あの日のスタジオでの一件で、すべては終わったと思っていたのに。まさか柚莉愛にこんな形で不意打ちを食らうとは。杏奈は、円香が怒りに任せて無茶をするのではないかと少し心配になった。「円香、この件は私の方でなんとか対処するから、あなたは勝手に――」「いいから」杏奈の言葉を最後まで言わせず、円香が強い口調で遮った。絶対の自信に満ちた声だった。「わかってる。心配しなくていいから。とにかく、あいつへの仕返しは私が絶対にやってやる」これ以上止めても無駄だと悟り、杏奈は諭すように言い方を変えた。「何か行動を起こすなら、動く前に必ず一言私に教えてちょうだい。私も一緒に動けるようにしたいから」「了解」それ以上は深く語り合わず、二人はお互いの状況を少しだけ確かめ合ってから通話を終えた。……夜もすっかり更け切っていた。月も星も分厚い雲の奥深くへと呑み込まれ、骨の髄まで凍てつくような冷たい風が吹き荒れている。どこか、嵐の到来を予感させる夜だった。路地裏にひっそりと佇む小さなバーの店内には、緩やかな音楽が漂っていた。一日の疲れを引きずった客たちが二、三人で卓を囲み、グラスを傾けながら低い声で語り合っている。その空気は穏やかで、のどかですらあった。ただ、二階の窓際の席に向かい合って座る二人だけは、この場の穏やかな空気から完全に切り離されていた。互いに向けられた視線が虚空で鋭くぶつかり合い、目にみえない火花を散らしている。息が詰まるような、言葉なき対峙が二人の間に横たわっていた。やがて、重苦しい沈黙を破ったのは玲子の方だった。「……あなたがやったんでしょう」問いかけるような形を取ってはいたが、その声の響きには揺るぎない確信が込められていた。主語のない唐突な一言だったが、紗里はそれをすぐに理解した。否定も肯定もせず、ただ唇の端に微かな笑みを浮かべる。その声はどこか遠くを見つめるような、過去を懐かしむような響きを帯びていた。「玲子さん、昔のあなたはこんなふうに、何の根拠もなく私を疑うような人じゃなかったのに」その言葉を聞いた瞬間、玲子の瞳がすっと冷ややかな光を帯びた。「昔の紗里ちゃんは――異国の地で頼れる者もおらず、ただ助けを必要としていたわ。今みたいに、欲に目が眩んではいなかった」「欲に目が眩んでいる、ですって?」紗
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