「……何が、悪いのよ」玲子さんが、ぽつりと呟いた。その声は怒鳴り声でも泣き声でもなく、静まり返った室内に、重たい雫が落ちるみたいに響いた。あまりにも小さい声だったのに誰もが聞き逃せなかった。でも誰もすぐには口を開かなかった。“悪いこと”なら、いくらでもある。あれが悪かった。これが間違っていた。あの夜のことも。そもそも父と不倫していたことも。私を利用し続けたことも。言おうと思えばいくらでも責められる、積もり積もった恨みなんて吐き出せばきっと止まらない。でも――言えなかった。ううん、違う。もう言う必要がなかった。私は最初からこの人に理解してほしかったわけではないから。「可哀想だったのね」と同情されたかったわけでもない。後悔して謝ってほしかったわけでもない。そんなもの今さら要らない。私はただ玲子さんの“幸せ”を私の手で壊したかった。玲子さんが自分の幸せのために私の人生を壊したから。だからこれはただの仕返し。正義みたいな綺麗な理由なんてない。私はただこの人が積み上げてきたものを壊してやりたかっただけ。だから――。「何か、言いなさいよ」玲子さんが掠れた声で言うけれど、私は何も言わない。何を言ったところで過去は変わらない、失ったものも戻らない。「桔梗」不意に肩へ温かい重みが落ちた。蓮司さんの手だった。そのまま引き寄せられる力はいつもより少しだけ強い。まるで無理をするなと、自分がここにいると言われているみたいだった。疲れたな、とは思う。胸の奥がずっと張り詰めていたから。でも守ってほしいとは思っていない。私は自分でここに立って自分の意思で言葉をぶつけている。誰かに代わってほしいわけじゃない。……それでも、 甘えておこうかなと思った。華乃もきっと「こういうときくらい甘えちゃいなさいよ」って言うだろうし。蓮司さんの体温は静かで落ち着く。一人じゃないと思える。.「私の……何が、悪いの?」玲子さんの声はもう怒りの色を失っていた。泣いているわけでもない。ただ長い間押し込めてきたものがどろりと滲み出てきたような声音だった。「……私が、自分を守って、何が悪いの」玲子さんは私を見ていなかった。父も見ていない。ただどこでもない空間を見つめている。まるで過去でも見ているみたいだった。「誰だってみん
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