから。あの夜を思い出すたび、苦しむ私が、蓮司さんを苦しめる。玲子さんがいなくなったところで、私があの夜を思い出さないわけではない。でも、減る。 それに……ううん、言葉を飾るのはやめよう。私も、玲子さんを憎んでいる。唯一の家族である父に認められたい。その気持ちを、笑いながら踏みつけてくれた。父に思うところは、もうない。その気持ちは捨てた。でも、玲子さんへの憎しみが消えない。罵るのでは、足りない。引っ叩くでは、一瞬の満足感で、足りない。地獄に、突き落としたい。 こんな私を、蓮司さんはどう思うだろうか。復讐みたいな真似をする私を、知られたくはない。でも……。―― 頼む。俺の、傍にいてくれ。知られても、傍にいてくれるって気もしている。 「桔梗、何を言っている。確かに、お前は玲子にとってライバルの娘……」……父親の台詞に、ため息が出る。そこの認識が、間違っている。「悲劇のヒーローになどならないでください。政略結婚の妻と、愛人が、なぜライバル関係になるのです。お母様はあなたの愛など欲していませんでした」目的が違えば、立つ土俵が違う。そもそも、妻と愛人を同じ土俵に上げることがおかしいのだけれど。「それは、私が……」……愛に生きる男の辞書には『政略』という単語がない違いない。「あなたが、自分を愛するなと言ったから? 愛する者がいると、丁寧に説明をつけて」「そ、そうだ」「その認識が間違っています。な
last updateLast Updated : 2026-02-05
Read more

113

私が再生したのは、あの夜、花嶺家にかかってきた電話の音声データ。命令は突然。早口で、言ったら去っていく。確認は許されない。そんな環境だったから、私と家政婦として働いていた女性は常にICレコーダを持ち歩き、録音することがクセになっていた。電話は、自動で録音するようにしてあった。この証拠も、朝令暮改の見本のような三人だから、無いよりはマシという代物だった。言い間違えることもあるし。ポリエステルのパンツだって言うから買ってきたのに、綿だと言っただろうって怒られたことがあったもの。 花嶺家に務めていた家政婦さんの一人が、あの日の私の異常な格好を見て、何かあったに違いないとこの音声を保管しておいてくれた。善意か、今後何かしらの脅しに使えそうという悪意かは分からない。でも、彼女が乃蒼にそれを渡したから、こうして陽の目を見た。 『……日、午後十時五分』機械の音声が、あの日の録音だと証明してくれた。 「なんだ、これは……玲子、お前は、私と柾くんに桔梗はいつもの夜遊びだって……」いつもの、夜遊びね……。この人も柾さんも、そんなことを信じていなかっただろうに。そんな暇がないことは、私に仕事と家事をいろいろやらせていたこの人も分かっていたはず。ただ、都合が良かっただけ。そう言うことにしておけば、私に仕事や家事を押しつける罪悪感が減るから。柾さんは、桜子との浮気の言い訳ができる。どちらも、自己都合。 「ホテルに確認は取れています。この日、”花嶺”と名乗った私が案内される予定だった部屋にいたのは、桜子ではなく見知らぬ男性。白洲典正……ご存知、では?」花嶺辰治が首を機械的に縦に振る。「パ
last updateLast Updated : 2026-02-05
Read more

114

「玲子さん、なんでそんなに私を憎むんです」「……憎んで、なんて……そんな……」「嘘です」「……何の根拠があって、そう言うのかしら?」「あなたの私を見る目、私を憎んでいます」動揺を装う玲子さんの目が、本当の動揺で揺れた。「なんで……」「私には分かります。なぜなら、私もあなたを憎んでいるから。いまの玲子さんの目、私の目を見ているみたいです」 私の言葉に、玲子さんがギョッとする。不思議。なぜ、自分はやり返されないって思うのかしら。 「あなたが……」「何年も何年も、能力と時間と搾取されて続けていれば……憎みます。高校生の頃からですよ?」私は蓮司さんを見た。私だって、蓮司さんに善い人だと思われたい。でも、これも私。玲子さんのことで、私が怖がって、これ以上蓮司さんを苦しめたくない。 「私が父の愛を得たがっているなんて、それが不安だって……そんな嘘で、私が納得すると思いましたか?」玲子さんが、花嶺辰治を見た。確かに、花嶺辰治は長い間それを、自分の“愛”を巡って私たちがやりあっていると信じてきたのでしょう。違う。玲子さんの行動基準は、花嶺辰治への愛ではない。 「花嶺辰治は、あなたの理想の男ではなかったのではありませんか?」「それは……」「花嶺辰治は、”理想の男”の張りぼてに過ぎなかった」やっぱり。玲子さんは私の推測に驚かなかった。そんなこと、ではなかったということ。
last updateLast Updated : 2026-02-06
Read more

115

「……何が、悪いのよ」玲子さんが、呟いた。静まり返った室内に、ぽとんっと落ちてくるような、そんな声音だった。私も、誰も、すぐには口を開かなかった。”悪いこと”はたくさんある。これが悪かった。あれが悪かった。言いたいこと、たくさんあったはずなのに、言えない。ううん、違う。もう、言う必要はない。私は、恨み節を聞かせたかったのではない。それを聞いて、なにか私のために思ってほしいなど、二人に思っていない。ただ、玲子さんの”幸せ”を壊したかっただけ。玲子さんが、自分の幸せのために、私の幸せを壊したから。ただの、仕返し。だから……。「何か、言いなさいよ」……これに、答える義務は、私にはない。 「桔梗」蓮司さんの手が肩に置かれ、蓮司さんに引き寄せられる。その手は、いつもより強い。……疲れたなって気持ちはあるけれど、守ってほしいとかは思っていない。でも……甘えておこう。華乃も、私を見て”甘えちゃいなさいよ”と言っているし。 「私の……なにが、わるいの?」玲子さんの声は、泣き声でも怒鳴り声でもなかった。ただ、長い間押し込めていたものが滲み出るような、どろりと湿ったものだった。「……私が、自分を守って、何が悪いの」玲子さんは、私ではなく、夫でもなく、ただ、どこでもない場所を見つめている。「誰だってみんな、自分が一番大事でしょう?」(誰だって……)「誰だって、ではありません
last updateLast Updated : 2026-02-06
Read more

116

「ま、待ってくれっ!」花嶺辰治が、扉の枠に手をかけて必死に抵抗している。長谷川さんの力なら剥がせるだろうけれど、遠慮しているのだろう。「頼む、話を聞いてくれ。少しの間でいい」「……どの面を下げて」蓮司さんが呆れた声を出す。私はもう抱え込まれるようになっている。「厚かましいにも、程がありますよ。桔梗があなたたちにされたことを知って、まだ”お願い”なんて」「それでも、本当に大変なんです!」蓮司さんが、深くため息を吐く。「会社の件、でしたっけ?」「あと、家のことです」……全部じゃない。 「お願いします。週に一日、いえ、二日。桔梗を花嶺家に……」「……なぜ、増える?」そうよね。蓮司さんに同意してしまう。交渉は、減らすのが基本。「それなら、せめて一千万円」「……”せめて”への繋がりが分からない。その一千万円の用途は?」「それは……」この時期に……一千万円……。「税金の支払い。督促状が届いているんですね」「そうだ」「それが払えない、と」「ああ……一千万円あれば、払って……」思いっきりため息が出た。「花嶺家が所有している財産はどうなさったのです?」「……あれは……」語尾がごにょごにょと、なにかを誤魔化すものになった。「売ってしまったのですね」私がため息を吐くと、蓮司さんが口を開く。
last updateLast Updated : 2026-02-07
Read more

117

「桜子なら、いまは柾さんと一緒に海外にいるわ」私の質問に答えたのは、玲子さんだった。玲子さんは大きくため息を吐く。そして自分の足でスタスタと、部屋の扉に向かった。「れ、玲子……」戸口にしがみつく花嶺さんを、玲子さんはジッと見る。その目は……。「桔梗がこの前、台所でゴキブリを見つけたときと同じ目をしている」蓮司さん……。「桔梗って、虫を見ると顔つき変わるよね。殺意が漲るというか」華乃まで……。「誠司君が庭で虫集めとかし始めたら、どうするの?」「……考えたくない」考えるだけで……ゾッとする。「そのときは、俺が相手するから」”それよりも”という感じで、蓮司さんが私と華乃の会話に割り込んできて、修羅場っぽくなりそうになっていたことを思い出した。 ……あら?「玲子……?」玲子さんが、ふいっと顔を動かして出口のほうを見る。その顔は……ああ、なるほど。「完全に、愛想が尽きてる」私の後ろで、ぽそっと華乃が呟いた。「私は帰ります。あなたは、好きなだけここにいてください」いえ、連れて帰って。……って、言ってしまいたい。「いっそのこと、泣いて縋ってみせたらどうです?」玲子さんが、私を見る。その目は、もうどうでもいい感じ。別にそれは構わないけれど、後始末を押しつけられる気がする。「そこに、あなたの孫がいるわけだし」……余計なことを。花嶺さんの顔に、光明がさ
last updateLast Updated : 2026-02-07
Read more

118

「ん……」息苦しさに鼻にかかった声を漏らすと、蓮司さんが少しだけ離れる。できた唇の隙間で、必死に呼吸をする。熱を逃がしたいのに、吸いこむ空気も二人分の体温で熱くなっている。「……少しだけ、って言ったのに……」「まだ、足りない……」「……だめ……」だって……。蓮司さんの笑う音が、上から降ってくる。「すぐにママの顔ができるくらいにするから……」……恥ずかしい。それって、いまは女の顔をしていることだ。「あと、少しだけ……」”かまって”というように触れるだけの口づけは、あっという間に深いキスになる。「待っ……て……んっ」蓮司さんは、貪るような、迫ってくるようなキスをする。漏れる吐息は、色っぽい。私の唇と、蓮司さんの唇を繋ぐ銀色の糸。ゾクッとする。「……ここまで、だな」蓮司さんの言葉に、ホッとして、脚から力が抜ける。足が震えて、立っていられなくなる。「……っと」蓮司さんの腕が支えてくれて、ありがとうって気持ちになった。……違う、これは、蓮司さんのせいだ。「だめって、言ったのに……」「っ……桔梗、その顔で、そんなこと……煽るだけだ」なにを、煽るのか。もう、分かる。「だめ…&hellip
last updateLast Updated : 2026-02-08
Read more

119

「機嫌が治ったか」蓮司さんが、政治を挟んで隣に座る。ベッドが大きく傾いて誠司の体が浮き上がる。それを見越していたのか、蓮司さんが誠司の体をひょいっと抱き上げて膝に乗せた。誠司が歓声を上げる。 「おこってないよ」「うん。でも、怒ってもいいんだぞ」「”おきゃくさん”なのに?」「我慢はしてほしい。パパもママも仕事があるからな」「うん」「でも、我慢したんだって、ちゃんとパパとママに怒ってくれ。そうしたら、パパとママはごめんって言える」「うん」「パパとママが”ごめん”って言ったら、誠司は”いいよ”と言ってくれ」「なかなおり?」「ああ、そうだ」 少しだけ間を置いてから、蓮司さんが、誠司と目線を合わせた。「誠司、怒っているか?」蓮司さんの真剣な目に、誠司は一瞬目を逸らしかけたけれど、ちゃんと堪えて、蓮司さんを見る。よく似た顔が、しっかりと向き合う。「うん」誠司の顔が、歪む。「だって、ずっと、まってた」誠司の声の、語尾の震えにジンッと来る。……朋美さんに、修理代の上乗せではなくて、倍額請求してもらおう。「悪かったな」子ども扱いしない声音。「お前を後回しにした。ごめんな、誠司」「ごめんね、誠司」沈黙。「いーよ」ニパッと音がしそうな笑顔。私たちが謝ったことより、仲直りできたことに喜んでくれている。私のほうが、嬉しくなってしまう。「よし、じゃあ、遊ぶか」蓮司さんも、嬉しそうだ。「何をして、遊ぶ?」「虫取り!」 !「虫集め、いく」&helli
last updateLast Updated : 2026-02-08
Read more

120

「家族会議を始める」俺の言葉に、誠司が「はい!」と元気よく手をあげる。その姿には心が温まるが……。「なぜ、こんなに参加者が?」 今日の議題は、昨日生まれた娘の名前について。――誠司と話し合って、蓮司さんが決めてください。桔梗にそう言われて、娘の名前について俺と誠司で話し合うつもりだった。それなのに……。「だって、気になるじゃないか。ねえ、雅美さん」「ええ。安心しなさい、私たちはオブザーバーだから」「……そのオブザーバーが多過ぎると言っているのだが」リビングのソファに座っているのは、俺と誠司、父と母、そして朋美。まあ、確かに、家族。 「ケチケチしないの」和美祖母さんが呆れた声でいい、紅茶を飲む。ビスケットを食って喉が渇いたに違いない。「それ、桔梗が作り置きしていったビスケットだよな?」「ケチケチしないの。誠ちゃんを見習いなさい」……誠司?「誠ちゃんはね、『和美祖母ちゃん、いらっしゃい』って歓迎してくれて、そして『どーぞ』ってビスケットをくれたのよ」「流石は桔梗さんの子だわ」由美祖母さんの言葉は、まるで俺の子ではそんなことをしないと言いたげな言葉。食い意地張ったDNAは、俺たちみんな一緒だろうが。「他の人に自分の分の食べ物をあげるなんて、奇跡の子だよな」「将来が楽しみね」武司と、桔梗の出産に合わせて帰国していた武美が頷き合った。 「パパ、赤さんの名前を決めないの?」誠司が俺の膝に乗ってくる。そうだな、オブザーバーがいくらいても構わない。決めるのは誠司と俺だ。「そうだな。誠司はどの名前が良い?」紙に書いた名前は、
last updateLast Updated : 2026-02-09
Read more
PREV
1
...
1011121314
...
17
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status