Semua Bab 知らないまま、愛してた: Bab 201 - Bab 210

224 Bab

第156話

「また二年生を見ているんだね」不意にかけられたクラスメイトの女子の声に、俺は内心ビクッとしつつも、それを笑顔のうちに隠す。「目立つからね」不意に目が追ってしまう。その言い訳に、ナターシャの目立つ容姿はとてもいい言い訳になる。「きれいな子だよね」「そうだね」俺に声をかけてきた子が、「そんなことはない」と俺が否定することを期待していることには気づいているけれど、否定する必要はない。ナターシャはきれいだ。モデルのようだと騒めかせるくらい、十人が十人「きれい」だという。だから、俺は否定する必要がない。「でも、ちょっと変わっているみたい」「そうなんだ」彼女の言葉に、「そうなんだ」と興味のない声は簡単に出る。だって、彼女のナターシャに対する『変わっている』という評価になんて欠片も興味はない。……変わっている、ねえ。それを言うなら、俺だって変わっている。だから、この女の子だって、これだけ大勢のクラスメイトがいる中で、席も近くないのにわざわざ俺に声をかけてきた。ただ、俺の『変わっているところ』が彼女にとって好ましいだけ。自分から見て、好ましいか、好ましくないか。自分基準で評価をすることに、忌避感も嫌悪感もない。俺だって、そうだから。ただ、それに共感を求められることには嫌悪感はある。数を集めて、自分が思っていることは『正しい』と思いたいからなのだろうけれど、少数派を排他するようなやり方は好きではない。これも、俺基準なのだけれど。どうしたって、見た目から少数派に属してしまうナターシャが好きな俺に、多数派に入ってほしいっていう意見は邪魔であり、不快でもある。でも、これを口にしたことはない。ナターシャが、それを望まない。ナターシャは、自分の足で立っている。俺の、いまの俺の存在は、ナターシャのそれを邪魔してしまう。邪魔はしたくない。だから、我慢する。我慢はするんだけど……凛としているナターシャの横顔を見るたび、胸の奥が軋む。触れたいって思う。抱き寄せたいって思う。この気持ちを、誰に相談できるわけでもなく、悶々と抱えている。俺がナターシャを好きなことは、父さんたちは知っている。話したわけではない。五歳になる前に「ナターシャ、好き」とみんなの前で言った俺の気持ちが、高校三年生のいまになってもただ変わらないだけ。でも、
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第157話

―― ナターシャ、大好き。そう言ったのは、子どもの頃。子どもだったから、そう言えた。 *ナターシャのことを好きだと思った日を、俺はいまでもはっきり覚えている。いつ、何歳とかの記録ではなく、どんなときだったかと体が記憶している感じだ。.その日は、桐谷家の庭に多くの人が集まっていた。集まっていた理由は覚えていない。ただ子どもの俺が両親から離れて自由に歩き回っていたから、桐谷家にとって好意的な人の集まりではあったのだと思う。季節は、春の終わり。風は柔らかくて、庭の桜の樹はすっかり葉桜になっていた。「せーじ」この頃のナターシャはまだ幼くて、舌足らずな、可愛い声をしていた。いや、いまも十分可愛いのだけれど、「せえじ」とも聞こえたあの頃の呼び方はいまはもうない。 でも、色は変わらない。呼ばれて俺が振り返って、視線を下に向けると、小さな金色の頭が見えた。日本人の子どもたちとは明らかに違う髪。光を含んだような淡いブロンド。俺たち子どもは、固まって遊んでいたけれど、誰もがナターシャから距離をとっていた。ナターシャは、それを気にしていなかったと思う。それが、ナターシャにとって当たり前だから。―― 誠司は囲まれる、私は避けられる。望もうと、望まなかろうと、それはもう『仕方がないこと』なのよ。中学生の頃には、もうそんなことを言っていた。そうだな、って思う。こればかりは、俺たちが何を望もうと変わらない。それなら気にしないほうが楽だ。でも、そう思うには始まりがあった。その、ナターシャの始まりは、きっとこの日だと思う。.「どうした?」ナターシャに呼ばれて僕が近づくと、ナターシャは小さな手を伸ばした。何かを見せようとしているのだと、すぐに分かった。ナターシャの小さな掌の上にあったのは、石だった。どこにでもあるような、多分庭に落ちていた石。「石が、どうしたの?」俺の言葉に、ナターシャは膨れた。「ナターシャ?」 「ちがう」ナターシャは首を振った。「そら」小さな声でいった言葉の意味を、最初は理解できなかった。実は、ロシア語で何か言ったのかとも思った。 「そら!」理解できない俺に焦れたナターシャは、手のひらを前に突き出してきた。それでも、そこにあったのは石でしかなかった。ただの灰色の石。俺にとっては。でも、ナタ
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第158話

あの日、ナターシャが庭で見つけたその石は、色を閉じ込められるという理由で瞬く間にナターシャの宝物になった。あの日、ナターシャはあの透明な部分にいろいろな色を映して見せてくれた。夢中だった。俺も。ナターシャも。·それは、突然だった。「ねえ、あの子、変わった色をしているよね」「外国の子だよ」子どもは、残酷だって。思い出すたびに思う。「目、青いよ」「ちょっと怖いね」「不気味だよ」その言葉に、ナターシャの手が止まった。俺が振り返ると、俺と同じくらいの年の女の子が三人いた。あの子たちは、ナターシャを見ていた。珍しいものを見る目。そして、「どうしてあの子が」という目。今なら、想像がつく。あの子たちは、俺と仲良くしてこいと言われたのだと思う。それなのに、俺はナターシャと一緒にいた。だから、ナターシャを排除しようとしたんだ。怖い。加害者のくせに、被害者の振りをした言葉を使っていた。 「……カノン」ナターシャは、俺から離れて、乃蒼さんたちのほうに行ってしまった。俺では、助けにならないからだ。俺はそのとき初めて知ったんだ。俺のみんなと違うが好まく思われるように、ナターシャのみんなと違うは攻撃されやすいということ。理由が、嫉妬だろうと羨望だろうと関係ない。攻撃されれば、ナターシャは傷つく。ナターシャを守れるようになるまで、近づかない。そう決めた。でも、ナターシャは可愛いから、誰かに取られてしまうかもしれない。よし、大人を味方につけよう。……俺って、昔から小賢しかったと、本当にそう思う。.母さんが外で飲むのを父さんが嫌がるから、乃蒼さんたちはよく桐谷家に泊る。この日も、乃蒼さんたちは母さんと飲むためにうちに泊まった。ナターシャと俺は、いつも通り一緒に俺の部屋で寝た。「おはよう、せーじ」そう言って、まだ目をこするナターシャの手をひいて、俺はキッチンに行った。「おなか、すいたの?」そんなことを言いながら、ナターシャも小走りでついてきてくれた。「おはよう、誠司」キッチンには、父さんと母さん、乃蒼さんと佳孝さんもいた。丁度いいと、思った。大人たちは笑っていたけれど、僕の顔を見て、母さんが首を傾げた。 「どうしたの、誠司?」俺はナターシャの手を握ったまま言った。「ナターシャが好き」「……うん?」
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第159話

春の光は、やけに透明だった。校舎の窓に当たった光が、教室の床に四角く落ちている。その光を見るのが、好き。黒板では教師が何か説明しているけれど、意識が、向かない。机の上に置いたシャープペンシルの影。その影の輪郭が、窓から差し込む光で微妙に揺れる。(今日の光は、少し青い)そんなことを考えていた。光には色がある。午前中の光は白く、昼に近づくと少し黄色くなる。そして今日の光は、なぜかほんの少しだけ青かった。空の色が、反射しているのかもしれない。指先を光の中に入れてみる。白い指が、ほんのり青く染まる。きれい。その瞬間。「花岡」先生の声がした。「聞いてるか」教室の空気が、わずかに動いた。顔を上げる。「すみません聞いてません」正直に答えた。教室のあちこちから小さな笑い声が漏れた。先生は少し困った顔をして、ため息をついた。「……次からは聞いてくれ」怒るほどでもない。そういう生徒だと分かっているからか、それとも最低限の成績をキープしているからか。……どっちでもいい。「はい」返事をして、また窓の外を見た。グラウンドの桜はもうほとんど散っている。地面には薄い桃色の花びらが広がっていて、それが風に流れていく。その色の動きが、きれいだった。 授業が終わると、教室がざわついた。椅子が引かれる音。友達同士の会話。笑い声。机に肘をつき、窓の外を見ながら、耳をそばだてる。それでも、教室のざわめきは、少し遠くに感じる。「ねえ」声がした。振り向くと、同じクラスの女子が三人立っていた。名前は知っている。けれど、初めてのクラスメイト、ほとんど話したことはない。「花岡さんってさ」一人が言った。「ハーフ?」「うん」「ロシア系?」頷く。「へえー」一人が覗き込む。「目、すごい青いよね」「カラーコンタクトじゃないんだ」好意的ではない。女の子たちは少し笑う。悪意があるのか、ないのか。好意がその理由になると、その境界は、いつも曖昧になる。「いいよねー、そういうの」「目立つし」「モデルとかできそう」首を振る。「目立つの、嫌いだから」「えー?」女子たちは顔を見合わせた。「でもさ」一人が言う。「桐谷先輩と仲いいよね」その瞬間。教室の空気が少しだけ変わった。
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第160話

夜の庭は、夕方の庭とは違う色をしている。石川先生の家からは、桐谷家の車に乗って帰る。小さい子どもではないから大丈夫といたら、小さい子どもじゃないからダメだとみんなに言われた。―― ついでだし。みんなが納得する形で、誠司が部活を終えたら私をピックアップしてくれることになった。「ナータ」穏やかな声。誠司だけが呼ぶ私の愛称。顔をあげると、「どうした?」という顔でこちらを見ている誠司。きれいな人だなって思う。蓮司おじ様の男性らしい凛々しさに、桔梗おば様の優しさがミックスされた顔立ちは、武司おじ様が『いいとこどり』という顔立ち。そこに、幼い頃からいろいろ、道と付くものをいろいろやっているからか、立ち姿や雰囲気がきれいだ。同世代の男子よりも大人びている。でも、なんだろう、石川先生はもちろん、蓮司おじ様たちみたいな『大人』ではない。でもそれは、私も一緒。まだ、私も大人の振り。クールぶって、みんなとは違うって線引きをしても、社会的に見れば『子ども』になる。桔梗おば様や、カノンたちからしてみたら、まだ保護対象の子ども。「まだまだ、だな」私の呟きに、誠司は苦笑する。「まだまだ、だね」足りない、何もかもが。私も、誠司も、その足りない何かを埋めようとしている。門についている照明が、私たちを照らす。庭にできた長い影は、ふたつ重なっている。でも、私たちは手も触れていない。つないでいない手は、ゆっくりと揺れている。まるで、誘うようで。でも、掴まれたくないといってもいるようで。「ナータ」影を見るのに満足して、そろそろって思ったタイミングで誠司から声をかけられる。このタイミングを、なぜか誠司は間違えない。物心がつく前から一緒にいたから、物を測るタイミングが同じなのかもねと誠司は言う。
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第161話

「……カノン?」桐谷家の車に乗ってしばらくして、私のスマホが震えた。届いたメッセージはカノンからで、仕事のトラブルで帰りが遅くなるとのこと。今日はヨッシーも遅いはず。「どうしたの?」届いたメッセージのことを話すと、誠司は『なんだ』と笑う。「それならうちで夕飯を食べていきなよ」「そうさせてもらおうかな」私たちにとっては『なんだ』の案件。こんなことは、よくある。カノンとヨッシーがいないときは、昔から桐谷家で面倒をみてもらった。逆に……。「あ、今日は母さんからOKだって」「やった、桔梗おば様のご飯だ」「母さんがいなかったら、この前作ってもらったキーマカレーを作ってもらえたのに」桔梗おば様がいないときは、私は桐谷家でご飯を作る。なんなら【ヘルプ】ってタイトルで誠司と、茉白と、莉乃と、なんだったら蓮司おじ様からもメッセージが来る。この前ヘルプがきたのは、桔梗おば様が作り置きしておいたご飯を朋美おば様がうっかり食べてしまい(蓮司おじ様に言わせると確信犯)、量が足りなくなったらしい。それなら外食をすればいいと思うのだが、ラーメンの味変もできない一族の彼らはファミレスでの注文にさえ慎重になってしまうらしい。「蓮司おじ様と朋美おば様は仲直りしたの?」「母さんが間に入ったから、表面上は……でも、父さんは絶対に根に持っているよ。ほら、食べ物の恨みは深いし」「桐谷家はなおさらだよね」桐谷家は、料理下手の呪いにかかった一族。桐谷家の血がを持つ者は、ラーメンの味変もできないくらい料理が下手だという。どうやれば、何をすれば、そこまで料理下手になれるか知りたくなるくらい、桐谷家は料理の神様に見捨てられている。それでいて……。「父さん、食い意地が張っているから」「誠司も相当だから。茉白と莉乃がつまみ食いしたとき、ガチギレしたじゃん。大人げないって思ったよ」「俺、まだ未成年だから」「ああ言えば、こういう」桐谷家は食のルールがかなり厳しい。きっちり等分に分ける。年齢、性別の忖度はなし。小学三年生でまだ体の小さい莉乃と、食い盛りの高校三年生の誠司に同じ量が配給されるのだ。.「足元気をつけて」「うん」勝手知ったる桐谷家だけど、広い庭は、夜になると違う色を纏う。昼間は、整えられた緑と白い石がくっきり見える庭。でも夜になると、庭の照
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第162話

いつの頃からか、理解していた。桐谷家は、普通の家ではない。それは、中の人の問題や、家の大きさの問題ではない。影響力の大きな、ルールブックのような家。大人たちの会話に『桐谷』がよく出てくることに気づいて、そしてテレビの中、ニュースにも出てくる『桐谷』にも気づいた。テレビで見た人が、この家に来る。最初にそれに気づいたのは、確か小学生の頃だった。リビングのテレビで、ニュース番組が流れていた。画面の中で、政治家が話している。この人を誠司の家で見たなって、思った。桔梗おば様にそれを言ったら、どの人かしらと首を傾げた。つまり、そういう人が幾人も、当たり前のように出入りする家ってこと。経済ニュースに出てくる人。新聞の一面に載る人。文化人と呼ばれる人。そういう人たちが、この家に普通に来る。桐谷家は、そういう家だった。 .経済界で名前を聞かない日はない桐谷グループ。桐谷グループの名前は、ニュースでよく出てくる。企業買収。大型投資。海外展開。「今後の動向」を気にする言葉と一緒に出てくる。日本の中心にいる桐谷家。誠司は、その家の息子。最初は、何も思わなかった。誠司は誠司って感じ。一緒に遊んで、喧嘩して、笑う。それだけだった。でも、だんだん分かるようになる。学校で話題になる人。最近では、ニュースで名前が出ることもある。先生が話題にする。大人たちが敬語を使う。それが、みんなから見た桐谷誠司って人物。遠いとは思わない。でも、同じとは思えない。善悪、ではない。例えるなら、黒とか白とか影響力の強い色。他の人を巻き込む色。それは、意図していなくても。この家の人たちは、いまもみんな、私に優しい。この家の空気は、昔と同じであたたかい。でも、それでも。壁がある。見えない壁。この壁に名前を付けるなら、『社会』だろうか。「みんな言っている」の“みんな”とか、「普通はこう」の“普通”とか。桐谷家は、その大きな主語になる。.私は、この家の人じゃない。歓迎されている客。家族のように扱われる客。身内のような、でも、家族ではない。経済、政治、文化。桐谷家は、社会の中心にある家で、私はその外側にいる。私は窓の外を見る。庭の照明が、木々を照らしている。その光を見つめる。この庭で走り回っていた。あの頃は
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第163話

俺が思うに、「普通」とは良い悪いではない。「普通」とは多数派を指すのだと思う。つまり、「普通ではないこと」は悪いことではない。ただ、少数派なだけ。それなのに、「普通ではないこと」は良くないことになりやすい。みんなと違う。それが、あたかも罪のように扱われてしまう。·俺がナターシャを好きだということを、隠せと言ったのは、母さんだった。ナターシャの「普通じゃないこと」は、不特定多数に攻撃されやすいから。ナターシャを、俺が俺の力で守れるようになるまでは隠すべきだと言われた。母さんの言うことは、理解できた。ナターシャの「普通じゃないこと」に悪意が向けられた直後だったということも、俺の理解を助けた。問題は、その隠すことが、「いつまで」とか、「どの程度」とか、終わりが見えないことだった。いつになれば、ナターシャが攻撃されなくなることはないという。母さんの、経験談。――蓮司さん絡みで、残念ながら今もあるのよ。跡継ぎとなる俺を産んでもダメ。俺を合わせて三人も父さんの子どもを産んでもまだダメ。父さんが母さんを目に入れても痛くないほど溺愛しているのを見せつけても、それでも母さんを父さんの『妻』と認めない輩がいるらしい。なんでと、聞いたことはある。――蓮司さんは、ほら、男性として魅力的でしょう?聞いて、後悔した。母さんから、乙女心満載の惚気を聞かさせたから。知らないよ、父さんの男性的な魅力とか。そりゃ、いい父さんだと思う。いつだって家族のことが一番で、俺たちを大切にしているってことを隠さない。この年になれば、父さんが母さん以外の女性から色々誘われているところも、何度か見ている。それを見て、相手の女性に呆れることはあっても、父さんの不定を疑ったことはない。ああ、そうか。この、安心が、守られている証拠。俺は、この安心をナターシャに与えなければいけない。しかも、一時ではない。永遠に。だから、終わりがないんだ。なんてこった。俺はナターシャしか見ていないのに。理不尽、じゃないか?……ああ、もう!認める。そのことに、戸惑い、いや、不安がある。ナターシャを傷つけたくない。傷ついても欲しくない。でも、俺はきっと、これから先の何処かで、ナターシャに思いを伝える。それは、ナターシャに、理不尽に傷つけられることを選
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第164話

乃蒼さんと佳孝さんについては、ゲイカップルだと俺は思うことにしている。表向きは『仲のいい友人同士』である。俺たちにそうだと言ったことはないけれど、乃蒼さんたちは俺たちの前では隠していないからゲイカップルなんだろうなと思っている。本当のことを言うなら、もう少し先まで秘密はあると思う。乃蒼さんに。それを母さんは知っているけれど、父さんは知らない。俺と一緒で薄々感じているようだけれど、乃蒼さんも母さんも言わないから気づかない振りをしている。そして、父さんの気づかない振りに乃蒼さんも母さんも気づいている。腹を割って話すという言葉があるが、使いどころを間違えてはいけない。知っておくべきこと、知っておいたほうがいいこと。知らなくてもいいこと、知る必要がないこと。世の中には、そういう線引きがある。子どもじゃないんだ。全部知っている必要はない。乃蒼さんと佳孝さんがゲイカップルであることも、別に知る必要はない。ただ母さんと乃蒼さんの仲の良さに父さんが嫉妬しなければいいってだけの話。俺や妹たちからしてみれば、乃蒼さんと佳孝さんはナターシャの親。父さんと母さんの友だち。それだけで十分な話で、それ以上の根掘り葉掘りは俺たちの関係には必要はない。生まれたときから見てきているから、今さらっているのもある。.乃蒼さんと佳孝さんの関係は、ナターシャたちにとっては触れられてくない話。LGBTQに対する理解が深まったからといって、誰もが受け入れる話でもない。理解があると言っても、これも感情の話。どうしたって少数派だ。「普通じゃない」というレッテルはついてしまう。それは悪いことではない。俺にとって小さいところから当たり前で慣れていたってことなだけの話で、慣れていなかったなら、ナターシャの親ではなければと想像すればキリがない。
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第165話

桐谷誠司は、今日も太陽みたいに笑っていた。  校門の前で、三人の女子に囲まれながら、誰に対しても同じ温度で、同じ優しさで、同じ距離感で接している。  その「公平さ」が、彼の強さであり、彼の武器であり、そして――私がいちばん嫌いなところでもある。 嫌い、というのは語弊がある。  本当は、誠司のそういうところが好きで、誇らしくて、胸が痛くなるほど眩しい。  でも、あの公平さは、私にとっては「特別になれない理由」にもなる。 私は、特別になりたい。  でも、特別になってはいけない。 ロシア系の戦場孤児で、男性同士の両親に育てられた私は、ただでさえ目立つ。  日本の高校で、静かに、平穏に、誰にも注目されずに生きていくことが、私の願いだった。  誠司はそれを理解してくれている。  だから、幼馴染という立場を崩さない。  兄妹のように接してくれる。  私が望んだ距離を、彼は守ってくれる。 ――それなのに、私は勝手に傷つく。 誠司の周りに女の子が集まるたび、胸の奥がざわつく。  彼が笑うたび、誰かの名前を呼ぶたび、私の心は小さく軋む。 「ナターシャ、帰るぞ」 放課後、誠司が私の机に手を置いて言った。  その声は、昔から変わらない。  私の名前を呼ぶときだけ、ほんの少しだけ柔らかくなる。  そんな気がするのは、きっと私の勘違いだ。 「今日は寄り道しない。受験の資料、家に届いてるって親から連絡きた」 大学。  その言葉が胸に刺さる。 誠司は来年、大学生になる。  私はまだ高校生のまま。  たった一年の差なのに、その一歩が、永遠の距離に感じられる。 大学生になれば、誠司はもっと自由になる。  もっと広い世界に触れる。  もっと多くの人と出会う。  そして――婚約や結婚が現実味を帯びる年齢に入る。 私は、誠司の隣にいられるのだろうか。  幼馴染という立場は、いつまで許されるのだろう。 「ナターシャ?」 誠司が覗き込む。  その瞳は、昔から変わらず真っ直ぐで、嘘がつけない。  私は慌てて笑った。 「なんでもない。帰ろ」 誠司は私の返事に満足したように頷き、歩き出す。  私はその背中を追いながら、胸の奥で小さく息を吐いた。 ――このままでいいのだろうか。 幼馴染
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