All Chapters of 黎明の風と永遠の指輪ー夜の世界で出会った二人、危険で甘い約束ー: Chapter 121 - Chapter 130

130 Chapters

第百二十一

羽田空港・到着ロビー。黒のコートを羽織った利衣子が、携帯を耳に当てながら歩いていた。 「はい、今着きました。……蓮には私から連絡を取ってみるわ」 声には焦りも迷いもない。 彼女は“まだ狙われている”と思っていた。黒澤の部下に追いかけられ、隼人に逃がしてもらってから、利衣子はずっと隠れて暮らしていた。黒澤が原因不明の死を遂げたことも、ネットのニュースで目にしていた。だが、まだ天城壮真がいる。自分が知っていた情報を流せば、必ず天城に狙われる。利衣子は危機感に駆られ、蓮の部下だった“東条圭吾”に連絡を取り、この何週間かを共に行動していた。しかし、東条圭吾も、利衣子と一緒に蓮を陥れる計画を仕組んだことで、蓮からは“二度と俺の前に顔を出すな”と言われてしまった。しかしもうこんな隠れて過ごすのび、圭吾も利衣子もうんざりしていた。そして、東京へ行って蓮に会い、助けてもらおうと利衣子が言い出した。飛行機から降りてから、まずは利衣子が蓮と話すと言って、圭吾と別行動を取ることにした。だが、空港の出口を出た瞬間――。 人波の向こうで、ひとりの男が彼女の前に立った。 無表情、黒いスーツ、冷たい視線。 その男の手がわずかに動く。 利衣子の背筋に、理由のない寒気が走った。(……誰?) 小さく呟いたそのとき、黒いスーツの男が二人、音もなく近づいてきた。 「桐嶋様がお待ちです。こちらへ」 低い声。  利衣子の心臓がどくりと跳ねる。  「……桐嶋? 誰のこと?」  「こちらへ」  男の表情は一切変わらない。 利衣子は拒もうとした。  「待って、私、用事が――」  だが、男は一歩も引かない。  目の奥に、わずかに光る冷たい意思。 人通りが多い場所だったが、異様な圧に抗う気力が削がれた。  ――下手に逆らえば、本当に消される。  利衣子は小さく息を呑み、観念したように頷いた。 黒い車が滑るように止まり、彼女を後部座席に促す。  ドアが閉まった瞬間、車内の空気が変わった。  香水の香りも、会話も、何もない。  ただ、沈黙だけが支配していた。 数十分後、車は都内の高級ホテルの前で停まった。  フロントも特別階。  エレベーターを上がる途中、利衣子は自分の手のひらに汗が滲むのを感じていた。 「ここ……どこ?」  「すぐにわか
last updateLast Updated : 2026-01-09
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第百二十二話

重たい空気を震わせながら、スイートルームのドアが勢いよく開いた。  その瞬間、部屋の温度が一段低くなったような錯覚すら覚える。 ドアの外から、まるで物のように放り込まれた男──東条圭吾が床に転がり込んだ。  受け身すら取れず、硬いフローリングに体を打ちつけ、鈍い音が響く。 抵抗したのだろう。  その顔は腫れあがり、片方の頬には殴られた跡。  唇の端から乾いた血がにじみ、手首と足首には縄で擦れた赤いミミズ腫れが見える。  乱れた呼吸を引きずりながら、圭吾は何とか顔を上げようとした。「圭吾!」 利衣子が叫び、我を忘れたように駆け寄り、震える手で圭吾の肩を抱き起こす。「一体、何が目的なの!?」 利衣子は圭吾を抱きしめたまま、振り返り、ソファの中央に腰掛ける男──桐嶋龍一をにらみつけた。  その声は震えていたが、恐怖と怒りが混じり、鋭く張りつめていた。 だが龍一は、利衣子に向けられた怒りなどまるで意に介さない。  ソファに深く腰を沈め、足を組み替えながら、静かに、しかし絶対的な冷たさで彼女を見下ろす。「あなたたち二人には、もう柊の前に現れて欲しくないんですよ」 その声音は柔らかく、どこか礼儀正しさすらあった。  だが言葉の裏に潜むのは、氷の刃にも似た威圧。  利衣子も圭吾も、その視線に身体を強張らせ、息すら忘れてしまう。 龍一は利衣子から目を離さないまま、ゆっくりとソファから立ち上がった。  長い影が床に落ち、利衣子の足元まで伸びる。「利衣子さん、今回のことでよくわかったでしょう」 龍一の声は低く、静かだが、逃げ場のない圧があった。「”危うきに近寄るべからず”。  もう二度と、ああいった連中に乗せられて、あさはかな行動を起こさないことです」 利衣子の肩がびくりと震えた。  龍一が言う “ああいった連中”──それは裏で暗躍し、柊蓮を貶めようと企んでいた鷲尾や黒澤のような者たちだ。  利衣子はその片棒を担いだ。その結果が、この部屋だ。 龍一は最後に軽く顎を動かし、背後の部下へ小さく頷いた。  その合図は短く、だが絶対である。 部下二人がすぐに圭吾の両腕を掴み、乱暴に立たせる。  利衣子も腕を取られ、強引に引き上げられた。「やめて! 圭吾に乱暴しないで!」 必死に抵抗するが、部下たちの腕力は強く、利衣子の細い腕で
last updateLast Updated : 2026-01-09
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第百二十三話 海が祝福する再会

  「玲、お祝いにどこか海のきれいなところに行こうよ。」 蓮と再会した翌日、玲はいつものカフェで麻美と向かい合って座っていた。  けれどその「いつも」は、もう過去には戻らない。  蓮と再会したことで、玲の中でいくつもの時計が動き出していた。 麻美は、報告を聞いた瞬間、文字どおり跳びはねた。  玲の手を取り、ぴょんぴょんと弾むように喜んでくれた。 「やっとよ! やっと元に戻れたのよ玲!」  「もう、麻美……落ち着いて……」 蓮も麻美に報告したとき、同じように大喜びされたらしい。  “蓮もさ、あのとき、泣きそうな顔してたんだよ?”と麻美は誇らしげに言った。 玲はそんな友人の様子に苦笑しながら、カップを持ち上げた。  紅茶の香りがふわりと立ち上り、緊張した心を少しだけほどいてくれる。 「また行くの……? もう大地くんは誘えないわよ。」 その名前に、麻美は一瞬だけ目を伏せた。  玲が父と兄の部下であり、桐嶋コンツェルンの社員だった大地のことを話したとき、麻美は驚き、そして少しだけ切なそうに笑った。 「もう大地くんはいいんだってば。」  麻美は軽く言ってみせる。  「あの子、絶対に私なんかじゃなくて、玲を守るために来てただけだし。」 玲が何か言いかけたとき、麻美はわざと明るく話題を変えた。 「それより……ねぇ、マルタって国、知ってる?」  「……マルタ……?」  「地中海の真ん中。透き通る青い海と、白い街並み。観光客も少なくて、静かでいいところ。」 玲は、ふっと息を止めた。 (地中海……青い海……蓮と私を祝ってくれる場所……?) 胸の奥で何かがきらりと光った。  麻美は玲の瞳の変化を読み取って、少し微笑んだ。 「海がね、私たちを祝ってくれるのよ。」 しばらく沈黙があった。  その沈黙は、迷いと、希望と、少しの恐れが混じった静かな時間だった。 そして玲は、ゆっくりと頷いた。 「……行ってみたい。」 麻美の瞳がぱっと輝いた。 「決まりね!」 その瞬間、すべては動き出した。  翌日、柊 蓮は部下を呼び出した。 「一週間、休みを取る。」 部下は驚いた。  蓮が休みをとるなど、ほとんどなかったからだ。 「……休暇、ですか?」  「ああ。航空券を頼む。目的地は—マルタだ。」 部下が手を止める。 「……マ
last updateLast Updated : 2026-01-10
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第百二十四話 ひとりの男として

 そして二日後。  玲と麻美はマルタ島の空港に降り立った。灼けつくような光がガラス越しに差し込み、空港の床に金色の影を落とす。  マルタは地中海に浮かぶ諸島で、シチリア島と北アフリカ沿岸の間にある。古代から多くの民族に支配されてきたため、その歴史を物語る遺跡が島中に点在している。  空港のゲートを抜けた瞬間、玲は思わず目を細めた。眩しすぎる太陽。濃く塗りつぶしたような青空。乾いた風とともに運ばれてくる潮の香り。そのすべてが、日常の延長線から突然切り離されたようで、玲の胸を一瞬で掴んだ。「うわ……きれい……」  ため息のように漏れたその声を、麻美は横で聞きながら、満足げに肩をすくめた。  マルタ島の街並みは、まるで絵本の挿絵が立体になったようだった。クリーム色の石造りの建物が山肌の斜面にぎっしりと並び、その隙間を縫うように細い路地が続いている。遠くには光を跳ね返しながら揺れる海。  地中海特有の乾いた風が頬をそっと撫で、髪をふわりと浮かせた。「ここにいるとね、人がちょっと優しくなれるのよ。」  麻美がそう言って笑った。肩にかかった日差しが、彼女の横顔を柔らかく照らしている。 ふたりが宿泊するホテルは海沿いの高台にあり、テラスはどこまでも続く水平線を望めた。  チェックインを済ませ、ひと息ついたころ、玲はテラスの椅子に腰を下ろし、紅茶のカップをそっと持ち上げた。琥珀色の液面が光を受けて淡く揺れる。  青い波が海面でゆるくうねり、太陽を反射して煌めいている。  その穏やかな景色を見つめながら、玲の心は静かにほどけていくようだった。だが、胸の奥底に沈んでいるひとつの想いだけは、どうしても消えてくれなかった。「……蓮、今何してるんだろう。」  ぽつりと呟くと、すぐに麻美がカップを置いて言った。迷いのない声だった。「きっと、あんたを探してる。」 玲は反射的にカップを見下ろした。紅茶の表面が、海のきらめきを鏡のように映し込んでいる。  その光が揺れるたび、胸の奥に小さな痛みが走った。「会いたいな……」  その小さな呟きは、確かに声になっていたはずなのに、海風にさらわれてすぐに消えた。  麻美はその声を聞いたが、あえて言葉を重ねなかった。親友の心がどれほど蓮を求めているか、痛いほどわかっていたからだ。 ――そのとき。  静かだった石畳
last updateLast Updated : 2026-01-10
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第百二十五話 想いが満ちていく

 再会を果たした直後、蓮と玲華は手をつないだまま、マルタの石畳をゆっくりと歩いていた。 街路は夕陽に染まり始め、クリーム色の建物がやさしい橙色に包まれていく。  遠くから波の音が聞こえる。乾いた風が通り抜け、そのたびに玲華の髪が揺れた。 蓮は、玲華の指の細さを確かめるように手を握る。  その温度は、夢ではないと教えてくれる。 「まだ、信じられない……」  玲は歩きながら小さくつぶやいた。  「蓮がここに……本当に来てくれたなんて。」 蓮は歩みを止め、玲華の方を向いた。 「俺が行かないわけないだろ。玲が『会いたい』って思ってくれてるなら……」 言いかけて、照れくさそうに視線をそらす。  「いや……たとえそうじゃなくても、俺が勝手に探しに来てた。」 玲華の頬がほんのり赤くなった。 「……蓮って、不器用なのに……たまにずるいくらいストレート。」 蓮は苦笑した。  「玲がいなくて、ずっと後悔してたんだ。あの日……俺がもっと強かったら……」 玲は首を振る。 「違うの。あれは私のせいでもあるから……蓮を信じきれなかった私の弱さでもあるから。」 言葉が熱を帯び、頬にすっと涙が伝う。  蓮はそっと玲の涙を指でぬぐった。 「もう、いいんだ。もう……過去のことは全部、ここに置いていこう。」  「……うん。」 ふたりは再び歩き出した。 海辺に近づくと、視界がぱっと開け、地中海が広がった。  水面は金色に光り、波が岩に砕けては白い飛沫を上げている。 玲は足を止め、海を見つめた。 「……こんなきれいなところ……初めて。」  「俺もだ。」  蓮は言いながら、玲華の横顔を見つめた。 ――こんなにも美しい人を、俺はどれほど傷つけたんだろう。 胸の奥に微かな痛みが走る。  それでも、今この瞬間があることが、彼の救いだった。  日がすっかり暮れ、ホテルへ戻るころには、石畳の通りに灯りがともり始めていた。  街路灯は控えめで、闇に浮かぶ黄色の光がどこか温かい。 「蓮、お腹すいた?」  「まあ……それなりに。」  「じゃあ、テラスで軽く食べて、あとは海見ながらゆっくりしない?」  玲が言うと、蓮は嬉しそうに頷いた。 テラス席に案内されると、キャンドルがひとつ灯されていた。  その灯りが玲の瞳に映り、夜を溶かすように輝いている
last updateLast Updated : 2026-01-10
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第百二十六話

潮の香りが濃くなり、波の音が近づく。  岩場に沿った遊歩道は、月明かりだけが頼りだった。  海は黒く輝き、波が押し寄せるたびに白い泡が浮かぶ。 玲は海に視線を向けたまま言った。 「ここに来てから……自分の気持ちと、ずっと向き合ってたの。」  蓮は横を歩きながら、彼女の言葉を静かに受け止める。  「蓮と、ちゃんと向き合わなきゃって思ったの。怖かったけど……もう逃げたくない。」 蓮は足を止めた。  玲も止まる。  二人の間に、波の音だけが響いた。 「俺も同じだ。」  蓮は玲華の肩に手を置いた。  「玲を失って……初めて気づいた。俺は、自分が思っていた以上に、玲に依存してたんだって。」 玲が驚いて顔を上げる。  蓮は続けた。 「誰からも頼られたくて、大きな存在でいなきゃいけない気がしてた。   でも……玲に弱音を見せるのが怖かった。嫌われる気がして……情けないよな。」 玲の胸が痛む。 「蓮……そんなことない……。私は蓮の弱いところも、強いところも全部好きなの。」 蓮の瞳が揺れた。 「玲……」 夜の海風がふたりの間を吹き抜ける。  蓮は胸に溜めていた言葉を吐き出すように言った。 「もう、一度でも玲を失いたくない。何があっても守る。傍にいたい。   ……だから——」 言葉が喉で止まった。 まだ言ってはいけない。  まだ“その瞬間”じゃない。 蓮は深く息を吸い、言葉を飲み込んだ。 「……今日は、もう少しだけ歩こう。」  「うん。」 ふたりは再び歩き出す。  ただその手を離さないように。 ホテルの部屋に戻ると、麻美はバルコニーに出て星空を眺めていた。  玲華が帰ってきたのを見て、振り向いてにっこり笑う。 「どうだった? いい夜になった?」  玲は恥ずかしそうに頷いた。  「うん……すごく。」 麻美は満足そうに肩をすくめた。 「じゃあ、私はもう寝るから。明日も海に行くでしょ?」  「ええ、たぶん……」  「玲、幸せそうね。」  その言葉に、玲華は胸が熱くなる。 「……うん。」 その夜、玲華は眠りつくまで、蓮の温もりを思い出し続けた。 ——蓮の声。  ——蓮の表情。  ——蓮の手の強さ。 胸の奥で、何かがゆっくり形をつくり始めていた。  一方、蓮は自室でひとり、海を眺めていた。 窓
last updateLast Updated : 2026-01-10
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 第百二十七話  海の色に……

マルタ島の朝は、どこか優しい。  海から吹く風が少しひんやりしていて、街全体がゆっくり目を覚ましていく。 玲華は窓際の椅子に座り、淡い青色の空を眺めていた。  夜のあいだに考えていたのは、蓮のことばかり。(昨日の……あの言い方。何か言いかけて、やめたみたいだった。) 胸がかすかに波立つ。  不安ではない。  むしろ、言葉にできないほどの期待が胸の奥でゆっくり膨らんでいくようだった。 ドアがノックされる。「玲? 起きてる?」「麻美……どうぞ。」 入ってきた麻美は、すでに海に行く準備を整えていた。  白いワンピースに、麦わら帽子。「ねえ、今日……何かありそうね?」  にやっと笑う。「……え?」 「蓮の顔を見ればわかるのよ。あれはね、何かを決めてる男の顔。」 玲華は一瞬、言葉を失った。「……そんな風に見えた?」「うん。あんた、今日は綺麗にしておきなさい。絶対よ。」 麻美の確信に満ちた口調が、玲華の心をさらにざわつかせた。 蓮が今日、何かを言おうとしている。  それを考えただけで、胸の鼓動が速くなる。(蓮……。) 午前中、三人は海沿いのカフェで軽めの朝食をとった。  澄んだ空気、白い街並み、水平線に光る青い海。 だが、蓮はどこかそわそわしていた。  コーヒーを飲む手が少し落ち着かない。 そんな蓮の横顔を見ながら、麻美は玲華の足をそっと小突いた。(ほら……やっぱり。) 玲華は顔を赤らめ、海の方へ視線をそらした。「今日は……少し散歩しないか?」 蓮が不意にそう言った。  声は自然だが、どこか落ち着かない響き。「いいわ。行きましょう。」 麻美はにっこり笑い、さっさと席を立った。「じゃあ私は街をぶらぶらしてくるから。二人はゆっくりしてきなよ〜。」 玲華は「えっ」と声を出したが、麻美は手を振ってカフェを出て行った。 残された蓮と玲華は、しばらく向かい合って黙った。  蓮が照れくさそうに笑った。「……行こうか?」「うん。」 ふたりは並んで歩き始める。 蓮が一歩近づくたびに、玲華の心が大きく揺れた。 太陽が高くなり、海辺の道は明るい光に溢れていた。  どこかの家から焼き菓子の甘い香りが漂い、海風が石畳の街を心地よく撫でる。 蓮と玲華は、崖沿いに続く遊歩道へ向かった。  昨日よりも少し先まで歩く
last updateLast Updated : 2026-01-11
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第百二十八話 永遠を誓う

 蓮は瞳の奥にある迷いを、ひとつずつ消していくように息を吸い、言葉を紡ぎ出した。「俺は……玲を失って、ようやく気づいたんだ。どれほど玲を大切に思っていたかって。どれほど玲なしでは生きられなかったかって。」 玲華の胸がつまる。「蓮……。」「俺は弱くて、間違ってばかりだった。玲を苦しめて……傷つけた。」 風が吹き、玲華の髪が揺れる。  蓮はそっと手を伸ばして髪をすくい上げた。「もう二度と、あんな別れを繰り返したくない。もう二度と、玲を手放したくない。」 蓮は一歩近づき、玲華と向かい合う。  その距離は、呼吸が触れ合うほど近い。「玲……俺と生きてほしい。」 玲華の瞳が揺れた。 蓮はゆっくりと膝をついた。 海から吹き込む風が、二人の間を静かに満たす。 ポケットから、小さな黒い箱を取り出す。  その箱を開いた瞬間、中で光ったのは、海の色を映したような透明な指輪だった。「桐島玲華さん。俺と……結婚してください。」 玲華はその場で息を飲んだ。 時間が止まったように、波の音すら聞こえなくなる。 蓮の目は真剣で、揺らぎがなかった。  ただ玲華の幸せを願う気持ちだけが滲んでいた。「……蓮……」 玲華の目から涙がこぼれた。  頬に伝うその涙は、驚きでも悲しみでもない。 溢れるほどの幸福の涙だった。「はい……。……お願いします……。」 玲華が頷いた瞬間。 蓮の表情が、これまでで一番やわらかく崩れた。 蓮は立ち上がり、そっと玲華の左手を取り指輪をはめた。  それは、まるで最初から玲華の指のために作られていたかのようにぴたりと馴染んだ。 玲華は蓮の胸に飛び込むように抱きついた。「蓮……好き……大好き……っ」 蓮も強く抱きしめ返す。  どれほどこの瞬間を願ったことだろう。  どれほど夢に見たことだろう。「玲……ありがとう。俺を選んでくれて……ありがとう。」 二人の頬を優しい風が撫で、地中海がきらめいていた。 世界は祝福していた。 蓮と玲華の、新しい人生の門出を。 海辺のプロポーズから戻ると、ホテルのテラスに麻美が座って待っていた。  蓮と玲華の手が繋がれているのを見て、麻美は思わず身を乗り出した。「ちょっと……! ちょっと、もしかして……!」 玲華が恥ずかしそうに笑い、左手を掲げる。 陽光を受けて輝く指輪。
last updateLast Updated : 2026-01-11
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第百二十九話 地中海の光

その夜、二人はホテルの同じ部屋に戻った。  部屋の窓からは、青く光る夜の海が見えた。  窓辺に立つ玲の背中を、蓮は静かに見つめる。 「玲……俺たちは、何度でもやり直せると思うんだ」  「うん……私もそう思う」 互いの想いを確かめ合うように、二人はそっと寄り添った。  言葉は少なかった。  ただ、長い年月のすれ違いを埋めるように、心と心がひとつになっていった。  夜がゆっくりと更けていく。 遠くで波の音がかすかに響いた。  それはまるで、二人の新しい物語の幕開けを祝福しているかのようだった。 翌日――。  カーテンの隙間から、眩しい日差しが差し込んでいた。  時計の針は午後四時を指している。 「……もう夕方?」  玲が目をこすりながら笑う。  「完全に寝すぎたな」  蓮は髪をかき上げながらベッドから起き上がる。 「麻美、待たせてるかも」  「そういえば……」 慌ててスマートフォンを手に取ると、麻美からメッセージが届いていた。  《こっちはこっちで楽しくやってるから心配無用! 夕食は全員でね♪》 蓮は安堵の息をついた。  「さすが麻美。しっかりしてる。」 麻美は蓮が借りた別の部屋に泊まり、その日は蓮の部下・篠原涼真(しのはら りょうま)と観光をしていた。 蓮と玲がやっと起きだしてきたころ、麻美と涼真は、ヴァレッタの旧市街を歩いていた。  古い石造りの街並みを抜け、坂道を下ると、青い海が見える。  「ねぇ、涼真くん。ここ、まるで絵の中みたいね」  「ええ。だけど、道が全部坂なのがきついです」  「体力ないわねぇ。若いのに」 二人は顔を見合わせて笑った。篠原涼真は、蓮の部下の中でも隼人の次に蓮が信用している黎明コーポレーションの部下である。体力が無いわけがない。しかし涼真は麻美に合わせ、観光を楽しんでいた。  風が頬を撫で、教会の鐘がどこかで鳴る。 昼食は港のレストランで取ることにした。  テラス席からは、海とヨットが一望できた。  「おすすめは……マルタ名物のブラジオリ(牛肉の赤ワイン煮)ですね」  「よく知ってるじゃない!」  「社長に言われました。“仕事の前に胃袋を掴め”って」  「ふふ、さすが」 料理が運ばれ、湯気が立ち上る。  柔らかな肉と濃厚なソースの香りが、海風に混じって漂う。
last updateLast Updated : 2026-01-11
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第百三十話 黎明の風

 夕方、蓮と玲がホテルを出て麻美に合流した。  レストランは港沿いの老舗。  照明に照らされたテーブルには、**ランプキ(マルタ風魚のグリル)**とワインが並ぶ。 「二人とも遅いじゃない」  麻美が笑うと、蓮が頭を下げた。  「ごめん、寝坊して」  「まぁ、想像はつくけどね」 玲が恥ずかしそうに笑うと、場の空気が和らぐ。  涼真は手際よくワインを注ぎ、控えめに口を開いた。  「蓮さん、会社のほうはどうされるんです?」  「日本に戻ったら、もう一度やり直す。桐嶋会長にも頭を下げる」  「なるほど……地獄の特訓コースですね」  全員が笑った。 食事は賑やかに進み、店内には地元の音楽が流れていた。  麻美がふと涼真の方を見やる。  彼もまた穏やかに微笑んでいた。  その視線が重なり、二人はそっと目を逸らす。 翌日。  蓮と玲は朝から海辺を散歩していた。  透き通る波間に、太陽の光が踊っている。  「こんなに穏やかな時間、初めてかもしれない」  玲が呟くと、蓮は微笑んだ。  「俺もだ。……ありがとう、玲」  「私こそ。会いにきてくれてありがとう」 遠くで鐘が鳴る。  小鳥が飛び立ち、二人の足跡を波がさらっていく。 一方、麻美と涼真は首都ヴァレッタのカフェでランチを取っていた。  「ねぇ、涼真くん。日本に戻ったらどうするの?」  「蓮さんの会社に戻ります。でも……いつか自分の事業をやりたい」  「へぇ、何の?」  「夜に働く人たちの支援を。母親がそうだったから。」 麻美は目を見張った。  「……私、それ、手伝いたいかも」  「本当ですか?」  「本気よ。蓮たちが会社で戦うなら、私たちは別の場所で人を救いたい」 麻美が笑顔でそう言うと、涼真がハートの貝殻のネックレスを取り出して、麻美の手に握らせた。麻美は驚いてそのネックレスを見た。「これ、昨日の…」涼真を見ると「昨日、気に入ってるみたいだったから。」そう言って照れ笑いをする。「わざわざ買いに行ってくれたの?」「毎朝ジョギングをするんで、そのついでに…」涼真は照れ隠しに急いでコーヒーを飲んでむせた。麻美は少女のような顔で微笑み、涼真にナプキンを渡した。二人は見つめ合い、笑った。マルタの風が、白いカーテンを揺らす。  遠くで鐘が鳴り、海鳥
last updateLast Updated : 2026-01-11
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