All Chapters of 輝く私の背中に、夫は必死に追いつこうとした: Chapter 501 - Chapter 510

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第501話

理玖は、つい先ほどまで二人が奪い合っていたブロックを手に取り、穏やかな表情で子供たちを見つめた。「もちろん、そんな人間になりたくないなら、自分の本心に従ってもいい。もっと穏やかな方法で、相手と使用権について話し合うんだ。すべての争いに決着が必要なわけじゃない。それはあまりにも原始的なやり方で、人と人との距離を広げるだけだからな」二人の子供はプレイマットの上に座り込み、理玖の語る大層な理屈を、理解しているような、していないような顔で聞いていた。けれど彼の声には不思議な引力があった。気づけば、最後まで耳を傾けてしまう。紬のデザイン画を描く手も、いつの間にか止まっていた。真剣な眼差しで子供たちに向き合う理玖の姿を画面越しに見つめながら、彼女はしばらく現実感を失っていた。うまく言葉にできない。まだ結婚すらしていないはずなのに、理玖の纏う空気には、濃密な既婚者の気配――いや、むしろ「父親の気配」のようなものが滲んでいる。その感覚に、紬はどうしても戸惑わずにはいられなかった。やがて二人の子供は握手を交わし、「ごめんなさい」と言い合って仲直りをした。それどころか、自分から理玖にすり寄り、今度は別のブロックを組み立て始める。その時、インターホンが鳴った。紬はパソコンを置き、自らドアを開けに向かった。だが視界に入ったのは、自分の家のインターホンを押している成哉の姿だった。成哉も背後の気配に気づき、振り返る。そこには、神谷家のドアを開けた紬が立っていた。しかも彼女は部屋着姿で、頬にはまだ不自然な赤みが残っている。それだけで、嫌でも想像を掻き立てられた。成哉の表情が、みるみる強張る。「紬……なんでここにいるんだ?お前たち……」脳裏に、下卑た妄想が瞬く間に膨れ上がっていく。成哉は目を真っ赤に染め、拳を骨が鳴るほど強く握り締めた。「紬、俺たちがまだ離婚してないって分かってるのか!」紬は眉をひそめた。「もうすぐよ。あと二週間」「俺はそういう意味で言ってるんじゃない!」成哉は神谷家のドアを指差し、声を荒らげた。「なんでお前が……なんで本当にあいつと一緒にいられるんだ!寝たのか?何回寝た?いつからだ?それとも最初からデキてたから、俺と離婚したかったのか!?紬、少しは自尊心を持て!」成
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第502話

一瞬にして、成哉はその場で硬直した。全身から血の気が引いていく。「……芽依と悠真が、お前に話したのか」紬は冷ややかに鼻で笑った。「あの子たちはね、あなたっていう父親の体面を守ろうとして、最初から最後まで一言も口にしなかったわよ」成哉の瞳の奥に、激しい苦悶の色が滲み上がる。唇がかすかに震えた。「紬、聞いてくれ。あの夜は、俺が――」「まさか、ベッドの上の詳細まで事細かに説明するつもり?」紬は彼の言葉を遮り、一歩距離を取ると、冷え切った声音で言い放った。「そんなもの、聞く必要なんてないわ。あなたの言い訳も、望美と縁を切ることも、私はこれっぽっちも望んでいないの。お二人で末永くお幸せに。さっさと子宝にも恵まれて、一生離れずにいてちょうだい」その口調は、驚くほど真剣だった。嫌味も、当てつけも、強がりも、一切混じっていない。だからこそ成哉には痛いほど分かった。紬は、本気で自分を手放そうとしているのだと。その瞬間、五臓六腑がじわじわと腐り落ちていくような感覚に襲われ、四肢から力が抜け落ちた。――なぜだ。なぜこの件を紬が知っている。情報は完全に封じたはずだった。芽依と悠真でないのなら、一体誰が漏らした。「紬、信じてくれ。あの子供は必ず綺麗に処理する。あと二ヶ月……あと二ヶ月だけ時間をくれ」成哉は我に返ったように、必死な声で誓った。しかし紬は微塵も動じず、ただ冷ややかな視線を向ける。「不貞の証拠を、そんなに慌てて消す必要なんてないわ。あと二ヶ月もすれば安定期に入るでしょう。ちゃんと彼女のそばにいて、もうこれ以上裏切るような真似はしないことね。もし綺麗に別れる気がないのなら、もう二度と、私の前に現れないで」成哉は激しく首を振った。「違う!俺は裏切ってなんかいない!俺が愛してるのはお前なんだ!」「これ以上、『愛』って言葉を汚さないで」紬の声は静かだった。「本当に心から愛しているなら、他の女に手を出したりなんてできるわけがないものよ」「紬!」成哉は、それ以上聞いていられなかった。端正だった顔がみるみる歪み、狂気じみた笑みが浮かぶ。「今日は俺が何を言っても信じないつもりなんだな?だったら、あの理玖と四六時中べったりしてるお前は、いったいどれだけ立派な人間だって言うんだよ!誰が俺
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第503話

芽依の小さな顔が、ぱっと喜びに輝いた。よかった。パパが自分の口で「仲直りできる」と言ってくれた。それなら、きっとまだ希望はある。「パパ、本当によかった!パパは知らないだろうけど、ママ、昨日の夜すっごく具合が悪くなって、ひどい熱を出したんだよ。私とお兄ちゃん、本当に怖かったの。でも、お隣のおじさんのお家に行って、お薬を煎じてもらえたからよかった。パパもいてくれたら、もっとよかったのに」芽依の何気ないその一言は、成哉が先ほどまで抱いていた醜悪な憶測を、真正面から粉々に打ち砕いた。同時に、彼が必死に取り繕っていた「大人の仮面」も、この瞬間、無残に剥がれ落ちた。「紬は……熱を出したから、ここに来ていたのか……」芽依はこくりと頷く。「うん。あのおじさん、漢方を煎じられるの。お兄ちゃんが、『あのおじさんなら絶対ママを治せる』って言ったの。そしたら本当に良くなったんだよ!私たち、ママと一緒に一晩中寝たんだから」娘の弾むような声を聞きながら、成哉は胸の上に「罪悪感」という名の巨大な岩が、幾重にも積み重なっていくのを感じていた。その重みは、彼を底なしの深淵へとゆっくり引きずり込んでいく。どれだけ足掻いても、もう出口へ這い上がることはできない。成哉の全身から、すうっと血の気が引いていった。冷えは背筋から始まり、瞬く間に全身へ広がっていく。先ほど感じた胸の冷え込みとは違う。今度のそれは、骨の髄にまで突き刺さる激痛だった。後悔が、一瞬であらゆる感情を呑み込んでいく。成哉は力なく腕を下ろし、娘をそっと地面へ降ろした。その頃には、理玖はすでに紬の隣へ歩み寄っていた。彼は紬の赤くなった手を取り、静かに確かめる。「痛い?」紬は手首を軽く振った。「クズを殴っただけだもの。痛くないわ」理玖は向かいに立つ男へ、気怠げな視線を投げた。そして小さく鼻で笑う。「あいつを殴って、喜ばせるなよ」「それもそうね」二人の息の合ったやり取りを目の当たりにし、成哉の胸は締めつけられるように痛んだ。「紬……病気だったなら、どうして俺に言ってくれなかったんだ」紬はティッシュで何度も手のひらを拭っていた。まるで、先ほど何か汚らわしいものに触れてしまったかのように。「言ったでしょう。自分が汚れているから、他人まで汚
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第504話

「いい加減にしろ!」成哉は陰鬱な表情を浮かべ、拳を強く握り締めた。胸の奥で渦巻く怒りを必死に押し殺しながら、紬へ視線を向ける。「紬、今日の件は俺が悪かった。完全に誤解していた。謝る」彼は一度言葉を切り、低く息を吐いた。「来週は芽依と悠真の誕生日だ。おじいさんも新浜から本家へ来られる。俺に腹を立てているのは分かっているが……おじいさんには、一度顔を見せてやってくれ。この通りだ、頼む」紬は淡々とした口調で答えた。「分かったわ」今回の件で、自分と成哉の関係は、本当の意味で終わりを迎える。義理としても、これまで何かと目を掛けてくれた崇には、直接会って話をするべきだと紬は考えていた。当時、彼は自分と成哉の結婚を心から望み、背中を押してくれた。そこには綾瀬家への恩返しという意味合いも含まれていたとはいえ、実家は確かにその情義を受け取っている。だからこそ今、きちんとけじめをつけなければならなかった。「紬、待っていてくれ。必ず望美のことは綺麗に片付ける」成哉は冷え切った紬の横顔を見つめながら、それでも約束めいた言葉を口にせずにはいられなかった。だが、彼がそれ以上何かを言う前に、紬は背を向け、そのまま部屋の中へ入っていってしまう。二人の子供たちは顔を見合わせ、最後には彼女の後を追って室内へ消えた。理玖だけが扉の前に立ち塞がり、成哉にそれ以上中を覗き込む隙を与えない。成哉は理玖への不快感を押し隠し、まるで彼に託すように言った。「紬は苦いものが苦手なんだ。薬を嫌がる時は、少し甘いものを用意してやってくれ。それから、彼女のスタジオが何か困難を抱えているなら、できる限り力を貸してほしい。金が必要なら、俺がいくらでも出す」「お前に言われる筋合いはないな」理玖は、まるで滑稽な冗談でも聞いたかのように鼻で笑った。そして、大きな扉を閉める直前、冷ややかな声をぽつりと落とす。「天野さん。他人の心配をする前に、まずは火のついた自分の家をどうにかした方がいい」成哉は眉をひそめた。立ち去ろうとしたその時、秘書の健一から着信が入る。「社長、望美さんと絵美様、それから……奥様が貴金属店へいらした際の動画がネットに投稿され、大炎上しています。現在、ネット上は『望美さんが社長のお子様を妊娠している』という話題
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第505話

秘書は声を潜め、さらに続けた。「社長、もう一点、ご報告すべきことがございます。我々の調査員が掴んだ情報によりますと、治様が裏で神谷家の人間と接触している形跡があります」成哉の瞳が瞬時に鋭く細められた。「……そのルートを徹底的に洗え」神谷家と繋がっているというのか。それなら、理玖がこれといった理由もなく紬に近づいたことにも説明がつく。やはり、自分の予想は間違っていなかった。理玖は並々ならぬ執念を持って現れた男だ。裏に別の思惑があるに違いない。まさか、その野心がここまで大きいとは。狙っているのが、よりにもよって天野グループそのものだったとは――成哉の表情が一瞬、不格好に歪む。スマホの画面に映る、孤立無援の紬の姿を見た途端、胸が締めつけられるように痛んだ。――俺は、なんて馬鹿なことを……さっきは、あんな酷い言葉まで投げつけてしまったのか。「ネット上のニュースはすべて揉み消せ。相手がいくら要求してこようが構わない!」――天野家。望美は、ネット上で突如爆発的に拡散された動画を見て、みるみる顔色を失っていた。彼女はすぐさま治へ電話をかける。しかし、治は助けを求める声を聞くなり、どこか他人事のように鼻で笑った。「気に入ったかい?これで世界中がお前が天野成哉の子を身ごもっていると知ることになった」望美は全身から血の気が引いていくのを感じ、怒りを露わにして言い返した。「正気なの!?成哉がもともとこの子を望んでいないことくらい、分かってるでしょう!もしあいつに知られたら、絶対に私がわざと仕組んだって思われるわ!」「そこに違いでもあるのか?」治は、ふと思い出したように陰湿な声で問い返した。「まさか今さら、あいつの愛が欲しいとでも言うんじゃないだろうね。望美、少しは賢くなれ。お前にそんな資格はない」望美は息を詰まらせ、激しい嫌悪感に襲われた。治はわざとやっている。たとえ自分が望み通り成哉と結婚できたとしても、決して幸せにはなれないように。かつての紬と同じように。「あんた、私を破滅させるつもり!?一体これ以上、私にどうしろって言うのよ!」望美はグラスを勢いよく床へ叩きつけた。だが、それでも怒りは収まらない。治は、望美の狂乱じみた声を聞きながら、まるで美しい交響曲でも聴い
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第506話

成哉は車から降りると、その声をまるで聞こえなかったかのように受け流し、望美の脇を通り過ぎた。存在そのものを無視された望美は、ついに耐えきれなくなった。慌てて後を追い、男の腕を掴む。「成哉、私が一体何をしたっていうの?どうしてそんな仕打ちをするの!トレンドの件だって、私が望んだわけじゃないわ!あの時だって、絵美さんを必死に止めたのよ。紬に教えたのは絵美さんなんだから!」「本気で止めるつもりがあったなら、最初から母さんと紬をあの店で鉢合わせなんてさせなかったはずだ」成哉はゆっくりと腕を振りほどいた。目の前でなお芝居を続ける女を見つめる瞳には、失望と、赤の他人を見るような冷え切った色が宿っている。「望美、本当に俺に隠れて何もしていないと言い切れるのか?それと、あの子供のことだが、紬に知られてしまった以上、これ以上彼女を失望させるわけにはいかない。俺は――その子はいらない」成哉の声音はどこまでも冷淡だった。最後の一言は、望美が抱いていた夢を根こそぎ打ち砕く鉄槌のように響く。望美は激昂した。「そんなに紬を愛してるの!?彼女じゃなきゃ駄目なの!?あの人はもう他の男と一緒にいるのよ!どうして私を振り返ってくれないの!私たち、昔は確かに……!」「昔は昔だ」成哉は低い声で遮った。「もう終わったことなんだ。自分の本心に気づくのが遅すぎて、本当に愛していた人を失った。これは俺への罰だ。望美、お前との関係をこれ以上見苦しいものにはしたくない。以前提示した条件はそのまま有効だ。だが、その子だけは残せない」「誰がそんなこと認めるって言ったの!?その子は絶対に産ませるわよ!」血相を変えた絵美が、二階から駆け下りてきた。望美なら多少はやり手だと思っていたのに、これしきのことすら上手く処理できないとは――成哉は目を閉じ、疲れ果てた声で言った。「母さん、これ以上ややこしくしないでくれ」絵美は望美を背後に庇うように立った。「成哉、あの紬にどんな魔法をかけられたのか知らないけどね!言っておくわ、おじいちゃんはもう望美の妊娠を知ってるのよ!しかも、あの子を無事に産ませると仰っているの。お前、おじいちゃんに逆らうつもり!?」成哉は押し黙った。まさか、ここまで容赦のない手を打ってくるとは思わなかった。今朝
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第507話

芽依はこくこくと頷きながらも、ぶんぶんと首を横に振った。彼女なりに理解はしたのだろう。けれど、心の底から納得できたわけではない。芽依はなおも食い下がるように言葉を重ねた。「悪いのはパパだけじゃないもん。あの嫌な女も悪いんだよ!あいつさえいなければ、パパとママは今でも仲良しだったはずなんだから!」「芽依ちゃん……」妹がまだ両親を復縁させようと必死になっているのを見て、悠真はどうしようもない無力感を覚えた。「ママにだって、自分の幸せを選ぶ権利があるんだよ。ママが誰と一緒にいるとしても、その人といる時にちゃんと笑っていられるなら、僕たちは祝福してあげなきゃ駄目なんだ」そう言って、悠真はそっと視線を上げた。ヘッドホンをつけ、静かにデザイン画を描いている紬の横顔を盗み見る。――もう、パパへの未練はなかった。ママが笑っていてくれるなら、自分は何だってするつもりだった。芽依の瞳には、落胆と納得しきれない思いが滲んでいた。「でも……もしママがパパと一緒にいてくれなかったら、パパ、本当にあの嫌な女を家に入れて結婚しちゃうんだよ?私、あいつと一緒に住みたくないし、あいつが産む嫌な子供なんて見たくもない!」芽依は怒りで頬を赤くしていた。その言葉には、幼いなりの恐怖と不安が滲んでいる。悠真も、さすがに返す言葉に詰まった。「……僕たちこそ、パパの本当の子供なんだ」しばらくして、彼は低く言った。「あの女が産む子供は、私生児っていうんだよ。今週が終わったら、僕たち、一度家に戻ろう」「どうして?」芽依はすぐに反発した。「私は帰りたくない!あの家なんて大っ嫌い!おばあちゃんは、あの悪い女と一緒になって私をいじめるんだもん!」「芽依ちゃん」悠真は真剣な顔で妹を見つめた。「だからこそ、僕たちが戻らなきゃ駄目なんだ。僕たちが家にいるからこそ、外から来た侵入者に家を好き勝手されないよう見張れる。パパの財産だって、本来は僕たちのものでもあるんだよ。僕たちがそこにい続ければ、それを守れるかもしれない。それに……僕たちが大きくなった時、そのお金でママを助けてあげられる」小さな顔には、不釣り合いなほど切実な決意が浮かんでいた。このところの紬は、まるで仕事に取り憑かれたように働き詰めだった。悠真には彼女の仕
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第508話

佳苗は夕食の場所に「宵庭」を選んでいた。それを聞いた時、紬はどこか奇妙な偶然が重なったような、不思議な感覚を覚えた。紬が二人の子供を連れて店に現れると、佳苗は目を丸くして驚いた。「紬……この子たち、お子さん?」佳苗は、紬によく似た目元を持つ双子を見つめた。まるで幼い頃の紬を、そのまま小さくしたようだった。ここへ来る途中、紬は双子にこう言い聞かせていた。――今日お会いするのは、おばあちゃんのお友達だから、「佳苗おばあさん」って呼ぶのよ、と。悠真と芽依は人見知りすることもなく、きちんと佳苗へ挨拶をした。「佳苗おばあさん、こんばんは」「あら、いらっしゃい。二人とも、はじめまして」佳苗は満面の笑みを浮かべると、行儀よく立つ二人の小さな手を取って、自分の隣へ座らせた。「来るって聞いてなかったから、プレゼントを用意してなかったのよ」そう言いながら、彼女は自分の腕につけていた金のブレスレットを二つ外し、子供たちの手首のサイズに合わせてつけてやる。「今度また、あなたたちのためにちゃんと新しいものを作ってあげるわね」「ありがとうございます」悠真と芽依は、自分の手首で煌めく金のブレスレットを興味深そうに眺めていた。以前、絵美は厄除けのために、子供たちへ小さな犬の牙のブレスレットをつけさせていた。それが嫌なら、銀のブレスレットだった。けれど成長するにつれ、絵美自身もその習慣を忘れてしまっていた。だからこそ、突然こんな眩しい金のブレスレットを贈られ、二人はどこかくすぐったいような、不思議な気持ちになっていた。「佳苗さん、そこまでお気遣いいただかなくても……」紬は、一目でそのブレスレットが相当高価なものだと分かった。だが同時に、佳苗が一度渡した物を引っ込めるような人ではないことも理解していた。「二人を連れてきたのは、ただ佳苗さんにお会いしたかったからなんです。こんなに長い間ご挨拶にも伺えず、本当に申し訳ありませんでした」紬はどこか後ろめたそうに言った。当時、大江家は突然引っ越してしまった。佳苗の連絡先自体は持っていたものの、その後あまりにも多くの出来事が重なったのだ。両親の葬儀で慌ただしく顔を合わせたきり、いつしか連絡も途絶えてしまっていた。「もう、自分を責める必要なんてないのよ」佳苗
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第509話

紬はそっとまぶたを上げ、真正面に座る臨也を盗み見た。だが次の瞬間、相手もまたこちらを見つめていたことに気づき、思わず息を呑む。まるで授業中に居眠りをしていて、教師と目が合ってしまった時のような既視感だった。なぜだか分からない。けれど臨也と顔を合わせるたび、彼女はいつも彼から危うい気配を感じ取ってしまう。子供の頃の「大吉さん」という思い出のフィルターを通してなお、彼はやはり危険な男に見えた。臨也は眉を軽く上げた。「母さん、俺がいつ結婚したのか、当人の俺が知らないっていうのはどういう話だ?」佳苗は気まずそうに笑った。「あらやだ。前にね、紬のあの腹立たしい姑を追い払うために、私がちょっと口実を作っただけよ。あのドレスは甥っ子の結婚式に着ていくためのものだったの。私が保証するわ。この子、今でも立派な『鰥夫』なんだから」紬はさらに驚いた。「奥さん……何かあったんですか?」やもめという言葉なら知っている。だが、「かんぷ」などという単語は初めて耳にした。「母さん、その言葉、もう古すぎるよ」臨也は引きつった笑みを浮かべると、紬へ向き直った。「どこで覚えたのか知らないけど、今は誰も使わない死語だ。『やもめ』って意味らしい」佳苗はすぐさま反論した。「何よ、昔の言葉だって立派な言葉じゃないの。それに、この言葉ったら味わい深くて素敵でしょう?紬、あなたこの子がどれだけ人を困らせるか知らないでしょう!当時は芸能界デビューさせようと思って育てていたのに、気づいたら海へ行っちゃったのよ。遠洋漁業の船員になったの!一年中ほとんど帰ってこなくて、戻ってきたと思ったら顔は日に焼けてガサガサ、まるで干からびたネギみたいだったんだから!ようやく転職して医者になったと思えば、今度はまた家に寄りつきもしない。本当に、この子には寿命を縮められるわ!」佳苗はまるで宝物でも数えるかのように、臨也の「罪状」を次々と並べ立てた。当の本人は反論することもなく、静かにお茶を口にしている。紬はそっと彼へ視線を向けた。――なるほど、そういうことだったのね。人がこれほどまで変わるには、人生の軌道そのものを揺るがすほどの転機が必要なのだろう。臨也が遠洋漁業の元船員だったと聞けば、その変貌にも妙に納得がいった。佳苗が臨也の
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第510話

ネゴシエーションは、まさに正念場を迎えていた。文人とて、軽々しく首を突っ込める状況ではない。それでも彼は真っ先に「宵庭」へ連絡を入れ、紬たちがいる個室の情報を確認した。すると、個室を予約していたのは、あの有力企業「ZJゴールド」の社長夫人だという。文人の知る限り、ZJゴールドの後ろ盾である大江家は、この数年で中東アジアの油田事業を成功させ、凄まじい勢いで勢力を拡大している。その影響力は、決して軽視できるものではなかった。となると、その「怖い男」というのは……「羽多野さん、紬さんの個室に、何というか……妙に厳つい男、入ってませんでした?」文人は念のため、再び清彦へ電話をかけて確認した。清彦はこのところ失恋の傷で情緒不安定だったが、他人の色恋沙汰に関してだけは常に最前線に立っている男だった。「いるぞ。まあ、凶悪ってほどじゃないが、今どきの若い女が好きそうな、いかにもって感じの硬派イケメンだな。おい、お前んとこの社長に、警戒レベルを少し上げとけって伝えとけ。外の野良犬には気をつけろってな」ここ最近、清彦はマキが音信不通という形で別れを告げてきた理由を、あらゆる角度から分析していた。その仮説のひとつが、遠距離恋愛の隙を突かれ、どこぞの素性も知れない男にマキが誘惑されたのではないか、というものだった。そうでもなければ、あれほど綺麗さっぱり姿を消し、自分が贈ったプレゼントまで全て送り返してくるはずがない。きっと、他の男に気を遣っているのだ。そう思うだけで、胸がズキズキと痛んだ。――あの女、見つけたら絶対に許さないからな。ちなみに、文人から調べるよう頼まれた個室について、清彦はひと目で、以前紬が「宵庭」に食事に来た際、向かいの個室にいた男だと気づいていた。あの時、二組は鉢合わせしていたのだ。確か、医者だったはずだ。だが、清彦の観察によれば、あの男が紬へ向ける視線は、どう見ても下心の塊だった。彼はその推測を包み隠さず文人へ伝えた。普段こそどこか頼りない清彦だが、恋愛問題に関してはつい最近、自身が人生最大級の痛手を受けたばかり。こういう時に限って、適当なことを言うつもりはなかった。文人の表情がにわかに曇る。悠真から届いたメッセージが、まるで焼けた石のように手の中で熱を持っている気が
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