All Chapters of 聖衣の召喚魔法剣士: Chapter 81 - Chapter 90

110 Chapters

79  三王の会談

 カリナがペガサスに乗り、ヨルシカからエデンへの帰路についている頃。   エデン王城、国王執務室。   豪奢な装飾が施された高い天井と、壁一面に並ぶ古書。その厳粛な空間に鎮座する重厚な執務机の前に、エデン国王カシューは座っていた。 彼は左耳から、普段使用している通信用の小型魔道具――イヤホン型の通信機を取り外すと、それをデスクの中央にコトリと置いた。指先から微量な魔力を流し込む。すると、無機質な黒いイヤホンが淡い青色の光を帯び、内蔵された術式が展開される。音声を増幅するスピーカーモードへの切り替えだ。 ここには映像を映し出す水晶板もなければ、相手の顔を見るための魔法の鏡もない。あるのは、遠く離れた地にいる二人の王の「声」のみだ。だが、それで十分だった。声のトーン、息遣い、そして沈黙の間。それらを聞き分けることこそが、為政者たる者に必要な資質でもあるのだから。「……通信状態は良好のようですね。お二人とも、聞こえていますか?」 カシューが穏やかに、しかしよく通る声で問いかける。   一瞬の静寂の後、デスクの上のイヤホンから、ノイズ混じりの、しかし力強い二つの声が響いた。「うむ。感度良好だ。エデン王よ」「ああ、こちらでもはっきりと聞こえている。エデンの魔道具か……声だけで遠方と繋がるとは、実に興味深い技術だ」 腹の底に響くような重厚で威厳のある声は、西の大国、ルミナス聖光国の王、ジラルド。若々しくも理知的で、張り詰めた糸のような鋭い響きを持つ声は、北東の陰陽国ヨルシカの若き王、ソウガだ。「では、形式的ですが紹介させていただきますね。こちらがルミナス聖光国のジラルド王。そしてこちらが、今回新たにこの同盟に加わってくれた、陰陽国ヨルシカのソウガ王です」 普段の飄々とした雰囲気の中に、一国の王としての芯の強さと、同盟の盟主としての責任感を滲ませるカシューの言葉。それを受け、ソウガの声が響く。「お初にお耳にかかる、ジラルド殿。ヨルシカ国王、ソウガ・ヨルシカだ。聖光国の武名は、遠く我が国にも轟いている。こうして言葉を交わせること、光栄に思う」 緊張を含みつつも、礼節を弁えた若き王の挨拶。対するジラルドも、声に好意的な色を滲ませて応じた。「うむ。噂に聞く若き賢王か。声を聞くだけで分かる、芯の通った良い男のようだな。……ヨルシカは長らく独自の文化を守り、
last updateLast Updated : 2026-01-25
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80  聖光の誓いと、銀翼の決意

 ルミナス聖光国、王都。   白亜の城壁と尖塔が立ち並ぶその美しい都は、常に神聖な鐘の音と人々の祈りに包まれている。その中心、ルミナス王城の最奥にある『聖光の玉座』の間。普段は静寂に支配されるその広間に、今日は重々しい空気が満ちていた。 玉座に座すのは、聖光王ジラルド・ルミナス。その髪には白いものが混じり始めているが、肉体は鋼のように引き締まり、眼光は鋭い。老人と呼ぶにはあまりに精悍な、脂の乗り切った壮年の王である。彼の御前には、四人の男女が跪いていた。 温和な顔立ちに誠実さを滲ませる、聖騎士のカーセル。その隣で軽薄そうな笑みを浮かべ、長槍を肩に担ぐ男、槍術士のカイン。巫女装束に似た衣装を纏い、快活なオーラを放つ陰陽術士の少女、ユナ。そして、法衣を正しく着こなし、慎ましやかに控える神聖術士のテレサ。 この国が誇る精鋭、冒険者ギルド『ルミナスアークナイツ』の面々である。「面を上げよ」 ジラルドの重厚なバリトンボイスが響く。四人が顔を上げると、王は深く息を吐き、口を開いた。「急な呼び出しですまない。だが、事態は一刻を争う」「陛下。我らルミナスアークナイツ、王の命とあらばどのような地獄へも馳せ参じます。……して、どのような事態でしょうか」 リーダーであるカーセルが、穏やかながらも芯の通った声で問う。ジラルドは傍に控える宰相に目配せをし、広げられた大陸地図の一点を指し示した。「北西の不毛の地、『ビィタールの谷』。そこに、大陸全土を脅かす闇の組織『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』の本拠地が判明した」 その名を聞いた瞬間、テレサが眉をひそめた。「ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム……。確か、精霊を汚染する実験を繰り返しているカルト集団ですね。まさか、拠点を突き止めたのですか?」「うむ。情報をもたらしたのは、騎士王カシューが治める国、エデンだ」「エデン……あの国ですか」 カインが「へぇ」と興味深そうに口笛を吹く。「そして、問題はそれだけではない。その組織の背後には、魔界の有力者『災禍伯メリグッシュ』の影がある。さらに……我々の隣国である小国、ガリフロンド公国の影もな」「ガリフロンド公国……ですか?」 ユナが首を傾げた。ガリフロンドはヴィクトール大公が治める、ごく普通の貴族階級によって統治される小国だ。軍事力もそこそこで、特に目立った脅威は
last updateLast Updated : 2026-01-26
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81  閉ざされた屋敷の妄執

 大陸北西部に位置する小国、ガリフロンド公国。   その領土の北端、険しい山岳地帯の奥深くに、世界から忘れ去られたかのような古びた屋敷が存在する。かつては公国の軍事を一手に担い、鋭い牙として恐れられた名門、ドゥーカス公爵家の居城である。 だが今、その屋敷は異様な静寂に包まれていた。   窓という窓は分厚い鉄板と重厚なカーテンによって閉ざされている。外界との接点を極限まで拒絶し、まるで巨大な墓標のように聳え立つその屋敷は、常に鉛色の雷雲に覆われ、昼なお暗い影を落としていた。 屋敷の最深部。あらゆる光と音を遮断した執務室に、男の狂気だけが腐臭のように充満していた。「ええいッ! どいつもこいつも、裏切りおって……!! 恥知らず共がッ!」 男の名は、ゴートス・ドゥーカス。   豪奢な刺繍が施された椅子を蹴り倒し、彼は手にした羊皮紙の束を暖炉の火へと投げ込んだ。乾燥した羊皮紙は瞬く間に炎に巻かれ、黒い灰へと変わっていく。燃え上がる炎が、彼の端整だが病的なほど青白く、血管の浮き出た顔を不気味に照らし出した。 灰になったのは、近隣の貴族達、そしてあろうことか主君であるはずの大公ヴィクトールから届いた、事実上の『絶縁状』であった。 内容は簡潔かつ、慈悲の欠片もない通告だった。   ――ドゥーカス領への物資供給の即時停止。主要街道の完全封鎖。そして、今後一切の軍事連携の拒否。   昨日までゴートスの顔色を窺い、彼の軍事力と『裏のコネクション』を恐れて媚びへつらっていた連中が、申し合わせたかのように一斉に掌を返したのだ。「物資を止めるだと? 干上がらせるつもりか? あの臆病者のヴィクトールごときが、この私に牙を剥くとは……! 恩を仇で返すとはまさにこのことだ!」 ゴートスは自身の爪が肉に食い込むほど拳を握りしめ、ギリギリと歯ぎしりをした。口の中に鉄錆のような血の味が広がるが、彼は気にも留めない。 彼はまだ知らない。その裏で、大陸のパワーバランスを揺るがすほどの巨大な包囲網が敷かれていることを。精霊信仰の総本山であるルミナス聖光国、数多の英雄を擁する騎士王の国エデン、そして東方の神秘を操る陰陽国ヨルシカ。これら三大国が手を組み、彼を――否、彼の背後に潜む『闇』を討つために動き出しているという事実を。 外界からの情報を遮断し、自分に都合の良い報告書だけを読み
last updateLast Updated : 2026-01-27
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82  帰還と再会

 数日後。エデン。 その白亜の城壁が見えてくると、カリナは張り詰めていた糸がふっと緩むのを感じた。上空から舞い降りたペガサスは、大きな翼を羽搏かせ、重力を感じさせない優雅な動作で城門の前に着地する。石畳に蹄が触れる乾いた音が、故郷への帰還を告げる合図だった。 カリナと隊員が背から飛び降りると、ペガサスは主人の無事を祝うように一度だけ高く嘶いた。「お帰りなさいませ、カリナ様!」 門番の衛兵達が、敬意と親しみを込めて槍を掲げる。彼らの笑顔は、ここが戦場ではなく、守るべき日常であることを思い出させてくれた。「ただいま。……お前達も、お疲れだったな」 カリナは背後を振り返り、ここまで付き従ってくれたケット・シー隊員たちに視線を送った。「一旦休んでくれ。また喚ぶからな」「またなのにゃ、隊長」 隊員が敬礼と共に愛らしい声を上げる。カリナは口元を緩めて頷き、彼らを送還の光で包んだ。まずはゆっくりと休んで欲しい。 城内に入り、磨き抜かれた回廊を歩く。窓から差し込む陽光は暖かく、カリナの心を解きほぐしていく。角を曲がったところで、近衛騎士団長のクラウスと鉢合わせた。「おや、カリナ様。お帰りなさいませ。ご無事の帰還、心より安堵いたしました」「クラウスか。ただいま戻った。カシューは執務室か?」 「はい。エクリア様と何やら話し込んでおられますが……あなたの報告なら最優先されるでしょう」 「わかった。後で向かうと伝えてくれ」 クラウスは一礼して去っていった。カリナは足早に自室へと向かう。報告も大事だが、今はまず、彼女に無事を伝えなくては。 自室の扉の前に立つ。カードキーを取り出し、ロックを解除しようとしたその時だった。かざすよりも早く、内側からガチャリと扉が開いた。 そこには、まるで彼女の足音を聞き分けていたかのように、メイド服に身を包んだルナフレアが立っていた。「――お帰りなさいませ、カリナ様」 慈愛そのものといった柔らかい声。次の瞬間、カリナはルナフレアの温かい腕の中に包み込まれていた。ふわりと香る、日向のような優しい匂い。張り詰めていた精神の鎧が、その抱擁一つで溶けていく。カリナはルナフレアの肩に額を預け、深く息を吸い込んだ。「ただいま、ルナフレア。今回は色々と疲れた」 「ええ、よく無事で戻って来て下さいました。もう大丈夫です。ここは貴女の自
last updateLast Updated : 2026-01-28
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83  カリナ先生爆誕!

 執務室を後にしたカリナは、城を出て城下町の西区へと向かった。   活気あふれる街並みを抜け、西区の一角に広大な敷地を構える「エデン王立学園」。そこは次代を担う騎士や術士を育成する機関であり、今は多くの若者達が集う場所となっている。 石造りの立派な正門をくぐると、そこは若きエネルギーに満ち溢れていた。広大なグラウンドでは、騎士科の生徒達が模擬戦で汗を流し、魔法科の生徒達が標的に向かって呪文の詠唱を繰り返している。「ほう……。なかなかいい動きじゃないか」 カリナは立ち止まり、鋭い眼光で生徒たちの訓練を見つめた。平和ボケしているかと思いきや、どの生徒の瞳にも真剣な光が宿っている。各地の悪魔の脅威が伝わっているせいか、危機感を持って修練に励んでいるようだ。「こら、そこの君!」 その時、背後から女性の声がかかった。振り返ると、そこには一人の女性教師が立っていた。落ち着いた色のローブを纏い、栗色の髪の間からはぴんと立った猫の耳が、背後からはしなやかな尻尾が揺れている。猫人の獣人だ。「授業中にフラフラしてどうしたの? 迷子? それともサボりかしら?」 彼女はカリナをジロジロと上から下まで見回し、少し呆れたように息を吐いた。どうやら、その容姿の幼さから新入生か何かと勘違いしているらしい。「ああ、いや。私は生徒じゃ……」 「言い訳はいいわ。まったく、最近の子は……。君、専攻は?」 問答無用で話を遮られ、カリナは少しむっとしたが、面倒なので短く答えることにした。「召喚術だ」 「召喚術?」 その単語を聞いた途端、教師の表情が少し曇った。同情というか、哀れみというか、なんとも微妙な反応だ。「……そう。あそこは今、大変だものね。人気も下火だし、先生も苦労してる。……サボりたくなる気持ちも、わからなくはないけれど」 彼女はため息交じりに呟くと、気を取り直したように微笑んだ。「私はリディア。私も召喚術科の担当教師よ。さあ、教室まで案内してあげるから、観念してついてきなさい」 「……案内してくれるなら助かる。だが、一つ訂正させてくれ」 カリナはリディアの隣を歩きながら、淡々とした口調で告げた。「私はサボりの生徒じゃない。今、召喚術科で教えているリーサは私の代行だ」 「え? リーサ先生が君の代行?」 リディアが目を丸くして、猫耳をピクリと動かす。「あ
last updateLast Updated : 2026-01-29
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84  故郷の温もり

 カシュー達の執務室を後にしたサティアは、王城の居住区にある自室の前で足を止めた。 そこは、彼女が「聖女」としての心を折られ、逃げるようにルミナス聖光国へと旅立って以来――実に100年の時が止まったままの、かつての私室である。 サティアは懐から、先ほどカシューから渡されたカードキーを取り出した。薄い板きれ一枚で扉が開く。100年という歳月は、エデンの科学技術を大きく進歩させていたのだ。浦島太郎のような気分になりながら、彼女は震える指先でそれをリーダーにかざす。ピピッ、という無機質な電子音が響くと、ロックが解除され、重厚な扉が音もなく自動的にスライドして開いた。「――お帰りなさいませ、サティア様」 扉が開く駆動音を聞きつけ、部屋の奥から一人の女性が早足で駆け寄ってきた。見た目は人間の大人の女性と変わらぬプロポーションをしているが、その背中には七色に輝く透明な蝶の羽が生えている。彼女はサティアの側付きである妖精族のマリナだ。整った顔立ちを涙で濡らしながら、彼女はサティアの前でその豊かな胸に手を当て、深々と、優雅な礼をした。「マリナ……。ただいま、戻りました」 「ようこそお戻りくださいました。サティア様が行方不明になられてから100年……長うございましたが、再びお顔を拝見できて、感無量でございます」 マリナの声は落ち着いた大人の女性のものだが、その声尻は喜びで僅かに震えていた。サティアはマリナの手を優しく握りしめた。その温もりが、ここが現実であることを教えてくれる。 そして、部屋の奥にはもう一人、静かに佇む女性の姿があった。「お帰りなさいませ、サティア様」 凛とした涼やかな声。長い亜麻色の髪を一つに束ね、知的な眼鏡の奥に翡翠色の瞳を宿した長身の女性――エルフのジュネだ。   彼女はサティアが不在の間、『神聖術士代行』としてその留守を守り続けてきた忠臣である。普段は感情を表に出さない彼女だが、その瞳は微かに潤んでいる。彼女は身に纏った法衣を正し、主の帰還を恭しく迎えた。「ジュネ……。貴女も、長い間留守にしてごめんなさい」 サティアは部屋の中央に進み出ると、二人に向かって深く頭を下げた。「マリナ、ジュネ。……謝らなければなりません」 サティアの声が震える。あの「五大国襲撃事件」の惨劇。己の無力さに絶望し、心に深い傷を負った彼女は、聖女としての責
last updateLast Updated : 2026-01-30
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85  剣戟の響き

 翌朝。   東の空が白み始め、朝靄がエデンの城郭を幻想的に包み込む刻限。騎士団の第二演習場には、張り詰めた冷気と共に、心地よい緊張感が漂っていた。 砂利を踏みしめる音と共に、カリナとリーサが姿を現す。  カリナは訓練といえども妥協はなく、フリルやリボンがあしらわれた、いつものファンシーかつ高性能なドレス衣装だ。対するリーサも、エデン王国の正式な術士であることを示す、刺繍入りの上質なローブを身に纏っている。「おはようございます、皆様。早いですね」 リーサが声をかけると、演習場の中央で既に準備運動を終え、軽く素振りをしていた五つの影が振り返った。『シルバーウイング』の面々だ。彼らは動きやすさを重視した稽古着に身を包んでいる。「おはようございます、カリナさん、リーサさん。朝の空気は気持ちが良いですね」 団長のセリスが、流れるような所作で木剣を止め、爽やかな笑顔を向ける。その額には既にうっすらと汗が滲んでおり、入念なウォーミングアップを済ませていたことが伺えた。「ああ、おはよう。……へえ、準備万端って顔だな」 カリナの視線が、彼らの手に握られた武器に向けられる。  今回はあくまで訓練を兼ねた手合わせ。刃引きをした鉄剣ですら、彼らレベルの膂力で振るえば致命傷になるため、全員が堅牢な樫の木で作られた「木剣」を手にしていた。 剣士のエリアとセリスは標準的な片手木剣。スカウトのロックは、小回りの利く二振りの短剣型木剣。そして、普段は巨大な戦斧を操るアベルの手には、丸太のように太く長い、両手持ちの大剣型木剣が握られている。魔法使いのセレナだけは武器を持たず、訓練用の杖を手に、少し離れた位置で魔力の循環を確認している。「当然よ。エデンの特記戦力のカリナちゃんと手合わせできるなんて、滅多にない機会だもの」   エリアが木剣をブンと振って笑う。「俺としては斧が恋しいが……まあ、この丸太でも十分戦えるからな」   アベルが豪快に木剣を肩に担ぐ。「さて、どうする? まずは一対一で回すのか?」   ロックが短剣をクルクルと指先で回しながら尋ねるが、カリナは首を横に振った。「いや。先ずはセリス以外、お前達四人で同時に掛かってきてくれ」 その言葉に、場の空気が一瞬止まる。 「四人同時……? いくらカリナちゃんでも、それは無茶じゃないかしら?」   セレナが目
last updateLast Updated : 2026-01-31
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86  カグラ到着

 シルバーウイングとの手合わせから数日が過ぎた。 その間、エデンの空は抜けるように青く、嵐の前の静けさを思わせる穏やかな日々が続いていた。カリナは連日、セリス達シルバーウイングの面々と共に汗を流していた。騎士団の演習場は、今や彼らの熱気で満たされている。「――そこだッ!」「おっと、甘いです!」 乾いた音が響き、二つの影が交錯する。木剣を振るうカリナの動きに、一切の迷いはない。対するセリスは流れるような剣捌きでそれを受け流し、鋭い突きを繰り出す。   かつてトップランカーとして鳴らしたカリナの戦闘技術は錆びついていない。だが、身体感覚というものは生モノだ。コンマ一秒の判断、呼吸のタイミング、筋肉の連動。それらを極限まで研ぎ澄まし、実戦の勘を磨くためには、信頼できる強者との立合いが必要不可欠だった。「はぁ、はぁ……! 流石ですね、カリナさん。昨日の動きよりもさらに洗練されています」 「セリスこそ、鉄壁の守りだな。こじ開けるのに骨が折れる」 息を切らせて剣を下ろすセリスに、カリナはタオルを投げ渡す。その光景を、ベンチで休んでいたエリア達は眩しそうに見つめていた。「はー、いつもながらレベルが違うわね」「そうだな、だがここに来てからの訓練で、我々も着実にレベルアップしている。そう悲観することはない」 エリアの言葉にアベルが答えた。「素晴らしいです。カリナさんと剣を交えるたびに、私達も引き上げられていくのを感じます。……まるで、シルバーウイング全体が進化しているようです」 セリスは丁寧な口調で、心からの敬意を込めて語った。「お互い様さ。お前達のような連携の取れたパーティと動くのは、私にとっても良い刺激になる」 カリナは汗を拭いながら、自身の掌を見つめた。握りしめた拳に力が漲る。準備は整いつつあった。身体も、心も、そして仲間たちとの連携も。 そして、ついにその日が訪れる。 ◆◆◆ エデン城、謁見の間。 天井高く伸びる柱列と、磨き上げられた石床。その最奥に鎮座する玉座には、国王カシューが威厳を湛えて座している。   王の右側には、冷徹な知性を感じさせる側近のアステリオンが、左側にはエデンの騎士の一角、近衛騎士団長クラウスが、それぞれ彫像のように直立している。 さらに広間の両脇には、エデンが誇る特記戦力達が並ぶ。  召喚魔法剣士カリナ、神聖術
last updateLast Updated : 2026-02-01
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87  出撃前夜

 決戦に向けた準備期間の一週間は、飛ぶように過ぎ去った。 その間、カシューは魔法工学で作られたイヤホン型の通信機器を駆使し、ルミナス聖光国のジラルド王、そしてヨルシカ陰陽国のソウガ王と連日連夜の会談を行った。   カリナが単身ルミナスへ渡り、かの国を脅かしていた悪魔を討伐した実績。それが元となった強固な信頼の礎、カグラの縁によるヨルシカとの繋がり、三国の同盟関係は揺るぎないものとなっていた。その信頼があったからこそ、軍の展開速度や補給線の確保といった詳細な調整もスムーズに完了したのだ。 そして、出発を翌朝に控えた夜。エデンの城下町は静まり返り、明日の出陣に備えて眠りについている。 城のバルコニーには、一人、月を見上げるカリナの姿があった。夜風が彼女の赤い髪と、フリルのついたドレスの裾を優しく揺らしている。「――眠れないのかしら? カリナちゃん」 背後から、衣擦れの音と共に柔らかい声がかかった。振り返ると、月光に照らされたカグラが立っていた。昼間の騒がしさとは打って変わり、その表情は穏やかで、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。白の狩衣と紅の羽織が、夜の闇に鮮やかに映えていた。 彼女もサティア同様、ずっと留守にしていた自室で、側付や自分の代行との再会を果たしていた。「カグラか。……いや、眠れないわけじゃない。ただ、風に当たりたかっただけだよ」 「ふふ、そう」 カグラは音もなくカリナの隣に歩み寄ると、手摺りに肘をついて同じ月を見上げた。「さっきカシューから聞いたわ。ジラルド王ともソウガ君とも、話がついたって」 「そうか。流石はカシューだ。あのジラルド王と、ヨルシカのソウガ王を相手に、たった数日で完璧な連携プランをまとめ上げるなんてな」 カリナが感心したように頷く。「ええ。ソウガ君ったら張り切っていたわよ。『カグラ姉様とカリナさんのためなら、ヨルシカ全軍をもって支援します!』ですって。……あの子の気持ち、少しは察してあげたら?」 「ん? あいつは本当に律儀でいい奴だったからな。困ったときはお互い様というやつだろ?」 カリナは心底不思議そうに首を傾げた。ソウガが自分に恋心を抱いているなどとは、微塵も気づいていない様子だ。「……相変わらずこの子は、鈍感ねぇ」 カグラは苦笑しつつ、話題を変えた。「北のガリフロンド公国は、予定通りソウガ君率い
last updateLast Updated : 2026-02-03
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88  合流・作戦開始

 魔法工学の粋を集めた黒塗りの車列は、荒野を切り裂く黒い矢となって疾走していた。   エデンの舗装された道路とは異なり、国境付近の道は凸凹とした悪路だ。しかし、車内は驚くほど静かで、振動一つ感じさせない。 後続の車両に乗ったシルバーウイングの面々は、窓の外を飛ぶように過ぎ去る景色と、あまりにも快適な乗り心地のギャップに目を白黒させていた。「おいおい、すげぇなこりゃ……。外じゃ砂利が跳ね回ってるはずなのに、まるで高級宿のソファに座ってるみたいだぜ」 ロックが、ふかふかのシートをバンバンと叩いて感嘆の声を上げる。「ああ、それにこの広さだ。俺の図体でも足が伸ばせるなんてな……快適過ぎて、まるで戦場に向かってる気がしないな」 巨躯のアベルも、窮屈さを感じさせない車内にご満悦だ。「揺れないのはいいことです。酔うのは嫌ですからね」 魔法使いのセレナが安堵したように言うと、副団長のエリアが窓の外を指さして笑った。「大丈夫よセレナ。見て、この景色。揺れるどころか滑るように走ってるわ。……それにしても速いわね。これならあっという間に着くわ」「ええ。速度も尋常ではありませんね。馬なら泡を吹いて倒れる距離を、一瞬で駆け抜けています……。これがエデンの最先端技術なのですね」 団長のセリスもまた、丁寧な口調で感心しつつ、手元の地図と窓外を見比べて舌を巻いていた。PCの彼女にとっては現実世界の再現とも呼べる技術である。 一方、先頭を行く一際大きな指揮車両。   ハンドルを握るのは戦車隊隊長のガレオスだ。瞳は鋭く前を見据え、その厳つい風貌に似合わず、今回は極めて繊細かつ安全なハンドル捌きを見せている。助手席にはカシューが座り、ダッシュボードに広げたモニター地図で現在地と到着予定時刻を確認していた。「到着まであと十分といったところか。ガレオス、揺れは?」 「問題ありません、陛下。路面状況を常時スキャンし、サスペンションを最適化しております。後部座席の皆様の紅茶も零れないレベルを維持中です」 「うむ、流石だ」 そして、広々とした後部座席。その中央にはカリナが座り、その右側にはカグラ、左側にはサティアが密着するように座っていた。「……おい、二人とも寄り過ぎじゃないか? 席は広いんだぞ」   両側から柔らかい感触に挟まれ、カリナが呆れたように言う。 「いいじゃな
last updateLast Updated : 2026-02-04
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