【武司視点】「改めて、桐谷誠司です。よろしくお願いします」頭を上げて、室内を見渡すのは、全くフレッシュさのない新人。蓮司の息子の誠司。「それでは、仕事を始めますね」大学受験が終わって早々、高校卒業前から見習いで働いていた秘書室だから、勝手知ったる態度。指示するはずだった仕事もちゃんと見つけ、パラパラと内容を確認しながら自分の席に着く。秘書室の今年の新人は誠司だけ。未来の当主夫人を夢見る女が配属されて、誠司に粉などかけることなどないように、桔梗さんがぶっとい釘を差していった。会長の和司小父さんも、社長の蓮司も、桔梗さんにがっちり胃を掴まれているから逆らわない。そういう俺もだけれど、うちの場合は妻が桔梗さん至上主義だから、そっちからの圧力で逆らえない。「桔梗さんがどんどん和美祖母さん化してるんだが……」「それでみんな喜んでいるからいいではありませんか。あ、おじさん。この手紙の返事、俺が書きますね」当たり前だ。書の人間国宝に直筆で返事を書きたいなんて誰も思わない。俺から見て綺麗だと思っていた蓮司に返ってきた、彼の79歳の誕生日パーティーへの出席の返信のそのまた返信。【夫婦で出席させていただきます】このたった14文字が、びっしりと隙間なく赤で修整されていた。あの手紙はまだ忘れられない。その彼から誠司は書を習った。弟子にと請われるほどではなかったが、「筋がいい」と褒められ、誠司は幼い頃から字が上手く、学校の書道展では何度か入賞している。こんな感じで、文化界の方々が適度に手ほどきし、なんとか道を誠司ないろいろ齧った。その結果、誠司は天が二物どころか色々な才能を与えてしまったかのような22歳になった。まず目を引くのは、若々しさと大人の色気が危ういバランスで同居する、蓮司ゆずりの端正な容姿。だが、彼の真の「完璧さ」は、桔梗さんゆずりのその内実にある。名門大学を卒業し、在学中から父親の傍で次期後継者として注目され、社会にその名を知らしめている。祖母である雅美小母さんや俺の姉の武美が面白半分に教えた、英語、中国語、フランス語をネイティブレベルで操り、日常会話ならあと数カ国いけると言っている。そうして、海外の投資家とも対等に渡り合う彼の知性は、周囲の同世代がまだ進路に迷う中で、圧倒的な隔絶を感じさせるに十分だった。さらに恐ろしいの
Last Updated : 2026-10-27 Read more