「なんだ、この絵……お前が描いたのか?」 俺の問いに、画集を突きつけていた朋美は、あからさまに呆れた顔をした。「そんなわけないでしょ。石川明梗の作品。彼の代表作で、人間国宝にまで推す声が出た『四連花』よ」朋美は美大生だ。対して俺は、絵に関しては最低限の教養しかない。良し悪しの基準が最終的に時代の空気や好みに左右されるという説明が、どうにも腹落ちしない。古典的な名画や有名な画家の名前ならまだしも、現代の美術となると途端に知識が抜け落ちる。ただ、画面に視線を戻したとき、思わず口をついた。「……きれいな絵だな」「お兄ならそう言うと思った」朋美は得意げに笑い、「それでね、この石川明梗先生に会ってみたいんだ」「なぜそれを俺に言う?」「桔梗さん、石川先生のお知り合いでしょ?」その一言で、記憶の糸が引っ張られる。桔梗と“石川”という組み合わせで思い浮かぶのは一人しかいない。あの事件のとき、白州典正から桔梗を救い出した医師、石川。「分かってるよ。桔梗さんに頼めばいいって言いたいんでしょ? でもね、そんなことしたら“ミーハーな子”だって思われるじゃない?」「いや、ちょっと待て……」「お兄が桔梗さんに軽蔑されるのと、私がどう思われるかって関係ある?」……会話の構造が歪んでいる。理屈ではなく感情の優先順位が完全に逆転している。 *石川明梗。検索結果を開いた瞬間、それが“あの石川”であることはすぐに分かった。祖母の知人という事実があったため深く調べていなかったが、背景は想像以上に重層的だった。石川家は都内で複数の病院を経営する医療一族。その中で彼は三男。祖父は人間国宝の日本画家という芸術的血統を持ち、医師の道を期待されながらも幼少期から絵に執着していたという。最終的には医師の道を選びつつも美術への憧れを捨てきれず、家族を説得して単身ヨーロッパへ渡り、美術を学んだ。その後、日本画へ回帰し、祖父の系譜に連なる師匠筋に弟子入りした――異端と正統が同居する経歴だ。モニターに表示された『四連花』を見つめる。四枚の花弁のような構図の中に、一人の女性像が描かれている。彼女は“理想の女性”とも、“夢の女”とも呼ばれている。しかし俺には、それが単なる空想とは思えなかった。むしろ、どこかに実在している誰かを、極限まで抽象化した結果のように見える。筆致は細いのに揺らぎがない。線
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