キッチンスタジオを出たところで、蓮司さんの車に気づいた。蓮司さんも私に気づいたのか、運転席から降りてくる。「それでは、私はここで失礼します」私にはサプライズだけど、長谷川さんにはサプライズではなかったみたい。長谷川さんは私にも「それでは」と辞去の挨拶をしてくれた。 * 走り出した車の中。運転する蓮司さんという見慣れない光景が直視できず、私の目は窓に釘付け。でも、夕方の空がきれいだ。まだ昼の名残を引きずって、オレンジ色と薄紫が混ざり合っている。「寒くないか?」運転席から、蓮司さんが横目でこちらを見た。声が柔らかく、甘く聞こえるのは、車の中で二人きりというのが初めてだからか。「大丈夫です」そう答えながら、膝にかけてもらった薄手のブランケットを指でつまむ。本当に大丈夫だと言わせるために、先回りして渡されたブランケット。寒くない。それどころか、胸の奥がじんわり温かくなる。 誠司を預けて、二人きりで出かける。誠司に申し訳ないなって気持ちもあるけど、いまはこの時間がほしいと思う。夫婦だったけれど、しかも子どももいるのに、最近恋人になったという不思議な私たち。のんびりいきたい。「どうした?」蓮司さんが、声をかけてくる。運転に集中してください、と思うけれど、些細な私の仕草に気づいてくれるところが嬉しい。恋心はあれもほしい、これもほしいで、厄介だ。それにしても、どうした、とは?「楽しそうだから」「あ、の……楽しい、ので」蓮司さんが口元を優しく緩める。「誠司に悪い、とか思ってる?」「……はい」「ちゃんと賄賂を渡してきた。お風呂用の玩具と、新しい絵本」嬉しそうな誠司が頭に浮かぶ。「どうして、今日?」「そうだな……今日、昼間、天気がいいなって思ったんだ。それで、今日は夕焼けが綺麗そうだと想像したら、桔梗と過ごしたくなった」蓮司さんが、ふっと笑う。「何かをいいなと思うと、それを桔梗と共有したいと思う。共有するなにかが、欲しいのだと思う。それで、年をとって振り返ったとき、二人で過ごしていたという思い出が欲しくなった。夫婦でも、家族でもない、恋人時間」恋人、時間。夫婦なのに、今さら……と、思わない。我ながら、おかしい。“夫婦”ではあっても、“恋人”を飛ばしてきたから。いまが幸せだから、それが間違っ
Last Updated : 2026-01-31 Read more