All Chapters of 黎明の風と永遠の指輪ー夜の世界で出会った二人、危険で甘い約束ー: Chapter 21 - Chapter 30

130 Chapters

第二十一話

ホテルの部屋から追い出されたあと。  利衣子は、近くのビジネスホテルに部屋を取り、鏡の前に腰を下ろした。  頬に残る紅潮を指先でなぞりながら、ゆっくりと長い黒髪をとかす。  その動きには、怯えも動揺もない。  ただ、鏡の奥に映る自分を冷静に観察する女の目だった。 「――まさか、本当に寝ちゃうなんてね」  ポツリと呟いた声が、微かに笑っている。  唇の端がゆるやかに上がり、やがて妖艶な弧を描いた。 昨日の夜、確かに怖かった。  あの男――柊 蓮。  彼の視線は鋭く、獣のように研ぎ澄まされていた。  ほんの少しでも隙を見せれば、魂ごと射抜かれそうな危うさを持っていた。 そんな男が、今朝、自分の隣で無防備に眠っていたのだ。  腕の中で静かな寝息を立てるその姿に、思わず胸がざわついた。 ――これは仕事、ただの任務。  そう自分に言い聞かせながらも、心のどこかが甘く痺れていた。 バッグの奥からスマートフォンを取り出す。  そこには、昨夜こっそり撮った一枚の写真。  ベッドの上で、眠る蓮の隣に並ぶ自分。  シーツの皺、絡まる髪、そして男の腕。  男の首筋に残した、熱い口づけの跡。それだけで、十分すぎる“証拠”だった。 「本当に欲しくなっちゃったわ、あの男。でもこれで……逃げられないわね」  唇をなぞりながら、利衣子は笑った。 最初はただの“興味”だった。  若くして地位も金もあり、整った顔立ち。  いつも冷静沈着で、女を寄せつけないあの雰囲気。  まるで氷のような男。  その氷を溶かしてみたい――そんな軽い好奇心だった。 だが、ある日、鷲尾に呼び出された。  西條組の幹部であり、裏の密輸ルートを牛耳る男。  彼は煙草の煙を吐きながら、薄暗いバーの奥で彼女に言った。 「利衣子。お前にしかできねぇ仕事がある」 その声は低く、背筋に冷たいものを這わせた。 「例の黎明(れいめい)の若造――柊 蓮。あいつを堕とせ」 利衣子はそのとき、意味が分からなかった。  「堕とせ」とは、どういう意味か。  鷲尾は笑いながらグラスを回す。 「お前は顔がいい。体も使える。少し甘い声を出せば、男なんざ落ちる。  黎明の跡取りを堕とせば、西條の未来は変わるんだ。あのガキを壊せ」 そのとき、利衣子の胸に湧いたのは、恐怖ではなく奇
last updateLast Updated : 2025-11-28
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第二十二話 崩壊の序曲

東京へ戻る日の午前二時。  深夜のホテルロビーは、まるで時間の流れを忘れたように静まり返っていた。  大理石の床に反射するランプの光が、観葉植物の影をゆらゆらと揺らしている。  冷たい空気の中、エアコンの低い唸りと、時計の針が刻む音だけが耳に残った。 柊 蓮は、ロビーの片隅にある革張りのソファに一人腰を下ろし、無言のままスマートフォンを握りしめていた。  光を失った瞳で、じっと画面を見つめている。  その手の甲には、朝方殴った壁の跡がまだ赤く残っていた。 スクリーンには、利衣子からのメッセージが無機質に並んでいた。  文字のひとつひとつが、まるで毒を含んだ針のように彼の胸を刺す。 《ねぇ、蓮さん。昨日のこと覚えてる?覚えてなくても写真があるの》  《変なこと考えないで。私はただ、あなたと“ちゃんと話したい”だけ》  《もし逃げるなら、彼女に送るわ。あなたの婚約者にね》 最後の一行を見た瞬間、蓮の呼吸が止まった。  スマートフォンを握る指が震え、画面がわずかに滲む。  瞼の裏に、玲の顔が浮かんだ。  柔らかく微笑むその瞳が、いまは恐ろしく遠く感じられた。 スクロールする指が止まった。  胃の奥がぎゅっとねじれるような痛み。  体の芯から冷えていくような感覚。  何かが、崩れ落ちていく音が心の奥で響いた。 (どうして……あの夜、店なんかに行った……) こみ上げる後悔が喉を詰まらせる。  思い出したくもない。  けれど、脳裏に焼きついた光景は消えない。  グラスの中の琥珀色の酒。 利衣子の笑い声。 目が回るような感覚と抗えないほどの睡魔。 そして――あの首筋から肩にかけての赤い跡。 拳を強く握りしめ、蓮は低く唸った。  「……チクショウ……」  声は震えていた。  こみ上げるのは怒りか、情けなさか、それとも恐怖か。  自分でも判別がつかない。 どんな言葉を並べても、玲を裏切ったという事実だけは消えなかった。  あの夜、少しの油断が命取りになる任務の最中だった。  ほんの数時間の休息のつもりで、部下に誘われて立ち寄った店。  “息抜き”のつもりで飲んだ酒。その一杯が、すべてを壊した。 酒に溶けた香り、彼女の手の温もり、耳元で囁く声。  その一つひとつが、今では呪いのように甦る。 (あれが罠だったな
last updateLast Updated : 2025-11-29
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第二十三話 脅迫

 ――無理だ。 息が詰まった。  胸の奥が締めつけられる。 「……利衣子……!」 奥歯が軋んだ。  声にした瞬間、胸の奥に黒い憎悪がこみ上げた。  甘い笑顔の裏で、計算高く男を弄ぶ女。  弱さを見抜き、そこに毒を垂らす。  まるで女郎蜘蛛のように。 酔って朦朧とした頭で、彼女の体温を玲の温もりだと錯覚していた自分が許せなかった。  あの夜、腕の中で感じたものは――愛ではなく、罠だった。  毒のような熱。  甘い香りに隠された冷たさ。 「……ふざけやがって……」 蓮は立ち上がり、震える手でスマートフォンを操作した。  通話ボタンを押す。  数秒のコール音。  そして、耳の奥に湿った声が流れ込んできた。 「やっと電話くれたのね。待ってたのよ、蓮さん」 低く、舌をなめるような声。  それだけで、全身に嫌悪が走る。 「……何が目的だ」  掠れた声で絞り出す。 「目的? そんな怖い言い方しないで。私、あなたのこと――本気で好きになっちゃったの」 笑いながら言うその口調には、罪悪感など微塵もなかった。  甘さと冷たさが混ざり合い、まるで蛇の囁きのようだった。 「ふざけるな。金か? それとも脅迫か?」 「どっちもかな」  軽い声。  その一言に、蓮の中で何かが崩れた。 「ただ……あなたともう一度会いたいだけよ。“琥珀”で待ってるわ。来なければ――どうなるか、分かるわよね?」 ――通話が切れた。 無機質な通信音が、耳の奥で反響した。  彼女の声が残響のようにこびりつき、消えない。  喉が焼ける。  息が詰まる。 スマートフォンの黒い画面に、自分の顔が映った。  それは、もう自分ではなかった。  冷たく、虚ろで、罪を抱えた男。  どこか壊れかけた、抜け殻のような表情。 「……クソッ!」 壁を殴った。  拳から血が滲む。  だが、痛みはなかった。  それよりも恐ろしかったのは――玲がこの現実を知ること。 彼女が自分を見つめるあの澄んだ瞳に、絶望が宿る光景。  それを想像するだけで、膝が震えた。 (俺は……何をしてるんだ。守るはずだったのに……) 喉の奥から嗚咽が漏れた。  胸の奥を焼くような罪悪感が、息をするたびに広がっていく。  自分の愚かさが、心を少しずつ蝕んでいく。 椅子に沈み
last updateLast Updated : 2025-11-29
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第二十四話 取引の真実

閉店後の「琥珀」は、まるでいつもの店とは別世界のように静まり返っていた。 いつもなら、常連客たちの笑い声やグラスが触れ合う軽やかな音、軽快なBGMが絶え間なく流れているはずの空間。 しかし今は――まるで音のすべてが吸い込まれたような、不気味な静寂が支配していた。外では雨が降り始めていた。 ぽつぽつと落ちはじめた雨粒が、やがて細かい線となって、店先の看板に当たる。 “琥珀”の文字を雨粒が揺らし、まるで不吉な影がそこに滲んだように見えた。蓮が扉を押し開けた瞬間、湿気を含んだ冷たい夜風が店内に流れ込んだ。 その風は、閉ざされた空間の中にわずかな生気をもたらすはずだったが、むしろ蓮の背筋に薄い寒気を走らせた。ゆっくりと足を踏み入れる。 一歩。 二歩。 床板が、かすかに軋む。カウンターの奥―― そこにいたのは、真紅のドレスを纏った女、利衣子。赤いドレスは、薄暗い照明の中で艶めき、彼女の白い肌を浮かび上がらせる。 グラスの中の氷が、かすかな揺れに反応してチリ、と音を立てた。その小さなリズムだけが、静まり返った店内にやけに響く。利衣子は振り向きもせず、赤い唇の端をゆっくりと持ち上げた。 その笑みは妖艶で、挑発と嘲笑をわずかに含んでいる。「来てくれると思ってたわ。さすが“黎明”の社長さんね」その声は、軽い冗談のようでいながら、裏には確信と優越の色が滲んでいた。 彼女はすべてを知っている――そんな態度。「……ふざけるな」蓮の声は、低く押し殺されていた。 怒りが胸の奥で煮えたぎり、それを必死で抑え込んだような声音だった。彼女へ近づくたび、胸のどこかが軋む。 吐息が浅くなる。――玲の顔。 ――涙を溜め、それでも笑ってくれた夜。 ――指切りをした、小さな約束。 ――抱きしめた背中の震え。そのすべてが、利衣子の存在によって穢されていくような錯覚に襲われた。 喉の奥が焼けるように痛い。 拳を握る手に力が入る。「お前の狙いは何だ。金か? それとも俺の破滅か」蓮の言葉は静かだった。しかし、その静けさが逆に凶器のように鋭く響いた。利衣子はゆっくりとグラスを指先で回す。 赤いネイルが氷に触れ、その音色がまるで彼女の心の冷たさを象徴するかのようだった。「どっちも少しずつ、ってところかしら」彼女は微笑んだ。 その笑顔には、優し
last updateLast Updated : 2025-11-29
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第二十五話 罠にかかった男

「……つまり最初から俺を罠にかけるために、近づいたってことか」 「そうよ。でもね、途中で本当に惹かれたの。あなたの不器用な優しさに」 利衣子はグラスを見つめ、少しだけ声を震わせた。 その瞳には、ほんの一瞬、真実の影がよぎる。 ――確かに彼女は、任務の途中で心を乱されたのだろう。 だがそれは、恋などではない。 破滅の道蓮れにするほどの、歪んだ執着だった。 蓮の胸の奥で、怒りが静かに燃えた。 こみ上げてくる感情は憎悪だけではない。 自分の弱さ、愚かさへの嫌悪だった。 「くだらない芝居だ。俺は玲を裏切った……それだけで十分だ。  お前を愛すことなんて、絶対にない」 冷ややかな声。 利衣子の手がわずかに震えた。 その瞬間、彼女の瞳に、憎しみの炎が宿る。 「……そう。じゃあ後悔しなさい。あの女と一緒に地獄に落ちるのね」 彼女はスマートフォンを掴み、親指を滑らせた。 ――送信完了。 「やめろッ!!」 蓮がカウンターを越えて飛びかかるより早く、メッセージはどこかへ送られていた。 その音――わずかな送信音が、刃のように鼓膜を裂いた。 蓮は利衣子の腕を掴み、激しく揺さぶる。 「どこに送った!? 玲か!? お前、何をしたッ!!」 だが、利衣子は微動だにしなかった。 唇を歪め、ゆっくりと笑う。 「もう遅いわ。あなたの世界は、もう終わったのよ。  黎明も、婚約も、全部――崩れる瞬間を見届けなさい」 その言葉が、刃のように突き刺さる。 蓮は拳を握りしめ、全身を震わせた。 怒りが喉を焼き、視界が滲む。 「……お前、どこまで堕ちれば気が済むんだ」 「堕ちる? 違うわ。あなたが私を堕としたの。  あの夜、あなたが抱いた瞬間から、私はもう引き返せな
last updateLast Updated : 2025-11-30
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第二十六話 ~人を信じすぎるな。特に女には……~

一方その頃、東京。 「クリスタルローズ」の閉店後、玲はカウンターでグラスの酒を飲んでいた。 夜の静けさが、痛いほど耳に染みる。 その時、スマートフォンが震えた。 不審に思いながらも、見知らぬ番号の通知を開いた瞬間―― 画面に映し出された一枚の写真が、玲の心を凍りつかせた。 そこには、ベッドの上で眠る蓮と、その腕の中に横たわる裸の女がいた。 「……え?」 玲の震える手からグラスが滑り落ち、床に酒が零れ落ちる。 甲高い音とともに、透明な破片が床に散らばった。 心臓が、跳ねるように痛い。 息ができない。視界が滲む。 「嘘……そんなはずない……蓮が、そんなこと……」 掠れた声が、空間に消えた。 だが、目の前の写真は無慈悲に現実を突きつけてくる。 男の輪郭。シーツの皺。 そのどれもが、見間違えるはずのない“彼”だった。 それでも――玲は信じようとしていた。 蓮はそんな人ではない。 彼は約束を守る人。愛を軽んじるような男じゃない。 でも、証拠の残酷さは、理屈よりも重く心を抉った。 涙が頬を伝う。 震える手でスマートフォンを握りしめたが、どんな言葉を打てばいいのか分からなかった。  その夜、店を陰から見守っていた神崎隼人は、すぐに異変を察知した。 カウンターの明かりが消えた後、ふらつく玲の背中を見て、嫌な予感が走る。 控室の扉の外で耳を澄ますと、すすり泣く声がした。 それは、胸の奥を引き裂くような、押し殺した嗚咽だった。 隼人はポケットから通信端末を取り出し、関西の蓮絡回線を呼び出す。 だが――応答はない。 圏外の表示が、無情に点滅する。 「……繋がらない? まさか、誰かに監視されて&hel
last updateLast Updated : 2025-11-30
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 第二十七話 けじめの朝

翌朝、関西。  まだ陽も昇らぬ薄闇の中で、ホテルの静寂を破るように、ドアを叩く音が響いた。  重たい頭を押さえながら、蓮はゆっくりと身を起こす。  寝不足と昨夜の利衣子との会話で疲労した疲れの残る身体が、鉛のように重い。  だが、扉の向こうから感じる緊張感が、眠気を一瞬で吹き飛ばした。 コンコン――。  再び音がする。  蓮は無言で扉を開いた。 廊下には、黒いスーツの男が二人、無表情で立っていた。  その背筋の伸びた姿勢、わずかに漂う威圧感――。  黎明本社の直属部隊。つまり、父・柊晴臣の差し金だとすぐに分かった。 「柊さん。すぐに移動していただきます。状況が変わりました」 冷静な声。  だが、その言葉の裏にただならぬ気配があった。 「……状況?」 男の一人が視線を落とし、短く答える。 「あなたを狙う動きがあります。昨夜、写真が本社に送られたそうです」 その瞬間、蓮の全身から血の気が引いた。  “本社”――つまり、父の目に入ったということだ。  自分が、任務中に女と関係を持ったという決定的な証拠が。 指先が震えた。  喉が焼けるように乾く。 (まさか……玲のもとにも、同じ写真が……) 胸の奥がざわめく。  利衣子の笑顔が、鮮やかに脳裏に蘇った。  あの夜、ベッドの上で微笑んだ唇。  それが今、自分を地獄へ突き落としている。 「……誰が、そんな真似を……」  掠れた声が漏れる。 答えを求めながらも、もう分かっていた。  すべては、あの女の仕業だ。  あの瞳に、ほんの一瞬でも情を見た自分の愚かさが、何よりの罪だった。 「全部……終わったな……」 力が抜け、膝が床に落ちる。  冷たいタイルの感触が掌に伝わった。  心の中では、玲の涙がこだまする。  ――信じてくれたあの人を、自分の手で傷つけた。 それでも、逃
last updateLast Updated : 2025-11-30
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 第二十八話 汚れた存在

蓮はついに首都へ戻った。  あの長く、息の詰まるような日々がようやく終わったのだ。  空港に降り立った瞬間、冷たい秋の風が頬を撫でた。  それだけで、胸の奥に溜まっていた重苦しい空気が少しだけ和らぐ気がした。  ――だが、安堵はほんの一瞬だった。  背後からついてきた黒い車の影に、彼は気づいていた。利衣子は帰京の予定を知るやいなや、自らも「東京へ行く」と言い張った。  蓮がどれほど拒んでも、彼女は微笑みながら言ったのだ。  ――「あんな写真を送られておいて、平気で婚約者に会うことができるの?私、あなたのことを放っておけないのよ。」  それが“愛”ではなく、“支配”であることを、蓮はもう痛いほど理解していた。 それでも、彼女の存在を無理に排除すれば、さらなるトラブルを招く。  利衣子が持つ“写真”を消すまでは、逆らえない――そう判断し、  仕方なく彼女を同じ便に乗せて東京へ戻った。 その結果が、いま目の前の現実だった。 真っ先に向かったのは「クリスタルローズ」。  玲に会って、すべてを元に戻したい――そう強く願っていた。  店の扉を開けた瞬間、柔らかな照明が彼の顔を照らす。  カウンターの奥にいた玲の心臓が跳ねた。 「……蓮!」  思わず立ち上がる彼女。  だが、蓮はどこか疲れ切った表情で、かすかに微笑んだだけだった。 「久しぶりだな、玲」 その笑顔は、どこかぎこちなく、目が合ってもすぐに逸らされた。  彼の視線の奥に、玲は見えない壁を感じた。 蓮は久しぶりにドアをくぐったクリスタルローズの店内を見まわし、関西の利衣子のいた「琥珀」とは高級感が違い過ぎると感じていた。まさに、利衣子と玲の違いのようだ。利衣子は体を使って自分を支配しようとし、玲は一途で高潔。決して蓮を裏切るようなことはしない。そんな考えが頭をよぎった時、蓮はハッとした。それなら、利衣子と関係を持ってしまった自分は何なんだ?俺も汚れた存在なんじゃないのか!? 「お疲れさま……大変だったでしょ? 蓮、今夜、部屋に行ってもいい?」  蓮は考え事に耽っており、玲の言葉にすぐには返せなかった。しかし玲の声には、とても深い不安が滲んでいた。 蓮は短く息を吐き、首を横に振った。  「……悪い。明日の朝は報告会があるんだ。また今度時間をつくるよ。」
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第二十九話 残酷な真実

 (少しだけ……そっと覗いて確かめるだけ)  そう自分に言い訳しながら、玲は夜の街でタクシーを拾い、  蓮のマンションへと向かった。 だが、その動きを、暗がりから見つめている男がいた。  ――神崎隼人。  玲を護衛する任務のため、密かに彼女を尾行していたのだ。  (まさか……こんな時間に。嫌な予感がする)隼人は蓮が他の女を連れて帰ってきたことも、蓮がその理由を言い渋っていることも知っていた。隼人には、この1か月ちょっとの間に、蓮が心変わりをしたとは思えなかった。あんなに愛し合っていたのに…人はそんなに簡単に愛する人を手放せるものなのか。「社長、関西で何が?」隼人が聞いた時、蓮は顔を上げずに、ただ首を横に振っただけだった。今、その社長の大切にしていた女性が、真実を知ろうと社長に会いに行こうとしている。  隼人はすぐに蓮へ電話をかけた。  だが、通話は一度で切れた。 寝室のソファにいた利衣子が、素早く画面を確認し、  着信履歴を消していたのだ。 シャワーを終えて浴室から出てきた蓮が、髪を拭きながら尋ねた。  「電話がなってなかったか?」  「……え、電話なんてなかったわよ」  利衣子は微笑みながら近づき、蓮の肩に手を置いた。  だが蓮はその手を振り払い、疲れ切ったようにベッドへ向かった。 「もう寝る。……お前の相手をしてる気分じゃない」 冷たく言い捨て、目を閉じる。  その背中に、利衣子の唇が歪んだ。  「ふふ……そう、じゃあ勝手に眠ればいいわ」 夜更け。  蓮の寝息が静かに響く頃、利衣子はベッドの端に腰を下ろした。  彼の頬にかかる髪を撫でながら、ゆっくりと指先を滑らせる。  その手が、パジャマのボタンを一つ、また一つと外していく。 胸元が露わになり、彼の肩に冷たい指先が這う。  「……ねぇ、蓮。あなたはもう、私のものよ」 利衣子は衣服を脱ぎ捨て、全裸のまま蓮の腕の中に身を滑り込ませた。  裸の肩を彼の胸に押しつけながら、スマートフォンを持ち上げる。  カメラのシャッター音が、静寂を裂いた。 ――その瞬間、蓮の目が開いた。 「……何してる!」  怒声とともに、彼は利衣子を突き飛ばした。  利衣子の体が床に倒れ、スマートフォンが転がる。 「もう……やめろ
last updateLast Updated : 2025-12-01
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第三十話 壊れた約束

 廊下の影で、その様子を見ていた隼人は、瞬時に状況を理解した。  玲の瞳に浮かんだ絶望、蓮の焦燥、そして部屋の中にいた女――利衣子。  すべてが、最悪の形で交錯していた。 「桐嶋さん!」  隼人は声を上げて走り出した。  だが、玲は振り返らない。  夜風が吹き抜ける中、ヒールの音を響かせて走るその背中が、  涙に濡れた髪を揺らしながら、闇の中に溶けていく。  街灯の明かりが彼女の肩を照らし、やがて影だけを残して消えた。 (……社長、なぜ、こんなことに) 隼人は立ち止まり、深く息を吐いた。  喉が痛いほどに呼吸が荒い。  胸の奥に広がるのは怒りでも哀しみでもなく、やりきれない無力感だった。  誰よりも強く、誰よりも誠実に生きてきた男――柊 蓮。  その蓮が、女一人の罠にかかって崩れ落ちていくなど、隼人は想像すらしていなかった。 背後から、部屋の中で何かが倒れる音がした。  怒号、そしてガラスが割れるような衝撃音。  隼人がドアノブに手をかけようとしたその瞬間、  中からドアが勢いよく開き、利衣子が姿を現した。 髪は乱れ、ドレスの肩紐が片方だけ落ちている。  だが、その表情は不思議なほど落ち着いていた。  むしろ、勝ち誇った女の笑みだった。 「……あなた、神崎隼人ね。黎明の右腕さん」 隼人の全身に緊張が走る。  彼女が“黎明”の内部事情を知っている――それだけで、ただ者ではない。 「……お前、何者だ」  低く、押し殺した声で問う。 利衣子はわずかに口角を上げ、唇の赤を舐めた。  「そうね――ただの“使い”よ。でも、蓮ももらったわ。」 それを聞いた瞬間、隼人の目が鋭く光った。  廊下の空気が一気に冷たくなる。 「やはり、お前か。最初から仕組んでいたな」 「ふふ」  利衣子は挑発的に笑った。  「まさか、こんなに簡単に引っかかるとは思わなかったわ。   男ってほんと、馬鹿ね。愛と欲の区別もつかない」 その声には、嘲りと快感が入り混じっていた。  彼女は化粧ポーチを開け、手慣れた動作で口紅を塗り直す。  そして、スマートフォンを取り出し、親指で画面をなぞった。 通話画面には“西条組 若頭・鷲尾”の文字。  その名を見た隼人の拳が震えた。  鷲尾――西条組の狂犬。黎明を最も執拗に狙う男だ。 「
last updateLast Updated : 2025-12-01
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