All Chapters of 聖衣の召喚魔法剣士: Chapter 71 - Chapter 80

128 Chapters

69  向日葵の少女とワダツミの街

 地下での激闘と事後処理を終え、夕闇と霧に包まれた『樹霧の庵亭』に戻ってきた頃には、カリナの体は心地よい疲労感に包まれていた。暖簾をくぐると、パタパタという小気味よい足音が響いてくる。「おかえりなさい、カリナちゃん! それに隊員ちゃんも! 大変だったらしいね、無事でよかったぁ!」 若女将のチェルシーが、涙目のまま満面の笑みで出迎えてくれた。その屈託のない笑顔を見ると、先ほどまでの陰惨な光景が嘘のように思えてくる。やはり、守るべきはこの日常だ。「お風呂、沸いてますよ! それとも先にご飯にしますか?」「ご飯で頼むよ。……腹が減った」「了解です! 今日は特製の『霧隠れ鍋』ですよー! 食堂へどうぞ!」 元気よく厨房へ戻っていくチェルシーを見送り、カリナは足元の隊員を見下ろした。隊員は「晩飯抜き」の宣告に怯え、耳をペタンと伏せて上目遣いで見つめてくる。「……はぁ。今回だけだぞ。よく働いたからな」「!! さすが隊長、大好きにゃ! 一生ついていくにゃ!」 現金な相棒に苦笑しながら、カリナは食堂へと足を運んだ。 ◆◆◆ 食堂の個室で、湯気が立ち上る土鍋を囲み、カリナと隊員は箸を進めた。   『霧隠れ鍋』とは、大根おろしをたっぷりと入れた雪見鍋のようなもので、地元の地鶏と森のキノコ、そして手作り豆腐が煮込まれている。出汁の優しい味わいが、戦いで荒んだ心に染み渡る。   追加で頼んだ川魚の塩焼きを、隊員は幸せそうに骨までしゃぶり尽くしていた。「ぷはぁ、生き返ったにゃ……お出汁が五臓六腑に染みるにゃ……」「ああ、美味いな」 満腹になり、一息ついたところで、カリナはタオルを持って立ち上がった。「さて、汗を流してくるとするか」 脱衣所へ向かい、服を脱いで広々とした大浴場へと足を踏み入れる。岩造りの湯船には乳白色の湯が満たされ、ガラス戸の向こうにはライトアップされた庭園が霧に煙っている。  湯船には数人の先客がいた。カリナが体を洗い、湯に浸かろうとしたその時――。「ああっ! カリナさんだ!」 驚きの声を上げたのは、昼間の作戦に参加していた女性冒険者のグループだった。魔法使い風の女性や、軽戦士風の女性達が、目を輝かせて近寄ってくる。「お疲れ様です! 昼間は凄かったですね! 私達、遠巻きに見てましたけど、あの強さには痺れました!」 「そうそう! でも、こ
Read more

70  カナミの正体

 夕陽に染まる海岸線を背に、カリナはヴァジュラを南門の手前にある深い林へと誘導した。全長5メートルを超える、蒼き雷光を纏った白銀の巨虎。そのまま街に入れば大パニックになるのは目に見えている。「ありがとう、ヴァジュラ。お前のおかげで予定より随分早く着いた」「勿体なきお言葉。主のお役に立てるなら、何処へなりとも」 ヴァジュラは恭しく頭を垂れると、光の粒子となって送還された。カリナは隊員を連れ、徒歩でワダツミの南門へと向かった。 巨大な朱塗りの鳥居が、門の役割を果たしている。その下には、和風の鎧兜を身に着けた衛兵達が立っていた。カリナがAランクのギルドカードを提示すると、彼らはその幼い容姿と身分のギャップに驚きつつも、敬意を持って道を開けてくれた。 門をくぐると、そこは異国情緒あふれる「和」の世界だった。   石畳の坂道に沿って、瓦屋根の木造建築が軒を連ねている。軒先には提灯が揺れ、醤油や出汁の焦げる香ばしい匂いが漂ってくる。   行き交う人々は着物や袴姿が多く、カリナの黄色いリボンのコートはかなり目立つが、この街は交易都市でもあるため、異国の服を着た旅人もちらほら見受けられた。「隊長、美味そうな匂いがするにゃ。焼きイカにゃ」「後でな。まずは目的地だ」 カリナは精霊の森でノードから教えられた場所を目指し、海沿いの高台へと続く石段を登っていった。   登り切った先、海を一望できる絶好のロケーションに、その建物はあった。周囲の純和風な屋敷とは異なり、白漆喰の壁と黒い瓦屋根が美しい、立派な武家屋敷風の「白い家」だ。 門番の術士に、精霊の森の支部長であるノードの署名が入った紹介状を見せると、すぐに顔色が変わり、奥へと案内された。   通されたのは、屋敷の最奥にある広い和室だった。畳敷きの部屋の奥、上座に置かれた文机に向かい、一人の女性が筆を走らせている。「……精霊の森のノードから紹介状を持った客人が来たそうね。入りなさい」 凛とした、聞き覚えのある声。カリナは隊員と共に部屋に入り、その女性の姿を見た。 明るい茶色のミディアムヘア、身に纏っているのは陰陽師や神職を思わせる白い狩衣で上に赤い上着を羽織っている。だが、下は鮮やかなピンク色の短い袴だ。そして足元は、白いニーハイソックスに足袋を履くという、和洋折衷な独特のスタイル。だがその背中から漂う魔力
Read more

71  カシューとの連携と精霊の塔へ

 再会の喜びと現状の共有を一通り終えると、カナミが手ずから淹れた茶を差し出してくれた。湯飲みから立ち上る深蒸し茶の香りが、畳の部屋の静けさと相まって心を落ち着かせる。「……さて。状況は整理できたが、これからどう動くかだな」 カリナは茶を一口啜り、湯飲みを置いた。「相手は『ガリフロンド公国』のドゥーカス公爵と、その背後にいる災禍伯メリグッシュ。一国の軍事力と、上位悪魔の力が組み合わさっている」「ええ。私達『相律鎮禍連』の術士達は精鋭揃いだけど、正面から公国軍と戦争をするわけにはいかないわ。数でも負けているし、何より政治的なリスクが大きすぎる」 カナミが扇子で畳を軽く叩く。確かに、いくら義があろうとも、民間組織がいきなり他国に攻め込めば、それは「侵略」や「テロ」と見なされかねない。「ああ。だからこそ、こちらもそれ相応の『後ろ盾』と『戦力』が必要だ」 カリナは左耳の通信機に魔力を流し、エデンにいるカシューへの回線を開いた。「カシュー、聞こえるか?」「聞こえてるよ。どうしたんだい? まだ世界樹の森?」 通信機から、カシューの声が響く。「いや、もうそこは通過した。色々あって今、ワダツミにいる」「えっ? もうワダツミにいるの? 何があったんだい?」 カシューは驚きつつも、カリナの規格外な行動には慣れているのか、それほど深くは追求しなかった。「これから話すよ。……それよりカシュー、お前に最高の土産話があるぞ」 カリナの通信機から聞こえて来た声に、カナミは悪戯っぽく微笑み、口を開く。「久しぶりね、カシュー。相変わらず忙しくしてるの?」「……ん? この声……嘘だろ、カグラか!?」 常に余裕のあるカシューの声が、完全に裏返った。「正解。今は訳あって『カナミ』と名乗っているけれどね。元気そうで何よりだわ」「ははっ、驚いたよ! いや、本当に良かった。君がいなくなってから、みんな心配していたんだ。そうか、ワダツミにいたのか……」 カシューの心底嬉しそうな声に、カリナも目を細める。 だが、感傷に浸っている時間はない。カリナは再び会話を引き取った。「感動の再会は後回しだ、カシュー。『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』と『災禍伯メリグッシュ』の件だが、より詳細な情報が掴めた」「ああ、情報を待ってたよ。各方面からの情報で奴らが動いているのは把握してい
Read more

72  王の決断と精霊の塔

 騎士王カシューが建国した国、エデン。 その執務室で、カシューは耳に装着したイヤホン型の通信機に指を添えた。 微量の魔力を流し込むと、通信機が淡い光を放つ。フレンド相手の砕けた態度は鳴りを潜め、その表情は一国の主としての威厳に満ちていた。彼自身の鋭い瞳が、虚空を見据える。 通信が繋がると、重厚で威厳ある壮年の男性の声が鼓膜を震わせた。「……カシュー殿か。定時連絡には早いが、何か動きがあったのか?」 ルミナス聖光国の国王、ジラルドだ。カシューは背筋を正し、恭しく、しかし対等な国家元首として口を開いた。「ええ、ジラルド陛下。緊急の報告があり、通信させて頂きました。……例の『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』と『災禍伯』の件について、新たな、そして決定的な情報が入りました」「ほう……?」 音声だけでも、ジラルド王の纏う空気が張り詰めたのが分かった。カシューは手元の資料――カリナから提供されたばかりの情報のメモを読み上げた。「先ほど、我が国の特記戦力であるカリナから通信がありました。彼女は潜入していたリシオノールの街で、組織の支部を単独で壊滅させました」「カリナが単独でやったのか? ふむ、さすがだ。あの娘の仕事は確実だな」 ジラルドの声に、呆れを含んだ称賛が混じる。彼はカリナの実力を高く評価している。「はい。そして、その支部から押収した情報により、組織の本拠地が判明しました。場所はチェスター街の北東、貴国との国境にも近い『ビィタールの谷』です」「ビィタールの谷か……。あそこは険しい渓谷で、人の立ち入らぬ場所だ。灯台下暗しとはこのことか。……だが、場所が割れただけであれば、カシュー殿がここまで声を荒げることもなかろう?」「ご明察です。問題は、彼らのスポンサーです」 カシューは一呼吸置き、最も重い事実を告げた。「組織と災禍伯メリグッシュ・ロバス……奴らの後ろ盾として、ビィタールの谷の北部、『ガリフロンド公国』のドゥーカス公爵が関与していることが判明しました」「なっ……!?」 ドンッ、と何かが叩かれる音が通信越しに響いた。玉座の肘掛けか、あるいは机だろうか。「公国の一貴族が、悪魔の……それも災禍伯の手先となっていると言うのか! 何者かと組織との繋がりは疑っていたが、まさか国家の中枢にいる公爵が……! なんたる愚行!」 ルミナス聖光国は、光
Read more

73  冒涜の騎士

 精霊の塔、その最上階。   無数の試練と守護者を突破し、カリナが重厚な石扉を押し開けたその先。 そこに天井は存在しなかった。 巨大な円形の広間はそのまま天へと開かれ、淡く揺らぐ虹色の精霊光が、本来ならば静謐な輝きを放ち、訪れる者を祝福するはずの場所だった。   だが――その光は、広間の中央で歪んでいる。 まるで清流に汚泥を落としたかのように。あるいは、美しい絵画に黒いインクをぶちまけたかのように。生理的な嫌悪感を催す「異物」が、そこに鎮座していた。 広間の最奥、精霊王へと至る階段の手前に据えられた石の壇座。そこに、一人の騎士が座している。 黒鉄と深紅を基調とした、全身を覆うフルプレートの重装鎧。曲線を排した鋭角的で無骨なフォルムは、身を守るための防具というよりは、自走する「焼却炉」を思わせた。二本の角がある兜の隙間や装甲の継ぎ目から漏れ出ているのは、生き生きとした燃える炎ではない。炉の底で静かに、陰湿に燻り続ける、熾火のような赤光だった。 ――獄炎騎士アグノス・レギウス。 その手にある大剣は抜かれていない。鞘に入ったまま、あるいは鞘そのものが剣であるかのような巨大な鉄塊が床に突き立てられ、両手はその柄頭に無造作に添えられている。   それは待ち伏せでも、油断でもない。騎士が騎士として、対等な敵を迎えるための姿勢だった。「……ッ、隊長……!」 カリナの足元で、隊員が短く呻いた。見れば、その全身の毛が針金のように逆立っている。愛らしい瞳孔は極限まで細まり、小刻みに震えていた。「気持ち悪い……怖いにゃ。あいつ、そこにいるだけで、空気が……腐ってるみたいにゃ」 野生の勘、そして精霊の種族としての本能が、目の前の騎士を「天敵」だと告げているのだ。カリナ自身も、肌が粟立つほどの悪寒を感じていた。使役し、魂で繋がっている精霊達が、彼女の中でざわめいている。悲鳴を上げている。 ――あいつは違う。 ――あいつは、あってはならない。 カリナは隊員の前に片膝をつき、その小さな頭を優しく撫でた。「隊員。お前はここまでだ」「た、隊長……?」「扉の外へ戻れ。そして階段の陰に隠れていろ。……あれは、お前が近くにいていい相手じゃない」 普段なら「おいらも戦うにゃ!」と意気込む隊員だが、今回ばかりは素直に頷いた。生物としての生存本能が、あの騎士へ
Read more

74  剣技の激突・届かぬ刃

 最上階の円環広間。   精霊の塔が沈黙する中、二つの剣閃が激突した。 アグノス・レギウスの踏み込みは、鎧の重さを感じさせないほど疾かった。正眼に構えた大剣が、一切の予備動作なく振り下ろされる。「耐えろ。――王の剣だ。王断」 単純にして至高。上段からの唐竹割り。だが、その速度と重量、そして剣筋の正確さは、防御ごと対象を「断つ」ための絶対的な質量を持っていた。「くっ……!」 カリナは咄嗟に二刀を交差させ、受け止めようとした。だが、触れた瞬間に悟る。これは受けられる代物ではない。 ガガァッ!! 凄まじい衝撃が両腕を突き抜け、骨が軋む音を上げた。 その重さは尋常ではなく、何より頼みの綱である精霊の力が、この鎧の前では霧散してしまうという事実が重くのしかかる。魔法工学の魔法障壁も、精霊の加護も、この一撃の前では紙切れ同然だ。この装備の前では、魔力はただの物理現象として処理されてしまう。 カリナは弾き飛ばされるように後退し、床を削りながら体勢を立て直した。魔法剣による属性攻撃が通じず、防御魔法も無効化される。頼れるのは自身の肉体と、磨き上げた剣技のみ。全身から闘気を漲らせる。「退くな。退けば死ぬぞ」 アグノスが前進する。一定のリズムで、機械のように正確に間合いを詰めてくる。「鉄歩連斬」 右、左、右。派手さはないが、一撃ごとにカリナの退路を削り、逃げ場を塗りつぶしていく。「攻撃」ではなく、空間そのものを支配する「制圧」。 このまま下がれば、いずれ壁に追い詰められる。逃げ場を失えば、待っているのは確実な死だ。焦燥が背中を駆け上がるのをカリナは感じた。 ならば、攻めるしかない。影のように踏み込み、敵の足元を狙う一撃を繰り出す。「影走!」 鋭い斬撃がアグノスの脛当てを捉える――はずだった。 だが、剣が当たる寸前、アグノスは無造作に大剣を振り抜いた。カリナの剣を受け止めた反動を利用し、即座に返されるカウンター。「無返剣」「しまっ――!?」 攻防一体の剣速に反応が遅れる。カリナは紙一重で身を捻り、直撃を避けたが、衝撃波だけで吹き飛ばされた。受け身を取り、距離を取る。 ――強い。   魔力に頼らない、純粋な「騎士」としての強さ。魔法剣士として、精霊の力との連携を主軸としてきたカリナ
Read more

75  極光の裁定と精霊王の加護

 精霊の塔・最上階。   石床は砕け、空気は灼け、カリナの呼吸は荒くなっていた。剣を振るうたび、腕に重くのしかかる衝撃。魔法剣士として精霊と呼吸を合わせることができない純粋な剣技だけでは、それを振るう悪魔の膂力の前では分が悪すぎる。「くっ、はぁっ……!」 アグノス・レギウスの大剣が、横薙ぎに唸る。受け止めきれず、カリナは後退する。衝撃を殺しきれず、床に深い溝が刻まれる。一撃一撃が、確実にカリナの命を削りに来ていた。「終わりだ、召喚士カリナ。その剣では、ここまでだ」 アグノスがトドメの構えに入る。もはや回避も防御も間に合わない距離。絶望的な質量が頭上から迫る。 その瞬間―― カラン、と乾いた音が響いた。カリナは、手から刀を離し、剣を下ろしたのだ。「諦めたのか? 剣を捨てるとは」 刃を止めたアグノスがカリナに問う。彼女の心が折れたのか? 否。その膝は折れていない。視線は、アグノスを超え、広間の天井――開かれた空へとまっすぐ向けられている。その瞳に映るのは、絶望ではなく、遥か高みにある星々の理。「……まだだ」 彼女は、静かに息を整えた。乱れた呼吸を強制的に鎮め、左手を翳し意識を宇宙へと飛ばす。「黄道十二宮の扉を、開く」 その言葉と共に、塔の最上階を支配していた熱気が一瞬で引いた。精霊達のざわめきが止まり、塔全体が、一つの星座を映すかのように暗転する。カリナの足元に浮かび上がるのは、波打つ水と壺の意匠――『黄道十二宮・宝瓶宮』の紋章。「天の高位精霊――」 彼女は、真名を呼ぶ。それは契約精霊の中でも最上位、太陽の通り道に座す絶対なる権能。「水と叡智を司る者。我が魂と心を量り、応えよ」 光が、降り注いだ。黄金。ただの輝きではない。天の理そのものの色が、カリナを包み込む。光の中から現れたのは、水瓶を抱えた黄金の鎧の乙女。長い髪は淡い蒼。瞳は氷晶のように澄み、その佇まいは、神話の一頁そのものだった。 ――宝瓶宮の天精霊、デジェリア。 彼女は、傷ついたカリナを見つめ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。「呼び声、確かに聞きました。我が主よ……あなたは、選ばれています」 次の瞬間。デジェリアの姿が輝き、音もなく砕け、ほどけ、光の粒子となって舞い上がった。それは再びカリナの身体を包むように形を成し、聖衣へと変わる。 召喚体と真
Read more

76  癒やしの湯と紫紺の装い

 精霊王の姿が消え、最上階に静寂が戻った。   だが、今のカリナが纏う空気は、塔に来る前のそれとは明らかに異なっていた。肌は内側から発光するように透明感を増し、その身に纏う魔力はどこまでも清浄で、かつ濃密だ。「……すごいにゃ、隊長」 物陰から恐る恐る出てきた隊員が、カリナを見上げて目を丸くした。「なんかこう、ピカピカしてるにゃ。神様みたいにゃ。近くにいるだけで身体の奥から元気が湧いてくるにゃ!」「ふふ、そうか? 自分ではあまり分からないが……確かに、身体は羽が生えたように軽いな」 カリナは自身の掌を見つめ、握りしめた。   精霊達の声が、五感を通してダイレクトに響いてくる。風の囁き、石の鼓動、遠くの海の飛沫。世界そのものが味方になったような、全能に近い感覚。これが精霊王の加護なのだと、彼女は静かに噛み締めた。「さて、長居は無用だが……手ぶらで帰るわけにはいかないな」 カリナは床に散らばる獄炎騎士アグノス・レギウスの残骸へと歩み寄った。主を失った『反転精霊装備』。不気味な赤黒い紋様が刻まれた黒鉄の鎧と大剣。そして、奴の中心核となっていたであろう、ドス黒い『闇の魔法結晶』。これらは敵の技術体系を知るための重要なサンプルであり、動かぬ証拠だ。 カリナはこれらをアイテムボックスへ格納した。この世界にデータ送信などという便利なものはない。現物を持ち帰るしかないのだ。「帰ろう、隊員。カナミが待っている」「了解にゃ。お腹空いたにゃ!」 カリナは塔の縁に立ち、広大な夜空に向けて手を翳した。「来い、ガルーダ!」 喚びかけに応じ、紅蓮の翼を持つ神鳥が星空を割って現れる。カリナは隊員を抱えてその背に飛び乗った。「ワダツミへ。全速力で頼む」 ガルーダが力強い雄叫びを上げ、夜の海へと滑空していった。 ◆◆◆ ワダツミに戻った頃には、街はすっかり夜の帳に包まれ、家々の明かりが星のように瞬いていた。海沿いの高台にある「白い家」。その玄関先には、提灯の明かりの下、心配そうに空を見上げるカナミの姿があった。「カナミ!」 ガルーダから飛び降りたカリナを見て、カナミの顔に安堵の色が広がった。「カリナちゃん! ああ、よかった……無事だったのね!」 駆け寄ってきたカナミは、しかしすぐに表情を曇らせ、悲鳴に近い声を上げた。   今のカリナの格好は、凄惨と言って
Read more

77  陰陽国ヨルシカ

 朱雀の背に乗って空を翔けること数時間。夕闇が迫り、空が茜色から群青色へとグラデーションを変える頃、眼下に広大な城下町が見えてきた。 大陸の北東、海に面した平地に位置する『陰陽国ヨルシカ』。   国全体を囲むのは、黒い瓦屋根を戴いた白漆喰の長い城壁だ。街の中には木造建築が整然と立ち並び、各所に赤い鳥居や柳の木が見える。その光景は、まさに日本の古都そのものの情緒を湛えていた。「着いたわよ! ここがヨルシカの都よ!」「おお、これが今のヨルシカか」 カナミの指示で、ちゅん太郎は城門近くの広場に降り立った。巨大な霊鳥の飛来に、門番や通行人たちがどよめく。「ご苦労さま、ちゅん太郎。戻っていいわよ」 カナミが札をかざすと、朱雀は炎となって消えた。一行はそのまま、堂々とした朱塗りの大門へと向かった。「止まれ! 何者だ!」 槍を構えた門番が鋭く問う。カナミは優雅に扇子を開き、懐からギルドカードを提示した。黄金色に輝くそのプレートには、燦然と『Aランク』の刻印が刻まれている。「Aランク冒険者、カナミです。観光と、商用で参りました」「なっ……Aランク!?」 門番が驚愕に目を見開く中、隣に立つカリナもまた、無言で懐からカードを取り出し、提示した。そこにもまた、同じ黄金の輝きと『Aランク』の文字があった。「えっ……!? こ、こちらの少女もAランク!?」 門番達に動揺が走る。Aランク冒険者といえば、猛者となれば単独で災害級の魔物を討伐できる英雄クラスだ。そんな規格外の存在が二人、しかも美女と、まだあどけなさの残る美少女という組み合わせで現れたのだ。   畏敬と困惑が入り混じった眼差しを受けながら、門番達は慌てて道を空け、深々と頭を下げた。「し、失礼いたしました! どうぞお通りください!」 三人は堂々と、ヨルシカの街へと足を踏み入れた。 ◆◆◆ 街の中は、夕食時の活気に満ちていた。   出汁の香り、炭火で焼かれる魚の脂が焦げる匂い、甘辛い醤油の香ばしい匂いが漂ってくる。提灯の明かりが石畳を照らし、着物や作務衣姿の人々が行き交う。「ふふ、いい匂いね。お腹も空いたし、早速宿に行きましょうか」 カナミが案内したのは、海に近い港区画にある一軒の宿だった。   『灰石の航海宿』。   その名の通り、灰色のがっしりとした石造りの土台に、木造の和風建築が乗っ
Read more

78  陰陽国国王ソウガとの連携

 人払いを済ませるや否や、ソウガ王は堅苦しい威厳をかなぐり捨て、親しげに身を乗り出した。「久しぶりね、ソウガ君。……いえ、陛下とお呼びすべきかしら?」「よしてくれ。貴女と私の仲ではないか。私がまだ鼻垂れ小僧だった頃から、貴女には世話になりっぱなしだ」 ソウガは苦笑しながら手を振った。彼は幼少期、お忍びで城下を飛び出したところを魔物に襲われ、当時この国を訪れていたカナミに助けられた過去がある。以来、彼はカナミを実の姉のように慕っていた。「して、今日は大事な話があるのだろう? わざわざ貴女が足を運ぶほどだ」 ソウガの表情が、王のそれに戻る。カナミは頷き、扇子を閉じて居住まいを正した。「ええ。単刀直入に言うわ、ソウガ君。……私、これからは『エデンのカグラ』として、前線に復帰することにしたわ」「なっ……! カグラとして、再び戦うと言うのか!?」 ソウガが驚きに目を見開く。「ええ。事態はそれほど切迫しているの。……紹介するわ。こちらはエデンの特記戦力、カリナちゃん。今回の作戦の、正真正銘の『鍵』となる人物よ」 カナミに促され、カリナが一歩前に出た。紫と白のコントラストが美しい衣装に身を包み、精霊王の加護による淡い光を纏ったその姿。凛とした青い瞳が、まっすぐにソウガを見つめる。カリナは王族に対する礼儀を弁え、恭しく一礼した。「エデンより参りました、召喚術士のカリナと申します。お初にお目にかかります、国王陛下」 その瞬間。ソウガの動きが、ピタリと止まった。瞬きすら忘れたかのように、カリナを凝視している。 ドクン。   若き王の胸が高鳴った。可愛い。ただ可愛いだけではない。神秘的で、力強く、それでいてどこか儚げな……まさに天から降りてきた仙女のような美しさ。しかも、その可憐な唇から紡がれる凛とした敬語の響きが、彼の心を撃ち抜いた。「……ッ!!」 ソウガの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。彼は口元を震わせ、カナミに向かって裏返った声で叫んだ。「あ、姉上……いや、カグラ殿! こ、この美しい方は……! あ、あまりに……その、私の理想と申しますか、どストライクというか……!」「あらあら、まあまあ」 カナミがニヤニヤと扇子で口元を隠す。「一目惚れ? ソウガ君も隅に置けないわねぇ。でも残念、カリナちゃんは高嶺の花よ?」「そ、それは! いや、しかし
Read more
PREV
1
...
678910
...
13
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status